私は「殺人鬼」。
当然ながら最初からそうだったわけではない。幼い頃の私はどこにでもいるような普通の少女だったと思う。ただし、魔族という言葉がつくが。
普通の村娘として育ち、普通の日々を送ってきた。
昔から私は結構男勝りな性格であり、自分のことを「オレ」と呼んで今のような言葉遣いで過ごしてきた。……そう考えると、全然普通じゃないな。まあ、どうでもいいか。
それまで普通に過ごしてきた世界は突如終わりを告げる。
村に傷ついたイャンガルルガが襲来し、散々暴れまわって村を破壊し、火の海に包み込んだ。私は母親に抱きかかえられ、そして下敷きとなったことで何とか生き延びることが出来た。
しかし問題が発生した。
一つは私だけが生き残ったと言う事実。
一つは私の心がそれによって絶望に包まれ、ヒビが入ったこと。
一つは母親の血が私の口へと流れ込み、そして私はそれを飲み干していったこと。
私たちの血統は何かを殺すことに特化していた。そのことはその日以前から教えられていた。しかし幼い私はその血にまだ完全に目覚めておらず、その名残だけを発現させていただけに過ぎなかった。
だがあの日、母親の血を飲んだことにより、私の血は覚醒を起こす。ヒビが入った心はその日から少しずつ崩壊を起こし、私は殺人鬼として目覚めていくこととなった。
生き物というものは簡単に殺せる。
死ぬ時はあっけなく死んでいく。
私の心は崩壊し、「死」というものを身近に感じてしまったのが引き金となったのだろう。
私は「死」を見ることで己が「生」きているのだと感じるようになったのだ。
なぜ私だけが生き残ったのだろうか。
あれだけの数が死んだ中で、私だけが生き残ったと言う事実。
しかし私は自らを殺す、ということは出来なかった。何故かはわからない。「死」を恐れているのか、とも考えたがそうでもなかった。
私は気づいた。
私の血統は罪深いが故に、自殺することが出来ないのだということを。
血に刻まれた本能と言うべきなのだろうか。他の生物以上に自殺に対して抵抗を持つのだという。
つまり私は、この世界で誰かを殺し続けて自我を保ちつつ生きなければならなくなった。まさしくこの狩猟世界において世界のルールに忠実な生き方。ある意味それは野性的な生き方だった。それは人にとってとても罪深いことだとわかっていながらも、この感情は抑えられなかった。
人、モンスター、動物……、あらゆるものを殺し続けた。
一番馴染みが深いことは「斬る」ことだった。刃を手にし、その刀身を赤く染める。
これが一番私に合っていた。だから私は何かと「斬る」と口にするようになってきた。
そんな日々を過ごしてどれくらい経っただろうか。
私は一人の女に出会った。
女は私の殺人衝動に目をつけ、私を仲間に加えた。
それが朝陽だった。
続いてゲイルとアルテと会い、私たちは三人で行動するようになった。
それから数年、私は奴に再会した。
ライム・ルシフェル。
よもやこいつと会うことになるとは思いもしなかった。いったい何の冗談だと思った。
そしてライム・ルシフェルは私たちの敵となる。当然だろう。奴にとっては私たちはあってはならない存在なのだから。
しかし私はこっち側の存在だ。
殺人鬼が普通の暮らしを出来るはずがない。私は私であるために、これからも様々なものを殺し続ける。
私の前に立つというならば、私は殺人鬼としてお前を殺してやるよ……!
○
片やクックシリーズを纏った魔族の少年ライム・ルシフェル。
片や白いローブを纏った魔族の少女スノー。ローブの下から微かに見える装備は銀色に染まっている。そのことから恐らく、銀火竜の素材を使用したシルバーソルシリーズを装備していると推測される。
スノーの目が細まっていき、彼女の気質が高まっていく。しかし殺気はない。それが逆に不気味だ。
これからライムを殺そうというのに殺気がないとは。殺人鬼と称するならば、鋭く刺す様な殺気を出すと身構えたのに、気質が高まっただけで殺気が含まれない。
だが殺気じゃなくてもその気質はライムを震わせるには充分だ。モンスターの殺気に近しいものがビリビリと空気を震わせ、ライムの肌を突き刺していく。
「どうした? 覚悟を決めたんだろう? 震えているぞ?」
「……問題ありません」
「強がるな。お前は実戦経験が浅い。恥じるようなことじゃないさ。そうなって当然のことなのさ」
うっすらと冷笑を浮かべて黒刀【参ノ型】をゆっくりと上段に構えていく。
それに対してライムもオデッセイブレイドを構えていく。盾をスノーへと向け、剣を少し後ろに引く。
恐れるな。
自分はスノーと話しをするためにここに立っているのだ。
ぐっと歯噛みをすると、頭の中に二人の男性の背中が浮かんできた。
深い緑色の髪をした男性が微かに後ろを振り返り、微笑を浮かべて告げる。
『強い意志を持って事に当たる。貫きたい事はそうやって心を強く持ってぶつかるものだよ』
そうだ。これはやらねばならないことだ。
何故かはわからない。でも、自分が話をしなければならない気がしたのだ。同じ魔族だから、というだけじゃないと思う。他に何かの要因がある気がしたのだ。
続いて黒い髪をした青年が微かに振り返り、彼もまたライムに告げてきた。
『恐れず行動しろ。出来ないことが恥じゃない。行動しないことが恥だ』
そうだ。恐れるな。
彼女は確かに強い。本当に自分を殺しにくるだろう。
実際に自分は彼女の気質で震え上がっている。自分なんかが勝てるような相手じゃないだろう。
だが恐れるな。勝てないのがわかっていても、自分はやらなければならないのだ。
――戦え、ライム。
――お前はここから目覚めるのだ。
心臓が一つ高鳴った。
まさかルシフェルの血が反応しているのか。狩る者、または殺す者になろうというのか。それらになってしまうにはまだ早い。
今は話をするだけだ。つまり、スノーの刃を防ぎ続けるだけの反応が出来ればいい。
この戦いは敵を倒す戦いじゃない。
その攻撃を耐え続ける戦いなのだ。
「強化、視力、腕力、脚力。コード・身体、硬化。我、堅牢なる砦の如く」
魔法の修行で再び記憶した魔法の一つ、自らを強化させる魔法を行使する。実力が足りないライムがスノーと渡り合うための方法の一つだ。
「ふん、なるほど。それもまた策の一つ。悪くはない。だが――」
そこでゆっくりと身を低くしていき、そこからスノーの姿が消え去った。
「――っ!?」
「――ルシフェルならば、まずは己の実力でかかって来いよ!」
振り下ろされた黒刀【参ノ型】を盾で何とか防いでみせる。デスパライズの盾と違い、良質の鉱石を使った盾なのでその刃を普通に受け止めることが出来た。しかしスノーの力も加わり、ぐっと押し込まれそうになっている。
それを弾き、横薙ぎに払われたそれを身を引き、振り上げられれば横に跳ぶ。
反応出来ている。
これも修行の成果だろう。連続して繰り出される攻撃を見続け、受け続けてきた結果だ。加えて自身を強化しているおかげで致命傷は回避できる。しかしそれでもスノーは刃を当ててくる。それだけ彼女の実力が高いということだ。
空を切り、突き出し、振り下ろされる刃を唇を噛みながらギリギリの所で守り続ける。
「スノー、さんっ!」
「……」
「あなたは人斬りなのですか?」
「……そうさ。私は人斬りさ」
淡々とスノーは答える。そのことにライムはまた少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。だがそれを堪えて問い続ける。
「なぜ殺すのですか?」
「私が殺人鬼だからさ。それ以外に理由はない」
盾を構えて刃を防ぐライムを見据え、少しだけ黒刀【参ノ型】を引いて体を捻る。その盾を蹴り飛ばそうとすると、それに気づいてライムは身を引いた。
だがそれを予測していたのだろう。
体を捻りながら黒刀【参ノ型】を握り締めており、その刀身にスノーの気が纏われていく。
「――
「っ!?」
ぞくりと背筋に悪寒が走った。
これは盾では受けきれない。そんな本能の警報が知らせてくれる。ライムは横に跳ぶようにしてそれを回避し、地面を転がった。
同時に繰り出される一つの剣。
振り下ろされた黒刀【参ノ型】から気刃が放たれ、石畳を一直線に割りながら突き進んでいく。それは離れたところにいる狂リオレイアまで届き、その左翼まで切断してしまった。
「ガアアアアァァァァァァ!?」
「も、紅葉さんっ! シアンっ! 焔さんっ!」
慌てて紅葉たちに振り返るが、彼女たちも何とか回避できたようで被害はなかった。しかし左翼を切断された狂リオレイアは痛みに悶えて暴れだし、建物を突進で崩しながら暴走している。
「余所見している場合か? 随分と余裕だな」
「っ、く……!」
構え直したスノーの一太刀をもう一度転がってかわし、すぐに起き上がって盾を構える。
危ないところだった。あのまま紅葉たちを気にかけていれば斬られていたかもしれない。命がけの戦いの際に余所見をするのは己の命を差し出すことに繋がる。それはわかっていたが、それでもライムは気にかけてしまう。
それは元来彼が戦いを好まない性格だからだ。仲間のことを気遣い、手助けする性分なのだから仕方ないといえば仕方ない。
少し乱れた呼吸を何とか落ち着かせ、ぐっとスノーを見つめる。
「……お前、本当に甘いな」
「え?」
「さっきの仲間を見たことといい、殺人鬼の私と話をしようとすることといい。何より、さっきからその剣を使っていない」
「……」
そう、ライムはオデッセイブレイドの盾だけしか使っていない。剣を一度も振るわず、スノーを攻撃していないのだ。
「当然です。僕はあなたと戦うのではなく、話をしにきたのですから」
「はっ、本当に甘いな。……いや、それがお前の一家の特徴だったな。甘いところまで受け継いだか。お前ら、それでもルシフェルか?」
「え? ぼ、僕の家のことを知っているのですか?」
「ああ、知っている」
黒刀【参ノ型】を構えながら小さくスノーは頷いた。再び気質が高まり、小さく風を生み出していく。白いローブがはためき、彼女の髪を隠していたフードが取り払われた。
肩まで伸びた白い髪と、そこから覗く長く尖った耳がフードの下から現れ、風に吹かれてなびき始める。
「人助けをするルシフェル夫妻。ハンターの世界で知らない人はそうそういないだろう?」
確かにそうかもしれない。両親のことはそれなりに有名だったとハンターになる前から知っていた。二人が亡くなった際、惜しい人たちを亡くした、という声を聞いたくらいだ。だからスノーの言葉も納得するだろう。
だがなぜだろうか。
ライムはそれだけじゃない気がした。何でそう思うのかはわからない。だからスノーを見据える。彼女の言葉の奥に隠れた何かを見るために。
見えるのは彼女が黒刀【参ノ型】を構える姿。
視えるのは彼女が魔族である証の気質。だが同時に、黒い何かも視える。これが彼女が殺人鬼と称する証なのだろうか。
ふと、誰かの心の中にもこのような黒い何かが視えたような気がした。誰だったか、と少し考えて思い出す。
それは黒崎優羅。彼女が魔族の血を引いているんじゃないかと視たときだった。あの時は見間違いだったと思ったが、スノーのこれを視たからには見間違いじゃないかもしれない。
優羅の場合は少し落ち着いていたが、たぶん同じものなんじゃないだろうか。それは同時に二人が同じ血族になるかもしれない、ということにもなる。
そこまで考えてもう一度スノーを見据えて盾を構える。
次に聞くべきことは決まった。
「スノーさん! あなたはルシフェルのことをどこまで知っているんですか!?」
「……さあな。お前が知っていることと変わりはないと思うが? どうせ誰かから教えてもらったんだろう?」
「狩る者と殺す者、のことですか?」
「なんだ、やっぱり知っているのか」
小さく鼻を鳴らし、風が黒刀【参ノ型】へと収束していく。これも彼女の魔法による効果か。気刃と渦巻く風の融合。それから繰り出される攻撃は一つしか想像できない。
ライムは己の中でそれを防ぐための魔法を編み出していく。
そんなに大きな魔法は行使できない、という制限がかかっていることを思い出したが構うものか!
これを繰り出されたら後ろにいるシアンたちにまで被害が及んでしまう。それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
――そう、それが僕たちの力の原動力さ。
イメージしろ。
あの風を防ぐイメージだ。
目に付いたのは建物に使用されている良質の鉱石。
風は大地と鉱石を切り裂き、巻き上げるが、聳え立つ巨岩はそれを耐え切り、押し返すこともあるのだ。
風と土は相反する属性。
故に行使するは土魔法!
素材は周りの建物だ!
「――
それはライムの想像通りの攻撃だった。
捻るように振り下ろされた黒刀【参ノ型】から、螺旋状に風が発生し、その中にカマイタチのように気刃がいくつか紛れ込んでいる。
それは集団の敵を風の中に閉じ込めつつ巻き上げ、カマイタチで切り裂いていく剣術なのだろう。
それに対してライムは両手を前に出してイメージを自分の前に結びつける。
「はああああぁぁぁ!!」
建物が溶けるように崩れていき、ライムの前に集まっていく。溶けた鉱石は凝結していき、手に嵌めているオデッセイブレイドの盾の形を作り上げていく。更に力を注いでいくが、頭痛が発生して顔をしかめていく。
どうやら自分の中にある症状が現れ始めたようだ。
口から血が微かに流れ始めるが気にするな。体の節々が痛み始めるが気にするな。
この身が傷つこうが大事な人たちを守り抜くのだ。
自分は両親の背中を追い続けると決めた。今は遥かに遠い父の背中に追いつくためにも、ここで折れるわけにはいかない。
こんな痛みが何だ?
それで力を注ぐことをやめてシアンたちが傷つけば自分は後悔するだろう。
だから堪えろ。そしてその手を下げるな。力を注ぐことを止めるな。
体中の痛みを気力でねじ伏せていく。これくらいでへこたれるわけにはいかない。
後ろにいるシアンたちを守るためならば、全力を出すことを惜しむな!
――いい心がけだ。
――今の僕ならば、もう枷は必要ないな。
どういうことだろうか?
――忘れるな。
――僕たちは狩る者でも殺す者でもない。
――僕らの一家はその道ではなく、第三の道を選んだルシフェルなのだから。
その瞬間、ライムの血が目覚め始めた。
己の中から何かが溢れ始め、頭の中に様々なことがフラッシュバックし始める。
流れる血が暴れだし、そしてライムは己の覚醒を悟った。
○
南門に近づくたびに火の手が広がっていく。辺りは火災が起こっており、ギルドナイトと術者たちによって消火作業に入っていた。その中を突っ切っていくベルゼラたち。
途中で狂リオレイアを一頭倒してきたところだ。緑色の甲殻が所々見えたところから、ガイアGと思われる。これで南門に襲撃した狂化竜は残り三頭になる。
火の手は消火作業を行っても狂化竜たちによって再びも広がり、これではキリがない。しかし南門付近に集まっている狂化竜がなかなか討てないのは理由がある。
それは現場に到着したことで判明した。
「こ、こいつらは……!?」
「チャチャブーにキングチャチャブーだって? 何だってこんな場所にいるんだ!?」
レグルとベルゼラが驚いた顔でチャチャブーたちを見つめる。
当然だろう。森や樹海で暮らすチャチャブーたちがこんな街中に現れるはずがない。だが実際にこうしてここにいる。そして己の武器を振り回し、戦っているギルドナイトやハンターたちに斬りかかっていくのだ。
その数は八匹ほどか。奥では何やら体が黒く染まっているキングチャチャブーがいる。まさかとは思うが、キングチャチャブーまでリオレウスたちのように異変が起きているのだろうか、とベルゼラたちが嫌な汗を流し始める。
そして所々石畳が陥没しているのは何故だろうか。火球の爆発かそれとも爆弾でも使ったのだろうか。
「これは本当に腹を括ろうじゃない……。セアラちゃん、まずは電流でチャチャブーたちを止めてくれない? 続いて彼らを一端下がらせるから、レグル君が閃光を使って」
「……わかったです」
「了解したぜ」
二人が頷き、まずはセアラが前に出て意識を集中させる。彼女の周りに微弱な電流が発生し、それがチャチャブーたちへと伸びていく。
「キ?」
「キキィ!?」
次々とチャチャブーが電流に触れて体を痙攣させ始める。電流は更に奥へと進み、狂キングチャチャブーと狂リオレウスへと到達する。
「ギギッ!?」
「グアアアァァァ!?」
そして二匹も体を硬直させ、ベルゼラがハンターたちに声をかける。
「みんな! 一端引いて回復へ! それと、残る人は目を閉じて!」
レグルが力を集めているのを見てハンターたちが何かをするのだというのを察した。傷ついている者たちは物陰へと退散し、残る者たちは一斉に目を閉じる。
それを確認したレグルはいくつかの珠を作り上げて両手の上に浮かばせる。それらを別々の方向へと飛ばし、ぐっと手を握り締めた。同時に珠は光を放ち、辺りを白に包み込む。
次いで聞こえる多くの悲鳴。光がやむと、そこには目を潰されて悶える狂リオレウスと狂キングチャチャブー。そしてチャチャブーたちは目を回してふらついていた。
「よし、行くよ!」
夜刀【月影】を抜き、ベルゼラが駆け出していく。目指すは狂リオレウス。あのデカブツさえ抑えておけば、何とかなる。同時に狂キングチャチャブーもやっかいだろうが、夜刀【月影】ならばまずは狂リオレウスから倒したほうがいい。
獣人種であるキングチャチャブーはランポスよりも少し小さいため、狙いが少し限定されてしまう。閃光で止められている今、先に潰しやすい狂リオレウスへと向かったほうがいいと判断した。
またレグルとセアラは目を回しているチャチャブーたちへと接近。手にしているランスを構えて突き刺していく。他のハンターたちも群がるチャチャブーは狂リオレウスと戦うときに邪魔になるため、これを機に今までの鬱憤を晴らすかのように次々と切り捨てていく。
だがそれでもチャチャブーは倒れず、次々と正気に戻っていく。
「ブキィィィ!!」
「キーキー!」
怒りが高まり、奇声を上げて武器を振り上げ、ぶんぶんと振るい始めた。手にしているのは鉈や剣、棍棒などだ。これを両手で構え、振り回しながら走り始める。
レグルは落ち着いて盾を構えて攻撃を防ぎ、隙が生まれたところでツキサシを突き出していく。それに仰け反ったところで叩きつけるようにツキサシを落とし、倒れた頭に何度も突き刺していく。
近くではセアラが近づいてくるチャチャブーに電機を放って感電させ、エメラルドスピアを振るってなぎ倒していく。ここにいるチャチャブーたちは上位チャチャブーだったためにタフだが、何度も何度もやられていては次第にふらついてくる。
離れたところではベルゼラが夜刀【月影】を構えて素早く動き回って次々と斬り続けている。顔を切り、足元を斬り裂き、跳躍して背中を飛び越えつつ回転斬りをする。壁を蹴り、そのまま振り下ろし、体を捻って切り裂く。
驚異的な加速で立ち回り、次々と傷を負わせていく。あちこちから血が噴き出し、狂リオレウスは反撃も出来ずにベルゼラにいいようにあしらわれている。
「ガ、ガアアアアァァァァ!!」
「っと、危ないね」
何とか翼を振るい、火球を吐き出しながら宙へと舞い上がる。目の前に落とされた火球だが、反応したベルゼラは何とか後ろへと下がる。
しかしそこに入り込んだ影が一つ。
「ギギーー!!」
「むっ!?」
手にした棍棒を振り下ろしながら狂キングチャチャブーが飛びついてくる。更に後ろに下がり、その狂キングチャチャブーを見つめる。どうやら閃光の効果から解放されたようだ。
「ギーギー!」
轟々と炎が燃える頭に被った肉焼き機。狂キングチャチャブーの怒りにあわせて燃え上がっている。屈伸をしてぶんぶん棍棒を振り回すと、首をかくかく動かしてその場で体を振るわせ始めた。
同時に肉焼き機から火花が散り、火の玉があちこちに撒き散らされていく。これがキングチャチャブーの特徴的な攻撃だ。自分の周囲に火の玉を撒き散らかし、なりふり構わず攻撃する。
樹海にある集落で使用すると、住人のチャチャブーもろとも吹き飛ばしてしまうが、同時にハンターも吹き飛ばす。しかも今回狂化しているが故にその炎の威力が上がっている。
「ギギギギギィィィィ!!」
「ガアアアァァァ!?」
「ちょ、レウスまで巻き込んでいる!?」
あの狂キングチャチャブーは狂リオレウスの前であの攻撃を行っているため、当然ながら火の玉の範囲内に狂リオレウスも入っている。しかしそんなことは関係ないとばかりにまだまだ火の玉を撒き散らかしている。
しかも範囲外に逃げられたとわかると、そのまま歩き始めた。しかもジャンプも混ぜて更に遠くへと飛ばそうとしている。
「ギギギィィ!!」
「くっ、なんという……!」
火の玉の撒き散らかしは終わったが、そのまま棍棒を振り回して飛び掛ってくる。ステップを踏んでそれを回避し、一太刀を当てるがそんなことで終わる狂キングチャチャブーではない。
地面に転がった後にすぐに起き上がり、そのまま棍棒を回転させ、勢いよく跳躍して振り下ろしてきた。
「っ!?」
そこから跳躍して一気に離れると、先ほどまで立っていた場所が狂キングチャチャブーの一撃で陥没している。陥没しているのはだいたい1メートルほどか。あの一撃を受ければ人族はひとたまりもないだろう。
そのことを想像すると冷や汗が流れる。周りのハンターたちも、狂キングチャチャブーの恐ろしさを先ほどから理解している。なにせあちこち陥没しているのは火球でも爆弾でもない。
あの狂キングチャチャブーが作った穴なのだから。
「ギギィィ!!」
狂キングチャチャブーが両手を振り上げてベルゼラを見据える。
これは本当に気をつけなければならない。そう考えていると、狂リオレウスが火球を放ってきた。回避してもベルゼラを追って狂キングチャチャブーが追いかけてくる。
「っく、そ……」
夜刀【月影】で切り払おうがそれを回避しつつ足元に潜り込み、突き上げるように棍棒を操ってくる。脇腹をやられ、その痛みに顔をしかめてしまう。だが怯まずに膝蹴りを放って一端狂キングチャチャブーを離し、夜刀【月影】を突き出した。
宙を舞っている狂キングチャチャブーに回避する術はなく、そのまま体を貫かれる。
「グ、ギ……!?」
そのまま切り払ってやると、狂キングチャチャブーは地に転がって悶え始める。とどめを刺そうと夜刀【月影】を握り締めるが、狂キングチャチャブーの頭の肉焼き機が異常を発する。
何故か途端に炎が大きく噴出し始めたのだ。
「ギガガガガ!!」
「な、なに!?」
奇面がカチカチと揺れ、奇妙な音を奏で始める。血を流しながらも狂キングチャチャブーが起き上がり、幽鬼のように体を揺らめかせていくのに、炎だけが盛んに燃え上がっている。
「ギッギッギギギギギギアアアアアアアアァァァァ!?」
「ま、まさか……!?」
嫌な予感がしてベルゼラがハンターたちを見回す。
「みんな! 離れろおおおぉぉ!!」
そう叫んでレグルとセアラへと疾走する。二人を抱えて走り、微かに後ろを振り返る。そこには炎から火の玉を撒き散らかす狂キングチャチャブーの姿がある。
あちこちが爆発していき、そして肉焼き機の炎が弾け飛んだ。
一瞬の静寂。
そして狂キングチャチャブーは文字通り大きな爆発を起こしたのである。
響き渡る轟音と、巻き起こる爆風。
その辺り一体は一瞬で焦土と化した。近くにいた狂リオレウスと部下のチャチャブーを巻き込んで、文字通りの自爆を行った。
消え往く命の最後の炎を利用した自爆。
敵は絶対に滅ぼす。
狂化したものの特徴を利用した自爆は彼らだけでなく、数人の人の命を巻き込んで消えていった。
○
なんだ、こいつは?
急に雰囲気が変わったぞ?
その姿は奴の張った盾で見えないが、雰囲気が、空気が変化したのを感じる。
やがて風が収まり、攻撃が止まったことで盾も消えていく。
次いで現れていくライム・ルシフェルの姿。
そして気づいた。
奴の目が少し変化していた。
淡い青の瞳の奥に、蒼く揺らめく何かがある。それは覚醒の証。
やはり覚醒していたようだが、それは前回の暴走とは違っている。制御しているのか、と思ったが奴の中に戸惑いが見られる。どうやら奴もその状態に驚いているようだった。
ということは意図して起こした覚醒ではないということだが、それでも疑問点がある。
ルシフェルの――シュヴァルツの覚醒は狩る者か殺す者の二つ。
前回は中途半端な覚醒だったからどちらでもなかった。
しかし今回は明確な覚醒を起こしている。だが二つのどちらの気配もない。
これはいったいどういうこと?
昇華したわけでも、堕ちたわけでもない。それが意味するところがわからない。
というよりこいつは突然殺す者、すなわち殺人鬼に堕ちるはずもないから狩る者になるはず。
なのに狩る者の雰囲気じゃない。
それにしてもなんだこれは?
敵意がないのは相変わらずだが、気質が高まっていく。それも明確な意思を持ち、芯が通ったような気質。しかしそれでいて暖かく柔らかい。こんな気質は見たことがない。
まさにこの甘ちゃんのライム・ルシフェルらしい気質、といえるだろう。
もしかすると、こいつの両親もこんな風な気質なのだろう。同じく甘いハンターだっただろうから間違いない。
だというのに、なぜ……。
なぜ私は気圧されているのだろうか?
血が目覚めた。
そんな気がした。
でもこれは不快な感覚じゃない。むしろ落ち着いてくるような感覚だった。
そしてあの声は恐らく、僕の中に流れている魔族、シュヴァルツの本能の声なのかもしれない。
フラッシュバックしていった映像の中に、一つの記録があった。
僕は持ちうる力が強すぎたために、血が僕の中に枷を嵌めて封じ込めたという。無理にそれを解放して自分の体を傷つけないようにするため、罠のようなものを自分の中に作り、それ以上解放するようならば異常を知らせるように体調を崩させたという。
月さんと獅鬼さんはこれに気づき、これを僕たちに知らせないようにわざとはぐらかすように言ったみたいだ。でも僕の体が作られていき、それに合わせて少しずつ枷を外していったみたいだ。それが二度に渡った治療の意味。
僕の体が僕を守るために自分で枷を作る。それによって今まで僕は強すぎる力にあれ以上壊れないようにしてくれた。
でも今、僕の体に枷はない。
体の中から力が溢れ、僕の体を巡っていくのがわかる。これはまだほんの一部。僕の奥底にはまだ眠っている力がある。これは今まで封じられたことで、今なお眠り続けている力の根本。今はまだ使えないものだ。
でも必要ない。これは相手を打ち倒すための力じゃないのだから。そんなに多くの力を振るう必要はない。
あの声によれば、僕の一家が目覚める覚醒の形はシュヴァルツの本質から外れている。
しかし、それもまた力の振るい方の一つだ。罪を自覚したことで名を変え、そして罪滅ぼしを始めた彼らが力を変えて振るったもの。
言うなれば、これが本当の「ルシフェルの覚醒」だろう。
何故ならば狩る者と殺す者は、ルシフェルになる前のシュヴァルツ一族が会得した力なのだから。
そう、ルシフェルの力の在り方。
それは――
○
驚きに包まれているスノーと、自分の手を見つめるライム。お互い隙を見せているのに攻撃をすることはない。それだけお互いがライムの変化に驚いているということなのだから。
背後で大きな爆発が起き、狂リオレイアの悲鳴が上がっても二人は動かない。
焔が投げた大タル爆弾が爆発し、狂リオレイアが怯んだところを紅葉がデスヴェノムモンスターで殴りつける。
甲殻が剥がれた部分を狙い、シアンがインセクトオーダーを振るって切り裂く。ペースは完全に彼らにあった。もう間もなく狂リオレイアは討伐されるだろう。
それでもスノーは表情を変えず、ライムを見据えたままだ。
沈黙が続く中、スノーが微かに口を開いて言葉を発した。
「……なんだ、お前は?」
「……」
「何に覚醒した?」
「……もちろん、ルシフェルの覚醒ですよ。スノーさん」
「それはない。ルシフェルは狩る者と殺す者。だがお前からはそんな気配が感じられない」
黒刀【参ノ型】を握り締めてスノーがそう告げた。しかしライムは動じずに目を閉じる。
そして顔を上げて微笑を浮かべた。
「いいえ、もう一つありますよ」
「なに?」
「ルシフェルとは戦争後に自分たちの罪を自覚し、名を変えたシュヴァルツたちです。スノーさんの言う二つの覚醒は、シュヴァルツが会得した力です。僕の覚醒は、その後。ルシフェルとなった者たちが得た力の形です」
「……っ!?」
ライムの説明に気づいたようだ。
そう言われてみれば納得する。その言葉におかしいところはない。ということは、自分たちの知らないその力を発現させたというのか。
「……それは?」
「僕の力の根本は、誰かを守ることにあります。仲間を、友人を、大事な人を守るためにその力を使います。父さんと母さんだってそうやって日々を過ごしました。だから僕の、ルシフェルの覚醒は――」
右手を胸の前に当ててぐっと握り締め、ライムは誇らしい顔でスノーを見据える。
「――『守る者』です」
「…………」
その言葉にスノーは呆然としていた。
それはあまりにも対極。
よもや何かの命を奪うものたちが最終的に辿り着いた先が、何かを守るものに成ろうとは。
「死」に深く関わったものが、「生」に深く関わる。
だが考えてみればわかること。
殺しすぎたものたちが償いの為に行うこと。それは死にゆこうというものたちを救うことだろう。確かにそれは一つの償いになる。
しかしそれでも刷り込まれた本能は消えることはないはずだ。どんなに救いたくても、内から来る衝動は抑えきれないはず。だからそうなろうとしても、なれるはずはない。
「殺人鬼」が「正義の味方」に変化することは絶対にあるはずがない。
だがそう在ろうとした人たちがいることをスノーは知っていた。
だからこそ信じられない。
よもや、ここまで対極とは何かの皮肉か?
自分はこうして殺人鬼となっているのに、こいつは正義の味方であろうというのか。それがますます苛立たせる。
――殺したくなってくる。
ああ、抑え切れない。
また湧き上がる衝動。苛立ちはそのまま衝動へと変化していく。
「……ふざけるなよ」
「……え?」
「なにが守る者……ルシフェルは……シュヴァルツは殺しの血統」
その顔が伏せられ、体を振るわせていく。同時にスノーの気質が揺らめき始める。それは動揺か、はたまた苛立ちか。ライムの目にはそんな風に視えた。
だが同時に悲しみも視えたような気がする。
悲しんでいる。
スノーが泣いている。
「殺しの血統が誰かを守る? ふざけるのも大概にしろ。どんなに綺麗ごとをやってきても、結局はハンターは殺しを行っている。その対象が人ではなくモンスターになっているだけのこと」
「…………」
それは否定できない。
ハンターはモンスターを狩る。狩るということは殺す、ということなのだから。
「お前だって血を見たり、血を浴びたとき何かを感じたろう? 自分の心の奥底が震えたことがあったはず」
「……っ」
その指摘にライムが体を震わせた。確かにそれは覚えがあったからだ。
初めてドスガレオスを狩ったとき、その返り血を多く浴びた時。
ダイミョウザザミを狩ったときに、青い血を浴びた時。
どちらも心の奥底が何かを訴えかけるように震えていたのだ。どちらもすぐに布を渡され、それで拭き取ってしまったからなんともなかった。しかし、それが何なのかがわからなかった。
わからないまま放置してしまったのだ。
「あったな? それがシュヴァルツの血統の宿命さ。それは血を求め、命を奪い続ける一族。最終的にそれは狂気に近しいものとなり、殺人鬼を生み出した」
「……それでも、それでも僕は正しく在り続けたい! 父さんと母さんがそうだったように、僕は僕の大事な人を守るためにこの力を使います!」
「無理だな」
ばっさりと切り捨てる。
そしてゆっくりと顔を上げたスノーの目は鈍色のものではなくなっていた。
それは血のように紅い瞳。その中心では、黒く染まった蛇のような細い瞳孔があり、じっとライムを見つめている。
それを見たライムが息を飲む。
そして気づいた。
なぜ彼女がそうなっているのか。
殺人鬼、殺す者。
これらは同一のもの。
彼女の耳はライムと同じ長く尖った耳。加えて彼女の中に視えたものはどこか懐かしいものに近い。
また妙にルシフェルのことに思い入れがあり、自分たちの家族のことを知っているかのような口ぶりだった。
その顔をじっと見つめなおしてみる。
――そして思い返された遠い記憶。
それは幼い頃に一度家族揃って別の村に訪れた時のことだ。
その家族もライムたちと同じく四人家族だった。両親と二人の姉妹の家族だった。
自分たちと同じく魔族であり、そしてライムの母親とその家の母親が姉妹だった。つまり、その姉妹とは従兄妹に当たるのだ。
そしてライムは姉妹の妹に出会う。
銀色の長髪に、鈍色の瞳をした少女だった。自分のことを「オレ」と呼び、ライムよりも男らしい少女だった。
1歳年上のその少女は、その日色々なことをして遊んだ記憶がある。それから数日その村に滞在し、一緒になって過ごした記憶だった。
そしてその少女の名は――
「……セルシィ、姉さん?」
「…………その名で呼ぶな。その名はもう捨てたんだから」
――セルシウス・ルシフェル。
その言葉は肯定だった。美しかった銀色の髪は彼女の過去を示すかのように白く染まり、長髪だったものは肩で切られている。
相変わらずの男言葉で、少女のようだった顔は成長して中性的な顔つきへと変化した。
従姉の彼女は、今こうして敵対している。
その事実がライムの心を強く揺さぶった。
それが命取りとなる。
「やはりお前は甘いな。そうやって、隙を見せるっ!」
「……っ!?」
一気に距離を詰めたスノー――セルシウスは黒刀【参ノ型】を振り下ろす。しかし何とか反応して身を引くが、微かにクックシリーズが斬られている。それを追随するようにセルシウスは更に踏み込んでいく。
気を纏わせて下段に構え、体を捻って袈裟斬りにする。同時に気刃が放たれ、ライムの背後の建物を切り裂いた。亀裂が走り、建物がずれるように崩れ落ちていく。それはライムと紅葉たちを両断するように倒れていった。
「――っ!?」
「逃げ道はない。ここで死ね、ライム・ルシフェル」
「……く、セルシィ、姉さん……!」
「だからその名で呼ぶなと言っているッ!」
吼えるように叫ぶと共に黒刀【参ノ型】を振り抜く。しかし心が揺れたせいか、ライムはその太刀筋が見えていた。何とかそれを回避して黒刀【参ノ型】を握り締めるその手に盾を打ちつける。
それが初めての攻撃となった。更に右手に握っていたオデッセイブレイドはローブに仕舞われている。もう剣はいらない、と判断したようだ。
剣を握っていたのは右から来る黒刀【参ノ型】を受けるためであり、斬るために握ったわけではなかった。だがもう必要ない。
右手は何も持たず、そのままセルシウスへと踏み込んでその手を伸ばした。
「っ、な……!?」
「はあああああぁぁぁ!!」
あの時と同じく右手は電気を発している。それはセルシウスを麻痺させるためのもの。ローブの下にある装備はシルバーソルシリーズ。銀火竜は雷属性を弱点としているため、その効果は増えるだろう。
だが反応していたセルシウスは柄で右手を打ちつけて振り払い、一端距離を取るように後ろへと下がる。
しかしそれも狙い通りなのだろう。
ライムは払われた右手を引き、盾を嵌めている左手を伸ばした。人差し指を立てて地面を指差し、魔法を行使する。
「ん、な……!?」
着地しようとしている石畳が水に濡れている。そのまま足を乗せてしまうと、それが凍りついてセルシウスの身動きを封じた。
「ちぃ、小癪な……っ!」
だがセルシウスも魔法の心得がある。足元に火を起こして氷を溶かし、すぐに自由になった。しかしその時間があれば充分だ。疾走したライムがセルシウスの手に握られている黒刀【参ノ型】に手刀を当てる。
それによってその手から黒刀【参ノ型】が落ち、そのまま蹴り飛ばしてセルシウスから武器を失わせる。
舌打ちしてセルシウスがそのまま拳を放ち、その腹を殴りつける。くの字に折れたライムの頬を殴り飛ばし、ライムは石畳を転がっていく。すぐに黒刀【参ノ型】を拾いに行こうとするが、ライムは転がりながらも魔法を行使していた。
黒刀【参ノ型】の周りの石畳を盛り上げ、完全に黒刀【参ノ型】を覆い隠してしまった。
「っ、てめぇ……!」
「……させませんよ。ごほ、ごほ……」
口の中を切ったようだ。微かに血が口から流れている。
それでもライムは笑っている。対するセルシウスは不機嫌さを隠そうとしていない。
「これ以上好きにはさせませんよ、セルシィ姉さん。あなたを殺人鬼から解放する。そう決めました」
「……なんだと?」
「ええ、さっき決めました。僕の目標です。これは確かに本能でしょう。しかし抑えることは出来るはずです。僕たちがそうであるように」
「……はっ、なにを言っている? そんなの、無理に決まっているだろう? どこまで甘いんだ、お前は? 私は今まで何人も殺している。さっきも殺し続けた。そこまで堕ちている私をどう救うという?」
その言葉を聞いてもライムは微笑を浮かべたままだ。まるで動じていない。
いや、表面上はそうだろう。
内面では今の言葉に揺れている。それをうまく隠しているだけに過ぎなかった。
「何度もあなたと話をし、一緒に時間を過ごせばいい。戦いならば、僕がお相手します。あなたは僕を殺すために僕の前に現れればいい。でも僕はただでは死にません。ずっとずっと己の身を『守』り続けてみせましょう。あなたの本能の『殺』しをそうやって達成させずに発散させ続け、いずれは落ち着かせてみせます」
「…………」
それはライムなりの覚悟だった。
己の身を犠牲にし、セルシウスを救おうというのだ。死ぬかもしれないというのに、ライムは笑ってそう言い切った。
殺人衝動を戦いという形で発散させ、殺しきれないと諦めて去る。それを繰り返していけばいずれは落ち着くんじゃないか、とライムは考えたのだ。
それは意味のないことなのかもしれない。でも、やる価値はあるんじゃないか、という可能性がある。
その可能性にすがってみよう。そう考えたのだ。
だがセルシウスは再びライムを見つめたまま固まっている。
「……何を言っている、お前は?」
「何って、セルシィ姉さんを救う方法を提案しただけですが?」
「阿呆か、お前は? 己の命を私なんかを救う為に賭けようというのか?」
「当然じゃないですか。だって僕たちは従姉弟でしょう?」
何てことない風に笑いながらライムは言い切った。
その笑顔に完全に毒気を抜かれてしまった。
どこまでも真っ直ぐで、そして柔らかな笑顔を前に、セルシウスは言葉を失ってしまった。
あの小さな少年が、よもやここまで大きくなろうとは。あんな弱々しかった従弟がこんなにも変わってしまうなんて……なにが彼を変えたのだろうか。
でも変わらないものもある。
彼の笑顔は、昔と変わらず暖かかった。そして、どこまでも純粋で真っ直ぐだった。
眩しい、とセルシウスが思うほどに。
その紅い目が元の鈍色の目に戻っていき、セルシウスは舌打ちして石畳を見る。ぐっと拳を握り締めて勢いよく振り払うと、頂上部分が吹き飛んでしまう。その中にある黒刀【参ノ型】を回収し、ライムに背を向けてしまった。
「……興が冷めた。この戦い、今は置いておく」
「……そうですか」
「忘れるな。いずれまたお前を殺しに来る」
「ええ、お待ちしていますよ。今度はあなたを救ってみせます」
「……チッ、甘ちゃんが……」
そんな捨てセリフを呟くと、そこから疾走して去っていった。その背を見送り、ライムは大きく息を吐いた。溢れかえる力も落ち着きを見せ、ひとまずはこの戦いは終わった。
思い返されるのは遠い昔の記憶。
重ならないその容姿。でもあれは間違いなくライムの従姉だった。
だからこそ決意が固まる。
堕ちてしまった彼女を助けたい。
そんな気持ちが強くなっていった。