呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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50話

 

 

 また一人駒を殺す。これでかの件に関わった者たちは全て始末できたわね。

 ギルドナイトの暗殺。これは彼らにとって知られてはならない事件。今まで秘匿し続けていたようですが、それでも疑惑は未だに残っていた。

 ソル・森羅・スカーレットを始めとする改革派の一部がそれに当たるわね。特にソル・森羅・スカーレットはあの二人の親友。暗殺ではないかという疑惑が出た時に、真っ先に調査を開始することとなったわ。

 しかし確かな証拠は今に至るまで発見されず、そして当事者たちはこうして私が殺した。これで事件は迷宮入り。私たちがそれを彼らに伝えるか、証拠とやらが発見されるかしなければ、ね。

 さて、そろそろあの女がやってくる頃合かしら。私もここから離脱するとしましょう。

 そう思いながら街の様子を探ってみる。

 なるほど、いい感じに闇が高まっているようね。

 私たちの言う闇とは、主に人の負の感情。

 怒り、悲しみ、恐怖、絶望、死……。

 これらが街のあちこちから高まっていくのを感じる。そして狂化竜が死亡し、彼らが高めてきた闇も街に解き放たれていく。これらが最終的に私たちの「作戦」へと直結する。

 つまり狂化竜を倒そうが倒さまいが、私たちどちらでも構わないということね。ハンターたちはただいいように踊らされているだけ。

 これらは私たち……いえ、あの方が描いたシナリオに沿って行われる寸劇。

 ドンドルマという街は言うなれば大きな演舞場。

 私は小さく口元を緩ませて目を細める。そう考えると、ハンターたちがいかに滑稽なことか。

 生と死も、正と負も全ては予定調和のうち。

 流石は我が主。お見事なことです。

 そう考えていると、南門の方から轟音が聞こえてきた。あれは……もしやバーチャーカーが自爆を行ったのかしら。命が消えていくような感覚がする。そして高まる闇。どうやら見事に散っていったようね。いい最期だったわよ、バーチャーカー。

 短く目を閉じてその勇姿に黙祷を捧げ、私はそこから離脱する。

 向かう先は西門。危惧することは本当に起こるのかしら。それを確かめねばならないわね。

 

 

 ○

 

 

 時刻はスノーたちが南門へと侵入する頃合。

 西門へと接近するのは八頭の狂化竜たち。

 シエルR3、シエルS1、ガイアG2、ガイアH2の軍勢。シエルSはリオレウス希少種と呼ばれる銀火竜の狂化竜であり、当然ながら狂リオレウスたちの中では一番上の実力者だ。

 並行するようにガイアHが両脇につき、そしてシエルRとガイアGが後ろを飛行している。シエルRの一体の背には、狂キングチャチャブーが刀を手にして己を鼓舞するように奇声を上げている。狂キングチャチャブーの周りにチャチャブーはいない。つまりこの狂キングチャチャブーは一人でこの戦場にやってきたのだ。

 そしてシエルRの背に乗っているのがゲイルとロスト。ゲイルの顔には修復された忍の面・陰が嵌められており、再び素顔を隠している。

 だが完全に嵌めてはいないようで、口元だけが露出されていた。もう正体がばれているので、声を変える必要はないということなのだろう。

 

「さぁて……いよいよだなぁ……クッヒヒヒ!」

「お兄ちゃん、戦うのは誰と?」

「そりゃあ保守派の奴らは皆殺しよぉ。改革派は、ま、向かってくるなら切り捨てていくさ。それが戦いってもんさ」

「……うん、わかったよ」

 

 ぐっと拳を握り締めて頷くロストの頭を優しく撫でてやり、口元を緩やかな笑みを浮かべる。ロストの前ではゲイルは復讐者の顔を捨て去っている。そこにいるのはただ一人の妹分を想う兄の姿だった。

 だからこそいつも二人は一緒にいる。そこにあるのは義兄妹の繋がりだ。あの日の出会いから始まった確かな繋がり、強い絆。

 その過去からゲイルはロストを大事にし、ロストは自分を救ってくれたゲイルを慕う。血に濡れた道を行く少年少女とは思えない光景がそこにある。

 やがて西門が近づいてくると、城壁の上に設置されたバリスタから一斉に弾が射出されてくる。その弾幕を突っ切り、地上へと下りていくのはシエルR、シエルS、ガイアG、ガイアHの四頭。

 降下していく四頭を見送り、ゲイルたちを乗せたシエルRは街の中央部へと向かっていく。西門にいるのは改革派のギルドナイトが大半であることを、アキラからの報告に聞いていた。ならばこのまま中央部へと向かい、保守派を狙うことにする。

 だがそれは中断されることとなった。自分たちを狙う視線と気質を感じたのだ。

 ハッとして視線を動かし、そして見ることとなる。

 

「……ク、クヒヒヒ! あの野郎……流石はアーチャーだなぁ、おい!」

 

 身構えると同時に空を切って向かってくる複数の矢。ロストを庇うように立ち、それを抜き放ったツインハイフレイムで切り落としていく。よく見ると先端はそんなに尖ってはいない。つまり、これは威嚇射撃。

 

「グルル……?」

 

 狂リオレウスも警戒するように唸り始めると、反対側から矢が飛来してくる。それらは羽ばたいている左翼を狙って射られており、次々と左翼を貫通していく。

 

「グアアアァァァ!?」

「こいつぁ……サンのブルーブレイドボウⅡか!?」

 

 どうやら自分たちは挟み撃ちにされているらしい。ゲイルは舌打ちしてロストを抱え、狂リオレイアから飛び降りる。一つの建物に着地すると、飛行していた狂リオレウスも地上へと降りていく。それを感じながら視界の奥にいる一人の青年を見据える。

 

「待ち伏せ、ご苦労なこったなぁ。レイン・スカーレット」

「……ふっ、よもやこちらから来るとはね。嬉しいよ、ゲイル・カーマイン」

 

 その青年、レインはゲイルたちが立っている建物の向かいの屋上にいた。その手にはソニックボウⅢが握られており、新しい矢を番えて身構えている。まだ矢を引いていないが、その気になればいつでも射ることが出来るだろう。

 ゲイルたちの背後ではサンがブルーブレイドボウⅡを構えている。それをロストが警戒するように見つめている。

 

「さて、ゲイル・カーマイン。投降する気はないかね?」

「ねぇな。俺様たちはやることがあるんでねぇ……クッヒヒヒ」

「そうか、残念だ。ではやむを得まい。力ずくで捕らえるとしよう」

「クヒヒヒヒ! 最初からそう言えばいいだろうに、ギルドナイトってのもめんどうなもんだなぁ、おい。だが、力ずくってのは嫌いじゃねぇ。存分に殺りあおうぜぇ?」

 

 ツインハイフレイムを構えると、レインも矢をゆっくりと引いていく。背後にいるサンもブルーブレイドボウⅡの矢を引き、ロストを見据えていた。ロストはローブから蛇槍【ナーガ】でもエメラルドスピアでもない、新たなる武器が姿を現した。

 それはダブルセイバー。

 黒塗りの刃が柄の両側に少しだけ反り返っている。その刃はカンタロスの羽を使用した刃であり、その切れ味はインセクトオーダーと同じく鋭い。

 黒剣インセクトフェザー。

 それがこの武器の名前だ。上位の素材を使用しており、強度と切れ味の上昇が望めたダブルセイバーだ。

 柄を両手で握り締め、軽く回転させると鋭く空を切る音がする。それだけでもこの切れ味がわかるというものだ。

 そしてゲイルとロストが同時にそこから飛び出し、それぞれの戦いへと赴いていく。

 迎え撃つようにレインとサンが矢を放つ。それらを切り払って隣の屋上へと着地し、ここに戦いが始まった。

 

 

 ○

 

 

 西門は騒然としている。月の警告通りにこうして黒く染まった飛竜たちが襲来してきた。同時に狂リオレウスから狂キングチャチャブーが飛び降り、手にした刀を振り下ろしてくる。

 

「――っ!」

 

 反応できなかった一人のギルドナイトが頭から刀を振り下ろされ、体を文字通り真っ二つにされて死亡する。

 

「ギギギィ、ギギギッギーーー!!」

 

 敵を討ち取ったことで狂キングチャチャブーが勝利の声を上げ、刀を振り回して舞い踊る。背後では街に侵入しようとする四頭の狂化竜。その中で一番存在感があるのは、やはりシエルS。

 黒く染まった中に銀色の色合いがまざったそれは、ギロリと辺りを見回し、大きく息を吸い込んだ。

 

「グワアアアアアァァァァァ!!」

 

 発せられる咆哮。それにすくみ上がる改革派のギルドナイトたち。それを好機と見た狂リオレウスたちが一斉に攻撃を開始しようとするが、それを遮るように雷魔法が展開され、狂リオレウスたちが出鼻を挫かれることとなった。

 行使したのは現場に到着したソルだった。右手には鬼哭斬破刀・真打が握られており、バチバチと刀身から電気を放出していた。

 先ほどの雷魔法はこの鬼哭斬破刀・真打から発せられる雷属性を使用し、狂リオレウスの前に展開させたのだ。

 

「うろたえるな! 恐れを抱けば、それだけで勝負が決する! お前たちは今までどれほどの死地を潜り抜けた? どんな死地だろうと生きて帰ってきたお前たちが、このような奴らに負けることはない!」

 

 ソルが周りのギルドナイトたちを奮い立たせるために鬼哭斬破刀・真打を掲げる。そのまま上段に構え、頼もしい笑みを浮かべて声を張り上げる。

 

「剣を取れ、誇りあるギルドナイトたちよ! 街に侵入する不届き者たちを打ち倒すのだ!」

「おおおおぉぉぉぉ!」

 

 その言葉にギルドナイトたちが立ち直る。各々声を張り上げ、その声が幾重にも重なってその場の空気を奮わせる。先ほどまで恐怖心を抱いていた者たちの影はない。

 そこにいるのは街を守るために戦う戦士たちだ。

 

「グルル……!」

 

 憎らしげに唸る狂リオレウスを前に、ソルは一層笑みを深くする。そして身を低くし、最後の言葉をその場にいる者たちにかける。

 

「皆の衆、私に続けえええぇぇぇぇ!!」

「おおおおぉぉぉぉ!!」

 

 一番前へと飛び出していくソルに続くようにギルドナイトたちも走り出した。

 それが彼のカリスマ性だった。

 先ほどまで恐怖に沈んでいた彼らの心に、勇気という名の火をつけて激しく燃え上がらせる。その火は周りの者たちに飛び火していき、やがてそれらは大きく燃え上がって闘志となる。

 恐れを勇気へ、勇気を闘志へ。

 人はそうやって強大な敵へと立ち向かう。

 

「グワアアアアァァァァァ!!」

 

 向かってくるギルドナイトたちへと咆哮をぶつけるが、彼らの周りには風が渦巻き、咆哮を受け流している。あるものは魔法によって耳栓をつけて疾走している。

 例え魔法の壁がなかろうとも、着火した勇気の炎が咆哮など無視するだろう。それだけ彼らは奮い立っている。

 

「覚悟しろよ、狂化竜ども。我らの剣は、貴様らなどに折れはせんッ!」

「グオオオアアアアァァァ!!」

 

 シエルSへと鬼哭斬破刀・真打を斬ろうとするソルに、真っ赤に染まった瞳を向ける。

 西門にて、彼らの戦いが始まった。

 

 

 ○

 

 

 接近していくゲイルを牽制するように、ソニックボウⅢから矢を連続して射出していくが、全てをツインハイフレイムで切り捨ててどんどん距離を詰めていく。もう牽制する意味がなくなり、ソニックボウⅢをローブへとしまうと、ギルドナイトセイバーを取り出して応戦する。

 四つの刃がぶつかり合い、二人の距離が縮まった。

 

「クッハハハハ! もう遠慮はいらねぇよなぁ?」

「……ふっ、その通りだ。全力を持ってゲイル・カーマイン、君を負かせてやろうじゃないか」

「できんのかぁ、お前に?」

 

 仮面の陰から覗く口は笑みを作っている。

 

「どうせ君のことだ。鍛練の時は手を抜いていたんだろう?」

「わかってんじゃねぇか。全力を出して本来の実力を知られるわけにはいかなかったからなぁ」

「やはりか……ふんっ!」

 

 鍔迫り合いをしているツインハイフレイムを押し返し、踏み込んでギルドナイトセイバーを振るう。しかしそれは当然ながらゲイルは反応している。左から来るギルドナイトセイバーを左の剣で防ぎ、弾いて自らもツインハイフレイムを振るう。

 一合、二合、三合と刃が打ち合わされ、一進一退の剣戟が繰り広げられる。

 その速さはみるみる上昇していき、常人では目で追いきれないほどへと加速していく。

 やがてどちらも踏み込めず、それぞれの間合いで剣を振るい始めるようになった。

 ツインハイフレイムが内包しているのは火属性。刃が打ち合わせれば炎が発生するが、すぐに消火されている。何故かといえばギルドナイトセイバーが内包しているのは水属性だ。

 火と水は相反する属性。故にお互い打ち消しあって無効化されている。

 つまり純粋なる刃の威力と、使用者の腕前がこの勝負を決する。今現在はお互い均衡状態にある。

 ツインハイフレイムは下位の剣、ギルドナイトセイバーは上位の剣だが、実際の威力はギルドナイトセイバーが少し上回る程度。切れ味自体もツインハイフレイムが低いが、それでもゲイルは押し負けていない。

 だが長くそうやって剣戟を行ってくると、両腕に疲れがたまってくるものだ。つまりこれはどこまでこの調子で振るい続けられるかの戦いでもある。

 

「ハッハァ! やるじゃねぇの、ええ? 流石はレイン・スカーレットっていったところかぁ。あのソルの息子だけはあるなぁ……クッヒヒヒ!」

「……ふん、君こそ、よもやここまでの力を隠していたとはな。純粋に驚いているよ、ゲイル・カーマイン。だが……だからこそ疑問だ」

「あん?」

「どうしてそこまで闇を抱えた? ただ奴らにそういうことを言われ続けた、というだけではないだろう?」

「…………」

 

 剣戟をお互い弾き返し、少し距離を取って向かい合う。そのままもう一度ゲイルが斬りかかるかと思ったが、予想に反して静かにレインを見つめているだけだった。

 少し無言の時間が続いたが、小さく肩を揺らしてゲイルが笑い始める。

 

「……ククク、どうして? そんなの、きっかけは一つしかねぇだろうがよぉ……」

「……まさか」

「おうよぉ。親父たちが死んだことだ」

 

 ゲイルの両親が死んだこと。

 任務の途中で二人とも死亡し、殉職として片付けられた一件だ。しかし少しして二人は暗殺された、という疑惑が浮かび上がり、騒然となった。つまり事故は事件となる。

 幼かったゲイルは最初こそ意味がわからず、両親の死を嘆いたが、やがて成長していくにつれてその意味を知ることとなった。当時8歳のことである。

 

「親父たちが優秀だったことは幼いながらも知っていた。そんな親父たちを慕っている人たちのことも知っているさぁ。だが同時に、妬む奴らも存在していたことも知った。一番の疑惑は、保守派のスミス一族さ」

「……彼らか」

 

 スミス一族はレインもよく知っている。父親であるソルを目の敵にし、色々と妬みや陰口をよく聞いている。更にレインたちを苛めていたリーダー格の青年は彼の息子でもある。つまり親子二代に渡ってレインたちを目の敵にしている存在だ。

 

「知ってるかぁ? ソルはそいつに対して親友を殺した一番の黒幕だと疑い、証拠を掴んで逮捕しようと動き回っていることをよぉ」

「……ある程度は知っている」

「ほう? だったらわかるよなぁ? 俺様は逮捕なんざまどろっこしいことはせず、そいつを殺してぇってよぉ」

「……殺して何になる? 仇を討って何になる? そんなことをして……」

「黙れよ」

 

 その先を言わせないようにゲイルは静かに、しかし強い意志を込めて告げる。ゲイルの周りに彼の気が漂い、そして両腕に集まっていく。

 

「そういう言葉はいらねぇんだよ。俺様がそうすると決めた。親父らの気持ちなんざ関係ねぇんだよ。奴らはクズだ、ゴミだ、カスだ。己の立場を高めるため、目障りな親父たちを殺したクソッタレなんだよぉ……!」

「……っ」

「己の利権の為に人を殺したクズ。そんな奴がのうのうとギルドの上層部にいる。そして上層部は知っていて何もしねぇ。これが許しておけるのか、ああん?」

「……それは」

 

 言葉を詰まらせるレインに、ゲイルは口元を歪ませた。

 

「それがギルド! クズどもが集まるクソッタレな組織なんだよおおぉぉ!! だから殺す! 害あるものたちを殺しつくしてやるのさぁ、クッハハハハハ!!」

「……っ、だからって、それが許されるはずがないだろう! 血で血を洗う殺し合いではないのか!?」

「ああ? 綺麗ごとで何かが変わるか? 変わらねぇよぉ! んな事では何も変わることはねぇんだよ! 新たなる始まりは、破壊から始まる。それが世界の理だろうがぁ!」

 

 それは歴史の中でも存在すること。

 何かが消えた後に、そこから何かが始まる。

 国が滅びようとも、その意志を継いだ誰かが新たなる場所で何かを成す。

 災害が起ころうとも、そこから復興するものもある。

 悪意ある者が全てを握って支配しようとも、いずれは討たれて新たなる始まりを告げる。

 高まってきたモノは何かによって一気に潰され、そしてまた世界は回っていく。

 

 世界は常に、バランスを保たれているのだ。

 そして世界が変化する時は、常に血は流れている。

 いつしかそれが歴史の常となり、そこから外れたものはない。

 

 流血なくして歴史の変化はない。

 それは人族の宿命ともいえるものだった。

 

「違うッ! 血を流さなくとも変化はある!」

「違わねぇよぉ! いい加減現実を見ろや! レイン・スカーレットォォォ!」

 

 構えたツインハイフレイムから炎が立ち上り、いくつかの火の玉を作り上げてレインへと向かっていく。だがギルドナイトセイバーから水を作り出して火の玉へとぶつけて相殺していく。

 蒸気が発生して少し視界が悪くなり、それを狙ってゲイルが身を低くして接近した。

 

「っ!?」

「甘い奴ほど足元を掬われる! 本当に何かを変えてぇんだったら、力ずくで変えてみせろやああぁぁ!!」

 

 振り上げられた右の剣にその身を斬られ、顔をしかめて距離を取る。ギルドナイトシリーズを装備しているためある程度は守れているが、脇腹から胸へと傷が入っており、火属性によって回りか黒ずんでいる。

 だがそれで止まるゲイルではない。すぐに距離を詰めて斬りかかる。

 

「てめぇも確かに優秀だろうさ。だが甘ぇんだよ! 何かと皮肉めいてんが、根本的にはお人よしなんだよぉ! だから処刑の仕事でも話をたらたらと続ける!」

「……」

 

 繰り出されるツインハイフレイムをギルドナイトセイバーで受け続けながらレインは目を細める。

 お人よし、というのは何となく自覚している。罪人だろうと罪を犯す前の一面がある。だから救える者は救いたいという心があるのだ。

 人には善と悪が存在する。それらは表裏一体で存在しており、誰しもそれを持っているはずだ。

 レインは人の悪だけではなく、善も見る人なのである。

 そして今現在もレインはその目をゲイルに向けているのだ。

 

「……それは君もそうだろう?」

「あん?」

「あの雷河という人の言う通りだ。君は復讐者という柄じゃない。君は完全なる悪人になりきれていない」

「……なんだと?」

「ロスト、と言ったかね? あの少女は」

 

 そこでゲイルが少しだけ息をのんだ。隙を見せてしまったのだ。それを突いてレインは押し返し、その体に二つの傷を入れた。

 

「っ、ちぃ……!」

 

 舌打ちしてゲイルが距離を取ると今度はレインが攻める番だ。

 

「君はロストを大事にしているようだね。見えていたぞ? 君がロストに優しくしている光景が」

「テメェ……!」

「あの雰囲気は悪人が持つようなものではない。君には完全に悪に染まりきれない。だから彼は戦闘狂で終わらせておけ、と言ったのだろうな。わたしもそう思う。君は戦いを楽しむだけの人間だ」

「ざけんなっ! テメェに何がわかるってんだ、ああ!? 俺様の何を知ってるってんだ、ああっ!?」

 

 向かってくるレインに吼えるとツインハイフレイムを構えて迎え撃つ。受けに回ったゲイルはすぐに立て直し、再び均衡状態に持っていく。

 仮面の下からでもわかるほど怒りが高まっている。だが同時に少しの隙生み出したが、先ほど以上の攻撃が繰り出されていく。

 明らかな動揺。それにレインは好機を見出す。

 

「わかるとも。君とは長い付き合いなのだからね。口調などは演技だろうが、君の本質は隠し切れてはいないだろう? ……そう、君もまたお人よしなのだよ」

「……ん、なっ!? なんだと……!?」

 

 その焦りがまた隙を生み出した。一つ、また一つと傷を作っていくゲイルに、まだまだ言葉という名の刃を突き刺していく。

 

「ロストを捨てず、今まで大切にしながら接してきた。そうなんだろう? 君の、君たちの歩く道は血に濡れているはずなのに、君は彼女を誰かに預けることなく、そして君自身も自分の傍から離すことなく接してきた。まあ、彼女の魔法が利用価値があるから、ということも考えられるが、君は彼女をその道具扱いもしなかった。それは何故だ?」

「ぐ、それは……!」

「彼女が大事だからだろう? 本当の悪人ならばそうはしないはずだ。君が復讐者で在り続けようとするならば、彼女のことは真っ先に突き放すはずだ。だが君はそうしなかった! 彼女を大事にし続けた! つまり、君は闇に染まりきっていないことの証明になる!」

「うっせええぇぇぇぇ!!」

 

 ツインハイフレイムから炎が噴出し、そのままレインへと斬りかかる。ギルドナイトセイバーの水属性では防ぎきれないほどの炎に、レインは顔をしかめた。

 炎はそのままゲイルの怒りを表している。

 だがその勢いの中に揺らぎが存在している。

 それはゲイルの動揺。

 レインの言葉の刃がゲイルの心を穿ち続けているのだ。同時にゲイルが演じている仮面にも影響を与えていく。

 狂気、道化、それらの仮面にヒビが入り、本来の彼の顔を引きずり出していく。

 噴き上がる炎を見据えて己の気を上げ、水属性の出力を上げて対抗し、再び鍔迫り合いに持っていく。

 仮面の下では恐らくその碧眼もまた怒りに燃え、レインを睨みつけていることだろう。

 彼がそこまで激情する理由。

 それはレインの言葉が図星だからか。それとも自分のことをわかった風に言うレインに苛立ったのか。

 

 ――両方だろう。

 

 そうレインは感じていた。

 昔からレインは図星を突かれると、何かと感情が変化していた。今回は本来の彼の感情を見せているため、怒りという方向に向いた。そう考えることにする。

 

「隙が生まれているぞ、ゲイル」

「っ!」

 

 冷静に指摘しつつ、ゲイルのツインハイフレイムを弾き飛ばして踏み込んで更に傷を負わせていく。

 

「ぐ、おおぉぉ……!」

「認めろ、ゲイル! お前は復讐者になるような男ではない! バカな考えは捨て、大人しく投降するんだ!」

「ぐぐ……うおおおぉぉぉぉ!!」

 

 ツインハイフレイムを弾き飛ばされ、ゲイルは遂にゲイルによってダウンを取られてしまった。

 

 

 離れた建物の屋上で、二人の少女が切り結んでいる。片やエメラルドスピアを両手で握り締めて戦うサン。そして片や黒剣インセクトフェザーを構えたロスト。その形態はダブルセイバーの形をしている。

 刃渡り70cmほどか。二つを合わせて140cm、柄もあわせるとだいたい150cmになる。つまり自分の身長を超える得物を握り締めていることになっている。

 だから縦に持つことはなく、少し斜めにして握り締めている。

 だが問題はそれだけじゃない。

 その特徴上重量が結構あるはずだが、ロストは平気な顔で構えている。

 

「はぁっ!」

「やぁっ!」

 

 お互いの武器を回転させながら刃を打ち合わせ、横から、上から、下からと刃が襲い掛かる。エメラルドスピアも黒剣インセクトフェザーも回転させることで、どこから攻撃を仕掛けるかわからなくさせることが出来る。

 縦横無尽に繰り出される攻撃に反応し、刃を打ち込むことで完全に均衡状態に入ってしまった。これでは回転させても余分なスタミナを消費するだけに終わる。

 お互いの実力を測り終え、一度距離を取って見つめ合う。

 

「……あなた、いったい幾つなのですか?」

「13歳だけど?」

「13歳でその域とは、末恐ろしいですね」

「あれ? 褒められてるのかな?」

 

 小首をかしげるロストに、少しだけ冷や汗を流しながらサンはうなずいた。その小柄さに見合わぬ鋭い武器。そして曲がりなりにも上位ハンターであり、ギルドナイトでもあるサンと渡り合う実力。

 その性格と見た目に反し、ロストはかなりの実力者と見る。加えて黒剣インセクトフェザーは上位に分類される武器でもある。虫素材を使用しているが、貴重な鉱石も使用しているため、それなりに入手は難しい武器なのである。

 

「あなたはなぜ、ゲイルさんと共に行動を?」

「お兄ちゃんと一緒にいたいから、だよ」

 

 変化を使用して他人になりすますため、様々な言葉遣いを習得しているロストだが、素の彼女は年相応の話し方をしている。いや、もしかするとその年以下、子供のような話し方や雰囲気をしている。

 そして彼女にとって自分の中の大部分を占めるのがゲイルだ。自分を救い出してくれた人。自分を何かと気遣ってくれる人。彼がそう望むならば、その望みを叶えるために行動をする。

 それが悪であると知っていても、いや、知らなかろうとも彼女は行動する。

 つまり、ロストは悪人という域には踏み込んではいない。ただ想い人のためだけに行動する少女。

 実際に彼女の心の中に闇は存在していない。純粋なる光の心を持っている。それはゲイルが彼女を闇に染めないように気遣い、守っているからに他ならない。セルシウスもそれなりに気を遣っているため、ロストは闇に染まらなかったのだ。

 変化して潜り込んだ際に人の闇を見せられてはいるが、大抵は忘れるように言い聞かされており、理解をする前に忘れている。その事も踏まえているため、彼女は今もなお純粋。

 純粋だからこそ、彼女はゲイルにとって心の癒しになりえた。それをゲイルは実感しており、そしてレインに指摘された際に激昂したのだ。

 彼女をそこまで大事にしているからこそ、ゲイルは悪になりきれていない。そういうことなのだろう。

 

「……では、ゲイルさんが復讐をやめれば?」

「お兄ちゃんがそう決めたなら私は従うよ」

「あなたの意志は?」

「私の意志はお兄ちゃんの意志だよ」

 

 だがそれ故にロストの世界はゲイルを中心として回っている。その行動原理は「ゲイル」が主なのだ。彼がそう決めたらそう従う。彼が悪ならば自分も悪になる。彼が頼めばそれに従う。

 しかし逆に言えば、彼が朝陽たちから離れることを決めたならば、ロストも自然と朝陽たちから離れることを意味する。そこに光明があるのではないか、とサンは考える。

 ならばレインの説得が鍵になるのだが、自分もロストを出来る限り説得してみよう。

 サンはあえてエメラルドスピアの構えを解いた。その様子にロストが小首を傾げて気を落ち着かせていく。

 予想通りロストは敵意を和らげた。やはり彼女はそういうことに向いていない。

 

「じゃあゲイルさんがこの『作戦』というものから手を引いたら、あなたも引いてくれますか?」

「うん、いいよ」

 

 かかった。その純粋さが今はありがたい。

 

「では投降していただけますか?」

「とうこう? 何か応募するの?」

「……い、いえ、武器を置いて、戦いをやめていただければ、と」

 

 なぜ投稿の方は知っているのか気になるところだが、優しく説明してやる。その説明に納得するように小さく頷き、フードの下で柔らかく笑顔を見せた。

 

「うん、無理。だって、まだお兄ちゃんが戦っているから」

 

 ぐっと黒剣インセクトフェザーを握り締めて一気に距離を詰めてきた。

 やはりそう簡単にはいかないか、とサンは唇を噛み締めてエメラルドスピアを構えた。

 再び始まる剣戟。お互いリーチがある武器だけに、間合いがある程度広い。しかし打ち込む範囲が広いのは黒剣インセクトフェザーである。

 刃を振り下ろし、エメラルドスピアがそれを防ぐが、引いて回転させれば反対側の刃がサンへと襲い掛かる。棍を使って防ぐが、横に薙ぎつつ刃がサンの腕へ回転して迫る。

 小柄な彼女には考えられないほどの巧みな武器使いだ。

 いや、よく見ると彼女の身長が伸びてきている。

 

「……まさか」

 

 彼女は変化魔法の使い手だ。サンに気づかれずに、その体が変化を用いて少しずつ成長しているのだ。

 気づかれた、とわかってもロストは笑っていた。

 隠す必要はない、と決断すると、一気にその体が変化する。

 そこにいるのは大体20歳ほどの女性だろうか。茶髪の髪はそのままだが、髪型はたぶんあの月をイメージしたような長髪になっている。気のせいか体つきも月のものに近い。

 恐らくロストは女性ハンターとして一番有名な月を模写したと思われる。ハンターたちの中で知らぬ者はいないとされる有名すぎるハンター。ロストがツキの体に変化するのもわかる気がする。

 しかし髪の色は自分の髪の色のまま定着させた。それがロストと月を見分けるものだ。

 だが小柄だったロストが一気に成長した、というのは少し違和感がある。しかしこれによって黒剣インセクトフェザーを先ほど以上に操れるのは間違いない。

 自分の身長以上の大きさをしている武器が、今では普通にしっくりくるような大きさに感じるようになっているのだから。

 サンは苦い顔を見せてしまう。これは不利だ。

 あの小柄な状態で自分と渡り合えるほどの実力。それがこの姿になることで均衡状態が崩れることが危惧された。

 

「じゃあ、決めるね?」

「……くっ」

 

 それでもロストは純粋な笑顔で黒剣インセクトフェザーを振るってくる。

 それによってサンは少しずつ押され始めるのだった。

 

 

 倒れているゲイルを見下ろし、レインは小さく溜息をついた。離れたところではゲイルが手にしていたツインハイフレイムが転がっている。

 いつまでもこうしているわけにはいかない。右の剣をローブに入れて手錠を取り出す。それをゲイルに嵌めようとすると、突然ゲイルが起き上がってレインの腹に拳を入れる。

 

「がっ……!?」

「……!」

 

 油断した、と思ったときには、ゲイルの体が捻られて回し蹴りを放っている。それによって吹き飛ばされ、何とか受身を取って着地する。

 

「だからテメェはあめぇんだよ。あそこは更に一撃加えるべきだったなぁ、クッヒヒヒ」

「くっ……」

「――戻れ(カム・バック)

 

 その言葉に反応してツインハイフレイムがゲイルの手元に帰ってくる。だがそれをローブに入れ、新たなる武器を取り出した。それはガーディアンソード。これもまたギルドナイトが手にする武器の一つだ。

 更にローブから投げナイフをいくつか左手で取り出し、それをレインへと投擲した。

 

「っ!」

 

 それを回避したが、同時にゲイルも走り出す。

 一時的な牽制を作り出すため、ギルドナイトセイバーから水を浮かび上がらせて矢のようなものをいくつか作り出し、それをゲイルへと射出する。

 

「小賢しいんだよぉ!」

 

 ガーディアンソードを振るってそれを切り捨てていきながらゲイルは叫ぶ。しかしその頃にはギルドナイトセイバーをローブへとしまい、レインもガーディアンソードを取り出した。

 レインがガーディアンソードを構えたのを見て、ゲイルは少しだけ昂った感情が落ち着いていく。前回はギルドナイトセイバー同士、今回はガーディアンソード同士で切り結ぶ。

 そのことを感じて戦闘狂の心が反応したのだろうか。

 だがそれでもゲイルはまだ苛立っている。よほど先ほどのレインの言葉が効いていると見る。

 ゲイルからでは見えないが、あちらでは成長したような姿をしたロストが見える。恐らく変化魔法を使用したのだろう。サンのことは心配だが、手助けすることは出来ない。ならば彼女を信じるしかない。

 

「ゲイル、何をそんなに苛立っている?」

 

 自分はこうしてゲイルに揺さぶりをかけていく。そうやってゲイルの心を曝け出す。

 言葉は力を持つ。

 それは時に人を傷つけ、時に人を癒す。時に人の心に干渉し、時に世界にも干渉する。

 そしてゲイルには、演じている仮面を壊す効果を発揮した。

 

「否定するのならば冷静に否定したまえ。そうやって怒りを露にしているのならば、認めているようなものだぞ?」

「ぐぅ……!」

「もうやめるのだ、このようなことは。君はそういうことは似合わない。昔も、そしてこれからもな。君はお人よしだ。それこそが君の本来の性格なのだ。君の復讐者としての顔は、偽り、いうなれば仮面なのだよ」

 

 思い起こされる昔のゲイルの姿。

 最近までロストが演じていた通り、弱気でおどおどしていたゲイルの姿こそが本来の彼の姿。両親が親友同士ということだけあり、レインたちは幼い頃から一緒に過ごしていた。

 あれこそがゲイルの真の姿。

 いつから変わってしまったのかはわからないが、人は根本的に存在するモノは大きな変化はない。

 両親が亡くなり、真実を知り、苛められて本当に性格が歪んでいったのかもしれない。だが歪んだとしてもそれは心の外殻部分だろう。

 昔のように気弱な自分を演じ、狂気じみた笑いを浮かべ、色々と口にしているゲイル。

 だが冷静に見つめたレインの目には、それもまた仮面をつけているように見えるのだ。

 最初に見えなかったその仮面。

 本来のゲイルを覆い隠す仮面は今はヒビが入ってきているはずだ。

 

 

 ○

 

 

 なぜそこまで俺様を信じようとするのか?

 意味がわからねぇ。

 どこまで甘いのか、この野郎は?

 昔からそうだ。このレイン・スカーレットはいつだって俺様たちの兄のような存在だ。

 俺様が演技を始めても気づくことなく、変わらずに俺様に接する馬鹿野郎。

 そして敵だとわかってもこうして俺様に甘いところを見せ、兄貴ぶる大馬鹿野郎。

 

 変わったのは俺様が8歳の時。

 朝陽様の手助けもあり、ギルドの闇を見たときだ。

 保守派のクソジジィどもが親父たちを暗殺したという事実を掴んだのさ。それを知った俺様は俺様でなくなった。

 

 自分たちの利益の為に、立場の為に親父たちを殺したクソども。

 

 その日から俺様は悪夢にうなされることとなる。

 これが俺様の闇が膨れ上がってくる原因となった。

 あの真実はそれだけ俺様にとって影響をもたらした。殉職だと、仕方ないことだと思っていたのが、暗殺だったという真実。

 俺様の心の叫びとやらが毎日毎日吹き上がってくる。

 んなことが続けば、狂わねぇ奴はいねぇわけだ。

 

 そして最終的に俺様は奴らに復讐をすることを決めた。

 

 狂った俺様はそれまでの自分を仮面として作り上げ、新たな自分を形成していった。

 演じることを始めるため、どんな自分を作ろうかと考え、悪役らしいことをしてみようと考えたわけだ。

 その結果がコレさ、クッヒヒヒヒ。

 今考えると、なんてガキ臭い考えだろう。

 だが、それが今では普通になってんだから何が起こるかわからねぇもんだ。

 レインたちの前では今まで通りの弱気な自分を演じ、一人のときは狂気じみた演技をしてそれを自然体へと変化していく。

 朝陽様とアキラから武術を教わり、復讐の為に自分を高めていった。同時に俺様の闇も高まり、俺様はそれに少しずつ飲み込まれていったのさ。

 だが一つの問題が発生してしまったんだな、これが。

 15歳のとき、スカーレットの本家にあいつが買われていった。

 そう、アルテさ。

 その情報を聞き、少し様子を見に行くことになった俺様はアルテを観察するようになった。孤児を買い、使用人としていいようにこき使われるアルテの姿は、俺様に更なる決意をもたらした。

 レインの家の方は改革派だが、本家は保守派だ。だからこの観察は、同時に保守派の動向を探ることにもなったのさ。

 そしてあの日、あいつが犯されそうになったとき、俺様はこのスカーレット本家もまた殺しの対象になった。魔法を行使して撹乱させ、アルテを回収してすぐに立ち去った。

 当然ながらアルテは犯されそうになったことで恐怖が高まっており、朝陽様によってその記憶を抹消された。残されたのは純情で純粋なアルテだった。

 あの家でいいように使われていたことは覚えていたようだった。その家から助け出したことで懐かれてしまい、アルテのめんどうは俺様が見ることになった。

 だが困ったもんだねぇ。

 あの純粋さは今の世の中じゃ貴重過ぎってもんだ。アルテと接している時の俺様は、どれだけ普通の少年? ってやつだ。それは俺様にだって自覚していた。

 それでもアルテを引き離す気にはなれなかった。懐かれるってのも嫌じゃなかったし、レインが妹を大事にするってのも何となくわかってきたからな。

 ロリコンは否定するが、シスコンなら許容してもいいって気にもなってきたくらい、俺様はアルテに毒を抜かれていた。

 そして時にわからなくなってきた。

 俺様は、何でこんな風になったんだ?

 「復讐者」の俺様と、アルテの前で見せる「兄」としての俺様。

 どっちが本当の俺様なのかわからなくなった。

 「復讐者」の俺様は新しく作り上げた俺様。

 じゃあ「兄」の俺様は、なんだ……?

 

 でもいつしかそれも覆い隠され、また「復讐者」としての俺様が表に出てくる。

 それは作り上げたものだからいつか壊れるかも知れねえ。

 だがそうそう壊れることはねえ。作り上げてから数年も嵌め続け、演じることから素へと変わってきてんだからな。

 狂気と道化、そして悪役。これらが絡み合った俺様の仮面。

 これを破れるやつはいねぇだろうが、いるとするならばレインだろうと思っていたが――

 

 ――よもや、本当にこの仮面を破ってくるとはねぇ……。

 

 やはりテメェは俺様にとって一番の敵だわ。

 俺様の迷いを突いてきやがって……なぜわかっちまうんだ?

 こんな、こんなあめぇ野郎に、俺様の仮面が破られるなど、あっちゃいけねぇってのに……。

 そうだよ。

 俺様にもわからなくなったんだよ。

 悪役は仮面。あの口調も全ては演技。作り上げた偽者だよ。

 だから俺様は道化師(ピエロ)にして道化(ジョーカー)死神(ジョーカー)ってもんじゃねぇんだよ。

 

 ――でもな。

 

 こうなることがわかっていたこともまた事実なんだよなぁ

 アルテを捨てれば、俺様は本当に復讐者として過ごすことが出来たんだ。

 でも捨てられなかった。あんな奴を捨てることが俺様には出来なかった。

 

 だから俺様もまた、お人よしなんだろうなぁ……。

 

 全てはお前の言う通りだ、レイン・スカーレット。

 俺様は、本当に悪役になりきれない悪人だ……。

 

 過去の俺様と今の俺様が混ざり合い、俺様の中をぐるぐる巡っていく。

 

 ちくしょう……なんだってんだ……。

 こんなことが本当にあるってのかよ……。

 

 よもや、よもや俺様が――!

 

 

 ○

 

 

 ゲイルはレインを見据えたまま動かない。仮面の奥でどんな表情をしているのかもわからない。だがその構えは少ししか隙を見せていない。

 ただ右手でガーディアンソードを握り締めているだけだが、その姿勢は崩れていなかった。それ故にレインは踏み込めない。

 ふと、ゲイルの気質が落ち着いてきている気がした。

 レインの言葉が効いてきたのか?

 それともまた反撃の手を考え付いたのだろうか。

 そう警戒していると、信じられないものを見た。

 

 仮面の下から雫が流れ落ちてきたのだ。

 

「な……」

 

 涙、と気づくまでに数秒かかった。

 

 ゲイルが泣いている。

 

 それは彼の心にレインの言葉が通じたことを証明するものだった。

 自分が涙を流していることに気づいているのだろうか。ゲイルはまったく動くことはない。雫はそのまま口元に届き、屋上へと落ちていく。

 いったい彼の心境に何が起こったのか。それはレインにわかることはない。

 だがこれは良い変化だというのは間違いないだろう。

 

「……はぁ」

 

 そこでゲイルが溜息をつき、後ろに振り返った。その先にいるのはロストとサン。今もなお切り結んでいるが、少しロストが優勢に立っている状況だった。

 

「アルテ! 手を止めろ!」

 

 その言葉を聞き、ロストがサンから距離を取り、元の姿へと戻っていく。ローブに黒剣インセクトフェザーをしまうと、そのままゲイルの元へと戻ってきた。

 戦いを止めたということは、投降するのかと思ったが、そうでもなかった。

 

「……おい、レイン・スカーレット」

「なにかね?」

「テメェは本当にギルドを変えるつもりか?」

「もちろんだとも」

 

 それを聞くと、ゲイルは小さく鼻を鳴らした。

 

「無理だな」

「なぜかね? そうやって諦めていては……」

「そうじゃねぇよ」

 

 だがゲイルは小さく首を振って否定した。

 

「それ以前の問題だからさ、クッヒヒヒヒ。ギルド、ドンドルマは文字通り滅ぶ」

「……なん、だと……?」

「テメェが変える以前に、滅び――」

 

 

 ――それまでよ、アヴェンジャー。

 

 

 それ以上口を開かせないよう、どこからかゲイルを貫く攻撃があった。

 

「――が、はっ……」

 

 それはゲイルの胸を貫いており、微かに反応したのか、心臓を直撃することはなかった。そのまま体勢を崩し、ゲイルは胸を押さえて吐血する。

 

「げ、ゲイル!?」

「お兄ちゃんっ!?」

「ゲイルさん!?」

 

 ロストがゲイルを支え、レインとサンは辺りを見回した。

 いったい誰がこんな真似をしたのか。

 攻撃したものはすぐに見つかった。

 

 街の中央部方面の建物の屋上。

 黒装束に仮面をつけた何者かだった。

 その何者かにレインが叫ぶ。

 

「誰だ!?」

「名乗る必要はないわ。それよりも、コードネーム・アヴェンジャー。どうやら貴方もこれまでね」

「な、なんだと……?」

 

 震える体に鞭を入れてその何者かへと向き直る。

 だが何者かは冷静にゲイルに告げた。

 

「レイン・スカーレットの説得によって溜まりに溜まったその心の闇を落ち着かせるとは、残念ね。危惧していたことが本当に起ころうとは思わなかったわ。だから貴方は用済みよ、アヴェンジャー。なかなか使える駒だったわよ? 用済みとなった駒は、処分するわ」

「なっ……!?」

 

 そのことに驚いたのはゲイル自身だった。

 駒とはどういうことだ?

 

「そしてコードネーム・ロスト。貴女ももう用済みよ。アヴェンジャーが使い物にならなくなったからね。貴女の能力は惜しいけど、やむを得ないわ。貴女も処分させてもらうわ」

「……え? え? どういう、こと……?」

 

 ロストは何者かの言葉の意味がわからずに動揺している。彼女にとって、駒だの処分だのの言葉は理解できないようだ。だが、雰囲気から自分が危ないことは何となくわかっているようだ。

 そして何者かの言葉に、レインとサンも顔をこわばらせていく。このままでは二人が殺されてしまう。もう少しすれば二人をこちら側へと戻せるかもしれないのに、それはあってはならないことだ。

 

「さようなら。アヴェンジャー、ロスト」

 

 まず狙ったのはロストだった。彼女に指差すと、指先から収束した魔力が連続して射出される。

 それは高速。手際のいい殺害方法だった。

 ロストはそれに反応できず、無抵抗なままそれを受け入れるしかない。

 

「――チィッ!」

 

 だが救いの手はあった。

 ゲイルが彼女を突き飛ばし、己の身でそれを受ける。

 

「――え?」

 

 呆けたようなロストの声が響いた。

 魔力の弾はゲイルの体を何度も貫き、仮面にも着弾した。

 割れた仮面の下から現れたのは、口から血を流しながらもロストを安心させるように笑みを浮かべていた。

 

 ドサッ、とゲイルが倒れこみ、ロストはそんな彼を呆然と見つめている。

 

「あ、ああ……あああぁぁぁ……」

 

 碧眼から涙が流れ出し、ロストはゲイルへと飛びついた。

 

「いやああぁぁぁ! お兄ちゃん、お兄ちゃんっ! ヤダ、ヤダよ! 死なないで!」

「き、貴様ああぁぁぁ!!」

 

 そのことにレインが激昂し、何者かへと向かっていく。

 

「……」

 

 だが何者かは冷静であり、レインへと指差して弾を射出していく。それを回避しつつ屋上を跳躍していき、ガーディアンソードを振りかぶった。

 

「遅いわね」

 

 余裕の一言で後ろの建物へとバック転する。それによってゲイルたちから離れてしまったが、何者かは小さく「ふむ」と呟き、怒りを露にするレインを見据えた。

 

「いいわ。ロストはまたの機会に始末することにするわ。……いえ、どうせ彼女の口からは何も語られることはないから安心ね。このまま最終的に消えてもらうことにするわ」

「どういうことだ?」

「知る必要はないわ。では、奇跡的に生きていればまた会いましょう」

 

 綺麗に礼をすると、何者かはそこから下へと飛び降りて消えていった。

 追いたいところだったが、ゲイルのことが心配だったためにレインは引き返す。

 そしてゲイルを見下ろし、その容態を確かめてみる。サンが治療の魔法を施しつつ、ローブから取り出した秘薬を飲ませていた。

 だがそれでも血は流れ続けている。このままでは失血死してしまう。

 

「お兄ちゃん! 死なないでよぉ!」

「……ハッ、ちくしょうめ……。誰だ、あの野郎……」

 

 口から血を流しながらゲイルが呟いた。そのことに気になったが、今はゲイルの治療が先決だ。レインはローブからギルドアイルーの治療班を呼ぶ発炎筒を使用する。

 

「とにかくゲイルを下に下ろすぞ。ゲイル、生きるんだ! 君は死んではいけない!」

「……ハッ、うるせぇよ。俺様のことは、放っておけばいいのによ……。どこまであめぇんだ、お前は?」

「放ってなどおけるか! 君はわたしたちにとって大事な友人なのだぞ!? それにこのまま死んでみろ! 彼女はどうするつもりだ!?」

「ひぐっ……う、うぅ……」

 

 ゲイルの傍で泣き続けているロストを示すと、ゲイルは溜息をついた。

 

「……そうだよなぁ……。死ねねぇ……よなぁ……」

 

 そのまま目を閉じ、ゲイルは意識を失った。

 そのことにレインは舌打ちし、ゲイルをそっと抱え上げて屋上の入り口へと向かっていく。ロストはサンが手を引いて走り出した。

 

 ここに彼らの戦いは終わった。

 得られたものはあったが、犠牲にしたものは大きかった。

 

 

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