呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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51話

 

 

 北門から侵入するのは七頭の狂化竜。

 シエルR2、シエルB2、ガイアH2ガイアL1のチームだ。その中に立つのがガイアLの背にいる朝陽。夜色のローブを纏い、フードを被って素顔を隠す彼女は、街のあちこちで繰り広げられている戦いを眺めていた。

 すでに三頭の狂化竜たちは門を襲撃し、残りの三頭はドンドルマ北部を襲撃していっている。だが朝陽はそれを眺めるだけだった。

 

 ――否、彼女は眺めているだけではない。

 

 意識を集中させて一つの魔法を構築させていた。前もって種は蒔いてある。ゲイルがロストと入れ替わり、セルシウスと共に昴たちを監視すると同時に、彼にはもう一つの役目があった。

 街を囲む城壁に沿って種を蒔く。これはロストには理解できないことのため、あの二人が行っていた。ロストをレインたちの傍に置くのはゲイルは反対していたが、朝陽の命令ということで仕方なく引き受けたのだ。

 そして今、その種は芽吹こうとしている。

 ラオシャンロンに加えて狂化竜の襲撃。命は消え、ハンターたちは心に闇を溜め込んでいく。加えて狂化竜が抱えた闇が死亡することで解放され、街中へと少しずつ充満していく。

 その闇を朝陽は集めていき、己を高めていくと同時に一つの魔法を行使する。

 これが彼女の計画。

 全ては予定通り。第二段階は順調だ。

 闇は彼女の力を増幅させていき、今まで以上に力が満ちるのを感じる。それを実感し、フードの下で笑みを深くしていく。

 遠くで大きな爆発が起きる。場所は南門。どうやら狂キングチャチャブーが自爆したようだ。これでまた一つ闇が増える。

 

「……?」

 

 ギルド本部、大老殿に動きが見られた。気配を探ると、どうやら大長老自らが動こうというらしい。だがそれも構うことはない。

 魔族の中で巨人族に分類される彼。元々は竜人族に分類されていたが、長い歴史の中で有翼種と同じく魔族に分類されることとなった。

 そんな彼がドンドルマを束ねる大長老となる。ラオシャンロンの尻尾を切り落としたことを始めとする逸話を持つ彼が出向いてくる。ドンドルマの危機に黙っていられなくなったのだろう。

 大臣たちの制止を振り切る光景が頭に浮かんでくる。

 自分の分身から指示を出させて、北部で暴れている狂化竜全てを向かわせることにする。彼の足止めには充分な戦力だろう。

 

 自分は再び魔法の構築に集中を――

 

 

 ――この気配は?

 

 

 目を開けてその一角を見つめる。

 強化した視力でその一角を見据える朝陽の目が見開かれる。

 

「……ふふ、どうやらこっちに来たようね」

 

 そこには懐かしい顔がある。

 自分がこの道を歩むきっかけを作った者たち。見慣れる顔があるが、その内の二人は懐かしい顔だ。こうして実際に見るのは何年ぶりだろうか。

 相変わらずの規格外の実力で狂化竜を打ち倒していくその姿。なんとも憎らしいことか。

 

「思ったよりも早い登場ね。これは少し急ぐ必要があるわね」

 

 そこでガイアLから飛び降り、一つの建物の屋上に着地する。

 目を閉じて意識を集中させて一気に術を組み上げていくことにする。

 

 彼らの邂逅は近い。

 

 

 ○

 

 

 街を疾走し現れる狂化竜を協力して打ち倒す。東門から侵入してきた狂リオレイアが現れれば、獅鬼が前に出てその出鼻を挫くように、大龍壊棍を振るって頭を殴りつける。続いて雷河が出て大鬼薙刀で両翼を切り飛ばし、とどめとしてローブから抜刀した封龍剣【超滅一門】でその首を切り落とした。

 たった四撃で狂リオレイアが落ち、そのまま彼らは疾走を続ける。

 それは彼らの身体能力が“規格外”ということも関係しているが、何よりもその装備にあるだろう。

 雷河は変わらず金色シリーズと上位武器である大鬼薙刀。彼の場合は上位装備に身を包んでいるが、月と獅鬼は違う。

 月は上からキリンXホーン、凛・極【胸当て】、キリンXアームロング、凛・極【腰当て】、凛・極【袴】を装備している。これに加えて装飾品を装備し、狙ったスキルを発動させていた。

 これにより、抜刀術、属性攻撃強化、見切り+1、ダメージ回復速度+1が発動している。

 そして獅鬼は全身を神楽シリーズで統一していた。これは響狼と呼ばれる牙獣種、オルガロンの素材を使用した装備であり、同じように装飾品を装備してスキルを付け加えて発動させている。

 これにより、餓狼+2、高級耳栓、斬れ味レベル+1、絆、はらへり倍加【大】が発動している。

 獅鬼の場合は匠珠を使用して一つ増えただけだが、月の場合はスロットの多さを利用して抜刀術と見切りを増やしている。

 抜刀術とは鞘から武器を出した場合、その初撃が必ず会心がつくスキルである。それによって月のあの一撃は武器自身の攻撃力が更に上乗せされ、更に属性攻撃強化によって龍殺しの力が高まっている。故に、軽々とその首を刎ねることが出来るのだ。

 

「……ふぅ、狙い通りとはいえ、やはり少し辛いものがあるな」

「餓狼かい? それはしょうがないよ」

「そうだぜ、親父。終わった後たらふく食えや」

 

 餓狼とは空腹状態の時に会心率が50%も上がるスキルだ。更に回避性能+2の効果に、会心時の攻撃力も上昇するスキル効果もついている。だがこれが発動しているということは常に空腹状態にあるということでもある。

 まさしく餓えた狼を体現するスキルだが、使用者にとってはかなり辛いスキルでもある。

 忍の面・陽の下で微かに苦笑し、獅鬼は小さく頷いた。

 

「そうだな。今はただ耐えることにしよう。……っとまた来たぞ」

 

 今度は西門から襲撃してきた狂リオレイアが現れた。いつの間にやらこんな中央部まで襲撃してきたらしい。口にはハンターの腕らしきものを咥えており、防衛に当たったハンターを倒したことを証明していた。

 

「グルル……!」

 

 月たちにも攻撃を加えようと身構えたが、それより速く獅鬼がその顔に大龍壊棍を打ちつける。その一撃で頭を揺さぶられたところに、また雷河が大鬼薙刀で両翼を切り飛ばし、月が封龍剣【超滅一門】で首を刎ね飛ばす。

 もしここに他のハンターがいたとすれば、その光景に唖然とすることだろう。彼らはまるで辻斬りをするかのように狂化竜を倒している。

 だが彼らはそれぞれ走りながら事前に打ち合わせをしていたから出来ること。

 獅鬼が出鼻を挫かせ、雷河が逃げるための翼を奪い、月がとどめをさす。隊列は獅鬼が先頭、月が一番後ろで縦に走っている。これがそのまま攻撃する順番となっており、疾走しながら攻撃できる隊列となっている。

 月は攻撃した後にローブの中に封龍剣【超滅一門】を柄だけ出したまましまっている。これが抜刀術を続行させるための処置。ローブこそが封龍剣【超滅一門】の鞘としているのだ。

 向かう先は北門。月と獅鬼の目には遠く先にガイアLの姿が見えている。先ほどからずっとあの場所で滞空しており、じっと街を見つめていた。

 

 遂に会える。

 捜し求めた人物にようやく会えるのだ。

 

 月の拳がぐっと握られる。

 思い起こされるのは遠い昔の彼女のこと。

 彼女が変わってしまったのは自分たちのせいだ。だから探し続けた。彼女に会って話をするために。

 よもやここまで堕ちるとは思わなかったが、それも含めて自分たちの咎であり、罪でもある。

 近くに狂化竜の反応がなくなったため、道から建物へと再び跳躍して屋上を飛び越えていく。

 

 彼らの邂逅は近い。

 

 

 ○

 

 

 ギルド本部を歩く影が一つ。それは北門にいるはずの朝陽だった。

 だが彼女は種を用いて作り出した偽者、所謂分身にあたる。

 身を潜めて廊下を確認し、一気に疾走して目的の場所へと移動していく。彼女の役割は一部の保守派の完全なる抹殺。

 これから行うことで多くの命が消えるが、彼らだけは完全に抹殺しなければならない。

 目標がいると思われる部屋に向かったが、そこにあったのは彼女の目を引くものだった。

 

 すでにその人物、スミス一族の男が死んでいることだった。

 

「……なぜ?」

 

 そんな一言が漏れて出る。

 

 誰が殺した?

 

 そんなことを考えると、そこに一人の人物が現れた。視線を動かすと、そこにはアキラが立っていた。

 

「……貴方が殺した?」

「いいや、儂ではないな」

 

 小さく首を振って否定し、アキラも中の様子を見つめる。

 見事な死体であった。

 額を一発。それだけである。

 脳を貫く一撃による即死だった。

 ならばここに用はない。二人はそこから離れることにした。その途中で朝陽はアキラに問いかける。

 

「他の者たちは?」

「死んでいる。だが一部の者はまだ生きておる。死んでいるのはあの件に関するものだけだ」

「……そう。一体誰が殺したのかしら?」

「儂にもわからん。もしかすると、儂ら以外の何者かがこのドンドルマに潜んでおったのかも知れぬな」

 

 そう推測したアキラはまだ生きている者たちの名を挙げていく。それを聞き、それぞれその人物の元へと向かっていく。途中出くわしたギルドナイトたちも保守派ならば殺していき、改革派ならば気絶にとどめる。

 二人にとって保守派は抹殺対象になっている。彼らは昔から使っていた駒であり、もう用済みなのだ。

 とはいえ改革派もまた生かしておいてもあまり意味はない。

 何故ならば最終的にはほとんどが死ぬからだ。

 だが改革派の者たちが奇跡的に生き残っていたとすれば、その先にあるギルドは今までよりもまだマシな方向で存続するだろう。

 消えるのは本部。

 支部はまだ世界各地に存在しているのだから。

 数分後に標的全てを抹殺し、朝陽の分身は姿を消した。

 本部に残ったアキラは辺りを見回し、小さく鼻を鳴らす。間もなく朝陽と月たちが出会うことになるだろう。

 朝陽の作戦が最終段階に入ればいいのだが、果たしてどうなることやら。だが自分は彼らの前に出ることはない。自分は観察者のため、表舞台に姿を現さないことにしている。

 獅鬼には知られているが、どうやら未だに月に告げてはいないようだ。それは彼にとって狙い通りであり、何もしないというならば今は置いておくことにする。

 窓から飛び降り、本部から脱出すると少し離れて大老殿の方へと視線を向ける。その内装から巨大な老人が刀を手にして姿を現した。

 

「ふん、現れおったか。……行け、お前たち」

 

 その言葉に反応し、東門から侵入した際に連れてきた狂化竜たちを向かわせる。

 向かったのはシエルR、シエルB、ガイアGの三頭。

 少しして大長老へと北門からの狂化竜を合わせて六頭の狂化竜が集うこととなった。

 

「さて、生き延びるか、死ぬか。……くっくっく、傍観させてもらうぞ? 老いぼれよ」

 

 その現場に身を隠しながら近づき、アキラはフードの下で笑みを深くする。

 だが平原の方で傍観していた己のもう一つの目から届けられた情報に目を細めることとなった。

 

「……ほう? やるではないか。だが絶望よな? 援軍は望めない。ラオは未だに健在。くっくっく……その絶望こそが我らにとって美味しいものとなるのだ。だが進展はあったな。あの少女、狂気がより一層深まっておるではないか。その狂気、いずれ解き放ってくれようぞ。くっくっく……」

 

 いずれ実行する事を想定し、またアキラは笑みを深める。

 彼らにとって闇とは作戦に欠かせないもの。

 殺人鬼の闇。

 復讐者の闇。

 狂気の闇。

 絶望の闇。

 これらは濃度やベクトルは違えども、“闇”という点で共通している。故に利用価値がある。これらを用い、今回の作戦の最後の締め、そして最終的な目標に使用するのだ。

 

「故にじっくりと煮詰めていくことにしよう。絶望せよ、ハンターども。それが奴にとっての糧となるのだからな……!」

 

 

 ○

 

 

 さて、これで最後の詠唱を終えれば魔法が完成するわけだけど、どうやら現れたようね。いつの間にかその距離は1キロを切っている。あの女たちからすれば、その距離など造作もないこと。

 でもそれでも詠唱を進めておくことにしましょうか。

 

「種は点。点と点は線となる。線は結び合い、一つの円となる。それらは繋がり、今ここに一つの形を作り上げる」

 

 その詠唱が終わった時、ドンドルマを囲むように一つの力が発生することとなる。それは微かなものだったけど、それでもあの女たちは気づいたことでしょうね。

 あとは始動の詠唱を行えばそれが行使されることになるけれど、それは出来なさそうね。

 

「……やっと、会えたね」

 

 そう言ってその女が私に向かって挨拶をしてきた。

 その顔はやはりあの頃と変わることはない。そして変わらぬ柔らかな笑顔。

 

 ホント、やっと会うことになったわね。

 

 ――憎らしい女。

 

 

 現場に到着する時、月はドンドルマを囲むような魔力の気配がするのを感じた。それは微かなものだったが、月には感じることが出来た。獅鬼と雷河も何となく感じたようで視線を動かしている。

 だが会うべき人がすぐそこにいるため、そのまま屋上を飛び越え続け、ようやく目の前までやってくることが出来た。

 

「……やっと、会えたね」

 

 柔らかな笑顔を見せて月がそう挨拶すると、フードの下で朝陽が藍色の目を細める。彼女としてはこの出会いを歓迎していない、という風な雰囲気を放っている。

 だがこのドンドルマに襲撃する時から覚悟はしていたはずだ。何故ならば彼女も月と獅鬼がここにいることを知っているからだ。そしてこの二人ならば自分に会いに来ることは容易に想像できること。

 

「こうして会うのは実に何年ぶりになるのかな?」

「……さあ? もう忘れたことよ」

「恐らく500年ぶりだろうな? 神倉の里が滅びたあの日から会っておらんだろう?」

「500年か……。長いようで短い、あっという間の時間だったね」

 

 普通の人族ならば気の遠くなるような時間を彼らは口にしている。だが彼らにとってはそんなものなのだ。長寿である竜人族ならば、時間の感覚は人間とまったく違っている。

 だがそれが意味するところは一つ。

 

 月は500年も朝陽を探して旅をし続けていたことになる。

 

 だがそれは獅鬼も同じ。彼もまた旅をする目的の一つに朝陽の捜索が含まれていた。

 東方、中央、西方……。世界中を渡り歩いて彼女を探し続けた。微かな手がかりを掴んでは歩き、飛び続けた二人。

 それは全て彼女に会うために。

 そして彼女を救うために。

 

「さて、朝陽よ。お前、何をしようとしている?」

「…………」

「先ほど行使したもの。あれは結界魔法だな?」

「そうだね。あの感覚は間違いなく結界魔法。まさかとは思うけど、このドンドルマを消し去ろうっていうんじゃないだろうね?」

「ええ、そうよ」

 

 何でもない風に朝陽はそう言い切った。

 結界魔法。

 一つの範囲内を囲み、行使する魔法。主に魔族が自らの集落を隠すため、あるいは知られないようにするために行使される。

 魔族以外で行使する際は、主に結界内のものを守るために行使される。結界の境界がそのまま守りの障壁となり、外界からの攻撃を遮断するか防ぐのだ。

 ほとんどの場合は隠蔽、防御などに使われるのだが、時に攻撃に用いられることもある。

 結界内に閉じ込め、その結界範囲のみに攻撃の効果をもたらす方法だ。恐らく先ほどのものは、結界の境界線を作り上げるために魔力のラインを引いたと推測される。

 だがこのドンドルマ全てを囲めるほどのものを作るには、あまりに時間が早すぎる。恐らくあらかじめ種だけは仕込んであったのだろう。推測するに部下の誰かがそれをしたおだろうか。それが時間短縮に用いられたと推測される。

 しかしそれが意味するところは、このドンドルマを消し去るまでが計画の範囲内ということになる。それは間違いなく多くの命が消えていく。

 

「おいあんた、わかってんのか? これは大量殺人になるんだぞ!?」

「それが? どうせ死に逝く命。ならば、その命を利用してやるだけよ」

「ど、どういうことだ?」

「……闇、か」

 

 月が微かに呟くと、朝陽はローブの下で笑みを深める。

 それは肯定の証だった。

 

「どういうことっすか?」

「闇魔法はね、幾つかの禁呪があるんだよ」

 

 それは狂戦士を作り上げた狂化と同じく禁呪に含まれた魔法。

 糧とするのは闇そのもの。

 人の負の感情、世界に満ちる闇の力、そして命。

 これらを己の力に変える術である。

 

 生贄(サクリファイス)

 魂喰い(ソウル・イーター)

 

 生贄(サクリファイス)は文字通り命を生贄にして力を得ること。得るのはその者の力が主だが、それを応用し、その者の心の闇を己に取り込むことで己の力を寄り一層高めるのだ。

 魂喰い(ソウル・イーター)は死体から魂を抜き取り、それを己に取り込んで生命力などを高めるもの。また魂の記録から新たなる知識なども得る事を可能としている。

 どちらも相手の命を奪い、そして力を高めるために誕生した魔法。だが狂化と同じく人道に反するものであり、やがて禁呪となった。

 そして今、このドンドルマには闇が高まりつつある。つまりこれは、朝陽の力を高めるためだけに行われた作戦となる。

 ここに集うハンターはもちろんのこと、狂化竜もまた朝陽の力を高める生贄にしかない。

 そして狂化竜とは、最終的には朝陽の力へと還元される存在でもある。

 彼らは狂化することで闇を己の中に作り出し、暴走することで人々に恐怖を与える。それによって闇は膨れ上がり、より一層恐怖を撒き散らす。

 やがて討たれ、死亡しても、闇は抜き取られ朝陽の元へと戻っていく。そしてそれは朝陽に取り込まれ、高まった闇の分だけ朝陽が強化されるのだ。

 生きていようとも死んでしまっても、最終的には朝陽が得をする。

 世界のあちこちでばら撒かれた狂化竜は、それを確かめるためのテストであり、少しずつ朝陽を強化させるための種でもある。

 これが第一段階。

 そして現在行われている第二段階とは、それを一つの場所に結集させて一気に解き放つこと。ハンターズギルド本部が存在するドンドルマを舞台とし、今まで実験してきた結果を示す場所。

 ドンドルマを舞台としたのは大陸の中で最も規模が大きく、街が発展した場所であり、ハンターたちが多く集う場所だからだ。

 だがただ四方から狂化竜をぶつけるだけでは足りない。街に暮らす人々を恐怖に陥れるのもいいが、より一層の“絶望”を与えるためにラオシャンロンを呼び寄せる。

 これによって大陸のあちこちからさらにハンターを呼び寄せ、一つの方角へと結集させる。あとは空いた部分から襲撃を仕掛けることで、混乱と恐怖、絶望を植えつけるのである。

 それらが最終的に朝陽へと流れ込み、結界魔法を用いてドンドルマを文字通り崩壊させる。これが大陸に知れ渡った時、第三段階が発動するのだ。

 だがなぜ朝陽がそこまで力を求めるのか。

 それは一つの到達地点を目指しているからに他ならない。

 力を求めるということは目指すべき場所が存在しているからだ。その域に到達するには、ただ普通に己を高めるだけでは到達し得ない場所だった。

 だから闇に堕ち、闇を求めたのだ。

 

 ――では、なぜ朝陽がそうなったのか。

 

「……あ、ありえねぇ……。狂ってやがる……」

「……そうだね。悲しいことだ」

 

 そう呟きながら月は朝陽を見据える。獅鬼もまた仮面の奥から朝陽を見据えていた。その視線を受け、朝陽は軽く手を挙げる。それに反応したのは背後で滞空していた狂リオレイア、ガイアL。

 

「グアアアアァァァァ!!」

 

 咆哮を上げて一気に月たちへと滑空を始めた。

 今まであそこで滞空していたのは月たちにけしかけるため。その指示を受けて狩るべき獲物へと向かっていく。

 だが月たちは冷静だった。そして朝陽もまた冷静だった。

 そして最後の詠唱を開始する。

 

「地獄の業火よ、罪人たち……」

「っ!」

 

 それより速く月と獅鬼が行動を開始する。屋上を蹴って二人は疾走と跳躍を行い、獅鬼は滑空してくる狂リオレイアの頭上を取って大龍壊棍を振り下ろした。

 

「ガアアァァァ!?」

 

 それによって屋上と屋上の間に墜落する。その重量と勢いに耐え切れず、建物は崩壊を起こし、狂リオレイアは地上へと落ちていく。

 そして月は朝陽へと距離を詰め、右手を伸ばして麻痺を誘発する雷撃を放つ。

 

「……っ!」

 

 その速さに反応し、詠唱を中断して回避するが、それを追って月は手刀を放つ。それを受けとめたが月の手刀は止まらない。防ぐ朝陽の腕を取ろうとしても、それをすり抜けて朝陽は守りに入る。

 その間に獅鬼と雷河は落ちていった狂リオレイアへと向かい、二人の戦いに乱入しないように仕留めることにする。

 だが雷河は月と朝陽の攻防を横目で見て唖然とする。月も規格外だが、それに何とかついていっている朝陽も充分規格外じゃないのか、と感じてしまう。

 何せその両腕の動きは雷河の目でさえ少し追いつけないほどだ。恐らく装備同士が摩擦を起こしているんじゃないだろうか? 少しだけ焦げたような匂いが漂っている気がする。

 

「だが朝陽は本来、月の域に到達することはなかった。あれは集めた闇の力と魂があるからに他ならない」

「……そこまでして追いつきたかったんだな」

「当然だろう。何せあいつは……む?」

 

 そこで獅鬼がドンドルマの外へと目を向ける。何か別の大きな気配が接近している気がしたのだ。いや、実際に接近してきている。

 方角は北の方だろうか。ここからでもわかるほどの存在感を持ち、高速でドンドルマ東の平原を目指しているではないか。

 

「――雷河、お前は平原へ向かえ。ここはオレが引き受ける」

「了解だぜ」

 

 頷いた雷河は大鬼薙刀をローブにしまい、街を疾走して東を目指す。よもやあの存在、クシャルダオラがここに現れようとは。これは本当にまずい状況だ。

 だがなぜだろうか?

 

 ――あのクシャルダオラには覚えがある気がした。

 

 そんな微かな疑問を持ったが、今は目の前にいる狂リオレイアを仕留めることに専念することにしよう。大龍壊棍を構えて唸り声を上げる狂リオレイアを見据える。

 

「さて、何秒持ちこたえる?」

「グルル……! グオアアアアァァァァ!!」

 

 

 街を疾走する金色の影。

 金色の下地に黒い縞模様が走るローブを纏った雷河だ。向かう先はクシャルダオラが現れたドンドルマ東の平原。

 ラオシャンロンがいるというのに、そこに更なる古龍種クシャルダオラ。

 いったい何故こんな時に現れたというのか。これでは更なる絶望がハンターたちを包み込むではないか。

 そう考えて舌打ちしながら、一刻も早く平原に到着するように走り続ける。

 その際大長老の戦闘現場に差し掛かった。

 相変わらず巨大だ。見上げてすぐに見えるのが足、というのは異常だろう。見上げれば大長老の愛刀である刀を振り回し、群がる狂リオレウスたちを切り伏せていた。

 

「おいおい、五頭ってやべぇじゃねえか」

 

 近くに狂リオレイアの死体が転がっているところを見ると、恐らく六頭で襲い掛かられたのだろう。狂リオレウスたちが火球を放ち、それを回転斬りで一気に吹き飛ばし、構えなおして狂リオレイアへと振り下ろす。

 

「ええい、数で押し切ろうとは……! やっかいなもんじゃのう!」

 

 いかに大長老が実力者とはいえ、その巨大さでは数で攻められればいい的になる。あちこち火球を受けたのか焼け跡が見える。このまま続けてもいずれは完全にやられてしまうだろう。

 

「……しゃーねぇ! 俺も行くか!」

 

 出くわしたからには放っておけない。雷河は大鬼薙刀を抜いて跳躍し、建物の屋上から更に跳躍して狂リオレウスへと向かっていく。

 

「グル……?」

「おらああぁぁ!!」

 

 大鬼薙刀には高まった雷属性が纏われており、振り切ると刃から雷の刃が放たれる。それは狂リオレウスを切り裂き、悲鳴を上げて痙攣する。そのまま狂リオレウスの背に着地し、その首を薙ぐように切り払った。

 刃の周りに一回り大きく雷の刃を作り上げることで、その首は刎ね飛ばすことが出来た。これであと四頭!

 

「ぬう? おお、お主は……」

「助太刀するぜ、大長老!」

「有り難い。ではそっちを頼むかの」

「おう!」

 

 落ちていく狂リオレウスから飛び出し、次の標的へと向かっていく。大長老と背を向けあい、それぞれ二頭ずつ倒していくことにする。

 

「そいやぁ!」

「はああぁぁ!」

 

 お互いの刀を振るい、宙を舞う狂リオレウスたちへと攻撃を仕掛けていく。群がってくる数が減ったことで、本来の調子で刀を振るう大長老。着実に傷を負わせ、そして仕留める。

 雷河も屋上から跳躍し、距離を詰めて大鬼薙刀を振るって翼を奪っていく。翼を傷つけられ、失われれば狂リオレウスもただの竜となる。

 数分後には、四つの死体が地上に転がることとなった。

 刀を鞘に納め、大きく息を吐いて呼吸を整えると、大長老は雷河を見下ろした。

 

「感謝するぞい、雷河よ」

「いや、いいってことよ。じゃあ俺、急いでるんで、礼ならまた後にしてくれ、大長老」

「む? ラオシャンロンかの? ……む、この気配は……」

「そういうこと。じゃあな!」

 

 軽く手を挙げて急いで平原に向かうため、雷河はその場を後にした。その後姿を見送り、大長老は辺りを見回す。

 先ほどから妙な視線を感じていた。まるで誰かに見られているような――

 

 ――そんな大長老の両足を貫くように、二つの弾が放たれた。

 

「ぬ、ぐお……!?」

 

 突然のことに反応できず、大長老は体勢を崩してしりもちをついてしまう。しかし巨大な大長老がしりもちをつくだけで、辺り一体は振動が発生し、腰元の建物は崩れ落ちていく。

 

「く……迂闊……! じゃが誰じゃ? こんな……」

 

 魔力の弾が放たれた方角を微かに目を開いて見てみるが、その方には誰もいなかった。

 

 

 ふん、あの猿め、あそこで現れようとはな。興が覚めた。

 つい足を撃ってしまったではないか。

 倒れていく老いぼれを横目で見つつ、我は屋上から飛び降りる。

 猿は平原へ、そして朝陽は月と対面。あいつもドンドルマから脱出したようだ。

 ならば我もここから離れることにしよう。

 

Space control(空間、制御).Gate open(門は開かれる).」

 

 慣れ親しんだ詠唱を行い、空間の裂け目を作り上げる。その中へと入り込み、我はドンドルマを後にした。

 

 

 さて、門を抜けて平原に出たはいいが……。

 おうおう、まだまだラオは健在だな。で、狂化竜たちは死体となって転がってる、と。

 そしてハンターたちは何とかラオへと向かい、攻撃を仕掛けていく。でも流石に狂化竜との戦闘もあって疲労と心労もたたってるわな。

 なんか暗い雰囲気が漂ってるじゃねえか。

 まあ、空にあんなもんが飛んでたら、それも高まってしまうわな……。

 

「ホントにいるしな、シャル……」

 

 だが攻撃しているのはハンターたちじゃない。

 何故かラオへとブレスを連続して撃ち出しているじゃねえか。つまり俺たちの味方になっているわけだ。

 普通古龍がハンターの味方をするはずがねえ。古龍もモンスターの一種。ハンターだけでなく、人族にとっては敵になりえる存在だ。

 

「…………まさか」

 

 人の味方になる古龍、それもシャル。

 俺にはそいつに覚えがあった。というか、親父との縁で会ったことがある。

 もう少し接近してそのシャルを見上げてみる。

 空からブレスを撃ち出すそのシャルが纏う雰囲気。そして内包する気質と魔力。

 間違いない、と思っていると、そのサファイアのような青い瞳が俺を捉えた。その時、あいつの気質が少しだけ驚いたような揺らぎを見せたが、すぐに消え去る。

 

“なんで貴様がここにいるの? 雷河”

「はっ、やっぱお前かよ、風花(かざばな)

 

 頭の中に響くような女の声。これはあのシャルから放たれている波動によるものだ。となると、丁度いい。あいつの助力があるってんならこのラオの討伐、多少は安心できるな。

 ラオまであと少し、俺はローブから大鬼薙刀を抜く。

 アレを使ったほうが火力があるのは間違いねえんだが、これだけハンターがぞろぞろ揃ってるんじゃ、ちぃっと躊躇うな。それに火力は風花も高いんだし、あいつに任せることにする。

 

“ふざけないでよね? 貴様の方が火力は高いでしょうに”

“……聞こえてんのかい”

“まだ繋がってるんだから当然でしょ? それより、さっさと真化(しんか)しなさいよ”

 

 青い目を細めて睨みながら俺を急かすんだが、いや、無理だろ?

 俺が今ここで真化してしまったら、めんどうなことになるじゃねえか。確実にハンターたちの刃が俺にも向けられるだろうが。

 

“……まあそれもそうね。(わたくし)はこうして空にいるから、撃たれでもしないかぎりは傷はつけられないし、それが賢明かしらね”

“そうだろ? じゃ、俺も参戦するかね”

 

 大鬼薙刀を回転させて雷属性を一気に高め、俺も角と両腕に雷を発生させる。そのまま大鬼薙刀の雷と連結させ、全身に纏わせる。

 これでギアが入る。

 

「さぁて、久々のラオ戦だなぁ……!」

 

 強大な敵との戦い。

 狂化竜を相手にするときとはまた違った興奮がある。

 ああ、燃えるねぇ、昂ぶるねぇ……!

 本能が叫ぶ。

 敵と戦え、と轟き叫ぶ。

 心臓が早く鼓動し、血が巡り、体が熱くなっていく。

 

 ――戦い!

 ――闘争本能!

 

 やっぱいいねぇ……!

 

「戦いが俺を呼んでるぜええええぇぇぇ!!」

 

 その時俺は、地を奔る雷となった。

 

 

 ○

 

 

 石畳に沈んだ狂リオレイアを見下ろし、獅鬼は大龍壊棍をローブへとしまった。

 

「……3分も持たんか」

 

 狂リオレイアの顔はボロボロだ。甲殻は剥がれ、ほとんど肉が露出している。右目などが潰れ、血を未だに流し続けている。どこからどう見ても致命傷。ここまで顔をやられれば生物は生きることは適わない。

 少しして狂リオレイアから闇が吹き上がり、霧散していく。それを見据え獅鬼は目を細めた。

 

「なるほど、こうやって闇をこの街に充満させる、か。いや、一部は朝陽へと向かっているな」

 

 その闇の流れを見つめながら獅鬼が呟く。これを止めればいいのだが、生憎と魔法の才能に恵まれなかったために、ただ見つめることしか出来ない。光魔法なんて高等なものは、獅鬼に行使することは不可能なのだ。

 

「全てはお前の言う通りか。……いや、最後の鍵は月にある。それが通じさえすれば……」

 

 遠い昔に出会った人物のことを思い出したが、顔を振って振り払い、空を見上げる。そこでは月と朝陽が戦闘を繰り広げている。

 跳躍して屋上へと上がり、その様子を見守る。

 

「もうやめるんだ、朝陽! そうやって力を求めて何になる!?」

「……あんたがそれを言うのかしら? 神倉の最高傑作と謳われたあんたが?」

 

 その言葉には深い憎悪が含まれている。それを聞いて月は歯噛みをする。

 一端距離を取り、朝陽は右手を前に出して魔法を行使する。黒く染まった炎の弾が複数作り出され、一斉に月へと向かっていく。だが月は冷静に相反する属性、水の弾を作り出して相殺する。

 

「元より神倉は力を求める一族。力を求める為ならばどのような方法を用いても良し、とした一族よ? 例え人道に反することでもね!」

 

 右手を振ると身を纏う夜色のローブが舞い上がる。その奥から複数の銃口が顔を覗かせ、一斉に月を狙うように微かな音を立てて修正される。

 

弾丸(バレット)装填(リロード)一斉掃射(フル・ファイア)!」

 

 銃口が火を噴き、数多の弾が月を狙って放たれていく。それから逃れるために横に跳ぶが、銃口はそれを追って方向を修正していく。しかも撃った傍から弾が次々と装填されているらしく、その弾が尽きることはない。

 弾幕という名の壁に守られていることにより、朝陽は再びあの呪文を詠唱しようとする。

 

「地獄の業火よ」

「そうはさせない! Barrier(障壁)!」

 

 弾幕の中を突っ切っていくために障壁を前方へと展開する。しかしそれは狙っていたことなのだろう。障壁に着弾した弾が次々と爆発を起こしている。どうやら弾の中に拡散弾や徹甲榴弾が混ざっているようだった。

 

「罪……っ!?」

「オレを忘れるなよ?」

 

 月だけでなく獅鬼もまた朝陽を止めるために出向いてきたのだ。邪魔が入らなければ、完全にニ対一の構図へと持っていける。ローブから覗いていた銃口が引っ込み、再び朝陽を包むように閉じられる。

 近接戦闘に入ればあのままなびき続けるのは不利だからだ。伸ばされた手をかわすが、その際に顔を隠していたフードが外れてしまう。中から朝陽の素顔が曝け出されるが、獅鬼は動じずに朝陽を捕らえようと格闘術を行使していく。

 

「くっ、獅鬼……!」

「近接戦闘でオレに勝てると思っているのか、朝陽?」

「普通は無理でしょうね。でも、あなたにはないものが私にはあるっ!」

 

 それは魔法。二人の間に闇の刃が発生し、獅鬼を次々と貫いていく。

 

「ぬ、ぐっ……!?」

「ふんっ!」

 

 体勢を崩したところで掌低を放ち、獅鬼を後ろへと吹き飛ばす。だが獅鬼は受身を取り、起き上がって体勢を整えた。闇の刃は霧散し、貫いた場所から血が流れていく。だがそれくらいではまだ余裕なのか、その姿勢に乱れはない。

 入れ替わるように月が前に出て朝陽に迫る。だがローブから取り出された武器を見て、自分もまた武器を抜き放つ。

 交わる二つの刃。

 月が手にしたラストエクディシスの鈍色の刃と、朝陽が手にした夜刀【月影】の漆黒の刃。G級同士の刃は鍔迫り合いを行い、二人の視線が交わる。

 風になびくは蒼い長髪と、蒼いセミロングヘアー。

 交差するは深い蒼の瞳と、深い藍の瞳。

 

「そこまで……私が憎いのか……!?」

「……当然でしょう? あんたのせいで私は落とされた! あんたが祭り上げられるたびに、私は必要のない存在となった! 私が得られたはずの力はあんたへと流れ落ちた! あの一族の中では、あんたが生まれたことで私は存在理由がなくなるのよ!」

 

 それは激昂。

 朝陽の中に溜まり続けた憎悪の証。800年近くも溜め込まれたモノだけに、その言葉が纏う力は強すぎる。そして言葉に込められた負の感情が、月を次々と貫いていく。

 

「あんたにわかる? 力を求めた者たちの侮蔑の眼差しを受け続ける私の苦しみが!? あんたには賞賛と喜びを、私には侮蔑と嘆きを! あんたが成長していくにつれて、私には失望の言葉を! ああああああああ!! 思い出すだけでも苛立つ! そこまでして私を! 私を!」

 

 その鬼のような気迫に月は飲み込まれていた。

 普通ならば朝陽に負けることのない実力の差があるが、真正面から朝陽の怒りと憎悪を受け、月の心に波が発生していたのだ。

 だから刃が弾き返され、斬られたとしても気づくことはなかった。

 

「月ッ!?」

「が、……は……」

 

 一間置いて体から血が流れたことに気づき、すぐに体勢を立て直す。凛・極【胸当て】が夜刀【月影】によって斬られている。G級の、それも蒼ラオシャンロンの素材を使用しているが、G級のナルガクルガの素材を使用した剣を前にすれば斬られることも有り得ること。

 微かに目を伏せて朝陽を見る月の目にも揺らぎがある。そしてそんな月を見据える朝陽は更に苛立ちが募っていた。

 

「何を迷っているの? あんたはそんなもんじゃないでしょう? それともなに? この私に圧されているとでも言うのかしら? こんな、“出来損ない”の私を?」

「…………」

「有り得ないわよねぇ? “最高傑作”が“出来損ない”相手に圧されるなんて。そんなことがあったら、私の500年の意味がなくなるわよ?」

 

 朝陽の周りに気が膨れ上がっている。蒼と黒が混ざった夜色の闘気。

 怒り、憎しみ、そして殺気を主としたその気は、刺すように月へと向けられている。

 

「そこまでして月を殺したいか?」

「ええ、殺したいわね。殺すことで、私は満たされるの。“出来損ない”が“最高傑作”を殺した、という事実で、私は私の人生を完結させるわ」

「……相手はお前のただ一人の家族だぞ?」

「だからこそ、許せないことってあるわよね?」

「……だろうな」

 

 

 ただ一人の家族。

 “出来損ない”と“最高傑作”。

 

 それこそが朝陽を人の道を踏み外した要因。

 

 力を追い求めた神倉一族だからこそ、“出来損ない”の存在は忌むべき存在なのだ。神倉羅刹が誕生し、敗北した後だからこそ、その存在はより一層誕生を歓迎しなかった。

 完成形が見えていなければ仕方のないことだ、と割り切ることが出来ただろう。

 だが完成形が誕生した後になれば、それは割り切れないものとなる。

 故に――

 

 

 ――神倉朝陽は歓迎出来るものではなかった。

 

 

 彼女は至って“普通”の神倉の少女だった。平均的な能力だったが、それは神倉が求める水準を下回るものだった。

 だがまだこの当時は“出来損ない”と呼べる存在ではなった。

 年月を重ねるに連れて彼女は少しずつ能力を伸ばしていった。だからまだ未来があった。そのまま能力を伸ばし、誰かと結ばれて次代の子を成す、という役割があったからである。

 

 だがそれは閉ざされることとなった。

 彼女に妹が出来たのだ。

 

 それこそが神倉月。

 後に二代目最高傑作と呼ばれた少女の誕生である。

 

 それによって朝陽は“普通”から“出来損ない”へと転落した。

 姉が“普通”だったというのに、妹が“有能”であった。それも一族が目指していた完成形が誕生したともなれば、この幅が大きくなるのは道理だった。

 一族総出で月の誕生を喜び、朝陽には“最高傑作”になれなかった“出来損ない”と吐き捨てた。

 当然だろう。

 妹が“最高傑作”になれたならば、もしかすると朝陽が“最高傑作”になれたかもしれないのだ。

 しかし彼女は“普通”として生まれてしまった。

 故に転落した。

 “最高傑作”になれなかった“出来損ない”。

 

 これが朝陽の未来を閉ざし、闇へと堕ちるきっかけになったのだ。

 

「あんたがいなければ私はまだマシな人生を送れたでしょうね。でもあんたは生まれてしまった。よりにもよって私の“妹”で“最高傑作”としてね」

「…………」

 

 もし妹でなければ。

 もし最高傑作でなければ。

 まだ朝陽は堕ちることはなかっただろう。

 

 だがこの世にもし、という言葉はない。

 それがあるとするならば、また別の平行世界だろう。この世界とは近くて遠い世界である。それを望むには、人という存在は小さすぎる。例え神倉であっても、だ。

 

「だからあんたを憎む。あんたを殺す。私の未来を閉ざした存在だから」

「だとしても、周りを巻き添えにしてまで成すべきことではなかろう。お前がやっていることはただの殺戮。復讐でもなんでもない。神倉の問題は、神倉で閉ざすべきだぞ!」

「その神倉の方法に則っているだけよ?」

 

 ギロリと睨みつけるように獅鬼を見つめる。その眼力は獅鬼の言葉を封殺してしまうほどに強い。

 

 神倉の方法とは以下の通り。

 力を得るために人を犠牲にする。

 力を得るために人の心を無視する。

 力を得るために様々な因子を求め、様々な血を改良した。

 愛も何もない交わり。

 時に人の魂までも利用した神倉一族の歴史。

 裏で行われた彼らの行いは、まさしく人の道を外れている。

 力を求めた果てに、犠牲を厭わなくなった一族。

 命とはまさしく使い捨ての駒のようなものだと認識したのだ。

 目的(ちから)のために、自分たち以外の存在で使えるものを駒とした。

 故に神倉一族は、その思考をする者全てが闇に適正がある。いや、月や獅鬼が、神倉の中で唯一人らしく、まともな思考をする貴重な存在だという側面もある。

 朝陽を始めとする者たちこそが、本来の神倉一族の在り方なのだ。

 だから彼女の行動は、神倉一族のルールで言えばまったくおかしいことではない。

 だがその真実を知るものは、もうほとんど少ない。

 なぜならば神倉一族は集落の中で閉じた世界でもあり、その中で行われていることは秘匿されていた。

 故に人はその真実を知らず、神倉は黒龍を討つ英雄として知れ渡っている。

 

 その事を言われてしまえば獅鬼に反論できることではなかった。神倉の事情は全て知っているのだから。

 

「獅鬼、あなただってそうでしょう? 驚いたわよ? まさかあなたまで私の事を調べていたなんてね。あの男だって、そのためだけに拾った駒でしょう?」

「……雷河は駒ではない。オレの息子だ」

「ハッ、どうだかね。あなたもまた、私と同じ魔法に関しては“出来損ない”のくせに、よく言うわよ。というか、私たちの前でいつまでも仮面被ってるのも意味ないんじゃないの? 私はあなたの素顔を知っているのだから」

「…………」

 

 しばらく無言だった獅鬼だが、溜息をついてフードと仮面を取り払う。

 現れたのは少しはねた肩に微かにかかる蒼い髪と、深い蒼に染まった瞳。900年生きているというが、それを思わせないほどの若い顔に尖った耳。その顔月はだいたい20代後半ほどか。

 竜人族、という特徴だけではない。

 彼もまた重ねた代の血統に連なり、通常の人を超えた身体能力を手にした者。

 彼もまた力を求めた一族、神倉に連なるものなのだから。

 

「獅鬼、あなたは何故月の側につくのかしら? あなただって、魔法の才能を羨んだことはあるでしょう?」

「ああ、いつだって羨んでいるとも。だがな、無い物ねだりをしてもしょうがなかろう? そういう才能の下で生れ落ちたのだからな。その才能を羨むことはすれ、憎むことは愚かしいことだと若い内に気づいている。だから月を恨み、憎むことはしない」

「…………」

 

 その言葉と眼差しに迷いは無い。それは彼の言葉が本当だということを示している。

 いつだって彼は考えているし、口にしている。

 

 ああ、何で魔法の才能はないのだろうか。

 

 だがそれまでだ。

 長く生きていればそういうものだと受け入れてしまう。だからその才能を持っている者を憎むのは筋違いだと理解した。

 彼の中で魔法に関する問題は解決している。だから朝陽の言葉に揺らぐことは無い。

 

「もうこれで終わりにしろ、朝陽。月はいつだってお前の事を考え続けてきた。お前を元のお前に戻そうと探し続けた。……500年だぞ? 500年もかけてお前を探し続けた妹の事を無下にし、あっさりと殺そうというのか?」

「……足りないわね」

 

 だが驚くほど冷淡に朝陽は獅鬼の言葉に微笑を浮かべる。

 

「私は――800年。800年もその女を憎み続けた」

「っ……ねえ、さ……」

「私を……姉と呼ぶなッ!!」

 

 その言葉を遮るように吼えると、月を指差す。その瞬間魔力が集結して弾丸となり、月を狙って射出される。だが反応は出来たようだ。直ちに障壁を張ってそれを防ぐが、その表情はいつもの彼女と違って弱々しさを感じさせる。

 明らかに朝陽に呑まれ、戦意を弱めていっている。

 そこにいるのは昴たちが知る頼もしいお姉さん、といった彼女じゃない。

 姉の威圧に飲まれた妹のそれに近い。

 その言葉が、怒りが、憎しみが彼女をそこまで落としてしまっていた。

 月が固めた決意が霧散していき、虚空へと消えていこうとしている。

 だがその肩を獅鬼が掴み、その背中を見せることで止めてやる。

 

「心を強く持て、月。お前は何しにここに来た?」

「……獅鬼」

「共に朝陽を止めるのだろう? ここで諦めるのか? お前はそれほどまでに弱い決意を持って、この500年を過ごしたと言うのか?」

 

 その背中は大きく、頼もしく映る。

 そうだ、獅鬼の言う通りだ。

 あの日決めたことは、こんなことで消えるようなことはない。

 朝陽の言葉と雰囲気で弱くなっていった気持ちが戻ってくる。

 大きく息を吸って呼吸を整え、月はゆっくりと立ち上がる。そのまま己の姉、朝陽を見据えて前に出る。

 その変化に朝陽はまた苛立つ。

 先ほどまで弱々しくあったその様が、獅鬼によって調子を取り戻す。その過程もまた憎らしい。断ち切った過去だが、まだ心のどこかに未練があるようだ。

 

「ね……朝陽。これ以上人を殺し、力を集めて何になる? 私はここにいる。ここで決着をつけようじゃないか。そして結果がどうであれ、もうこれで終わりにしよう」

「……そうね。ここで終わりにするのも手の一つ。……でもね――」

 

 そこで目を閉じ、驚くほど冷たい笑みを浮かべて再びローブを広げる。

 同時に彼女の闇が一気に膨れ上がり、ローブの中から再度銃口が顔を出した。

 

弾丸(バレット)装填(リロード)一斉掃射(フル・ファイア)!」

「っ!?」

「ちぃ……!」

 

 再び広げられる弾幕に受けに回る二人。獅鬼はローブから札を取り出して補助を得て障壁を張る。

 

「あっはははははは!! 終末を迎えようじゃないの。そう、ドンドルマの終末をね! 地獄の業火よ、罪人たちを焼きはらえ!」

 

 それが引き金となる。

 ドンドルマの城壁に沿った魔力が力を帯び、そして破裂する。

 街を包み込み、漂っていた闇と連鎖し、そしてドンドルマを囲むように見えない境界が発生する。

 そして全てが境界で覆われると同時に、街は炎に包まれる。

 

 

 結界魔法・紅蓮の処刑場。

 

 

 遠い昔、罪人たちを一箇所に集め、紅蓮の炎で焼きはらった魔法だ。

 罪人とは、死刑囚のこと。つまりこれは死刑のために行使された魔法である。

 使用するのは処刑場の粒子と死刑囚たちが持つ闇、そして処刑されていった死刑囚の怨念。

 処刑場は死刑を行うたびに闇の気質が満ちていく。それはもやとなり、その処刑場に漂い始める。闇のもやと粒子はこの結界魔法によって別の効果を内包する。

 それこそが魔法の鍵となる炎なのだ。

 この炎はまさしく地獄からの炎を思わせるほど悪質だ。

 その炎は長く人を焼き続けるのだ。

 長く与えられ続ける苦痛。やがて死刑囚自ら死なせてくれ、と嘆かせるほどの苦痛。

 罪人たちを一思いに殺すのではなく、苦しませながら死に追いやるのである。

 それは残酷にして死刑囚にお似合いの死刑方法だと当時は言われていた。

 

 

 そして今、その炎がドンドルマに広がった闇に反応し、辺り一面を炎の海に沈めていく。

 月たちの周りも炎が発生し、次第に逃げ場を塞ぐように周りを囲んでいく。

 

「あははははは!! 満ちる、満ちる……! 人の絶望がより一層高まるのを感じるわ……!」

 

 人が死ねばまた闇が増える。命が消えていくたびにこの炎は強さを増す。

 だからこそ処刑に適していた。

 

 通常ならば秘匿されているはずだが、どこから漏れたのか朝陽はその魔法を習得したようだ。

 死刑囚へと使うはずの魔法が、ただ命を奪うためだけの虐殺に使われた。

 

 その事に月と獅鬼が顔をしかめていく。

 やはり無理なのか?

 ここまで堕ちてしまった人を救うことなど不可能なのか?

 

 ――殺すしかないのか?

 

 それも一つの手だ。

 だが同時に最終手段だ。

 神倉の者として、その責任として朝陽を殺す。

 だらだらと引き延ばした結果がこれだ。その責任は重い。

 

「……!」

 

 月はぐっとラストエクディシスを握り締める。弾幕はこの魔法が行使されたときに終わっている。斬り込むならば今しかない。

 燃える炎を背景に、朝陽は狂ったように笑い続けている。その目がゆっくりと月へと向けられ、また笑みを深くする。

 

「……私が憎い? いいわよ? それで。本気になったあんたを殺してこそ、私は満たされるのだから」

「その先はどうするつもりだい?」

「どうもしないわよ。私の生きる理由は、あんたを殺すことだけ。その為の力の収集なのだから。殺せたらそれで終わり。私は死ぬわ」

 

 あっけからんとそう言い切る。

 つまり朝陽にとっては月さえ殺せればそれでいいのだ。

 しかし月の実力は朝陽に比べて遥かに高い。だからこそ力の収集を行った。

 全てはそこに至るためだけの行動。

 目標地点が黒龍ではなく月にすり替わっただけの話。

 彼女もまた、神倉なのだから、行うことは同じなのだ。

 

「くっ……だったら、最初から私を殺せばよかったじゃないか!? あの日、なぜ私だけ見逃した!?」

「……だって、つまらないでしょう? あんたなら、黙って殺されるのだから。あんたが本気で私と殺しあわないと意味ないのだから」

「っ!?」

 

 月のことを理解した朝陽の言葉に、月は言葉を失う。

 神倉の里が滅びた日。

 滅ぼしたのは朝陽だ。全てを殺し、その力を取り込んだ彼女は月だけを見逃した。

 二人は対面し、なぜこんな真似をしたのか、と月が問いかける。

 だが彼女は何も言わずに冷笑を浮かべ、そこから姿を消した。

 里の者たちは朝陽の反逆を想定していなかった。“出来損ない”だと侮った結果、全て死んだ。人の道を踏み外した者たちゆえに、ある意味当然の末路と言えよう。

 だがその里で暮らしていた月だけが見逃された。

 それは妹だからと当時の月は思っていたのだが、よもやこんな理由だったとは。

 

「何? 妹だからと思ってた? 残念ね。だからあんたは甘いのよ」

 

 鼻で笑いながら朝陽が言うと、唇が切れるほど月は強く噛み締めていく。

 

「満足した? 満足したなら――」

 

 そこで夜刀【月影】を構え、炎の中で朝陽はその目を細めていく。

 殺気が纏われていき、いつでも斬り込める体勢に入った。

 

「――構えなさい!」

「――いいよ。私も腹を括ろう」

 

 今までの月にはない冷淡な声が漏れて出た。ラストエクディシスを構えて朝陽を見る彼女の目は、覚悟を決めた色が見える。

 それは朝陽と戦う事を決めた覚悟だけではないだろう。

 

 朝陽を殺す結末を受け入れる覚悟が存在している。

 

 その雰囲気に、朝陽は満足したような表情を見せる。

 一瞬の静寂。

 聞こえるのは街を焼き続ける炎の音。

 

「「――っ!」」

 

 そして二人は同時に飛び出した。

 次いで響く刃の音。

 

 ここに最大の姉妹喧嘩が繰り広げられることとなる。

 

 

 見守るのはただ一人、神倉獅鬼。

 彼にこの戦いを止めることは出来ない。最後のチャンスも恐らく先ほど消え去った。

 

「…………これも、運命か。まったく、さすがの予見だな」

 

 漏れて出た言葉。

 だが、これもまた想定の範囲内。例えこれが外れたとしても、“奴”が修正を入れてくるだろう。どの道この運命は変えることは出来ない。

 後手に回り続けるならば、その先の未来を見据えるために彼らを鍛えるほうを選んだ。

 だが微かな希望が存在していた。

 それは朝陽をまだ説得できることが出来るか、だった。

 

 しかし不可能。

 

 彼女はそこまで堕ちてしまった。

 ならばこの運命を受け入れ、その先を考えることにしよう。最終的な結末を止めることが出来れば、未来はある。

 

 ――例え誰かが死んだとしても、だ。

 

 今はただ、この戦いを見守ることにする。

 止めることはしない。この二人は一度本気でぶつかり合ったほうがいいだろうか。

 だが最悪の結果が出ないようにここに待機することにする。

 

 どちらも死なないようにするために。

 

 

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