呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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52話

 

 

 燃えていくドンドルマを眺める影が一つ。

 あの炎はしばらく燃え続け、ドンドルマを焼き続けるだろう。そしてハンターたちは死に逝き、そして闇が更に高まっていく。

 そしていずれは……。

 そんな未来が見える。定められた未来図は依然として変わることはなかった。

 

「……四季は、……いえ獅鬼は失敗したようね。ま、この流れ、運命は絶対と言っていいほどだから、獅鬼が何をしようが意味ないのだけどね」

 

 鼻で笑うように呟くと、東の平原の方へと視線を移す。もう少しすればあそこの戦いも終わることだろう。

 結局、全ては“奴”の思い通り。他の者たちの思惑はあったろうが、全ては“奴”の予定調和の中にあった。それだけ“奴”の意志が強かったというだけのこと。

 運命とは意志の強いものだけが呼び寄せられ、変えられるのだ。

 世界というものはとても残酷だ。

 望む未来を望む者全てが平等にその結果を与えられることはない。願いを叶えられるのはほんの一握り。それ以外はその一握りに踏み潰される。

 あるいは叶えられたとして、そのすぐ後に他の者が全てを掠め取っていく未来さえ存在する。ああ、なんと残酷なことか。

 

「さて、もうしばらく傍観することにしましょうか。これほどの見世物は、この数百年の中でもなかなかのものだしね」

 

 うっすらと笑みを浮かべ、影はいずこかへと消えていく。

 

 

 この光景を傍観するのは、どうやらアキラだけではなかったようだ。

 だがアキラと違うのは、このドンドルマの戦いの当事者でもないということか。

 

 何にせよ、彼女が何者か、などこの場では知り得ることは出来なかった。

 

 

 ○

 

 

 燃え盛る炎の中を突っ切っていく者たちがいる。車輪つきの担架に乗せられているのはゲイル。それを運んでいるのがギルドで働いているアイルーたちだ。

 突如として街を焼きはらっていく炎が発生し、ギルド本部へと運ぶことは不可能となったために急遽西門へと向かい、ドンドルマの外へと脱出することにした。

 

「ク、クヒヒヒ……! わかったろう? ドンドルマは滅びるってよぉ……」

「まさか、これも君たちの計画の一部だったのか?」

「というか、締めくくりだな……、クヒヒヒ。朝陽様も残酷だねぇ……」

「朝陽? ……誰だ?」

「……さぁ? 誰だろうねぇ?」

 

 応急処置として止血はされているが、それでもゲイルの呼吸は弱々しい。

 担架で運ばれていたが、この炎の熱さで意識が戻ったようだ。秘薬が効いたのか、喋る気力はあるようだが、それでもまだ危険な状態であることには変わりはない。

 

「喋らないで下さい、ゲイルさん。命を縮めます!」

「……ひぐ……うぅ……」

「……おう、りょーかい……」

 

 泣いているロストが心配そうにゲイルを見ているものだから、それには逆らえない。どうあってもロストには敵わないゲイルなのだ。

 だが炎の勢いは弱まることはなく、むしろ轟々と燃え上がっていく。

 それは人の闇を得て力を増しているからなのだが、彼らにそれが知りうることはない。

 そこに、建物が崩れ落ちてきたことで進路を塞いでしまった。

 

「くっ……、こんな時に……!」

 

 引き返す手もあるが、ゲイルの容態が心配だ。どうするべきかと考えていると、背後から魔法が放たれ、その建物を吹き飛ばしてしまった。

 いったい誰だ、と思って振り返ると、驚くべき顔ぶれがそこにあった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 ライムを始めとする面々だった。先ほどよりも凛々しく見えるのは気のせいだろうか。

 というよりいったい何故ここにいるのだろうか。南門に向かったはずだが、と考えていると、ライムがゲイルに走り寄って容態を見てみる。

 

「ひどい傷ですね……、少し手を加えますね」

 

 治癒魔法を構築し、それをゲイルへとかけていく。サンよりも効果の高い治癒魔法が構築されていく様は、サンとレインを驚かせるものだった。

 その傍で紅葉がレインに近づき、状況を説明する。その際自分たちを守るように風魔法を展開し、炎が入り込まないように処置をする。

 

「南門へと繋がる一体は全部建物が倒壊していたわ。あの爆発の影響もあって危険な状態だったわけ。仕方ないから、こっち側に来たんだけど、あれって噂に聞くアヴェンジャーよね?」

「……ああ、そうだ」

「……なんでああなってるわけ?」

「走りながら説明しよう。……ライム・ルシフェル、調子は?」

 

 ゲイルに手を当てていたライムは小さく頷き、そっと手を離す。

 見れば先ほどよりも傷がマシになっており、呼吸も落ち着いていた。

 

「ひとまずは安心です。でも、体内には少し攻撃の影響があります。これは専門的な治療が必要と思われますね」

 

 あの者が撃った魔法の弾は少し特殊なものだということだろう。ただ傷を負わせるだけでなく、確実に仕留めるために何らかの効果を内包しているということだと推測できる。

 

「……お兄ちゃん、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。だから、心配しないで、今は走ろう?」

 

 不安そうな顔をするロストに微笑みかけるシアンが、優しくそう語り掛けて頭を撫でてやる。こういうことに関してはシアンが適している。彼女の笑顔は人を安心させる力を持っている。

 そしてこくり、と小さく頷いたロストはシアンと手を繋いだ。それを確認し、レインは前を向いて走り出す。それに続くように紅葉たちと担架が走り出す。

 その際ゲイルたちと何があったのかが話し出され、紅葉たちの視線がゲイルとロストに向けられた。

 

 二人は奴らから切り捨てられた。

 

 そういう推測が出来る。

 この様子からしてもう紅葉たちの敵になる様子はないんじゃないだろうか。少なくともロストからはそんな気配が全くしない。だがロストはゲイルの意志を第一にしているから、ゲイルがまた敵として振舞うならば同じように敵に回るだろう。

 しかしこのゲイルは傷を負っているから、ということを抜きにしても敵意が感じられなかった。ロストのために生きる気力は何となく感じるが、狂気だとか、悪意だとか、そういうモノがかなり落ち着いている気がする。

 いや、まだ心の奥底にはまだ闇が感じられるが、ゲイルの全身を巡っていた闇は消えているのだ。

 そうライムは感じていた。

 覚醒してからというもの、そういう波動や気質、人の内面に存在するモノに対する感覚が鋭くなっている気がする。

 そう気にしていると、また建物が崩れ落ちていく。

 

「ふっ!」

 

 手を前に出して風魔法を行使し、崩れ落ちていく燃え盛る瓦礫を支える。その下を通過した後にそれを解き、瓦礫は後ろの道を塞いでしまった。

 走る紅葉たちを、炎と瓦礫の倒壊から守るようにライムは魔法を行使していく。覚醒していてよかった、と実感する。もし覚醒せず、未だに己の中で枷が嵌め込まれたままだったら、こんな風に魔法を行使することは出来なかっただろう。

 一行は燃え盛る道を走り続け、西門を目指していった。

 

 

 南門を出たセルシウスは海岸線を走り抜けて西へと向かっていた。ドンドルマの南には海が広がっている。南門の先は港に繋がっており、ここから大陸のあちこち、そして東方や西方の国々へと船が出ている。

 だが今ではその南門は崩壊していた。狂キングチャチャブーの自爆、狂化竜たちの襲撃で完全に機能を失っており、その影響は港方面まで広がっている。南門で戦闘していたものたちは、街が炎に包まれた際に港の方へと避難し、ある者は海にまで飛び込んでいた。

 どうやら生き残りは微かに存在していたらしい。あの魔族たちも生きていたようだ。

 だが斬る心は浮かんでこない。

 今は落ち着きを見せていた。というより、今は自分が死なないためにここから離れることしか考えていない。

 これもまた自分の血統によるもの。死なぬように生き続けなければならない本能。ある意味これは「呪い」に近しいものなんじゃないかと考えている。

 重罪を犯した先祖たちに自分が、あるいは世界がかけた呪い。

 戦いで、あるいは寿命でなければ死んではならない呪い。

 自由に死ぬことが出来ないだなんて、これは呪い以外の何物でもない。

 数分走り続け、やがてドンドルマ西の平原へと出てくる。

 遠くを見れば西門から次々とハンターたちが出てきている。どうやら何とか逃げ出たものたちがあそこにもいるようだ。それを眺め、セルシウスは一息つく。これからどうするか、と考えていると、空間の裂け目が生まれて奥からアキラが出てきた。

 

「ご苦労、スノー」

「……あいつらは?」

「アヴェンジャーとロストはレイン・スカーレットたちに捕らえられた。現在西門へと向かっているようだな」

「……なに?」

 

 アキラへと視線を向け、そしてもう一度西門を見る。あの二人が捕まるとは、一体何があったのか。ここは救出に向かうべきか。

 そう考えているとアキラは冷静な口調でセルシウスを止める。

 

「捨て置け。奴らは失敗した。ならば切り捨てるのみよ」

「……」

「お前の力であそこにいる奴らを皆殺しにしてもいいが、今回の作戦はもう最終段階だ。余計な力を使うな、スノー」

「……わかった」

 

 目を閉じて少し高ぶってきている感情を落ち着かせる。

 殺人鬼としてのセルシウスならば、疲れ果てたハンターたちを斬り捨てていくことは造作もないことだ。しかし西門にはあのソルがいる。彼と戦えばセルシウスが敗北する可能性がある。

 アキラはそれを見越していた。だから救出することは禁じたのだ。あの二人に続いてセルシウスまで失うわけにはいかない。

 ましてやセルシウスは殺人鬼。これからの作戦のためには残しておきたい存在だ。

 

「では行くぞ」

「……」

Space control(空間、制御).Gate open(門は開かれる)

 

 空間の裂け目が作られ、二人はそれを潜ってドンドルマを後にする。その姿が消えるとき、裂け目の奥でアキラが冷笑を浮かべていたが、セルシウスは気づくことはない。

 二人の姿が消えると裂け目が閉じ、何事もなかったかのような静寂がその場を包み込んだ。

 

 

 これにより、ゲイルとロストは完全に見捨てられ、彼らの集まりから切り捨てられることとなる。

 

 

 ○

 

 

 数分前、ドンドルマ東の平原。

 雷河も参戦したことで、ラオシャンロン討伐も峠を越すこととなる。その足は流砂から抜け出ているが、クシャルダオラの風花(かざはな)の風ブレスの威力によってその歩みが止められている。

 また顔は大鬼薙刀に雷を纏わせ、雷のように疾走した雷河が一撃斬り込んだことでラオシャンロンは悲鳴を上げて首を振り回し始める。

 

「グオオオオオオォォォォォォ!?」

「はっはぁぁぁ! まだまだいくぜおらああぁぁぁ!!」

 

 足を踏み込み滑らせつつ、大鬼薙刀を勢いよく回転させることで雷を更に発生させる。同時に強く握り締めて気を流し込み、持ち上げられた首を狙って振り上げる。

 それによって雷が天に昇るように、気刃がラオシャンロンの首を切り裂いていく。

 

「ガアアアアアアァァァァァァ!?」

 

 怯んだラオシャンロンへと容赦なく斬りかかっていきつつ、周りに集まるハンターたちに視線を巡らせていく。今戦っているハンターたちはどのような顔ぶれだろうか。そしてその実力はどんな感じだろうか。

 それを確かめてみよう、という何気ない心境だった。

 そしてその中で、信じられない顔を見た。

 

「……あ? おいおい、何でここにいるんだ?」

 

 それは昴たち。

 ベルト山脈で行方不明となっていた昴と、後ろの方で滅龍弾を撃ち続けている優羅の顔がそこにあった。いや、紅葉たちは生きていると信じていたようだし、雷河もまた死にはしてないだろう、と思っていた。

 

“ああ、あの(わっぱ)ら生きていたようね”

“……おいおい、まさかとは思うけどよ、あいつらが会ったシャルって……”

“ええ、(わたくし)よ。少し戯れてみたら、ね……”

“ちょ、戯れって、おいコラ! お前、その悪癖何とかしろよ!?”

 

 どうやら古龍種だけに、少々ハンターたちと戯れることがあるようだ。昴たちはそれに巻き込まれてしまったらしい。いや、ある意味クシャルダオラの中でも風花に遭遇しただけ幸運だったかもしれない。通常のクシャルダオラだったら、問答無用でやられていた可能性もある。

 まあ何はともあれ、生きていたならばよかった。これで紅葉たちが泣くことはないだろう。

 ひとまず声をかけておこう。

 そう思ったが、少し考える。それ以前に自分たちは面識がなかった。紅葉たちと知り合ったのは昴たちがいなくなった後だ。

 さてどうしたものか、と考えていると、別のハンターに目が行く。

 

「って、おいおい、何であいつもここにいるんだ? ……ってかあの黒髪青年と知り合いか?」

 

 目が行ったのは翡翠。二人は何かを話しながらラオシャンロンに斬りかかっている。その様子から知り合い、という雰囲気が感じられるが、もしかすると行方不明になった後に知り合ったのだろうか。

 何にせよ、彼らが知り合いになろうとは、なんという運命の巡り会わせだろうか。

 獅鬼が出会ったという人物の予見、そして言葉のことを思い返すと、ある意味当たっている。つまりこれもまた運命の出会い。つまりは必然。

 彼らは出会うべくして出会い、運命に導かれるようにしてこうして集まっているのだろう。そう考えると、雷河は目を細めた。

 

 全ては流れるままに。

 全ては導かれるままに。

 そして彼らは最後には……。

 

 詳しいことは聞いていないが、いずれはそうなるのだろう。もしかすると風花が戯れることがなければ、彼らは出会うことはなかったかもしれない。そんなあったかもしれない展開を考えながら、雷河は二人の元へと近づいていく。

 

「ちょっといいか、そこのお二人さん?」

「ん?」

「お? どちらさん?」

「ああ、俺は獅子童雷河ってんだが、お二人さんは――」

 

 そして雷河は二人の本名を問いかける。それを聞いたとき、昴だけでなく翡翠も目を見開いて驚くこととなった。

 

「――ああ、やっぱそうなのか」

「あんた……なにもんだ?」

「俺? 俺は……そうだな、神倉月の知り合いなんだが。ああ、あと――」

 

 翡翠の弟の知り合いでもある、と言うと翡翠はまた驚くことになる。そこで昴の様子がおかしいことに気づいた優羅が接近し、雷河に睨みを利かせながらどうしたのか、と入り込んできた。

 

「ああ、黒崎優羅、だな?」

「……誰?」

「俺は獅子童雷河。神倉月と獅鬼の知り合いさ。あんたのこと、結構聞いてるぜ? 親父に結構しごかれたらしいな」

「…………あの男の? ……そう」

 

 ジロリと睨みつけ、雷河から獅鬼の気質を感じると小さく頷き、新しい弾を装填してラオシャンロンへと狙撃していく。その様子から翡翠は、雷河の言うことが本当だということを信じることにした。

 基本的に優羅は他人をそうそう信じることはない。そういうのは噂には聞いているし、数日行動を共にすることでわかっている。そんな彼女がこんな胡散臭い雷河の言う事に、何も突っ込みを入れなかったということは、雷河の言葉が「真」だということ。

 それに加え、優羅の中の境界線では、月と獅鬼は狭間に存在していることも関係している。他人でもなく、心を許す相手でもない。

 月は影響力が強すぎるから。

 獅鬼は過去に世話になり、その実力などを認めているから。

 その獅鬼を親父と呼ぶ雷河ならば、一応は信用する、ということだ。

 だが気になる点がある。

 それは5年も前に捨て去った翡翠の本名を知っているという点だ。

 

「ああ、それは親父と一緒に世界を回ってたからな。ある程度のハンターのことは知っているんだわ。でもお前のことはこの数年は確認してなかったからな。悪いな」

「……なあ、美星。こいつ、本当に信用できんのか?」

「…………一応あの男の気質がそいつにこびり付いている。あと、そいつは嘘を言っていない。それは間違いない」

 

 紅い目が微かに雷河に向けられる。

 優羅のセンサーにはある程度の感覚の揺らぎも感じられる。それがその目と合わさることで嘘を言っているのか、言っていないかもその気になればわかる。

 これの応用が桔梗の偽りの笑顔を見破ったことにある。他人に興味を示さないが、その他人が敵なのかそうでないかを見破るために自然と身についたものだった。

 そして優羅が雷河は敵ではない、ということなので一応は安心できるのだが、それでも翡翠にとっては疑念が浮かぶ。

 

「まあ今は信じてくれなくてもいいさ。それにラオを倒さなきゃならねえしな」

「……そうだな。一応この件は保留にしようじゃねぇか。だが、後で説明してもらうからな?」

「ああ、それでいいぜ」

 

 雷河がそれに頷き、ラオシャンロンへと攻撃を再開する。

 だがその時、ドンドルマで一つの魔法が行使された。

 

 

 結界魔法・紅蓮の処刑場。

 

 

 それは瞬く間にドンドルマを包み込み、街を火の海に沈めていく。それを翡翠たちだけでなく、雷河も呆然と見つめていた。

 

「……おいおい、本当にやりやがったのか、あいつ……」

「な、なにが起こったんだ……? ドンドルマが、燃えている……?」

 

 昴が呟きが場に響き、その場にいるハンターたちも騒然とし始める。

 なんでドンドルマが燃えているのか。

 狂化竜たちの炎が街を一気に焼き始めたのだろうか。

 そんな憶測が飛び交い始める。

 

 だが同時に、先ほど以上の絶望が包み込み始める。

 

 これではラオシャンロンの討伐もままならない。というより、ドンドルマが燃えているというのに、ラオシャンロンを倒す意味があるのだろうか。

 そんな感情がハンターたちに芽生え始めたのだ。

 

 絶望。

 諦め。

 無気力。

 

 これらが蔓延していく。

 それによってラオシャンロンが更に前進を開始していく。空にいる風花がブレスをしても止まらず、そのまま歩みを進めていく。

 

“ちぃ、阿呆どもが。ここで諦めようとは、人族も堕ちたものね”

 

 舌打ちしてドンドルマに視線を移す。

 

“仕方ないわね”

 

 そこで風花が己の魔力を高めていき、意識を集中させる。

 すると風花を包む風の力が増し、強風を発生させていく。それは次第に空にも異変が発生。黒雲がたちこめ、ドンドルマ全域に広がっていった。

 クシャルダオラは嵐と共に現れる。それはクシャルダオラが巻き起こす強風が黒雲を作り出しているからだといわれている。故にクシャルダオラ現れるところに嵐が吹き、雪山ならば吹雪を発生させるという。

 そして今、強風が巻き起こり、雲は多くの水分を含んだ黒雲となる。ぽつり、と水滴が落ちてきたと思うとそれはどんどん勢いを増し、激しい雨となった。

 それは街にも降り注ぎ、その火を消火していく。少し強いが、それは彼らにとっては有り難い雨だ。

 クシャルダオラの特性を生かした消火作業に、ハンターたちは呆然と風花を見上げる。その視線を受けて小さく鼻を鳴らし、風花は雷河を見下ろした。

 

“これで少しすれば火は消えるわ。これでいいんでしょう?”

“おう、感謝するぜ! ……となると、俺も腹ぁ括るか”

“ん? なに? 真化(しんか)する気になったの?”

 

 意外そうな声色で問いかけると、雷河は苦笑を漏らす。辺りを見回してみると、嵐によって消火が始まったとはいえ、ハンターたちはやる気を出していない。これではラオシャンロンが討伐されるのも叶わないかもしれない。

 

“丁度この状況だ。見えづらいだろ”

“……ま、ちょっとした演出もさせてもらうわ。せいぜい斬られないようにしなさいよ?”

“そう願うねぇ……”

 

 苦笑すると、隣にいる昴と翡翠に声をかけることにする。

 

「じゃあ俺は前のほうに移動すらぁ。お前らはここを頼むぜ?」

「あ、ああ。頼む」

 

 軽く手を挙げるとそのまま雷河は顔の方へと移動していく。その際大鬼薙刀をローブの中へとしまい、そして一気に加速していく。

 その様子を優羅が横目で見つめ、そして雷河の中から有り得ないほど高まっていく力を感じた。

 

「……あれは」

 

 人のものでも、竜人族のものでも、ましてや魔族のものでもない。それが雷河の中から溢れてきている。

 金色に揺らめき、力強く猛々しく、荒々しくも雄々しいその気迫。

 出会ったことはないが、それは噂に聞くあの気配ではないだろうか。

 それはバカな考えだと思う。だが、それはそうでなくては説明がつかないほどの気迫。

 だから優羅は雷河の行動を見届ける。

 

 嵐は益々勢いを増し、落雷まで発生し始めた。それは巧妙にラオシャンロンへと落ち、更に雷河の姿を隠すかのように地表へも落ちていく。

 

 そんな中、疾走していく雷河は笑みを浮かべて呪文を口にする。

 

装備解除(キャスト・オフ)!」

 

 すると装備していた金色装備が雷河から離れ、自動的にローブの中へと入っていくではないか。インナー姿となったまま雷河は更に疾走しつつローブを脱ぎ取る。そして脱ぎ取ったローブを握り締めて言葉を紡ぐ。

 

「コード・コンパクト!」

 

 その言葉に反応してローブが小さく収縮する。それをポーチにしまい、続いての言葉を紡いでいく。

 

「其は王。其は獅子。(いかずち)纏いて駆け抜ける獣なり。目覚めし力は今、ここに具現化せし。我、真の姿をここに示す」

 

 だがその光景は嵐の中で覆い隠され、更に落雷の轟音によって雷河の言葉すらも隠している。まるでこれから起こる事を誰にも知られないようにするかのように。

 しかし目撃者は風花だけではない。

 優羅はそんな中でも雷河を見つめたままだ。

 

 疾走した勢いを乗せたまま、雷河は跳躍して天に舞う。

 その雷河を貫くように、一つの雷が打ち落とされる。

 

「――真・変化(トランスフォーム)!」

 

 雷が雷河を包み込み、その姿が文字通り変化していく。

 宙で何度も回転しつつその体が大きくなっていく様は、優羅にとっては度肝を抜かされる光景だった。

 よもや、そんなことが本当にあるなんて、といった心境が優羅を包み込んでいく。

 だがそこにあるのは事実である。

 両腕は太くなっていき、体から金色に染まる体毛が覆い尽くしていく。頭の後ろに伸びていた角は本来の在り方へと戻っていき、尻尾まで生えてくる。

 鈍い振動を立てて着地し、振り返ってラオシャンロンを見据えると、再び落雷が発生し、その姿に命中する。

 それを平然と受け止め、天を仰いで昂ぶった興奮を示すかのように咆哮を上げる。

 

「ウオオオオオオォォォォォォン!!」

 

 そこで初めてハンターたちはその姿を視界に納める。

 嵐の中で落雷と共に現れた、と判断したのだろうか。一斉に震え上がって後ずさりを始める。だが逃げ出すことは出来なかった。

 それだけその存在に畏怖と恐怖と絶望を感じている。中には失神している者までいた。

 

 金獅子、ラージャン。

 

 それが獅子童雷河の真の姿。

 ラージャンとなった雷河はラオシャンロンを見据えて笑みを浮かべ、バチバチと雷を体に纏わせて突進を開始する。

 

「ウオオオオオオオ!!」

 

 高電圧を纏った右腕をそのままラオシャンロンの顔へと叩きつけて怯ませる。その隙に両腕を組み、力を込めて叩き潰す。地面にめり込むラオシャンロンの顔へと何度も殴りつけ、その鼻先を掴んで持ち上げ、その顎へとアッパーを放つ。

 

「グオオオオォォォォォ!?」

「オオオオオォォォォ!!」

 

 仰け反ったその顎を狙って力を込め、作り上げていく雷のエネルギーを収束した弾。それが撃ち出されて着弾し、大きな爆発を起こした。

 

「グオオオオオオオォォォォォ!?」

 

 怒涛の雷河の攻撃に、ラオシャンロンがまた悲鳴を上げる。一方ハンターたちは信じられない光景を見て、何がなんだかわからなくなっていた。

 なんでクシャルダオラやラージャンがラオシャンロンと戦っているのだろうか。

 自分たちは絶望に包まれたことで夢を見ているのだろうか。

 あのクシャルダオラと、あのラージャンが人族の味方をするはずがないじゃないか。そんなことが頭の中を覆いつくしていき、ただその光景を呆然と見つめることしか出来ない。

 だがベガードを始めとするハンターたちはこの二頭が味方であると認識した。

 

「あのラージャン、気のせいか先ほど援軍に来ていたハンターと気配が似ておるな? まさかとは思うが、当人か?」

「たぶん、そうだと思います。見間違いでなければ、あの人が変化していくのが見えた気がします」

「ほう? 変化の魔法か? ならば斬るわけにはいくまい。何にせよ、援軍ならばあれほど心強いことはないだろうな。まだ絶望するには早かろう。行くぞ、セレスタイト殿!」

「はい!」

 

 握り締める龍刀【朧火】を振りかざし、ベガードは再びラオシャンロンへと斬りかかる。気刃を放ちながら接近し、その足へと気刃斬りを放っていく。

 それにセレスタイトが続き、持ち上がった首へと飛行していく。

 

 そして優羅は己が見たものを整理してみることにする。

 獅子童雷河はラージャンだった。そして彼は獅鬼を親父と口にした。となると獅鬼はラージャンであることと知っていたはず。全てを承知で彼を息子にしたとなると――

 

 

 ――異次元級の変人だな、と結論付けた。

 

 

 元より彼は幼い優羅を興味があった、という理由で近づき、あろうことか後見人となってハンターにした。更に体術を仕込み、数年後には魔法を仕込んだ。

 その時から優羅は彼を変人だと認識していた。当時からこの調子だった優羅をあれこれと世話を焼いたのだ。変人でなくてなんだというのか。

 だがそれ以上にラージャンを息子にするとは、あの時以上の変人っぷりではないか。しかも変化の魔法を仕込んで人族であるように見せるとは、なかなか凝っている。

 となると、空にいるクシャルダオラもそういう類なのだろうか。ならばあれも本当に援軍なのだろう。

 横目で見ればドンドルマの火災も先ほどに比べて少し落ち着いている。クシャルダオラが嵐を呼び寄せた結果だろう。

 だがデメリットもある。それは人が作り出す爆弾が使用できないということだ。人族が作る爆弾は雨に濡れると使用できない欠点を持っている。しかしアイルーが作り出したものならば、どういう原理かは不明だが爆発する。

 確認してみると、アイルーたちが次々と爆弾を作り出して投げつけている。しかし雷河が殴りつけ、風花がブレスを吐くことでラオシャンロンが暴れだし始めている。

 さっきから連続して振動が発生し、剣士タイプのハンターたちがなかなか攻撃できないでいる。

 

「グオオオオオン!!」

 

 どうやらいい加減攻撃を受け続けるのも我慢がならなくなったのだろうか。

 

 ――それとも、ラオシャンロンにも狂化の種が植えられているのだろうか。

 

 攻撃してくるハンターたちへと遂に攻撃を開始した。

 前足、後ろ足を踏み鳴らし、前足はそれだけでなくハンターたちを薙ぎ払い始める。

 

「う、うわああああぁぁぁ!?」

「ぎゃああああぁぁぁ!?」

 

 巻き込まれたハンターたちの悲鳴が聞こえてくる。昴たちは何とかラオシャンロンから離れて事なきを得たが、地面を揺らしつつラオシャンロンがゆっくりと方向転換していく。

 

「ウオオオオオオン!!」

 

 だがさせまいと雷河がその首を掴んで頭突きをし、何度も頬を殴りつけて方向転換を止めさせる。

 

「グオオオオオオオ!!」

 

 首を振ってそれを振り払おうとするが、雷河の力ではそうそう振り切ることは出来ない。ならばと首を伸ばして噛み付いていき、痛みを与えることで振り切ろうとする。

 その際も足は地面を何度も踏みしめており、小規模な地震が繰り返される。

 この状態ならば完全に剣士は手詰まりだ。

 優羅のようなガンナーしか攻撃することが出来ない。

 

「…………」

 

 滅龍弾は使い切ったため、貫通弾へと切り替わっている。使用するのはLv3。出し惜しみはしない。ラオシャンロンに出し惜しみなどする意味すらない。甲殻が剥がれ、肉が露出している場所を狙い、引き金を引いていく。

 嵐で視界が悪いが、それでも優羅はその場所が見えている。やはり驚異的な視力だ、と自分でも考えてしまうほどだ。

 後ろでは翡翠とシェリルが再び笛を吹き、ガンナーたちを支援していく。

 空では雷が轟き、時折ラオシャンロンへと落ちていく。どうやら誰かが雷を呼び出しているようだ。微かな粒子が操作されている気配がする。

 

「グオオオオオオォォォォォォォン!!」

 

 耳を劈く咆哮が響き渡り、ラオシャンロンは大きく首を振ってゆっくりと立ち上がる。

 その巨大さは圧巻。

 見上げても頭が見えないほどだ。視界の悪さも相まってその足ぐらいしか見えない。

 

「グオオオオオン!!」

 

 その右足がゆっくりと持ち上げられ、更に粒子がその足に集まっていく。

 

「っ、離れろぉ!」

 

 翡翠がそれに気づいて周りのハンターたちに叫ぶ。一斉に周りのハンターたちがラオシャンロンから更に離れた時、勢いをつけて右足が地面を踏みしめる。

 

 「天災」と称されるラオシャンロンが巻き起こす地震。

 

 それはその場にいたハンターたちをことごとく足を止め、更に大地の粒子が反応を起こし、地面から槍のような突起が次々と突き出してくる。それは逃げ惑い、動きを止められたハンターたちを貫き、打ち上げていく。

 

 

 古龍種は粒子を感じ、操作することが出来る。

 

 そんな研究発表がされたことがある。

 魔族と同じく、長い時を生きる彼らだってそれが可能なはずだ、という研究だ。他のモンスターたちと違い、様々な特殊能力を持つ彼らは、粒子を取り込んで新たなる力を得たのではないかという推測が成された。

 そしてそれはほぼ「真」だという結果が出た。

 魔族の研究員が古龍種と対面し、彼らの周りの粒子を操ったことがあることを視たのだ。クシャルダオラ、テオ・テスカトル、ナナ・テスカトリ、キリン、オオナズチはほぼ間違いなく粒子を操っている、という結論が出された。加えて長い時を生きた個体は魔力までも内包しており、G級に至っては知能が発達し、自然魔法まで行使する可能性まで出てきたほど。

 そしてラオシャンロンもまた退化はしているが、大地の粒子を操作するのではないか、という仮説がなされた。山の中で永い眠りにつき、周りの鉱石などを取り込んで甲殻を硬くしていく彼らは、鉱石に含まれる粒子も体の中に蓄積していく、と考えられた。

 だがラオシャンロンはただ移動をするだけであり、自分から攻撃を仕掛けることは稀なので、その様子を見たものはいないため、仮説に過ぎなかった。

 

 だが今、その仮説は真実を帯びた。

 

 

「グオオオオオォォォォ!!」

 

 左足も持ち上げ、体から粒子が放出されて足へと集まっていく。ハンターたちだけでなくアイルーたちも逃げ出し、左足が地面を踏みしめる。右足の時と同じように地震が発生し、地面から突起が突き出されていく。

 

「お、終わりだ……」

「ラオシャンロンがこんな……無理だ……」

「人に勝てる相手じゃねえ……」

 

 ハンターたちの中で絶望がまた生まれていく。

 ラージャンとクシャルダオラが味方だという結果が出て一時は落ち着いたが、ラオシャンロンがあのような攻撃を開始したことで、また絶望が鎌首をもたげる。

 

 闇というものはその場に篭るのだ。

 

 一時は消え去ろうとも、きっかけさえあればまたその場に蔓延する。人の心に作用し、何度でも負の感情を与えていく。絶望の中で希望を見たとしても、何かを引き金として希望が覆い隠され、再び絶望が包み込むことはよくある話だ。

 それが今、この場所でも発生している。武器を手放し、うなだれるハンターたちが続出し始めた。

 

「おい、お前たち! まだ戦いは終わっていないぞ!?」

 

 ギルドナイトがそう声をかけるも、ハンターたちは死を受け入れたようにうなだれ、ある者は戦線から離脱するようにどこかへと走り出した。ドンドルマが燃えているため、どこか別の場所へと逃げ出していく。

 

「……ちっ、馬鹿ばかりだな」

 

 優羅が弾を装填しながらその光景を見て舌打ちする。だがこれでまた少ない戦力が更に減ったことになる。ラオシャンロンはまだ直立しており、剣士タイプが踏み込めば、間違いなく振動で止められて踏み潰される。

 アイルーたちも大地の攻撃に巻き込まれないところまで逃げており、爆弾による支援も望めない。

 雷河が雷の弾とビームを用いて攻撃を仕掛け、風花が空から変わらずブレスを撃ち出して攻撃しているし、魔法使いが落雷でダメージを与えている。それらは確かに通用しているし、優羅の目にもラオシャンロンの生命力が減少しているのが視えている。

 だが同時にラオシャンロンの中から怒りの色合いが強まり、古龍種としてのプライドが燃え上がっているのを感じていた。同時に周りの闇を取り込み、黒さが混じり始めているのを感じている。

 このままでは狂化竜に変貌する可能性がある。そうなれば待ち受けるのは――

 

 

 ――全滅。

 

 

 その言葉が頭に浮かぶ。

 隣にいる昴に目を移す。そこには、何か決意を固めたような顔をした昴がいた。

 

「……昴?」

「…………」

 

 昴は何を思ったのか鬼斬破をしまい、ローブから白猿薙【ドド】を取り出した。それを回転させて冷気を生み出し、それを操り始めたのだ。

 

「微かなものでもいい。とにかく攻撃だ。魔法使いならば、未熟だろうが攻撃できる。そうだろ?」

 

 だが未熟なものが魔法を行使するのは少し危険な行為でもある。下手をすれば命を縮めるのだ。

 

「元より覚悟の上だ。ハンターたるもの、そこに希望があるならば、戦いをやめることは出来ないと思う」

 

 そして、昴は微かに目を閉じ、呟くように言葉を紡ぐ。

 

「恐れず行動しろ。出来ないことが恥じゃない。行動しないことが恥だ」

「……っ、その言葉、は……!」

 

 記憶を失っているはずなのに、何故この言葉を知っているのか。しかし昴は微かな微笑を浮かべて優羅を見る。

 

「誰かが言っていた気がする。何故か頭の片隅に残っていたんだ」

「…………そう、ですか」

 

 そんな昴を見て、優羅もまた微笑を浮かべた。

 それは彼の父親の言葉。そして彼を支えた言葉。

 だからこそ記憶を失っても、その言葉だけが残ったのだろう。

 ならば彼をとめることはしない。それは彼の志に異を唱えることだから。

 またいつもの表情に戻り、貫通弾Lv3を装填する。カンタロスガンを構え、昴に頷きかける。

 

「……ですが、無理はしないようにしてください。いいですね?」

「ああ、わかっているよ」

 

 冷気を凝縮させていき、いくつかの氷柱を形成させていく。

 こんなものが攻撃に成り得るのだろうか。そんな不安が生まれていく。

 だがやらないよりはましだ。元よりダメージはそんなに期待していない。ただハンターとして、攻撃する手を止めるわけにはいかない、というハンターとしてのプライドがある。

 記憶を失おうが、自分はハンターなのだ。

 強大な敵を打ち倒し、絶望を取り払う。

 そのために戦う。

 そんな二人を見て、翡翠は笛から口を離す。人間の昴がそうするならば、魔族として、同じ未熟な術者として、やらないわけにはいかないだろう。

 

「……シェリルさん。笛の支援、頼みますわ」

「おっけ~♪ 任せてね」

 

 ブラッドフルートをローブへとしまい、ローブの中からいくつかのネックレスやブレスレットを取り出していく。

 それを体につけていき、つけられている宝石が微かに光った。翡翠がそれなりに大きな魔法を行使しようと思ったら、これらの支援が必要となる。

 弟は魔法に秀で、翡翠は体術に秀でている。お互いに相反する才能を手にしたが、羨むことはすれ、憎むことはない。これは何かの兆しなのだろうと思うことにした。

 体術に秀でた翡翠は両親についていき、その在り方を見続けていつか自分もそう在りたいと願う。それは亡くしてしまった今もまだ変わることはない。

 

「……さて、いきますかねぇ」

 

 大きく息を吸って意識を集中させると、それぞれの宝石が少しずつ光を放つ。それを感じ、己の中の魔力を引き出していく。

 

「そこにいるお前ら! あぶねぇから横に離れとけ!」

 

 自分の前にいるハンターたちを横にどかすと、右手を前に出し、左手で支える。

 横では昴が氷柱を射出していき、優羅が貫通弾を狙撃し始めている。その中で翡翠は右手に意識を集中させて力を集めていく。

 丁度嵐が巻き起こっている。これを利用しない手はないだろう。嵐のエネルギーを右手に集めていくと、水と風の粒子が収束していく。

 行使するは水と風のニ属性。

 ただ吹き荒れるだけの嵐を、攻撃エネルギーへと換えていく。だがこれだけの規模の自然を操ろうと思ったら、それ相応の対価が必要。だからこそのこれらのアクセサリーが必要となってくる。

 その支援があったとしても、才能のない翡翠には苦痛が襲い掛かる。頭痛が響き、体の節々が悲鳴を上げていく。

 

「翡翠さん……」

「おう、桔梗か。すまねぇ、ちょいと体支えてくれ」

 

 先ほどまで狂気に駆られていた桔梗が心配そうな雰囲気で翡翠を見上げている。しかしその表情は、その雰囲気に反して微かに笑顔が覗かせている。やはり彼女はまだ完全に喜怒哀楽を取り戻していない。

 そういう雰囲気などは見せるが、表情が合わない。それが彼女が壊れている証。

 翡翠に頷くと後ろに回ってその背中を支えてやる。

 

「で? 何とか落ち着いたか?」

「……はい、申し訳ありませんでした」

「そうか、それならいいんだ」

 

 にっと肩越しに笑いかけると前を向いて右手に力を集めていく。だが桔梗は少しだけうつむいてそっと翡翠の背中に頭を預ける。

 

「……どうしても、抑え切れないんです。……すみません」

「……いいさ。お前が無事でいてくれればそれでいい。生きてくれていたら、いつかお前はそれが治ると信じているからな。俺はそう信じている。だから何度だってお前を助けてやるさ」

「……ム、さん」

 

 微かに顔を上げるが、翡翠は前を向いたままだ。右手には嵐のエネルギーが収束して球体となり、いつでも撃ち出せる状態にある。

 大きく息を吸い、振り返らずに笑みを浮かべ、後ろで見上げているであろう。桔梗に言葉をかけてやる。

 

「生きろ、桔梗。俺はいつだって隣にいてやるから」

 

 それを伝えると、嵐のエネルギーが勢いよく撃ち出される。それは光線を思わせ、ラオシャンロンの右肩へと着弾する。

 だが反動はある。

 右腕、右肩へと痛みが走り抜けるが、左手で支えて歯を噛み締める。更に自分の力量以上の魔法を行使したことで、体の節々が切れそうな痛みが走る。

 

「が、ぐ……!」

 

 しかし気力でそれを押さえ込んで耐えてみせる。

 

「ひ、翡翠……!?」

「……おう、俺は大丈夫だぜ、空夜。お前もお前でそのまま続けとけ」

 

 口から血を流し、顔をしかめながらも翡翠は笑っている。これだけ反動を起こすのだ。魔法というものはただ便利なものではない。

 己の力量を無視した力の行使は体を傷つける。

 これは魔法だろうがそうでなかろうが当然の理。

 しかし人族とは、生物とは時にそれを無視してでもやらねばならないときがある。

 それが昴にも何となくわかったために、それ以上何も言えずにいた。

 

「グオオオオオオン!?」

 

 反対側でも魔法使いが己の命を削って魔法を行使し、両側から多大なダメージが与えられる。体を揺らし、何とか射程外へと逃れようとするが、その巨大さは充分に的になる。

 その目がギロリと地上にいる者たちを見回し、大きく息を吸って辺りに響き渡る程の咆哮を上げるが、距離を取っている上に嵐が咆哮を少しかき消してる。しかしそれでも生き物としての本能からくる恐怖が体に湧き上がってくる。

 

「ぐ、ぐぐ……」

「うおおぉぉ……!」

 

 昴と翡翠も歯を食いしばって恐怖に抗い、魔法を行使し続ける。ここで止めるわけにはいかない。攻撃の手を止めれば、それだけ時間が延びるのだ。

 そして雷河も力を溜めて跳躍し、その顔目掛けて拳を振り上げる。

 

「グ、ガッ……!?」

「ウオオオオオン!!」

 

 そのまま首に腕を巻きつけて後ろに回り、締め上げようとしたが、惜しくも腕の距離が足りない。ならばと雷エネルギーを溜め込んでいき、自分もろとも感電させることにした。

 

「グオオオオオオン!!」

 

 直立したまま動きを止められるラオシャンロンの前を、二つの人影が舞い上がっていく。それはセレスティアとセレスタイト。その影を見た風花が二人が何をするのかを推測し、嵐の勢いを少し弱めることにする。

 見ればドンドルマの火の手も落ち着きを見せ始めていた。風の勢いを弱めるくらいならば問題ないと考える。

 

「そこのラージャン! 私の言葉が通じるなら、ラオの顔を上に持ち上げて!」

「……」

 

 雷河はちらりとラオシャンロンを見た後、腕を巻きつけたまま体を捻り、その顎へと蹴り上げて仰け反らせる。そのまま首を一周しつつ上に上がり、顔を掴んで仰け反らせたままにしておく。

 

「グ、グオオオオォォォ!?」

「ホントに通じてるし……」

 

 提案したセレスティア自身が驚いていたが、気を取り直して隣にいるセレスタイトに視線を向ける。その視線を受けてセレスタイトは頷き、二人は同時にダブルセイバーを剣へと変形させる。

 

「セレスタ!」

「姉さん!」

 

 手を繋いで剣を頭上へと打ち合わせ、鬼人化を発動させる。赤いオーラを纏い、ラオシャンロンの上空へと移動し、勢いよく滑空しながら柔らかい部分に入る顎から首、胸から腹へと高速で乱舞していく。

 二人が通った後は鋭い傷跡が走り、赤い血が一気に噴き出していく。

 

「グオオオオオオオォォォォォォォォ!?」

“おうおう、こういうのは有翼種ならでは、だな。流石だぜ”

“じゃあ、その傷を抉るとしましょうか”

 

 風花がラオシャンロンの前へと移動し、口元に風のエネルギーを集めていく。狙う場所はあの姉弟がつけた傷。未だに雷河がラオシャンロンの顔を掴んで押さえつけており、それから逃れようと首を動かそうとしている。だが押さえつけられた力は強く、しかも足も使って首を押さえつけている。

 両腕は時折雷が走り、ラオシャンロンの首に電気エネルギーを流し込んでいた。それがラオシャンロンの動きを更に封じており、ただ地面を踏み鳴らすだけに終わる。

 

「……もうすぐ落ちる」

 

 優羅がそんな呟きを漏らした。

 だがそれは昴と翡翠の耳にも届いている。

 

「……だったら、これが最後の一撃にしよう……!」

 

 そう決めた昴は右手を前に出す。何をするつもりなのか、と優羅が昴を見ると、その紅い目が大きく開かれる。

 なんと昴は翡翠と同じ構えをしており、同じように右手に力を集めていた。

 

「……な、や、やめてください! あなたがそれを行使しては……死ぬ気ですかっ!?」

「だとしてもやらねば……!」

「そうだ、昴! 支援なしでそれを使うな!」

 

 偽名で呼ぶ事を忘れ、翡翠も昴を止める。だが昴は顔をしかめながらもどんどん力を溜めていく。どうやらやめる気はないようだ。

 

「ちぃ……桔梗! ローブからアクアマリンとサファイアのネックレスを出せ! せめてこれは付けさせろ!」

「は、はい……!」

 

 うなずいた桔梗が翡翠のローブの中に手を入れ、その二つのネックレスを取り出した。

 

「おい、昴! そのままそれを使うってんなら、これは付けろ! でなけりゃ死ぬぞテメェ!?」

「……っ!」

 

 優羅がカンタロスガンをしまい、桔梗に駆け寄ってそのネックレスを引ったくり、すぐに昴にかけてやる。すぐに宝石が光り、昴を淡く包み込んでいく。

 その背に回って桔梗と同じようにその体を支えると、昴が微かに笑みを浮かべる。

 

「……すまん」

「……いえ、どうせ止めても聞かないでしょう? だったらアタシが支えます。あなたを死なせるわけにはいきませんから」

 

 そして昴の右腕を取り、そのまま方向を修正させる。彼女の瞳の赤みが深くなっており、じっとラオシャンロンを見据えていた。

 

「……ここです」

 

 彼女の目には今から撃つものが一番通用する場所が見えている。だからその場所へと昴を導いた。そして昴の腰に左腕を回してしがみつき、昴の右腕を右手で支える。更に自分の体を昴の背に密着し、右肩からラオシャンロンを見据えて昴に己の魔力を流していく。

 突然の優羅の行動に驚いた昴は微かに優羅に振り返る。

 

「……あなただけ傷つくことは許しません」

 

 自分の魔力を昴の魔力と同調させていき、二人の中で繋がりが生まれる。体を密着させているのはその繋がりをより強固なものにするためだ。

 これによって二人分の力が集まり、これから撃ち出される攻撃が強くなるが、その反動は二人に返ってくることになる。

 一人で受ける痛みが二人に分かれる、という点ではいいことだが、昴はどこか心配そうに優羅を見つめている。

 

「……大丈夫です。さあ、集中を。……アタシが気になる、というのならば、攻撃をしなければいいじゃないですか」

「……わかった。このまま続けよう」

 

 昴が引かないというのならば、優羅も引く理由がない。決意を固めて昴は前を向き、右手に冷気を集めていく。二人の気が混ざり合い、より力が収束したそれは大きな力を放っている。

 

「やるな、あいつら。さすが、といったところか?」

 

 その力は翡翠も驚くほどのもの。初めてのことだというのに二人の繋がりは少しずつ強くなっていく。元から二人の絆は強いものだったために、精神の繋がりは優羅の調整ですぐに繋がった。

 いったい誰に教わったのか、それとも本で知ったのか。気になるところだが彼女は黙して語ることはないだろう。

 

「くっ……」

「……っ」

 

 集まっていく力に比例するように二人に痛みが走っていく。だが翡翠はこれを一人で受け続けている。魔族としての強固な体だから未だに耐え続けているだろうが、人族の体である昴には、これだけでもかなり痛みが走っている。

 だがそれは同時に優羅にもかかっているはずだ。だから泣き言は言っていられない。

 おまけに頭痛まで発生し始めた。じんじんと痛む頭を押さえたいほどだが、右腕を支えているために押さえることは出来ない。

 

(……なんだ、これは?)

 

 ふと、痛む頭の奥から流れ込んでくる映像がある。

 焼けていく村。

 逃げるために走る三人の子供。

 黒い髪をした少女と、紅い髪をした少女。

 

 

 紅い髪の少女と二人で生き続けた幼少時代。――独りで生き続けた幼少時代。

 二人で協力してモンスターを狩り続けた。――たった一人でモンスターに立ち向かった。

 二人で組み手をして体術を磨いた。――獅鬼に教えを受けて体術を磨いた。

 

 

 狂化竜ともう一人の幼馴染を探すために旅に出た。――あてもなく独りで旅に出た。

 とりあえずドンドルマに向かって情報を求めた。――何気なくドンドルマを目指した。

 

 

(俺の記憶……。そして……優羅の記憶……?)

 

 二人は今繋がっている。だからそういうことが有り得なくはない。

 だが忘れ去られた記憶と共に、優羅の記憶が流れてくるとは……。

 

「…………」

 

 優羅は何も言わない。もしかすると、彼女も昴が忘れてしまった記憶を見ているのだろうか。

 

 ――ドンドルマに辿り着いた。

 ――心は揺らがず、涙も忘れ去った。

 ――だが、あの日、数年ぶりの涙を流した。

 ――揺らがない心を揺るがす歌を聴いたからだ。

 

(歌……?)

 

 優羅はどこにいるのだろうか。

 絶対に生きているはずだ。

 そんな事を目の前の少女と話す。

 あの日から行動を共にしている紅い髪をした少女。

 顔にもやが入り、その表情が見えない。

 

(そうだ、この人は……この人の、名前は……)

 

 右手に集まる力が最大限に溜まり、いつでも撃ち出す体勢に入る。今まで以上の体の痛みと頭痛がしたとき、何かが頭の中で弾け飛んだ。

 鮮明になっていく記憶の中の光景。

 幼い頃の二人の顔を思い出す。

 暮らしていた村を思い出す。

 

 そして、あの少女の顔と名前も、思い出す。

 いつも一緒にいて、笑顔を見せていたあの少女の名は……!

 

(竜宮……紅葉……!)

 

 その名を頭の中で反芻すると同時に、昴の右手から収束した冷気の光線が撃ち出された。それは真っ直ぐにラオシャンロンを目指し、優羅が見据えた有効箇所へと着弾する。

 

「グオオオオオォォォォォ!?」

 

 同時に風花から放たれた風の光線が放たれ、姉弟がつけた傷を抉り取っていくようにラオシャンロンの胸へと着弾する。

 その風の光線は吹き飛ばす力ではなく、幾重も編まれたカマイタチが一つに収束したものであり、抉り取ることに関しては最も適しているものだった。

 これによって先ほど以上に傷が広げられていき、おびただしい量の血があふれ出してくる。

 

「グオオオオアアアァァァ!? ガアアアアァァァァ!?」

 

 そしてとどめとして雷河が口元へと溜め込んだ力を解放しつつ、ラオシャンロンの首を軸に回転して跳躍する。風花とはまた別の傷を狙って雷の光線を撃ち出し、地上へと落ちていく。

 魔法使い、ガンナー、そして雷河と風花。

 全ての力が一つとなり、ラオシャンロンを支える足の力が弱まっていく。

 

「グウウゥゥゥォォォ……」

 

 ぐらりとその巨体が揺らぎ、膝が折れたことでその首が地上を目指して落ちていく。落下地点にいた者たちが慌てて避難していくと、鈍い振動を立ててラオシャンロンが地面に沈み込む。

 その目に宿る生気は消えていき、やがて呼吸が停止した。

 

 

 あのラオシャンロンが、討伐されたのだ。

 

 

 冷気、雷、嵐、風などの力を受けた場所にはその証が刻まれており、首から腹にかけては姉弟がつけた傷が走り、胸に至っては風花によって傷が広げられている。

 背中や体のあちこちは爆弾によって甲殻が弾き飛ばされ、武器によって剥がされて肉が露出し、そこからも血が流れ続けている。

 何一つ欠けることなければ、他者を圧倒する生命力を持つラオシャンロンを討つことなど出来はしない。

 絶望の中で希望を見た者たちが最後に集まらなければ、この結末に至ることなど出来はしない。

 

 

 勝利とは、最後まで諦める事をしない者だけが得ることが出来る勲章。

 

 

 そして今、それを実感し始めた者たちが体を震わせ、勢いよく天へと拳を突き上げていく。

 

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 ラオシャンロンとはまた違う咆哮が辺りに響き渡っていく。声を上げることが出来ない者たちはただ地面に座り込み、空を仰ぎ見るだけだ。

 様々な形でハンターたちが勝利を噛み締めている。

 

「……終わった、か……」

 

 翡翠が呟くと、ずるずると地面に座り込んでしまう。それを桔梗が支え、膝に頭を乗せてやる。その口からは血が流れ、顔色も悪い。明らかに無理をした者の顔だ。

 身につけているアクセサリーの宝石も微かなヒビが入っているものまである。

 

「お疲れ様です……」

「おう、少し、休むわ……」

 

 微かに口元を緩ませると、翡翠は意識を手放した。

 

 そしてこちらでも昴が右腕をだらんと下げ、そのまま体を揺らがせて地面に倒れていく。慌てて優羅がそれを支えようとするが、自分もまた反動がきているため、支えきれずに昴の上へと倒れこんでしまった。

 

「……っと、大丈夫か?」

「…………あなたこそ、大丈夫なんですか?」

 

 目を細めてじっと昴を見つめながら問いかける。優羅の事を心配するのはいいが、自分の心配もしろ、という口には出ない言葉の訴えである。

 

「ああ、俺は大丈夫だ」

「……そうですか」

 

 そのまま二人は見つめあったままだ。優羅は昴の上から下りる様子がない。どうしたものか、と昴が考えていると、微かに紅い目が細まる。

 

「……記憶、戻ったのですか?」

「ああ、なんとか、な。まさか反動で思い出すとは思わなかったが……」

「……アタシの記憶も、見ました?」

 

 その事に昴が言葉を詰まらせる。それが答えになってしまった。

 優羅と繋がったことで記憶までも共有してしまった。未だに頭の中で再生できるほどのものだった。

 遠い昔の優羅の幼少時代。ずっと独りで過ごしてきたという彼女の日々が、断片的ながらも見てしまった。

 どうしたものか、と考えていると、優羅の手が優しく昴の頬を優しく撫でていく。

 

「……見てしまったからには、仕方ないですね。アタシも昴の記憶も微かに見てしまいましたし……いいです。しょうがない、と割り切ることにします」

「いや、しかし……いいのか?」

 

 あんなものを勝手に見られて気持ちのいいものではないだろうに。

 だが優羅は気にしない、と口にしながら優しく撫でていく。疲れた昴を労わるような手つきだった。

 

「……そんなに気になります?」

「そりゃな……。あんな記憶、知られたくなかったんじゃなかったのか?」

「……まあ、それは否定しませんが……。……わかりました。昴には対価を支払っていただきます」

 

 等価交換。

 そう提案されれば昴に拒否、という選択肢は浮かばなかった。

 

「わかった。何を支払えばいい?」

「…………」

 

 その言葉に微かに笑顔を見せると、そのまま優羅は昴に顔を近づけていく。

 

 気づいた時には、その唇が重ねられていた。

 

「っ……」

「ん……んぅ……」

 

 最初はただ重ねるだけだった。

 だがいつしかそれは熱を帯び、深いものへと変化していく。

 

「ちゅ……くちゅ……ん、んん……」

 

 いつの間にやら舌まで入り込んでいた。だが熱さと同時に優しさまで感じられるキス。

 ただ無理やりでも激しくするのではなく、少しずつ深みを増していくもの。入り込んだ舌も優しく昴の中で動き、二つの赤が絡み合い、水音を立てていく。

 昴はただそれを受け止めるだけだ。微かに目を開けると、優羅もまた微かに目を開けており、至近距離で瞳が交差する。

 

「……ちゅ、はぁ……」

 

 優羅が離れていき、二人の間には銀の橋が繋がっている。それは優羅の赤い舌に舐め取られ、そのまま唇をなぞっていく。いつも無表情だった彼女の顔には赤みが差し、どこか色っぽさを感じさせる。

 

 妹のように感じていた少女は、いつしかこれほどまでに艶やかな女性へと変化していた。

 

 成長したな、と前に感じていたが、それ以上に優羅は変わっていた。

 あの時酒によって紅潮した顔を見たときも心臓が高鳴ったが、今回はそれ以上だ。

 

 今昴は優羅を「妹分」ではなく、一人の「女」として見ている。

 

「……対価、確かにいただきました」

「……お、おう……」

 

 そんな言葉しか漏れてこない。

 だが優羅は微かに笑顔を見せ、昴の頬をまた撫でていく。

 

「……すみません。こんなこと、ホントはするつもりはなかったんですけど」

 

 そこで目を閉じて呼吸を落ち着かせる。そして顔を上げ、じっと昴を見据えて彼女は言葉を紡いでいく。

 

「……でも、無理ですね。あんなもの見せられては押さえられませんよ」

「え……?」

「……紅葉はずっとあなたの傍にいた。アタシはずっと一人だった。……ずっと会いたかったんですから、昴……」

 

 その告白に昴は黙り込むしかなかった。

 紅葉がそうであるように、優羅もまたいつも昴の近くにいた。

 いつも昴の後ろをついて来ていた。

 だからずっと一人で過ごすのは、どれほど心細かったことだろうか。

 

「……アタシは……、アタシは――」

 

 そして優羅はこの言葉を口にする。

 

 

「――あなたを愛しています」

 

 

 その告白は、どれだけの勇気を必要としたのか。優羅の顔は先ほどよりも赤く染まっているような気がした。

 無言の時間が続き、昴は唾を飲み込んで返事をしようとする。

 だがそれを遮るかのように優羅の指が昴の唇に当てられる。

 

「……返事は今は聞きません。そんな状況でもないですから」

「しかし……」

「……ただ気持ちを伝えたかっただけです。……すみません、アタシの自己満足ですね」

 

 ふっと笑うと、そのまま昴の上から離れ、隣に腰掛ける。続いて昴が起き上がり、優羅を見つめる。

 彼の顔はまだ少しの驚きと、少しの戸惑いが含まれていた。それは優羅にもわかっていること。それでも言わずにはいられなかったのは、それだけ自分の中で押さえ続けたものが噴き出してしまったということ。

 

「……でも、今の言葉はアタシの本心です。全てが終わった後、また返事をお願いします」

「……わかった。いつか、返事をする」

 

 それは約束。

 今はそれだけでよかった。優羅はうなずき、昴から視線を離してぼうっと平原を見つめる。

 そこには先ほどまでの艶やかさはなくなり、いつものような優羅に戻っている。しかしそれでもどこか、嬉しさがにじみ出ているのは気のせいだろうか。

 それがわかるほど、昴は優羅が変化しているのを感じていた。

 仮面をつけ続けた彼女は今、年相応の少女に戻りつつある。

 あの告白やキスだって、再会した頃の優羅ならば絶対にすることはないだろうと思う。ここには周りにまだハンターたちという人の目があるはずだ。

 だというのに、彼女はそれを行った。

 微かに舌を出して唇を舐めてみる。まだそこは熱を持っている。

 

 驚きのアプローチだ。

 紅葉だってこんな真似はしなかったというのに。それだけ昴の心を揺さぶるものだった。

 

 紅葉の気持ちは何となく気づいている。

 そして今、優羅の気持ちも知ってしまった。

 自分はいつか、どちらかを選ばなくてはならないだろう。

 

 選べるのだろうか。

 

 そんな気持ちが持ち上がってくる。

 

 ――否、選ばなくてはならない。

 

 その決意をし、今はただ休むことにする。

 もう疲れがたまっている。体もボロボロだった。

 

 昴はそのまま組んだ腕に顔をうずめ、目を閉じて意識を手放した。

 

 少しして眠った昴に気づいた優羅が、その肩に頭を乗せて眠り始める。

 

 こうしてドンドルマ平原の戦いは集結する。

 そしてハンターたちはひと時の休息を得ることとなった。

 

 

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