それぞれの再会から数分後、昴達は一端その場を離れる事にした。治療を受けているハンター達から数十メートル離れ、これからの会話を聞かれないようにする。
しかしまずはこの再会を喜ぶべきだろう。この再会に水を差すのは野暮というもの。
まずはこちら、昴達。
紅葉が泣き止み、そして右腕に巻かれている包帯を見て一体どうしたのか、と問いかけた。ラオシャンロン戦にて無理して魔法を行使した反動だと説明したが、紅葉は一瞬信じられないといった反応を見せる。
それは当然の事だろう。昴は魔法の才能はあるが、それでも初級から中級未満しかない。紅葉も似たようなものであり、魔法なんて補助にしか使うことはない。
それをまさか冷気の収束砲を撃つなんてもっての外だ。力量以上の魔法を使った反動を紅葉は心配する。もちろんその点に関する説明もした。優羅がその半分を引き受け、そして収束砲のアシストをしたと説明する。しかしそれでも砲台となった右腕に掛かる反動は大きく、この状態となった。
「それでも無茶しすぎじゃないの?」
「まあ、しょうがないさ。それに、撃ったからこそ俺は記憶が戻ったしな」
「……は? 記憶ってどういうこと?」
「…………昴は記憶を失っていた」
その言葉に紅葉は沈黙して固まってしまう。口にした優羅は相変わらずの無表情だったが、昴は少し困ったように微かに視線を逸らしてばつが悪そうな苦笑を浮かべた。
「……あの時落下した際にな……」
それから昴による説明が再び行われる。岩肌に頭を打ちつけた衝撃による記憶喪失。クロムと桔梗によってポッケ村に運ばれて手当てを受け、そしてポッケ村の滞在を決めた事。その後のポッケ村での出来事など順を追って説明すると、「そう……」と小さく呟いて俯いた。
しばらくそのままでいたが、不意に昴の胸へと両手を叩きつける。しかしその力は弱々しいものだ。いつものように頬を殴り飛ばすとかそんなものではない。少女のように、子供のように、言葉もなくただその胸へと何度も叩き続ける。
「……心配、したんだから……」
「……すまん」
また泣きそうになっている紅葉に謝りながら頭を撫でてやる。心配かけたのは本当だし、紅葉が本当は寂しがりやの小さな少女なのは昴も重々知っていること。またそうやってしばらく胸元で体を震わせている紅葉を撫でている昴を、優羅は無言でじっと見つめている。相変わらずの無表情だが、微かに目が細められている。更に若干陰がかかっているような気もしないでもない。
わかる人にはわかるだろうが、かなり限られるだろう。それほどまでに微かな変化だ。
しかし優羅は何も言わないし、行動を起こさない。紅葉がそういう人だというのは優羅もよく知っているし、こうなった場合の対処の仕方も知っている。根本的に寂しがりやで泣き虫なのは変わっていない、という事に関しては少し驚いたが、「ああ、変わってないな」という気持ちも優羅にはあった。
だがそうなると紅葉が抱えているトラウマも変わっていないんじゃないか、という想像も浮かび上がってくる。
「……紅葉」
「……?」
小さく呼びかけると、少し潤んだ青い瞳を動かして優羅と視線を合わせた。そんな彼女に表情を変えずに静かに問いかける。
「……トラウマ、発動した?」
「ああ、うん。出ちゃったみたいね……」
その答えに昴と優羅はやっぱりか、と嘆息する。昴の胸からそっと離れ、紅葉もまたあれからどうなったかを話し出した。
自分は精神世界で閉じこもり、子供の頃の思い出を何度も何度も繰り返して眺め続けていた事。二人が死んだかもしれない、という現実を受け入れたくなくてずっと子供のように膝を抱えて考える事を放棄してしまった事。
その間の事は、ライムとシアンから何があったのかを聞いていたので説明することは出来た。ゲイル達の襲撃の間も自分の中に閉じこもり、何の助力も出来なかった事は申し訳なく思っている。目を覚ました時も泣いたが、あの一件はそれ以上にシアンを随分と泣かせてしまったらしい。
月が連れ戻すまでの間話すことも出来ず、シアン達の手を借りなければ食事も出来ない状態だったらしい。それだけ彼女達に迷惑をかけてしまったということのようだ。
「やっぱりそう簡単には消えない、か」
「うん……そうね」
紅葉も少しは心を強くしようと努力している。しかしあの時はそれをも霧散させるような衝撃だった。昴だけでなく、ずっと捜し求め、久しぶりに会った優羅までもが死んだかもしれない、という衝撃が紅葉を貫いたのだ。10年ぶりに再会した数日後に死んだ、ともなれば、その衝撃は推して知るべし。
今の紅葉の性格は元々あった性格を覆い隠すように作られた外壁のようなもの。10年近くも形成されたものだが、その衝撃はそれを容易く打ち壊してしまう程に強いものだったのだ。
逆に言えば優羅もまた紅葉にとって昴と同じく大事な人という事になる。10年も会っていない、という事なんて関係ない。いや10年も会ってなく、探し続けた人だからこそ大事なのだ。
「だから……もうどこにも行かないで。優羅も、お願い……」
「……善処する」
そっと目を閉じて静かにそう言った。
ポッケ村からずっと昴から離れずに行動した優羅だ。元よりこの一件が終わった後も昴と共に行動する事を決めていたので問題ない。記憶か戻った今でもその心は変わっていない。
善処する、と口にしているが、紅葉が加わったところで同じように変化はない。つまりは素直じゃなかった。また泣きそうになっている紅葉は気づいていないが、チラッと横目で優羅の様子を見た昴は何となく気づく。
あの頃に比べて随分と変わった優羅だが、紅葉と同じく根本的なところはあまり変わっていないんじゃないだろうか、と昴は考えている。後ろをついてくる妹のような優羅は、自惚れでなければ自分達のことは大事に思ってくれている、と彼は思っている。
実際共に行動するのを避けていた優羅が記憶を失ったとはいえ、自分の事をあれほどまでに献身的に尽くすはずもない。……今となっては惚れていたから、というのもあったんじゃないだろうかとも考えられるが、大体はそんな感じじゃないだろうか。
そして意外と素直じゃない、というのも何となくわかってきた。以前のディアブロス戦でも似たようなやりとりをした事があるので、そうじゃないかと考えたのだ。
かと思うと、随分素直な部分もある。少なくともポッケ村からの日々は素直だったんじゃないだろうか。素直なのか素直じゃないのか……少しわからなくなる昴であった。
そしてこちら、ライム達の場合。
兄弟の再会は昴達に比べると少しばかり軽いものだった。それはクロムがあっさりしている、というのがあっただろう。ライムも涙目になりはしたが、泣くほどではなかった。泣いているのはその様子を見守っていたシアンだけだった。
改めて兄弟が向かい合うと、あれからどうなったのかを話す事になる。
「……というわけで、俺はポッケ村に滞在していたってことだ」
「そんなことが……」
小さく頷きつつ視線を動かすライムとシアン。そこには変わらぬ様子で微笑を続ける桔梗がいる。とても綺麗な微笑みだが、気づく人は気づくだろう。実際に優羅が気づいてしまった。
しかし普通はこの微笑みが歪んだ微笑みだと普通は気づく事はない。だが実際に桔梗は歪んでいる。というよりも壊れている。二人にとって一歳年上であり、こんな美少女が壊れている、という事実は二人に苦い表情を浮かばせる事になる。
「そんなに気にしなくてもよろしいですよ。
「そう……ですか?」
「ええ。ですので、そんな顔をしないで下さいな」
にこり、と笑顔を見せてそう言われると逆に困ってしまう。だがこのまま苦い顔をしていても話が進まないので、一息ついてクロムへと視線を戻した。彼は腕を組んで少し遠い目をしていた。
「名前を変え、世間から身を隠しての5年。長いようであっという間だったな……。でもお前の事は忘れたことはなかったよ。まさかハンターになってるとは思いもしなかったけどな」
苦笑を浮かべてライムの頭を撫でてやる。男にしてはさらさらで撫で心地のいい淡い緑の長髪は、ひっかかることなくクロムの指を通っていく。その撫で方はライムにとっては懐かしいものであり、思わず目を細めてそれを受け入れる。
しばらく撫で続けるとクロムはライムを見下ろしながらそっと問いかけた。
「で、お前はどんな感じだったんだ?」
「僕はですね……」
両親の死とクロムの行方不明。これらは自分が髪を切ったからだと責めて長髪にしようと決意した事。しかししばらくは気持ちが沈んだままであり、シアンの励ましによって何とか普通に生活することが出来た事。
様々なことがあった。色々本を読んでこれからどうするべきかを考えた結果、ハンターとなってハンターの情報網を利用しようと思い立つ。だがしばらくはハンターになる事が出来ず、体を鍛える事から始まった。そうして今年になってようやく村長から認められ、ハンターになる事が出来た。やがてシアンと月の初めてのチーム戦の時に狂化したドスランポスと遭遇し、昴達と出会った。
それまでの流れを話すとなるほど、という風にクロムが頷く。自分を探す為に危険なハンター界に身を投じたライム。もしその決意がなかったら今もなお自分達はこうして会ってはいないだろう。
またクロムは外見的な変化だけでなく、内面的な変化も気づいている。昔と比べてライムの中にある魔力が多く、そして大きくなっている。それだけでなく、何かが解放されたように感じるのだ。
「……なあ、ライム」
「はい、なんでしょうか?」
「お前、覚醒したか?」
その言葉にライムは驚きを感じたが、すぐに気づいて当然かと納得した。クロムもまた自分と同じ魔族であり、ルシフェルの血統なのだ。内面の変化に気づくのも当然のことだった。
「はい。守る者に覚醒しました」
「……へえ、守る者ねえ。お前らしいっちゃお前らしいけど、そうか……覚醒したのか」
どこか感慨深く呟きながら頷く。
ルシフェル……というより魔族の覚醒とは主に戦いに関わっていなければ起こりえる事はない。ライムは性格上戦いに関わる事はない、と考えていたクロムであり、それは同時にライムが覚醒する事はないだろうと思っていたものだ。
しかしライムはこの通り覚醒し、しかもそれがこのドンドルマの一件で起こるとは驚くべき事である。
だがその覚醒が守る者というのはライムらしい。もしも覚醒するとするならば、シュヴァルツの二つではなく、ルシフェルの到達点に覚醒するのではないかとも考えていたので予想通りといえば予想通りだ。
その結果として、ライムの長所である魔力の容量が封じられた分まで引き出されたことと、本能に刻まれた魔法扱う技術の呼び覚ましがなされることとなる。兄として弟の成長は嬉しく思う。
「お前、これからどうするんだ?」
ライムがハンターになったのはクロムに会う為だ。その目的が果たされた今、そして覚醒した今、これからどうするのか。
その答えは元から決まっていたのだろう。迷いなくライムは答える。
「父さんと母さんの背中を追います。目標ですから」
「……そうか」
微笑を浮かべてクロムが呟く。彼もまた父親の背中を追い続けている。このドンドルマで有名なハンターである二人の両親の事は誇りであり、今もまだ遥かに遠い目標だ。
数々の武器を巧みに操り、守るべき者に迫る敵を引き付けて切り伏せるエメラルド。彼の背中を守りつつ支援し、同時に救出する人達を守る高位の魔法使いミント。
今もなお語り継がれる夫婦のハンター。それだけ二人は世間の人々に知れ渡り、そして積み重ねた功績に合うほどの実力を持っているということだ。そんな二人の背中を追う二人の息子。それぞれ特化した才能を引き継いでいるし、それを上手く扱い、伸ばしていく技術と環境もある。いずれはその背中に届く事だろう。
そしてクロムはシアンへと視線を移す。
「シアン嬢ちゃん、ライムが随分と世話になったな。ありがとな」
「いえ、わたしもライムに結構支えられましたから」
「ううん、僕も支えられたよ」
見つめ合ってそれぞれ世話になったと言いあう二人。妙な感じだが、どこかほんわかと甘い空気が漂っている。その様子をニヤニヤとしながらクロムが見守っている。この二人は昔からいい関係だとクロムは知っている。いずれはくっつくんじゃないだろうかと思っていたので、この流れを眺める分には楽しい事だ。
しかしこのままではいつまで経っても状況が変わらないため、苦笑しながら止めることにする。
「あ~……お前らが仲いいのはわかったからさ、その辺にしとけ。この空気を見せさせられる俺の身にもなってくれや」
「ちょ、兄さんっ!?」
「えへへ~、わたしたちは相変わらずの仲良しですよ~」
少しだけ頬を染めながら笑顔で言うものだから、慌てたライムが更に慌て出す。そういうところも幼い頃に時たま見かけたものだから、また懐かしさが溢れてクロムが笑みを浮かべる。
「そうかそうか。じゃあこれからも仲良くしてやってくれ」
「もちろんです!」
「うぅ……」
この流れに純情なライムは赤面するしかない。まさか久しぶりに会った兄にこういう方面で弄られるとは思わなかった。いや、もしかするとこうなるのも必然なのかもしれない。
兄としては弟の恋愛方面は何より楽しみな事柄なのだろう。純情なライムがどうなっていくのか実に楽しみで仕方がない、という気持ちが伝わってきそうだ。
そこでライムは反撃に出る事にした。チラッと桔梗へと視線を移し、そしてクロムへと問いかける。
「……兄さんは桔梗さんとはどうなんですか?」
「む? 桔梗とか?」
聞かれるのは予想していただろうが、それがまさかライムからとは思いもしなかったのだろう。横目で桔梗を見てみると、変わらぬ微笑で見返される。ただ微笑むだけで何も言わないことから、クロムの答えに任せるということだろうか。
一息ついて頭を掻きつつ、目を閉じてクロムは口を開く。告げられた答えは……。
「……桔梗は俺にとって相棒であり、パートナーであり、だな。5年も世話になってる人だ」
「つまり……?」
「……さて、どうかな?」
肝心なところがはぐらかされている気がするが、桔梗は何の反応もない。否定もしないし肯定もしない。桔梗自身がクロムに対してそんな感情を持っているとするならば、何らかの言葉を口にするだろうが、それがない。
となれば彼女はクロムに対してその感情を持っていないということなのだろうか。そんな気持ちを込めて桔梗を見てみるが、彼女は目を細めて柔らかく微笑んだ。
「ええ、クロムさんは私にとっての相棒ですわ。そしてあの日助けてくれた命の恩人でもあります。……それだけですよ」
そう言う桔梗の様子におかしなところはない。つまりそれは事実なのだろうか。二人が揃って違うというならばそうなのかもしれない。男女がずっと一緒にいるからといって、全てが最終的にくっつくなんてことはない。
だから深く気にしすぎるのもよくないだろう。ライムはそれ以上追求するのをやめた。
それぞれの再会、そして思い出話が終わり、いい頃合だと感じた獅鬼は昴達を呼び集める。全員が集まるのを確認した獅鬼は一度昴達を見回して一息ついた。
「さて、集まったようだな」
相変わらず獅鬼は赤いローブに忍の面・陽をつけたままだ。しかしもう慣れたのか誰もがその事に突っ込む事もない。
「今回の一件で多くの命が失われ、ドンドルマも壊滅状態に陥ってしまった。残念な事だ」
少し渋い声でそう口にする。
現在街には残されている負傷者と死体を回収する衛生兵と、どれだけ壊滅しているのかを確かめるギルドナイトが派遣されている。そのギルドナイトの報告によればこのような状態らしい。
道のほとんどは建物の崩壊による瓦礫や建物自体によって荒れており、通行止め状態になっている道も多数あるという。それは襲撃があったから当然の事だが、ここまでひどい状態になったのは長い歴史の中でも類を見ないだろう。そしてその大半は黒く焼け焦げている。狂化したリオ夫婦の炎によるものだけではない。街を包み込んだ「紅蓮の処刑場」の爪跡が大きすぎた。
焼かれていない場所を探す方が難しいほどに、紅蓮の炎は街を焼き続けたのだ。すぐに風花が雨雲を呼び寄せて消火に当たらなければ、街は完全に炎の海に沈んでいただろう。それほどまでにあの炎は強いものだった。
しかしそれはその魔法の特徴上当然の事である。それほどまでにこの街、そして周辺は負や闇の空気に包まれている。今もなお、その雰囲気が残されているように。
わかる者にはわかる。人々と狂化竜が残したこの空気が異質なものである事を。
わからなくても何となくこの空気を感じる事が出来るかもしれない。これがどれほど冷たく、身を震わせるほどの空気を。
これらは残留している。
しばらくこれは消える事はないだろう。
「だがこれで終わるような事はない。……そうだろう、元復讐者?」
「……そうだなぁ。まだあの人の計画は終わっちゃいねぇよぉ」
その言葉に昴達の視線がゲイルに集まった。これで終わらず、続くようにまた何かが起こるというのか、と不安な表情をする者が数人いる。朝陽側に属していたゲイルは、この先に起こる事を知っていたらしい。低く笑いながらゲイルが続ける。
「今回の件でここには闇が結構充満してるだろうさぁ。だが、あの人はそれだけじゃ終わらせねぇ。実際にこの作戦をやる前に、あちこちに狂化竜の種がばら撒かれてんだ。となれば、次にやる事は一つしかねぇよなぁ?」
「……まさか」
「おうよぉ……各地で狂化竜が一気に出没するってこったぁ。それにより、この中央全土に恐怖と絶望を発生させ、一気にそれらを回収して自身を強化させるって魂胆よぉ」
つまり、実験でばら撒いたものと、その実験の結果を酌んで新たに作り上げてきたものたち全てを解放させ、各地で暴れさせる。これによって一つの地域だけでなく、この中央全てに被害を与えてやるのだ。
ドンドルマを襲撃したのは狂化竜というものを実戦で試す為だけではない。この次に行使する作戦を邪魔されないように、優秀なハンター達を出来うる限り潰す為でもあるのだ。
狂化竜による中央全土の襲撃。これが朝陽が立てた計画の第三段階。
「……なるほど、やっぱりこれはやっかいだね」
口元に手を当て、にが虫を噛み締めたような顔をしながら月が呟く。いくら優秀なハンターとはいえ、一人に出来ることは限られる。狂化竜がどれだけの数で、どこにばら撒かれているのか。その全てが判るはずもない。
順を追って倒していくしか方法はないが、倒したとしても狂化竜が溜め込んだ闇が世界に解き放たれてしまうのは回避できない。光魔法を習得していれば話は別だが、大抵の術者は光魔法を習得していないだろう。つまり、解き放たれる闇を押さえつけ、浄化する事が出来ないのだ。
「各地のギルドに通達し、狂化竜に備えるのが第一だね。後でソルに伝えておくよ」
「うむ。そしてお前達は修行を始めてもらう」
「修行……?」
「そうだ。主に小僧と小娘、お前達は上位ハンターになる為の突貫修行だ」
新米ハンターの二人は普通に狂化竜と戦うには危険が大きい。その為狂化竜と戦う為の戦線に投入する前に、上位ハンターとして戦えるようになるのが優先的になる。
「まず少年達はポッケ村に別れを告げておけ。何も言わずにこっちで戦い続けるのもあれだろう?」
「そうだな……」
元よりポッケ村には記憶を取り戻すまでの間だけ滞在する事になっていた。回復できたらポッケ村を離れる予定だったので、当然の流れだろう。クロムと桔梗も偽名を名乗り姿を隠す意味もなくなった。これからはライム達と行動を共にするつもりだ。
「小僧達の修行は月も行動を共にする事になっている。拠点はポッケ村だ。あそこを中心とし、修行を積め」
「え? ポッケ村? ……マジで?」
「ああ。あの辺りならば狂化竜と遭遇する事はないだろう。不測の事態が起きないようにする対策だ。……あまり意味はないかもしれんが、それでも対策はとっておくべきだろう?」
その事にクロムは驚いた顔をしている。
狂化竜は中央に襲撃を入れる。ならば中央の北東の、しかも雪山の奥に作られたポッケ村まで侵攻する確率は低いだろうと獅鬼は考えた。まだ狂化竜と戦うだけの実力が備わっていない二人を鍛える拠点としては充分だろう。
「お前達もそのままポッケ村に留まり、上位クエストなどを処理しつつ狂化竜を探せばいい。見つけられたら儲けもの、見つからなくても経験を積める。その方向で過ごしてもらう」
「君達も狂化竜に対抗する戦力の一つだからね。ライム達の修行に同行するのは控えてもらいたいんだ。いいかな?」
「……ああ、わかった」
兄としては心配なところだが、それは理解出来る事だ。過保護にしてライムの成長を阻む事は出来ない。せっかく再会したのに離れ離れにならないだけありがたいことだ。
獅鬼はライム達から視線を外し、続いて昴達へと視線を向ける。
「少年達はポッケ村に別れを告げた後、それぞれ狂化竜と戦ってもらう。もちろんギルドナイトの少年達も同様だ。ドンドルマを中心として総当りで戦っていく。オレ達も各地を回りつつ狂化竜と戦う事になる。いいな?」
「それは構わないが、そろそろ教えてもらいたいものだな。あなたの名前を」
「……以前名乗ったが?」
「獅子童獅鬼で探してみたが、そんな名前は見つからなかった。すなわち偽名という事だ」
ギルドの名簿を調べれば登録されているハンターの名前は一気に羅列する事が出来る。レインはあの後獅鬼の事を調べたのだが、残念ながら彼は勘違いをしていた。
獅鬼は名前だけを名乗り、苗字を名乗っていない。雷河が獅鬼を親父と呼んでいた為、獅鬼の苗字を獅子童と勘違いしたのだ。
そして獅鬼は口を閉ざし、ただじっとレインを見つめている。そんな彼の様子に溜息をつき、隣に立っている月が変わりに紹介する事となった。
「彼の名は神倉獅鬼。私の幼馴染のような人さ」
その紹介にレインだけでなく昴達まで固まってしまう。よもや獅鬼がかの神倉の者だと誰もが思わなかったらしい。
いや、そうではないかと思った者はいたようだ。
幼い頃に世話になっていた優羅。彼の実力が規格外という事を知っているし、放たれる雰囲気と力も他の人たちに比べて異質だという事を感じている。
またライムとクロムもその血統の力により、獅鬼の力の波動を視覚的に捉えることが出来ている。これにより獅鬼が只者じゃない事を感じていた。そしてライムはそれだけでなく、獅鬼の波動と月の波動が少し似ているところまで捉えている。
しかし神倉の者がそんなにいないことを月から聞かされていた為、そんな偶然はないだろうと切り捨ててしまっていた。
だが結果はこの通り。獅鬼もまた神倉に連なる者で間違いない。
月によって本名を知られた獅鬼だが、ゲイルと違ってまだその仮面を取らない。もしかすると、その素顔にひどい傷でもあるのだろうか。それを隠すという名目ならば、未だに素顔を晒さない、というのもわかる。しかし獅鬼はそれ以上口にする気はないらしく、小さく嘆息して話を切り替えた。
「……オレの事はもういいだろう。今はこの一件についてだ。これはお前達だけで全てを解決できるわけではない。だがお前達は奴らにそれぞれ思うところがあるだろう。己の実力を磨き、持ちうる力を発揮して当たっていくといい」
それを最後に獅鬼は口を閉ざして後ろに下がる。隣に雷河と風花が立ち、入れ替わりに月が前に出る。
「狂化竜に関してはまだ不明な点がある。私も出来うる限り情報を集めたけれど、残念ながら推測の材料にしかならなかった。しかしそれでも私たちは戦わなければならない。これ以上の被害を出さない為に」
「……質問よろしいでしょうか?」
「何かな、サン」
控えめにサンが手を挙げる。いつもレインの後ろに控えて支えているサンが、ここで質問をするとは珍しい事だ。月だけでなく隣にいるレインも少しだけ驚いた顔でサンを見下ろしている。
そんな中サンはじっと月を見つめてこう問うた。
「神倉さんは、彼らの事を存じているのでしょうか?」
「彼らというと、朝陽達のことかな?」
「……はい」
「…………一人だけ、ね」
少し間を置いて月はそう答える。
「その方は朝陽、という方でしょうか?」
「……そうだね」
既にゲイルから朝陽と何かがあったことは聞いているためにわかっていることだ。では何故質問したかというと、その朝陽とはどういう関係なのかが知りたいためだろう。
それはサンだけでなく紅葉達も同様だ。
ずっと探し続けた相手という朝陽は何者なのか。一体何故月に勝つ為だけにこのような事をしたのか。
それが知りたい。
そんな雰囲気を感じ取り、月は小さく溜息をつく。これは隠していてもしょうがないことだ。それに昴達ならば話してもいいだろうと思ったのだろう。
長い沈黙を経て月はその事実を口にする。
「……朝陽は、神倉朝陽は私の実の姉だよ」
「――っ!?」
またも昴達に衝撃が走る。それは獅鬼の時とは比が違う。大きな、とても大きな衝撃だった。
私の実の姉。月は確かにそう言った。そして朝陽は月を殺す為に力を求めている。それはすなわち、実の妹を殺す為に朝陽はこのような事をしているということになる。
また朝陽は神倉に連なる者ということになる。世間では神倉は黒龍と戦う者を輩出する一族と認識されている。その為に一族は力を高めていき、他の者たちと比べて非常に高い才能と実力を持っている一族だ、と思われているのだ。
実際にかの神倉羅刹は黒龍と戦っただけでなく、この世界で初めて空間魔法に至った人物でもある。他にも様々な魔法を習得し、希少価値のある素材の発見、未開拓のエリアの情報入手などを行っている。
月もまた黒龍討伐だけでなく、空間収容術の伝授、古文書の翻訳やそれによる失われた技術と武具の復元も行っているし、羅刹と同じように未開拓のエリアの情報入手も行った。
獅鬼も極力名前を伏せているが、緊急時にはその医療技術と武術を用いて人々を助けている。
これらの功績があるからこそ神倉の者は素晴らしいハンターである、と人々は認識しているのだ。
だがその功績を崩壊しかねない事実が、今ここに飛び出てきたのだ。
この惨劇を引き起こした首謀者がその神倉に連なる者だということ。それを一体誰が想像しただろうか。
この二つの事実が相乗効果を生み出し、昴達の胸や頭を強い衝撃となって貫いたのである。
「……で、でも、いったいなぜですか? どうしてお姉さんが月さんを……?」
恐る恐る震える声でシアンが呟くように訊く。
月は目を伏せながら小さく首を振り、静かに言葉を紡いでいく。
「私が……“最高傑作”だからだよ」
“普通”だった朝陽が月が生まれた事で“出来損ない”に転落した。月が祀り上げられていくたびに朝陽は蔑まれ、それから逃れる為に力を求め始める。だがどんなに己を磨き上げても月には届かず、朝陽は月を妬み、そして神倉一族を恨み始める。
だが誰もが朝陽を侮る。“出来損ない”が吼えたところで一体何になるのか。自分達を殺す事なんて出来やしない、そう考えたのだ。しかしそれは後に己の身を滅ぼす事となった。
朝陽は闇に堕ち、月を除いた全ての一族の者を抹殺し、禁呪である
それからは不明だが、恐らく裏で行動し、ずっと誰かを殺して同じように力を取り込み続けたのだろう。その果てに狂化竜を作り出す技術と、それから導かれる計画を立て、このように実行に移した。
朝陽が堕ちたのは神倉一族のルールと、妹にして“最高傑作”である月が誕生したからだ。
だから殺す。
本気の状態の月を殺す事で自分は月を超えた証になる。
そう朝陽は口にした。
全ての根源、発端は神倉一族の歪んだルールにあったのだ。
「うちの一族は皆が言うような英雄候補の集まりじゃないよ。むしろ逆さ。だから私と獅鬼はそのルールに従えなかった。しかし朝陽は、姉さんはそのルールに従い、このような事を起こしている。……悲しい事だ」
「…………」
語られた月と朝陽の事に再び誰もが口を閉ざす。
ただの姉妹喧嘩のもつれではない。そして姉妹喧嘩が肥大化したわけでもない。
二人が育った
誰が悪いのか。
黒い感情を持ってしまった朝陽なのか。
それともこんなルールを作り、そしてその目的の為に突き進んでいった神倉一族なのか。
そんな事が昴達にわかるはずもない。
しかし確かな事はある。
朝陽を止めなければならない。
これ以上の惨劇は起こさせない。
それだけは何としても達成せねばならないことだ。
「……ならば勝つ為に、止める為に、俺達は今以上に強くならなければならないな」
昴がぽつりと呟く。それに同意するように優羅が頷き、紅葉もまたぐっと拳を握り締める。
「そうね。あたしたちは元々狂化竜を倒す為に、これ以上あたしたちのような人を出さない為に強くなってきたんだもん。それを知った今でもこれは変わることはないわよ」
「僕も皆を守る為に、セルシィ姉さんを助ける為に強くならないと……!」
「そうだね。わたしも頑張るよ!」
新米ハンターの二人もまた自分を鼓舞するように拳を握り締めて決意を固める。ライムは元から目標がしっかりしているし、シアンもまた昴達の役に立ちたい、という強い意思がある。
何の目標もなく、意思も定まっていない者は進む道がぶれやすいが、そうでなかったら問題ない。見据える先、何としてもやり遂げようという心。それがあれば人はどこまでも成長できる。
「…………狂化竜は何としても始末しなければなりませんからね」
微笑を浮かべたまま桔梗が静かに呟く。しかしその微笑はやはり陰がかかっているような気がする。彼女にとって狂化竜は討つべき対象であり、忌むべき存在だ。今の彼女を作り上げる原因となったものだけに思いいれも強い。
そしてそんな彼女をクロムが放っておくはずもなく、またライムとシアンも戦いに参戦しようと言うのだ。となれば自然とクロムも参戦するのは当然の事。
「……ま、そうでなくてもやらねえとな。親父達なら絶対に放っておかないだろうし」
もしあの二人が生きていたとすれば、間違いなくこの戦いに自ら参戦しているだろう。その背中を追う者として、クロムもまた参戦する事を決意する。
そしてギルドナイトであるレインとサンもまた参戦しないはずもない。
「私たちも今以上に気を引き締めるとしよう」
「はい、兄さん。私も頑張ります」
腕を組んで不敵に笑うレインとその隣で少しばかり顔を引き締めたサンが頷く。最後にレインから少し離れたところにいるゲイルが頭を掻きながら小さく笑みを浮かべた。
「……ま、やらなきゃなんねぇし、やるとするかねぇ」
「うん。私も出来る限り手伝うね」
アルテもまたゲイルが戦うならば参戦する。二人は昴達と共に戦う事になっているので、元より参戦は決まっている事だ。かつての仲間達に刃を向ける事になるかもしれない。
だとしても二人に拒否権はない。それにこのまま事態が進んでしまえばゲイル達にも何らかの影響があるやも知れない。もしアルテにも危機が迫るとするならばゲイルにとってそれは歓迎できない事だ。
様々な思惑があるが、彼らは一つの目的を持つに至った。
その事は獅鬼にとって予定通りのこと。仮面の下で薄く笑った。
「それじゃあソルに一応報告を入れておくよ」
「ああ、頼む」
他のギルドナイトの様子を見て回っているソルの元へと向かい、これからのことを伝えに行く。それが終われば昴達をポッケ村へと送り届ける事になる。それを待っている間、獅鬼は隣にいる雷河と風花に話しかける。
「お前達はどうする?」
「俺はまあ、一人でも大丈夫さね。でも親父がなんかやるってんならついていくぜ」
「……私は今までと同じく北を回るわ」
無表情にそんな答えが返ってきた。彼女もまた狂化竜に対していい感情を持ってないので、その気になって彼女の目の前に現れでもすれば始末するだろう。そんな彼女が味方にいるというのは心強い。
それに彼女が持っている知識も時には役に立つ。普通に獅鬼や月よりも長生きしている上に、古龍として飛び回ったり人として行動したりして情報入手もしているようだ。
「風花、何か新しい情報はないか?」
だからこうして情報を求める事もよくある話だ。それに対して風花はこう答える。
「いえ、特には」
「ふむ、そうか」
ないとなれば仕方がない。これ以上訊いてもしょうがない事だ。
そう考えていると昴達三人が近づいてくるのが見えた。昴達の再会は終わったが、昴達と獅鬼のちゃんとした再会はまだだった。
「久しぶりだな」
「……どうも」
仮面の奥の視線が優羅へと向けられた。それを受けた優羅が目を細めて小さく頷いた。続いて優羅から昴と紅葉へと移される。
「お前とは10年ぶりか? 随分と成長したものだ」
微かに笑みを浮かべて懐かしむような声色でそう言った。二人にとっては救出され、ハンターとしての後見人になってもらい、数週間を共にして以来だった。短い間だったが、獅鬼がいたからこそあの時路頭に迷うことなく生き延びる事が出来たし、ハンターとして今も行動することが出来た。
そして優羅にとっては数年ぶりになる。ハンターとしての技術や体術、魔法や気の扱い方などを教わり、更に実力を磨かれ、最後に今までの借りを返して別れた。そんな出来事からの再会。
じっと優羅を見つめる獅鬼の雰囲気はどこか柔らかい。短い期間での弟子だったが、彼女の成長を感じているのだろう。見られている優羅はというと相変わらずの無表情であり、再会を喜んでいる雰囲気はない。久しぶりに知人に会ったな、という感じで獅鬼と相対している。
三人にとってはあの日の事が全ての始まりであり、獅鬼に出会ったことがハンターとしての始まりなのだ。例えそれが獅鬼の思惑通りだとしても、恐らくこの三人ならばいずれはハンターとなっていただろう。それまで生きていたのかは不明だが。
「……神倉獅鬼、さんだったか。改めて礼を言いたかった」
「なに、気にする事はない。ほんの偶然の出会いだ。お前達は運が良かった、それだけのことだ」
「それでも俺達はあの日救われた事に変わりはない。だから、ありがとう」
「うん、ありがとう、神倉さん」
幼い頃はあまり話しをしないまま別れてしまった。だからあの日言えなかった言葉を伝える。10年越しの言葉は今ここに伝えられた。紅葉は既に礼を述べているが、昴と共にもう一度頭を下げた。
「……ク、クク……」
頭を下げ続けている二人を見つめていた獅鬼は、不意に小さく笑い声を漏らした。その反応に二人は頭を上げて獅鬼を見つめるも、まだ獅鬼は笑い続けていた。
「クク、似ているな、お前達は」
「似ている?」
「ああ、優羅と似ている。……なあ、優羅?」
「…………」
仮面を付けている為に視線の動きはわからないが、恐らく笑みを浮かべたまま優羅を見つめている事だろう。それを受けて優羅は表情を変えないが、獅鬼の言葉の意味を何となく気づいているらしい。小さく嘆息している。
「お前も随分と頑固だったな? まったく、借りは返さなくていいと言ったのに最終的には押し付けるようにしおって……」
「…………何度も言ったはず。アタシは借りは作らない、と」
「ああ、わかっているとも」
くつくつと笑いながらあの時の事を思い返すようにしている。だが昴達が驚きを隠せない。その会話の内容から獅鬼と優羅はそれなりに親しい間柄だというのはわかるが、獅鬼が優羅を名前で呼んでいるという点も驚くべき事だ。その辺りは雷河と風花も少し驚いている。
「一体どういう知り合いだったわけ?」
「…………」
チラッと紅葉が優羅を見る。優羅があまり人と関わらない、というのはいつもの様子からわかる事だが、あの神倉に連なる者とどういう知り合いなんだろうかというのが気になる。
紅葉だけでなく昴もその辺りの事は少し興味がある。以前に魔法を教わった、という事は聞いているが、あまり詳しくは知らない。いくつかの視線が向けられて優羅は少しばかり目を細めて視線を逸らしている。これは答えを口にしなさそうだったため、仕方なく獅鬼が答える事にした。
「幼い頃にオレが武術などを色々と仕込んだのだ。所謂師匠と弟子、といったところか」
「……まさか、あの動きの根源は」
「どういう動きかは知らんが、恐らくオレじゃないか?」
昴の頭の中に浮かんだ光景。有り得ないほどの動きをしながらも標的から目を逸らさず、そして的確に狙撃していく優羅の姿。あの全てがまさかこの獅鬼が教え込んだというのだろうか。
「……いえ、こいつからは動きを見せられただけです。あとはアタシが自己流で鍛えて習得しました」
「それはそれで凄いな、おい」
普通あそこまでの体術を会得するのは難しいはず。元もとの才能もあったかもしれないが、優羅の努力の積み重ねもあったに違いない。その為の資料、その為の自己鍛錬。一人で行動していくに必要なものを全て一人の手で会得する。
その全ての師がこの獅鬼とは驚くべき事だが、最終的には納得できる事だった。昴と紅葉は実際に獅鬼の実力を目にした事はないが、獅鬼からは強い力の波動を感じられる。月と同じ神倉の者だし、実力者なのは間違いないだろう。
ああ、何も知らなければ神倉は実に強者揃い。いずれ強力な古龍を打ち倒す英雄に成り得る人達だ、と普通に考えてしまうだろう。
しかし知ってしまった。神倉の一部を知ってしまった。だから気になってしまう。
この獅鬼は一体何を抱えているのだろうか。
未だに素顔を明かさないのはそれに関係しているのだろうか。優羅は何か知っているのだろうか。
昴は優羅と獅鬼を交互に見つめながら考えてしまう。
「……ふ、少年。残念ながらオレの事はあまり話せんぞ。これは少し話しづらいことなんでな」
まるで昴の考えを読み取ったかのように獅鬼が笑みを浮かべてそう口にした。一瞬だけ驚いた表情を見せてしまうが、すぐにそれを消し去る。彼が口にした事は昴にとっては予想通りの答えだ。
獅鬼は色々と謎が多い。
素顔然り、驚きの知り合い達然り、そして一体何を考えているのかもわからない。偶然とはいえ昴達を救出し、そして快くハンターになる際の後見人の立候補。それだけでなく優羅の場合にも後見人になっただけでなく、様々な事を教えたという。
普通はそんな事は有り得ない。この世は非情。死ぬ時は死ぬし、生き抜ける時は生き抜ける。一々天涯孤独な子供を助けたとしても、今日もどこかでそんな子供が現れるだろう。つまり獅鬼があの現場に現れ、助けた事はほんの偶然。そこに獅鬼の思惑がなければ、昴達はこうして生きてはいない。
また村から逃げ延びる際に狂リオレウスの攻撃、燃え盛る炎に焼かれてなかった、という事も助かった要素になる。
それらも含めて昴達は運が良かった。
大まかに、そして極論で言えばそういうことになる。
だから獅鬼の言っていた事は間違っていない。
「待たせたね」
そこにソルの下へと報告に向かっていた月が帰ってくる。軽く昴達を見回し、少し首をかしげて獅鬼へと視線を移す。
「何かあったかい?」
「いや、特にないぞ。少し少年達との出会いを思い返していたくらいだ」
さっきまでのことが何でもない風に獅鬼はそう答える。その事に昴は少し考える様子を見せたが、それを言う気にはならなかったようで月へと向き直る。月もそれ以上追求する気はないようで、昴達へと視線を移した。
「ソルが各地のギルドに連絡が行くように手配してくれることになったよ。これである程度は対策が出来ると思う」
「なるほど。後は戦力が充実している事を願おう」
ハンターやギルドナイトの数が揃っていたとしても、狂化竜に抗うだけの力がなければ残念ながら意味はない。これもまた無情な事だ。この世は弱肉強食であり、狩るか狩られるかなのだから。
離れた所にいるライム達を呼び寄せ、月は一同を見回す。
「何か忘れ物はないかい?」
「いえ、ありません」
持っていく物はローブの中に納めてあるし、待っている間に話も済ませた。一緒にやってきたケビン達は月の下に向かう前に話終えている。来る時は一緒だったが、帰る際は別行動になった。どうやらケビンの左腕の義手の件で少し帰るのが遅くなるようである。
さて、準備が整えばポッケ村へと移動だ。
「じゃ、みんなの健闘を祈るよ」
「ああ、お前達も気をつけることだ」
「では行こうか。
空間の裂け目が作り出され、奥に雪山が見える。やはりこうしてみるとこの魔法がいかに凄いのかよくわかる。竜車で一週間近く、アプトルを使っても三日以上はかかるだろう、という距離を一瞬にして移動してしまう空間魔法。
距離に比例して消費する魔力が多くなるし、そもそも空間という概念を理解していなければ話にならない。使用するにしても最初のうちは詠唱が長くなるが、慣れてしまえばあの詠唱で済んでしまうという。
それを涼しい顔で行使してしまう月は、やはり凄まじい実力者だという事を如実に語ってしまっている。
昴達は裂け目を潜り抜けていき、ポッケ村の少し手前の場所へと移動する。最後に月が潜り抜け、空間の裂け目が閉じられる。
彼らを見送った獅鬼は一息ついてレイン達へと振り返る。
ギルドナイトである彼らはこのドンドルマを拠点とするが、そのドンドルマはこの有様。今もなお軽傷者の治療と、亡くなってしまった人達の確認と埋葬に追われている。数キロ離れた場所やドンドルマの地下に避難している一般市民の問題もあり、一刻も早い復興が望まれる。
狂化竜の事も考えねばならないが、最優先は拠点の確保だろう。でなければ一般市民とハンターの休める場所がない。また食料などの問題もある。糧となるものがなければ生きていけないし、ハンター達も力を出せない。
治療が終われば簡易テントはそのまま人々の寝泊りする場所になる。また時間が経つにつれて近くの村々から食料とテントなどが運ばれてきているようだ。一応その辺りの事は少しずつ解決へと向かっている。
そしてギルドナイトであるレイン達もこれから彼らの手伝いをしなければならない。動けるギルドナイトは既に手を貸している。レイン達も手が空いているならば手伝わなくてはならない。
「ではわたし達はこれで失礼させていただく」
「ああ」
丁寧に頭を下げたレイン達はドンドルマへと向かっていった。続いて風花も一息ついて歩き出す。その方向はドンドルマとは反対側、広がる平原だった。
「では私もこれで失礼するわ」
「ああ。新たな情報があればまたよろしく頼む」
「……そうね。私もあの
「感謝する」
小さく頭を下げる獅鬼に小さく笑みを浮かべると、背を向けて去っていく。少しして彼女を渦巻く風が包み込み、その姿が消えてしまった。
これで残ったのは獅鬼、雷河、焔となった。焔はというとずっと足元で事の成り行きを沈黙したまま眺め続けていた。元々あまり発言することがない焔だが、今回は人が多かっただけに完全にだんまりになっていた。
いや、風花がいなくなった際に小さく、そして長く息を吐いていたところから、あの風花の放たれている野生の力に気圧されていたのだろうか。アイルーとしてもまだ若い年齢にある焔であり、“自然”に属する古龍種が纏う雰囲気は、無意識に彼女をこの世界のピラミッドの法則に従わせてしまったのだろう。
実力のあるアイルーだろうと、彼女はアイルーという枠に囚われている。人族と違ってアイルーとは野生の本能が現れるものだ。その感性も人族より優れている。昴達は風花から凄まじい実力と強い雰囲気を感じ取るだけに終わったが、焔の場合はその域に留まらなかったようだ。
「辛そうだな焔」
「……ふん、80年も生きたラージャンなら、アレには耐えれると?」
「……まあ、俺の場合は既に何度か会ってるからな。何とか慣れたって感じかね」
それに加えて幼い頃から獅鬼にしごかれている。彼もまた強い覇気を持っているし、当然ながら訓練と称して正面から受けた事もある。元からラージャンという種族の為、その精神力は強い。これらが組み合わさって何とか風花のプレッシャーにも耐えることが出来たという事のようだ。
なにはともあれ、風花がいなくなった事で心の重圧が消え去り、焔は少しばかり体を伸ばしてリラックスする。大きく息を吐いて呼吸を整えると、身を包む炎の柄のローブを軽く整えた。
「行くのか?」
「ん。各地のアイルー達の情報網を当たってくる」
ドンドルマに集まる情報も役立つが、各地にもアイルー達の集会所がある。それらを回って新たな情報を集めようという事のようだ。アイルーならではの情報収集である。
「じゃ、行ってくる」
「おう」
雷河の言葉に見送られて焔は穴を掘り、そのまま地面に潜って移動を開始した。それによってこの二人が残る事になる。どこか空を見つめている獅鬼を横目で見つめる雷河は頭を掻きながらそっと声をかけた。
「で、俺達はどこ行こうか?」
「シュレイド城だ」
「シュレイド城? それって古い方の?」
「ああ」
今はもううち捨てられ、廃墟となりつつある旧シュレイド王国の城にして、遥か昔の戦争が終結した場所。一体そんな場所に何の用があるというのか。獅鬼から狂化竜の件は知らされているが、あまり深くは聞かされていない。その為時折獅鬼の行動がよくわからない時があるが、雷河はそれでも今まで獅鬼についていき、その作戦に従ってきた。
一体旧シュレイド城に何の用があるのかわからないが、雷河は「了解」と口にした。
一方ポッケ村へとやってきた昴達はオババの下へと向かっていく。ドンドルマでの報告の際に記憶が戻った事も伝え、世話になった礼を告げる。
「ふむ……記憶が戻って何よりだの。短い間じゃったが、ご苦労様だね」
「ああ、この村に置いてくれて感謝する」
「いや、気にする事はないさね。前に言ったようにこの村はそういう村だからね」
中央の北東にある避難所と呼ばれている事を思い出し、昴は小さく頷いた。困っている人がいれば暖かく迎え入れる場所、それは昴達のような人にとっては救いになりえる。
寒い地方に存在する人の温かさを得られる場所。ポッケ村はそういう所なのだと思う。
短い間に村人達からは色々と世話になったと思う。人付き合いを苦手としている優羅にも気遣ってくれたし、悪くない日々だった。
「そしてそこな娘がヌシらの仲間かの?」
「ええ。昴と優羅が世話になったわね。ありがとう、オババさん」
前に出て頭を下げる紅葉に首を振り、微かな笑みをオババは浮かべた。
「ええのよ。昴にも言うたが、この村はそういう村さね。つまり、手を差し伸べたのは当然のこと、ということさね。じゃから頭を上げなさい」
本当に人情に厚い人だと紅葉は思う。獅鬼といい月といいこのオババといい、竜人族にしては珍しい人だ。普通竜人族や魔族はそうそう見知らぬ人の為に動く事はない。人間でさえそういう人は多いが、かの二種族は人間よりもその傾向が強い。
そんな事を考えていると、近くにいるライムに自然と視線が移った。そういえば彼や彼の両親もまたよく人助けをする人だった。ルシフェル夫婦については聞いた限りでしか知らないが、魔族にしては珍しい人だと思う。だが獅鬼から聞かされたルシフェル――正しくはシュヴァルツだが――の血統の事を考えれば少し納得できる事だ。
「そしてそっちの少年がクロムの弟かの?」
「あ、はい。ライムと言います」
「ふむ……少々女に見えたが、うむ、男だの。……ん、確かによく見ればクロムの弟だとわかるかの」
女、という言葉に少し落ち込みそうになった。やはりどう見てもライムは普通に年頃の少女に見えてしまうのは否めない。隣にいるクロムは少し肩を震わせて笑いを堪えている。実兄なのにそれはひどい。
「まだまだ未熟じゃが、内に秘めたる力はなかなかのものじゃの。……流石はかの血統とに連なるだけはあるの。あるいはあの両親の息子、という事もあるかの?」
「両親をご存知で?」
「うむ、何度か会ったことがあるの。その縁もあってクロムの件もこの村に置く事を了承したのじゃ」
竜人族だけにオババも長命だ。そしてルシフェル夫妻はこの中央ならば、通常クエストや緊急クエストだろうとどこでも向かう人たちだったらしい。あの事件の際もこのフラヒヤ山脈付近の一件であり、なおかつその数時間前に付近のクエストを終わらせたばかりだ。それでも現場に向かう程に二人は事件を放っておけない人達である。
そしてそれは同時に場所を選ばない、ということであり、このポッケ村にも訪れた事もある。その縁でオババと知り合ったということのようだ。オババ自身も二人の事を伝聞で聞いたことがあり、歓迎したとのこと。
色々と積もる話もあるようだが、それはまたの機会にしなければならない。月は自分達がここに来た理由を説明する事にした。
それを聞き、オババは了解したと頷いた。
「ではライムとシアンはそこにあるギルド支部に登録するといい。それを終えれば明日にでもクエストを受けられるよ」
「ありがとうございます」
「これからよろしくお願いしますね~」
「ほっほ。若いうちは色々と経験を積むものだよ。ヌシらの成長と健闘を祈るよ」
これによってライムとシアンもポッケ村に滞在する事が許される。そして同時に月もまたここに滞在する事が決定した。二人の修行の下準備は完了した事になる。
続いて昴達は村人達に世話になった礼を告げて回る。オババだけでなく村人達も短い間だったというのに別れを惜しんでくれる。店の店主からは餞別として食材をくれたりしてくれる。
最後に鍛冶屋に向かい、あの一家たちに会いに行った。鍛冶屋の入り口に一家が揃っており、昴達を出迎えてくれる。
「おう来たか坊主ども。もう行くんだってな」
「ああ。……親方には世話になった」
「なぁに、いいてことよ。ワシらはハンター達の要望に応えて装備を作るのが仕事だからな」
「それに~、それを抜きにしたってわたし達は昴君達を助けるし、わたし達も楽しかったしね~」
腕を組んできさくな笑顔を見せながら岩徹が言い、相変わらずほんわかとした雰囲気と口調で撫子が続く。そしてその隣では花梨が少し苦笑しながら昴達を見つめている。
「んー、この間初めて会ったばかりやのにもうお別れか。少し残念やけどしゃぁないわな。引き止めるわけにもいかへんしな」
「……すみません」
「いや、ええのよ。また機会があればこの村に来ればええんやし。そう、生きていたらまたいつか会える、そうやろ?」
そこでにっと笑顔を見せてくれる。ああ、この人もまたいい人だ。そんな彼女の足元にはあの双子が見上げている。瑠璃はいつものように気の強そうな目をしているが、どこか瞳の奥に潤みがあるような気がする。そして茉莉は変わらず半目でぼうっとしたような表情をしているが、どこか寂しそうにしているような雰囲気がする。
「ほら、あんたらも何か言ったれ」
ぽん、と双子の頭に軽く手を置いてやる。それで瑠璃は少しだけ視線を逸らしてしまうが、茉莉は昴の顔をじっと見つめて口を開く。
「短い間でしたが、ありがとうございました。姉さんの鍛練の相手もしてくれたこと、感謝しています。姉さんに代わってお礼を」
「いや、気にするな。君達の将来、期待しているよ」
「おー、ありがとうございます。……ほら、姉さん。何か言わなくては」
丁寧に頭を下げた後、少しだけジト目になって肘で瑠璃の体を突く。それでまたあちこちに視線を彷徨わせ、一端下を向いて一息入れ、上目遣いになって口を開く。
「……せ、世話になったわね……、ありがとう……」
それは確かにお礼の言葉だった。こんな時まで素直じゃない様子に昴は苦笑が浮かぶ。隣にいる優羅も無言で双子を見下ろしており、その表情に変化はない。双子、特に瑠璃相手にはよく睨みを利かせていたが、今は何てことはないようである。
その視線に気づいたのか、視線が優羅へと移っていく。
「…………」
「……ゆ、優羅……さんにも世話にな、りました。ありがとう」
「…………別に礼を言わなくてもいい」
無表情に素っ気無くそう言った。彼女としても瑠璃とはあまり上手くやっていないのでそう答えたのだろうが、それでも優羅に対して挨拶したのはいいことだ。彼女の性格なら、何か意地っ張りな言葉が飛び出そうだったのは否めない。優羅のちょっとした調教が効いているようだ。
しかし一応優羅もまたこの村に世話になった一人。何か言ったらどうだ? 昴はそんな目配せをしてみる。その視線に気づいた事は気づいたようだが、何も言わずに一家を瞳を動かして見回す。しかしその口から言葉が出る事はない。
そこで紅葉が前に出る事にした。
「どうも、この二人の幼馴染の竜宮です。二人がお世話になったようで、ありがとうございました」
「おう、いいってことよ」
「…………世話になった、感謝する」
岩徹が紅葉に笑いかけている隙をついて優羅が感謝の言葉を一家に告げた。しかし岩徹は気づいたらしくきょとんとした顔で優羅を見つめる。だが無表情でそっぽ向いている為に、視線を合わせない。
そんな優羅の事は噂には聞いているし、実際に見ていて性格というものがわかっているため、岩徹たちは気にした様子はない。瑠璃の性格とどこか似ているところがあるから慣れているのだろうか。
「おう、これからも頑張んな、姉ちゃん」
「…………」
何も言わないがほんの微かに頷いたような気がする。やはり少しずつ優羅は変わってきている。その事がわかって昴と紅葉は喜ばしく思えた。
最後に借りていた家から私物をローブへと納めて全ての準備を終える。ポッケ村入り口に移動してまた月に空間魔法を行使してもらう。その際向かう先を決める事になるのだが、話し合った結果ミナガルデへと向かう事にした。
ミナガルデを拠点として西シュレイド地方を担当する、という方向になったのだ。それにミナガルデは西シュレイド地方のハンター達拠点としても利用されている為、あの地方の情報が出入りされる。またドンドルマで焼失した本なども全てとはいわないが一応揃っている。過去の記録なども遡ろうと思えば遡れる。よってミナガルデに移動する事にした。
見送りには村人だけでなくライム達もいる。
「修行、頑張れよ」
「はい。昴さん達もお気をつけて」
ライムとシアンは「
しかしこの修行の狙いは上位ハンターを目指す為でもあり、上位ハンターとして行動出来るように為でもある。元々新米ハンターの二人を育てて導く為に「吹雪」の一員となった。
この修行が成功すれば二人は一気に成長する事が出来る上に、もう新米ハンターとは呼べないだろう。昴と紅葉の役目は終わったのだ。
つまりこれからは二人はコンビとして、あるいはクロムの「雪花」に加わるだろう。
その事は二人にもわかっている。だからシアンは少し涙目になっている。
「泣かないの。あんた達は成長した。そりゃまだ教えたい事もあるけどさ、今は少し別行動するだけ。あたし達のチームからは離れるけど、シアンはまだあたしの妹分だと思ってるから」
「紅葉さん……」
「頑張りなさい、シアン。あんたは光るものを持っているとあたしは思ってる。実際あの数週間であんたは成長したでしょ? あとは自分の力でそれを伸ばしていきなさい。シアンなら出来る、あたしは信じてるから」
「う……ふええぇぇぇん」
その水色の髪を優しく撫でてやると感情が溢れたのか紅葉に抱きついて泣き出した。そんなシアンをしょうがないな、という風に抱きしめて撫で続ける。本当にシアンは紅葉に懐いている。あの日「吹雪」の一員になってから本当のお姉ちゃん、という風に慕っていたのがよくわかる。
その頼りがいのある姉貴分や気さくさがシアンを惹きつけたのだろう。ライムに対してはちょっとしたお姉ちゃん、といった感じだろうが、本来のシアンはとても甘えん坊な少女なのだ。
しかし両親はハンターとして家を空け、兄貴分なクロムは行方不明、知り合いの年上の人はあまりいない状態だ。該当する人としてはギルドの受付嬢のエレナがいるが、それでも紅葉ほどのスキンシップをすることはなかった。
シアンがシアンらしく在れたのは、恐らく紅葉がいたことが大きいだろう。それほどまでに紅葉の存在はシアンの中で大きかった。だからこそ紅葉がトラウマを発動している時は気分が落ち込んでいたし、襲撃を受けた際に泣き叫びながら助けを求めたのだ。
「お前も光るものを持っている。あとは自分で考え、どういう風に伸ばしていくのか。それが鍵だろう。次に会うときを楽しみにしているよ」
「はい」
「クロム。短い間だったが世話になった」
「おう。しばしの別れってやつだな。またいずれ会おうぜ」
二人は握手を交わして笑いあう。偶然の出会いとはいえ、この結ばれた縁はいいものだったとお互いに思っている。だからこそこの縁は大事にしたい。
そして出る言葉が「また会おう」。お互いに生き、尚且つ今以上に力を得て再会しよう。
それは約束。
これは果たさなくてはならない。この先の戦いの為にも。
「では門を開こうか。
空間の裂け目が開かれ、奥にはミナガルデの壁が見える。相変わらず規格外な魔法だ。そして当然ながら距離的に言ってもドンドルマからポッケ村に来るよりも、このポッケ村から西シュレイド地方の更に西にあるミナガルデへ飛ぶほうが遥かに遠い。だというのに、この門を開いて涼しい顔をしている月もまた規格外だ。
「じゃあ、また」
「またいつか会いましょう」
「…………」
その言葉を残して三人は裂け目を潜り抜けていく。ミナガルデ前に到着するのを確認し、月は裂け目を閉じた。ライム達はそれでも昴達が消えた場所をしばらく見つめ続けていた。
彼らとのしばらくの別れ。彼らの姿を忘れぬように、いつまでも見つめていた。
ドンドルマの街。残されている死体達を確認しながら回収するギルドナイト達。ギルド本部近くの道の途中にも死体がある。この辺りはあの炎に焼かれた場所が多く、焼け跡がひどいものだった。
当然ながら逃げ遅れた者達の焼け跡もひどいものであり、顔を判別出来ないものも多い。ギルドナイトの中にはその人だったものを見つめて吐きそうになっている者もいる。何せ皮膚は黒ずみ、髪は完全に焼かれて頭は禿げ上がっている。人の油でさえも燃料として焼き続け、眼球は焼けて目だった場所は空洞になっている。中には皮膚すらもなく筋肉が焼けている者もいる。そして剥がれ落ちた皮膚がだらんと垂れ下がり、流した血すらも蒸発しているものもある。
それはまさしく地獄。炎によってもたらされた惨劇だ。生き残りなど誰もいない。
しかし彼らは埋葬しなければならない。彼らの家族に伝えなくてはならない。だからギルドナイト達は手を合わせて死体を回収していく。
その中に一人のギルドナイトが気づいたものがあった。
「……ん? こ、この人は……」
「どうした?」
それは逃げ遅れた受付嬢達を回収していたギルドナイトの言葉だった。彼女達もまたこの炎の犠牲となった。その死体の中に彼女も含まれていた。
その金髪は焼け落ちているが、反射的に顔を庇ったおかげなのだろう。辛うじてその顔が判別できた。
「……セレナさん……」
このドンドルマのギルド本部の看板娘の一人と呼ばれたセレナ。彼女も犠牲となってしまった。ハンター達だけでなくギルドナイト達にも人気があった彼女の死は、その場にいたギルドナイト達を悲しみに沈ませてしまう。
しかしその手を止めるわけにはいかなかった。彼らはセレナの近くに集まって手を合わせて黙祷を捧げる。その後他の犠牲者達の元へと向かい、仕事を進めていった。