呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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57話

 

 

 寒風吹き荒れるフラヒヤ山脈の一角に二つの人影がいる。二人の見据える先には傷を負っている獣が一匹。低く唸りながら自身を傷つけた二人を見据えている。

 

「どう? いけそう?」

「何とかいけるんじゃないかな。……ううん、何とかしてみせるよ。今のわたしなら大丈夫かもしれない」

「わかった。後ろは僕に任せて」

「うん、信じてるからね」

 

 にこりと笑ったシアンが手にしているインセクトオーダーを構えて走り出す。その背後ではライムが呼吸を整えて右手で横向きに構えたオデッセイブレイドを握り締める。

 穏やかさを感じさせるその目は今や細められており、意識を集中させてオデッセイブレイドへとその魔法を乗せていく。

 オデッセイブレイドは以前のドンドルマでの一件以来獅鬼へと返す機会がなく、この通り持ち続けることとなった。月に相談すると、確かに今のライムのランクには合っていない武器ではあるものの、今はそんな事も言っていられない状況の為、このまま持ち続けるようにとのことだった。使い続けることでその手に馴染ませる目的も含まれている。

 今回の敵は雪獅子ドドブランゴ。フラヒヤ山脈での修行も慣れてきた状態であり、現在はドドブランゴをいい感じに追い詰めている状況だ。

 身を包んでいる装備こそ変化はないが、あの暁一家のもとで強化を施したことで、防具としての強度は上がっている。これによって中級クラスの相手でもそれなりに戦えるようになっている。

 あとは経験だ。どれだけ装備が良かろうと、経験を積まなければこれから先の戦いを乗り越えていけないだろう。

 

「ウオオオオオン!!」

 

 自らの士気を高めるかのように咆哮するドドブランゴへ恐れることなく向かっていくシアン。それを援護するようにライムはシアンの背後からいくつかの魔法を射出した。

 イメージしたのは空を奔る雷光。シアンとドドブランゴのそれぞれの間合いが接するよりも早く、雷光はドドブランゴへと命中した。

 

「オオオォォォ!?」

「やあああ!」

 

 それによって怯んだ隙を突くようにその顔へとインセクトオーダーを振り下ろし、続けて横に回りこみながら連続して薙ぎ払いや斬り上げ、振り下ろしへとつなげていく。

 未熟ながらも教えを受けたことによって気を扱えるようになっている。これによってインセクトオーダーの切れ味を高めているのだ。

 密接してくるシアンを振り払おうと、ドドブランゴは両腕を振りまわす。しかし雪が積もった足元でも動けるように鍛練をしているシアンは、持ち前の速さを大きく下げていない。

 

「ふっ、やっ、とぉっ!」

 

 雪を抉るかのような腕の一撃だが、紙一重に近い距離で全て回避する。傷ついた体を駆使し、目の前の小さな敵を排除する事に意識が向いていたドドブランゴは、横から自分を狙う者がいる事に気づいていなかった。

 そこには両手で投げナイフを手にしているライムがいる。じっとドドブランゴを見据え、ポーチから取り出した投げナイフを投擲した。もちろんただの投げナイフではない。先端には麻痺毒を塗っている。

 

「ぐ、グオオォォ!?」

 

 やがて麻痺毒が全身に回り、体を硬直させてしまう。攻撃するには絶好のチャンスだが、シアンはポーチから一つの瓶を取り出して中身を飲み干していく。

 

「……ふぅ」

 

 空になった瓶をポーチに戻し、インセクトオーダーを握り締めて呼吸を整える。

 今飲み干したのは鬼人薬グレート。ライムが調合した一品だ。

 効果は使用者の気力と筋力を高め、与えるダメージを高めるというもの。鬼人薬の効力をアルビノエキスが高める事で、同様の効果を持つものの中では最高の効果をもたらしてくれるという。

 体が沸騰したように熱くなり、心臓が早鐘を打つかのように脈動している。自分の心臓の音が聞こえそうだが、シアンの心は落ち着いている。

 

 必要以上に熱くなるな。

 心は熱く燃え上がらせ、その熱は力として相手にぶつけてやれ。

 

 シアンの最初の師である紅葉がそう言っていた。

 熱くなってもいいけど、一定以上に熱くなれば冷静な判断が出来なくなる。そうなれば狩場では死に繋がってしまうのだから。

 彼女自身が昴に何かあった際に感情がぶれやすいということもあったからだろう。思い当たる事といえばクシャルダオラの一件だが、熱くなった事といえばドスガレオスの時だろう。

 怒りをそのまま力へと変えて振るった一撃は、ガレオスたちを一撃で沈めていったのだから。

 

「――ふんっ!」

 

 鬼人化を発動させればすぐさま双剣の最大攻撃、乱舞をドドブランゴへとぶつけてやる。シアンの気によって切れ味が増加したインセクトオーダー、鬼人薬グレートによるシアン自身の攻撃力増加、とどめとして鬼人化による双剣としての火力増加。おまけとしてクックシリーズによるスキル、攻撃力増加【中】。

 これらの要因が加わった乱舞は容易にドドブランゴの白い毛皮を切り裂き、鮮血を撒き散らかして白い毛を赤く染め上げていく。

 

「オオオオォォォォォ!?」

 

 自身を覆う毛と同時に肉を斬られる痛みにたまらずドドブランゴが咆哮に近しい悲鳴を上げてしまう。下位武器とはいえ、様々な付属要因が加わったインセクトオーダーの威力は侮れない。

 しかしドドブランゴとてこのまま黙っているわけでもない。彼にだって群れを率いるリーダーとしての誇りがある。

 例えここで倒されようとも目の前にいる者たちを道連れにするくらいまでやらねば気がすまない。

 右腕に力が篭り、シアンへと勢いよく突き出される。

 

「ふっ!」

 

 それを後ろに下がってそれをやり過ごした。しかしドドブランゴは突き出した腕をそのまま雪の地面へと突き刺した。そしてぐぐっと地面を盛り上げ、雪の塊をシアンへとぶつけるように腕を思い切り振りかぶる。

 

「くっ、まだまだぁ!」

 

 着地し、低い体勢で横に跳びつつ雪の塊を避ける。そのすぐ後に塊が通過したところを見ると、少しでも遅れていればあれが打ち付けられていただろう。

 だがドドブランゴはそれでは止まらない。四足を駆使して一気に距離を詰め、シアンへと殴りかかろうとしている。それに気づいたシアンはすぐに立ち上がり、回避しようとしたが間に合わない。

 

「オオオオン!!」

「くぅ……!」

 

 インセクトオーダーに気を纏わせて交差し、振り下ろされた白い腕を何とか受け止める。本来防御に向かない双剣な上に、強度を上げているとはいえ元々の素材が下位のもの。ドドブランゴが持ちうる力に長時間耐えられるものではない。

 ぐぐ、と押し込むような腕の力に、インセクトオーダーがミシミシと音を立て始め、シアンの体がじりじりと後ろに下がっていく。

 だがそれを助けるのがライムだ。ポーチから取り出した火薬草を握り締め、両手を前に出してイメージを固める。すると火薬草が発火し、踊るように展開される。

 この雪山で炎の魔法を使おうと思えば、このような支援がないと使えない。この地では火の粒子よりも水や氷の粒子の方が圧倒的に多いからだ。

 

「はぁっ!」

 

 雪山の冷気にかき消されそう、とも考えたがどうやらその心配はなかったようだ。展開されたものを圧縮し、それをドドブランゴの尻へとぶつけてやる。

 

「ウオオオオオン!?」

 

 弱点属性である炎をぶつけられてドドブランゴの手が止まってしまう。その隙を突いてシアンはドドブランゴから距離を取って体勢を立て直した。

 一方ドドブランゴは斬られただけでなく苦手な炎もぶつけられて苛立ちも最高峰か。低く唸りをあげると、天を仰いで咆哮をあげる。

 

「グオオオオオオン!!」

 

 口から白い吐息が漏れているところからすると、どうやら怒り状態になっているのだろう。しかしその咆哮によって味方であるブランゴたちは来ることはない。群れのリーダーの証である自慢の牙は既に折れてしまっているのだ。

 二人を見回すと大きく息を吸い、薙ぎ払うかのように冷気を吐き出した。しかし二人は落ち着いて後ろに下がる事で回避する。

 一端距離を取った上で再び接近し、攻撃を加えていく。それを振り払うように腕を振るうが、身軽に動く二人はそれを回避していく。だがライムは修行したとはいえまだ甘いところがあった。

 

「オォンッ!」

「っ、くぅ……!?」

 

 左手に嵌めている盾で振るわれた腕を防ぐ。だがそれでもライムの体は大きく後ろへと飛ばされてしまう。

 獣であるドドブランゴの太い腕と、怒り状態による強められた筋力から振るわれた腕は、それだけで凶器になりえるほどの棍棒と化す。それを受け止めた左腕は、盾に守られていたというのにビリビリと痺れている。

 

「ライム!?」

「大丈夫! シアンはそのまま続けて!」

 

 何とか受身を取りつつライムはシアンへとそう叫んだ。

 シアンとしてもライムが心配なところだろうが、今は目の前のドドブランゴに集中しないと自分が死んでしまう。

 確かにドドブランゴは怒り状態になっているようだが、まだ引き際ではなかった。風は吹いているが雪は降っていないため視界は悪くはない。風を切って繰り出される腕の速度は先ほどよりも確かに速いが、避けられないほどではない。これに比べれば雷河の修行の方が辛いものがある。

 野性の獣の怒りは人の本能を刺激してくるが、シアンはそれに対して抗う心を持っていた。怖くないかと言われれば怖い。それは間違いない。でもそれよりも強い気迫をシアンは知っていた。

 それはドンドルマを包み込んでいた狂化したリオレウスたちの気迫。あの経験があったからこそ、シアンはドドブランゴの怒りを受けても体が動けないほど恐れずにいられるのだ。もしあの経験がなければ、もしかすると動けないまま殴られ続けていたのかもしれない。

 そしてそれはライムも同じ事。気が弱いはずのライムもまだまだ動けているのはあの経験が生きているからこそ。二人は肉体的な成長だけでなく、精神的にも成長しているのだ。

 怒りに任せて振るわれるドドブランゴの両腕を避け続け、シアンはインセクトオーダーを振るい続ける。その度に白い体から新しく血が舞い、攻めに回っているはずのドドブランゴが更に傷を負うことになってしまう。

 

「……もう少しかな」

 

 体勢を立て直したライムは目を細め、ドドブランゴを見つめてそう呟いた。覚醒したことで相手の生命力をある程度視る事が可能になっているのだ。

 これ以上長引かせるのも得策ではないだろう。修行したとはいえ自分達はまだまだ未熟だ。長時間の戦い、それも慣れていない雪山での戦闘をこれ以上続けると、何が起こるかわからない。

 だからこそ終わらせる。

 再び火薬草を取り出して集中すると再び炎が舞い踊る。今度はただの炎ではなく、鳥のような姿を形作った。こうすることで狙った場所へと炎をぶつけようと考えたのだ。

 シアンがドドブランゴを引きつけている間に炎の鳥を二つ作り上げ、一端シアンが距離を取ったのを見計らってそれぞれ横っ腹と顔へとぶつけてやった。

 圧縮された炎で作られた鳥はドドブランゴの白い体を焼き続け、その熱さにドドブランゴはもがきだす。顔を上げて両手で掻き毟るかのように動かされ、その胸元が曝け出されていた。それが大きな隙となる。

 

「……ふっ!」

 

 インセクトオーダーを構えたシアンが鬼人化を発動させた。シアンのただならぬ気配を感じ取ったのかドドブランゴが微かに息を飲んだような気がした。

 

「これで終わらせるよ!」

 

 がら空きとなった胸元目掛けて二振りの剣が舞う。その度に赤い血が舞い、それをも切り払うかのようにインセクトオーダーはドドブランゴに傷を負わせていく。

 だがシアンの舞は止まらない。その命を奪う為の乱舞はドドブランゴを狩るまで終わる事はない。

 そしてライムもドドブランゴの後ろに回りこんでオデッセイブレイドで斬りつける。

 

「オオオォォォ!? グオオオオオン!!」

 

 痛みに悶えるドドブランゴは目の前にいるシアンを振り払うかのように暴れる。

 しかしシアンは乱舞を終えていたため、襲い掛かる腕に気づいて身を伏せたり引いたりして回避する。だが回避しつつも斬りこめる隙があればすかさず攻める。

 瀕死の状態だというのにドドブランゴはまだ戦い続ける。その命尽きるまで彼は目の前の敵と戦うだろう。

 引くことはない。引いても追いかけて自分を狩るだろうとドドブランゴは本能的に感じているのだ。だから今もなお目の前にいるライムとシアンを返り討ちにしようとしている。

 一方ドドブランゴを追い込んでいる二人もまだ慣れない雪山と、ここまで戦った影響で体力もかなり奪われている。ホットドリンクを飲んでいるとはいえ、この寒風の影響が全くないというわけでもないのだ。

 凍てつくような風は装備の隙間や顔に当たっている。冷気というものは軽減しても人の体に少しずつ影響を与えてしまうのだから。

 だがそれももう終わる。

 苛立ったドドブランゴの腕は大振りになっており、それが仇となってしまった。

 

「はぁあああああ!!」

 

 鬼人化しているシアンの最後の一振り。跳躍からのドドブランゴの顔から胸まで一気にインセクトオーダーを振り下ろす。今までの乱舞で傷ついた体は容易に刃を通し、一際高く鮮血が舞い上がる。

 今まで以上に肉が斬られたような音が聞こえ、その赤い液体は白い世界を一際映えるように飛び散り、白い大地を赤く染めていく。

 

「おおお、お、おぉぉぉ……」

 

 力が抜けたような声を漏らすとその体がゆっくりと崩れ落ちていき、自身の血で赤く染められた雪へと倒れ伏してしまった。

 

「はぁ、はぁ……。どう……?」

「はぁ……ふぅ……、生命力が、消えているね……」

「ということは、討伐完了、かな?」

「……うん、完了だね」

 

 ライムが呼吸を整えつつその目でドドブランゴを見据えて呟いた。

 ドドブランゴを討伐した。その実感が二人の心の中に広がっていく。同時にドドブランゴを狩る事が出来たという事は、自分達がそれだけ成長している証だと実感するということでもある。

 それをより実感するために、二人は手を挙げて小気味良い音を立てるように叩き合った。

 

「よく頑張ったね」

 

 そこで二人の後ろから月がゆっくりと歩み寄ってきた。今までどこかに身を潜めて気配を消し、二人の戦いを見守っていたのだ。

 

「シアンは動きが良くなっているし、ライムも魔法のイメージ力も良くなっている。二人の成長、この目で感じさせてもらったよ」

「ありがとうございます」

「ありがとー、月さん!」

 

 月に褒められてライムは静かに頭を下げ、シアンはにっと屈託のない笑顔を見せて喜びを見せている。

 二人の修行の主なテーマとしてはこうなっていた。

 ライムは体術よりも魔法の才能が高い。しかしハンターとしてはそれよりも体術が求められる。だから人にとって環境が厳しいこの雪山で狩りをする事で体力面などの強化を図り、ドドブランゴなどの大物を相手にする。

 同時に魔法の修練を積ませることも並行させた。ポッケ村では魔法の書物を読ませて知識とイメージ力を向上させ、狩場ではその下積みの結果をぶつけてやるのだ。

 シアンはポッケ村で、月から双剣の技術を仕込まれると同時にその頭に強引に叩き込み、狩場で持ちうる才能であるトレース力を発揮させて戦う。

 こうすることで二人をこのフラヒヤ山脈で鍛え上げようということだ。

 

「では剥ぎ取って戻るとしようか」

「はいっ!」

 

 そして二人はドドブランゴの素材を剥ぎ取っていく。しかし切り裂かれ、焼かれたドドブランゴの素材に使える場所が減ってしまう。それでも白い毛皮、牙、尻尾と使える部分を選んで剥ぎ取っていく。

 数分後、素材を剥ぎ終えると三人はポッケ村へと戻っていった。

 

 

 ○

 

 

 空を翔けるかのように飛行する鋼の龍が一頭。その保有する能力により、空には黒雲が広がっている。青い目はじっと前を見据えているが、下界を容易に捉えている。

 ドンドルマの一件の後このクシャルダオラ、風花は再び北西へと向かって飛行していた。もう少しすればクルプティオス湿地帯に差し掛かろうとしている。

 以前まではここから東方面を飛行していた為、今日からしばらくはシュレイド方面を調べてみようと決めたのだ。

 飛行中、風花は昔の事を思い返していた。自分が初めて狂化竜と遭遇したのは数年ほど前のこと。まったくの偶然の出会いであり、そしてそれ以前に獅鬼から聞かされたことと一致していた。

 そしてその時に彼女の頭の中では一人の少女の姿が思い浮かんだ。

 彼女の思惑が何なのかわからないが、全てが彼女の思惑通りというわけではないと信じたい。この世界、この数年起こりうることが誰かの手のひらの上で起こっているとするならば、その誰かは神だとでもいうのだろうか。

 そんなこと、あってはならないことだ。

 

 運命が定められている。

 全ては誰かの描いたシナリオ通り。

 

 世界とはそうやって回るべき事ではないのだ。

 有るがままに、起こりうるままに。そうやって世界は回るべきなのだ。

 

「……ん?」

 

 そこで眼下の光景に気が向いた。

 クルプティオス湿地帯のあるエリアにて、数人のハンターがモンスターに囲まれていたのだ。

 それだけならよくある事だろう。ハンターならば日常茶飯事だ。

 しかしそのモンスターというのが問題だった。

 

「……ふん、これはなかなか」

 

 その青い目がゆっくりと細められていく。

 

「さて、どうしましょうかね」

 

 飛行したまま風花は考える。

 彼女からすればハンターがどうなろうが知ったことではない。そして死のうがどうでもいい。

 だがモンスターが問題なのでこのまま見過ごす事も出来ないだろう。

 どうするべきかを考えていると、事態が動き始めていた。

 

 ハンターの数は4人。近隣の村か町のハンターなのだろうか。装備はまだまだ下級のものだった。彼らは鍛練のためにこの湿地帯にやってきただけだった。いつものようにクエストを受け、狩りをこなしていくはずだったのだが、想定外の出来事が起こってしまった。

 目の前にいるのはコンガと群れのリーダーババコンガ。

 しかしその体毛は森の中に目立つピンク色ではなく、黒い体毛に覆われていた。どうやら第三段階の影響でコンガ達に植えられていた狂化の種が目覚めたようだ。

 

「な、なんだ、こいつら……」

「コンガ、だよな?」

 

 戸惑うハンター達をコンガ達はリーダーであるババコンガの指示に従い、ハンター達を取り囲むように動き出す。

 

「グル、ウォフッ!」

「ヴォフ、ヴルル……」

 

 普通じゃない姿をしているコンガから放たれるのは、通常のコンガには有り得ないほどの鋭い殺気。だが黒いコンガ以上に、リーダーであるババコンガの方が非情に危険な殺気を放っている。

 それに竦んでしまったハンターを見据え、ババコンガはコンガ達に攻撃命令を下した。その命令に従い、コンガ達が一斉にハンターへと襲い掛かっていく。

 

「く、くそっ、何とか切り抜け……う、うわぁ!?」

 

 何とか身構えたハンターの横からコンガが襲い掛かる。振りかぶられた爪から構えた剣で身を守るも、群れを成したコンガが相手ではそれだけでは危機は去ったわけではない。

 コンガの数は軽く十を越えている。一匹の攻撃を防いだとしても、横から別のコンガが襲い掛かってくる。

 

「この、蜂の巣にしてやる!」

 

 ガンナーのハンターが散弾を装填し、コンガ達へと発砲するも、それではコンガ達は止まらなかった。数匹が盾になるように位置取って散弾を受け、その横から回り込むように他のコンガが動く。

 狂化しているのにそれだけの動きが出来るのはリーダーのババコンガの指示ゆえか、それとも狂化の種にも改良が施されているのか。何にしてもコンガ達の連携により、ガンナーのハンターは一気に追い詰められてしまった。

 

「く、くるなあ!」

 

 迫り来る黒いコンガ達に焦りが生まれ、ろくに照準を合わせることなく引き金を引いていく。しかしそんなことをすればすぐに弾切れを起こしてしまう。弾切れを起こしたボウガンなどただのモノ。

 

「ヴォファ!」

「ぎゃあああ!!」

 

 接近してきた二匹のコンガの爪により、その身を切り裂かれてしまった。死体となったハンターはもう眼中になく、残りのハンター三人へとコンガ達は襲い掛かる。

 

「くそ、こんな事が……!」

 

 残りのハンター達に困惑が広がる。自分達の装備はそれなりに整っている。コンガの一撃に壊れるような柔なものではないはずだ。

 だというのに二匹のそれぞれの一撃で両断されてしまった。だとすれば自分達も危うい。しかしたった三人で異常な姿を見せているコンガ達の包囲網から抜けられるのか。

 

「ヴヴゥ、ウホッ、ヴォルル……」

 

 そこで成り行きを見守っていた狂ババコンガがのっそりと歩み寄ってきた。しかもその口元では何らかの茸が咀嚼されているのが見える。

 しばらくして食べ終えた狂ババコンガは大きく息を吸いつつ、ぽんぽんと腹をたたき始めたではないか。一体何をするのかと警戒するも、襲い掛かってくるコンガ達を捌くのに必至なハンター達は何も出来ない。

 

「ヴォフ、ヴォフ……ヴォハァァアアア!!」

 

 狂ババコンガの口から高温の熱波が吐き出される。それはハンター達を襲っていた数匹のコンガを巻き込んで三人を焼き尽くしてしまった。

 身を守る装備も意味を成さないほどの熱波。

 この行動は通常のババコンガも見られること。ババコンガは茸を食べる事で、体内に茸の成分を蓄積する事が可能だ。蓄積された成分はブレスとなり、外敵に吐きかける事で攻撃するのだ。

 しかし今吐き出された熱波は通常のババコンガのブレスよりも激しい。体内に蓄積された成分が狂化によって何らかの影響を受けてしまっているのだろうか。

 ニトロダケの成分によって吐き出されるブレスは熱風に近い。熱や爆発の成分に近しいものを持つニトロダケのブレスは、人の身で受ければ皮膚が火傷を負うほどの熱を持っているのだ。

 これが狂化による影響で発生した闇の粒子と反応し、強化された蓄積部分によってもたらされる茸の効果の上昇。これらが絡み合って生み出されたあのブレス。

 防ごうと思えばそれ相応の装備を身につけなければならないだろう。あるいは打ち消せるほどの力を行使できる魔法か。何にせよ、あのハンター達では防げなかった。

 だからこうして身を焼かれ、彼らを取り囲むコンガ達の餌となってしまっている。

 

「ブホッ、ヴルルル……」

 

 獲物を狩り終えた狂ババコンガは一息ついて鼻を鳴らす。周りにいるコンガ達は、死体となったハンター達に群がり、各々好きなようにかぶりついて食事を進めていた。彼らは元々雑食であり食べられるものならば何でもかんでも食べてしまう。

 例え焼かれた人肉だろうと、生の人肉だろうと、彼らにとってそれは自らの腹を満たす糧。

 だがそれを邪魔する存在が空から現れてしまった。

 

「ヴホ?」

 

 その気配に気づいた狂ババコンガが空を見上げる。次いで聞こえてくる風切り音。強風が吹き荒れ、一陣の風がコンガ達を吹き飛ばすかのように発生した。

 

「……ふん、狩ってしまったのね。まあどうでもいいのだけれど」

「ヴォフ? ヴォルル、ブフ、ウホッ……」

 

 舞い降りたのは人の姿を取った風花。ドンドルマの時と同じように黒いドレス状の服装をしていた。肩や胸元付近は曝け出されており、白い肌がどこか眩しい。コンガ達を見据える青い瞳は強い意志を感じさせると同時に、彼らの殺気よりも鋭く冷たい覇気を放っている。

 しかし風になびく鈍色の長髪は目を奪われるほどの美しさがあり、そこに佇む風花の容姿も相まって、血塗られたこの場に似合わない言葉を添えてしまいそうになる。

 綺麗だ。

 もしそこに人がいたならば、彼女に惹かれるかのように視線を向け、まるで一枚の絵画のような光景に言葉を失うだろう。

 そして同時に彼女がもたらす覇者としての雰囲気に息を呑み、その場に縫い付けられたかのように動けなくなるだろう。

 

「さて、猿ども」

 

 風花は死体となったハンター達など眼中になかった。彼女にとって用があるのはあくまでもこの狂化した獣達。

 ハンター、ひいては人族など彼女にとってはどうでもいいこと。生きていようが死んでいようが関係ないのだ。邪魔をするならば殺す事も厭わない、そんな心構えすらある。

 だからこそ昴達との一件でも戯れ程度に殺し合いをしてしまう。とはいえ戯れだけに本気で殺しにかかったわけではなかったのはある意味昴達にとっては救いだろう。

 あの言葉がなければ彼女は本当に昴達を殺しかねなかったのだから。

 

「見苦しい姿をこれ以上晒すな。だから、ここで死になさい」

 

 無造作に構えた右手には空気が渦巻いている。少しずつ濃度を増していく風の渦。細められていくサファイアの瞳の奥には冷たく燃える炎がある。

 それは恐らく狂化した存在に対する憎悪。そしてそれを始末しようとする殺意。

 しかし表情はほとんど無表情に近い。感情を感じさせない整った顔つきは美人と呼べるものだけに、心の奥底に恐怖という名の波紋を広げていく。

 風花の放つ気迫に狂化したコンガ達はざわめきだす。だがそれでも湧き上がってくる闘争本能が恐怖を握りつぶしていく。戦いという名の環境が、狂化したモンスター達を暴走させるのだ。

 仮にも長い時を生きた古龍種を前にしているというのに、コンガ達は逃げようともしない。通常のモンスターたちは古龍種が接近してくると、その強大な気配を感じ取ってそのフィールドから逃げ出してしまう。

 彼らは勝てない相手からは逃げ出す。自分達のような小さな存在が、飛竜をも越える力を保有している古龍に勝てる道理などない。だからこそモンスター達は古龍種の気配を感じ取ると逃げ出してしまうのだ。

 しかしこのコンガ達は気配を感じ取っていたはずなのに逃げ出さず、今もなお相対している。

 

「ヴォフ、ヴォオオオオオン!!」

 

 狂ババコンガが指示を下せば、コンガ達が一斉に風花へと攻撃を仕掛けようと走り出す。取り囲むように動いているが、そこにあるのはただ風花を打ち倒そうという感情のみ。そこに現れたのならば敵または餌。それが狂化したモンスター達の思考だ。

 通常のモンスター以上にその思考が強く、そして醜い。

 だからこそ風花は彼らを殺す。

 

「ふんっ!」

 

 右手に収束した風エネルギーを地面に叩きつけると、その場を中心にして竜巻が発生した。取り囲むように動いていたコンガ達は、その竜巻から逃れられずに飲み込まれていく。

 

「切り刻め」

 

 そう命令を下せば真空の刃が発生し、竜巻の中を縦横無尽に駆け巡る。

 すると強風の音の中に悲鳴が混じり始めた。それが聞こえるたびに竜巻の中に赤が見え隠れしており、何かが切られるような音も聞こえるような気がする。

 少しして風花が右手を握り締めて何気なく振り下ろせば、竜巻が潰されるかのような動きをした。

 地面に何かが強い力を以ってして落とされたような鈍い音を立てて竜巻が消え、残されたのは何らかの生き物が切り刻まれ、潰されたモノが散らばっているだけだった。そして少しの間を置いて赫い雨が数秒降り注ぐ。

 しかし風花の周りには風が渦巻き、その赫い雨が彼女を濡らすのを防いでいた。そんな中、風花は狂ババコンガへと冷たく宣告を下す。

 

「……さて、残るはお前達か。ああ、逃げられると思わないことね、猿ども。(わたくし)はお前達を逃す気はないわよ?」

「ヴォル、ヴォォォオオオオ!!」

 

 うっすらと冷笑を浮かべた風花の言葉に、狂ババコンガが咆哮をあげて特攻していく。リーダーが戦いに赴いた事で、まだ生き残っているコンガ達もまた自らを鼓舞するように声を上げて走り出した。

 

「ふん、ただ向かってくればいいと思っている時点で獣以下ね。そんなお前達にはただの死では物足りないかしらね?」

 

 最初に殴りかかってきたコンガをやり過ごし、下から顎を突き上げるようにして拳を振り上げる。だがそうすれば風花にも隙が出来る。そこを突くように狂ババコンガが爪を立てて殴りかかってきた。

 

「ぬるい」

 

 後ろに下がるように素早く移動すると、さっきまで立っていた場所が鋭い爪によって抉られている。だが当たらなければどうということはない。パワーはあるようだが、大振りすぎるということだろう。

 そうなると今度は狂ババコンガに隙が生まれる。それを見逃すほど風花は甘くはない。その横っ腹へと渾身の掌低を放ち、狂ババコンガの内部に強い衝撃を与えると同時に吹き飛ばしてしまった。

 

「ヴォフ、ヴォフ!」

「ウホ、ウホォ!」

「騒ぐな、猿ども」

 

 再びコンガ達が取り囲みつつ攻撃を仕掛けてくる。先ほどの一件があるというのに何の学習もなくコンガ達は動いていた。これもまた狂化した影響だろう。ただ相手を倒せればいいだけらしい。

 だからこそ、風花にとっては恐れるに足らない存在だ。考えようによっては通常種よりもやりやすいともいえる。

 

「さよなら」

 

 ただそこに佇むだけだが、この世界の魔法は粒子を操る力とイメージ力で行使される。だから回りに浮かぶカマイタチがコンガ達を切り刻むのも、風花のイメージに従って操作されている。

 しかも一つのカマイタチで切られるだけで死んでいるのに、細切れになるほど切り刻まれているものが多数だ。それを無表情だったり冷笑を浮かべていたりしているものだから、風花の残酷さが垣間見える。

 

「さて、雑魚は消え、残るはお前だけ。猿、どう死ぬのが望みかしら?」

「ヴォフ、ヴォルル……!」

「細切れ? 圧迫? 捻じれ? ……ああ、よく考えれば根本的なことを言えばお前に非があるわけではないわね。お前はただ狂化させられただけ。ある意味被害者と言えるわね」

 

 どこか哀れみを帯びたような視線を狂ババコンガへと向けるが、狂ババコンガは唸り声を上げつつ力を溜めるかのように少し身を低くしている。

 だが先ほどの掌低の影響で横っ腹付近が内出血しているのが見える。どうやら内臓のどこかが破裂しているようだ。しかし狂ババコンガはそれを気にした風もなく力を溜め続ける。

 

「でも、私にとってそれはどうでもいいこと。お前が狂化したのであれば私はそれを殺すだけ。あの女達の思い通りにするのは私は癪だもの。悪く思わないことね」

 

 風花を取り巻く風が一つの形を作り上げていく。

 風は定まった形を持たない。様々な姿を取り、そのどれもが風である。風魔法を行使する者は、様々なイメージを以ってして風を操るのだ。

 

「さて、そろそろ死になさい」

「ヴォォァアア!!」

 

 四足で疾走する狂ババコンガ。その速さは通常のババコンガなどとは比べ物にならない。

 相対するは風花と風が作り上げた幾多の剣と一振りの鎌。接近してくる黒い巨体をじっと見据えたままだった。

 

「ヴォンッ!」

 

 すると跳躍してきたではないか。その重量を用いて押し潰そうとでもいうのだろうか。だが風花は落ち着いて横へと走り出すと同時に展開している風の剣を射出し、下から腹を突き上げるようにしてダメージを与えていく。

 実体の剣ではないが、その威力は折り紙つき。腹を貫通するかのように突き刺さっており、狂ババコンガが呻き声をあげてしまった。しかしそれでもその体は落下していき、その重量を示すかのような音を立てて地面に腹をぶつける。

 狂ババコンガの周囲で強い振動が起こっているが、離れている風花には関係ない話だ。右手に持っている風の鎌を回転させ、その勢いをつけて投擲した。

 回避しようとしたようだが、内臓が傷ついている影響ですぐに立ち上がれなかったようだ。心は戦いに向いているが、体自身のダメージで動けずにいる。だから飛来する鎌を避けられず、左手を切り落とされてしまった。

 しかも鎌は通り過ぎていったと思えば戻ってきたではないか。実体の鎌とは違い、これは風花が得意とする属性、風によって作られた鎌。その軌道は風花の思うがままだ。

 風切り音を立てて縦横無尽に鎌が空を走り、狂ババコンガを切り刻む様は、まるで空を舞う死神の鎌のようだ。振り下ろし、振り上げ、薙ぎ払い、回転……様々な動きを見せて狂ババコンガの命を削り取っていく。

 

「ヴォフ、ヴォルル……! ヴォ、ヴォフォオオオオ!!」

 

 大きく息を吸い腹を叩けば、再び熱波を吐き出した。それで何とかしようとしたようだが、風に対してそんなことしても意味はない。むしろ鎌に熱波が纏われていき、それが自身に返ってくることになるだけだった。

 

「ヴォフォ、ヴルル、ウホッ……! ヴォォオオオオ!!」

 

 もはやどうにもならない、切り抜けるには風花を倒すべき。そう判断したのか、狂ババコンガが狂ったような声を上げて特攻を仕掛ける。黒く染まった毛には自身の血がこびり付き、見た目的にも恐怖を感じさせる。

 だがそんな外見的な恐怖より、精神的にくる恐怖の方が生物には辛いものがある。わかりやすいのがこの風花だろう。

 殺気は鋭く膨れ上がり、それだけで狂ババコンガを殺せそうだ。だがそれで狂っているババコンガが止まるはずもなし。狂ったような叫びを上げて風花へと疾走する。

 

「……ふん、愚かな。じゃあこのまま死になさい」

 

 最後のとどめとして作り上げたのは風の太刀。それを無造作に構える。

 青い瞳が見据えるのは向かってくる狂ババコンガ。もはや奴には、風花の目には死しか視えなかった。

 

「ヴォオオオオ!!」

 

 その体を生かした特攻は発想としては悪くはないだろう。いや、狂っているからただ単に風花を撥ね飛ばそうという魂胆だったのかもしれない。

 だがそんな単調さが風花に通用するはずもなし。腰を低く落とし、弾け飛ぶように風花の姿が一瞬に消え去った。

 狂ババコンガはその一瞬の事に困惑した。空気が弾けるような音が聞こえたかと思うと、目の前にいたはずの風花が自分の後ろにいたのだ。

 そして一筋の風が吹いた時、自身の体から更に血が舞い上がったのだ。それだけじゃない。気づけば体が次々と分断されていく。それが狂ババコンガが最後に感じたことだった。

 

 その場にいる狂化したモンスターを全て始末し終えた風花は一息ついて辺りを見回す。散らばるのは生き物だったものの肉塊と飛び散った血。普通ならばそれだけなのだろうが時間が経った今、死体から黒いもやが立ち上っている。

 しかしこれは視える者しか視えないものだ。これは狂化の種にもなった闇の粒子が集結したものだろう。そしてこれを祓おうと思えば光魔法を行使するのが一番なのだろうが、生憎と風花は光魔法を行使できない。千年以上生きているとはいえ、光魔法は才能がないと行使できない。

 しかも光と闇の粒子は他の属性と違って感知するのも難しい。つまりその二つをクリアしなければ二つの魔法は行使できない。

 とはいえ闇は自分が闇へと堕ちれば堕ちるほど、感知しやすくなる分まだマシなほうだろう。

 どうすることも出来ないまま風花が小さく舌打ちする。

 

「ふっくくく……この程度のものでは相手にもならぬか。流石は“自然”に達したクシャルダオラだのう。くっくくく」

「っ!?」

 

 突然聞こえてきた声に風花は息を飲んで振り返る。

 そこにはいつの間にいたのだろうか。着物を纏った白髪の少女が佇んでいた。下に白い小袖を纏い、その上に緋色の着物を着けているようだ。その柄は何かの獣らしき絵柄が金色の線で描かれている。

 風になびくように自然に下ろされた白髪は背中に届くかのように長く、黄色いリボンが頭部に結ばれている。

 真紅の瞳が楽しげな色を覗かせながらじっと風花を見つめており、右手には白い毛を使用した扇を携えてあおいでいる。

 身長は低く、13歳前後の子供のように思える。だが纏われている気質は子供のものと思えず、大の大人を圧倒しかねないほど強い。

 

「貴様……」

「ほう? 此方(こなた)の事を覚えておったか。一度きりの邂逅だというのに、くっく、喜ばしいことだのう」

「貴様があまりにも気に食わない存在だからでしょう。やっぱりそういう存在は気に食わない奴ばかりなのかしら?」

「…………ふっ、吼えるな、小娘」

 

 自身をあおぐ扇の手が止まり、真紅の目が風花を貫くように細められた。その瞬間、少女の気質が一気に収束し、風花を刺すように動いた。

 狂ババコンガ達を前にしても表情を変えず、冷や汗一つかかなかったというのに、少女の眼光を受けて再び息を飲む。

 

「“自然”の域にまで達し、千年生きたとはいえ、此方にとってヌシはまだ小娘と呼べる存在よ。……わかっておろう? 他を圧倒する程の力を持つヌシとはいえ、此方と比べればまだまだ甘いということがのう」

「……チッ」

「まあ、此方とて無駄な戦いをする趣味などない。のう? ヌシとて同感であろう?」

 

 うっすらと口元に笑みを浮かべているが、それは本当に笑っているのか、それとも風花を嘲笑うような冷笑なのか。何にせよ、見ていて気分が良くなる笑いじゃない。

 そして戦いをする気がないのは風花とて同じ事。この少女に挑んで勝てる気などしないのだ。逆に自分が殺される未来がありありと見えている。

 だからこそ苛立ちをぐっと堪え、目を閉じて一息つくことで心を落ち着かせた。

 

「……で、何の用があって再び私の前に出てきたのかしら?」

「くっふふ……そう警戒する事はない。此方はただ話をしにきただけよ」

「話?」

「然り。ヌシももう少し情報が知りたかろう? 例えば、奴らがどれだけ狂化竜を作り上げたのか」

 

 確かにそれは確認しておきたい情報だ。逆になぜこの少女がそれを知っているかという疑問が浮かび上がってくるのだが、一応話を聞くだけ聞いても問題はないだろう。

 腕を組んで少女を見下ろすことで話を進めるように無言で示した。

 

「奴らはおよそ五十前後の狂化竜を作っている。だがあの糞猿どものように感染していった個体も考えれば、ふむ、百はいくのではないかの?」

「五十、ね……。それだけしかいないのかしら?」

「あのドンドルマの一件で三十追加されたが、あれはあの作戦のために作られたもの。この第三段階、中央を恐怖という名の闇に落とす作戦で使われるものが五十前後という事よ。とはいえこのドンドルマやシュレイド全土に散らばり、各地を襲うという作戦だからの。実に様々な種類がおるわ、くっふふふ」

 

 人々からすれば迷惑極まりなく、そして恐怖を感じさせる事だというのに、この少女は実に愉快そうに笑っている。まるでどこかの少女と重なるが、風花はその少女と会ったことがないので判らない。

 目を細めてじっと考えつつ少女を見据えている風花を、少女はまた扇をあおぎながら横目で見つめ返している。

 

「で? ヌシらはそれに抗うのだろう?」

「抗うというより潰すだけよ。狂化をこの世に復活させただけでなく、それを用いて黒き獣や竜どもを作り上げた、というのが気に入らないだけ。……あとは人の身で奴を呼び寄せようというのも驕りが過ぎる。だから潰す、それだけよ」

「……ふっくっく、そうか。ならば良し。ヌシはそのまま行動すれば良い。それで此方の望む通りに事が進めばなお良し。せいぜい励めよ?」

「…………ふん」

 

 ニヤリ、と扇で口元で隠しながらも冷笑を浮かべた少女に、不快感を隠そうともせず舌打ちしながら風花は背を向けた。

 だが気づいたように少し顔を上げ、肩越しに少女を睨みつける。

 

「少し前の雪山……あれが貴様の言っていた五人のハンターという事でいいわけ?」

「然り。実に見事なまでの痛めつけっぷりだった。多少は此方の思い通りに事が進んだようでな、その点に関して見事と褒めてやろうぞ」

「……そう。で? 貴様の望みとやらは一体何なの?」

 

 それはあの時から気になっている事だ。

 この少女ともう一人の仲間はある望みを持ってこの世界、そしてこの一件に介入しているという。

 “世界”の域まで達したこの少女が一体どんな望みを持ったというのだろうか。そんな疑問は風花でなくとも、この少女を知るものならば気になるところだろう。

 

「……さて、なんであろうな? それはヌシには関係のない事であろうて。知る理由もなき者に、そう易々と教えられるものではないぞ?」

「……そうね。無意味な問いかけだったわ。でも気にはなるのよね。貴様の行動、それは白皇(はくおう)へと喧嘩を売るほどのもの。違う?」

「ほう、白皇を知っているか。……ふむ、“自然”へと達している程ではあったし、知っていても無理はないか」

 

 少しだけ意外そうな表情を見せたがすぐにそれは消え去った。

 風花が口にした白皇。それは“自然”の達した者の一部と“世界”に達した者が知る存在。そしてその中の一部の者にとっては最大の敵と呼べる存在。しかし普通の人々にとっては敵と呼べるものではなく、それ以前に会うことも敵と認識する事も不可能といえる存在でもある。

 

「だがそれも答える気にはならぬな。此方が白皇とどういう関わりになろろうとも、それもまたヌシには関係のない事。逆にヌシはどうなのだ? あの女に対して抗うような志があるのかえ?」

「そんなものないわよ。私があの人に対抗してまで得たいものなんてないわ」

「ふっくっく……それも然り。無意味な問いかけだったな。だが、ふむ……ヌシは気づいていないやも知れぬが、此度の件にも白皇が微かに手を出したのは確かだな。恐らく、この先も手を出してくる――否、手を出さざるを得ないであろうな」

 

 その言葉に微かに風花は反応を示した。少女の言葉が確かならば、考えられるとするならばドンドルマの一件か、あるいはそれ以前に小さな介入をした可能性があると考えられる。

 いや、もしかするとドンドルマに落ちたアレが白皇の介入だったのかもしれない。彼女の情報を整理すれば、アレがそうなのだと考えられる。

 となれば白皇の狙いは何となく浮かび上がる。

 その狙いをこれから起こりうることと、朝陽達の行動を照らし合わせれば、なるほど、状況はあまり変わる事はないだろう。

 つまり少女が言う手を出さざるを得ない、という意味合いはこちら側には不利。

 

「……抗っているのは私たちということになるのかしら?」

「くっくっく、気づいたか。だが知ったところでどうにかなるようなことではない。ヌシらはせいぜい励むしか出来ぬのだからな」

 

 ああ、気に入らない。

 風花の中でそんな感情が浮かび上がってきた。

 恐らくこの少女はほとんどの事を知っているのだろう。しかし知っていてなお話さない。白皇の事も知っていたようだし、華国で感じたようにこれから起こる事も知っているに違いない。でなければ朝陽達の事もそんなに詳しく知らないはずだ。狂化竜の数なんてそう簡単に数えられるようなものじゃないのだから。

 そういえばと思い出した。

 この少女には「あ奴」と呼ぶ知り合いがいたはずだ。聞けば獅鬼の前に現れ、彼を駒と称して色々と指示を出したらしい。そんな事が出来るほどの人物、それは一体誰なのだろうと気になった。

 

「じゃあ貴様があ奴と呼び、獅鬼を駒扱いしている女は誰なわけ? あの時の言動を思い返すと、ただの知り合いではなさそうだけど。色々と黙っているみたいだけど、それくらいなら知ってもいいんじゃない?」

 

 その言葉に少女は微かに目を細めた。

 しかし扇をあおぐ手は止まらず、何かを考えるかのようなそぶりを見せながらじっと風花を見つめていた。

 そのまま無言の時間が過ぎたが、それは果たして数秒だったのか、数分だったのか。緊迫した雰囲気が時間の感覚を狂わせていた。

 やがて少女は口元に扇を当てて口を開く。

 

「此方がそうであるように、あ奴もまた名を二つ持ってはいるが、ふむ。こっちならば告げても良いだろう。それが果たしてヌシの中で誰に結びつくかは知らぬがな、くふふ……」

 

 そして少女はその名を告げた。

 

「あ奴の名は――菜乃葉。苗字は告げられぬが」

「菜乃葉……これは本名?」

「ああ、本名じゃ。神倉獅鬼には世界に通じる二つ名を名乗ったようだがの」

 

 つまり“世界”に達する前、生まれた時に与えられた名を教えてもらった事になる。これは大きな収穫だろう。風花としてはこの少女の名も知りたいところだが、先ほどの様子では教えてくれそうになさそうだ。

 いや、もしかすると今なら教えてもらえるかもしれない。そんな微かな願いを込めて問いかけてみる。

 

「ちなみに貴様は?」

「……さて、なんであろうな? 何せ此方の名は色々と有名なのでな、くっくっく……。片やここの西方面で有名な名字、片や歴史に名を残すほど有名。はて、どっちを名乗れと?」

 

 だったらどっちか名乗れと風花は心の中で叫ぶ。そこから伝説に語られるほどの存在であるこの少女の過去を推測できるというのに、のらりくらりとかわされてしまった。

 そんな感情を何とか表に出さずにしまっておき、再度嘆息して心を落ち着かせた。

 

「……で、話はそれだけ?」

「そうじゃのう。他にもあったかも知れぬが、はて、何かあったかの」

「歳じゃないの? いい加減長く生き過ぎたんじゃない?」

「ふっくっく……、生憎と此方らは寿命というものがないのでな。死のうと思っても死ねんのだよ。……はて、ヌシが此方を殺せればいいのだがの?」

「……チッ」

 

 これ見よがしに舌打ちして風花は風に包まれる。渦巻く風が風花を覆い隠し、消え去った後にはそこに彼女はいなかった。どうやら別の場所へと移動していったらしい。

 それを見送った少女はまた扇をあおぎ、小さく肩を揺らしながら笑い出す。

 

「ああ、そうだの。ヌシが憎む狂化の種。今でこそ奴らが行使しておるが、その原点は……くっくっく、もうおらぬのだったな」

 

 わざとらしく笑いながら少女は歩き出す。手にしている扇を軽く振りかぶれば、肉塊と化している死体たちが一斉に炎に包まれた。

 燃え上がり、鼻をつくような異臭を漂わせているのに少女はまだ笑みを浮かべたままだ。

 

「くく……例えまだここにおったとしても、口にする気はないのだがな。時が来て自然と知る、その時の反応がまたおもしろそうだしの」

 

 その時の事を想像したのか、また冷笑に近いものを浮かべている。やはり見た目は可愛らしい子供とはいえ、その性格はどこか歪んでいるような雰囲気を感じる。

 ただあくどい、というだけでは留まらない何かがこの少女にはある。風花に見せていた冷たさは恐らく少女の心の一部だろう。

 

「さて、戻るとしようかの」

 

 再び扇を振りかぶれば、一際激しく炎が燃え上がり、死体を灰燼へと返してしまった。そして少女の姿も消え去り、その場には何も残らない。

 そこに狂化したモンスター達が現れた事、ハンター達が死んでしまった事を示すものが何一つない。風花が始末した事も、そこに少女がやってきて会話した形跡もない。

 全てはあたかも幻へと消え、いつもと変わりない沼地がそこにある。

 だが残ったものもある。

 死体から立ち上った黒いもやと、風花の心に落とされた微かな疑惑。含まれるものは違えども、どちらも闇だ。そしてどちらも性質が悪い。

 

 

 ああ、全ては思い通り。微かな誤差はあるかもしれないが今のところ思い通り。

 でもそれは誰の思い通り?

 さあ、それはわからない。

 しかしこれは確かに誰かの筋書き通り。誰かが願いを叶えるために書き上げた筋書き。

 闇はまだまだ広がるだろう。

 それに抗うならば、それ相応の力を得るしかない。

 

 

「ゲームはまだこれから。……菜乃葉、我主(わぬし)の駒はどこまでやれるのか愉しませてもらおうかの。くっふふふふ……!」

 

 少女の笑い声はどこからか響き、そして消えていく。

 果たしてこの少女は何者なのだろうか。そしてどこまで知っているのだろうか。

 全ては謎のまま。

 謎を孕んだまま、少女は己の在るべき場所へと帰っていった。

 

 

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