呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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59話

 

 

 怒号とも呼べる咆哮はゲイル達の耳を劈いたが、距離が離れていた為にその覇気に当てられるだけに終わった。しかしビリビリと空気が震えるのは感じられ、耳に感じられる振動は全くないとは言い切れない。

 そして狂ラギアクルスの背中の突起は未だに光を放っている。それが再び電気を帯び、再び口元が開かれれば電気エネルギーが収束していくのが見える。

 

「アルテ、分散するぞ! おめぇはそっち頼む!」

「うん!」

「サン、補助は任せるぜ!」

「……はい!」

 

 ゲイルは狂ラギアクルスから見て左側へ、アルテは右側へと走り出す。その際ゲイルはローブへとゲキリュウノツガイをしまい、新たな武器を取り出した。

 ドンドルマで優羅と戦った際に最後に使った緑色の鎌、鎌威太刀。現在サンが手にしているクイーンブラスターⅢと同じく、雌火竜リオレイアの素材を使った事により、毒を内包した鎌だ。

 

「毒ビンを使っているようだからなぁ、俺様もそれなりに援助してやるよぉ。もちろん、これ自体の切れ味も悪くないから、存分に斬らせてもらうぜおらぁああ!!」

 

 構えた鎌威太刀に自身の気を送り込めば、その刀身が鈍い紫色に光り始める。それは内包している毒がゲイルの気に反応して混ざり合い、このような色合いを見せているのだ。

 緑の刀身に纏われる紫のオーラ。これから繰り出されるものは狂ラギアクルスへと一種の地獄へと叩き落す。

 

「受け取れよ。これが俺様らからてめぇに送る、あの世への切符だぜおらぁぁああ!!」

 

 叫びと共に振りかぶられた鎌威太刀から、紫色の剣閃が放たれる。横一文字に作られた剣閃は真っ直ぐに狂ラギアクルスへと向かっていき、その横長の体に一筋の傷を作り上げた。

 ラギアクルスの体は横から見れば横に長いのが特徴だ。普通の獣と同じく四足で体を支える骨格をしており、そして大きな体をしているために横から見ると数メートルにわたる体がある。

 加えて首も尻尾も長い為、それらを伸ばせば全長は飛竜を代表するリオレウスよりも長いのではないだろうか。

 そんなラギアクルスへと横薙ぎの剣閃を与えれば、綺麗に体を切り裂いてくれる。だがゲイルはその一撃では終わらせない。少し離れた所から鎌威太刀をあたかもバトンのように巧みに回転させながら操り、その度に紫色の剣閃が狂ラギアクルスへと飛んでいく。鎌威太刀が毒のカマイタチを幾多も作り上げ、狂ラギアクルスへと襲いかかっていくのだ。

 そのカマイタチの一撃一撃に、鎌威太刀から同化した毒の成分が染みこんでいる。つまりただ切れ味が鋭いだけでなく、受け続ける事で体に毒が染みこんでいくのだ。

 それに続くのがサンの毒矢の応酬。設置されている毒ビンから鏃へと毒の成分が染みこみ、華奢な指によって弓が引き絞られ、次々と毒矢が狂ラギアクルスへと空を切って飛んでいく。

 これによってかなり毒が体内に侵入しているはずだが、狂ラギアクルスに変わった様子は見られない。どうやら毒に対してはかなりの耐性があるようだ。

 ゲイルの対面でアルテが黒剣インセクトフェザーを構え、再び剣の舞を踊ろうかという時、溜めに溜め込んだ雷エネルギーが解放されようとしていた。

 しかし三人はそれぞれ狂ラギアクルスの左右と正面に綺麗に分散している。威力が上がった雷弾程度では残りの二人が攻撃を仕掛けるだけだ。

 だから狂ラギアクルスは雷弾を撃たない。三人が分散しているならば、その全てを蹴散らすのみ。

 

「グゥゥ……グルォォオオオオオオオオン!!」

 

 首を持ち上げゲイル達を睨み、自分の右側にいるアルテから薙ぎ払うかのように、溜めきった雷エネルギーをそのまま吐き出すかのようにそれを解放した。

 それはまるで雷光線。

 首と顔が左へと動けばそれに従って光線も左へと動く。

 まさしく目の前に分散した敵を全て薙ぎ払う為の光線による攻撃だ。

 だがドンドルマで襲撃された狂リオレウス達も狂化したことによって熱線(リオビーム)を習得した事は知っていた。だからこの狂ラギアクルスもなんらかの形で光線の攻撃を行使してくるのではないかという予測を各々していた。

 

「やっぱ使うか、サンダービームをよぉ!」

 

 勝手に技名を命名しているが、二人は気にした様子はない。薙ぎ払われる雷光線をそれぞれ数歩下がる事でやり過ごすだけで充分かわせる。しかしそのビームは砂浜を直撃し、砂塵を巻き上げている。

 もうもうと立ち上る砂塵の奥で狂ラギアクルスは小さく唸りを上げているのが感じられる。そう、狂ラギアクルスも馬鹿ではなかった。薙ぎ払う雷光線を回避されるのは何となくわかっていたらしい。

 その次の手として再び背中の突起が帯電を開始する。だが今回はそれで終わらせる事はなかった。

 足に力を入れたかと思うとギロリとアルテとサンを見回し、帯電したまま足で砂を蹴り、その巨体を滑らせてきたのだ。体の前部分がアルテへと、腰から尻尾部分がサンへと当たるかのような滑りに、二人は息を飲んで回避行動へと移る。

 だが狂ラギアクルスはなかなかに大きな図体をしている。その体全体を武器としているだけでなく、帯電によって自身の体の回りに展開されている雷もまた攻撃手段の一つとなっている。

 

「くぅ……、これで……っ!」

 

 後ろに下がっても回避できないと悟ったサンは、咄嗟に足元の砂を巻き上げて自分の目の前に盾のように展開した。弓はその形状上から防御するには向いていない。リオレイアの素材を使っているとはいえ、このような巨体を前にして防いでしまえば、簡単に折れてしまうのが目に見えている。

 だからこそ電気を防ぐ事が出来る砂を盾とし、同時に強度を上げる事で狂ラギアクルスの体当たりを防ごうとしたのだろうが、狂ラギアクルスはそれでは終わらない。

 電気を纏わせていった尻尾をアルテへと振り回すと同時に、長い首を生かしてそのままサンへとぶつけてきたのだ。砂の盾は自分の前に展開している。つまり横から迫る首に対しての守りはなかった。

 

「っ……、きゃぁあっ……!?」

 

 何とか左腕に気を籠めつつ立てることで腕と体が打ちつけられるだけに済んだが、それでも体にかかる衝撃は強い。サンの体は大きく吹き飛ばされ、砂浜を勢いよく転がっていってしまった。

 一方アルテにもまた雷を纏った尻尾が迫っている。アルテが手にしている黒剣インセクトフェザーもまた防御するには向いていない武器といえる。刃同士を打ちつけあう対人戦ではまだマシだが、飛竜を相手にする際は防ぎきれない事が多いためだ。

 

「ふっ!」

 

 砂浜を蹴ると同時に体を回転させ、黒剣インセクトフェザーを立てて剣もまた宙を回転する。身を包むフルフルSシリーズは雷属性に対して耐性がある。それによって電気が触れようとも一定の威力がなければアルテは平気な顔で行動が可能だ。

 流石に尻尾が強く打ち付けられれば吹き飛ぶし苦痛は感じるのでこうして回避行動を取っているが、同時に黒剣インセクトフェザーによって攻撃も行っている。まるで縄跳びをするかのように尻尾を飛び越えつつ体を捻って剣で斬る、それは以前昴が狂ディアブロスの時にやった事と同じような攻撃方法だ。

 これによって切り抜けたアルテだが、サンはダメージを受けてしまっている。この事態にゲイルは苦い顔をした。

 レインは未だに来ていない。サンが現在脱落状態で、狂ラギアクルスはサンの方を睨んでいる。もちろん自分がその前に立つか、一気に接近して攻撃を加えれば奴の意識は少しでもゲイルへと向けられる事だろう。

 だが狂ラギアクルスには遠距離攻撃が存在している。雷弾と雷光線という二つの攻撃だ。前者はまだしも後者を出されてしまったらサンは危険な状態に陥ってしまうだろう。

 いや、それ以前にこの状況をレインが見てしまったらどうなるか。それは想像するに容易いこと。だから何とかしなければならない。

 

「おらぁ! こっち向けやぁ!」

 

 砂浜を駆け抜けて接近し、その勢いのまま跳躍して鎌威太刀を振りかぶる。しかも足元が爆発し、推進力を得て跳躍している為、人の身と人の身体能力でありながらも狂ラギアクルスの顔へと一直線へと向かって行く。だがその叫びに反応した狂ラギアクルスはすぐに首を引く事で鎌威太刀の刃を回避してしまった。

 そうなればゲイルはただ空中を飛んでいるだけの隙だらけとなる。首を引いた狂ラギアクルスはすぐに首を伸ばしてゲイルへと噛み付きにかかった。

 

「はっ、それでいいのよぉ。はぁっ!」

「グルォッ!?」

 

 普通ならばそのまま噛み付かれて終わるだけ。だが先ほどの爆発を応用する事で、空中でゲイルは更に行動を可能とした。迫ってくる狂ラギアクルスの顔付近で足元が爆発し、その体は更に上へと上昇して狂ラギアクルスの牙から逃れた。

 それだけではない。目の前で爆発された事で狂ラギアクルスに動揺が生まれ、隙を生み出してしまったのだ。

 

「燃え上がれ、俺様のオーラァ! そしてくらいやがれ、この鎌威太刀の一撃をなぁ!」

 

 ゲイルの気が鎌威太刀へと浸透していき、鎌威太刀に再びオーラが滲み出てくる。鎌威太刀は形状こそ鎌だが、分類上は太刀とされている。つまり鎌威太刀には練気が存在し、それは溜めれば溜めるほど鎌威太刀の威力が上がっていくという事だ。

 両手で鎌威太刀を引き、腰を落として力を溜めたゲイルは再び足元を爆発させ、空中落下を行いながら狂ラギアクルスへと急接近。

 

「ぉぉぉおおおおおおおらぁぁああああああああ!!」

 

 狂ラギアクルスの右額、右の角から一気に首に鎌威太刀の刃で切り裂きながら通り過ぎ、更に方向修正を兼ねて再び足元が爆発。一時的な急上昇を行った後に最初に急襲を仕掛けたあの大車輪を行う事で背中部分を一気に切り裂いていく。

 

「ゴォォオオオオオオオオオ!?」

 

 額から首にかけて縦に斬られたことと、右の角の根元に大きな傷を負った狂ラギアクルスが悲鳴を上げた。気を纏った鎌威太刀は、硬質化している鱗と甲殻に傷を入れるほどの切れ味を手にしていた。

 どうやら鱗だけでなく肉も斬ったらしく、傷口から血が噴き出している。それは砂浜にどす黒い赤を落としていった。

 

「おぉ、効いてるなぁ。何より何より。だがまだ俺様の攻撃は終わらねぇってなぁ、ハッハァ!」

「アルテも続くよ、お兄ちゃん!」

「オーライ! 俺様に続けやぁ、アルテェ!」

 

 再度二手に別れて体の両側から一気にダメージを与えていく。ゲイルの足の速さが上回り、先に狂ラギアクルスの前に回りこみ、鎌威太刀を回転させて再度カマイタチを作り上げて攻撃を始めた。

 そして軽く後ろへと振り返り、サンがどうなっているのか確認した。

 

「おい、サン! 大丈夫か!?」

 

 その呼びかけにサンはゆっくりと起き上がった。しかし左腕に小さな違和感があったため視線が左腕に向けられた。気を流し込み気功術の硬質化で守ったようだが、サンの華奢な腕には衝撃が重かったようだ。

 それに弓を引くには支える左腕が必要だ。まだ小さな違和感でしかないが、それが長く続くようだったらまずいものがある。

 一時的に離脱し、応急手当をしないといけないだろう。そこで肩越しに振り返っているゲイルへと左手を指差し、親指を立てて堤防の方に示してやった。それで何となく事情を把握したのだろう。ゲイルは小さく頷く。

 走り出そうとしたサンは攻撃を受け続けながらも自分を横目で睨みつけている狂ラギアクルスの視線に気づいた。また突起が帯電を始め、口元にエネルギーが再度集まっていく。

 

「撃たせねぇよぉ!」

 

 鎌威太刀を構えて横薙ぎの剣閃を放ったが、同時に狂ラギアクルスが首の腹ではなく硬い甲殻がある裏側を見せつつ体を滑らせてきた。急に迫ってきた狂ラギアクルスの体に反応するも、それでも完全に回避するには遅いため、鎌威太刀を立てて最低限の守りを作るしかなかった。

 そして狂ラギアクルスは滑りながら剣閃を硬い部分で受け止め、また首を動かして離脱しようとしているサンへと雷弾を撃とうとしていた。

 

「ふんっ、このっ……!」

 

 足元ではアルテが黒剣インセクトフェザーを振るってなんとしてでも意識を向けさせようとしているも、狂ラギアクルスはアルテを気にした様子もない。だが纏わりつかれるのもイラつくのか、それを排除しようと自分の周りに電撃を放ってきた。

 

「ちぃ……! サンッ!」

「……っ!」

 

 だがサンもただ離脱するだけで終わる事はない。彼女はギルドナイトであり、同時に上位ハンターでもあるのだ。狂ラギアクルスが撃つ前に、その眼前へと閃光玉を投擲していた。

 

「グォォオオオオオ!?」

 

 辺りを包み込むほどの光が発生し、そしてそれを目の前で受けた狂ラギアクルスは口に溜めていたエネルギーを霧散させて悲鳴を上げた。目を潰され、ぶんぶんと首を振っている狂ラギアクルスを横目に、サンは堤防へと離脱していく。

 

「閃光は通用すんのか……、これは大きな収穫だなぁ。……なら、この隙に切り込むかぁ!」

「うん!」

 

 めまい状態になっている狂ラギアクルスへと、ゲイルとアルテは一気にダメージを与える為に再度肉薄していく。戦局は少しずつゲイル達の優位へと傾いていく。

 

 堤防を飛び越え、少しだけ離れたサンは左の袖を脱ぎ取った。白く細い、とてもハンターとは思えない年頃の少女の腕がそこにある。しかし少しだけ青あざらしきものが浮かんでいる箇所があった。それが狂ラギアクルスの首を打ちつけられた場所だろう。

 ポーチから回復薬グレートを取り出すと、一枚の布へと染みこませていった。それを青あざがある箇所へと当ててやり、包帯を巻いて結んでやる。それで形としては応急処置になる。

 次に服を脱ぐと左腕と同じく打ち付けられた箇所を見てみると、そこにも左腕と同じく青あざがあった。気功で硬質化させたとはいえ、やはり硬い鱗に覆われた首を打ちつけられた影響は強い。

 その部分も布に回復薬グレートを染みこませて当ててやり、同じように包帯を巻いていくことにする。

 

「……これで何とかなりますか」

 

 残りの液体は飲み干して体内から回復を促す事にする。それを終えて応急処置を終える。

 しかしゲイル達は今もなお狂ラギアクルスと戦闘している事だろう。自分は後方支援や、遊撃を担当しているハンター。前衛戦闘は兄であるレインやゲイルが主に行っていた為、サンが前に出る事はあまりない。

 今回の戦闘もそれは変わることはなかったが、いつもよりもひどい戦闘だ。普通の竜種ではなく、狂化竜となっただけでこの様とは、自分もまだまだ未熟という事なのだろうか。

 年下であるアルテがあんな風に立ち回れているのを思い返すと、少し自己嫌悪になってしまう。

 だがここで立ち止まるわけにもいかないだろう。装備を整えてクイーンブラスターⅢを手に取る。二人がまだ戦っている以上、自分もあそこに戻らなくてはならない。

 立ち上がったサンは砂浜へと歩き出そうとしたが、ふと思いだしたことがあった。

 

「それにしても、兄上は一体何をしているのでしょうか」

 

 そう、兄であるレインである。

 今の彼はジュースの件でこの場に現れていないが、そんな事をサンが知るはずもない。レインの性格を考えれば真っ先に来るはずだが、未だに現れないとはどうしたのだろうかとサンは少し心配になっていた。

 

「別の場所で何かが起きた……? いえ、それなら何か連絡が来るはずですが……、何にせよ早急に決着をつけなければ」

 

 一時的にその事について振り払い、サンはクイーンブラスターⅢを構えて走り出した。

 

 狂ラギアクルスの怒りは先ほどよりも更に高まりつつあった。ようやく追い詰め、狩りを終えて食事にありつけたというのに、それを邪魔した小さな存在が現れたのだ。

 竜種であろうとも人族であろうとも、食事を邪魔されれば腹も立てる。狂化していた狂ラギアクルスの怒りは、その時点で沸点が低くなっていた。だからその小さな存在も殺す事にした。

 だが実際戦闘に入ればそれは失敗続きだ。

 自身の領土である海から無理やり陸に上げられ、いいように走り回られて傷をつけ続ける。その中の一人を排除したはいいが、残りの二人はまだまだ戦闘可能だ。しかもその二人が自分をどんどん傷つけていく。

 この体を駆使しても、得意の雷を行使しても二人は倒れない。攻撃を回避し続け、逆に自分を攻め立てる。

 

「グルォォオオオ……!」

 

 手を振り払い、尻尾を振り回し、体をぶつけても二人は笑みを浮かべたままだ。いくつかの攻撃は当たっているというのに、二人は全然倒れない。

 

「ハッ、こんなものかよぉ!? だったらどんどん斬りこむまでよぉ!」

 

 ゲイルの手には再びゲキリュウノツガイが握られている。鎌威太刀は防御に使った際に少々ガタがきてしまった。普通の太刀よりはまだ守れるが、それでもあの巨体の体当たりを受けてしまえばどこかしらに不具合が発生してしまったようだ。

 だからゲキリュウノツガイへと持ち替え、再度攻めに回っている。

 

「ゴォォオオ……!」

 

 狂ラギアクルスはまた帯電を始め、同時に口元に雷エネルギーを溜め始める。溜めている間は体に肉薄すれば攻める事が出来るが、狂ラギアクルスも学習したようで自身の周りに電気を帯びる事でそれを封じ込めてきた。

 つまり剣士タイプの二人は斬り込むことが出来ない。しかし気を扱える二人は武器にそれを纏わせ、気刃を行使する事で遠距離から剣閃を放つ事が出来る。近接戦闘を主とする剣士でありながら、気や魔法を会得する事で離れていても攻撃が出来るハンターは距離をあまり選ばない。

 技術というものは大事だ。習得している技が多ければ、それだけ戦闘に関して選択肢が増えていくということなのだから。

 竜種は生命力に満ち溢れている。だからこそ隙あらば攻撃を仕掛けていくのが良い。でなければ彼らに攻撃の手を許すか、逃亡させる時間を与えてしまうのだ。

 狂化竜は逃がすわけにはいかない。そうなれば他の地に被害を拡大させてしまい、それだけ大陸の闇が少しずつ増えていくことに繋がる。ギルドナイト側に属したならば、この狂ラギアクルスを討伐しなければこの先の信頼を取り戻す事は出来ず、罪滅ぼしにもならない。

 だからゲイルは戦う。そしてゲイルが戦うならばアルテも戦う。

 エネルギーを溜めていく狂ラギアクルスへゲイルは炎をぶつけて、アルテは黒剣インセクトフェザーを自分の前で8の字を描くように回転させて気刃を連続して放っていく。

 そしていざ狂ラギアクルスが雷弾を放とうとした時、口元へと矢が連続して飛来してきた。口内へと飛び込んでいく矢は雷弾のエネルギーを纏い、そして上あごや喉に突き刺さった。

 

「ガァアアアアァァァァ!?」

「おぉ、えげつないことをしやがる……。だがそれも一つの手だ。よくやった、サン!」

 

 堤防に上がってクイーンブラスターⅢの弦を引いているサンへと振り返らずにゲイルは賞賛を送った。

 口内というのは生物にとっての急所ともいえるだろう。外側の筋肉や甲殻は鍛える事で硬くなっていくが、口内などの内部は硬くなりづらい。そこをつくことは戦術として間違っていない。

 

「ゴルォォ……グォオオアアアアァァァ!!」

 

 その痛みは狂ラギアクルスを暴走させるには充分なものだった。がむしゃらに首や尻尾を振り回し、砂を巻き上げながら付近をじたばたと暴れまわっている。そしてよく見れば口元の白い息吹に紫のガスが漏れ出ているのがわかった。どうやらようやく体内の毒が力を発揮し始めたらしい。これで体内からのダメージも期待できるようになった。

 狂ラギアクルスの暴走は離れていれば巻き込まれる事はなく、サンを交えて遠距離から甲殻を削り取り、剥がしながら攻撃を加えていく。

 サンは堤防という高い場所から狙撃している事もあり、狙う場所は背中の突起だ。毒状態になっているのがわかったため、毒ビンを外して強撃ビンを設置する。これは矢の強度を上げる効果を持ち、それはすなわち矢が突き刺さった際の威力を底上げするものだ。

 この状態から放たれる貫通矢により、突起の根元へと狙撃する事でそれを破壊しようという事だ。

 

「グルォォォ……!」

 

 この状況は自分にとって不利だと悟ったのか、狂ラギアクルスは真っ直ぐに海へと走り出した。海に飛び込み、体勢を立て直そうというのか、それともそのまま逃亡しようというのか。どちらにせよゲイル達には歓迎できるものではない。

 

「アルテ! 逃がすな!」

「わかってるよ! せぇいっ!」

 

 足を狙って攻撃するも、それでも狂ラギアクルスは止まらない。走り続けた勢いのまま跳躍し、海へと飛び込んでいってしまった。

 

「ちぃ……! また引きずりださね……あん?」

 

 てっきりそのまま海に潜ったまま何かをするものと思ったゲイルだったが、それは見事に裏切られてしまう事になる。狂ラギアクルスは海面へと上昇し、尻尾へと電気を纏わりつかせたかと思うと、そのまま勢いよく振り回してきた。

 尻尾によって薙ぎ払われた事で海水が舞い上がり、同時に尻尾から放出された雷が横薙ぎにゲイル達へと襲い掛かってくるではないか。

 雷の鞭と電気が纏われた海水が降り注ぎ、狂ラギアクルスを再び陸へと引き上げようと疾走していた二人は急停止すると同時に防御体勢に入らざるを得なくなった。

 背中になびいているローブを翻し、襲い掛かる雷の鞭と降り注ぐ海水から身を守る。二人のローブは空間収容術だけでなく各属性に対する耐性が付与されている。この付与は朝陽が行ったのだが、どうやらまだ生きているようだった。

 しかしローブで身を守っている為にそれには隙が生まれている。好機と見た狂ラギアクルスは、今度は海面から首を伸ばしてエネルギーを素早く溜め始めた。

 

「グゥゥ……グルォォオオン!!」

 

 放たれる雷弾は真っ直ぐにゲイル達へと飛来してくる。それだけではない。直接ゲイル達に当てるだけでなく、足元の砂を狙って撃ち込むことで砂を爆発させてゲイル達を打ち上げようとしている弾もあった。

 戦局は狂ラギアクルスへと傾いたのだ。

 

「クソが……! やっぱり海竜種を海に、水に入れるべきじゃねえな……!」

 

 海に入られれば彼らは自由自在に泳ぎまわり、隙を見て攻撃を仕掛けてくる。水こそが彼らの領土であり、ただの人が容易に入る場所ではない。

 戦士は文字通り手が出せず、ガンナーが遠距離から攻撃を仕掛けようとも、着弾する前に素早く移動されて回避される事が多い。

 だからこそ何とかして彼らを陸に上げる事が重要となってくる。

 近年はハンターも水中で戦えるようにするための技術や魔法も開発され始めているが、まだまだ普及しているとは言いがたい。これは慣れというものも関わってくるからだ。

 しかし例外として海付近に集落を持つ魔族は、幼い頃から水陸で活動している為に水中でも戦う事が出来るが、それは一部の魔族というだけあって数が少ない。そして彼らはあまりハンター業をやらないために、認知度が少ないという話だ。

 

「ふっ、はぁっ!」

 

 堤防から移動したサンが何度か矢を放ってはいるものの、命中する前に狂ラギアクルスが移動をしており、状況が変わることはない。

 しかも余裕が出始めたのか狂ラギアクルスは立ち泳ぎをしつつ横に滑るように泳ぎ始め、帯電したまま雷弾を連続して放ち始めている。時折海中に身を潜め、尻尾から繰り出される雷の鞭も織り交ぜ、今までの借りを返すかのごとくゲイル達を容赦なく攻め立てていく。

 

「……ならば!」

 

 一端クイーンブラスターⅢを背中に戻すとポーチから閃光玉を取り出した。その様子を横目で確認していたゲイルは狂ラギアクルスと交互に見やり、位置を確認しつつ光に備えた。

 当の狂ラギアクルスは一時的に海中へと身を顰めている。閃光玉は視界に投擲しなければ意味がない為、サンは狂ラギアクルスの動きを観察する。狙うのは狂ラギアクルスがその顔を海面から出した時。未だに一部が赤く染まっている海をじっと見据え、狂ラギアクルスの動きを観察する。

 そして何かに反応したようにその鷹の目がキッと開かれ、勢いを乗せて閃光玉のピンを抜くと同時に投擲した。空を切って海へと向かう閃光玉と同時に狂ラギアクルスが海面へとその顔を出してしまった。その視界には自分に向かって飛んでくる閃光玉がある。

 そう感じたのは一瞬だろう。それはもう光を放ってしまっているのだから。

 

「グォォオオオオオオン!?」

 

 形勢は再度逆転する。狂ラギアクルスが再び視界を潰された事でゲイル達に攻撃のチャンスが訪れたのだ。

 次にやる事はもう決まっている。

 何としてでも狂ラギアクルスを陸に上げなければならない。でなければまた同じ事の繰り返しとなる。

 いや、もう狂ラギアクルスに閃光玉は通用しないかもしれない。もう狂ラギアクルスも学習してきているだろう。閃光玉を警戒し、海面に顔を出さなくなる可能性だってある。そうなればもう逃亡しか未来が想像できない。

 だからこの機会に陸に上げる。

 ゲイルは宙へと飛び出し、一気に加速して狂ラギアクルスへと接近していく。だが狂ラギアクルスはその気配と音に気づいた。そして自分がとるべき行動を一瞬の内に判断して行動に移したのだ。

 

「ちぃ……! こいつ、潜りやがった……!」

 

 目を潰されたならばこのまま海面から顔を出し続ける意味はない。海中に潜り、視界が回復するまでそのまま待機すればいい。それを判断できるほどの思考が、狂ラギアクルスにあった事に驚きだ。

 だがこのまま黙っているゲイルではない。すぐさまローブに手を入れると、エメラルドの宝石がついたペンダントを取り出した。それを首にかけるとイメージを固めて風魔法を行使する。

 これから行使するのは少々大きな力を使わなければならない。海の下から水がせり上がってくるかのような風の動きを構築し、それを行使しようとした。

 だがそれよりも早く海中から光が発生した。

 

「っ、ちぃ……!」

 

 海中からの放電。最初に狂ラギアクルスの存在を匂わせた黒い雷を、海面へと放出される攻撃がゲイルへと襲い掛かった。下から雷が襲い掛かるという常識では考えられない攻撃に加え、自然の中でも高速で落下してくる雷に迫るほどの速さで襲い掛かる黒い雷。

 ただエネルギーを上へと放出しているだけだが、それだけにどこから襲ってくるかわからない。それが普通の雷と同じような速さで襲ってくるものだから性質が悪い。

 

「ぐっ、はっ……」

 

 初弾こそ受けたが、すぐにローブを自分に巻いて守りを固める。しかし直撃した黒い雷の影響で体勢を崩し、少しだけ海へと落下しそうになった。

 それだけじゃない。体が痺れ、集中力も削がれそうになっている。これから行おうとしているのは自分を浮かす風魔法だけでなく、狂ラギアクルスを打ち上げようという大きな風魔法も同時に行使しようとしているのだ。

 常人ならばもう海に落下し、狂ラギアクルスに喰われるという結末を辿っているはずだ。

 強い精神力と身体能力が今もなおゲイルを動かしている。

 

「ちくしょうがぁ……! 俺様を……あんま、舐めんじゃねぇぞごるぁぁああ!」

 

 魔法の二重行使。痺れる体に鞭打って手を伸ばし、顔をしかめながらも狂ラギアクルスを少しずつ海上へと押し上げていく。その間も黒い雷はゲイルへと襲い掛かっていく。ローブによって防がれているが、一部は布不足によって隠されていない所があり、そこへと命中したり掠ったりしている。

 その度にゲイルが苦悶の表情を浮かべ、頬に汗が流れていくがそれでもゲイルはその魔法を解除する事はない。少しずつ押し上げられていく狂ラギアクルスの姿が見えてきており、もう少しすればその姿が再びあらわになるだろ。

 だが狂ラギアクルスの視界はまだ潰されたままだが、ぼやけた視界の中で真紅の瞳は動き始め、少しずつゲイルの姿を捉えるかのように彼の方へと向かっていく。

 しかしゲイルは笑みを消さずに少しずつその巨体を動かし続けた。彼の視界には狂ラギアクルスだけでなく砂浜にいる仲間の様子が見えている。

 アルテは背中に翼を生やし、ゲイルと同じく海上へとやってきており、黒剣インセクトフェザーを構えてその時を待っている。これもまた変化の応用なのだろう。有翼種と同じような翼がそこにある。

 サンは砂浜に待機し、クイーンブラスターⅢからブルーブレイドボウⅡへと持ち替えいた。強撃ビンがセットされており、既に矢を番えて弦を引いている。その姿が見えればいつでも矢を放てる耐性にある状態だ。

 ぐっと拳を握り締めて力を込め、何かを釣り上げるかのように一気に風魔法を行使しながら引き上げた。

 

「ごたい……めんってなぁぁああ!!」

 

 あたかもそれは魔法による狂ラギアクルスの一本釣りだ。しかしその一本釣りは危険すぎる。狂ラギアクルスは海上に打ち上げられる間も放電を行っている。つまり離れていた黒い雷が、釣り上げた事で一気に接近してきた事になる。

 

「ぬぅぉぉぉおおおお!?」

 

 黒い雷が一気にゲイルへと直撃し、今まで耐えていたゲイルも苦痛の悲鳴を上げてしまう。それにアルテは悲しげな表情を浮かべたが、自分の役割を果たすために一気に加速して狂ラギアクルスへと接近する。

 

「せぇぇぇえええい!!」

 

 黒剣インセクトフェザーを回転させつつ黒い雷の中へと飛び込んでいく。フルフルSシリーズがあるとはいえ、黒い雷の群れの中に飛び込んでいくというのは危険行為だ。

 しかしアルテはただ攻撃するという意味でこの中へと飛び込んでいったのではなかった。確かに回転させた黒剣インセクトフェザーは背中の突起を切り裂いていっているが、狂ラギアクルスを通過して真っ直ぐにゲイルへと向かっていく。

 

「お兄ちゃんっ!」

「……っ、なにやってる……! 俺様よりラギアを……!」

「わかってるけど、お兄ちゃんを支えながらやるから!」

「無理に決まってんだろ! おめぇは変化ぐらしかできねぇんだからよぉ……!」

 

 そう言いながらもアルテに支えられているゲイル。今もなおアルテは黒い雷に打たれているが、フルフルSとローブが彼女を守っている。いや、それでも感電はしているはずだが、何故か顔をしかめるだけで効いている様子があまりない。

 そうしていると突起に溜め込んだ雷エネルギーがきれたのか黒い雷が収まってきた。しかし狂ラギアクルスの意識はゲイルへと向けられているらしく、海上に佇みながら首を持ち上げてゲイルを睨むかのようにしている。

 

「グルォォォオオ……! っ、ォオオオ!?」

「っ、はぁっ!」

 

 傷が入っている箇所を狙ってサンが引き絞った弦から指を離す。首を持ち上げ、更に曲げている為にゲイルが縦に切り裂いた部分がある。主にそこを狙ってサンは貫通矢を放っている。

 傷から入り込んだ貫通矢は首の肉を貫いていき、狂ラギアクルスに大きな苦痛を与えていく。その隙にアルテはゲイルを抱えて一時的に狂ラギアクルスから離れ、今度はお尻から尻尾らしきものを伸ばして狂ラギアクルスの首を締め付ける。

 これも変化の応用なのだろうが、それを簡単にイメージしただけでなく実行に移してしまう辺り異常だ。翼を生やして飛べる時点で異常だろうが、このような使い方まで普通にこなすのは初見なら驚きだろう。

 

「ええーい!」

「グルォ……!?」

 

 首を絞められたまま狂ラギアクルスはアルテによって砂浜へと引き寄せられる。しかしそれに抵抗するように狂ラギアクルスは逆の方へと首を引いた。

 

「っ、くぅ……!?」

「グルォォオオオ!」

 

 ギリギリと変化で作られた尻尾が音を立てる。これは変化で作られたとはいえ、普通の動物やモンスターたちと同じく、ある程度の感覚が存在している。だから引っ張られた際に苦痛を感じてしまうのだ。

 そんなアルテを見て舌打ちしたゲイルは、荒い息をつきながらアルテの頭を軽く叩いた。

 

「無理すんな、アルテ……! あとは俺様がやる……!」

「で、でも……」

 

 ゲイルの表情からしてまだダメージが残っている事だろう。それでもこれ以上アルテにやらせるわけにはいかない、という兄の心がゲイルの中に広がってきた。

 

「それを消せ……っ、あぶねぇっ!」

「ゴォォォオオオオ!」

 

 狂ラギアクルスはアルテに巻きつかれながらも口元にエネルギーを溜め込んでいた。微かに口を開けて溜めていたらしく、今の今まで二人に気づかせなかったようだ。

 放たれた雷弾を咄嗟にゲイルはアルテを庇うようにしてその背に受ける。背で受けたということは纏っているローブが雷弾を受け止めた事になるため、ゲイル自身に大きなダメージは行かなかったようだが、アルテは庇われた事に驚いている。その事で尻尾が消え、狂ラギアクルスは解放されて海へと潜っていった。

 

「お兄ちゃんっ!」

「……はっ、心配すんなっての……。これくれぇどうということはねぇよ……」

「……っ……」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるゲイルに、アルテの中で何かが変化した。その碧眼が一瞬だけ真紅に染まったようだが、それはすぐに消え去った。ざわりと空気が変化していく中、狂ラギアクルスは海に潜り何かを狙っているかのように二人の下で旋回しながら泳いでいる。

 

「……お兄ちゃん、一端戻るね」

 

 そう言うとアルテは砂浜へと引き返して飛行する。それを狂ラギアクルスは追跡するように海中を泳ぎ始めた。どうやら逃亡する、という選択肢はないようだ。それは自分が現在ゲイル達より優位に立っている事を感じているからだろう。

 敵を倒す、という思考が強く働き始めているらしい。それが「逃げる」という思考を消し去っていた。

 そして狂ラギアクルスはゲイル達を倒す為、一つの方法を用いてきた。

 海面に影が映る程の深さを泳いでいたが、突如その姿が見えなくなるほど深くまでもぐっていったのだ。アルテがもう少しで砂浜まで辿り着けるというのにここでなぜ潜っていくのか理解できない。

 いや、そもそもアルテはただゲイルを砂浜まで送り届ける、という考えしかなかった。狂ラギアクルスに対しての思いは敵意のみ。そしてそれをも大きく上回るのが、負傷したゲイルを休ませてやろうと砂浜まで送っていく、という思考が大半だった。

 だから狂ラギアクルスの行動に気づかなかった。

 

「っ、これは……!?」

 

 狂ラギアクルスの攻撃に備えていたサンは海から迫る強い気配に息を飲んだ。それは狂ラギアクルスということはわかっている。先ほど深くまで潜っていったが、その姿が一気に浮上していく気配がする。

 それから繰り出される攻撃といえば、その勢いを乗せたまま海上へと浮上していく攻撃だろう。飛ぶ鳥を落とす勢いでの海上ジャンプ、そして長い首を生かしての噛み付きか。

 それだけじゃないだろう。そのまま巨体がこちらへと迫り、サンを押し潰しかねない。

 

「これは……いけませんっ……!」

 

 砂浜へと接近してくるアルテ達を見上げると、警告する為に普段は張り上げない大声を上げた。

 

「ラギアクルスが来ます! 気をつけてください!」

「っ……!?」

 

 その声にアルテは肩越しに海を見下ろした。

 そこには確かに巨大な影が自分達へと迫ってくるのがわかる。そして強い水しぶきを上げてそれが海上へと飛び出してきた。

 

「なっ……!?」

 

 だがそれはサンが想定していた狂ラギアクルスではなかった。

 横っ腹が何かに噛み千切られたかのように欠損しているガノトトスの死体だった。それが血と肉片、そして一部の内臓を零しながらアルテ達へと吹き飛ばされている。

 その突然の出来事に一瞬だけ思考が止まったアルテとサンだったが、その巨体から逃れる為の行動を起こした。

 アルテは翼を羽ばたかせたあと滑空するかのように急加速。その速さを以ってガノトトスから逃れる。そして砂浜にいたサンは横に走り、ガノトトスの落下地点から逃れた。

 大きな音を立ててガノトトスが砂浜へと落下し、激しい砂煙を上げた。その砂煙の奥に狂ラギアクルスが再度海上へと姿を現していることをサンは一瞬気づかなかった。

 帯電を開始し、攻撃の準備を行っている狂ラギアクルスの視線はサンと、砂浜へと降り立とうとしているアルテを捉えている。

 勝った。

 自分が繰り出すあの攻撃により、両者は貫かれるだろう。そう感じながら狂ラギアクルスはエネルギーを溜め込んでいく。

 もうもうと立ち上る砂煙は今も消えない。それだけガノトトスの巨体からもたらされた影響は強かった。

 ラギアクルスは海中を素早く泳ぎ、力を籠めて加速したことで繰り出される突進は、岩盤に強い振動を与える。一説によれば海中にあった古代の柱を容易に叩き折るほどの力を持っているという話だ。

 それが狂化したことで更なる力を得たならば、ガノトトスの巨体を海上へと吹き飛ばす事もまた不可能ではないだろう。それが今実践されただけの話。

 

「グルルル……」

 

 帯電は強くなっていき、口元にはどんどん力が集まっていく。放たれようとしているのはあの雷光線。それを以ってして一気に薙ぎ払い、三人を一気に始末するのだ。

 色々あったがここで戦いは終わる。人族が自分に勝てる道理などない。

 力が集まってきた為、狂ラギアクルスは口を大きく開ける。その数秒後には力が完全に溜まりきり、あの雷光線が放たれる事だろう。

 怒りに頭に血が上り、そして勝利が転がり込んでくるという興奮に狂ラギアクルスは一種の慢心があった。

 だから砂煙のこともあり視野が狭窄し、その存在に気づく事がなかった。

 

 ――ヒュゥゥゥゥ

 

 それは風を切って飛来する矢の音。気づいた時にはそれは自身の口内に再び飛び込み、その反対側へと貫通して飛び出していった。

 

「ガッ、ガァァアアアアッ!?」

 

 それだけじゃない。その矢には火属性を内包しており、溜まりきっていた雷エネルギーと反応を起こし、連続して爆発を起こしたのだ。

 一体誰だ!?

 狂ラギアクルスは痛みに悶えながらも真紅の目を動かし、この攻撃を行った存在を探し始める。だがそれを邪魔するかのように次々と矢が襲い掛かってきた。

 

 

「――強化。空翔ける鷹は獲物を逃さない」

 

 呟きながら弓を引き、矢に強化を施した後に手を離す。そうすれば人の身では届かない距離まで矢が飛び、獲物へと真っ直ぐに向かっていく。

 彼――レインが今立っているのは堤防よりも高い場所。堤防の後ろに生え揃っている木々の上。そこから狂ラギアクルスを見下ろし、手にしているプロミネンスボウⅢを構えていた。

 到着したのはついさっき。一瞬で状況を把握し、狂ラギアクルスへと貫通矢を放ってやったのだ。

 プロミネンスボウⅢは雄火竜リオレウスの素材から作られた火属性を内包した弓。その矢には火属性が付与される。

 

「――強化。空翔ける鷹は獲物を逃さない」

 

 矢を強化させる魔法を坦々と詠唱し、次々と矢を放つその様はまさしく狙撃手の一言に尽きる。その目で目標を視認し、狙いを定めて弓を引く。その全てはレインの狙い通りに目標を貫いていた。

 

「グルォォォオオオ……!」

「ふっ、ようやく気づいたか。だが既に遅い。貴様はもうわたしからは逃れられんよ。どう動こうとも、わたしの弓で射抜いてみせよう」

 

 薄く笑みを浮かべるレインの瞳には、獲物を狩る鷹の目の色合いを見せるに留まっていない。大事な妹であるサンを傷つけ、そして殺そうとしていた狂ラギアクルスへの怒りも含まれていた。

 彼はサンがどこかを負傷していることを見抜いていた。生まれた時からサンと共におり、そしてハンターやギルドナイトになった後も彼女の事を見守り続けたのだ。彼女が負傷した際の動きも記憶しているため、彼女がどこかを負傷し、それを隠そうとしても見破ってきたのだ。

 狂ラギアクルスの口内からは血が流れ落ちている。あの爆発の影響は狂ラギアクルスへと大きな影響を与えていた。これでしばらくは雷弾を撃つ事はできないだろう。

 そう思っていたのだが、それは裏切られる事になった。

 狂ラギアクルスは自身に苦痛が来る事も厭わずに雷弾を作り始めていた。それを見たレインはうっすらと目を細めて嘆息する。

 

「流石は狂化しているだけはある。自身の苦痛よりも敵を倒す事を優先するか」

 

 それが狂化の特徴だと知識では知っていたが、本当にそれが実行されるとなればレインの心境に少し苛立ちが生まれてしまった。遥か昔の戦争時代に生まれた人の過ちといえる魔法。

 ただ敵を排除するためだけに作られ、封印された闇魔法。それをモンスターに使ってまで目的を達成しようとする神倉朝陽。その駒とされた狂ラギアクルス。

 つまり考えようによっては狂ラギアクルスは朝陽に利用された被害者ともいえるだろう。だが奴からもたらされる被害を考えれば狂ラギアクルスを討伐しなければならない。

 理不尽な事だろうが、それを実行しなければ無駄に血が流れる。

 ただのラギアクルスならば撤退させる事も捕獲する事も選択肢に含まれただろうが、狂化竜となれば殺すしかない。

 命を無駄に奪う事になるのだ。

 その現実にレインは苛立つ。

 サンを傷つけ殺そうとした狂ラギアクルスに苛立つ。

 無駄な殺生を行わない、という己の理念に反する現実を突きつけられる事に苛立つ。

 この現実を生み出した現況である朝陽に苛立つ。

 

「……だが、やらねばならない。いや、やらせてもらうぞ、ラギアクルスよ!」

 

 放たれた雷弾を回避し、木々の枝を伝って下に下りていき、堤防へと着地する。

 

「ふっ!」

 

 すぐにプロミネンスボウⅢを構えて貫通矢を放つと、続いて弓を空へと向けて一つの矢を放ち、再度狂ラギアクルスへと向けて矢を番え、少しだけ力を籠めて引いた。

 最初に放たれた貫通矢は回避されたが背中の突起の一部の根元を貫いていく。それによって唸りをあげつつもその体の動きが一瞬だけ止まってしまった。それを狙ったかのように三つ目の矢が狂ラギアクルスの顔へと向かっていく。

 その貫通矢はゲイルが切り裂いた右の角へと向かっていき、その根元から貫いていき、とどめとして二つ目の矢が空から落ちてくる。まるで最初からその流れを想定したかのような矢の操作により、その矢は右の角の根元を破壊し、宙に角が舞い上がる。

 片方の角が折れた事により、狂ラギアクルスは更に苦痛の声を上げて暴れ出した。その隙を狙い、矢を放ちながらレインはサンへと近づいていく。

 

「サン! 大丈夫か!?」

「に、兄さん……、今までどちらに?」

「うむ……色々あってな、遅れてすまなかった。大丈夫か?」

 

 サンの前に立って暴れている狂ラギアクルスへと連続して矢を放ちつつ、サンの容態を心配する。そんな兄を見上げながらも一息つき、立ち上がって手にしているブルーブレイドボウⅡを構えた。

 

「はい、弓を射るには問題ないですよ。……しかし、ゲイルさんが少し心配な状態にあります」

「む、ゲイルが……?」

 

 横目でゲイルがどうなっているのかを見てみると、砂浜にゲイルを下ろしているアルテの様子が見えた。その表情はゲイルを心配している妹のものだった。彼女は本当にゲイルを慕っているのだとわかる光景だ。

 

「……ん?」

 

 しかしレインは一瞬だけアルテのその様子に異質な空気を感じ取った。いや、空気だけじゃない。今のアルテは変化によってゲイルと同じ年くらいの外見年齢をしているが、その纏う空気の奥に別の彼女の姿を幻視した。

 そう、気のせいじゃなければ金色の長髪に真紅の目をし、金色の少し太くふわふわとした尻尾持つ美少女の姿をしたアルテの姿が……。

 

「……気のせいか?」

 

 今はもうその姿を幻視出来ない。

 それにこの数日見る限りでのアルテが、あの幻視した少女の姿と重ならない。もしかするとあれが彼女の本性かもしれない、ともいえるが、今はそんな事を気にしている暇はない。

 ゲイルが負傷しているならばアルテは恐らく彼の傍を離れないだろう。となれば戦うならば自分達兄妹ということになる。

 自分としては問題ない。今まで戦わなかった分、存分にやらせてもらうつもりでいる、とレインは不敵な笑みを浮かべる。

 

「では、行くとしようか」

 

 プロミネンスボウⅢを構えたレインは、弓を引き絞りながらも笑みを浮かべたままだ。その隣ではサンがブルーブレイドボウⅡを構えて弓を引き絞っている。

 

「我らの弓、甘く見るなよ。ラギアクルスよ!」

「……ッ!?」

 

 空気が変わった事を感じ取った狂ラギアクルスが、息を飲むほどの戦意がレインから放たれる。いや、サンもまた今までとは違う空気を纏っていた。それは兄であり、戦いのパートナーであるレインが傍にいるからだろうか。

 一人ではなく、二人であってこそサンは己の力を上手く使えるのかもしれない。

 そしてレインは狙いを定めながら静かにその言葉を紡いでいく。

 

「解放。火の鳥よ、炎を纏い貫け」

 

 放たれた矢はプロミネンスボウⅢの効果を受け、内包された火属性を解放される。それはただの火矢ではなくなり、炎はあたかも鳥のような姿を取って狂ラギアクルスへと向かっていく。

 そして貫通矢の効果も持ち、その矢は弾丸のような速さで対象を貫き、内側から焼き尽くす凶器となる。

 

「強化。空翔ける鷹は獲物を逃さない」

 

 サンもまた詠唱をこなす。この矢の強化魔法は二人にとっては初歩の初歩。ただ矢を放つだけでは得られぬ威力をこれによって上乗せさせてやる。

 

「グォォオオオオオ!!」

 

 次々と放たれていく矢は一陣の風の如く。二人になった事で狂ラギアクルスは息をする暇もなく矢を受け続ける事になる。しかもただの貫通矢ではなく、強化された矢と火属性を内包した矢というおまけもついているのだ。

 再び狩人側へと優位が傾いていく事を感じた狂ラギアクルスは、矢を止めるために自分の周囲に放電を開始した。

 だがそれで止められるほど矢の威力は低くはなかった。

 貫通矢は一点突破を特徴としている。例えそこに進路を阻む壁があろうとも、先端に突破する力があればそれをぶち抜いて進んでいく。

 

「こんなものは如何かね? …………ふっ!」

 

 そこでレインは何故か狂ラギアクルスから狙いを外し、右側へと矢を放った。それだけでなく、あらゆる方向へと矢を放ちながらも、いくつかは狂ラギアクルスへと矢を放っていく。

 矢を番える時に手元が光り、何かが矢に起こっているということはわかるが、それが別の方向へと矢を放つ事と関係があるのだろうか。

 

「ゴォォオオオ……! グォオン!」

 

 矢を受けながらも雷弾を放ち、時に尻尾を振り回して雷の鞭を放つ事で抵抗するが、その度に兄妹は回避していく。それでも手にしている弓を放さず、立ち位置と距離を確認しながら矢を番えて放っていた。

 

「グルルル……ッ、ゴォオオ!?」

 

 抵抗していた狂ラギアクルスに予想もしなかった方向から矢が飛来してきた。顔に、腹に、背中に矢が次々と刺さり、体内を貫いていく。一体何故横から矢が飛んでくるのか。

 それはレインが放った狙いを外した矢だった。一定の距離を飛んだ後、旋回して横から狂ラギアクルスを貫いたのである。

 それは矢についている羽が関係していた。手元が光ったのは羽を細工していたためで、矢が飛ぶ方向を計算して羽を欠けさせたり長さを調節したりしていたのだ。

 これもまたイメージの強さに依存するが、長く弓を扱っているレインは矢の特徴を把握しており、その手際のよさからもそれが窺える。

 

「……クックク、さすがはレインだわ」

「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」

「おうよぉ、何とか大丈夫だぜぇ……。秘薬、飲ませてくれたんだろ?」

 

 砂浜に下ろした後、アルテはすぐにローブから秘薬を取り出してゲイルに飲ませた。自分があれだけのダメージを受けたにも関わらずこうして起き上がれるのは、彼女が薬を飲ませてくれたからだろうと判断した。

 とはいえそれを行動に移せる程の心がないとアルテは動けない。彼女はまだまだ子供だ。突発的な事が起これば心と思考が停止する。それがドンドルマのあの一件だ。

 戦いに関しては慣れで行動しているが、彼女にとって理解の範疇を超えることがあれば彼女は動けない。今回は狂化竜が相手とはいえまだ普通の戦いだったためにゲイルを救出し、秘薬を飲ませることまで出来たようだ。

 

「ありがとよ」

「……うん!」

 

 頭を撫でられながら礼を言われ、アルテの表情に花が咲いたような笑顔が浮かんだ。それに微笑を浮かべたゲイルは立ち上がり、狂ラギアクルスを見据える。

 

「ま、ああいう芸当は才能と長く弓を扱っているのが関わってるからなぁ、クッヒヒヒ。さて、俺様も戻るか」

「え? 戦うの?」

「おうよぉ。ここで黙って見てるのも性にあわねぇからなぁ。だから参戦しねぇとな」

 

 笑みを浮かべながらローブの中からギルドナイトセイバーを取り出した。水属性を内包しているために属性ダメージは期待できないが、ゲイルはそんな事は気にしない。というよりもただ斬ればいいだけと考えている。

 だがアルテはどこか心配そうな表情を浮かべている。当然だろう。先ほどまで狂ラギアクルスを攻め立ててはいたが、同時にゲイルもまた痛手を負っていたのだから。

 

「そんな顔するな。さっきまでとは違ってレインもいるんだ。それに奴は瀕死にちけぇ。つまりは今が好機ってやつよぉ。だから俺様もやるのさ」

「……うん、わかった。だったらアルテもやるからね」

「ん、それでいいのよぉ。そんじゃあ行きますかねぇ!」

 

 秘薬の効果があって立ち上がれる程にはなってるが、体内へのダメージはまだ残っているといってもいい。アルテが心配したように無理はするべきではない状態だ。

 しかしゲイルは戦闘狂と言われるほど戦いを好む。そして狂ラギアクルスをあそこまで追い込みはしたが、まだ奴を討伐できていない。

 何よりゲイルはギルドとギルドナイトから信頼を取り戻さなければならない。ここで脱落しては所詮は裏切り者か、という評価を下されかねないのだ。

 もちろんゲイルは腐ったギルドを憎んでいる。信頼なんて得ずともいい、と一度は考えた。だが朝陽達によって保守派の幹部格はほぼ皆殺しにされ、それに所属していたもの達も多く死んでいる。

 ドンドルマの復興作業と共にギルドも新生されていくだろうという話も出ているとのことだ。ゲイルが得なければならない信頼は、その新生された際の幹部格の一部。特にレインの父であるソルと大長老があげられる。

 全てが終わった後に裁きは受けるが、その裁きを受けるまでの戦いの中でまた裏切るかもしれないと誰かが思っているだろう。だから結果を残すのだ。

 そしてレインの部下のギルドナイト達の信頼も必要だ。あの疑惑の眼差しは恐らくずっとついてまわるはずだ。それによってぎくしゃくし、この先の任務に支障が出るようではゲイルだけでなくレインも困るはず。

 だから彼らだけでも信頼されなければならない。

 とは思えども、そんなことは戦闘狂であるゲイルにとってはほぼ二の次となっていた。信頼は最低限でいい。必要な人物に対して得られればそれでいい、と考えているのだった。

 砂浜を駆け抜け、再び足元に風を渦巻かせて跳躍。それに続くようにアルテも翼を生やして空に舞う。二人は空中移動をこなしながら狂ラギアクルスの周りを飛び回り、狂ラギアクルスへと斬りかかっていった。

 

「ふっ、常人では不可能な技術を惜しげもなく、か」

「兄さんの技術も常人では出来ませんけど」

「それもそうだったな。しかしわたしの技術など、父上には遠く及ばんよ。そうだろう、サン?」

 

 剣を手に取れば寄る敵を神速の剣術を以ってなで斬りにし、離れれば気刃を以ってして切り払う。

 弓を手に取ればどの位置だろうとどの距離だろうとも命中させる腕を持ち、次々と放たれる矢の前に立つ事は出来ない。

 レインが見せたあの技術の数々はソルから見せてもらい、基礎を教わり、自分の鍛練で昇華させて会得したものだ。ギルドナイトとしても、ハンターとしても、そして男としても尊敬している人だ。

 サンの弓もまたソルの技術を教わり、盗んだものだが、まだまだ修練の途中段階。それでもレインに迫るほどの命中力を誇っている。

 二人が放つ矢は鋭く速く、宙を飛びまわるゲイルとアルテに中らずに狂ラギアクルスへと命中していく。

 瀕死の状態になっている狂ラギアクルスをゲイルとアルテがそれぞれの武器で切り裂けば、傷を負っていた黒い甲殻や鱗にひびが入り、そして剥がれ落ちていく。その部分を斬ればどす黒い血が噴き出し、貫通矢で貫けば肉の内部へと穴が空き、奥から血が流れ出る。

 矢はそれだけではない。火矢は狂ラギアクルスに属性ダメージを与えて貫くだけでなく、肉を内部から焼いていく。またあの火の鳥を解放させる詠唱をこなせばそれだけで充分なダメージを期待できた。

 

「ゴォォオオアアァァァッ、グォォオオオオオオン!!」

 

 首を振り回してゲイルとアルテを捉えようとしても、二人はそれよりも速く動いて武器を振るう。捉えられなかった狂ラギアクルスには砂浜から飛来する矢が命中し、体に与えられる剣と同じく傷を負わせる。

 帯電しても距離を取られ、気刃が放たれて甲殻と肉を斬られる。そして雷弾を放とうとすれば口内を狙われて矢が飛来し、雷弾を撃てずに自分がダメージを受ける。

 もはや狂ラギアクルスは手詰まり状態だった。

 それでも一矢報いようとしているが、海に潜ろうとしてもゲイルがそれを封じるかのように顔をしかめながら風魔法を行使。それによって海上へと戻され、攻撃を受ける事になる。

 

「あきらめなぁ、てめぇの負けだよ!」

「そう、これで終わりだ! 強化。空翔ける鷹は獲物を逃さない」

 

 詠唱するレインの胸元には紅いルビーの宝石のペンダントが下げられている。宝石の大きさは手のひらで覆えるほどか。それが淡く光り始めている。これがあるということは、これから行使される魔法は、宝石の補助を受けなければいけないほどの力を使うという事に他ならない。

 番えられた矢はレインの魔力を受けて先端が紅い光を灯らせる。だがそれでもレインは魔力を籠め続けた。

 するとプロミネンスボウⅢも呼応するかのように、褐色の鱗が熱を持ったように赤く染まり始める。それは素材に使われたリオレウスの魂だろうか。レインの力に応えるかのように赤い気が揺らめき、矢へと向かって収束していっている。

 ハンターと武器。

 この二つの力が結束しようとしている。

 そして鷹の目は狙った獲物を逃さず、必ず狩ると心に決めた。

 その翼が今、広げようとしている。

 

「解放。火の鳥よ、炎を纏い貫け!」

 

 放たれた火矢は先ほどのものよりも強い力を放ちながら海上を飛行している。熱気は通った海水を蒸発させるほどに強く、広げられた翼は獲物である狂ラギアクルスへと近づくにつれて閉じられ、あたかも滑るように飛行するかのような姿を取った。

 内包する効果は貫通。そして向かう先は狂ラギアクルスの胸元。

 

「「――詰み、だな」」

 

 弓を放った体勢のまま狂ラギアクルスを見据えているレインと、狂ラギアクルスが逃れられぬよう風魔法で縛り付けていたゲイルが、呟くかのようにその言葉を同時に口にした。

 

「――ガッ……ァァアア……」

 

 胸から貫き、尻尾から突き出ていった火の鳥と化した火矢。それが決定打となった。

 真紅の目は見開かれ、少しずつ色合いをなくしていく。しばらく声にもならない悲痛な声を漏らし続けた狂ラギアクルスは、最後に自分を傷つけ続けたゲイルと、とどめをさしたレインを順に見ると、力が抜けたように海へとその首を倒れさせた。

 ここに、狂ラギアクルスは討伐された。

 

 

 戦いを終えたレイン達は非戦闘員たちに連絡を入れ、ガノトトスと狂ラギアクルスの死体を回収する作業を任せる事にした。彼らが到着する頃には狂ラギアクルスから黒い色合いが消え、世界に闇の粒子を少し撒かれていた。

 戦いによって四人は体力と魔力を消費しており、カフェへと訪れて休む事にした。

 そこで当然というべきか、レインが遅れた事情をサンが問う事になった。ゲイルもあの後どうなったか知りたい気もあったため、それに耳を傾ける事にする。

 ゲイルと別れたレインは滞在している宿へと戻ることにした。一端服を脱いで水を被ってジュースを洗い流したはいいが、あの樽の中身の一部に酒が混じっていたらしく、そのアルコール成分がその時になって発揮されていったようだ。

 これではいけないと酔い覚ましをすぐに用意し、それを飲み干していった。その効果はてきめんだったが、その辛味成分が強いせいでしばらく悶え続ける事になってしまうはめになった。

 これも全てゲイルのせいだと心の中で叫びながら何とか復帰し、装備を整えてようやく現場に辿り着いたというわけとの事。

 

「まったく、ゲイルがあんな事をしなければわたしもすぐに参戦し、すぐに事が済んだだろうに。どうしてくれるのかね?」

「いやいや、何言ってるんだお前さん? 元はといえばてめぇがシスコンを暴走させたからだろうが」

「だから妹を愛して何がわる……ぐはっ!?」

 

 その言葉を最後まで言い終えることなく、突然出現したエメラルドスピアの棍によってレインは脳天から叩き潰されてしまう事となった。強く頭を机に打ちつけてしまい、そのまま静かになってしまう。

 

「……兄上? 自重してくださいませ」

「……おぉ、サン……」

「あまりおおっぴらに暴走しないでくださいませ。それが兄上の欠点ですよ?」

 

 その言葉に魂が抜けたかのようにレインは静かになってしまった。それを確認するとサンはエメラルドスピアをそっとローブへとしまい、静かに紅茶を飲み始めた。一連の流れを静かに見守っていたゲイルはやれやれと溜息をつき、アルテはおぉ~っという表情をしながらその兄妹を交互に見つめている。

 

「やれやれ、締まらねぇなぁ……」

「???」

「ああ、アルテは気にしなくていいんだぜ。ってかああいう事は覚えねぇでいいからな」

「……うん、わかったよ」

 

 自分はあれだけ暴走する気はないが、ああいう止め方を覚えられてはたまらない。だからこうして釘を刺さなければならない。アルテはいい子だからきちんと従ってくれるだろう。

 

 それからは少し静かになった状態のまま休息の時間が過ぎる事となった。やがて死体の後始末も終わり、付近の調査を終えたレイン達は数日後に別の場所へと移動する事となる。

 

 まだまだ狂化竜は現れ続けるだろう。現状はその中の一つが倒されただけに過ぎないのだから。

 

 

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