呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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62話

 

 

 ゴル砂漠へと向かう竜車には三人のハンターが乗り込んでいる。ミナガルデで依頼を受けてから数日、緊急で竜車に乗り込み、アプトルを二匹走らせて移動していた。

 それでも距離的な問題と、道のりが険しいという事と、その途中でも狂化竜の警戒態勢が敷かれている、という問題が絡まりあっている。

 その影響で到着するのが出発してから2日かかる見込みになっていた。

 今アプトルの手綱を取っているのは昴だ。竜車の中には紅葉と優羅が待機している。壁にもたれかかり、依頼書に書かれている内容を紅葉が改めて見返している。その対面では同じように壁にもたれかかり、眠っているかのように目を閉じている優羅がいる。

 

「ん~……」

 

 文面を見返している紅葉が小さく唸っている。何か気になる記述があるのだろうか。

 目を閉じながら優羅がそう思っていると、紅葉が依頼書から顔を上げて優羅を見つめる。

 

「ねえ、優羅」

「……?」

「優羅はなんか知ってる? この『砂漠の水晶』ってやつ」

 

 その問いかけに優羅は少しだけ目を開けて紅葉を見つめ返す。少しだけ間を置き、優羅は小さく頷いた。

 もぞっと体を小さく揺らして足を抱える体勢から、左足を崩して右腕を右ひざに乗せるような体勢へと切り替えると、じっと紅葉を見つめながら優羅は話し始める。

 

「……これは推察に過ぎないけど、『砂漠の水晶』とは恐らく尾晶蠍(びしょうかつ)アクラ・ヴァシムの事だろうと思う。これは存在自体は数十年前から確認されていたけど、その生態から調査はあまり進まず、図鑑にも載らなかった種族。……しかし近年産卵時期に入ったらしく、大量に存在が確認され始めた事でようやく調査が進み始めたとされている。だから知識として知っているハンターは少ないと思う。最新の図鑑を読めば話は別だけど」

「アクラ・ヴァシム……か。……うん、なんかどっかで聞いた事はある気がする。(さそり)ってことは、甲殻種?」

「……そう。そしてその内包する実力も他の甲殻種と大きく異なっていて危険」

 

 そして優羅は右手の人差し指を立てる。

 

「……一つ。状態異常が全く効かない可能性がある。アタシはヴァシムと戦闘経験はないが、これは戦闘経験があるハンターの証言から確認された事らしい。麻痺、毒、眠り……どれも効かない。そして罠も効かない。つまり絡め手が使えない」

「なるほど。じゃあ完全に力でごり押しするしかないって事か。そういうのはあたしの得意分野だからいいけど、それだけじゃないんでしょ?」

 

 口元に指を当てながら呟き、そっと視線を上げて優羅に問いかける紅葉。昴と組んでいる時から彼女は、その怪力とハンマーによる豪快にして激しい力の嵐で先陣を切って戦うスタイルをとっている。

 だから絡め手なんてものはあまり彼女の中ではほとんど存在していない。それは状況を見つめ、その時その時で動く昴の役目だったからだ。

 しかし時には前衛後衛を交代する時もあるため、まったく使わないというわけではない。そんな専門的な事をやっていてはたった二人で戦い続けられるはずもないからだ。

 紅葉の見解に頷きながら優羅は中指も立てる。

 

「……その通り。そして二つ目。尾晶蠍と称される通り、その尻尾には水晶が付いている。これはヴァシムの特殊な体液が結晶化したものと言われており、それを地下から出す事で獲物を誘うだけでなく、武器にも出来る代物になっている」

「なるほど、それで『砂漠の水晶』って事ね。でもただ水晶を武器にしているってだけじゃそんなに驚異には感じないわね。まだなにかあるんでしょ?」

「……ん。水晶はどういう成分を含んでいるかは知らないけど、強度を持っている割には破裂しやすいという。尻尾から投擲、あるいは砂上に設置すると爆発を起こすという報告があると図鑑にある。……ああ、そう言えば載っているやつを持ってたか」

 

 今思い出したように言いながら、自分が持っているモンスター大全をローブから取り出して紅葉に手渡した。最初からあるなら出そうよ、とちょっとは思っていてもそれを口にすることなく紅葉は受け取り、ページをめくってアクラ・ヴァシムの記述を見つめる。

 確かに優羅の言う通り存在は確認されてはいるものの、あまり調査が進んでいないらしく調査結果の記述は少ない。だが明かされている情報はしっかり載っているだけでもありがたいことだろう。情報というものはとても大事なものなのだから。

 

「問題は今回相手にするのは通常のヴァシムじゃなくて、狂化した可能性があるって事よね。その変化があるからどういう奴なのか、どういう行動を見せるのか、まったく予想が付かない」

「……その通り。さっきも言ったようにアタシは情報を知っているだけで実際に戦った事はない。……つまり、全員ヴァシムとは初見。それで狂化体と戦う事になる。これがどれほど危険なことか、今まで狂化竜と戦っている二人ならわかると思う」

「まったくね。……とはいえ、あたしたちもそんなに狂化竜と戦った事はないんだけどね。実際に戦ったのは雪山で戦ったあの狂フルフルが初めてだし。……昴は狂ディアブロスが初めてだったっけ?」

「ああ、そうだな。とはいえ、あれは優羅の手助けもあったから勝てたようなものだ」

 

 御者台に乗っている昴がカーテン越しにそう言った。映っている影からして肩越しに軽く振り返っているらしい。

 狂化竜を追い続けてはいたものの、実際に会ったのはたったの数回だけ。それが現実だった。だから狂化竜に関して詳しいかと訊かれればあんまりそうではない、としか言えない。

 思い返せば出会ってきたのは狂リオレウスに始まり、狂ディアブロス、狂フルフル、そしてドンドルマにて狂リオレイア。たったのこれくらいしかないのだ。優羅に関しては狂イャンクックも出会っているらしい。

 しかしこの大陸には現在それ以外の狂化竜が出現している。彼らは各地で暴れまわっているという事を出動する前にギルドで情報を入手した。情報が出ているという事は、既にやられている村や町が存在するという事だ。

 もちろんギルドもハンターやギルドナイトを出動させて対処に当たっている。昴達も大まかに言えばそんなハンターに当たる。

 狂化竜かはわからないが、ほとんどクロだろうという見解がなされているアクラ・ヴァシム。

 はたしていったいどんなモンスターなのだろうか。

 そんな事を考えながら竜車に揺られる。アプトル二匹が引くだけあってスピードは結構速い。そして前述したとおり道のりは少し険しく、そんな中を速く移動しているため竜車が結構揺られている。

 昴が手綱を操ってそのスピードを調節しながら移動しているも、時折大きく揺れてしまうことがある。

 今通っている山道は少し小石やでこぼこが多いらしく、アプトルは平原で出すようなスピードではなく小走りな速さで駆けている。

 一体何故竜車で移動しているかというと、荷車には紅葉と優羅だけでなく、他にも荷物があった。ギルドから支給されている緊急の支給品ボックスや、テント道具が置かれていた。

 これらを積んでいるために昴達は竜車で移動をしているのだ。

 既に山道も下りに入っている。これを超えればゴル砂漠はすぐそこだ。

 この速さならば到着は夜になるだろう。つまり夜の砂漠でアクラ・ヴァシムと戦う事になる。それは昴達にとっては過酷な環境といえるだろう。

 夜の砂漠は星や月の光である程度の光を得られるが、ほとんど視界は悪いといってもいい。気温は低下し、ホットドリンクがなければ寒さで体力を著しく奪われる事になる。

 とどめは夜の闇に溶け込むであろう狂化したアクラ・ヴァシムの体。図鑑を見る限りではアクラ・ヴァシムの体は黒寄りの色合いをしているらしい。これが狂化したとなれば、今までの特徴上更に黒くなるだろう。

 初見に加えてこれらの要素が絡み合うこの戦い。例え初心者ハンターであってもこう考えるだろう。

 

「……辛い戦いになりそうだな」

 

 思わず漏れた呟きはどうやら中にいる二人には聴こえなかったらしい。それだけ微かな呟きであり、それは昴の心境を表している。

 不安はあるがやらなければならない。

 昴はただ無言で手綱を握り締めていた。

 

 

 ゴル砂漠の北部に到着したのは昴の計算通り、日も暮れてから数時間が経過した頃合だった。ベースキャンプに竜車を止め、素早くテントを組んでベッドを設置する。緊急ではあるものの、何かあったときのための休む場所は用意しておくに越した事はなかった。

 支給品ボックスをテントの前に置くと、早速中身を確認してみる。

 基本としての応急薬、携帯食料、携帯砥石、地図。それと共に投げナイフが幾つか入っている。それに気づいた優羅はそれを手に取り、軽く指で弄ぶ。麻痺、毒、眠り投げナイフもあることはあるが、相手が本当にアクラ・ヴァシムならばこれは意味のないものとなってしまう。

 

「…………」

 

 そして投げナイフを慣れたように指で弄る様子は、やはり投げナイフをサブウェポンとして扱えるからだろう。その件に関しては昴と紅葉は知らないが、この腕前があるからこそ優羅はローブの中に投げナイフを常に携帯していた。

 それ以外にも刃を持つ武器は所持している。未だに昴と紅葉に見せていない実力の片鱗を、そのローブの中に秘めているのだ。

 ふと支給品ボックスの中身を見ていた昴が罠を見つける。狩りにおいては、ハンター達に有利な状況へと運ぶために用いられる基本の道具だ。狂化竜を相手にするのだからギルドが用意してくれたのだろう。

 それを手にしながら昴は小さく唸る。竜車の中での優羅の説明が彼の頭の中に反芻されたのだ。

 

「ふむ、落とし穴にシビレ罠か。……ヴァシムには効くのか?」

「……効かないかと思われますね。状態異常が通用しないから、シビレ罠の麻痺毒も無効化でしょう。そして落とし穴は地理的な問題で使用できません。……ヴァシムは恐らく砂漠地帯に身を潜めているでしょうから」

 

 つまり罠なし、常態異常なしで戦えという事だ。ハンターが主に使用する補助戦術のうち、二つが潰される相手。これは本当に危険な敵だというのが嫌でもわかってしまう。

 残された戦術はただ一つ。

 爆弾だ。

 

「これは大丈夫でしょ。いくらなんでもこれもあまり通用しないってなると、どんな化け物よって感じなんだけど」

「……それはない。爆弾まで軽減するほど奴は化け物じゃない……はず。そんな報告は図鑑にもないし、生き物的な問題から考えても大丈夫だと思う」

「ならば持ってきておいて正解か。……問題はどこで使うかだが……まあ、何とかなるだろう。その時その時で臨機応変にやっていこう」

 

 用意だけは充分にやっている。

 狂化竜と戦う以前にもただのモンスター、それも初見のモンスターを相手にする際には充分に準備をすべきなのだから。そうしなければ自分のみが危うい。

 だからこそ準備を怠るな、ハンターの心得の基本だ。

 

「……弾もあるか」

 

 最後に支給品ボックスを覗き込んだ優羅が、幾つかのボウガンの弾が入った袋に気づく。貼られているラベルを見ると、基本的な弾のLv1と、状態異常の弾。支給品だけに用意されたものは全部Lv1だが、余計な金を消費せずに弾が手に入る、という分では美味しいか。

 さて、支給品ボックスから必要なものを取り終えると次は戦いに関する相談だ。地図を広げて依頼書で出現した地点を照らし合わせてみる。地理的に見てみるとどうやらエリア2にいるらしい。

 それぞれの武器や戦い方を考慮すると、普通にやるならばこういうことになる。

 紅葉がハンマーを手にし、前衛で主な攻撃を行う。

 昴が太刀を手にし、戦局を窺いながら遊撃を行う。

 優羅がボウガンを手にし、後衛で援護を行う。

 でもそのテンプレに当てはめて戦うだけでは収まりきらないかもしれない相手だ。もちろんその時の状況に合わせて動けるというのが理想系だが、それなりに役割分担はしておきたい。

 また狩りにおいて主な作戦を考案するのも彼が行っている。

 

「俺は基本太刀しか無理だろう。砂漠では氷系統は扱えないからな」

「確かにね。近くに水辺というかオアシスがあれば話は別だろうけど、生憎と地図を見る限りではないわね。あるのは……ここ」

 

 紅葉の言葉を受けて確認してみれば、広大な砂漠と思わしきものが広がっている。オアシスはその隣、エリア1ならば小さな泉があるようだ。そこならば昴も氷魔法を使用できるが、エリア自体が狭く、アクラ・ヴァシムの姿も確認できないという。

 となれば昴の言う通り、彼は太刀で戦うのが基本方針となる。

 

「優羅はボウガン以外で何か扱えるものはあるか? 前はテッセン【烏】を扱っていたようだが」

「…………剣術、体術、気功術は一通り扱えます。何せあいつに師事してもらっていましたから」

「ああ、なるほど。……ってかマジで剣術も出来るの?」

 

 師匠があの神倉獅鬼だという事に何となく納得した紅葉だったが、そうそう信じられるものではなかった。何せ今までそんな素振りも見せなかったのだ。「孤高の銃姫」という通り名もあるくらいなので、優羅は完全にガンナーだろうと思っていた。

 しかしドンドルマでの模擬戦の事もある。もしかしたら、という気持ちも少なからずあった。

 

「……」

 

 そう言いながらローブから取り出したのは漆黒の刀身をした夜烏【小羽】。東方に住まう誘夜鳥(ゆうやちょう)ヤタガラスと呼ばれる鳥竜種の素材を使用して作られた片手剣。それを構えたかと思うと軽々と振り回し、回転させて逆刃に持ちかえ、一瞬で紅葉の首元に当てる。

 

「っ……!?」

「……ま、ざっとこんな感じ」

 

 軽く呟きながらローブにしまうと、紅葉はやれやれと首を振る。優羅からは殺気は全くなかったために緊張する事はなかったが、あまりにも鮮やかな動きに驚きを通り越して感嘆しかでなかった。

 しかしあの動きは対竜ではなく対人だということは、剣を扱わない紅葉でも何となくわかっていた。そしてもちろん昴は言わずもがな。

 

「剣もボウガンも扱える……それって万能型じゃない。凄いってもんじゃないわよ、それ」

「……別にそういうわけじゃない。必要な技術だから覚えただけに過ぎないから」

「それでもそれが優羅の実力だってのは間違いないんだから凄いわよ、うん。ほんと、強くなったわね。……よし、お姉さんが撫でてやろうじゃない」

 

 微笑を浮かべながら紅葉はそっと優羅の頭を撫でてやる。

 

「……っ」

 

 それに対して優羅は少しの驚きを見せた。まさかここで撫でられることになろうとは思いもよらなかったのだろう。その手を振りほどくことなく、ただ撫でられるがままになっている。

 だがこのまま撫でられ続けるのもどうかと思ったのだろうか。少し目を細めてぽつりと呟いた。

 

「……急にどういうつもり?」

「ん? なにが~?」

「……だから、どうして撫でているのかと訊いている」

「別に、褒めてやってるだけじゃない。……あと、スキンシップって大事だと思うのよね、うん。だから大人しく受け入れときなさいな」

「……んっ、ぷっ」

 

 にやにやと笑いながら紅葉はぐいっと優羅の頭を抱え込み、胸元に引き寄せてわしわしとさっき以上に撫で始めた。しかし身長差があったためか、優羅が少しだけ前かがみになって紅葉の豊かな胸元へと顔をうずめる事になる。とはいえ、今はザザミシリーズをつけているため、完全に胸に顔が包まれることにはならない。

 でも傍から見ればちょっと妙な光景だ。もちろん年齢的に見れば何の問題もないはず。ちょっと元気な姉が少しクールな妹に対して構ってやっている図なのだろう。

 しかしその妹の方が身長が少しばかり高いために、こんな風になっている。頭を抱え込んだのはただ激しいスキンシップをするだけでなく、少しだけ背伸びをしてまで撫で続けるのもどうかと、紅葉が思ったからかもしれない。

 

「いや~こうしてやるのも随分とご無沙汰よね。ほんとにもうこの娘は成長しちゃってまぁ、何なのこの身長、この胸! いったいどうしたらここまでいいプロポーションになるってのよ、この!」

「……いや、なにを言っているんだ、お前?」

「なにって、プロポーションの話よ!」

「……アタシの実力の話じゃなかったのか?」

「んなもん構ってる間に切り替わっちゃったわよ! もう、ふざけてんのかって話よ、コレは!」

「…………」

 

 いやはや、もしかしたらと思ったが本当だったようだ。優羅も呆れてしまったのか抵抗するのを忘れ、感情をなくしたかのような目で胸元から紅葉を見上げている。

 彼女の場合はジト目といえばこんな風になるらしい。元々感情が薄いために何を考えているのかは、その紅い目からはあまり窺えないのだ。

 でも今その目は間違いなく「だめだこいつ」という風な感情がこもっているだろう。しばらく紅葉の好きなようにさせていたが、やれやれとため息をついた優羅はそっと右手を動かし、目の前にある胸を掴んでやった。

 

「んひゃっ!?」

「……お前もお前でこれはどうかと思うけどな。……アタシよりも大きいんだろう?」

 

 無表情でそんな事を言いながらご丁寧にザザミシリーズの隙間から手を入れ、インナーの上から胸をぐにぐにと揉んでいる。

 まさか優羅がこんな反撃に出るとは思いもしなかったらしい。完全に油断していた紅葉はただなすがままだ。

 

「ちょ、やめ……!」

「……ま、結構育ったんじゃない? これほどまでの大きさはそうそうないと思うけど」

「だからって、んぁっ、そんな、揉むな……って、く、ぁあ……」

 

 優羅も優羅でさっきまで紅葉にいいように撫でられ、胸を揉まれ、尻を撫でまわされてはいたのだが、まったく表情を変えずにされるがままだったのだから驚きだ。

 その反撃といえば反撃なのだが、優羅としてもここまで反応されるとは思わなかったのだろう。少しだけ意外そうな表情が僅かに浮かんでいる。

 

「……何? 感度がいいわけ?」

「んなぁっ!?」

「……ふむ、これはこれで驚き。どこぞの本では巨乳より貧乳の方が感度がいいって話だったけど……紅葉の場合はそうでもなかったか。……ということらしいですよ、昴」

 

 そこで何故か優羅は後ろにいる昴へと話を吹っ掛けた。紅葉は紅葉で揉まれたまま「何吹っ掛けてんのあんたは!?」みたいなことを言おうとしたんだろうが、真っ赤になったままあわあわとするだけで何も言えずに終わっている。

 そして振られた昴はというと――

 

「……お前ら、どこまで話を脱線させるんだ?」

 

 ――呆れてものも言えないような、ひどく疲れた表情でただそう呟くだけだった。

 

 あれから数分後、ようやく話が纏まったため、昴たちはエリア2へと移動していた。優羅にいいように胸を揉まれ続けた紅葉が落ち着くのに数分。優羅はもはやその無表情さがデフォだと言わんばりに冷静なままだったのは置いておくとして、昴もまた二人の会話と行動で色々と悶々としていたり呆れ返ったりと大変だった。

 というか男がいる前でお互いに胸を揉むなと言いたかったが、それを口にする気も起らないほど二人でスキンシップをするのはどうかと思う。

 いやしていたのは紅葉の一方的なことだったかもしれないが、優羅も優羅であんな反撃をするのは昴としても驚きだった。

 全く、無表情で紅葉のあの……巨乳をいいように揉むなんて……けしからん。そして紅葉も紅葉であんな風に感じるなんて……いかん、けしからん。

 

「…………」

 

 というか思い出す自分も自分でけしからん。

 何てことない風に振る舞ったり疲れきっていたりしているが、昴も19歳のいい年した青年なのだ。そういう事に興味がないかと訊かれれば、ないこともないと答えるだろう。紅葉からのアプローチを受けて反応しなかったといえば嘘になるかもしれない。

 チラッと二人に振り返ってみる。

 後ろでは辺りを警戒しながら歩いている紅葉と優羅がいる。

 今回は狂化竜を相手にする緊急クエストのため、固定の武器を持ち歩くのではなく、最初からローブを纏ったままフィールドに赴く形式をとっている。夜の砂漠は冷えるため、ホットドリンクを飲んで体内から体を温めているが、それに加えてローブを纏うことで保温効果もある。

 そのため今は二人のいいプロポーションは見えないが、もう何度も服の上からではあるものの見ているために、昴の頭の中では彼女達の体が思い出せる……って何を思いだそうとしているかっ!?

 だめだ、全然だめだ。こんなことでは死にに行くようなものだ。

 まったく、クエスト前に二人があんな事をするから……どうしてくれるんだ、と昴は心の中で愚痴ってしまう。

 平常心だ。

 揺るがない心こそリーダーとしての心構え。どんな事が起こっても冷静であり続け、的確な判断を下す。そうやって今まで乗り越えてきたんだ。

 小さく深呼吸を繰り返して心を落ち着かせていると、優羅が何かに気づいたように立ち止まった。

 

「ん? どうしたの?」

「……あそこにいるな」

 

 そう言って指差した先には、暗い砂漠の中で鈍く光る何かの塊。今いる場所は少し小高い丘になっており、眼下の光景が見渡せる状況にある。生憎と昴と紅葉には遠すぎてただの岩のようにしか見えないが、優羅の視力ではそこにあるものがなんなのかわかっているらしい。

 

「何が見える?」

「……水晶です。不自然に水晶があそこに存在していますね」

「水晶、か……。となるとそれが(くだん)のアクラ・ヴァシムとみていいだろう。よし、行こう」

 

 敵がいるということで昴のスイッチが切り替わったようだ。さっきまで混乱していたような雰囲気はもう霧散しており、一人のハンターとしての目をしている。紅葉と優羅もまた同様にハンターとしての顔をしていた。

 さっきまで見せていた幼馴染同士で過ごしている日常の雰囲気はもうない。つい数日前に再会した者同士であっても、彼らはそれまでの時間の中でハンターとしての自分を作り上げている。

 普段の自分と狩り場での自分。その二つの顔を使い分けてこそ一人前のハンターだ。でなければ命の危険が常に付きまとう狩り場で生き延びることなんて出来やしない。

 たるんでいてはいつ食い殺されてもおかしくはない。悪いのは狩ったモンスターじゃない、油断していた自分が悪いのだ。

 だからこそハンターは、いや戦う者は自分の中にスイッチを持つ。普段の自分とそうでない自分。二つの顔を切り替えるためのスイッチを用意している。

 ハンターとなった三人は先ほど以上に辺りを警戒しながらその水晶へと近づいていく。距離はどうやら二キロ近くあったらしい。砂漠という開けた場所だからこそ、夜目が利いている優羅の目にもしっかりと見えていたとのことだ。

 やがてその水晶まで数百メートルというところまでやってくる。なるほど、こうして見ると確かに異質だ。こんな何もないところで水晶がぽつんと存在しているなんて有り得ない。

 大きさは大人の身長と同じかそれよりも大きいくらいか。なかなか大きな水晶である。月の光に鈍く反射しているその水晶が、件のアクラ・ヴァシムの尻尾に構成されたものだというのが驚きだ。

 だからこそ尾晶蠍という俗称が付けられているのだが、元々はアクラ・ヴァシムの体液が凝縮したものだという。一体どういう成分を含んでいるのかは、まだアクラ・ヴァシムの研究が進んでいないから謎とされている。

 さて、そんなアクラ・ヴァシムが目の前にいるのだろうが、未だに昴達を襲ってくる気配はない。距離が開いているから襲ってこないのか、あるいはまだ気づいていないのか。それはまだわからないが、まず先手を打ちたいというのが昴達の考えだ。

 

「……さて、じゃあアタシが仕掛ける。それでいい?」

「オーケー。その後出てきたあいつに一発強烈なのをあたしがお見舞いしてやる」

「そして俺は状況に応じて斬り込んでいく。……よし、やれ」

「……了解」

 

 ローブの中から取り出し、徹甲榴弾Lv2を装填したボウガンは、もう扱い慣れている蒼桜の対弩。貫通弾Lv1の速射にも対応したこのボウガンが優羅にとって一番の火力を持つボウガンだ。

 ピンクフリルパラソルは電撃弾の速射に対応し、その見た目とは裏腹に高火力を持つため、リオ系統などの雷属性に弱いモンスターを相手にする際には大きな働きをしてくれるだろう。

 カンタロスガンは滅龍弾が撃てる数少ないボウガンの一つ。龍属性を弱点としている古龍種などに対して高威力を発揮してくれるボウガンとしてポッケ村で制作した。

 だがいざ狩りで使おうと思えば、もう手に馴染んでいるこの蒼桜の対弩が一番だった。

 

「……では」

 

 狙いを定めた優羅は迷いなく引き金を引く。その時には既に紅葉が堅骨鎚改を手にして走り出している。アクラ・ヴァシムには毒が効かないためにデスヴェノムモンスターは振るう意味がなく、溶解鎚は火属性を内包しているが、まだ通用するかどうかは謎のままだ。

 だから純粋な無属性の堅骨鎚改で攻める事にした。

 一方昴はその手に鬼斬破を手にしたまま状況を見守るかのようにその場に佇んでいる。しかし何かあればすぐに動ける体勢にある。あくまでも彼の役目は遊撃。アクラ・ヴァシムの出方を窺いながら動くため、静かにその時を待っていた。

 徹甲榴弾が水晶に着弾し、爆発する。その瞬間水晶の下から紫がかった黒い甲殻が覆われた尻尾が伸び、水晶を振り回すかのようにぶんぶんと勢いをつけて回転し始めた。

 

「おぉっと」

 

 奇襲は成功したようだが、その後の蠍らしい反撃で追撃は封じられた。しかしどうやら砂中から引きずり出すことには成功したようだ。ひとしきり尻尾を振り回し終えると、もぞもぞとその体が砂上へと姿を現し始める。

 全体的に紫色が混ざったような黒ずんだ甲殻。頭付近から背中にかけては水晶が生え揃い、鋏の頂点には小さな水晶がくっ付き、赤く小さな目は見えるだけで四つはあるか。毛らしきものが生える足は四つあり、まさに蠍をそのまま大きくしたような甲殻種。

 尾晶蠍アクラ・ヴァシムがその姿を現したのだ。

 

「ギチッ、ギジジ、シュシュ……!」

 

 鋏を振り上げて体を震わせるそれは威嚇だろうか。ギロギロと昴達を見回す瞳の動きは、昴達の出方を窺っているようにも思える。鋏を打ち鳴らし、口もとの歯がガチガチと音を鳴らしている所を見ると、どうやら苛立っているらしい。

 突然尻尾の水晶に爆発が起きれば怒りはするだろうが、立ち上ってくる殺意は冷たく体を突き刺すかのようだ。その殺気には昴達には覚えがある。

 

「……視えますね。こいつにも植え込まれていますよ」

「アタリ、か。よし、紅葉! 油断するな! そいつはアタリだぞ!」

「了解っ! はぁぁあああああ!!」

 

 堅骨鎚改を構えて走り出した紅葉に続くように、昴もまた鬼斬破を構えて走り出す。残った優羅は試しに火炎弾を装填して射出する。狙った部位は顔。走っている二人はそれぞれ左右から挟み込むようなルートを走っていた。その為安全に着弾出来る部位はその中心である顔だった。

 だが巻き起こる爆炎に動揺した様子もなく、攻撃を仕掛けてくる紅葉へと鋏を振り下ろしている。

 

(……効いていない?)

 

 振り下ろされる鋏を回避しながら紅葉は着実にその鋏へと堅骨鎚改を打ち込んでいく。その様子を観察しつつ優羅は何度も火炎弾をアクラ・ヴァシムへと撃ち込んでいくが、そのどれもがアクラ・ヴァシムの動きを阻害するダメージにはなっていない。

 弾が撃ち込まれる、という微かなダメージはあるようだが、本領である火属性のダメージは通じている様子がないのだ。優羅の目でもそのように視えている。

 

(……まさか、他の属性も同じとでも?)

 

 試しにピンクフリルパラソルへと持ちかえ、電撃弾を装填して射出してみる。これを選択したのは当然昴の武器が鬼斬破だからだ。内包している雷属性が通じていないとなれば、アクラ・ヴァシムへと与えているダメージはその刃の切れ味のみということになる。

 その結果はクロ。電撃弾の速射を受け続けようともアクラ・ヴァシムは動揺することなく行動している。ダメージも通った様子が全くない。

 何より問題なのが、まだアクラ・ヴァシムは狂化していないということだ。

 つまりアクラ・ヴァシムはその通常体の時点で各属性、状態異常に対する耐性を持っているということになる。

 

(……そんな馬鹿なことが。いや、それでもやらなくちゃならない。まだ手はある。……そう、今のアタシは一人じゃないんだから……!)

 

 優羅はまた蒼桜の対弩へと持ちかえ、貫通弾Lv2を装填して一定の距離を保つようにしてアクラ・ヴァシムへと距離を詰める。貫通弾が最も威力を持つ距離についたのだ。

 長くガンナーをやっているため、どの弾が最も威力を発揮する距離を目算で感じ取る事が出来るようになっている。

 

(……そう、一手が潰されようともそれを埋めるのが二人の存在。それにこれも一つの情報となる。今の役割を果たしつつ、情報を集め続けるのみ。詰めるための一手を打つのはまだまだ先の話なんだから)

 

 距離を保ったならば後は次々と撃ち込んでやるまでだ。接近戦は昴と紅葉の領分。今の優羅の役目は離れた所からの援護射撃。それをただ果たし続けるだけだ。

 

「ギシュ、ギュルル!」

 

 左、右、左と鋏を振るい、砂へと突き刺しながらアクラ・ヴァシムは紅葉へと攻撃を仕掛けていく。しかし砂に足を取られることなく素早く動く紅葉を捉えることは出来なかった。

 見れば紅葉の足元には小さく風が渦巻いている。これが紅葉に絡みつこうとしている砂を振り払い、普通の砂利道となんら変わりない足元の環境を作り上げていた。小さな高低差などは変えることは出来ないが、それでも紅葉にとっては充分なものだ。

 ぐっと全身に力を込めてやれば、足元の風が逆に砂を集めて固めてやり、紅葉の込める力を受け止めるようにする。溜まった力はそのまま堅骨鎚改を振りぬく力へと変化し、遠心力をつけて振りぬかれたそれはアクラ・ヴァシムの鋏を捉える。

 

「おらぁぁぁああああああ!!」

 

 ビシッ、と甲殻が砕ける音がし、小さな破片が宙に舞う。紅葉の攻撃はそれに留まらず、今度は振り上げて水晶めがけて一気に振り下ろした。

 

「だぁらっしゃぁぁああああああ!!」

 

 その見た目とは裏腹に豪快な叫び声をあげながら振り下ろされた堅骨鎚改は、小さな水晶を砕くだけでなく、その下にある鋏を覆う甲殻までをも破壊する。

 

「ギリュィィイイイイ!?」

 

 痛みにもがくように鋏を振り上げ、体を捻りながら右の鋏、尻尾と振り回して紅葉に反撃しようとしたが、それらを紅葉は軽々とやり過ごし、一旦優羅の元まで退却した。

 入れ替わるようにして生まれた隙を突くように昴が接近し、足や横っ腹を狙って鬼斬破で斬る。内包する雷属性が解放されて斬った部分が光るが、それがアクラ・ヴァシムに通用した様子はやはりない。

 

「……ところで」

「ん?」

 

 貫通弾を装填しながら近くに寄ってきた紅葉へと優羅がぽつりと呼びかけた。堅骨鎚改を手にまた走りだそうとしていた紅葉はその呼びかけに立ち止まり、どうしたのかという風な表情を浮かべて優羅を横目で見る。

 横目なのは当然ながらアクラ・ヴァシムを視界に収めるためだ。完全に視線を逸らしていては何かあった時のために対処できない。

 そんな紅葉へとただ浮かんだ疑問を問いかけるように、貫通弾を撃ちながら優羅が静かに言葉を紡いでいく。

 

「……いつもあんな風に叫びながらハンマーを振るってるのか?」

「えっ!? あ、あぁ……あははは……まぁ、そう、だねぇ……」

 

 確かにいつもああやって叫ぶことで自分を鼓舞し、更に力を倍増させてハンマーを振るっている。改めて、しかも優羅にそんな静かに訊かれることになろうとは思わなかった。バツが悪そうに視線を逸らし、少しだけ頬を赤らめながら口ごもってしまう。

 優羅としても紅葉と組んで狩りをするのはこれが二度目だ。クシャルダオラの一件でハンマーを使うということだけはわかっていたが、よもやあんな風に豪快に叫びながら振り回しているとは思いもよらなかった。あの時は相手がクシャルダオラだから叫んでいるのかと思っていたのだ。

 しかし心のどこかでは紅葉らしいとは思っていた。後から作りだした性格ではあるが、勝ち気で活発さが紅葉の良さだと優羅は思っている。それをそのまま成長させてハンマーを持たせれば、なるほどああいう風になるのもわからなくはない。どうせドンドルマを騒がせていた「紅い悪魔」とやらも、酔ってしまったらああいう風に叫んで暴れまわるんだろうと推測する。

 うん、実に紅葉らしい、と優羅は結論付けた。そして同時に納得する。

 

「……なるほど。今までどうして昴とそういう関係に進まなかったのか、その理由を垣間見た気分」

「はぁっ!? ちょ、聞き捨てならない事をさりげなく呟かなかった!?」

 

 逸らしていた視線をぐりん! と優羅に戻したが、当の本人はそんな事を呟かなかったと言うかのように変わらぬ様子で攻撃を続けている。

 そんな様子を見せつけられては紅葉もそれ以上ツッコミをする気分が削がれるかのような気持ちになるのだが、少しして優羅はチラッと紅葉を横目で見た。

 

「……どうしたの? ほら、さっさと行くといい。そしてまた豪快な紅葉の戦いをアタシに見せてよ。アタシは紅葉と組むのはこれが二度目なんだから」

「ぬ、ぐ…………あんた、ほんっとうにいい性格になったわね。……いろんな意味で」

「…………ふ、それはどうも」

 

 恐らくマスクの下で微かな笑みを浮かべたのだろう。その目がどこか笑みを作ったかのように細められていた。

 あまり表情を変えないという昴の言葉とは裏腹に、最近の優羅はやはりいい方向へと変わっているようだ。それを見せられてはもう何も言えない。心の中で「やれやれ」と呟きながら紅葉はアクラ・ヴァシムへと疾走する。

 

「ふっ、はぁっ!」

 

 アクラ・ヴァシムを引き付けるように、その懐では昴が立ちまわる。右の鋏を振り回し、時に尻尾で薙ぎ払ったり、体を打ちつけようとしているものの、どれも昴に決定打を与えるものではない。

 狂化体ならいざしらず、通常体ならばまだ昴達でも立ちまわれる。三人はこれでも上位ハンターなのだ。今まで積み重ねてきた経験がある。死にかけたことだって何度もあるのだ。

 数回見てアクラ・ヴァシムの攻撃範囲を目算で出すことくらい可能なことだった。

 そこに紅葉が合流してきたことでアクラ・ヴァシムの動きに少し変化が見られるようになる。

 

「ギュリュリュリュ……!」

 

 数回その場で屈伸するかのように体を上下に揺さぶったかと思うと、突然高く跳躍して体を反転させたのだ。すると尻尾についている水晶がこちらを狙うかのように下に回ってくることになる。

 

「離れろっ!」

 

 それの意味する事に気づいた昴が紅葉に叫ぶようにして指示を出し、自分もその場から緊急離脱する。その一瞬後に尻尾から切り離されたかのように水晶が落下し、砂に着弾して爆発した。

 瞬間辺りに散らばる水晶の破片と、水晶に含まれていたらしい成分の詰まったガス。どこか鼻を突くような、それでいて甘みがあるような、よくわからない匂いをしたガスがその周囲に漂う中、空中にいたアクラ・ヴァシムが着地する。

 しかしアクラ・ヴァシムの攻撃の手番は終わらない。水晶が切り離されたことで、本来の尻尾がそこに姿を見せる。蠍ならば付いていただろう尻尾の先端の針はなく、中心に穴が空いているかのような構造をしている。そんな尻尾をぐりんぐりんと振り回したかと思うと、穴を昴達に向けてきた。

 もう昴が口にしなくても次の攻撃が来るだろうというのが紅葉と優羅にはわかっている。叫ぶよりも行動した方が早いと昴も判断を下し、自分も回避行動に移ることにした。

 

「ギシュシュ!」

 

 ブシャッ、と尻尾から液体が強く噴出してきた。その色合いは白さの中にどこか青や紫がかったようなものであり、月の光に当てられて微かに光っている。

 それがあの水晶を作り出す体液なのだろうと誰もがわかった。回避した後の砂地には、僅かに凝結した液体だったものがある。その固体はどう見てもアクラ・ヴァシムの尻尾についていた水晶が小さくなったものだったのだ。

 噴射される体液は尻尾の動きに従って着弾点を変える。昴から紅葉へと薙ぎ払うように放たれた体液は、砂に次々と小さな水晶を作り上げていった。

 ピチャっと水を切るかのように小さく尻尾を振ると、今度は尻尾に少しずつ体液が集まっていき、また水晶を作り上げていく。やがて数秒後にはまたあの水晶がアクラ・ヴァシムの尻尾に鎮座した。

 

「水晶だけでなく、体液自体も武器になる、か。やっかいだな……」

「でもそれだけなら他の飛竜と変わりないわね。ブレスとかそんなもんでしょ」

「それだけならいいんだがな……っと」

 

 このアクラ・ヴァシムの動きを分析しようとしても、まだアクラ・ヴァシムの攻撃はおさまらない。少しずつ激しさを増すかのように鋏と尻尾を振り回して昴達を攻撃している。

 その動きにもまた昴には覚えがある。

 

「……目覚めようとしている」

 

 優羅がそう口にした。彼女の目にはしっかりと捉えられていたのだ。

 アクラ・ヴァシムの中に眠っている狂化の種。それが少しずつ大きくなり、アクラ・ヴァシムの中を巡り始めているのが。

 そして優羅は考える。

 狂化した相手にガンナーだけではまだ足りないのではないかという事に。

 ガンナーのメリットは普通は近づけない状況においても攻撃できるという事だ。それに反して火力自体は剣士タイプにどうしても劣る。

 徹甲榴弾や拡散弾という高火力の弾はあるが、連続性に欠けるのがデメリット。しかし上位よりも上、G級やその上の領域のボウガンともなれば、今までの常識を覆すかのようなとんでもない性能を秘めたボウガンが存在するという話を耳にしているが、生憎と優羅はまだその領域には達していない。

 ボウガンの強化こそしているが、それでもまだ火力が高いとはいえないのだ。

 となれば自分の火力を上げる方法は一つ。

 今こそ剣を手にする。

 

「…………決断の時、か」

 

 蒼桜の対弩を手にしている左手を見つめ、ぐっと力を込めれば自分の気が左手に纏われていく。少しだけ呼吸を整えるように目を閉じ、その光景をイメージする。

 

「……よし」

 

 カッと見開いた紅い目に迷いはない。蒼桜の対弩をローブにしまうと、奥から黒い羽根に覆われた盾を取り出して左手にはめる。右手は黒塗りの小太刀を取り出して構える。その小太刀とはもちろん、夜烏【小羽】だ。

 良質の鉱石と切れ味鋭い羽根を混ぜ合わせて作られた小太刀は、ヤタガラスの体毛と同じく夜色に染まり、小太刀の形状に反して鋭い切れ味を持つ。内包する属性はないが、それだけ切れ味に特化した片手剣といえる。

 静かに高められるのは優羅の気質。獅鬼の教えを受けて扱えるようになった優羅の気は、彼女の気の色に反映されて黒く染まっている。しかしそれはどす黒い、というものじゃない。確かに黒く染まってはいるが、言葉にするならば静かな夜空の色。

 星も雲もない、ただの夜空。そんな色がゆっくりと優羅を包み込み、それぞれ小太刀と盾へと纏われていった。

 そして優羅の気に気づいたのは昴と紅葉だけではない。アクラ・ヴァシムもまた優羅に視線を向けていたのだ。彼女はガルルガキャップによってその顔は目元以外を隠している。

 それは素顔を隠すだけ、という意味合いでは留まらなくなっている。彼女が持っているその殺意がその眼光の中に潜んだとき、視線を合わせた相手へと効率よく送り込みやすくなっているのだ。

 

「――狩る(いくぞ)

 

 宣告したとき、それまで以上の異変がアクラ・ヴァシムを襲いかかった。恐らく優羅の中にあるシュヴァルツの気配にあてられたのだろう。自己防衛のために自らを鼓舞しようとしたに違いない。

 それが同時に狂化の種を一気に加速させる要因になった。

 まだ他の色合いが混ざっていた甲殻は一気に漆黒に染まり、爛々と輝いていた赤い目も更に血のように赤く、尻尾についていた水晶は紫色の色素が強く反映されていく。

 狂アクラ・ヴァシムへとその姿を変えたのだ。

 

「ギリュリュ!」

 

 最初に目を付けたのは優羅ではなく、一番近くにいた昴。優羅の気迫に臆しはしたが、狂化したことで霧散したらしい。相手を倒す事へと意識が切り替わり、狂化体が持つ戦いのルールに則って一番近くにいる昴を標的と定めたようだ。

 少しだけジャンプすると右の鋏を勢いよく突き刺した。それだけ単調な動きならばまだ昴でなくてもかわせるだろう。しかし狂アクラ・ヴァシムはそこから更に次の行動へと移したのだ。

 

「な、に……?」

 

 そのまま体を浮かせると同時に左の鋏を砂に突き刺すと、その体が横回転を始めたのだ。それに従い、遠心力をつけて尻尾が振り回される。想像もしなかったその動きに昴の反応が遅れてしまった。

 気づいた時には既に尻尾がそこまで迫っており、急遽鬼斬破を何とか盾にしてそれを防ぐ。だがそれで完全に衝撃が殺せるはずもない。元々太刀は防御する事を考えずに設計されているのだから。

 ミシッと嫌な音を立てながらも鬼斬破は狂アクラ・ヴァシムの尻尾を受け止める。しかし衝撃は殺せずに昴の体は勢いよく後ろへと飛ばされてしまう。

 

「……昴ッ!」

 

 宙に舞う昴を見て優羅は砂を蹴って疾走を開始した。

 だが狂アクラ・ヴァシムの手番はまだ終わってはいない。尻尾が吹き飛ばしたのは昴だけではない。先ほど噴射した体液が固まった小さな水晶までも吹き飛ばしたのだ。当然ながら小さな水晶では狂アクラ・ヴァシムの尻尾に耐え切れずに砕けるだろうが、中にはそのまま吹き飛ばされた少し大きな水晶も混ざっている。

 砕けた水晶からはまたガスが漂い始め、辺りを少し覆い始める。その中で舞う水晶。動き出した紅葉と優羅の付近へと舞い上がっていた水晶は突如震えだし、爆発したのだ。

 

「「……っ!?」」

 

 予想しなかった事に二人の口から声にならない驚きが零れ出る。それによって意識がその爆発した水晶へと向いてしまったのは思考する生物としては当然のことなのかもしれない。

 それが二人の攻撃の手番をパスし、また狂アクラ・ヴァシムの手番となった。

 二人を近づけまいと回転していた狂アクラ・ヴァシムは両の鋏を砂に突き刺して回転を止めつつその足を砂に乗せ、力を込めてまた跳躍した。その体が反転し、尻尾に付いていた水晶を切り離して爆弾とする。

 

「……ちぃっ!」

 

 優羅が舌打ちしてまた疾走し、紅葉の体を抱え込んで一気に飛ぶ。足もとが爆発して推進力を生み出したその速さはあたかも弾丸のようだ。砂を滑るようにして着地した優羅が後ろを振り返ると、丁度水晶が爆発してさっきまで立っていた場所もまとめて吹き飛ばしていたところだった。

 どうやら狂化したことで体液の成分効果も上昇していたらしい。水晶の色合いが変わっていたのは含まれる体液の濃度が深くなったからだろうか。

 

「あ、ありがと、優羅……」

「……ん、大丈夫ならいい。それよりも、これは明らかにやりづらくなったと見るけど」

「そうね、これはあまりにも想定外。……なによあの動きは。蠍があそこまで動くなんて常識を外れてるっての……」

 

 毒づいてはいるものの、紅葉の頬には冷や汗が流れている。彼女の場合はハンマーを武器としている。

 ハンマーは当然ながら防御するには不向きな武器。あんな風にアクロバットな動きを見せ始めた狂アクラ・ヴァシムをやりすごしながら、一撃一撃をぶちかましてやるには危険な状況になっている。

 先陣切って戦う事を主流としていた紅葉からすれば、明らかに相性が悪い。力の嵐と技の嵐がぶつかり合えば、様々な方向から攻撃が飛ぶ技の嵐が勝つというのは目に見えている。

 

「一旦仕切りなおした方がいいかしら?」

「……それがいい。となれば昴と合流……っ、よけろ!」

 

 叫んだ優羅に反応して紅葉が動き、二人は同時に横へと跳ぶ。見ればあの水晶が弧を描いて飛んできている。尻尾を振り回したことで新たに作りだした水晶をそのまま放り投げてきたらしい。

 しかもさっきの場所ではなく吹き飛ばされた昴を追って移動していたらしく、鋏は鋏で昴と戦っているのだからなかなか器用なものだ。

 対する昴は先ほどの尻尾の一撃で鬼斬破に亀裂を入れられている。それを入れ替える暇もない昴は、鬼斬破を手にしたまま戦うはめになっている。

 また、さっきの攻撃によって右腕に痺れを感じている。

 それはあのラオシャンロン戦で右腕を砲台として魔法収束砲を撃った反動の影響がある。手当てこそしているが、あの獅鬼の手当てを受けていないため完治までには至っていない。

 つまり一定以上のダメージがあれば、この右腕は少しずつダメージを蓄積して使えなくなってしまうのだ。

 振るわれる鋏をやりすごし、時に鬼斬破で打ち返しながらも何とか命を繋いでいる。あの一撃が直撃しなかっただけでもよかった。もし直撃していたならば、もう鋏によってやられている。

 

「……ん?」

 

 その鋏を見ているうちに昴はある事に気づいた。最初に紅葉によって叩き割られたはずの左の鋏。水晶が砕かれ、その下にある甲殻もひび割れていたはずだ。その部分には狂アクラ・ヴァシムの体液が染み出ており、いつの間にやら水晶となってその傷を塞いでいるのだ。

 それは応急処置かもしれないが、なるほどアクラ・ヴァシムらしい傷の修復方法だろう。

 しかし少し考える。小さな傷ならばああやって水晶を作り出して塞いでしまうだろう。狂化した今は甲殻も硬さを増しているはず。ならば多少の傷ではすぐに修復してしまうのではないかという推測が立った。

 それを防ぎたければやはり一気に打ち砕くのが一番だろう。あるいは一太刀の下に切り裂くか切断するか、だ。

 紅葉のあの怪力から生み出される破壊力は充分によく知っているが、その為にはアクロバットな動きをかいくぐり、尚且つ力を溜めて打ち砕かなければならない。それが打撃による攻撃の難点だ。

 一撃の重さは保証済みだが、それに至るまでの過程が少し詰んでいる。何せ直に与えなければ意味がない。ここは砂漠のため、地面に向かって放ってもただ砂が陥没するだけ。実際に狂アクラ・ヴァシムへとダメージがいくわけでも、足元を崩すわけでもない。

 ならば切断ということになるが、これも直に接近しなければ意味がない。遠距離から攻撃出来る気刃を使えるならば話は別だろうが、昴が使えるのは錬気によって生み出される気刃斬りだ。ある程度の気の扱いは心得ているが、その域まで達していないのである。

 

(せめて気刃を習得していればよかったが……ないものねだりをしてもしょうがないか)

 

 もっと修練していれば、と思ってはみるものの、気を扱う事は自己鍛練だけではどうしても届かない領域がある。気配を探ったり、錬気や鬼人化ならばまだいいが、気弾や気刃、更には覇気だったりすると、その道に携わっている人物の教えがないと厳しい。

 ずっと二人で旅をしていた昴と紅葉の場合はその師匠に出会う事が出来なかった、という現実があったために習得するのは不可能だったのだ。

 

(今までの手では無理か。明らかにピースが足りない。……く、手が見えない。俺の、俺達の打つべき一手はどこにある? 何か別の活路が、足りないピースがあれば……)

 

 そんな事を考えながら狂アクラ・ヴァシムの攻撃を回避し続けていると、その足を崩すかのように漆黒の刃が飛来してきた。それは見事に狂アクラ・ヴァシムの体勢を崩し、激しく動いていた狂アクラ・ヴァシムはその勢いを殺しきれずに砂に体を沈める事になった。

 それを狙うかのように紅葉が疾走し、その速さと勢いをつけて跳躍。存分に力を込めて振り下ろされた堅骨鎚改の狙う場所は狂アクラ・ヴァシムの頭。

 

「どっせぇぇぇええええええええいっ!!」

 

 ずどんっ! と鋭い振動と轟音が辺りに響き渡る。それだけの一撃があの細腕と堅骨鎚改から繰り出されたのだ。それを無防備に受けてしまった狂アクラ・ヴァシムは、悲鳴を上げることも忘れてさらに砂に体を沈め、なおかつ頭に付いていた水晶、甲殻が砕け散り、体内を巡っている体液が勢いよく噴出し始めた。

 いや、もしかするとあの一撃だけで眩暈状態になったのかもしれない。ぴくぴくと鋏や足は動いているが、力が抜けたように砂に体を預けたままになっている。それだけ今の奇襲が狂アクラ・ヴァシムへの大きな一手になったといえよう。

 

「この好機は逃さないってねぇっ!」

 

 足元の風を操って空中で前転し、砂に着地した紅葉はすぐに振り返って次の攻撃に移る。今度こそはその鋏を打ち砕くと決めたようだ。右の鋏に向かって接近していっている。

 その間に優羅が昴の近くに寄り、彼の調子を確認した。

 

「……大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない……が、今のはもしかして気刃か?」

「……ええ、そうですが。それが、なにか?」

 

 よもや気刃まで使えるとは昴にとっては想定外だったのだろう。無言だったが、その目が少しだけ見開かれている。

 これもまた獅鬼から教わったのだろうが、どれだけあの人は凄く、そして彼からどれだけ技術を教わっているのだろうか。一回その辺りに関して訊いてみたいが、今はそれは置いておく事にしよう。

 鬼斬破をローブにしまいながら昴は考えをまとめ始める。 

 優羅は気刃を使える。それを用いて狂アクラ・ヴァシムの足を崩して隙を作り出し、紅葉一人では不可能だった強力な一撃を与えるに至った。奇襲ではあったがそれは狂アクラ・ヴァシムにとっては大きなダメージに繋がったのだ。

 さて、またあのアクロバットな動きを見せ始めた場合、どのようにして対処し、その動きを崩していくかが大きなポイントになるだろう。

 昴は今の自分たちが持ちうる手段を思い出し、自分の知識をフルに活用させて活路を見出すべく思考を続ける。

 その間優羅は昴の傍に立ち、気刃を用いて前線で戦っている紅葉の補助を行っていた。

 紅葉はというと右の鋏の破壊を終えたらしい。付いていたはずの水晶がなくなっており、甲殻が砕けている。その痛みで意識を取り戻したのか狂アクラ・ヴァシムが紅葉へと反撃を行っていた。

 そうなれば紅葉は防戦一方。普通に鋏を振り回すだけでなく、またあのアクロバットな回転や尻尾の振り回しを行うことで、紅葉に攻撃の手番を与えることなく攻め立てている。

 その速さも先ほどよりも増しており、所々鋏が紅葉の体を掠めている。優羅が援護しているとはいえ、やはり相性が悪いと紅葉が舌打ちしているのがわかる。

 

「…………よし」

 

 ふと、昴が小さく頷く。

 

「紅葉、戻って来い!」

 

 その言葉に紅葉は従い、一気に後ろへと跳び続ける事で昴の隣に立つ。そんな彼女に昴は右手の人差し指を立て、一度横に一周するように右手を回転させた。そのサインの意味を悟った紅葉は、ローブの中からエメラルドの宝石を使用したペンダントを取り出す。

 これは月によってミナガルデに送られた時、彼女から貰った物だ。昴と優羅もそれぞれサファイアとルビーの宝石を使用したアクセサリーを貰っている。

 ペンダントのチェーンを左腕に通すと紅葉はすぐにイメージを固めて右腕を振った。すると強い風が発生し、狂アクラ・ヴァシムを中心として砂塵が舞い上がり、竜巻がそこに生まれる。

 

「ギュリュリュリュ!?」

 

 突如として出現した竜巻に狂アクラ・ヴァシムは驚き、吹き荒れる竜巻によって身動き出来ずにいる。属性的なダメージは通らないようだが「その身を縛られる」という追加条件は回避できずにいるようだ。

 だが紅葉の魔力的な問題でこの竜巻が維持できるのは1分から1分半程度だろう。ペンダントの支援がなければたったの数秒で紅葉が倒れてしまう。それほどまでに紅葉いや、昴も魔力の貯蓄量は少ない。

 時間稼ぎとしては頼りないが、今はそれだけの時間で十分だ。

 

「時間がない。すぐに作戦を言うぞ」

「オーケー」

「……ん」

 

 そして昴は自分が考案した作戦を二人に告げる。その間も狂アクラ・ヴァシムは竜巻から脱出しようとしたが、強い風と動き続ける砂によって思うように体を動かせずに終わっている。

 だが紅葉の左腕に通されたペンダント、エメラルドの輝きが少しずつ失われている。紅葉の魔力の残量が減り続けているという証しだ。彼女の額からは汗が少しずつ流れ始めている。

 昴もそれに気づいているが、作戦の通達を終わらせないことには止める事は出来ない。やがて制限時間があと少し、というところで全ての流れが伝え終わる。

 

「……いけるか?」

「ふっ……任せなさいってね。でかいのをお見舞いしてやるわよ」

「……アタシも尽力しましょう」

 

 少し苦しそうな表情を浮かべながらも、紅葉は頼もしく笑みを浮かべて拳を握り締めた。優羅もまた小さく頷きながらもそう口にし、ローブから一つの瓶を取り出して紅葉に手渡した。

 これは優羅が作った魔力回復を促す薬だ。狂ディアブロス戦で昴に撃ち込んだ弾の中身が詰まったものである。それを紅葉が飲み干すと、少しではあるが表情が少し和らいだように思える。薬の効果で魔力を作り出す働きが促進されたのだ。

 これであと数秒もすれば紅葉も本調子に近くなっていくだろう。

 竜巻を消すイメージをすればエメラルドの輝きは消え、その役割を終える。ペンダントをローブに戻せば舞い上がっていた砂塵の奥から狂アクラ・ヴァシムの赤い瞳がギラリと怪しく輝いた。

 

「反撃の狼煙だ。行くぞ!」

「「応!」」

 

 最初に動いたのは紅葉ではなく優羅だった。先陣切るのがいつもの紅葉の戦いだが、今回ばかりはそうはいかない。身を守るためには回避する事が主とするハンマーでは、あの狂アクラ・ヴァシム相手には相性が悪い。

 そして優羅は今はガンナーとしてではなく、片手剣使いとして彼女はこの戦場に立っている。身を包むガルルガ装備は相変わらずガンナー用だが、そんな事は彼女にとって些細な問題でしかない。

 当たらなければそれでいい。

 相手に行動させずに一撃で殺せ。

 あるいは相手の行動すら予測して戦えばいい。

 そんな風に考えている優羅にとって防具はさほど意味を成していない。彼女にとって防具とはただ身を守るための物である以上に、スキルを生み出すための装置として認識されている。

 現在は罠師が意味がないため、達人スキルの後押しをするお守りを身に付ける事で、見切り+2、耳栓、貫通弾全Lv追加、採取-1が発動している。

 見切りとは武器に付いている会心率に影響を与えている。会心が発動すると、普通に攻撃した際に粒子がその攻撃の威力を底上げしてくれるものらしい。会心率とはその会心が発動する確率であり、見切りが増えれば増えるほど会心率が上がっていくというものだ。

 もちろんプラスがあればマイナスが存在し、武器によっては会心率を下げてしまうものが存在している。そういうものは元々武器としての威力が高いものが多いのだが、その分会心率が低いという話だ。

 そして会心は何も武器が実際に相手を捉え、ダメージを与えた際に発動するものじゃない。

 あくまでも会心は武器が攻撃した際に粒子が威力を底上げしてくれる、というものだ。

 つまりどういう事かといえば、

 

「……ふっ!」

 

 夜烏【小羽】から放たれる気刃にも影響を与えるという事でもある。

 足元を刈り取るように低空で横薙ぎに放たれた漆黒の刃が狂アクラ・ヴァシムへと向かっていく。だが今度は狂アクラ・ヴァシムも反応できたらしい。カサカサと砂上だというのに滑らかに回り込むような動きでその刃を回避してみせた。

 

「……なるほど。確かに機動力が異常だな。……しかし、逃さない」

 

 元々砂漠で暮らしているということもあり、アクラ・ヴァシムの時からあの四本の足で素早く行動が出来たのだろう。水晶爆弾を投下する際の跳躍からみても、足の力が元から強いということが窺える。

 それが狂化によって更に上昇してもおかしくはない。狂化竜とはそういうものだということは昴達にはわかっていた。

 だがそれがどうしたのだ。

 優羅は夜であろうとも標的から目を離さなければそれを逃さない。シュヴァルツの血筋が生み出す夜目が漆黒に染まった狂アクラ・ヴァシムを追い、構えた夜烏【小羽】を右下から左上へと振り上げるようにして気刃を生みだす。

 それから繋げるようにして今度は右上から左下へと振り下ろす。最後にこれらを横に結ぶようにして薙ぎ払い。

 回避した先を防ぐような気刃、戻る事を防ぐ気刃、閉じ込められた狂アクラ・ヴァシムの足を再び刈る気刃だ。

 この三つの刃は殺人剣術にある燕返しから会得したもの。あれもまた逃げる事を封じた上で相手を必ず殺す、必殺の剣術である。

 つまり逃げ道を防ぎつつ、そこから素早く相手を倒すための技を混ぜる。それを参考にしたのだ。

 これに絡まれた狂アクラ・ヴァシムが動きを止めてしまう。足を狙った気刃は確かに足を捉えはしたものの、硬化した甲殻が切断されるのを守った。

 だが左右を通過した気刃によって数秒ではあるものの、確かにその動きが止まっているのだ。

 それが紅葉の手番が訪れた事を意味していた。

 優羅が用意してくれた薬で魔力の回復は今も続いている。優羅の攻撃で時間は取れた。瞬間的な魔法行使をする分には全く問題はない。

 

「ふんっ!」

 

 空気が弾けるような音を響かせて紅葉が弾丸のように飛び出していく。向かう先は狂アクラ・ヴァシムの左の鋏。右は先ほど砕いたため、回復している左の鋏を再度砕きに行ったのだ。

 だがただ砕くというだけでは収まらない。

 先ほどから昴は狂アクラ・ヴァシムの明らかな変化を見せた動きを観察し続けていた。どうしてあそこまでアクロバットに動けるのかといえば、大きいのはその強化された足と鋏。

 普通は武器としての働きを見せる鋏がその体重を支えるだけの力を持っている。それはより強固な武器となっただけでなく、アクロバットな動きを支える支柱となっている。

 だがそれだけでなく尻尾が細かなバランスを取っていることにも注目した。

 鋏、尻尾、そして足。

 武器としての働きではなく、あれだけの動きを支えるパーツとしても機能している。

 そこまではよく見ていればわかることだが、先に潰しておきたいものまで昴は考慮して作戦を考慮した。

 主な武器として振るわれ続けている鋏。これを潰すという事は以降の戦いにおいても大きな結果を残すだろう。それを果たすまでの道のりは示されている。後はそれを組み合わせて少しずつ詰んでいく。

 

「はぁぁああああああああああ!!」

 

 一度は砕かれ、自らの体液で作りだした水晶で応急処置をした左の鋏。それが二度目の紅葉の一撃が耐えきれるはずもなし。しかも一度砕かれていたために水晶の下は露になっている肉の部分がある。そこにまで堅骨鎚改の一撃が届いてしまったため、鋏の下部分を支える骨が砕け、血をまき散らしながら分離してしまった。

 

「ギィィイイイイイイッ!?」

「まだ終わらないってねえっ!」

 

 鋏の一部が失われた痛みに狂アクラ・ヴァシムが悲鳴をあげるが、砂に着地した紅葉はまだ笑みを消さない。

 ぶんっと堅骨鎚改を振り上げれば狂アクラ・ヴァシムの顎に強く打ちつけられる。ぐらりと体のバランスが崩れたところで跳躍し、今度はまた脳天から打ち砕かんと勢いよく振り下ろした。

 あの奇襲の時よりもまだ優しげがあるものの、それでも彼女の力から繰り出された一撃は重い。またしても眩暈状態となってふらついたまま脱力してしまった。

 

「よし、かかれ!」

 

 ここまでは予定通りだ。

 戦局を見守っていた昴と優羅が同時に狂アクラ・ヴァシムのもとへと接近する。

 鋏の次はその機動力を生み出している足。

 今の狂アクラ・ヴァシムは紅葉の一撃を受けた事で動けない状態。ならばただ斬る事でダメージを与えるなんて小さな事はやっていられない。

 三人には斬る以上のダメージを与える方法を持っているのだから、ここで使わないでいつ使うというのか。

 

「よっ……と」

 

 二手に分かれて昴達はローブから次々と大タル爆弾と大タル爆弾Gを設置していく。とりあえず狂アクラ・ヴァシムが動き出す前に置けるだけ置いておこうというような形で、なおかつ狙っている足付近にずらりと並べてやった。

 

「……ん、起爆させます」

 

 チラッと狂アクラ・ヴァシムの様子を見て、動きだしそうな気配を感じ取った優羅が向こう側にいる昴へとそう声をかけた。「わかった!」という返事を聞き、離れていく気配を感じ取った優羅は紅葉と共に後ろへと跳ぶ事で距離をとる。

 その間にも再び手にした夜烏【小羽】へと自らの気を集めていき、放たんとする気刃を構成していく。充分に離れただろうというところで夜烏【小羽】を振れば、真っ直ぐに爆弾の群れへと漆黒の刃が向かっていった。

 横に薙ぎ払ったため、爆弾は全く同時に爆発する。

 

 とたんに巻き起こるのは激しい轟音と、この身を吹き飛ばそうという程の強い爆風。

 

 砂漠という遮るものが何もないこの場所では、その爆風が容赦なく広がっていく。

 昴達は砂に身を伏せてそれをやり過ごさなければならない。風を操れる紅葉も無駄に魔力を消費する気がないようで、優羅と一緒に身を伏せていた。

 

「…………ん?」

 

 やがて爆弾がもたらした影響が収まり始める頃、優羅は妙な気配に気づく。

 顔を上げて未だに煙が立ち上っている狂アクラ・ヴァシムがいた場所を見つめた彼女は、しばらくして違和感を覚える。

 あれだけの爆弾に囲まれたのだ。狙った足は例え硬質化していようとも吹き飛ばされているか、あるいは傷ついているはず。

 また狂アクラ・ヴァシム自体にも甚大なダメージを与えるはずであり、生命力はかなり低下しているはず。

 前者は煙が晴れていないためまだ確証が見られないが、後者に関しては優羅の目でも視えていた。

 間違いなく生命力が低下している。

 では何が問題だというのか。

 それは闇だ。

 妙に狂アクラ・ヴァシムから闇の気配が強くなっているのだ。しかも宙に漂っていた闇の粒子を取り込み始めているではないか。

 大陸を満たす闇とやらの一部なのだろう。このゴル砂漠には狂アクラ・ヴァシムのもたらした闇だけでなく、どこかから飛来した闇の粒子も漂っていた。その量が少々多く感じていたのだが、それが狂アクラ・ヴァシムを目指している。

 それをあの狂アクラ・ヴァシムが吸収している、あるいは中にある狂化の種へと吸い込まれるかのように動いている。

 いったいどうなっている?

 そんな事を考えていると、煙も少しずつ消えていき、その中に隠れていた狂アクラ・ヴァシムの姿が見え始め、

 

「……馬鹿な」

 

 信じられないものを見た、というかのように思わず優羅は呟いてしまった。

 表情を感じさせない上に、ガルルガキャップで目元だけしか見せていないのに、明らかに驚いている事がわかるほど今の彼女の表情が変化している。

 

「ど、どうしたのよ?」

「…………これはマズい。迅速に処理しなければ大変な事になる」

 

 そう呟くと優羅は立ち上がる。手にした夜烏【小羽】をローブにしまうと、入れ替えるようにしてテッセン【烏】を取り出して走り出した。

 突然の事に紅葉もまた驚きを隠せず、慌てて立ち上がった。傍らに置いてある堅骨鎚改を手にしながら優羅の背中へと制止の声を掛ける。

 

「ちょ、待ちなさいって!」

「……こればかりは待てない! 紅葉はさっきと変わらないやり方でついて来い! アタシが足を止める!」

「足? 足は吹き飛ばしたはずじゃ……」

「……その足が再生しているから待てないと言っているんだ!」

 

 それは紅葉の思考を停止させるには充分な言葉だった。ゆうに2秒、紅葉は文字通り固まっていた。

 やがて彼女の中で時間が動き出したとき、文字通り絶叫が夜の砂漠に響き渡った。

 

 

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