にじファン時代では外伝として別枠でしたが、今回は統合させます。
ミナガルデに戻った昴たちは宿で体を休めていた。
優羅による修行をするにしろ、体を休ませないことには話にならない。何しろ魔力を消費しすぎた。
夕食を食べ終えると魔力回復を促す飲み物を飲み、各々本を読んだり新聞や情報誌を読んだりして過ごしていた。
そんな中、「古都ギル・ガメス」に関する物語に目を通している優羅へと紅葉が「そういえば、さ」と話しかける。
「あれだけの立ち回りを見せた優羅だけど、あれってあの神倉獅鬼さんから教わったんだっけ?」
「……ん、そう」
ドンドルマ地方のいずこかに栄えた太古の黄金の都。
戦闘技術や遥か昔の魔法技術などを用い、竜種相手であろうとも引くことのなかった軍事力を保有し、最後のギルガメッシュ王自らも戦場に立って勢力を拡大していった。
だがそんな栄えた都も伝説種の一、輝龍ミオガルナによって崩壊し、今でも一部が遺跡となって残ってしまうことになる。そんな黄金の都はお伽噺や物語の題材となって書物になっている。
そこに描かれる最後のギルガメッシュ王はまさしく英雄であり、人々の偶像の中で活躍し続けている。だからこそ今では考えられない戦いや魔法も描写されていた。
そんな物語から目を離さずに優羅は小さく頷いて応える。
「どんな感じだったの?」
「……どんなといっても、あいつは規格外だったとしか言いようがない。……確かに得るものは多かった。あいつがいたから今のアタシがいるっていうのも間違いない。……でも、それでもあいつはとんでもない奴だった」
でも、と優羅は言葉を続けようとして、しかし口を閉ざす。紅葉が首を傾げると、優羅は目も閉じて逡巡し、小声で「……それでも、感謝はしている」と呟いた。
「……あいつがいたからアタシは生きてる。あの頃のアタシに構うなんてどうかしている。そんな奴がいるならどれだけバカなのか、あるいはどれほどのお人よしかってぐらいに、な……だからそういう意味でも……たぶん、アタシは感謝している」
本を閉じて隣にあった小型のデスクへと置く。「……間違ってもそんなこと、あいつに直接言いはしないけど」と付け加えながら。
そうまで言うとはどんなことがあったのだろう。
紅葉だけでなく、昴も少し興味がわいてきたのは無理からぬこと。
「……なあ、優羅。せっかくだから、聞かせてくれないか? あの頃のお前の話を」
「………………つまらないと思いますよ?」
「いいよ。いい機会だとあたしは思う。一体何があって優羅が変わってしまったのか。あたしたちは知っておきたい。優羅がそこまで変わった理由を」
記憶の中にいる幼い優羅はとても気弱で内気な少女だった。
藍色の着物をし、綺麗な黒髪を揺らし、誰かの背中や建物の陰に隠れつつちょっとだけ姿を見せる。話をするときもおどおどとし、視線をあちこち彷徨わせて目を合わせる事すら恥ずかしそうにしていた。
だから村の子供たちに馴染めず、一人でいることが多かったのだ。紅葉が拾わなければ恐らくあの日までずっと一人であり、すなわち村の火災で死んでいた可能性がある。
しかし今はどうだ。
そんな過去の面影なんてどこにもないほどに変わってしまった。
内気さはすっかりなくなり、強者相手であっても退くことのない強い精神を持っている。
大きく、それでいて少し垂れていた紅い目は、今ではもう鋭く切れ長いものへと変化していた。身長も一気に伸び、体つきもより女性らしくなっている。いや、これは紅葉も同じか。
「……では、どこから話しましょうか。……そうですね、あの始まりの日から話した方がよさそうですね――」
○
あの日全てが変わってしまった。
村に襲いかかってきた一頭の飛竜。黒く染まったあの竜が全てを変えた。
両親たちがすぐに応戦に向かったが、深夜ということに加えて未知なる存在。勝利するのはほぼ無理だろうと言っていた。
だけど誰か少しでもいい。
生き残ってくれればそれでいい。
だから自分たちが時間を稼ぐ、と彼らは立ち向かっていった。
そしてアタシは彼に手を引かれて彼女と共に走り出す。
時折飛んでくる炎を避けつつ、燃え盛る村を走り続けて出口へ目指していく。
でも、アタシは彼らと一緒に逃げることは出来なかった。
その手は炎から漏れた火の粉の熱さによって離れてしまう。
熱による反射によるものだった。それにアタシたちはまだ幼い子供だった。
心にかかるストレスや、体力的な問題もあった。
だから彼を責めようなんて思わない。仕方のないことだったと割り切る。
そしてアタシは、爆風にあおられて村の外へと飛ばされてしまい、近くを流れる川へと落ちていく。
そのまま下流へと流されていき、意識を失ってしまった。
この日、アタシは一人になった。
目を覚ますと見知らぬ天井が視界に入る。辺りを見回すと、どうやらどこかの小屋のようだった。
「……っ、いた……」
思わず頭に手をやってしまう。するとそこには包帯が巻かれていた。それだけじゃない。手や体にも包帯が巻かれている。どうやら自分は誰かに手当てをされたようだ。
起き上がって辺りを見回してみる。
やはり知らない場所だ。
ここはどこだろう。
そう思っていると、扉が開かれて一人の老人が入ってきた。
「おや? 目を覚ましたかい?」
「……」
白髪に白いひげをたくわえた少し小柄な老人だった。手には釣りざおがあり、それを壁へと立て掛けるとゆっくりと近づいてくる。
「大丈夫かい?」
「……あ、え、と……」
見知らぬ人だ。
思わず身構えて視線をあちこちに彷徨わせてしまう。何を言えばいいのだろう、と困っていると、老人がにっこりと笑ってきた。
「大丈夫。落ち着いて。ここには何も危険はないよ」
「……」
優しそうな人だった。
温かな笑顔を見つめていると、少しずつ気分が落ち着いてくる。
「……優羅は、どうして……ここに?」
「優羅ちゃん、というんだね。君は昨日川のほとりに倒れていたんだよ。驚いたよ。釣りに出てみれば幼い子供がずぶぬれで倒れてるんだから」
話によればこの老人は釣った魚や山で採ってきた食べ物を売買して生計を立てているそうだ。いつものように朝に釣りに出てくると、倒れていた優羅を発見。家に連れて帰って一緒に暮らしているお婆さんに手当てを頼んだそうだ。
話し終えると、隣の部屋からお婆さんが出てきてお粥を持ってきてくれた。その味はとても優しい味で、思わず涙が流れてしまった。
そして食べながら何が起こったのかを話していく。
突然現れた黒く染まったリオレウス。瞬く間に村を火の海に変え、昴と紅葉と一緒に逃げていく。でも、アクシデントが発生して自分は川へと落ちてしまった。
順を追って話していくと、二人は悲痛な顔で優羅を見つめていた。お婆さんは優しく優羅を抱きしめて撫でてくれた。
その胸でまた優羅は涙を流した。
何とか怪我が治った数日後、優羅は二人の手伝いをすることにした。釣りや山菜採りで食べられるものと食べられないものを覚えていく。そしてお婆さんからは料理を学んだ。これで料理の腕がさらに上がり、二人も驚くような上達ぶりを見せる。
1か月の暮らしはあっという間に過ぎていった。
でも夢で何度もうなされてしまう。
黒く染まったリオレウスの姿は未だに覚えている。
そして今でも昴と紅葉が離れていく姿も覚えている。
爆風で離れていく二人の姿。何度手を伸ばしても届かない。
遠くなっていく二人に涙を流しながら優羅が叫ぶ。
「……行かないで……! 置いていかないで……! 紅葉、……昴! ……兄さん!」
そんな叫び声を上げて目を覚ます。
荒い呼吸を漏らしながら冷や汗をかき、夢の内容がまだ頭に残っている中、涙を流して嗚咽を漏らす。
そんな夜が何度もあった。
そのたびに心が痛み、寂しさに押し潰されてまた涙を流す。
そんな優羅を老夫婦は心配そうに見つめていた。
悲しみは時間が解決してくれる、というがこれはなかなか解決しそうにない。
しかしこの暮らしが長く続くことはなかった。
ある日のこと、近辺にブルファンゴの群れが出没したとの連絡がまわされた。近辺の家々、村に連絡が回り、ハンターが出動していった。
だがこの家付近に報せが届く前に、数匹のブルファンゴが現れた。
「優羅ちゃん。逃げるんだ」
「……え、で、でも……」
「儂らは老い先短い。でも、優羅ちゃんはまだまだ生きるべきだよ」
老人が笑顔で優羅の頭を撫でてやる。心配させないような、不安を与えないような笑顔だった。
「優羅ちゃんと過ごした時間、楽しかったよ」
「新しい孫が出来たような気分だった。ありがとう」
「……う、あ……」
老夫婦の笑顔に嫌とは言えない。だけどもう視界に砂煙が見えるほどまで接近している。
「行くんだ、優羅ちゃん!」
「……っ!」
一歩後ろに下がると、振り返って走り出す。その後姿を老夫婦は柔らかな笑顔で見送り、そして接近してくるブルファンゴたちを見据えた。
「ブルォォォオ!」
「ブルッ、ブルッ!!」
向かってくるブルファンゴたちをこの背後に行かせるわけにはいかない。優羅が逃げ切れるように時間を稼がなくては。
「……久しぶりの魔法だね」
「そうですね。でも、成功させなくては」
微笑して近くに流れる川に意識を向ける。すると二人の頬と腕にうっすらと鱗が浮かび上がり、流れる水がうねり始める。
「ブルッ!」
止まらぬブルファンゴたちの目の前まで意識を流す。するとうねった水が隆起し、ブルファンゴたちの進行を止めるように、壁のように流れ始めた。
水は先頭のブルファンゴたちを飲み込み、水の中に閉じ込めてしまう。脱出しようともがくブルファンゴたちは次第に動きが鈍くなり、呼吸できずに窒息死してしまう。
「「はぁ……はぁ……」」
だがこれだけの水を操るなど、老夫婦には苦しいことだ。息が切れ始め、集中力が鈍くなってしまう。
魔法を行使して1分半、ついに魔法を維持できずに倒れてしまう。そんな二人を再び走り出したブルファンゴたちが次々と跳ね飛ばしていき、老夫婦は息を引き取った。
「はぁ……はぁ……」
優羅は後ろを振り返らずに走り続ける。その速さは同年代の子供たちの中でも速いほうだ。村でかけっこをすればほぼ負け知らず。昴や紅葉にだってそんなに負けなかった。
その速さを生かして優羅は走り続ける。
背後には砂煙はない。
命を懸けて優羅を逃がしてくれたことを優羅は知らない。どんな方法を用いたのかも知らぬまま、優羅は生きるために走り続ける。
「……く、うぅ……」
息が切れそうだ。
確かに彼女の足は速いが、まだまだ幼い。持久力はまだそんなに鍛えられていないから当然のこと。
倒れそうになりながらも必死に足を動かし続ける。
これで二度目。
生かされるために大人が体を張って守ってくれる。村が襲撃された時も昴の両親や自分の父親などが必至に戦ってくれた。
村人たちを生かすために時間を稼いでくれた。
そして今回も老夫婦が体を張ってくれている。
たった1ヶ月しか一緒に暮らしていないのに、なんで体を張ってくれたのか。
「……うぅ……う、うぅ……」
知らず嗚咽が漏れる。流れる涙を拭わず、優羅は体力が切れるまで逃げ続けるのだった。
少女はまた一人になる。
行く先に何が待ち受けるのか、それも知らずに。
そしてその先は、昴と紅葉が暮らす町とは真逆に位置するとも知らずに。