あれから三日経った。
着ている和服を川で洗い、そして滝つぼに入って体を清める。
ずっと野宿を続けており、もう体から匂いが漏れ始めている。この匂いがモンスターを引き寄せてしまう可能性があるので、こうして体を洗わないと命に関わる。
「……はぁ、ふぅ……」
体を洗うと、干してある和服を取って身を包む。続いて木の棒を手にして泳いでいる魚を狙って捕らえる。
火を起こしてそれを焼き、食料とする。食べるものはほとんど木の実や魚であり、肉を口にすることはない。何故ならば、優羅は狩りの心得がない。
武器を持っていないのに、アプトノスなどを狩るなんてことは出来ないのだ。また今まで奇跡的にランポスに出くわすことはなかった。
でもこの先出くわしたらどうするのか。
決まっている。
逃げるのだ。
武器も持たず、戦う力もなく、知識もない。
そんな自分がランポスと戦うなんて不可能だ。
「……はぐ、はぐ……」
だからエネルギーのほとんどは魚からしか得られない。でも肉も食べなければ多くのエネルギーを得ることは出来ない。
そろそろ狩りを覚えるべきだろうか。そんなことを考えるのだが無理だろう。
なにせこの歳でハンターになるなんて無謀にも程がある。確かに親はハンターをやっていたけど、その教えをあまり受けてはいない。何となくの知識でやっていけるほどハンターは甘くはないのだ。
だからしばらくはこうして魚でエネルギーを得る。この先にあると思われる村や町までの我慢だ。それからどうやって生きていくか不安もあるが、なんとかやっていくしかない。
食事を終えると早速移動を開始する。息を潜めて森の中を歩いていき、辺りを警戒しながら進むこと数分、優羅の目に何かが見えた。
数匹の青い影、ランポスだった。
「……どうしよう」
迂回するべきだが、どっちに行けばいいのかわからない。
それにランポスたちは約1キロほど先にいる。この当時の地点でこれほどの視力を持ってた優羅だったが、自分の視力がどれだけ他の人たちとかけ離れているか、自覚していなかった。
「……とりあえず、こっちに行こう」
考えた結果、右に迂回することにした。
○
同時刻、森の中には一人のハンターがいた。しかしその体は傷だらけだ。恐らく何かと戦った帰りなのだろう。クエスト自体は達成したが、負傷率が高いという状態のようだ。
体から血が流れており、息も絶え絶えだ。一刻も早く町に帰ろうとしているのだろうが、足取りがおぼつかない。
「ギャオッ! ギャオッ!」
そこでランポスたちがハンターを取り囲んだ。弱っている獲物を前にして鳴き声を挙げて仲間を呼んでいる。
「チッ……こんな時に……!」
舌打ちして腰に挿している片手剣、オデッセイブレイドを抜く。そのまま前にいるランポスへと斬りかかり、道を作って抜けていく。だが次々とランポスが現れ、次第にハンターは追い詰められていく。
「おいおい、妙に連携が……、チッ、ドスランポスか……!?」
予想は当たっていた。前方に一回り大きなランポス、ドスランポスが立ちふさがる。
上位のクエストを幾重もこなしてきた彼だ。普段の調子なら問題なく対処できるだろうが、今の彼には苦しい。
「はぁ……くそ、こんな所で終われるかよ……!」
オデッセイブレイドを握り締めてドスランポスへと向かっていく。ランポスたちは放置だ。リーダーであるドスランポスさえ仕留めれば生き延びる可能性がある。
「ギャオワッ!」
向かってきた瀕死の獲物に対して真っ向から牙を向けて噛み付きにかかる。ハンターはそれを回避し、下から首を狙って斬りかかる。容易に首の皮が切られ、血が多く噴き出してきた。
「ギョワッ!?」
思った以上に動く獲物に驚いたのか、一端距離を取って威嚇する。そして周りのランポスたちに指示を出し、数で攻めることにした。
「くっ、はっ、おらっ!」
飛び掛ってくるランポスを回避し、振り向きざまに首をはねていく。時に盾で防ぎ、反撃として胸を貫き、そして次のランポスを処理。そうやって再びドスランポスへと接近していく。
だが無理して動いているせいか頭がクラクラし始めた。
「ギャルァア!」
それを好機と見たのか、ドスランポスが一気に距離を詰めてきた。そのまま勢いをつけて跳躍し、頭上から襲い掛かってくる。
「くぅ……!」
横に転がってそれを回避し、起き上がりざまに体へとオデッセイブレイドを突き立てる。そのまま横へと切り払い、右手を切断した。
「ギョォォァァアアッ!?」
その痛みに悶えている今こそ好機。
「おおぉぉぉ!!」
その胸へと深くオデッセイブレイドを突き立てる。
「ぎ、ぐ、がが……!?」
間違いなく致命傷。それを感じたハンターがにやりと笑ってオデッセイブレイドを抜くと、そこから大量の血が流れ出した。
目に生気が失われていき、ドスランポスはゆっくりと地面に倒れていく。
「ギャウッ! ギャウッ!」
周りのランポスたちはリーダーの死によって蜘蛛の子散らすように逃げていく。
それを見届けたハンターはしばらく息を整えるようにしていたが、膝を付いて体を支える。
「はぁ……くそ……回復、薬を……」
盾を置いてポーチに手を伸ばす。
血を流しすぎた。
限界が近い。
回復薬を飲んだところでいつまでもつかわからない。それでも生きるために回復薬を取り出そうとするが、視界がゆっくりと横倒しになっていく。
気づけば頬に地面を感じていた。ドスランポスが流した血の匂いが鼻をくすぐるが、もう気にならなくなってくる。
「は、はは……ざまぁねえな……。こんな、こんな所で……」
知らず涙が流れてくる。
彼からすれば、最後の相手が下位のドスランポスだなんて、想像もしなかっただろう。そして誰にも看取ってもらえず、森の中で一人寂しく死んでしまうなんて。
「……ちくしょう……」
○
「…………」
誰かが死に掛けている。
でも、今更助けに入ったって無理だろう。見た限りではもう起き上がる力もなさそうだった。
見たところハンターだろう。身を包む防具や、手にしている武器からそれなりに凄腕のハンターらしい。でもドスランポスと戦う前から傷だらけだった。だからドスランポスと戦った後にあんな風に倒れている。
ずっと息を潜めて流れを見守っていたが、これからどうすればいいのだろう。
とりあえず彼に近づいてみることにした。
足音に気づいたのか、ハンターの目が優羅へと向けられた。
「……嬢ちゃん、こんなところで……どうした?」
「……あ、え、と……」
「……まぁ、いいか……。誰かはしらねえが、看取ってくれる……人がいるだけでも……いい、か……」
もう死にそうだ。
呼吸の音が小さくなっていく。
また、誰かが死ぬ。
最近はこんなことばかりだ。
次々と人が死んでいく。
いったい何が起きているんだろうか。震える体を押さえながら、優羅は死んでいくハンターを見つめていた。
ハンターが死に、優羅は傍にひざをついて黙祷を捧げた。
どこの誰かなんてわからない。でも、死んだ場に居合わせてしまったのならば、それなりに対処はしておこう。
でも埋葬なんて出来ない。小さな体で、こんな大柄なハンターを埋めるなんてことは出来なかった。
そして彼がハンターならば、武器がある。
手に握られているオデッセイブレイドに目が移る。
「……いいの、かな……」
武器さえあれば、この先生き残る確率が上がるかもしれない。それにポーチを調べてみると、まだ回復薬や砥石などが残っていた。加えて空間収容術や、圧縮収容術がかけられている。どうやらこのハンターは稼ぎが良かったらしい。あるいは親からの譲り物だろうか。それはわからない。
「……ごめん、なさい……。戴いていきます」
目を閉じて頭を下げると、オデッセイブレイドとポーチを回収する。
「……あ、う……」
でも見た目のシンプルさから考えられないほど重い。思った以上の重さだったためにバランスを崩してしりもちをついてしまった。これを振り回すには筋力を鍛えなくてはいけなくなりそうだ。でも、ないよりはマシだ。何とか持ち上げて鞘に納めて帯に挿す。
次に剥ぎ取りナイフも戴き、近くに倒れていたドスランポスの剥ぎ取りをたどたどしく行った。とりあえず皮と爪を剥ぎ取っていくことにする。
続いて防具だが、当然ながら体にあうはずはない。でも売れば金は手に入るかもしれない。ということでポーチから袋を取り出し、時間をかけてハンターの体から防具を外して収容した。
「はぁ……はぁ……」
全てが終わった後、自分が何をしたのか理解してくる。
死体を前にして自分は、人として色々とやってはいけないことをしたのだ。
でも、こうしなければ優羅は生き残れない。生き残るために、ハンターの屍を利用したのだ。
「はぁ……く、すみま、せん……。ごめんなさい……」
涙を流しながらもう一度頭を下げると、優羅は走り出した。
残された死体は、後にランポスたちの餌となった……。
この日、少女は武器を手にした。
そしてそれは、少女が仮初めのハンターとなった日でもある。
視界の奥にいる中型のモンスター。のんびりと草を食んでいる草食竜、アプトノス。彼らの肉は食用として人々に親しまれている。
ようやく肉が食べられる。
和服の帯に挿している片手剣、オデッセイブレイドを握り締める。しかし良質な鉱石を使用しているために、見た目に反してなかなかの重量をしている。
優羅の今の筋力では素早く振るうことは出来ない。でも、使わなければアプトノスを狩ることはできない。それに使うことでこれからの狩りに慣れなければならないのだ。
覚悟を決めてオデッセイブレイドを鞘から抜く。
周りを見てもランポスの姿は見えない。
つまり、狩るならば今が好機。
「……っ!」
潜んでいた草むらから飛び出し、優羅は初めての狩りに赴いた。
飛び出した優羅が狙うのは、それなりの大きさをしているアプトノス。子供を殺してもいいのだが、自然界ではそれはあまり許されない、と父親に聞かされたことがある。子供はそのまま生かし、やがて成長して子供を生む。
だからアプトノスなどを狩る時は、成長しているアプトノスを狙うのが暗黙の了解だ。
「――!」
オデッセイブレイドを握り締めたまま振り上げて胸を斬りつける。首を狙うには優羅は小さすぎたのだ。だから届く範囲にある柔らかい部分、胸を狙う。
「ブオオォォ!?」
攻撃を受けてアプトノスたちが騒ぎ出す。しかし優羅は引かずにもう一度胸を切り上げ、そして突き刺した。そのまま前足へと切り払い、赤い血が舞い上がる。
「……っ!? 血っ……!」
傷をつけたのだから当然血が噴き出す。思わず手が震えてオデッセイブレイドを落としそうになるが、歯噛みして一歩下がる。
「ブオオ!」
敵は子供だ、とばかりにアプトノスは抵抗するように頭突きをしてくる。しかし大きさの差があり、スピードも差があった。頭突きならば前へと進んでくるため、横に移動してそれをかわしてもう一度オデッセイブレイドを突き刺した。
「ブオッ!?」
「ブオオオ!!」
すると周りのアプトノスたちも行動を開始してきた。逃げ出すものもいるが、そのうちの一匹が優羅へと接近してくる。
「……っ! く……」
挟み撃ちされるわけにはいかない。傷ついているアプトノスを盾にするようにして回り込み、反対側の足も傷つける。
足を狙うのは有効だ。逃げ出せないようにするため、というのが大きいと父親が言っていた気がする。
「ブオ……ブオォ……!」
抵抗するように尻尾を振り回すが、それは優羅には届かない。下がった頭に刃を突きたてていくと、やがて血を流しすぎたのかその動きが鈍くなってくる。
「……やぁっ!」
止めとして一際強く胸へと突き刺すと、ゆっくりと体が倒れていった。
「ブオオォォ!」
仲間が死んだ。
それを感じたもう一匹は背を向けて逃げ出し始める。
そして優羅は荒く息をつきながら死体となったアプトノスを見下ろす。
「……はぁ……はぁ……」
動かない体。
アプトノスは死んだのだ。殺されたのだ。
殺したのは誰だ?
――自分だ。
自分は生きるために、他者を殺したのだ。
ハンターとなれば当たり前に繰り返されること。父親だって、村の大人たちだってみんなやっていること。
この世は狩猟世界。
誰かが誰かを狩り、誰かが誰かによって狩られて命を落とす。
「……はぁ……く、うぅ……ううぅ……」
オデッセイブレイドを落とし、優羅は膝をついて涙を流し始める。
自分もまた、その輪の中に身を投じた。
生きるため、という言葉でこの手を血に染め上げた。
そしてこれからも繰り返されるだろう。
「……ひ、く……うぅ……」
殺すたびに涙を流していてはこの先やっていけない。
だから涙を流すのはこれが最初で最後にしなければ。
しばらく泣き続けた優羅は顔を上げて剥ぎ取りナイフを手にする。体に刃を入れて生肉を剥ぎ取っていく。数日間生きられる分の生肉を剥ぎ取ってポーチの袋に収めると、死体の前に手を合わせて黙祷を捧げる。
せめてこれくらいはしておこう。
そう思って優羅は1分間黙祷を捧げた。
川のほとりにやってきて石を積みあげ、火種を作って火を起こす。
今日のご飯はアプトノスの肉と果物、そして川の水。老夫婦の家で過ごしてから久しぶりの肉だ。
焼けた肉にかぶりつくと、その美味しさに思わず涙が流れる。これだけの量があるのだ。充分なエネルギーがとれる。それを食べ続けていると、何かが近づいてくるのを感じた。
顔を上げて辺りを見回す。
そして気づいた。
森の青い影が近づいてくる。
「……ランポス」
どうやら焼けた肉の匂いにつられてやってきたようだ。数は二匹。しかし肉食竜だから自分には辛い相手だ。加えて自分は武器こそあるが、防具なんてものはない。
この和服はただの私服なのだ。
「……っ!」
残りの肉を一齧りすると、そのまま放り出して走り出す。
無理に戦う必要はない。生きるためならば逃げることも必要だ。
優羅がそこから離れて数秒後、ランポスがその場に現れて落ちている肉へと齧りつく。食事をしながら辺りを見回し、匂いが川の下流へと向かっていることに気づいた。
少量残っている肉を食べ終えると、二匹のランポスは優羅を追って走り出した。
「……はぁ、はぁ……」
優羅は走りながら時折後ろを振り返る。すると、先ほど見えたランポスが後を追っていることに気づいた。両者の距離は数百メートル。
自分の足はそれなりに速いことは自負しているが、食事をしたばかりで腹が少し痛み始める。加えて持久力がない。
追いつかれるのは時間の問題だろう。
「……はぁ、く、どうしよう……」
考える。
どうすれば生き残れる?
一番の方法は戦うことかもしれない。
しかし失敗すれば間違いなく死ぬ。
逃げ切る?
でもどうやって逃げ切るというのか。
走りながら考え続け、そして足もとにある多くの石に気づいた。
石は様々な形状をしている。丸みを帯びているものから、尖っているものまでさまざまだ。
「…………そうだ」
なにも武器はこのオデッセイブレイドだけじゃないのだ。
それに相手は飛竜なんて強大なものじゃない。少し人よりも大きな体をしているランポス。ならばこれでも充分武器になりえるんじゃないだろうか。
そこで走りながら尖っている石をいくつか拾ってポーチに入れていく。
そして右折して草むらに飛び込み、岩陰に息を潜める。
「…………」
少ししてランポスたちがやってきてキョロキョロと辺りを見回している。匂いを辿ろうとしてこちら側へと顔を向けたとき、尖っている部分を掴んでランポスの目を狙って投擲した。
「ギャオッ!?」
それは見事目へと突き刺さり、そこから血を吹き出した。
「ギョァッ!? ギャ……ギャォッ!?」
突然のことで混乱しているもう一匹にも目を狙って石を投げつける。
目は生物にとって避けられぬ急所になりえる。そして視界を奪われることで攻撃を受ける確率を下げる。
「……っ!」
もう一つの目を狙って石を投げつつ優羅は接近していく。しかしもがくランポスによって目標がずれてしまう。だが問題ない。後ろに落ちて音を立てることでランポスの顔がそちらに向けられる。
その隙をついてオデッセイブレイドを抜いてその首へと振り上げた。オデッセイブレイドの切れ味によってランポスの皮を容易に切り裂く。頚動脈を切られてそのランポスは絶命する。
「ギョアッ!? ギャオッ!」
現れた優羅に気づき、口を開いて優羅へと噛み付いてくる。
「……く、う……」
両者の身長差は大きい。見上げれば人の大人くらいの大きさをしているランポスは、優羅にとっては強大な敵だ。
しかし一対一ならばまだ何とかなる。
そう信じて優羅は隙を窺って攻撃のチャンスを探した。
「ギャオッ!」
噛み付きがダメなら爪だ、とランポスが爪を振り上げた。それを盾を掲げて防いだが、その力は大人の力かそれ以上。小柄な優羅の腕には支えきれないものがある。
思わず歯噛みしながら衝撃によって後ろへと下がってしまう。
その隙を逃さずにランポスが追撃を始める。
爪を振り下ろしつつ、噛み付きを繰り返すが、盾と回避で何とかやり過ごしていく。しかし優羅はまだまだ子供なのだ。
いつまでも守りに徹することなど出来ない。
「……く、はぁ……」
左腕が痺れてくる。それにオデッセイブレイドを握り締める右腕も震えてきている。もういつまでも耐え切れるものじゃない。
意を決して優羅はぐっとランポスを睨みつける。
くわっと口を開いて噛み付いてきたところを狙い、横に体をずらしながら首へとオデッセイブレイドを薙ぎ払う。
下がってくる力とオデッセイブレイドの切れ味によって首が切り裂かれ、そのまま前のめりにランポスは倒れてしまった。
「……はぁ、はぁ……。かった……」
荒い呼吸を漏らしながら膝を付く。もう腕が痺れて盾もオデッセイブレイドも握り締められない。倒れているランポスを見つめ、自分がランポスを狩ったのだと自覚する。
「……はぁ、……ごくっ……」
口の中に溜まったつばを飲み込んで顔を振る。いつまでも呆けている場合じゃない。立ち上がって剥ぎ取りナイフを取り出す。
モンスターを狩ったのならば、剥ぎ取りをしなければ。それが殺した命に対する礼儀だと教えられている。
体の皮と鱗を剥ぎ取り、ポーチへとしまう。これはいずれ防具にするか売り払って資金にしよう。
そのためにはまず村や町を探さなければ。
剥ぎ取りを終えてオデッセイブレイドを拾い上げ、優羅はその場を後にした。