森の中で屈みこみながら何かを探している優羅。
木の根元を漁り、生えている草やキノコを採取していく。
「……えっと、これがアオキノコで、これがニトロダケ。これが薬草で、これがネムリ草……」
一つ一つ確認しながらポーチにしまっていく。
本の虫だった優羅はそれなりに素材を覚えていた。ハンターがよく使うものはほとんど覚えている。それがこんな時に役に立つというのは、人生何が起こるかわからない。
しかし生きぬくためには必要な知識。特に薬草やアオキノコなどは傷を負ったときなどで役に立つ。薬草単体でも使えるが、アオキノコと調合することで回復効果が増す回復薬になる。
だが残念ながらビンがないし、調合の知識がないので作り出すことが出来なかった。
だからアオキノコは採取だけしておき、いつか調合方法を覚えた時のために使用することにした。
「……どうしよう……」
しかし採取を進めることで問題が発生した。
それはポーチがもう新しいものが入りきらなくなっていることだ。いくら空間収容術や圧縮収容術がかけられているとはいえ、ポーチに入れられるのは24種だけ。
しかもあのハンターの装備もここに入っているために、アイテムを入れる場所が圧迫されている。そしてここに来るまで狩ってきたランポスの素材などもここに入っている。
そろそろこれらを売り払ってスペース確保と金がほしいところだった。
「……この先に村があればいいんだけど」
そう願って優羅は歩き出した。
次の日の昼頃、優羅は一つの村に辿り着いた。
村に入る前に帯に挿しているオデッセイブレイドをポーチにしまう。こんな年頃の少女がオデッセイブレイドを挿しているなんて異質だからだ。
自分は普通の少女。それを演じるためにはこれは隠さなくてはならない。
そして上手いこと装備を売って金を手に入れないといけない。
でももう一つ問題がある。
自分の身なりが少々小汚いことだ。ずっと野宿をしているため体や和服が汚れている。和服はこれ一着しかないため、日々を過ごすたびに、所々汚れたり擦り切れたりしている。
これでは何かと目立つんじゃないだろうか。
「…………」
そこで村に入る前に近くを流れている川へと向かい、体と和服を洗うことにした。最低限の汚れを落とし、和服が乾くのを待っていると1、2時間ほど経過してしまった。
気を取り直して村の中に入る。
人の数はなかなかのものだった。どうやらこの村の特産物を買い求めてあちこちから人がやってくるらしい。その中を歩きながら鍛冶屋を探すことにする。
ハンターが使う装備を売るなら鍛冶屋が一番だろう。
この村にあればいいのだが、と少し不安になりながら歩いていく。
内気な優羅は誰かに場所を聞く勇気はない。自分の足で探すしかなかった。
やがて鍛冶屋を見つけ、意を決して中へと入る。
中に入ればすぐそこに店の人らしき女性がいた。優羅に気づくと首をかしげて何度か瞬きをする。
「おや? 誰だい?」
「……あ、えと……」
少しだけ縮こまって胸の前で手を握り締める。しかし言わなければ先に進めない。
ぐっと目を閉じ、顔を上げた。
「……装備を、売りたいんですけど……」
「装備? ……ハンターの?」
「……あ、はい。お、お父さんが新調した装備が手に入ったから……今まで、使っていたものを売ってこいって……頼まれて……」
鍛冶屋に入る前に考えていた嘘を何とか言い終える。これが通ってくれるのならばいいのだが、女性はじっと優羅を見つめるだけだ。
嘘がばれたのだろうか。
そんな恐怖を感じながら視線を女性に向けると、彼女は小さくうなずき、すぐそこにある机に近づいた。
「じゃあその装備、見せてもらおうかな」
「……あ、はい。お願いします……」
うなずいて女性に近づき、ポーチからそれらを取り出した。頭装備から足装備まで全部手渡すと、女性が少しだけ驚いた顔をする。
「へえ、これってイーオスS装備だね。上位装備じゃないかい。ということはお父さんは結構な実力者なんだね」
「……はい、そうですね。もう、慣れてきた頃合だって……言ってました」
「だろうね。かなり使い込まれた感じがするよ」
5つの防具を順番にチェックしていく。しばらくして女性はカウンターへと向かっていき、引き出しから幾らかのお金を取り出した。それを袋に入れて優羅へと手渡してくる。
「はい。総計44750zね」
「……っ、あ、はい。ありがとうございます……」
その金額に思わず驚きの声を漏らしかけたが、何とか堪えて袋を受け取って頭を下げる。その袋をポーチに入れると、もう一度頭を下げて早々に鍛冶屋を後にした。
「……んー、でも見ない顔だったねぇ。いったいどこの娘だろう?」
出て行く優羅を見つめながら女性が呟くが、次の客が入ってきたため、優羅のことはいつしか頭から消えていった。
村を歩く優羅は商店街へとやってきていた。
ここで売られている食糧を買えば、しばらくは生きていける。残念ながら自分は住む場所を確保できるわけじゃない。
彼女には後見人がいないのだ。だからハンターとしてギルドに登録できないし、住む家を借りられるわけじゃない。ましてやこんな歳で、一人で宿泊できるはずもない。
だからこの村にある宿泊施設を利用できない。
まだまだ野宿は続くだろう。
でも食料は買えるのだから、この機会に数日分の食糧を買っておくことにする。
店を回って日持ちするものをいくつか買っていく。
必要になるものをポーチが圧迫しない程度に買い集め、優羅は商店街を歩いていく。
前を歩いている優羅を、少し離れた場所から見つめている男が数人。
怪しげな色合いが込められた視線でじっと優羅を見つめている。
その顔、その髪、その体……。上から下までじっくりと眺め、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「なかなか上玉じゃねえか。あの地点で高く売れそうだな。将来的にも期待が持てるし、それを含めてもいい値で売れそうだ。くくく……」
「じゃあ今日の夜に決行ということで?」
「ああ。見逃すんじゃねえぞ」
男たちは人ごみに紛れながら優羅の後を追っていく。
日も暮れてくると、公園のベンチに腰掛けてポーチから先ほど買ったものを口にする。
「……はぐ、はぐ……」
今食べているものはアプトノスの肉や新鮮な野菜をパンに挟んだサンドイッチ。パンを使っているので早いところ食べなくてはならない。そのため、今日の晩御飯として購入してみた。
飲み物としてハチミツや果実を摩り下ろしたものをブレンドしたジュースを購入。ボトル式のため、数日は飲み続けられる。初めての味わいだったが、甘くて美味しいものだった。
そうやって夕食を食べていると、視界に数人の子供が入ってくる。
兄妹だろうか。兄らしき少年が妹と思われる少女二人と手を繋いで歩いている。
「……っ」
その光景を見て思わず息をのむ。
まるでそれは、村で過ごしていた頃の自分たちのようだった。
「……昴、紅葉……」
思わず二人の名前を呟きながらも、その三人から目が離せない。
三人は楽しそうに公園を歩き、家へと帰っていく。最後まで仲がよさそうに笑いあいながら、繋いだ手を離さない。
「……」
繋いだ手。
あの時だってそうだ。
絶対にはぐれないように手を繋ぎながら逃げていた。
でも、手は離れてしまった。
今も時々夢に見る。
離れていく手と二人の姿。熱気が渦巻く村から離れ、川へと落ちていく感覚。
外で眠っているため、襲われないように少しだけ警戒しながら眠っているが、それでも時折夢を見る。
楽しかった思い出、あの瞬間の光景……。
それが大半で、いつも起きた後は泣きそうになってしまう。
いや、実際泣いた。
初めの頃は飛び起きてしまい、嫌な汗を流していることに気づき、そして体が震えてしまう。
嫌な光景だったらその恐怖に体が震え、楽しかった思い出だったらもう帰ってこないことに涙する。
「……う、うぅ……」
一つの感情が胸を渦巻き、視界がゆがみ始める。
「……寂しいよ……、昴……」
もう泣きたくないのに、またこうして泣いてしまう。
仕方がなかった。
だってあんなにも自分たちの日常の光景に重なる光景を見てしまったのだから。
「……会いたいよ……昴、紅葉……。どこに、いるの……? 一人に、しないでよ……」
いつだって思っている。
いつだって願っている。
もう一度あの日のように三人で過ごしたい、と。
「……嫌だよ。一人は……嫌だよ……」
流れた涙は止まることはない。あの頃の思い出が完全にあふれ出していた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
どうしてこんなに寂しい思いをしなければならないのだろう。
いったい二人はどこにいるの?
なんで自分は一人なんだろう?
押さえきれない感情は涙となって流れていく。
しばらくベンチで優羅は泣き続けた。
夜になり、優羅は公園の草むらへと入っていく。今日の寝床はここに決めることにした。
木にもたれかかるようにし、集めた草で多少の暖を取る。ここは村の中なのでモンスターに襲われる心配はないだろう。
久しぶりにぐっすり眠れそうだった。
そう思って目を閉じて眠り始める。
――しかし、それは叶うことはない。
草むらを踏みしめる音に目を覚ます。
自然の中で暮らすにつれて草むらを踏みしめる音や、誰かの気配に少しだけ敏感になってきている。そのため何かが近づけば、こうして眠りから覚めるようになっていた。
音がしたほうへと視線を向けると、数人の男が近づいてくるのが見える。
「……誰?」
思わずそんなことを呟きながら起き上がる。だが男たちは何も言わずに近づいてくる。
その様子にただ事ではない、と感じた優羅は立ち上がって思わず身構えてしまう。
「おっと、抵抗しないでくれよ? お嬢ちゃん」
「……」
その風貌に、その雰囲気。そしてその言葉。
明らかに普通の大人じゃない。
一歩後ろに下がると、男の一人が何かを取り出した。
それは細長い筒だった。それを口元に持っていき、息を吹きかける。すると筒から細長い針のようなものが飛び出し、それが優羅の体に突き刺さった。
「……っ!? いたっ……」
チクリとする痛みに、体勢を崩してしまう。
それを見て男がニヤニヤとした顔で優羅を見つめる。
「くく、安心しな。すぐに眠くなるさ……」
周りの男たちもまた笑みを浮かべて優羅に近づいてくる。じりじりと近づいてくる男たちを見据えて、ここにいては危険だと判断。刺さっている針を抜くと、背を向けて走り出す。
「……は?」
だが男たちは優羅の様子に驚きを隠せない。普通と変わらぬ様子で走り出した優羅が信じられない、といった顔で呆けている。
「っ!? 追えっ!!」
だがすぐに正気に戻ると優羅を追って走り出す。同時になぜ走れたのか、という疑問が浮かび上がった。
あの針には眠魚から取り出した眠り成分を塗りこんでいる。人に使えば大人だろうが眠りに落ちていく睡眠針。子供ならば言わずもがな。
だというのに、なんで優羅は眠らないのか。
「チッ、だったら麻痺針を使うぞ!」
「了解!」
リーダー格の言葉に男たちは応じる。
一方優羅は公園を飛び出して村を走っていた。後ろからは相変わらず男たちが追いかけてくる。
「……はぁ、なん、で……? なんで、追いかけて……」
その理由がわからない。
自分が一体何をしたというのか。
考えながら走っていると、肩に針が突き刺さる。
「……い、た……」
痛みこそあるが、塗られているはずの麻痺毒が効いている様子はない。手を回して何とか針を抜くと、肩越しに男たちを見てみる。
「……おいおい、なんで効かねえんだよッ!?」
そんな叫び声が聞こえてくるが、優羅には何のことなのかわからない。とりあえずその針を後ろに投げる。それは山なりに飛ぶと、男の一人の肩に突き刺さってしまった。すると、その男の体の動きが鈍くなっていく。
「ぐ、おお……」
やがて男は膝をつき、荒い呼吸を漏らす。
それを見たリーダー格は目を細めて呟いた。
「……麻痺毒は塗られているのか。となると、あいつ自身がそういう毒が効かない、ってことなのか? ……まさか、魔族?」
毒が効かない人間などいない。ならば魔族、と考えられるが、優羅の耳は人間のものだった。
だが魔族を売り払うとなれば、魔族による報復が来るかもしれない、という危険性が浮かび上がってくる。
彼らは仲間の危機を許さない。過去の戦争でその姿は人の前から消え去ったが、多少の魔族は世の中にいる。しかし人の手によってその魔族が危険に晒されれば、どこからか同族の魔族が現れて高い力を以ってして懲罰する、と過去の記録に記されている。
それだけ魔族は仲間意識が強い。モンスターの血が混ざっていると噂される彼ららしい行動だった。
記録に記されているくらいだから、実際にそういう事件があったのだろう。火のないところに煙は立たぬ。
魔族を敵に回せば命が幾つあっても足りない。
高い能力を持っている魔族は飛竜に近しい力を持つといわれているのだ。自分たちはただ裏世界で行動するだけの存在。そんな敵と戦う力などない。
「……く、どうする……」
毒が効かない人間も探せばいるかもしれないが、本当に魔族だったら?
このまま続けるか、引くか。
リーダー格の男は考え始める。
やがて優羅が村から外へと出て行くと、男は立ち止まってそれを見送る。
「よろしいので?」
「……ああ。魔族の可能性があるなら、奴らを敵に回したくねえ。久しぶりに見つけた上玉だが、諦めることにしよう」
男の言葉に仲間たちはうなずいた。そして彼らは村の中へと戻っていき、闇の中へと消えていく。
村から離れた優羅は木にもたれ掛かって呼吸を整える。
「……はぁ、はぁ……。なんで、襲って……」
未だにわからなかった。
あまりに突然のことで優羅は混乱していた。
よもや自分が売春のネタにされるとは思いもしなかっただろう。それに幼い優羅が売春の意味を知っているかも怪しい。
だから男たちの口から話されようとも、理解することは出来ないだろう。
「……やっと、ゆっくり寝られると思ったのに……」
そのまま膝を抱えてうずくまってしまう。
安全と思われた村でも眠れない。そのことがストレスとなって優羅に襲い掛かる。でも走り続けた疲れもあり、優羅はそのままゆっくりと意識が落ちていく。
その日の夢は、人に追いかけられる夢だった。
そのせいで睡眠時間はいつもより短くなってしまうのだった……。