呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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八話

 

 

 暗い闇の中を走り続ける。

 どこをどう走っているのかわからない。

 でもアタシは走り続ける。

 

 何かから逃げるように?

 何かを追いかけるように?

 

 それすらもわからない。

 でも、走らなければならない気がした。

 

 そうしてどれだけ走っただろう。

 前の方に誰かがいるような気がした。

 立ち止まって呼吸を整えながらじっと誰かを見つめてみる。

 

「……昴、紅葉……」

 

 二人がアタシを見つめて笑っている。

 昴は微かに口元を緩ませて、紅葉は腰に両手を当てていつものように快活な笑顔を見せてくれている。

 

 やっと会えた。

 

 そう思うと、いてもたってもいられない。

 アタシはまた走り出して二人のところを目指した。

 すると昴はアタシの方にゆっくりと左手を差し出してくれた。

 

 そうだ。

 いつだって昴はアタシに手を差し伸べてくれる。

 この暗い世界からアタシを連れ出してくれる。

 アタシはその手を目指して走り続ける。

 

 

 ――でも、それは届かない。

 

 

 突然闇が晴れ、炎がアタシたちを包み込んでいく。

 

 

「――え?」

 

 

 轟々と炎が瞬く間に辺りを飲み込んでいく。

 燃え盛るアタシたちの村。炎によって崩れていく家。焼かれていく村人たち。

 空気は乾燥していき、その熱があまりにも現実味を帯びている。

 アタシはその熱さに思わず顔をしかめ、顔を庇うように両手を交差させた。

 

 そして奥にいる二人はそれでもアタシをじっと見つめている。

 

「……っ、紅葉……! ……昴!」

 

 二人の周りも炎に包まれている。でも、二人は逃げずにただアタシを見ているだけだった。

 二人を助けないと。

 アタシはもう一度走り出す。

 

 そして見た……。

 

 二人の背後にいる黒い影。紅くぎらつく瞳をアタシに向け、低く唸りながら二人へと近づいていくモノ。

 

「……あ、ああ……」

 

 黒いリオレウス。

 口元に火の粉が舞い、少し口を開ければ喉元に火種が集まっているのが見えた。

 

 

 ――何をするつもりだ……!?

 

 

 そう思うと同時に、アタシへと火球が撃ち出された。

 咄嗟に横に転がり、起き上がってそいつを睨みつける。

 すると、あろうことかそいつは、口を開けて二人に近づいていくではないか。

 

 

 ――まさか……。

 

 

 あってはならないことが頭に浮かぶ。

 

 

 ――やめろ、やめろ……!

 

 

 だがアタシの願いむなしく、そいつは……!

 

 

 

 

「ぁぁぁぁああああアアアアアア!!」

 

 

 

「……!」

 

 何かに掴まれる感覚がして、アタシは勢いよく目を開いた。

 体中から嫌な汗が流れ、右腕は何かを掴むかのように伸ばされている。左手は布団を力強く掴み、くしゃくしゃになってアタシの上にある。

 そして伸ばされた右腕には、誰かの手が掴まれている。

 

「……大丈夫か?」

 

 そう言って、その男はアタシを見下ろした。黒い仮面をした男だった。

 

 誰だ?

 

 最初にそう感じたが、少しして思い出した。

 そうだ、アタシはこいつに連れてこられたんだった。

 だが、部屋は鍵がかかっていたはず。いったい何故こいつがここにいるんだ?

 

「うなされていたようだったからな。失礼ながら心配だったから入らせてもらった。……嫌な夢でも見たか?」

「……………………」

 

 嫌な夢。

 ああ、確かに嫌な夢だ。

 久々に昴たちを見たけど、よもやあんな形で終わろうとは。

 なんだってあんな夢を見たんだ。そんな自分に虫唾が走る。

 男の手を振り払い、そっと頭を押さえる。

 

 

 ――でも、涙は出ない。

 

 

 悲しいはずなのに涙が出ない。

 ただ苛立ちだけが募っていくだけだ。

 

「シャワー浴びて来い。そうすれば、少しは楽になるやもしれんぞ?」

「…………ふん」

 

 確かにそうした方がいいだろう。

 男が部屋を出るのを確認すると、あたしは起き上がって頭を振る。

 

 切り替えろ。

 

 

 あれは夢だ。――ああ、殺したい。

 夢だ。――殺したい。

 …………失せろ。――……殺したくないのか?

 ……黙れ。あれは夢だ。――アレがアタシたちを変えた。

 ……今のアタシに勝てる道理はない。消えろ。――……ふん、つまらんな。

 

 

 ……なんだ?

 アタシは、誰と話していた?

 

「…………」

 

 気づけばベッドに腰掛けながらアタシは床を見つめていた。誰かの声が聞こえた気がしたが、気のせいか?

 少し考え、着物に染み付いた自分の汗に気づく。

 ……ああ、シャワーを浴びるんだった。

 あたしは立ち上がってシャワー室に向かう。

 部屋の扉を開けて隣の部屋に出ると、男が赤いローブを纏ってアタシを待っていた。

 

「出てきたか。……大丈夫か?」

「……問題ない」

「ふむ……? じゃあオレは少し出てくる。……っと、聞きたいが、お前の好きな色は?」

「……それを聞いてどうする?」

 

 目を細めてジロリと睨みあげると、男は苦笑するだけ。どうやら答える気はないようだ。

 こうしてダラダラしてもしょうがない。アタシは男の傍を通り過ぎ、シャワー室に入りつつ答えることにする。

 

「……藍。あるいは黒」

 

 藍はアタシ、黒は昴の好きな色だ。

 それを聞いて満足したのか、男は頷いてローブを翻して歩き出した。

 

「わかった。じゃ、行ってくる」

 

 そのまま男は部屋を出て行った。アタシはそれを見送る事をせず、シャワー室の扉を閉める。

 

 

 数分後、汗を流してさっぱりしたところで気づいたことがある。

 あの着物はアタシの汗で濡れている。洗濯した方がいいのは明白だ。

 だが、それをすると代えの着物がなくなってしまう。アタシにとって、着るものとはあれ一着なのだ。

 

「…………」

 

 どうしたものか、と考えていると、部屋の入り口の扉が開かれる音が聞こえた。どうやら男が帰ってきたらしい。

 すると微かに扉が開かれ、その奥から子供用の着物が出てきた。

 

「……は?」

「ほら、代えの着物だ。必要だろう?」

 

 色は藍色。でも昨日まで着ていたものとは少し違う柄をしている。

 そのまま無言でそれを見つめていたが、反応がないのを妙に思ったのか軽く着物が揺らされる。

 

「ほら、さっさと受け取れ。オレが中に入るのは困るだろう?」

「…………ちっ」

 

 アタシはそのまま和服を引ったくり、強引に扉を閉める。すると扉の奥から何がおかしいのか、男の苦笑が聞こえてきた。何か苛立ったので、アタシは扉に回し蹴りを放っておくことにした。

 

「おお、怖い怖い」

 

 だが全然そんな感じを見せず、どこかおもしろそうな笑みを漏らしつつ男は離れていく。

 ……腹立つな。

 鍛練とやらの際に何度かぶちこんどくか。

 着物を着ながらそう考え、ふと思い立ったことがある。

 

 アタシ、久々に心が波打ってるのか?

 

 最近まであまり感情が大きく揺らがなかったというのに、何でこんなに揺らいでいるのだろうか。

 

 あんな夢を見たから?

 

 それが一番の原因かもしれない。

 あれのせいでアタシは起き抜けから苛立っている。

 ああ、そうだ。そういうことにしよう。

 着物を着終え、昨日まで着ていた着物を手にしてアタシは部屋を出る。

 

「ん、着替え終わったようだな」

「……ふん」

 

 男は律儀に椅子に座って待っていた。アタシが手にしている着物に視線を移し、右手の親指を立てて部屋の一角を示す。

 

「洗濯物はそこに放り込んでおけ。後でヘルパーが洗濯してくれる」

「…………」

 

 置いてある籠に視線を移し、それに従ってアタシは着物をそこに放り込んだ。

 それを確認し、男はローブから一つの塊を取り出した。

 それは黒い布だった。一体なんだ、と思っていると、男はそれをアタシに差し出してくる。

 

「コード・ノーマル」

 

 その言葉に反応し、それは一気に広がって一つのローブに変化した。

 黒地に赤い紋様が描かれたものだった。だがその長さは短く、どうやらアタシに合わせたものだ、というのが何となくわかった。

 

「受け取れ。お前がハンターになった祝いだ」

「……は? なぜ?」

「お前、持ち物が必要だろう? 代えの着物だけでなく、ハンターとして行動する際に色々買うものがある。更に食材も必要だろう? それを全てそのポーチで纏めるつもりか? それは無理というものだ」

 

 確かにそうだ。というより、この最近ずっと考えていたことだった。

 だが、それを簡単にポン、と渡すのか、普通?

 これは高級品だろう?

 それを昨日会ったばかりのアタシに渡す意味がわからない。

 

「なに、餞別というやつだ」

「…………なんでそこまでアタシに構う?」

 

 それが一番の疑問。

 こんなどこの馬の骨とも知らぬ子供を、それもこんな壊れたアタシを構う理由がどこにある?

 アタシに構うことで、こいつに何か特があるのか?

 

 ――いいや、あるはずがない。

 

「……そうだな。一言で言うならば、放っておけなかった、だな」

「…………は?」

「お前が放っておけなかったからだ。これでは理由にならんか?」

「…………」

 

 何というお人よし。

 何というクソッタレ。

 こんなアタシを放っておけない?

 ふざけた理由だ。

 

 そう感じてしまう辺り、アタシは壊れているな、本当に。

 少し前なら普通に受け取っていただろうに、まったくどうしたものか。

 アタシは男から視線を逸らし、これ見よがしに舌打ちする。

 

「……お前、変人だな」

「……くくく、変人か。まあ、そうかもしれんな」

 

 何が面白いのか苦笑し始めた。

 ああ、こいつは変人だ。

 だが、まあ悪くはないんじゃないか、という気にさせてしまう。

 なぜだろうか?

 こいつに毒されたか?

 もう人の手は借りない、と決めたというのに、なぜこいつの手を借りてしまうのか。

 自分で自分がわからない。

 見るからに怪しい奴の手を借りるなど、今のアタシには有り得ないことだというのに。

 そう思いながらジロリと男を睨み上げる。

 だが男は苦笑し続けるだけで、ローブを軽く揺らすだけだ。

 

「……ちっ、受け取ればいいんだろ?」

「ああ。そうしてくれるとありがたい」

「…………いつか借りは返すからな」

「借り? 別にいらんぞ?」

 

 そうはいかない。

 今は無理だが、いずれ返してやる。そうしなければアタシの気がすまない。

 何故かこいつから借りっぱなし、というのはアタシの心が許さない。

 

「……絶対に返してやる。だから覚えてろ」

「ふむ……。まあ、一応覚えておいてやるとしよう」

 

 ……腹立つな、こいつ。

 やっぱり何発かぶち込んでやる。

 しかしそれまでであり、何故か殺す気にはなれなかった。

 何故だろうか、と考えつつ男を横目で見てみる。そうして感じたのは、こいつが異質な強さを持っているんじゃないか、ということだった。

 昨日のこともある。こいつからは、そう、規格外な実力を感じさせた。

 落ち着いて見つめてみればわかる。

 たぶん、あの黒いリオレウスよりも強い。そんな雰囲気を感じてしまうもの。

 戦いに関して全くの素人なアタシでも、何となく感じてしまうほどのもの。

 

 ――勘、とでもいうのだろうか?

 

 コイツには絶対に適わない、という何かの訴えがアタシには感じられたのだ。

 だから殺す、ではなくぶち込む、で終わらせてしまう。

 そんな風にコイツとアタシの中のモノを考えていると、男がアタシににっと笑って入り口の扉の方に首をしゃくった。

 

「もう昼だ。腹減ったろう? 食事にしよう」

「…………は? 昼?」

 

 どういうことだ、と時間を確認してみると、確かに時計は昼を示していた。

 待て、アタシは……それだけの時間眠っていたというのか?

 

「いつまで経っても起きてこないからな。心配になって部屋をノックしたらお前がうなされていた、というわけだ。……わかったか?」

「…………」

 

 何という不覚。

 

「そこまで疲れが溜まっていたんだろう。久々の気持ちのいいベッドに包まれていたから、こんな時間まで眠っていた、ということなんだろうな。……悪夢さえなければ、起こすのを躊躇っていたところだ」

「…………ちっ」

 

 納得せざるを得ないことを並べられ、アタシはまたそっぽ向いて舌打ちする。それを見てまた男が苦笑する。もういい加減慣れそうだな、それ。

 

「まあ何はともあれ、飯にしよう」

「…………」

 

 それには異議はない。

 しかしこの苛立ち、必ずや晴らしてやるからな。

 受け取ったローブを体に纏わせてみる。……しっくりくるのもまたなんか苛立ってしまう。

 アタシは前を行く男を睨みながら部屋を後にすることにした。

 

 向かった先は宿の食堂。

 支払いは男が全て持つことになった。大人なんだからここはオレが払う、ということらしい。まあ、それについて異議を唱えていてもしょうがない。

 メニューはアプトノスの肉を使用した野菜炒めに、この辺りで採れる白米というシンプルなものにする。口に運べば、ジャンゴーネギや砲丸キャベツなどの食感、肉の甘みと肉汁が感じられる。簡単に塩コショウをふりかけられているため、素材の持ち味を充分に生かした料理人の腕前が試される。

 ……まだまだ上にいけるんじゃないのか?

 食べながらそう感じてしまう辺り、アタシはどうも料理に対してこだわりがあるようだ。昔から昴に料理を振舞っているし、加えてアタシの母親の料理の腕前がとんでもないものだったため、田舎者ながら舌が肥えている。

 まったく、昔ならこんなことを考えなかったというのに、壊れたせいでアタシの中からが芽生えてきたか?

 遠慮がなくなったというか、……まあ、どうでもいいか。いちいち考えるのもめんどくさい。

 

「さて、食事が終わったら少し街を歩くぞ」

「…………」

 

 なぜ、という視線を向ける。

 

「なに、ちょっとした資料を買いにな。お前も本は必要だろう?」

 

 本、か。

 まあ確かにそれは必要か。

 鍛練していない時間を利用して知識を得ていくというのも悪くない。

 今は調合に関して勉強中だけど、これはハンターとして行動する際に覚えていけば問題ないか。なにせ必要な素材がなければ実際に調合できないのだから。

 

「異論はないようだな。ではそういう方向でいくぞ」

「…………」

 

 小さく頷いてそれに応えておく。

 それからペースを変えずに食事を進ませ、数分後にお茶を飲み干して終わらせる。勘定を男が支払い、アタシたちは町に繰り出す。

 

 

 向かった先は町の本屋。ここは一応港町でもあるため、それなりに種類はあるようだった。ざっと目を通していく限りでも、結構な量がある。

 モンスターに関するもの、調合に関するもの、魔法や武術に関するもの……。実に様々だ。

 そして今回必要なのは武術に関するもの。男はタイトルに目を通して目的のものを探し、いくつか手にとって店員の元へと向かっていく。

 アタシはまだタイトルに目を通していくことにした。

 

 『肉食竜図鑑』『飛竜大全』『モンスターに関する伝承』『黒龍伝説』『冥蛇龍』『古龍について』

 

 そんな風に本が並んでいた。普通なものから古龍に関するものまで揃っているようだ。これもひとえに港町だからか?

 辺境ながらも結構いい感じに種類が揃っている。

 というか、冥蛇龍まであるというのは驚きだ。確かにこれは東方では結構有名な古龍、というか伝説種だ。

 そんな風に本に視線を巡らせていると、購入を終えた男が戻ってくる。

 

「……ふむ、そんなに視線を巡らせるとは。本は好きな方か?」

「……別に」

 

 まあ嫌いではない。だが言う気にもなれなかったので素っ気無く終わらせておく。

 

「まあいい。行くとしようか」

 

 向かうのは町の外れ。

 昨日アタシと男が出会った場所だった。

 

 アタシの鍛練が始まろうとしていた。

 

 

 ○

 

 

 丘に上がった優羅と獅鬼は向かい合って佇む。優羅は相変わらず無表情で獅鬼を見上げているが、どこか気が微かに獅鬼を刺すようにしている。

 それは苛立ち。

 起きてから色々と獅鬼に弄られた事を根に持っているようだった。

 

「さて、まずはオデッセイブレイドを構えてみろ」

「…………」

 

 それに従って優羅はオデッセイブレイドを抜く。少しだけ重たそうにしているが、それでもしっかりと握り締められている。その手を見つめて獅鬼は小さく「ふむ」と呟き、そのまま優羅に近づいて右腕に触れる。

 

「……なるほど」

「……なにをしている?」

「なに、ちょっとしたチェックだ。それよりも指。ここはここに添えろ。そして腕の力」

 

 持ち方から力の入れ方までチェックして指示し、オデッセイブレイドの構え方が少し変わる。それを優羅は黙って聞き、しばらくして獅鬼が離れる。

 

「今言った通りの力加減で振ってみろ」

「……」

 

 言われた通りに振ってみると、明らかに今までとは違う感覚がした。まだ重いが、それでも刃に伝わる力加減が変化している。

 

「構えと力加減はそれでいい。あとは力を鍛えることだな」

「…………」

 

 やはり専門的な教えを受ける、というのはいいことだ、と優羅は思う。いきなり得られたことがあった。

 

「体力に関しては、実際にクエストで狩りに出ていれば自然と身につく。あるいはこの辺りを走り回るかすればいい。それはお前が決めろ」

「……わかった」

「では最初は筋力を鍛えようか。腕立てを50回」

「……」

 

 オデッセイブレイドをしまった優羅がそのまま地面に手をつき、腕立て伏せを開始する。

 それを見守りつつ、獅鬼は購入した武術の本を取り出し、木にもたれかかってページをめくっていく。

 

 優羅の修行が始まった。

 

 

 ○

 

 

 腕立てを終えると、頬から汗が多く流れていた。

 今までここまで鍛錬したことはないアタシは、流れる汗を拭っていく。体は熱を持ち、新しい着物はもう浮き出た汗に濡れている。

 

「終わったか。……苦しいか?」

「……問題ない」

 

 実際には強がりだが、それはこいつにもわかっているのだろう。微かに口元を緩ませている。

 

「いずれ慣れる。毎日続けていれば、な」

 

 わかってる。続けてやるさ。

 生きるためにアタシは力を得る。今は我慢してやる。

 

「さて、少し聞きたい」

「……なに?」

「お前は戦うとするならば、力に任せて攻めるか、それとも技術を用いて攻めるか。あるいは速さに任せるか、相手の力を利用するか。どれを選ぶ?」

 

 最初聞いたときは意味がわからなかった。

 でも少し考えて戦う際のスタイルを聞いている、というのが何となくわかった。

 力任せ、というのはアタシの柄じゃない。というか、無理だろう。

 技術を用いて、というのは何となく合っている気がする。

 速さに乗せるというのもいい。足の速さを生かし、その加速を乗せて、という感じだろう。

 相手の力を利用する、というのはこれも今のアタシには無理だ。小さい体だし、まだ力もそんなにあるわけじゃない。もう少し成長してから覚えてもいいと思う。

 となると、今のアタシに出来ることといえばこの二つ。

 

「……技術と速さ」

「ふむ、了解した」

 

 パタン、と本を閉じてローブにしまい、そのままローブを脱ぎとってしまう。下から現れたのは黒い着物だった。どうやら今日は鍛錬ということでハンターの装備ではなかったようだ。

 でも少し考えればわかること。いくらなんでもプライベートまで装備をつけることはないだろう。

 だがそれでも顔に嵌められている仮面は取らないようだ。蒼い髪が風になびいているけど、仮面があるから素顔が見えない。

 

「とりあえず構えろ。一回打ち合わせれば、お前の実力が今一度計れるというもの」

「…………」

 

 呼吸を整えつつアタシは男を見つめる。何度か肺に酸素を送り、この苦しさを少しでも早く和らげていく。

 

「少し休むか?」

「……いい」

 

 一言告げてアタシはアタシなりに構える。正式な構えなんざ知らない。そういうのはこれから覚えていけばいい。

 今はただ――こいつをぶん殴り、蹴り飛ばしてやる。

 昨日からの雪辱、少しでも晴らしたい気分だ。

 

「……くく、まあ、来い」

「…………」

 

 まるでアタシの心情を察したかのような含み笑いだった。それがまたアタシを苛立たせる。でもやはり殺す気は起きてこない。実力差を感じているからだろうが、それでもアタシはこいつを殴る……!

 少しだけ身を低くし、アタシは地面を蹴って一気に男へと迫る。

 引いた右腕をそのまま打ち出すが、男は軽く体を横にずらすだけで避けてしまう。伸ばした腕を曲げて肘を打つが、それも体を引いて避けられた。

 体を捻って足で蹴り飛ばしても同じこと。手を使わずに避け続ける。

 

「……っ!」

 

 実力差があるのはわかっている。それでもアタシは何とか一発だけでも当てたくてがむしゃらに手足を動かし続ける。

 また汗が流れ出し、呼吸が乱れてくるけど、アタシは男へと向かっていく。

 突き動かすのは“当てたい”という感情ただ一つ。

 でもいくらやっても当たらない。

 流れ落ちた汗が宙に舞い、さっきよりも着物に汗が張り付いて気持ち悪い。

 

「……はぁ、はぁ……っ」

 

 やがてアタシは力尽きたように膝を曲げ、地面に両手を付いて荒い呼吸を繰り返すようになってしまった。

 そんなアタシを静かに見下ろす男。何も言わず、ただ見下ろすそれは、一発も当てなかったアタシを憐れんでいるのか。

 そう考えていると芽生えてくるもの。

 

 

 ――悔しい。

 

 

 ここまでアタシは小さいのか。弱いのか。

 たったの一発すら与えられずにこうして倒れてしまう。

 ふと、男の手がそっとアタシの頭に乗せられた。

 

「強くなりたいか?」

 

 それは気遣うような声色だった。憐れむわけでもなく、見下すわけでもない。

 ただ純粋にアタシのことを考えているような、そんな言葉だった。

 そしてその言葉に対するアタシの気持ちは決まっていた。

 

「……ん」

 

 そう言って小さく頷いた。

 今まで以上に湧き上がる感情。

 

 強さが欲しい。

 

 誰にも負けない強さが。殺されないための強さが。

 

 敵を倒すための強さ?

 

 別に今は必要ない。――殺すための強さは要る。

 アタシはただ生き続けるだけ。――アタシはただ殺し続けたいだけ。

 

 ……失せろ。――受け入れろ。アタシは殺したいんだ。

 

 

 その時、頭に乗せられていた手が軽く撫でてきた。その感覚に気づいたアタシは、はっとして顔を上げる。

 

「それに従うな。聞く耳を持たなくていい」

「…………」

「お前はお前のままでいい。そのままのお前で強くなれ」

 

 なんでそんなことが言えるのか。

 まさか、こいつはアタシの事を知っているのか?

 誰かがアタシに話しかけるかのようなこと、普通は信じられるようなものじゃないというのに。そしてアタシはこの事を話していないのに。

 

「……今日はこれくらいにしておこう。初日だからな」

「……まだ、やれる……!」

「ダメだ。やるとしても少し休め。無理して続けても体が壊れるだけだ」

「……でも、アタシは……!」

 

 立ち上がろうとするアタシの肩を掴んで押さえつけ、男は仮面の奥からアタシと視線を合わせた。

 

「お前のやる気はわかった。だが今は休め。そら、そこの木にもたれかかってろ。飲み物を用意してやる。少し水分を補給し、休むんだ。でなけりゃ気絶させるぞ?」

「…………」

 

 男の眼力は鋭く、その言葉は本気を思わせた。気絶させられるなどアタシとしてはごめんだ。しょうがないのでその言葉に従い、木へと移動して幹にもたれかかった。

 するとローブからタオルと飲み物を取り出してアタシに渡してくれた。まずタオルで流れた汗を拭き取っていく。次に飲み物を受け取って喉を潤していく。

 体に染みこむほどの恵みの水だった。恐らくアタシの為に用意したものだろう。どこまで世話焼きなんだこいつは……。

 じばらくぼうっと幹にもたれかかったまま空を眺めていると、男が何かに気づいたようにあらぬ方を見る。しばらくそちらを眺めていると、ローブから本を取り出してアタシに渡してきた。

 

「少し行ってくる。これを読んで予習しておけ」

「……」

 

 武術の本だった。

 アタシが何か言う前に男は歩き出し、そのまま姿を消してしまった。

 

「…………」

 

 まあ、予習するのも悪くはない。アタシは本を開き、目次を読んでアタシに合いそうなものを探してみる。そしてページを確認し、ざっと内容を確認していくことにした。

 

 

 ○

 

 

 さて、森の中へと入っていったがあいつはどこにいる?

 視線を動かしてあいつの姿を探すと、オレの頬を撫でるように一陣の風が吹く。それに誘われてそのまま視線をそちらに向けると、石に腰掛ける何かがいた。

 それは人の形を取っていない。かといってモンスターというわけでもない。

 黒いもや。

 そう形容するに相応しいものだった。

 

「久しぶりね」

 

 もやからそんな声が聞こえてきた。同時にもやは形を変え、どういうつもりかあの小娘の姿を取った。先ほどまでの小娘とまったく同じ服装。傍から見ればあそこにいた小娘がこっちに移動してきたように感じるだろうが、実際には違う。

 あの小娘の姿を真似た別の存在。それがこいつだ。

 

「どれくらいぶりになるかしらね?」

「……軽く数百年だろう?」

「……もうそんなになるのね。私にとって時間なんて意味のないものだから、気にもしなかったわ」

 

 だろうな。こいつは“世界”に属している者だから時間は意味を持たない。

 聞くところによれば他の世界も気の向くままに旅をしているらしい。様々な世界で様々な現象を眺め、そして傍観し続ける存在。世界が異なればその時期も異なる。

 故にこいつにとって、時間というものは本当に意味を持たないのだ。

 

「それにしても……」

 

 そこでうっすらと笑みを深めていく。恐らくあの小娘が絶対に浮かべないであろう、何かを含むかのような冷笑。その外見年齢に似合わぬ笑みを見せながら、紅い目がオレをじっと見上げてくる。

 

「よかったわね。シュヴァルツの血統が見つかって」

「……嫌味か?」

「まさか。褒めているのよ、ふふふ……」

 

 足を組んでその上で指を絡める。

 

「これで鍵は一人……いえ、三人? あの二人も成長していけば望みはあるかもね?」

「……どうせお前からすればわかっているだろうに」

「でも、まだ未来は決定していないわよ?」

「本当か?」

 

 どうも嘘くさい。

 こいつの性格の悪さは何度か話をするにつれてわかってきた。そしてこいつの特徴などを推察すれば全てわかった上で、奔走し、抗おうと努力し続けるオレたちを見て楽しんでいる可能性だってある。

 そんなオレの気持ちがわかったのか、また目を細めて冷笑を浮かべてきた。

 

「まあ私はただの“傍観者”。ヒントや予言は与えるけど、介入はしないわ」

「…………」

「……ふふふ」

 

 本当に嘘くさい。

 こいつのことだ。そう言っておきながら最終的に介入する可能性がある。いや、実際にこれは“介入”しているじゃないか。

 オレにヒントや予言を与えている地点で、こいつは“傍観者”ではなくなっているんじゃないのか?

 こう考えてみれば矛盾している。何故ならこいつの言葉を借りるならば、こいつは『物語の登場人物』に情報を与えているのだから。

 ……まあ、だからこそオレはこれから先に起こりうることに対して、こうして対策が出来るわけなのだが……。それがまた皮肉なものだな。

 

「それにしても、未だに顔を隠し続けているのね」

「…………」

「まあ、しょうがないわよね。そういう呪いなのだから」

 

 こいつにかかれば人の過去などお見通し、というわけだ。その場に実際に居合わせたわけでもないというのに、オレの事情も全て知っている。それは同時に、あいつのことに関しても知っているということになる。

 あいつのことに関しては知りたいことは山ほどあるが、前に聞いたときは教えてくれなかった。どうやらそれをすると、「つまらなくなる」ということらしい。

 

「ホント、あいつも執念深いことね。まぁ、だからこそ私はこの物語が楽しめるのだけどね、ふふふ……」

「……本当に性格が悪いな」

「それが私だもの。名前の通り、ね……ふふふ」

 

 ああ、やっぱり気に食わない。だがこいつにそれをぶつけたところで意味はない。ぶつけたとしても、逆にオレがやられるだけだろう。その気になれば、こいつはいつだってオレの命を握りつぶせるのだから。

 それがわかっているからこそ、こいつはこうして冷笑を浮かべている。

 

 ――ああ、確かにこいつは七禍(ななか)だ。

 

 実にこいつの場合は名は体を表している、といってもいい。あいつと同じく、な。

 すると石から飛び降り、微かに背を向けて左手を小さく挙げて手を振ってきた。

 

「じゃあ、私はこれで失礼するわ。あの娘の師事、せいぜい頑張りなさい」

「……どうも」

「……またいずれ会うことになるかもね?」

 

 オレとしては二度と会いたくないのだが、そうも言ってられないか。予言のことやこれからのこともある。知りたい時に現れるかは限らないが、情報を得られるという点ではオレとしてはありがたいのだから。

 情報の対価はどうしているのか、という点で気になるのが普通だろうが、こいつは当時のオレからすれば信じられない事をのたまった。

 

 

 私は暇つぶしになれればそれでいいのよ。

 

 

 退屈しのぎ、暇つぶし。

 それこそがこいつが求めていることだった。退屈を嫌い、様々な世界の出来事を眺めることがこいつの日常らしい。だからこそこいつは気に食わない。己の悦の為に様々な者の幸福、そしてそれ以上に不幸を楽しんでいる。

 

「じゃあね」

 

 一言の挨拶を告げてそのまま文字通り姿を消した。

 オレはしばらくその場所を見つめ続けていたが、やがて一つ溜息をついて小娘の元へと帰ることにした。

 まったく、何のためにオレを呼び出したのやら。ただ小娘のことで世間話をしにきたというのか?

 だとすればよほど暇だったんだろうな。

 

 

 少し歩いて小娘のところに帰ると、小娘はじっと本を見つめていた。オレが帰ってきたことにも気づいていないのか?

 だとすればかなりの集中力だな。その集中力を生かせば、本当に化けるかもな。

 

 ――それが闇でなければいいんだがな。

 

 そんなことを考えていると、小娘の視線が微かに動いてオレを見上げた。

 

「…………」

「おう」

 

 とりあえず右手を小さく挙げて帰ってきた事を示してやる。だがすぐに本に視線を戻された。

 ……なんていうか、少し惨めだな。嘆息しながら挙げた右手を下ろし、小娘と同じく木の幹にもたれかかることにする。しかし小娘の隣ではなく、90度左に、だが。どうせ小娘のことだ。隣に座られるのは嫌がるだろう。

 時折飲み物を口にしながら小娘は本を読み進め、やがて読むべきところを読み終えたのか立ち上がった。

 そのままページをめくり、あるところで開いたままにして地面に置いた。そのページを確認しつつ、構えを取ってゆっくりと体を動かしていく。

 なるほど、実際にやってみようということなのだろう。

 オレが帰ってきたからこうして確かめることが出来る、ということか。ならばその意を汲んで見てやることにしよう。

 

「…………」

 

 たどたどしいが、それでも形にはなっている。時折直すべきところや助言をし、そのまま小娘は型をとって動かしていく。打ち出される拳、身を捻って蹴り上げ、そのまま両手を動かす。

 交互に拳を打ち出すと、チラッと本を確認して次の動きを確認している。

 まあ最初はこんなものだ。最初から全てが出来るやつなどいない。

 

「今はそれを繰り返しておけ。一応それが区切りになっているのだから」

「…………」

「慌てることはない。順番にゆっくり体に馴染ませていけ」

 

 そこでオレは小娘の前に立つ。両手を胸の前で広げ、軽く小娘に揺らしてやる。

 

「そら、ここに交互に打ち込んでみろ」

「…………」

 

 それをじっと見つめていたが、小娘は一度呼吸を整えた。そのまま型に則って構え、オレの両手に交互に拳を打ち出してきた。

 痛みはあまりない。だがこれも必要なこと。その構え方や腕の出し方などを修正させ、何度も何度も打ち込ませる。

 

 初日はこれの繰り返しとなり、休憩を挟んでひたすら決まったことを繰り返させることになった。

 鍛練を終えると小娘は立てずにいたため、仕方がないのでおぶって宿に帰ることになった。

 

「……不覚」

 

 そんな声が聞こえたような気がしたが、それは聞かなかったことにしてやった。夕食を何とか食わせてやり、シャワーを浴びると小娘はすぐに自室に引っ込んで眠り始めた。

 まあしょうがない。最初は誰もがそうなのだから。

 オレはそのまま寝かせてやり、自分も自室に戻って休むことにした。

 

 あの調子で鍛えていけば問題ないだろう。

 少し気になる点はあるが、今のところは大丈夫そうだ。

 だが七禍のことや、あいつのこともある。

 まだ気を抜けない状態にあるだろう。注意深くしておくことに越したことはない。仮面を取ってオレはベッドに沈み込んだ。

 

 

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