呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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十話

 

 

 現れたドスシャギィはアタシと男を何度か見ると、真っ直ぐにアタシへと向かってきた。野性の中で生きたモンスターは、敵の強さを感じ取るという。それによって戦うか引くか、または戦わざるを得ないか逃げざるを得ないかを判断するという。

 戦う場合はまずは弱い敵から始末する傾向にある。

 この場合は当然アタシだ。

 でもそれは望むところだ。

 

 何故ならば、元よりアタシはお前と戦いに来たのだから……!

 

 真っ直ぐに接近してくるドスシャギィを見据え、アタシはオデッセイブレイドを構えて横に回りこむ。しかし首を捻って噛み付いてきたため数歩下がってそれをやり過ごし、その顔へとオデッセイブレイドを斬りつけた。

 

「ヴォヴッ!?」

 

 怯んだところを踏み込み、首から体へと薙ぎ払って下がる。すると尻尾が薙ぎ払われ、それをしゃがみ込んでやり過ごした。

 

「ウォンッ!」

 

 すると足に力を入れて体全体でぶつかろうとする体勢に入る。でも今回はまだ大丈夫だ。足に力を入れて一気に横に跳ぶ。その後にあの体当たりが繰り出されたが、射程外に逃げていたために受けることはなかった。

 

「ギャルァ!」

 

 しかし後ろからシャギィが襲い掛かってこようとする。飛び跳ねながら牙を剥き出しにし、噛み付いてきたために盾を構えて防ぐ。反撃としてオデッセイブレイドを突き出し、喉を貫いて切り払う。

 

「ヴォウ、ウォウ、ウォゥゥ……!」

 

 そこでドスシャギィが遠吠えを行い、辺りからシャギィたちを呼び寄せた。群れのリーダー格は群れの仲間を呼び寄せ、指示する行動をよく見る。遠吠えはこのドスシャギィなどが行う行動の一つ。

 山の坂から、洞窟から、次々とリーダーの呼び声に従って、他のエリアに散っていたシャギィたちが集まってくる。

 しかしそれをざっと見渡した男がガンチャリオットを構え、やってきたシャギィたちをさっきと同じくなぎ倒していく。飛び掛ってきたものは貫き、群がってくれば薙ぎ払って蹴散らしていく。

 これによってドスシャギィたちが得意とする集団戦が行われることはない。その事を悟ったのか、ドスシャギィの目が細まって低く唸り声を漏らしてきた。身を低くし、足に力を入れると一気にアタシに距離を詰めて噛み付いてきた。

 しかし落ち着いて対処すれば問題ない。

 

「……っ!」

 

 でもドスシャギィから発せられている殺気が、アタシの体を一瞬強張らせた。

 そうだ。

 こいつの攻撃が見えるようになり、回避できるようになったのは確か。

 でもアタシは、こいつから出る殺気にはまだ慣れていないのだ。

 自然に生きるこいつらの野生の殺気というものは、本来8歳のアタシが受けていいものじゃない。本能からくる恐怖はそうそう抑えきれるものじゃないのだ。

 アタシが学んだのは体術。そして鍛えたのは基礎能力。

 気に関してはまだ鍛えられていない。

 

 当然だ。

 

 気というものはまずは体を鍛えてからでなければ鍛えることはない。そして気を鍛えるということは、自分の気を扱うことと、相手から気を受け続けることで鍛えられる。

 男は気を込めてアタシを見ることはなかったために、まだアタシは耐性がない。

 恐らくこういうものは実戦で感じることで耐性をつけろ、という男の考えなのだろう。そしてそうすることで意味がある。野生の殺意の耐性は、モンスターから受けることで鍛えられるべきだ。

 

 何故ならばアタシはハンターなのだから。

 

 ハンターが戦うのは人じゃない。モンスターなのだ。

 戦いの基礎は人とモンスターにも応用できるが、気に関しては別物なのだから。

 

「ウォンッ!」

「……!」

 

 何とか盾を構えることで直に噛まれることは防いだ。しかしすぐに体を捻り、右から尻尾が襲ってくる。体に直に受け、アタシはそのまま横に飛ばされてしまう。アロイ装備をつけているとはいえ、衝撃をそれで殺せるはずもない。

 しかも実際のものとは違い、軽くなると同時に防御力も低下している。

 

「……が、は……」

 

 転がった拍子に、背中から岩にぶつかってしまった。それで肺から空気が吐き出され、アタシの意識が少し飛びそうになってしまった。

 

「……ぐ、うぅ……」

 

 少しぐらぐらする視界の中で、ドスシャギィがアタシを見ている気がした。低く唸り、とどめを刺そうと力を入れているようだ。

 つまり、チェックメイト。

 アタシの負け、ということだ。

 

 やっぱりダメなのか?

 力を得たことは得た。

 でも、まだ足りないというのか?

 ……アタシがまだ子供だから?

 ドスシャギィが一気にアタシに駆け寄ってくる。

 

 死が、迫ってきている。

 

 それを実感した時、アタシの中でざわつく感情があった。

 

 これは……恐怖?

 

 訪れる死を、ドスシャギィに対して……恐れている?

 

「……っ」

 

 動けない。

 何かに縫い付けられたように動けない。

 あの時でさえ動いたというのに、何故動けない……?

 アタシは壊れたんじゃなかったのか?

 わからない、わからない……。

 ぐるぐると思考が渦巻く中、アタシはその死を前にして、ただじっとドスシャギィを見続けるだけだった。

 

「……ふっ!」

 

 しかしそれを止めるように、横からあの男が飛び出してその体に飛び蹴りを放った。頭じゃないのはたぶん、とどめに成り得るから……か?

 

「ギャルァァァアアア!?」

 

 その衝撃でドスシャギィが遠くへと飛ばされていく。それを見送った男がアタシに振り返り、アタシの体を抱き上げて走り出した。

 

 

 向かったのはベースキャンプ。

 テントのベッドに腰掛けられたアタシは、男から治療を受けていた。アロイ装備を取り、攻撃を受けた場所に回復薬グレートを染みこませた布を当てていく。それを黙って受け、アタシは傷の治療を行われた。

 しばらくして手当てが終わり、最後に応急薬を飲み干して内側からの治療を促させる。

 

「……で? どうだった、ドスシャギィは?」

「…………」

「あれがドスシャギィだ。お前はあれに勝とうとしていたんだぞ?」

 

 やっぱり気づいていたのか。

 そうだ、アタシは思いあがっていた。力を得たからと侮った。

 大人のハンターでさえ負ける相手でもあるドスシャギィ。シャギィとは違い、群れを束ねるリーダーなのだ。ただ成長した、というだけの存在じゃない。

 内包する力はシャギィよりも何倍も高いのだから、シャギィ程度を倒せるようになったと余裕を持つのは間違いだ。

 

 ……アタシは、間違えた。

 

 男はそれに気づき、その現実を突きつけるためにドスシャギィを選んだんだろう。本当の意味で負けを悟らせ、モンスターというものを思い知らせるために。

 

「……わかったか? これが狩りだ」

「……」

「狩りに絶対はほとんどない。力を得たとはいえ、一歩間違えればあっけなく死ぬ。何頭も飛竜を倒した熟練のハンターでさえ、たかがクック、あるいはドスランポスに負ける事だって有り得ることだ」

 

 頭に浮かんだのは、オデッセイブレイドを手に入れるきっかけになったあのハンターのこと。重傷を負っていたとはいえ、ドスランポスとランポスの群れに囲まれながらも戦った。

 結果は勝ったけど、最終的には治療が間に合わずに死んでしまった。ドスランポスに負けたわけじゃないけれど、結果的には死んでしまった。そういうことも有り得るのだ。

 

「お前はまだ幼い。もしかしたら勝てるかも、という思いあがりは捨てろ。経験を重ねていない奴が、たかだか身体能力が高くなったからと勝てるわけじゃない。……いいな?」

「…………ん」

「よし。では行くとしようか」

 

 そう言って立ち上がると男はテントから出て行った。アタシはアロイ装備を身につけてその後を追う。

 まだクエストは終わっていない。たぶん今度は男もドスシャギィ討伐に混ざるだろう。教えることは教えたのだからこれ以上長引かせることはないはず。

 

「どうやらすぐそこにいるようだな。今度はまだ広い方だ。お前でも頑張れば戦えるぞ」

「…………は?」

 

 何を言っているのだ、こいつは?

 お前も戦うんじゃないのか?

 

「鍵はあるぞ? それを使って有利に持っていけ」

 

 鍵?

 ……閃光玉のことか?

 

「人はな、ただ武器と防具を高めていったわけではない。道具もまた開発していくことで戦いを有利に持っていくようにしたのだ。……ならばこそ、それを用いて勝利を手にしてみろ」

「…………」

 

 勝利。

 それを口にするということは、戦い方次第でアタシはドスシャギィに勝てるということか?

 それだけの要素がアタシにあると?

 

「なに、信じろ。今まで積み重ねた事をな」

 

 そう言いながら微かに振り返って笑みを浮かべてきた。

 アタシの積み重ねたこと。

 この一ヶ月で高めたこと。それを信じろというのか。

 

「……己を信じられんなら、この先やっていけんぞ。ハンターとは積み重ねた経験と高めた実力と知識を用いて戦うのだからな。もちろん地の利や装備の関係もあるだろう。しかし第一となるのが己だ。故に、己を信じるのだ」

「…………」

 

 アタシを見下ろしてそう語る。まるでそれはアタシに言い聞かせるようなことだった。

 

「積み重ねたモノを信じろ。己の実力を信じろ。……それがハンターだ」

「…………」

 

 信じる。

 この一ヶ月で積み重ねたモノを。

 悪魔を信じるのではなく、鍛え上げたモノを信じろ、ということなのだろう。

 

 ――ああ、そうだな。悪魔よりもよほど信じられる。

 

 ならばやってやろうじゃないか。

 ぐっと拳を握り締めてアタシは呼吸を整える。

 そしてアタシはエリア2へと戻っていく。

 

 岩陰からそっと覗き込むと、そこには確かにドスシャギィがいた。辺りを見渡しており、辺りを警戒するというよりも何かを探しているかのようだ。

 恐らくそれはアタシたちだろう。自分の群れを壊滅させ、自分を傷つけた存在を逃しはしない、ということなんだろう。

 

「……さて、どう攻める?」

「…………」

 

 今はこっち側を見ている。そんな中で飛び出していくのは愚考。

 あっち側を向いた時に飛び出し、斬りかかる、でいいだろう。

 

「グルル……」

 

 何度かこっち側を眺めていると、そのままエリア5側へと視線を移し、そして首を戻し、向こう側へと視線を移した。そのままキョロキョロと見渡し始める。

 

 今が好機……!

 

 オデッセイブレイドを抜いてアタシは飛び出し、ドスシャギィへと向かっていく。アタシの加速度が上昇していき、そして持ちうるスピードの最高速度で接近していく。

 

「グル……?」

 

 気づいた時にはもう遅い。こっちに振り返るより早く跳躍しながら宙返りし、その顔を両断するように切り裂く。対人で殺した時に使用したものを試してみた。

 そしてそれは通用した。

 

「ガアアアァァァ!?」

 

 そのままエリマキに掴みかかり、その首に飛び乗って何度も何度も突き刺していく。普通のハンターならば体の大きさでこういうことはあまり出来ないだろう。体が小さいのが幸いした。

 

「グルァ、グルァァァアアア!?」

 

 何としてでもアタシを振り落とそうともがき、暴れていく。しかしエリマキを掴んでまだまだ首や体に刃を突き刺していく。

 突き刺したところから血が噴き出し、その体を赤く染めていく。だがそれでもドスシャギィには力があった。今まで以上に暴れだし、遂にアタシはドスシャギィから振り落とされた。

 何とか受身を取って起き上がり、ドスシャギィを見据える。受身もまたあの男から教わったことだ。ダメージを軽くするために守りとして教わったことだ。こういう形で役に立つ。

 すかさずポーチに手をやり、閃光玉を取り出してピンを抜く。それをドスシャギィの眼前へと放り込むと、強い光が辺りを包み込む。

 

「ヴォウッ!?」

 

 目を潰され、ドスシャギィの足が止まる。何度か顔を振っているものの、目は閉じられたままで視界は閉ざされたままと見える。

 ならばまだまだ攻撃できる!

 オデッセイブレイドを構えて再びドスシャギィに斬りかかり、更に傷を付けていく。刀身を少しずつ血に染め、噴き出した血がアタシの頬にかかる。

 

 赤い血。

 傷をつけたことで流れる赤い液体。

 鉄の臭いが鼻をくすぐっていく。

 

「……」

 

 なぜだろうか。

 今までシャギィたちを斬ってきたけど、こんな風に血に反応することはなかった。

 最初にアプトノスを狩った時は、実際に傷をつけたということと、血を直に見てしまったということで恐怖感があった。

 当然だ。

 幼い子供が血を見るなんてあってはならぬこと。あの反応は当然のこと。

 

 更に斬る。

 更に血が流れる。

 

 そして立ちのぼる血の臭い。

 

 まだドスシャギィは目を潰されており、痛みに悶えて暴れている。時折それがアタシにぶつかってくるが、盾を使って何とか防ぐ。ビリビリと左腕が痺れるけど、何とか耐える。

 

 ――狩れ、殺せ。

 

 また、声が聞こえてくる。アタシの中にいる「悪魔」とやらの声だ。

 

 ――狩りこそアタシのやるべきこと。

 ――殺しこそアタシの喜び。

 ――だから狩れ(ころせ)

 

 ……それは何となくわかっている。アタシは壊れたことで、真のアタシを見出したような感じだ。

 アタシは戦いというよりも、殺しこそが合っているような気がする。

 

 なるほど、確かにコレは悪魔と呼ぶに相応しい。

 こうして戦いに身を置いてこそ実感する。

 シャギィを殺している間も何となく実感していた。アタシは無感情に殺してはいるが、それに対して体が微かな反応を示していた。

 消えていく命を嘆いているのか、それとも弔っているのか。

 

 

 違うな。

 

 

 その“殺した”という事実を喜んでいるのだろう。

 すなわちアタシにとっては、狩る=殺す。

 

 故に狩る(ころす)

 

 ――それでいい。さあ、殺せ。

 

「……うるさい」

 

 思わず声に漏らしてしまった。そうしつつドスシャギィの横っ腹を切り裂く。

 

「ヴォルァ、ヴォォォオオ!!」

 

 視界を取り戻したらしい。一時距離を取ってアタシに向き直るが、アタシはじっと見据えて走り続ける。

 もうドスシャギィはほぼ瀕死だ。顔と首にかかっては突き刺し続けて血が流れ、体も閃光玉の足止めによって傷だらけ。

 落ち着いてやれば問題ない。

 しかし瀕死になったドスシャギィは先ほど以上に殺気を放っている。

 

「……っ」

 

 やはりこの気質はアタシにとっては毒だ。体が硬直しそうだ。いや、実際硬い。

 だが恐れるな。

 恐れを知っているからこそ恐れるな。一度知ってしまったからには、アタシはその先へと突き進める。

 

「……ぁぁぁぁああああ!!」

「ヴォルルァァァアア!!」

 

 追い詰められた獣ほど恐ろしい。刺すような殺気を向けてアタシに攻撃を仕掛けてくる。噛み付きから頭突き、体を捻って体当たり。何とかかわしていくものの、体が硬直して掠め、あるいは体に当たってしまう。

 その度に体勢を崩し、距離を取らされてしまう。

 

「ヴォルァッ!」

「……くっ」

 

 生まれた隙を見逃さず、ドスシャギィが一気に迫ってくる。

 体が小さいために守りに回れば不利になる。その衝撃を完全に殺せないのは明白だ。

 

 ならば、あえて踏み込む……!

 

 向かってくる牙目掛けて左腕を振り上げ、盾を用いて防ぎつつ弾く。その反撃を想定していなかったのか、ドスシャギィが怯んでしまった。まあ同時に傷口にも盾の一撃をお見舞いしてやったからな。おまけもついてきた。

 空いている喉元を突き上げて切り裂き、体に回りこんで更に斬りかかる。

 

 ――血沸き肉躍るものだな。

 ――やはりアタシは、殺しこそが似合いだよ。

 

 うるさい……。

 アタシは殺しなんざどうでもいい。

 ただ生き残るための力と経験が欲しいだけだ。

 殺しの為に戦いに赴いているわけじゃない……!――……つまらないな。

 

 ――しょうがない。今はただ大人しくしていよう。

 ――そのまま狩る(ころす)といいさ。

 ――いずれまた、実感するさ。

 

 

 ――アタシは「悪魔(さつじんき)」なのだから。

 

 

 それから声は聞こえなくなった。

 なにか妙な事を口にしていたけど、今は捨て置く。

 今はただ勝利の為に、こいつにとどめを刺すのみ。

 アタシはオデッセイブレイドを振るってドスシャギィへとまだまだ攻め立てていく。

 

 恐れるな。

 恐れを勇気に。

 己の力を信じて突き進む。

 

「ガァァァアアア!!」

 

 足運び、力の移動、体の動かし方。

 その基礎は体に記憶してある。それを生かして傷を最低限に抑えつつドスシャギィを攻める。

 もう少し、もう少しで落ちる。

 それを感じながらアタシはオデッセイブレイドを振るい続けた。

 

 

 ○

 

 

 ふむ、今回の戦いは問題なさそうだ。

 一時はどうなることかと思ったが、何とかなったか。

 まあ振り返り、反省する点はあるが、初戦故に当然のことだろう。ドスシャギィ相手によく戦ったものだ。それに関しては褒めてやってもいいだろう。

 だが、危ういところはあったな。

 どうやらシャギィたちへの殺し、返り血の影響……。シュヴァルツの殺人鬼の反応があったようだが、それを押さえ込んだか。

 それを受け入れるのではなく、押さえ込む。……うむ、いい影響だ。それが一番の危惧だったが、どうやら杞憂だったようだ。その点に関してはオレも驚いたが、何はともあれ安心だ。

 もうしばらく小娘を鍛えるだけ鍛え、離れることにしよう。他にも鍵を探さねばならんからな。

 それに奴のこともある。

 その点に関しても調査せねばならんからな。雷河と合流し、調査の幅を広げることにしよう。

 

 方針を決めたとき、小娘がドスシャギィにとどめを刺すことに成功した。

 

 荒い息をつきながらドスシャギィを見下ろしている。顔には所々返り血がつき、オデッセイブレイドはドスシャギィの血に濡れている。

 しかしそれでも闇の気配はしない。殺人鬼には目覚めていないようだ。

 

 ならば良し。

 一つの壁は越えたようだ。

 これからも殺人鬼に目覚めることのないように気をつけつつ、もうしばらく鍛えてやることにしよう。

 

 

 ○

 

 

 終わった。

 アタシの目の前には物言わぬ死体となったドスシャギィが倒れている。

 

 誰が殺した?

 

 

 アタシが殺したのだ。

 

 

 つまり、アタシが勝った(狩った)のだ。

 

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 しかし湧き上がる感動はない。

 普通初戦に勝ったら喜ぶものなんじゃないだろうか。

 苦しんで、傷ついて、色々なことがあって……その先に掴んだ勝利。

 それはハンターに感動をもたらすものだろう。

 

 

 でも、そんなものがない。

 

 

 あるのは勝利の実感。そして襲い掛かる疲労感。

 

 ……それだけだった。

 

「…………はは、壊れてるなぁ……」

 

 思わず呟いてしまった。

 恐らく殺せて当然、とでも本能が実感してるんじゃないだろうか。これが悪魔とやらの影響なんだろう。……なにか妙な言葉があったような気がしたけど、何だろうか?

 思い出せない。

 でも、気にしなくてもいいだろう。

 悪魔の力を使うことなく、アタシはドスシャギィに勝利を収めた。こんな風に傷も負っているけど、最終的には勝てたのだ。

 狩った(ころした)のだ。

 だったらいい。こんな風に経験を積み、アタシは生き続ける。

 

 

 ――生き続けるのは幸せ?

 

 

「……?」

 

 悪魔の声じゃない何かの声が聞こえた気がした。顔を上げて辺りを見回す。

 でも、声の主はどこにもない。

 男かと思ったけど、違う。あれは、女の声だ。

 

 ――生き続けるのは幸せなの?

 

 幸せ?

 ……そんなものはない。

 アタシはただ生き続けるだけだ。

 

 ――……つまらないわね。

 

 つまらない。

 そうかもしれない。

 でもアタシの生きる理由はそんなにない。昴と紅葉を探し続けるだけだ。

 悪魔は死んだとか言っていたが、アタシはそんなもの信じない。

 実際に会わなければ、聞かなければ信じることはない。

 

 ――……そう。そうやって生きるのね。

 ――なら、そうするといいわ。せいぜい頑張りなさい。

 

 それを最後にまた声は消えた。

 なんなんだ、さっきから。

 アレは誰?

 悪魔でもない声。

 まさかとは思うけど、壊れたと思っていたアタシの本心?

 

 ……そんなわけないだろう。アタシはあんな風には喋らない。

 

 でも、そんなに気にすることでもない、か。

 とにかく今は、ドスシャギィ討伐の成功を実感するだけだ。

 男が近づいてきてアタシを見下ろし、微かに笑みを浮かべた。

 

「よくやった。おめでとう」

「……ん」

「……まあ、わかってはいたが、いつも通りだな」

 

 わかってるなら口にするな。

 

「では剥ぎ取りをするといい」

 

 ……ああ、そういえばまだ剥ぎ取っていなかったか。色々あって忘れていた。

 アタシは屈みこんで剥ぎ取りナイフを取り、ドスシャギィの素材を剥ぎ取っていく。

 しばらくして充分なものを剥ぎ取ると、男が頷いて首をしゃくる。

 

「戻るとしようか。……ああ、報酬は全てお前が持っていくといい」

 

 長くハンターをしているこいつが報酬を必要とすることはない、ということなのだろう。なら断る理由はない。貰えるものは貰っておこう。

 先導する男についていき、アタシたちはベースキャンプに戻ることにした。

 

 

 こうしてアタシの初戦は終わった。

 色々感じるものはあったし、学ぶこともあった。

 ……途中訳のわからんこともあったけど、まあこうして無事に生き延びて終わることが出来た。

 生きているならばまだ行動できる。

 上へ行ける。

 そして昴たちを探せる。

 

 ……幸せの為に生きるんじゃない。

 

 目的の為に生きる。

 たとえそれによって何かを狩る(ころす)ことになろうとも、アタシはこの道を行くだけ。

 道を塞ぐものがあれば、狩る(ころす)

 それがアタシの道。

 

 

 ――……それでいい、アタシ。

 ――どう否定したって、アタシはシュヴァルツの末裔。

 ――そうやって狩り(ころし)続けるといいさ。

 ――天秤は既に傾き始めている。

 ――ならばこそ、理性を留めるのか、崩すのか。アタシはそれが興味深い。

 ――その時、どっちを選ぶのか。楽しみに待っているよ、アタシ。

 

 

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