呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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十二話

 

 

 昼食を終えて優羅は酒場から外に出る。獅鬼はギルドの者と話をしてくるということになり、優羅は外で待つ事になった。身につけているのはあのガンナー装備であり、腰にはジェイドストームがある。

 今日も密林でガンナーとしての鍛練を行う事になっている。

 毎日体術の鍛練を行って体を鍛えて下地を作っていき、武術を修練して力の使い方や自衛の手段を会得していく。

 そんな毎日が続いていた。

 またクエストに赴いてガンナーの鍛練をするだけでなく、余裕が出来れば採集を行い、素材や調合に関する知識も付けていく。

 フィールドにある素材の採集、そしてそれらを調合して一つの物を作り出す。これもまたハンターにはなくてはならない知識と技術。そしてガンナーになくてはならない弾を作るために、カラの実とカラ骨【小】を主に採集し、組み合わせるものを探し続けた。

 孤島や密林を歩き、得られたものは主にハリの実やはじけクルミ、時にカクサンの実、ペイントの実、ネムリ草だ。そしてキノコを漁ればマヒダケ、毒テングダケ。釣りをすることでハリマグロ、はじけイワシ、ハレツアロワナを釣り上げる。

 これらの素材をクエストが終わって宿に帰り、調合書を広げて調合してみる。クエストを重ねていった事で金が少しずつ溜まってきたため、調合書を一気に達人編まで購入した。何せ獅鬼が「報酬金などいらん」、ということで全部優羅へと渡してくるのだ。また使わない素材を売っていくことでも金が入るため、ならばと一気に購入しておくことにした。

 何度も何度も繰り返して調合する事で手順をものにしていき、Lv1の弾に関しては問題なくなった。小型のモンスターを狩っていくための弾に関する問題はこれで解消される事となる。

 

 酒場の壁に体を預けてぼうっと道行く人を眺める。小さな子供がハンターの装備をしているのが珍しいのだろう。時折人の目が優羅へと向けられている。

 

「…………ちっ」

 

 聞こえないほど小さく舌打ちする。こういう人の目に晒されるのは嫌いだった。あの日に異質なものを見るような目が微かに思い起こされる。

 あの件があったことで、優羅は人の目というものに多少敏感になっていた。同時に他人に対しての壁も厚くなり、より一層孤高にして孤独になる。

 獅鬼に関してはもう慣れたのか、その壁が少しずつなくなっており、他人の境界線よりも少し内側に入っている。

 しかしそれ以外はやはり他人であり、優羅にとってどうでもいい存在。だがそれでも悪意と興味などの視線を向けられれば、心の奥底がざわついてしまう。まだ完全に自分の祖先の血統、シュヴァルツの力を制御し切れていないため、何かの拍子にまた目覚める可能性がある。

 優羅自身はそれに気づいてはいないが、無自覚でその域に踏み込んでしまう可能性も否めない。紅い目を細めて苛立ちを隠せないように何度か右足で地面をカツカツと叩いてしまう。

 獅鬼はまだか。

 そんな事を考えつつ優羅は彼を待ち続ける。

 

 

 ○

 

 

 そんな優羅を見つめる視線の一つ。

 その主は驚いた顔で彼女を見つめていた。

 

「なんだってこんなところにいんだ? ……しかも、ハンター、だと……?」

 

 それはいつの日か優羅を捕らえようとした男。女を捕らえ、闇で売りさばく者たちの一人。優羅が魔族ではないかという疑惑により一度は手を引いたが、再びこうして見つける事になろうとは思いもしなかったのだろう。

 しかもあの時は普通の少女だったはずなのに、今ではこうしてハンター装備を身につけている。いったいあれからなにがあったというのだろうか。

 そんな事を考えていると、酒場から一人の男が出てきた。赤いローブを纏った男、獅鬼だ。男と判断したのはその身長の高さからだ。

 そのまま二人は街の出口へと向かっていく。

 

「…………少し様子を見てみるか」

 

 そう呟き、男は人ごみに紛れこんだ。

 

 

 ○

 

 

 息を潜めて優羅はジェイドストームを構える。視線の先には鼻を鳴らしながら歩くブルファンゴがいる。まだ優羅には気づいておらず、気ままに徘徊するだけだった。

 今回のクエストは大猪と呼ばれるドスファンゴの討伐だ。その前に群れの仲間であるブルファンゴを仕留めてみよう、ということになった。

 ブルファンゴといえばハンターに嫌われるモンスターの中でトップクラスとされている。小型の中ではランゴスタに並ぶ勢いで上位に食い込むほどだ。

 ハンターを見つければ猪突猛進を体現する突進を行い、ハンターを撥ね飛ばしてしまうのだ。一匹だけならばまだしも、複数が同じエリアにいればそれは阿鼻叫喚。飛竜がいるのも構わずにそのエリアに留まり、ハンターを狙って執拗に突進してくるのだ。

 それに巻き込まれて撥ね飛ばされ、そして起き上がったところを別のブルファンゴが撥ね飛ばす。その繰り返しに巻き込まれれば大怪我は必至。更に飛竜まで攻撃してくれば、待ち受けるのは死。

 だからこそブルファンゴは小型モンスターの中で嫌われ者となっている。

 一人でクエストを行っていく事を決めている優羅にとって、ブルファンゴは大きな壁となるだろう。だからこそ今の内に討伐に慣れておけ、という獅鬼の計らいだ。

 構えたジェイドストームの銃口をブルファンゴの頭に合わせ、引き金を引いて貫通弾を射出する。それは狙い通りに頭を貫いたものの、完全に命を奪うまでにはならない。肉が弾丸の貫通力を奪い、致命傷には至らなかったのだろう。ならばともう一度引き金を引く。

 それによってこちらに完全に振り返る前にブルファンゴは絶命した。

 それを確認して優羅は一息ついて立ち上がる。しかしすぐに自分に向けられた殺気に気づいて身構える。

 遠くから足音と鼻息が聞こえてくる。

 そちらに視線を向けると、木々の間から一匹のブルファンゴが突進してくるのが見えた。

 

「……っ!」

 

 それから逃れるために横に跳んで回避し、受身を取って起き上がる。

 

「ブルル……!」

 

 少し離れた所で停止したブルファンゴはゆっくりと振り返り、体を震わせてジロリと優羅を見つめる。

 

「…………」

 

 その視線を受け止めつつ、優羅はジェイドストームに貫通弾Lv1を二発装填する。それを好機と見たのかブルファンゴが地を蹴って突進を開始する。

 速い。

 しかし真っ直ぐだ。

 落ち着いて横に跳ぶことで回避できる。

 一対一ならば噂に語られるほどの辛さはない。本当に恐ろしいのは数を揃えて縦横無尽に走り回られる事だ。

 走り去って立ち止まったところを狙って頭に撃ち込み、振り返って走ってきたところをもう一発撃ち込む。

 

「……んっ!?」

 

 しかしそれでも立ち止まらずに走り続けたため、慌てて横に跳んで回避する。まだ足りなかったか、あるいは狙いがずれたのか。そんなことを考えながら起き上がって振り返る。

 するとしばらくしてスピードが低下していき、やがて静かに倒れてしまった。

 

「……?」

 

 どういうことか、と疑問に感じながら少し様子を窺ってみるが、起き上がる気配がない。つまり、死んでいた。どうやらじわりと内側の傷が浸透していき、今になって死んだようだ。

 辺りを見回してもうブルファンゴがいない事を確認し、ジェイドストームを腰に戻して剥ぎ取りを開始する事にする。そこで木の上から獅鬼が飛び降り、優羅の背後に着地した。

 今の今まで木の上で高みの見物をしていたのだ。前からそうだが、獅鬼は高いところが好きなのだろうか、と優羅は思っていた。

 高みの見物を文字通り実行し続ける彼は、崖の上、木の上などから優羅を観察する事が多い。もちろん普通に背後に立っている場合もあるが、大抵は自分も巻き込まれないように高い所にいる。

 辺りを見回した獅鬼は小さく頷くと、エリア3へと視線を向ける。

 

「あっちには三、四匹はいるな。加えてドスファンゴも移動している。混戦になるぞ?」

「…………そう」

 

 つまり、噂に語られるような縦横無尽の突進がエリア3で行われるという事。巻き込まれれば、飲み込まれればただの怪我ではすまないだろう。

 そして獅鬼はにやりと笑って前に出て歩き出す。その腰元にあるのはカホウ【狼】。どうやら今回もあの動きを見せつける気らしい。

 

 そしてエリア3へと入り込み、木々の奥にその姿を確認した。ブルファンゴが四匹。そしてその中に一際大きな体躯をした猪が確認できる。

 黄土色に近い厚い毛皮は背中と頭部は白く染まっている。長く太く伸びた左右非対称の牙は磨り減っており、特に左側が短い。この牙は利き手のような感覚があるらしく、よく使う牙が短くなる、と図鑑に書いてあった事を思い出す。となれば、あのドスファンゴは左利き、ということなのだろう。

 

「ブル、ブルル……」

 

 左を向いて辺りを警戒すると、続いて右側を見回す。どうやらまだ二人に気づいていないようだ。しかし何かを感じるらしく、立ち止まって鼻を鳴らしながらしきりに辺りを見回している。

 

「……さて、どう攻める?」

「…………ファンゴから仕留める。とにかく暴走させたくはない」

「うむ、それでいい。小型のモンスター、しかもファンゴは放置しておくのは危険だからな。だがドスファンゴも注意しておけよ?」

「…………」

 

 それに頷き、ジェイドストームに貫通弾Lv1を装填する。獅鬼もカホウ【狼】に貫通弾Lv2を装填し、ドスファンゴたちへと静かに接近していく。

 

「右をやる。お前は左をやれ」

「……ん」

 

 それぞれ手にしたボウガンを構え、頭を狙って狙撃する。獅鬼の狙ったブルファンゴはその一撃で仕留められたが、優羅の狙ったブルファンゴは一発ではやはり死なない。

 そして同時に、ドスファンゴに敵の存在がいる事を知らしめる事となる。

 

「ブル? ブル、ブルル……!」

 

 体を震わせて視線をあちこち彷徨わせ始める。ゆっくりと体が二人の元へと向けられ、そしてその目が獅鬼を捉える。すると前足で何度も地面を擦り、先ほど以上に鼻息が荒くなる。

 どうやら戦闘体勢に入ったようだ。周りのブルファンゴたちも二人を見据えて同じように地面を擦り始める。

 

「さあ、来るぞ。猪どもの疾走がな」

「……!」

 

 その言葉に従ってブルファンゴたちが突進を始める。それに続くようにドスファンゴもまた勢いよく疾走を始めた。その速さはブルファンゴよりも上回っている。加えてその体躯で距離感が狂ってしまう。

 

「……っ!」

 

 とりあえずそれに捕まらないように進路から逃れるように横へと疾走する。獅鬼はというと飛び越えるように前へと跳ぶ。同時に銃口を下に向け、ブルファンゴを飛び越えると同時に引き金を引く。

 脳天から貫く貫通弾により、ブルファンゴが絶命する。そして飛び越えた獅鬼は空中で回転し、膝を付いて着地する。

 

「……有り得ない」

 

 またも漏れてしまう一言。だがあれもまた攻守が同時に存在する一手だ。いずれはものにしてみようと心に刻み込む。そしてドスファンゴは二人が逃げたのを確認すると、勢いよくブレーキをかけつつ体を左回転で反転させる。

 他のブルファンゴはそのまま突進を続け、離れた所で止まってゆっくりと反転する。これが二種の違いである。

 ドスファンゴは発達した足の力であのような動きを可能にしている。巨体を支えつつ速さを止めるだけの力。これが備わった足の力があるからこそ加速力と小回りが利く動きを会得したのだ。

 それが意味する事は一つ。

 

「ブォォオオ!!」

 

 敵に逃げられてもすぐに反転して追尾できるという事。

 

「……ちっ」

 

 迫りくるドスファンゴを見据えて何とか横に跳ぶ。しかし背後ですぐに反転する気配がし、ハッとして振り返ると太い牙が迫ってくるのが見えた。

 咄嗟に顔を庇うようにして右腕を前に出すと、そこに打ち付けられるように左の牙が飛んでくる。

 

「……っ、く……!」

 

 そして怯んだ優羅を見据え、頭突きでもするように小さなタックルを仕掛けた。だがそれだけでも小柄な優羅にとってはダメージになる。勢いよく後ろへと突き飛ばされ、木にぶつかってしまった。

 

「か、は……っ」

 

 肺の中の空気が吐き出される感覚。

 ハンター装備をしているとはいえ、相手はモンスター。その力は人間のものよりも強い。そして優羅は子供であり、身を守る装備も若干効果が落ちている。

 

「ブルッ、ブルル……!」

 

 弾き飛ばされた優羅を見つめ、また地面を擦ると、再び突進を開始する。だが優羅は痛みに悶えて起き上がる事ができない。ただ迫りくるドスファンゴを見つめるだけだった。

 

「……ふっ!」

 

 だが獅鬼が優羅を抱えて横へと跳ぶ。目標を失ったドスファンゴは木にぶつかり、その木をなぎ倒しつつ方向転換をする。

 砂浜に着地した獅鬼はそっと優羅を下ろして横目で容態を確認する。右手に構えたカホウ【狼】に新しい弾を装填しながら優羅に静かに声をかける。

 

「大丈夫か?」

「……ん、ごほ、ごほ……」

 

 咳き込みながらもポーチに手を伸ばし、回復薬を取り出して飲み干していく。その間獅鬼はドスファンゴへと散弾Lv2を連続して撃ち続けていた。威力としては貫通弾より劣るが、蜂の巣の如く飛んでくる弾に、ドスファンゴは苛立ったように体を振るわせ続けている。

 これはただダメージを与えるために撃っているのではない。ドスファンゴを足止めするために撃っているのだ。

 

「……ふぅ」

 

 一息ついて何とか優羅は立ち上がる。痛みはまだ残っているものの、戦いはまだ終わっていない。止まるわけにはいかなかった。

 見れば左手のエリア9、森の奥から新たなブルファンゴが現れている。その数は三匹。どうやらエリアを徘徊していたらしい。

 一匹は他のブルファンゴと違って体が大きい事を見ると、次期リーダー格のブルファンゴだろう。それに付き従うのは恐らくは妻と仔、だろうか。優羅と獅鬼を見つけると、揃って鼻息を荒くし、地面を前足で擦り始める。

 

「どうやら乱入者が現れたようだな。これはきついか? くく……」

「…………」

 

 新しい散弾を装填しながら獅鬼が苦笑を浮かべる。それに対して優羅は無表情ながらも一筋の汗を流していた。

 

「右に走れ! それとドスファンゴの動きにも注意しろ!」

 

 右という事はエリア4の砂浜方面だ。ここは一時撤退の手を打つことにする、ということなのだろう。それに従って優羅が走り出すが、回り込むように一匹のブルファンゴが走ってきた。

 

「……邪魔だ」

 

 走りながら照準を頭に合わせる。向きを変えて優羅を見据えているブルファンゴへと引き金を引こうとしたとき、横から迫ってくる殺気に気づいた。

 

「……っ!?」

 

 確認する前に優羅は慌てて一歩後ろに下がる。そのまま走り続けた所を横切るように、頭に傷があるブルファンゴが通り過ぎていった。恐らく先ほど優羅が攻撃したブルファンゴだろう。

 あのまま走り続けていれば、恐らく横から撥ね飛ばされていた。そして通り過ぎたブルファンゴの奥から先ほどのブルファンゴが突進を仕掛けてくる。

 今度は左に跳ぼうとしたが、先ほどのドスファンゴのダメージが尾を引いたのか体に痛みが走る。

 

「……くっ」

 

 それによって完全に回避行動に移る事ができず、脇腹付近を突き飛ばされ、ぐらりと体がバランスを失って倒れてしまう。しかし何とか左手で受身を取って衝撃を殺す事には成功した。

 だがそれで彼らの攻撃が終わる事はない。背後から伝わるブルファンゴよりも強い殺気。

 

「――いかんっ!」

 

 獅鬼の言葉が聞こえたとき、優羅は背中に強い衝撃を感じた。

 

「がっ……!?」

 

 そのまま前へと弾き飛ばされ、何度も前転して地面を転がり続ける。体中が痛み、口の中に草や砂が入って咳き込んでしまう。頭も強く打ったらしく、視界がぼやけてきたように思える。

 そして自分を撥ね飛ばした相手、ドスファンゴが近くで反転し、鼻息を荒くしているのを感じた。

 離れた場所ではあの二匹のブルファンゴもおり、恐らく同じようにして優羅を狙っている事だろう。

 

「ちっ……」

 

 向かってくる三匹のブルファンゴを横目で睨みつけ、一度散弾を放って微かに足を止め、その場から一気に疾走して優羅へと向かっていく。

 ほぼ同時にドスファンゴ、二匹のブルファンゴも突進を開始し、優羅へととどめをさそうとする。

 

「ぉぉぉぉおおおお!!」

 

 ドスファンゴの前に立ち、その足が勢いよく地面を踏みしめる。同時に打ち出された右手がドスファンゴの頭を捉えた。

 

「ブフォッ!?」

「……」

 

 掌打に近い一撃がドスファンゴの顔から体へと伝わり、その突進が止められてしまっている。そしてブルファンゴはというと、獅鬼の仮面の奥から放たれている殺気で竦みあがってしまっていた。

 

「ふんっ!」

 

 頭に当てていた手を牙へと移動させ、それを掴んで持ち上げてしまった。そのままブルファンゴたちへと放り投げ、その体を横倒しにさせてしまう。巨体に押し潰された一体のブルファンゴがもがいているが、しばらくはそのままだろう。

 その間に獅鬼は優羅を抱え上げ、モドリ玉を使用してベースキャンプへと戻っていった。

 

 

 ベースキャンプに戻った獅鬼は優羅をベッドに横たえ、その装備を取り払っていく。続いてローブから治療に使うための道具を取り出し、手際よく優羅を治療していく。

 普通ならばギルドアイルーの救護班を呼ぶところだが、ハンターの中で治療の心得があればそのまま治療を行うのだ。

 しかしどうしても無理ならば救護班を呼ぶしかない。それと引き換えに報酬金の三分の一が仕事料として支払われる。

 だが獅鬼は治療に関する知識と技術を習得しているため、こうして治療する事が出来る。打ち身に効く薬を塗り、テーピングをしていく。

 しばらくして治療を終わらせ、そのまま優羅が目覚めるのを待つことにした。

 

 やがて目覚めた優羅は体が痛むのを感じる。ゆっくりと起き上がり、テーピングされている場所を見つめて目を細めた。傷を見ることで自分がどうなったのかを悟ったのだろう。

 やはり噂通りに辛いものだった。規模は恐らく小さいものだろうが、それでも子供である優羅には辛い。

 

「起きたか」

 

 テントに獅鬼が入ってきた。その手にはコップが握られており、それを静かに優羅に差し出す。

 見ると何かを調合したような液体が満たされている。回復薬とはまた違ったものなのだろう。獅鬼の腕前は知っているが、こういうものは初めてだった。

 何度かコップと獅鬼を交互に見るが、一向に手を下げないためにそれを受け取り、そっと口に含んでみる。

 

「…………っ」

 

 とたんに口に広がる苦味。回復薬もそれなりに苦いが、これもまた結構な苦味がある。原料ににが虫でも使っているのだろうか、という感じがした。

 

「オレのブレンドだ。良薬口に苦し。効くのは間違いない」

「…………」

 

 その言葉を聞き、優羅は一度コップの中身を見つめ、意を決して目を閉じる。

 

「……んく、んく……」

 

 そのまま喉を鳴らして飲み続け、全てを飲み干した後に大きく息を吐く。

 

「………………ん、ぐ…………」

 

 口の中がまだ苦味が残っているが、胃に流れ込んだあの液体から何らかの力が働いたかのように、体の芯が温まってくる。

 即効性、というわけではないだろう。少しずつ体全体に浸透していくタイプと思われる。

 だが優羅には何らかの力が体の中に発揮されているかのような感覚がする。いったい何を調合したのだろうか。少し興味が惹かれる。

 しかし今はそのことは置いておこう。

 獅鬼が腕を組んですぐそこにある椅子に座る。そして優羅を仮面の下から見つめた。

 

「……さて、クエストだが、どうする?」

「…………」

「あそこまで数を揃えられては危険だというのはわかるな?」

「……ん」

 

 獅鬼としても少し予想外だったのだろう。一つのエリアにあそこまで揃うのはそうそうない。普通のハンターでさえ手を焼くブルファンゴ。多くて四匹ほどが一つのエリアに集まるのだが、最終的には五匹も揃い、ドスファンゴまで存在している。

 優羅のブルファンゴに対する鍛練は、優羅にとって不味い現実となって襲い掛かった。

 

「……ふむ、ドスファンゴではなくブルファンゴの討伐で留めておくべきだったか。……少々間違えたな」

「……少々どころじゃないと思うけど?」

 

 ギロリと睨みつけるように獅鬼を見つめる優羅。そこには微かな怒りが当然ながら含まれている。

 当然だろう。一歩間違えれば死ぬところだった。

 痛みを覚えてハンターは強くなる、というらしいが、痛み以前に死んでしまえばどうにもならない。

 

「ああ……その点に関しては申し訳ない。少し力量合わせを間違えてしまった」

「……あんたが規格外なのは理解している。しかし、アタシはまだ新米にして子供だ。鍛練するならちゃんと相手を選べ、バカが」

「……はは、すまんすまん。今回の事は本当にオレのミスだ。だからこのままオレが終わらせてきてもいいんだが、お前はどうする?」

 

 優羅は少しだけ目を伏せて考える。

 自分は現在負傷している。ならば前に出て戦う事はできない。逆にそれは狙撃する分ならば戦える、ということでもある。ガンナーとは本来この戦い方をするのだ。異質から普通に切り替わるだけ。

 遠距離から攻撃すればまだ自分は戦える。

 

「……行く」

「……まあ、そう言うと思ったがな」

 

 苦笑を漏らした獅鬼が立ち上がり、置いてあったカホウ【狼】を腰にかけてテントを出て行く。優羅もベッドから降りて立ち上がる、が……少し体が痛むのを感じて顔をしかめた。

 当然ながら獅鬼がそれに気づかないはずもない。

 

「……無理は禁物だぞ? 若いうちからそれをしていては、体のどこかが壊れるというもの。オレが終わらせ、鍛練は次回に持ち越す、という手もあるのだが。……まあ、発端であるオレが言うのも癪だろうが……」

「…………大丈夫。アタシは戦える」

「……ふむ、ならば連れていくことは連れていくが、無理だと判断すればその地点でオレが終わらせる。いいな?」

 

 このクエストはドスファンゴを狩猟すればいい。獅鬼ならば本気を出すだけであっさりと終わらせる事が出来るだろう。しかし優羅はそれだけでは終わらせたくはない。負傷するたびに逃げることはしたくはなかった。

 ハンターならばこれくらいは日常茶飯事。子供だからって言い訳にはしたくはなかったのだ。

 つまるところ、優羅は負けず嫌いだった。

 

 エリア3に戻ってきたがそこにドスファンゴはいなかった。ブルファンゴたちもいなくなっており、獅鬼は辺りを見回して気配を探っている。その後ろで優羅はジェイドストームに弾を装填していた。狙撃に回る事になるならば、選ぶ弾は決まっていた。

 

「…………」

 

 その弾を装填するとジェイドストームを腰に戻す。すると獅鬼が肩越しに振り返って親指を立ててエリアを示す。

 その先はエリア9。南北に伸びる道と泉があるエリアだった。

 移動すると、すぐそこにブルファンゴがいる。すぐに獅鬼がカホウ【狼】を構えて発砲した。貫通弾Lv2に貫かれ、たまらずブルファンゴは絶命してしまう。それを横目で確認し、獅鬼は奥の方へと気を向ける。

 

「……いるな。それにファンゴも確認できる」

「…………」

 

 カホウ【狼】の弾を切り替えながら獅鬼は呟く。岩肌で奥の道が狭まっているためにその姿が見えないが、それでも気配はうっすらと感じる。足音を立てずに奥へと進んでいき、岩陰に身を潜めてそっと泉の方へと見やると、その姿を確認できた。

 泉に口をつけて水を飲んでいるドスファンゴ。そして周りには複数のブルファンゴがたむろしている。その数は四匹ほどか。つまり先ほどのブルファンゴを連れてここに来たということになる。

 

「では、引っ掻き回してくる。お前はここから狙撃しておけ。前には出るなよ?」

「……わかった」

 

 岩陰に身を潜めたまま優羅が頷き、ドスファンゴを狙ってジェイドストームを構える。その先に獅鬼が走り出し、カホウ【狼】を構えてドスファンゴとブルファンゴに銃口を合わせる。

 引き金を引けば銃口から散弾Lv2が射出される。突然の攻撃にドスファンゴたちが呻き声を漏らした。だが攻撃の手は止まらない。反撃の突進をさせる前に集まっているブルファンゴたちを狙い、文字通り蜂の巣にするかのように散弾Lv2を撃ち込んでいく。

 そうやって引っ掻き回している間、ドスファンゴは視界に映る獅鬼を狙って地面を前足で擦っている。そうしている間に、岩陰に身を潜めた優羅がジェイドストームの引き金を引いた。

 空を切って飛んでいく弾丸は狙い通りにドスファンゴの額に着弾する。そして一間を置いてそれは爆発した。

 

「ブォッ!?」

 

 撃ったのは徹甲榴弾Lv1。着弾して少しして爆発するのが特徴の弾であり、その衝撃はモンスターの頭に一定のダメージを与えた場合、めまい状態を起こすことがある。しかし他の弾よりも若干反動が強く、Lv2、Lv3と上がるたびにその反動は大きくなる。

 優羅はまだ子供のため、そのレベルの弾を持っていても使う事はできない。同じような特徴を持つ拡散弾も一応Lv1を持っているが、あまり使う事はないだろう。

 この拡散弾は着弾すると破片を撒き散らして爆発するのが特徴だ。Lv1は三つの破片をばら撒いて爆発する。その特徴上、小型な相手にはあまりダメージを与える事は出来ず、対飛竜戦などでこそ活躍する弾とされている。

 そして今回使用するのは徹甲榴弾。距離が開いているため、貫通弾Lv1では着弾する頃には推進力が落ちていると推測した。そこで少し重量感のあるこの弾を選択。威力も貫通弾よりも高いということでも選べるものだ。

 しかし大抵のボウガンは一発ずつしか装填出来ないという欠点もある。これは拡散弾も同じであり、撃つたびに装填しなければならない。そのため優羅は別のベルトから二発の徹甲榴弾を取り出し、一発は口に咥え、一発は装填することにする。装填を終えるとすかさずドスファンゴに狙いを定めて引き金を引く。

 狙うのは同じく額。そこに着弾したのを確認する前に再び装填する。しかし構えた両腕が少し痺れ始めている。特に牙を受けた右腕に影響が強い。先ほどのダメージが尾を引いているだけではない。徹甲榴弾の反動も影響しているのだ。

 

「……っ!」

 

 しかしそれを耐えて徹甲榴弾を射出する。そして腕にかかる反動。体も少し後ろに下がる程のものだ。膝をついて踏ん張ってもなかなかの衝撃である。

 

「ブルォ、ブォォオオ!?」

 

 ドスファンゴも次々と飛来してくる弾に気づき、頭を振り回して精一杯の抵抗をしている。だが攻撃の手をとめるわけにはいかない。更に二発の徹甲榴弾を取り出して同じように装填する。

 しかし暴れているだけではなく、敵の存在を確認していたドスファンゴは、隠れている優羅に気づく。

 

「……む?」

 

 ブルファンゴの始末をしていた獅鬼は、ドスファンゴの敵意が自分から優羅に移動した事に気づく。構えていたカホウ【狼】を引いてその場から跳び、ドスファンゴの突進の出鼻を挫くように頭上から散弾Lv2を撃ち出した。

 

「ブフォッ!?」

 

 突然降り注いだ弾丸によって怯んでしまい、突進する事ができずにその場に留まってしまう。そこをすかさず優羅が徹甲榴弾を射出することでダメージを与えていく。

 同時にその体がふらつき始め、力が抜けたように地面にへたり込んでしまった。めまいを起こしたようである。加えて爆発を受け続けた毛皮が剥げ落ち、肉が露出して血を流していた。

 

「…………もう少しか」

 

 紅い目を細めてドスファンゴを見つめていた優羅がぼそりと呟く。何度か狩りを重ねるにつれて、優羅の目は相手の生命力を何となく感じ取る事が出来るようになっていた。

 普通はもう少し経験を重ねる事で感じるようになるのだが、優羅の場合はシュヴァルツの血が関係している。

 若干殺人鬼に傾いたとはいえ、クエストに出向いて狩りを続ける事で少しずつシュヴァルツの血が反応しているのだ。だからこそ、瀕死なのかそうでないかが今の地点で“なんとなく”で感じ取ってしまう。

 装填した徹甲榴弾を露出している肉へと着弾し、爆発によって肉が吹き飛ばされてしまう。

 

「ブォォォォオオオ!?」

 

 血が噴き出し、肉片も微かに飛び散る。めまいの影響によってかわすことが出来ず、ただ額から血を流し続けるだけ。そして足を止めているならばまだチャンスでもある。

 しかし持っている徹甲榴弾は使い切ってしまった。ならばと貫通弾Lv1を装填し、距離を詰めて有効な距離へと移動する。

 狙うのは剥き出しになっている肉の部分。それもかなり傷ついている部分を狙って引き金を引いていく。近くにいる獅鬼は横から散弾を撃ち続けていた。

 

「ブフォ……ブォォオォ……!?」

 

 動けないドスファンゴはただただ撃たれ続けるだけ。優羅が狙っているのは肉の、それも額の部分。そして獅鬼が狙っているのは傷ついている体の部分。何度も何度も撃たれ続ける事でもうドスファンゴの毛皮はボロボロであり、優羅の目に映るドスファンゴの生命力が消えかかるのを感じた。

 もうすぐ終わる。

 そう感じつつ装填と射撃を繰り返していく。

 だが優羅にも異変は訪れていた。

 

「……っ」

 

 腕に痛みが走る。徹甲榴弾を撃ち続けた反動もあり、貫通弾の反動でも微かに痛みが感じられるようになっている。薬も効いてきているかもしれないが、やはりそう簡単には消えはしない。

 こうしてボウガンを撃ち続けているのだ。回復とダメージが同時に存在しているのだろう。さっさと終わらせるに限る。

 だから優羅は撃ち続ける。

 

「……ブ、フォ……オォォ……」

 

 やがてドスファンゴはか細い断末魔の声を残し、その巨体を地面に倒してしまった。

 生命力は完全に消え去り、ここにドスファンゴは討伐される事となった。

 

「…………はぁ……ふぅ……」

 

 ジェイドストームを構えたまま優羅は少し乱れた呼吸を整える。

 終わった。

 狩りは終わったのだ。

 離れた所で獅鬼がカホウ【狼】を腰に戻し、横目で優羅を見つめている。それを受けながら同じようにジェイドストームを腰に戻し、剥ぎ取りナイフを取り出してドスファンゴへと近づいていく。

 しかし今になって痛みも更に実感し始めたようで、顔をしかめてしまった。

 

「……剥ぎ取りはオレがやろう。少し休め」

「…………」

 

 腰元から剥ぎ取りナイフを取り出してドスファンゴに近づいていく。そして手際よくドスファンゴの素材を剥ぎ取っていき、ポーチから取り出した袋へと入れていく。

 その間優羅は呼吸を整え、近くにある木へともたれかかっていた。

 

 そしてたまった疲れと、鈍い痛みを感じつつ、ゆっくりと眠りに落ちていったのだった。

 

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