呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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十三話

 

 

 町に帰ってくると早速ギルドに向かって報酬を受け取る。外は既に日も暮れており、夕食の時間帯だ。いつものように素材と報酬金は優羅に全部譲渡され、ドスファンゴの素材が入った袋を優羅が確認する。

 図鑑などでドスファンゴの素材の使い道はある程度知っている。その結果出した答えは、明日にでもこれらを売り払う、という事。獣骨と大きな骨は残し、毛皮などは売り払う事になった。骨に関しては他の何かに使えそうかもしれない、ということで残す事にする。

 しかしドスファンゴの骨は残念ながらカラ骨には含まれない。よって新たなボウガンの弾は作れない。だが骨の部分は他の骨武器の材料になりえる。でも優羅としては毛皮を使用した防具は作る気はないので売り払う、という方向で決定した。

 獅鬼と揃ってギルドを後にしようとすると、奥の方から一人の受付嬢が駆けつけてきた。

 

「あ、あの、かみ……獅鬼さん」

「ん?」

「お知り合いの方から連絡が……」

「む? オレにか?」

 

 連絡というのは恐らく手紙だろう。魔法的な使い魔を使用し、相手へと手紙などを届ける方法だ。それが獅鬼の元に届いたのだろう。

 

「ふむ……少し待ってくれるか?」

「……いい、一人で帰れる」

「む? いや、しかしこんな時間だ。それに怪我しているだろう?」

「……問題ない」

 

 そう言いながら優羅はギルドから出て行った。

 

「う、む……」

 

 その背を見送っていた獅鬼は小さく溜息をつくと、受付嬢へと振り返る。

 

「……連絡とやらを見せてくれるか?」

「あ、はい」

 

 奥へと入っていき、引き出しから一つの手紙が取り出される。差出人の名前には「雷河」と書かれていた。

 

「確かに」

 

 少し掲げて礼を言うと、手紙を取り出して内容を確認していく。

 

 

 おう、親父。久しぶりの連絡だ。

 親父が気にしている奴の動向を探ってみたけど、流石というべきかなかなか尻尾が掴めねえ。空間転移やら気配遮断やらで逃げ回りつつ何かをしているのは確かだ。いったい何を考えてんのかねえ?

 でも最近焼かれた村に関してだが、確かにあそこには闇があったぜ。そして二つ目の村にはレウスの血があったが死体が確認できなかった。残留の闇と血の状況から見て確かにあそこで死んでいたと思うんだが、死体だけが消えていた。恐らく空間転移でどっかに放り出して処分したってことだろうな。

 黒いレウス。こいつは間違いなくいた。しかしその姿は隠されている。

 レウス以外にもクックとかペッコとかもいたような気がする。だがこいつらもすぐに消えてった。

 たぶんこれは実験じゃねえのかね? いつか完成形に至るための実験。俺はそう考える。

 そしてこれは奴だけじゃなくて朝陽も影で動いているっぽいぜ。風花がフラヒヤ山脈地方からロックラック地方にかけて見かけたって話だ。でも奴と同じくコソコソと行動してるっぽかったから、あの人も何かをしようとしてんだろうな。

 ……ああ、そういえばこんな話もあったんだ。

 ドンドルマでギルドナイトの暗殺が行われたんだ。確か殺されたのはカーマインの夫婦って話さ。数週間前の話さ。殉職で片付けられたんだが、情報とか整理してみると、何となく暗殺っぽいんだよな。一部のギルドナイトの間でも暗殺じゃないかって噂が出回ってるくらいさ。

 

 あとは親父が見つけたっていう鍵の二人。見てきたけど結構よさ気な種だな。成長が期待できそうだったぜ。

 そんな二人だけど、滞在している町を出て西へと向かっていったぜ。陸路で旅をしてもう一人の幼馴染とやらを探しに行くって感じだったわ。

 うーん、親父のところにいるって知ったらどうなるんだろうな? あ、もちろん接触してないからあの二人はそんな事はしらねえけど。

 

 とまあこんなもんかね。

 また何かあったら連絡するわ。じゃ、親父もがんばんな。

 

 

 手紙を読み終えて獅鬼は小さく嘆息する。

 奴に関する情報はやはり入手できなかった。流石にそう易々と尻尾をつかませないつもりらしい。存在を知りうる事が出来ただけでも良しと出来るが、何故黒い竜を作るのかは予言を聞くまではわからなかった。

 そして朝陽の動向も気になるところだ。ずっと息を潜めて力を蓄え続けてきたのだろうが、よもや奴と組んでいるとは思いもしなかった。

 また彼女もまた黒い竜の件に関わっている疑いがある。予言にもあるように、彼女が力を求める過程で黒い竜を作り始めた、というのは理解できた。最終到達地点が月とするならば、黒い竜は闇をばら撒く種、と考えられる。奴にそそのかされたのか、それとも自分で思いついたのか。

 いずれにせよ、現在どれだけばら撒かれているのかなどわかるはずもない。モンスター、飛竜の数はそれこそ山のようにいる。自分たち二人だけで探せるはずもないし、月がどこにいるのかもわからない。

 そして月にはまだこの件の事を知られるわけにはいかなかった。

 何故かといえば、それではつまらない、ということであの人に制限をかけられているのだ。とことん退屈を嫌う人物である。月には自分で情報を集めて知ってもらうか、起こりうるドンドルマの一件で知ってもらうしかない。それならばまだ許されている。

 そしてこの制限に違反すれば、更に不味い状態へと事態が傾いてしまうとのことだ。つまり、その時がくるまで月の救援を呼べないということになる。彼女の規格外さが逆に仇となって人手を増やせない。獅鬼にとって口惜しい事だ。

 

「……暗殺、か」

 

 もう一つの気がかりな点、あるカーマイン夫婦の暗殺。恐らくあの二人の事だろう、と獅鬼は頭の中にその夫婦を思い浮かべてみる。

 ギルドナイトでありながらギルドナイトの不正者、違反者を監視する「影の監視者」、いわゆる監査官としての役割を果たすカーマイン家の中でも優秀な二人だったことを覚えている。

 実力は高く人柄もいい。鍵候補だったというのに殺されてしまったのか……と獅鬼は嘆息した。

 最後にあの二人の事。そうか、旅に出たのか、と獅鬼は微かな笑みを浮かべる。どれだけ力をつけたのか気になるところだ。

 しかし同時に奴らの件に関しても調べていかなくてはならないし、鍵も探さねばならない。やることは色々ある。

 手紙を懐に入れると、足早にギルドを後にする。

 だが、事態はすでに起こっているのだった。

 

 

 ギルドを出た優羅は真っ直ぐに宿へと向かっていた。薬が効いているおかげで体の痛みに関しては和らいでおり、その足取りは普通に近しいものになっている。しかしそれでも微かに違和感は残り、無表情な顔に小さな影が差していた。

 夜ということで人通りが少ない。そんな中を一人で歩く優羅。

 

「…………」

 

 そして感じ取る。自分を見つめている視線がある事を。

 しかも覚えがあるような視線だった。

 歩きながら視線をあちこちに彷徨わせてみる。視線は一つではなく複数だった。そこで身につけているマントからオデッセイブレイドを取り出して腰に挿す。続いてジェイドストームを取ってマントにしまい、変わらぬ足取りで宿へと向かっていく。

 最後の角を曲がったところで相手に動きがあった。

 

「っ!?」

 

 闇を突き抜けて飛来する鍼。後ろに下がってそれを回避すると、背後に人の気配を感じ取った。横に跳びつつ背に建物の壁が来るようにして身構える。

 

「……変わったな」

「…………」

 

 現れたのは黒いローブを纏った男。それが数人現れた。フードの下の顔には覚えがある。

 以前自分を狙って追いかけてきた者たちだった。

 また来たのか、と優羅は目を細める。同時に自分の中から黒い感情が沸き立つのを感じた。

 恐らくこれは怒りだけではないだろう。

 憎悪。

 殺意。

 この二つが微かに混ざっているに違いない。だが優羅自身はそれに自覚があまりない。迫り来る危機に対処するための自己防衛の為に身構えているに過ぎない。

 殺人鬼の種はあるが、それはまだ種でしかなく、優羅自身はそれを昇華させる気がない、というのが関係している。

 あの男がにやりと笑みを浮かべて一歩近づいて見下ろしてきた。

 

「よもやここで会うことになろうとはな。しかもハンターになっているとは。加えてその表情……あれから何があったのやら」

「…………」

 

 観察するように上から下までじっと見つめるその視線に不快感を覚える。身を低くしつつ腰に挿したオデッセイブレイドに手を伸ばしていく。

 だがそれは男たちにもわかっている事。ニヤニヤとしながら優羅を見つめている。

 

「今度は戦おうってか? よせよせ。たった一人でこの人数相手に何が出来ると? 大人しくした方が身のためだぜ」

「…………ふん」

 

 右手でオデッセイブレイドを抜き、左手に投げナイフを一本持つ。それを見たとき、二人の男が向かってくる。優羅から見て左右斜め前。武器を持っていないところを見ると、素手で押さえつけようという魂胆か。

 武器を持っていないならそれでいい、と優羅は判断。足に力を入れ、地を蹴って一気に疾走。その速さに驚きを見せた右の一人を狙って跳躍。その胸から首へとオデッセイブレイドを振るって切り裂く。衝撃を殺しつつ着地し、左にいる男の足へと投げナイフを投擲。

 その時には背後の男が血を噴き出しながら倒れていき、優羅は足を貫かれた男に反転し、その両足を切り裂いてバランスを崩させ、胸を突き穿つ。

 流れるようなその攻撃に、男たちは呆然とする。

 

「……来るなら、殺すぞ?」

 

 既に致命傷を与えておいてそう淡々と口にする。そんな優羅に男たちは意表を突かれていた。

 前回はただ逃げるしか出来なかったあの少女が、何故こうなってしまったのだろうか。

 本当に同一人物なのか?

 たったの数ヶ月でこうまで変化するというのだろうか。

 

「ぐ……うぅ……」

 

 首を斬られた者は絶命。胸を穿たれた者は呻き声を上げており、間もなく死亡するだろう。

 つまり優羅は殺人を犯した。

 己の身を守るために、殺人に躊躇しなかった。

 その事に男たちは微かに戦慄する。

 紅い目が無感情に無表情に自分たちを見つめている。オデッセイブレイドに付いた赤い血が内包する水属性で少しずつ落とされていく。軽くオデッセイブレイドを振る事でそれは飛び散り、チャキッ、と軽く音を立てて構える。

 その異質さに冷や汗を流すものもいる。同時に自分の変化に驚いた。

 この幼い少女に恐れを抱いているのだ。

 逆に優羅は恐ろしく冷静だった。再び殺人を犯したというのに心が揺らいでいない。モンスターを相手にしている時となんら変わりがない。その事を自覚しながら優羅は男たちの動きを窺うように見据えていた。

 

「くそっ……! お前ら、一斉に行くぞ!」

「応っ!」

 

 子供と侮ったか、男たちは取り囲むように移動していく。優羅はその動きをざっと見回し、ギルド方面である右手から離脱する事を選ぶ。生き延びるためには獅鬼と合流した方がいいと判断したのだ。

 そして男たちは傷をつけて価値を下げるわけにはいかないため、素手で優羅を押さえつけようとする。麻痺や眠りの毒が通用しない事は前回の事で判明してしまった。ならば気絶させるしか方法はない。

 だが優羅はオデッセイブレイドという武器を手にしている。その動きは先ほどの事で判明した。斬りつけて来るというのはわかったが、所詮は小さい子供。自分たちを殺すには色々と一手二手を有するだろう。そして数で押し切れば問題ない。

 そう考えたのだろうが、優羅は獅鬼から鍛えられていた。

 一瞬で距離を詰めて一人の眼前へと跳躍する。その速さについていけなかった男は一瞬の内に同じように首を斬られ、頭を掴まれた。

 

「なっ……!?」

 

 右隣にいた男が驚きの声を漏らし、左隣にいた男は舌打ちしながら何とかして優羅を捕まえようとしていた。

 

「……ふっ」

 

 頭を掴んで倒れていく男の肩に足を乗せる。左にいた男が手を伸ばそうとしたが、優羅は無感情な眼差しで見下ろして肩を蹴って跳んだ。その男の腕を斬り、着地して足を斬ると同時に走り出す。

 

「く、そ……! 追え! 何としてでも捕まえろ!」

 

 ここまで被害を出されれば黙っていられなくなったのだろう。何としてでも優羅を捕まえ、痛めつけようとしている雰囲気がしている。微かに肩越しに振り返り、男たちの表情からそう感じられた。

 売り飛ばす前に落とし前をつけてもらおうと、男たちの目には恐れから怒りへと変化しつつある。そして数人は鍼を取り出して構えている。

 毒はないだろう。ただ突き刺して行動を制限させよう、と推測できる。

 しかし大人しく捕まるわけにはいかない。ポーチに手を入れて投げナイフを取り出して反撃の手を持っておく。オデッセイブレイドの盾はローブの中にしまったままだ。

 ギルドを目指して走っていると、鍼が飛んでくる。

 

「……っ」

 

 射線から逃れるように横へと跳びつつ鍼を避けていく。それでもスピードを落とさずに角を曲がり、少しずつ暗くなっていく道を疾走する。

 

「…………」

 

 肩越しにもう一度男たちを確認すると、一人が飛び出してきた。男たちの中でも足に自信がある者なのだろうか。同じく足に自信がある優羅の速さに何とかついていけるのは驚きだ。

 

「おらぁっ!」

 

 手にした鍼を投げるがそれを回避する。

 

「……ふっ」

 

 角を曲がる前に左手に持っている投げナイフをその男に投擲してやる。それは中りはしなかったが牽制にはなったようだ。

 しかし優羅は警戒心を解いていない。それが幸運となる。

 

「はぁっ!」

 

 屋根の上から飛び降りてきた男の奇襲に対応する事ができたのだ。咄嗟に横に跳んで受身を取りつつその奇襲者を睨みつける。どうやら屋根の上を走って先回りをしていたようだ。

 そして先ほど牽制した男も合流し、優羅を逃さないようにしている。

 

「……ちっ」

 

 折角距離を離したというのにまたしてもこの状態に逆戻り。

 

 ならば仕方がない。殺すか。

 

 そう結論付けてオデッセイブレイドを構える。そして左手に回りつつ走り出すと、並行するように飛び降りた男が走り出し、背後からも足に自信のある男が追尾する。

 

「おらっ!」

 

 手にした鍼を投擲するが、体を捻って回避し、オデッセイブレイドで弾いてみる。これに反応できるようになったのも獅鬼との鍛練のおかげだ。速い速度で向かってくる攻撃に反応出来るようになっているために、鍼にも少しは反応出来るようになった。

 だがそこで生まれた隙を見逃す男ではない。更に接近して優羅へと腕を伸ばす。しかし当然ながらオデッセイブレイドでその手を牽制するように斬りつける。

 しかしながら相手もその行動は予測していた事であり、すぐに手を引いて更に距離を詰める。

 

「……っ!?」

「はっ!」

 

 繰り出した左手とは逆の右手でその服を掴もうとするが、数歩引いてそれをやり過ごす。だが後ろから追尾する男も鍼を取り出して構えている。

 

「……ちぃっ!」

 

 二人、二方向からの攻撃となれば幼い優羅からすればめんどうな事この上ない。

 そしてついにその服を掴まれてしまった。すかさずオデッセイブレイドを振るおうとしたが、左手で腕を掴み、オデッセイブレイドを振るうのを阻止する。

 

「お、らぁっ!」

 

 勢いをつけて逃げられない優羅の腹へと膝蹴りを放つ。

 

「が、ふ……」

 

 綺麗にその攻撃が入り込み、かくん、と体が崩れ落ち、そのまま地面に倒れこんでしまった。力なく倒れる優羅を見下ろし、男はにやりと笑みを浮かべた。

 

「……ぐ、うぅ……」

「やれやれ、手こずらせやがって。しかも数人も()るとは思わなかったな」

「まったくだ」

 

 追ってきた男一人も同意しつつ優羅を見下ろす。一方優羅は膝蹴りの影響で動けなくなっていた。加えてドスファンゴの時の傷の影響も再発。反撃の手は望めなくなっている。

 そうしている内に他の男たちも合流し、一人の男が前に出て優羅を見下ろした。

 リーダー格のあの男だ。

 

「やってくれたな、嬢ちゃん……。変わった、とは思ったけどよ、まさか殺しを平然とやるほどとは思いもしなかったぜ……。……だが、それもこれで終わりだ」

 

 憎らしげに呟きつつ、その頭を掴んで顔を無理やり上げさせる。強くその黒髪を握り締められ、その痛みに優羅の表情に皺が入る。

 

「無傷のままにしたかったが、今回の事はただ売り飛ばすだけでは足りねえんだよな。少し痛めつけさせてもらうぜ?」

「…………くっ」

 

 ぎりっと歯噛みして睨み上げるが、そんなものが男たちに通用するはずもなし。男は首をしゃくってやると、押さえつけている男が頷いた。

 

「ふっ」

 

 優羅の両肩の下に腕を入れて無理やり立たせると、両手を鳴らして男がその前に立ち、そして優羅の体に連続して拳を入れていく。

 

「っ、が、は……ぐ……!?」

 

 幼い子供相手に、大人の男の容赦のない連打。しかも優羅はただ幼いだけではなく女だ。普通ならばそんなことは出来るはずもない事だが、しかし男はお構い無しだ。

 顔にやらないのは傷跡が残って価値が下がる事を避けるためだろう。だから体に殴りこむ。だが苦痛を与えるため、という名目でもこれは通用していた。

 そして優羅は無抵抗なままただ殴られ続けている。ドスファンゴの怪我も再発どころではない。上乗せされるように痛みが降り注いでくる。

 反撃しようにも不可能。

 心は折れないが、体が完全に参ってしまっている。もはや自分でどうする事はできなかった。だからこのまま受け続ける。

 男たちは優羅が力なくうなだれるのを見て気分が上がっていたのだろう。その顔に喜色を貼り付けてリーダーが殴り続けているのを眺めているだけだ。

 

 

 だから気づかなかった。

 自分たちがすでに追い詰められている事を。

 

 

「――ふっ!」

 

 突如現れた影が周りを見張っていた男の一人を沈めてしまった。

 

「……え?」

 

 そんな声を漏らした男もまた影に沈められる。

 

「な、なんだ!?」

「……ふん、いつの世もこういう輩は消えんか。しかもこんな子供相手に、ここまでやるとは。久々に気に食わん輩に遭遇したものだ」

 

 変わらぬ姿と調子で呟きながら優羅を抱えている男と、殴りつけていたリーダー格の男を仮面の奥から睨みつける。

 そんな獅鬼を、男たちは再び戦慄を覚える。

 突然現れたというだけでない。この辺りは術者による「人払い」の結界を張っている。故に人は入り込むことはないはずだった。だからこそ今まで普通に追い回すことが出来た。

 だが結界を破られた気配がないのに、この獅鬼はここに入り込んだ。

 加えてこの存在感と滲み出る気質が男たちに恐怖感を与えている。

 

「……!?」

 

 それは優羅も同様だった。今まで以上に獅鬼から闘気が溢れている。鍛練の時には見せなかった域までその気質が放たれているのだ。

 恐らくこれが、獅鬼が本当の意味での戦いをするときに纏うものなのだろう。想像以上のものだったために、優羅もまたそれに飲み込まれていた。殴られ続けた事で朦朧としている意識でも、獅鬼の存在感を感じるほどに彼の威圧感が強い。

 

「……さて、覚悟しろよ、下種ども? 腕や足の一本では足らんかも知れんぞ?」

「な、なんだよ……お前……?」

 

 男の一人が震えながらそう言うが、獅鬼は変わらぬ調子で優羅へと近づいていく。優羅を救いに来たのだ、ということはわかっているらしく、一人が無謀にも獅鬼に接近する。

 しかしそちらに見やる事はなかったというのに、接近した男がくの字に折れて倒れてしまった。

 何をしたのだ、と考える。

 そして少しして素早く拳を打ち出したのだということに気づいた。あまりにも速く、打ち出して戻した、ということに気づかなかった。倒れた男に目もくれず、そのまま優羅へと変わらぬ足取りで近づいていく。

 ただ歩いているのは男たちの実力を悟っているからだろう。どうせこの男たちではこれ以上優羅に手を出す事は出来ない、と踏んでいる。

 

「ぐ、ぐ……こいつには、落とし前をつけてもらわなきゃなんねえんだよ!」

「ほう? 落とし前?」

 

 そう言いながら離れている男へと気を放って沈めてしまった。

 

「そうだ! こいつは既に俺たちの仲間を殺してんだぞ!? その落とし前……」

「……はっ、そんなことか」

「……あん?」

 

 獅鬼は肩を揺らして笑いを漏らしている。

 男の言葉が実に面白い、という風に笑うと、そこから一瞬にして消えてしまった。

 

「――がはっ!?」

 

 気づけば優羅を捕まえていた男が沈められている。倒れそうになる優羅を抱えてその場に座らせてやり、獅鬼は目の前にいる男を見つめる。

 

「女子を捕らえようというんだ。自分が反撃にあい、その果てに殺されようが文句は言えまい? お前の怒りなど、意味のない事というわけだ。下種が」

「ぬ、ぐ……っ!」

「というわけで、お前も逝くか? それとも死にたいと思えるほどの苦痛を味わうか?」

 

 先ほど以上の気質に、泡を吹いて気絶する男たちが続出。耐え切ったのはリーダー格の男のみ。獅鬼の後ろにいる優羅は息を飲んで冷や汗を流すだけに留まった。この殺気が直に向けられなかったからだろうか。あるいは優羅には手加減したからか、それともシュヴァルツの血が無意識に遮断したのだろうか。

 何にせよ、獅鬼の殺気に当てられたのは敵である男たち。そしてリーダー格の男だけが、残されてしまう。

 それが意味する事は一つ。

 

「――ふっ!」

「ぐ、はっ……!?」

 

 まずは腹に一発。怯んだところで胸を穿ち、後頭部を殴り飛ばし、地面に沈めてやる。だが勢いが強かったのかバウンドし、浮いたところを腹を蹴り上げて更に浮かせてやり、両手を組んで叩き落す。

 

「グアァァッッッ!?」

 

 意識が飛ばされそうなほどの連続した攻撃。しかし獅鬼がそのまま終わらせるはずもなし。優羅にしたようにその髪を掴まれ、ぐっと持ち上げて仮面の奥から目を合わせる。

 

「う、う……げほ、ごほ……」

「……さて、あれを痛めつけていたのは、売り飛ばすためか?」

「……ぐ、う……」

 

 呻き声しか返ってこないが、獅鬼は最初からそうだという事に気づいている。しかしあえて訊いてみることにしたのだ。

 

「なるほど。だとすると、貴様の末路は二つある」

「……?」

「ここでこいつに殺されるか、オレに殺されるか、だ」

 

 警察に突き出される、という選択肢がないあたり獅鬼の怒りがわかるというもの。そして本気だろう。やるならば、獅鬼は容赦をしない、という感じがする。

 そして男はというと、訪れるであろう結末を想像したのか体を震わせている。ここにきて、優羅と獅鬼、二人の異質さを感じ取ったのだ。

 数ヶ月前と違ったのは獅鬼の影響なのか、と男は考える。無表情で殺せるのは獅鬼によってそう鍛えられたのだ、と当たらずも遠からずな推察をする。しかしその推察の時間は、獅鬼が髪を掴んでいない手で男に更なる一撃を与える。

 

「が、っ!?」

 

 その際に抜けた歯が飛び、口から血を吐き出してしまう。それにより、獅鬼が本気だとより認識する。

 

「や……やめて、くれ……ごふっ……おれ、が……」

「ふん、謝罪の言葉は聞かん。意味のない事だからな」

 

 そしてまた一発。意識が飛びそうになるのを髪を強く握って引っ張る事で強制的に戻してやる。

 生かさず殺さず。

 これによって肉体的だけでなく精神的にも苦痛を与えていく。

 

「さて、次はどこがいい?」

「あ、が……ぐ、ぁ……」

 

 しかしついに意識を飛ばしてしまった。だが獅鬼は無理やり目覚めさせることはせず、そのまま地に放り出した。

 

「……さて」

 

 そして後ろにいる優羅に振り返り、屈みこんで軽く調子を診てやる。ローブから一つの薬を取り出し、それを優羅に差し出してやる。

 

「今はこれを飲んでおけ。後でしっかりと診てやる」

「…………」

 

 薬を受け取るのを見ると、獅鬼は周りで伸びている男たちを見回した。

 

「殺したのは?」

「……向こうにいる」

「ふむ」

 

 向こう、と示される場所を見やると、まずは周りの男たちを集めてロープで縛り付ける。そして軽く疾走して死体の元に訪れる。すぐに札を取り出して結界を張り、前回と同じく焼却処分する。

 それを確認するとすぐに優羅の元に戻る。そうしている頃には目を覚ましている男が数人いる。その男たちに近づき、顎を掴んでぐいっと視線を合わせる。

 

「お前たちの仲間が死んだ件、口にはするなよ? 漏らせばそこの下種と同じ苦痛を味わう事となる」

「……っ! っ、っ……!」

 

 リーダーの男の状況から獅鬼の言葉が本気だと感じ取ったのだろう。言葉にならない悲鳴を上げながら何度も頷いている。これで釘は刺せただろう。

 男たちが張った結界を解除し、個別で縛ったロープを一つのロープに繋ぎ、地面を引きずるようにして警察まで連れて行き、引き渡す事となる。予め傷ついているというのに地面に引きずられた事で更に傷だらけだ。

 しかし獅鬼は気にした様子もなく警察に引き渡した。

 

 

 宿に戻るとすぐに治療を開始する。ドスファンゴの時以上にテーピングをし、終わった頃にはもう日付も変わっていた。ベッドに寝かせてやると、獅鬼は椅子を引っ張ってきて近くに座る。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらく無言だった。優羅も獅鬼も口を開かずにいる。優羅は天井を眺め、獅鬼は優羅を眺めている。

 そして、ふと優羅が声を漏らした。

 

「…………咎めないの?」

「何を?」

「……殺し」

「…………」

 

 視線を動かさずに淡々と口にする。そんな彼女を獅鬼もまた無言で見つめていた。

 やがて獅鬼は一息ついて口を開く。

 

「別に。自己防衛故に咎める気にもならん」

 

 それにお前はそういうものだ、という事は心の中で留めておく。

 

「しかし自己防衛、というだけではないだろう? お前は冷静に殺しをしよう、と結論付けた。……違うか?」

「……ん」

 

 それに優羅は頷いた。

 

「だろうな。だから前に言ったように責めることはない。しかし、ただ単に殺しをすればいいというわけでもない。死体が出来ればやっかいなことになる。……それはわかるな?」

「……ん」

「処分する方法がなければ殺しは自粛しろ。……そのための武術だ」

 

 その事に優羅は微かに獅鬼へと視線を向けた。そこには相変わらず仮面をつけたまま優羅を見つめている獅鬼がいる。

 

「お前に教えた武術の基礎はただ単に狩りをしやすくするためだけのものではない。またお前の身を守るためだけ、というわけでもない。相手を無力化させる、というのが含まれている。……もちろん、将来的には殺しを楽にしてしまう、ということもあるだろう。だが今は相手を無力化させるため、というのが大きい」

「…………」

「だからこれからも精進しろ。自衛手段を持っておくのはいいことだからな。そしてそれを高めていき、殺しではなく無力化によって事態を収める技術を得ろ。そうやって自分を磨き上げていけば、様々な要因にも役立つだろう」

 

 そこまで考えて優羅に武術を教えていた、ということなのだろう。表情は変わらないが、優羅も微かな驚きの色が含まれている。そして獅鬼から天井へと視線を戻して一息ついた。

 

「……そう」

「ああ。だからこの先あのような事態に出くわした場合は、出来る限り殺しはやめておけ。あるいは、本当に殺す、または殺しかけ、他の奴らにも同じ目にあわせる、と思わせる雰囲気を作り上げればいい。そうすれば、大抵はもう戦意をなくす」

 

 先ほどの男たちがいい例だろう。完全に獅鬼の雰囲気に飲み込まれていた。加えてあれだけ痛めつけられた例を見せられてはもはや何も言えなくなってしまう。

 

「だが、それでも殺しをしなければならない時もあるやもしれん。その場合は、殺すなら町ではなく自然の中でやってろ。そうすればモンスターたちが死体を始末してくれるからな」

 

 あくまでも殺しは自粛させるが、「絶対にするな」とは口にしない獅鬼である。つまりは最終的に優羅の意思に任せる、ということ。

 殺すのか、生かすのか。

 相手をどうするのかは優羅に選ばせる。殺すならば殺人鬼へと傾いていき、生かすならば現状維持となる。

 しかし自分で選ばせる事に意味はある。

 そうすることによって彼女が自分の異常さを認識し、普通のまま留めるのか、以上の息へと堕ちていくのかを考えさせる。それこそが彼女が闇という世界を考えることに繋がる。

 

「……まあ殺しの件はこのくらいにしておくとして、だ」

「……ん?」

「実はだな、近いうちにこの宿を出る事になる」

 

 それは修行の終わりを告げる言葉だった。

 

 

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