呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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十四話

 

 

 数日後、優羅の怪我が完治した頃のこと。宿の受付で獅鬼が会計を済ませている。ロビーのソファーに腰掛けて優羅は獅鬼を待っていた。その身なりは藍色の着物に獅鬼から貰ったローブを纏っている。

 あの日、獅鬼はこう言った。

 

 船を使って西の方へと向かう事にした。元より獅鬼は各地を転々とする旅人であり、一つの場所に長く留まるのは稀ということらしい。そして仲間から届けられた情報により、今度は西へと向かうことになったとのことだ。

 そして獅鬼はこうも言った。

 お前もついてくるか、と。

 

 優羅は答える。

 

 西には行くが、その後は一人で行動する、と。

 

 つまるところ、西へは二人とも向かうが、港からは別行動になるということ。

 獅鬼を待っている間、優羅は地図を広げてどのルートを回るかを考えていた。向かう港はわかっている。後は当て所もなく世界を歩き回る事になるだろう。

 最終地点は恐らくはドンドルマになる。ハンターズギルドの総本山であり、数多くのハンターが集う街。様々な人が入り乱れ、同時に多くの情報もまた入り乱れる。そんな街だ。

 しかし今の自分が行ったところでどうにもならないだろう。行くとするならば数年後になりそうだ。

 だからこちら側で数年過ごし、頃合を見てドンドルマ地方やシュレイド地方に向かうのがいいだろう。

 となるとハンターとして修行するとなれば、このロックラック地方などを回ればいいかもしれない。砂漠のオアシスの上に作られた砂上の街、ロックラック。ここもドンドルマには及ばないが、多くのハンターが集う街である。

 今の自分が向かってもどうにもならないかもしれないので、近辺の村々を回りつつ実力をつけ、ロックラックに向かって本格的に修行をするのがいいだろう。

 ある程度の方針を決めた頃に獅鬼がやってきて優羅を見下ろした。

 

「……予定は決めたか?」

「……ん」

 

 地図をローブにしまって立ち上がる。そして獅鬼を見上げると、仮面の下から微笑を浮かばせ、軽く首をしゃくって入り口を示した。

 

「じゃあ、行くか」

 

 

 港に向かうと獅鬼が予め購入してあったチケットを船員に見せる。獅鬼と優羅を交互に見てそれを受理され、二人は船の甲板へと上がっていく。

 優羅にとっては初めての船であり、船旅になるが相変わらずの無表情がそこにある。最初に軽く船を見回すだけであり、その後はぼうっと一箇所、遠くを眺めるだけだった。

 

「さて、3日の船旅になるからまずは部屋を確認するぞ」

 

 風を動力とするガレオン船であり、数十キロの旅とはいえども数日をかけることになる。その為船内にはいくつかの部屋が用意されており、そのまま数日世話になる。階段を下りて狭い廊下を歩き、用意された部屋を確認してみる。

 狭いのは廊下だけではなく船室も同様だった。その中にベッドが一つ。

 

「左隣がお前の部屋だ。……一人でも大丈夫だな?」

「……ん。問題ない」

 

 小さく頷いて隣の部屋に入っていく。軽く部屋の内装を確認するとそのまま出てきた。その速さはあっという間であり、獅鬼も軽く中を確認するだけで終わった。荷物は全てローブの中にしまってあるため、ローブを部屋に残してしまえば盗まれる可能性がある。その為、ローブは常に身に纏っておかねばならない。

 再び甲板に上がると、乗客は全て乗り終えたらしい。設置されている板が取り外されていくのが見えた。

 

「出港だ! 錨を上げろぉぉぉぉ!!」

 

 甲板に響き渡る声に従い、錨が上げられていく。そして畳まれていた帆が降ろされ、船が少しずつ動き始める。流れていく景色を優羅はぼうっと見つめていた。

 遠ざかっていく港町を無言で見つめる優羅の表情にやはり変化はない。一ヶ月少しと滞在していたが、それでも優羅には心に波が発生しなかった。普通は何かしらの感慨深さがあるものだろうが、それを優羅に求めるのは愚問のようだ。

 それから1時間ほど優羅は流れていく景色をただ眺めていた。陸が消え、海しか見えなくなっても飽きもせずに眺め続けている。そんな優羅を獅鬼が離れた所で壁に背を預けて見つめている。

 時折ローブから取り出した本を読み進めたりもしていたが、観察するのは主に優羅だ。やがて離れた優羅は獅鬼に軽く視線を向けた後部屋へと消えていく。あの様子だと船酔いをしているわけでもなさそうだ。その辺りも心配だったが、杞憂のようだ。

 

 さて船旅というのはあまりにも退屈。

 なにせやることがない。

 部屋にいるか、景色を眺めるか。主にそのどちらかである。誰かと一緒にいたとしても、物がなければただ会話するだけだ。それが数日続く。

 そして優羅もまた暇をもてあましている。仕方がないのでベッドに腰掛け、ローブから本を取り出して眺めていく。調合書、武術の本、図鑑などをただただ読み進めていく。

 そうしている間に既に日も暮れていたようだ。獅鬼が夕食に呼びに来ると、本をローブにしまって立ち上がる。

 船ということもあり、料理は簡単なものばかり。しかし食べられるだけでもありがたいもの。無言で食べ進め、そして食べ終えて無言で立ち上がり、自室へと戻っていく。

 対面に座っている獅鬼は一息ついて立ち上がり、自分もまた自室へと戻っていった。

 扉を閉めて鍵をかけ、つけている仮面とローブを取り払う。すると、ベッド近くに黒いもやが生まれてきた。

 

「……また来たのか」

「あら、歓迎していないのね」

 

 黒いもやは形を作っていき、またしても優羅の姿を真似た。しかし浮かぶ表情は優羅が見せないような大人な女性の冷笑だった。素顔を見せた獅鬼は腕を組んで振り返る。

 

「で? 今度は何の用だ? 特に大きな変化はなかったろうに」

「ちょっとした気まぐれよ。暇だったしね」

「……暇つぶしか。相変わらずなことだな」

 

 嘆息しながら呟くと、その少女はまた笑みを浮かべて足を組む。膝の上に左肘で頬杖をつくと、じっと獅鬼を見上げた。

 

「そうね。貴方と初めて会ったのは数百年前。そして私がこうなのはそれ以上も昔のことよ。変わらないのは当然でしょ?」

「……それもそうか」

 

 つまりはその悪趣味なこともその他諸々も変わることはない。“つまらない”という理由で月に手助けを求める事を制限したり、獅鬼が求める人物の情報をばらさなかったり。あくまでもヒントなどは教えるが、実際の情報などは教えない。

 “傍観者”と自称しているのに、役者に制限をかけることで物語(ストーリー)にスパイスをかけてより一層楽しもうとしている。

 

「それで、あの娘」

「む?」

「今のところは落ち着いているようね。結構貴方も頑張った方じゃない?」

「……ふん」

 

 珍しく褒めているようだが、獅鬼は額面通りに受け取らずに微かにそっぽ向く。この少女の賞賛など、裏に何かあるのではないかと思わせるものだ。それを獅鬼も知っているため、素直に喜べない。

 何しろ名前が七禍なのだ。加えて七禍自身がこの名前通りの性格の悪さをしているのを認めている。名は体を表す。彼女の名はまさしく彼女の在り方を示し、そして彼女の根本を成す、と言ってもいいかもしれない。

 それを知っている獅鬼だからこそ、彼女の賞賛は素直に受けられない。

 

「これからあの娘の一人旅。色々と起こりそうね」

「だろうな」

「心配?」

「心配でないはずはないだろう」

 

 ハンターだのシュヴァルツだのを抜きにしても、彼女はまだ8歳の子供だ。そんな彼女が一人旅。彼女の事情を知っているだけに心配は大きいもの。

 少女も獅鬼の心情を察して目を細め、小さく嘆息して短く首を振った。

 

「大丈夫よ。確かに色々と起こるけど、10年後のあの一件には参加してるわ。死にはしないわよ」

「…………」

 

 その時までは死なない。では、その後は?

 その一件で死ぬのか、後のアレの戦いで死ぬのか。

 それを口にしない。気になるところだが、聞いたところで答えてはくれないだろう。いつものように目を細めて微笑するだけに決まっている。

 

「まあいいけどね。それで、貴方はこの先も色々と調べて回るんでしょう?」

「当然だろう。起こりうる未来を変えねばならんからな。再びアレが出た場合、今の人族たちでは不安が残る」

「そうね。前回のアレは初代のアレと比べれば全然マシな方だもの。だからこそ、貴方たちがどのように抗うかが楽しみなのよね、ふふふ……」

 

 彼女は過去の大戦の事も知っている。そしてその結末もまた知っている。

 何故ならば、その戦いの流れを全て“傍観者”として眺め続けたのだから。決して介入する事はなく、ただただ眺め続けただけ。

 獅鬼をも圧倒できるかもしれない実力を持っているのに、“世界”に属する者だというのに、何もせずに眺め続けた。

 いや、“世界”に属するが故に介入など出来るはずもない。そうすれば世界のバランスを崩す可能性があるかもしれないからだ。彼女自身もそれはわかっているはず。

 しかし、恐らくはそれ以上に自分が介入すれば“つまらない”ということで切り捨てるだろう。

 要するに、自分が楽しめればそれでいい。暇を潰せたならそれでいい。

 最終的には、そこに行き着いてしまう。

 長く生きたが故に、己を満たすものがあればそれでいい。そういうことなのだろう。

 

「何にせよ、あの娘はシュヴァルツの血を持つ鍵の一人。……最終的にはアレに対抗しうるハンターになるかもしれないわね?」

「……結末、本当にわかっていないのか?」

「さあ、どうかしら? 知らないからこそ幸せってこともあるでしょう?」

「……この場合はそれに含まれないと思うがな」

 

 そんな言葉も軽く笑って流してしまう。

 面白ければそれでいい、というのが第一の思惑だろうが、それ以外の心情が窺えない。つまるところ、彼女が他に何を思ってこの世界に降り立つのかがわからない。

 ただの退屈しのぎ、暇つぶしに留まるのか。それとも他に理由があるのか。

 これらが全く読み取れないのである。長く生きた獅鬼は人の感情や表情をそれとなく感じ取る事が出来る。だがこれを以ってしても彼女の心の内が読めないのだ。

 

「…………」

「……まったく、貴方も本当に疑り深いわね。ま、わからなくもないけどね、ふふふ」

「お前がそういうモノだからだろう、七禍」

 

 目を細めて睨みつけるようにするが、それが彼女に通用するはずもない。相変わらずの冷笑で流されるだけ。そんな彼女に嘆息一つ、もう一度睨みつけるようにする。

 

「……あと、いい加減その姿はやめろ。あいつの事をこの一ヶ月見ているだけに不快だ」

「ふふ、それもそうでしょうね。それを見るのも面白かったのだけど、これが潮時かしらね」

 

 やれやれと首を振ると、その姿が変化していく。最終的には鴉の濡れ羽色のような長髪に深い闇を思わせる漆黒の瞳。東方人のような顔つきは幼さを感じさせ、少し変わった和服をしている。

 肩を露出させた薄い紺の小袖に藍の帯を締め、漆黒の羽織をその上に纏う。羽織には白い線で紋様や狼らしき獣を描いていた。下は袴ではなく黒いスカートに近しい布が腰元からなびき、白い帯で締められている。

 これが彼女の本来の姿……だと獅鬼は思っている。正しくは人としての姿だろうか。“世界”に属しているが故に、真の姿は不明だ。人なのか人ではないのか、神なのかモンスターなのか。

 だが何にしてもこの世界の住人である獅鬼が、“世界”を自由に渡り歩く七禍の全てを知りうる事はほぼない。

 月は天の如く高みに位置する女性と言われているが、七禍はそれをも超える。だから彼女は名前、そういう性格をしている事、その実力くらいしか知りうることはない。知ろうとすれば、それ相応の対価が必要とされる事だろう。

 ……いや、断片的には情報はこの世界にも一応存在している。しかし誰もがそれが彼女と繋がっていると知りうることはないだろう。彼女の事を知っていなければ、その情報は彼女という情報の欠片と結び合う事はない。とはいえ獅鬼はそれも知らないのだが。

 その七禍が人である時の姿を晒し、組んでいた足と頬杖を付いていた手を変えると、また笑みを浮かべる。

 

「勝てると思っている?」

「……勝たねばならんだろう」

「アレだけじゃないわよ? あいつに勝てると思ってるの?」

 

 あいつとは獅鬼が追い続ける者のことだろう。その事に獅鬼は目を細めて小さく頷いた。

 

「オレと月ならば、あるいはな」

「でも、あいつは当然ながら昔よりも力をつけているでしょうね。もしかすると、月を超えてるかも知れないわよ?」

「…………なんだと?」

 

 この七禍がそう口にすると言う事は、本当にそうなのか、と思わせてしまう。そんな疑心が僅かに生まれ、そして大きくなっていく。表情には出ないが、内面では様々なことが巡っている。

 

「ふふふ……」

 

 そんな獅鬼を面白そうに眺める七禍は明らかに楽しんでいる。こうなることがわかって口にしたのだろう。

 彼女に聞こえるように舌打ちをすると、七禍は微笑を浮かべながらベッドから立ち上がる。

 

「あいつにしろ朝陽にしろ、向かう域は同じようで違う。根本では闇を求めているのだけど、狙いがまるで違っている。そして果てに待ち受けるのは決まっている。どの道10年後にそれは起こりうる出来事。それは変わることはないわ」

「……確認だ。起こりうる大きなことは?」

「ドンドルマの大襲撃。シュレイドからフラヒヤ山脈にかけて闇が充満。そしてアレの来襲」

 

 七禍から告げられる三つの出来事。あの時と変わることはない。簡潔だが、既に聞いている事の為に問題はない。

 

「あの二人の思惑について目星は?」

「……何となくはついている」

「そう。じゃあ後は残り10年、好きに動くといいわ。……どう動いたとしても、今の三つは絶対に起こる事。変えられるのは、最終的な結末のみということは心に留めておきなさい」

「ああ、わかっている」

 

 重い呟きを聞き、七禍は目を細めて薄く笑った。その笑みに含まれる感情もまた計り知れない。

 変えられない、という事を受け止める獅鬼を嘲笑っているのか、憐れだと笑っているのか。それとも獅鬼もまた小さき存在だと見下しているのか、ただ獅鬼の仮面に隠されたその表情が面白いのか。

 色々な意味合いがありそうでなさそう。全くもって七禍の心は読めない。

 

「今のヒトが完全にアレに勝てるのか。見届けさせてもらうわ。せいぜい頑張りなさい」

 

 いつものような言葉を残し、七禍は黒いもやへと変化して消え去った。彼女が消えてしまえば、後に残るのは変わらぬ船室。文字通り居たという陰も形も残らない。

 

「……寝るか」

 

 嘆息してベッドに近づき、ぽんぽんと七禍が座っていた場所を払っておく。彼女の温もりは少ししかないが、それでも何となく払っておく事にした。

 感じ方によっては、彼女もまた闇に属する者だ。何しろ名前が七禍なのだから。イメージ的には合っている。

 そして布団を取ってベッドに体を横たえ、そのまま眠りに落ちていった。

 

 

 船旅も3日目。今日の昼には着くとの事だった。優羅といえば船室で相変わらず本を読み進めていた。今回読んでいるのは東方で見かけられるモンスターの図鑑。

 リオレウスとリオレイアという中央でも見られる種類を初めとする飛竜。他にはディアブロスも見られるようだ。しかし外見や行動パターンが中央と若干異なるとの事だ。

 とはいえ、中央に行った事もなければ彼らと戦った事がないために詳しい事はわからない。リオレウスに限っては黒いものが一方的に襲ってきただけだ。そして黒かろうがなかろうが、今戦えば間違いなく死ぬ。故にクエストを受ける事はないだろう。

 しかし知識として覚えておくだけでも悪くはない。ページをめくっていきながら優羅は書かれてある事を頭に入れていく。攻撃パターン、生態、何が通用するのかなど。狩りをするにおいて対策するべきことを覚えていけば問題ない。

 他に主に見られるものといえばクルペッコ、ロアルドルス辺りだろうか。砂原に行けばボルボロスやヒュドラが見かけられる。夜の森に行けばヤタガラス、といったものだ。

 ページの奥のほうにいけば、海竜のラギアクルス、氷牙竜のベリオロス、響蛇竜(きょうだりゅう)のラテルヒュドラ。中級から上級クラスの竜たちが列挙している。最後の方は大海龍ナバルデウス、峯山龍ジエン・モーラン。そして伝説種に数えられる煌黒龍アルバトリオンと冥蛇龍(めいだりゅう)ディス・ハドラー、そして九尾狐(きゅうびのきつね)

 

「…………伝説種、ね」

 

 この図鑑では名前と微かな情報しかないが、それでも東方で確認できるモンスターということでこうして載っている。東方で確認されたのは三種。中央では黒龍ミラボレアス、輝龍ミオガルナ。アルバトリオンは主に西方で確認されたが、一度だけ東方で確認されたという記録だったか。そして世界の海で海帝龍(かいていりゅう)リヴァイアサン、最後に全世界に災禍獣(さいかじゅう)ヴァナルガンド。

 そんな風に聞いているし、図鑑にもある。この伝説種の事を纏めた書物もあるという話だ。名前は確か――

 

「…………まあ、いいか」

 

 知ったところでどうにもならない。気を取り直して図鑑を見直していくことにした。

 今の自分に戦えそうなものはドスファンゴやドスシャギィなどの群れのリーダー格。飛竜の登竜門に成り得るイャンクックやクルペッコは経験を積んでから挑む事にしよう。

 そう考えているとドアがノックされた。

 

「失礼する」

 

 返事をしないのはいつもの事のため、獅鬼は扉を開けてきた。ベッドに腰掛けて本を開いている優羅を一瞥し、ローブの中に手を入れていく。やがて取り出されたのは一つの頭装備だった。

 紫色のマスクに頭を守る額当て、そしてそこから伸びる飾り羽。露出しているのは目元のみであり、作りからみると髪も出せるようだ。

 ガルルガキャップ。ガンナーが装備する女性の頭装備がそこにあった。

 

「お前、他人とあまり関わらないのならば人に素顔を見られるのは好ましくないんだろう?」

「……ん」

「かといってこの歳から仮面では普通に怪しまれる上に、視界もよろしくない。慣れて居ないうちからそれではこの先やっていくのは少々難しい。故に、これをやる」

 

 本をしまってそれを受け取るとじっと様々な方向から観察してみる。やはりこれも優羅に合わせてあるようだった。恐らくはアロイシリーズを作った職人に頼んだのだろう。試しにそれをつけてみることにした。

 口元にはマスク。額には甲殻を使用した額当てがある。その後ろでは優羅の黒髪がそのまま流されている。

 なるほど、これではパッと見て素顔はわからないだろう。成長すれば実際にイャンガルルガを狩って、素材を集めて作り直せばいいだろう。あるいは、何度か狩りに行き、ガルルガシリーズを作ってみるのもいいかもしれない。

 そんな事を考えていると、獅鬼が外を示すように首をしゃくる。そろそろ着くから甲板に出ようということなのだろう。優羅もそれに従い、ガルルガキャップをつけたまま立ち上がった。

 甲板に出ると遠くの方に陸地が見える。間もなく到着するだろう。

 景色を眺めていると獅鬼がぽつりと呟いた。

 

「……まだ教える事はあったんだがな、悪いな」

「…………別にいい」

「だが、何かの偶然でどこかで会うこともあるやもしれん。その機会があったら気などを教えてやる」

「…………そう」

 

 一人で旅を続ける優羅と目的の為に世界を回る獅鬼。彼ならば優羅の居所を見つけて会いに行く事は可能だろう。しかし偶然の出会いとなると、確率的には少ない。

 この世界は広大な自然を主としている。そんな中で世界を旅する旅人が偶然出会うことは稀だ。そんな事が起こるとなれば、やはり数年後になるかもしれない。

 

「生き残りたければ、身を守りたければ強くなれ。そうやって己を磨き上げてオレと再会すれば、オレが更にお前を上へと上げてやる」

「…………ん」

「そして前にも言ったように出来うる限り殺しは自粛しろ。やむを得ない場合、やるなら自然の中で。それを忘れるな」

 

 周りの客に聞こえないようにしつつ、優羅に語りかけるような口調で再度釘を刺す。それに優羅は小さく頷く事で応える。彼女としても厄介ごとは抱えたくはない。

 殺しをするのは己を身を守るため。それから外れた事はあの一度のみ。

 そう考える事が出来るのも殺人鬼に前以上に傾いていない事の証明になりえる。それだけでもこの一ヶ月優羅についていた甲斐はあったものだ。

 幼い子供が一人で旅をする、というのも気になるところだ。心配でないはずもない。だが優羅は己の行動を変える気はないだろう。ならば好きにやらせてみる事にする。その果てに成長して10年後の現場に合流してくれれば獅鬼としては有り難い話である。

 後は無言となり、到着を待つ事になった。

 

 港に着くと二人揃って下りていく。港を出て町に向かい、昼食をとることにする。それを終えると別れの時。そのなりは変わることはない。顔にはガルルガキャップ、服は着物でローブ。

 この出で立ちで旅をするようだ。

 

「ま、頑張ることだ」

「……ん」

 

 小さく頷くと露になっている紅い目が少しだけ細まって獅鬼を見上げた。

 

「……いずれ借りは返す」

「またそれか。別に構わんと言っているのに」

「……だからそれではアタシの気がすまないと言っている。次に会い、鍛えられた後に返す。覚えてろ」

「…………わかった。気が向いたら覚えておく」

 

 苦笑を漏らしながら言うと、優羅は小さく頭を下げて背を向けた。そして何も言わずに去っていく。その背を獅鬼はただじっと見つめるだけ。声をかけることもしない。

 小さくなっていく優羅とすれ違うように、金色の下地に黒い縞模様が走ったローブを纏った青年が獅鬼に近づいてくる。

 

「よ、久々」

「ああ」

 

 軽く手を挙げて挨拶をしてきた青年、雷河。ニヤリと笑みを浮かべて微かに肩越しに振り返る。

 

「今のが例の嬢ちゃんか。ん~、パッと見た限りじゃ結構な素材だな。将来が楽しみだ」

「まあな。アレは育てばいいハンターになるだろう。……堕ちなければ、の話だがな」

「……シュヴァルツ、か。でも、見つけられただけでも儲けもんだろう? これで月さんと朝陽を合わせて……四人か?」

 

 その事に獅鬼は頷いた。だが獅鬼は腕を組んで笑みを浮かべた。

 

「……だが、鍵はまだいる。オレはそう信じている」

「当たりはあるのか?」

「まずはドンドルマへ向かうぞ。この数年話題になっているルシフェル夫妻の情報を求めよう」

「ん? ルシフェル夫妻ってーと、あの二人か? ココット村に暮らしているっていう……」

「そうだ。息子の二人も気になるところだ。見てみる価値はある」

 

 それを聞くと雷河は同意するように頷く。

 

「じゃあこれからは親父もあっち方面で行動するってことでいいんだな?」

「ああ。……お前からするとわざわざこっちまで来たのにあっちにとんぼ返りになるだろうが」

「いや、構いやしねえよ。実際に親父が見つけた三人も見れたし、気にすることじゃねえ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべると獅鬼は微笑を浮かべる。どうやら将来性に期待してうずうずとしているようだ。だが雷河と本気で戦わせるわけにはいかない、色々な意味で。

 だから話を打ち切るように歩き出す。

 

「では行くとしようか」

「おう」

 

 そして二人はその港町を出てドンドルマへと向かっていった。

 

 

 優羅もまた港町を出て行く。目的地などない。しばらく――数ヶ月か数年か。この地方を回って実力をつけてロックラックへと向かう。そこを基点としてまた実力をつけ、砂上船を使ってロックラックから西のドンドルマ方面へと向かう事にする。時期的には13か14歳になった頃でいいだろう、と決めておく。つまりは5、6年後だ。

 その頃までには飛竜種、リオレウスやリオレイアが普通に狩れるようになりたいものだ、と考える。その域に達するまでが辛く長い道だろうが、それでも振り返らず戻る事はない。

 あの時に決めた事だ。

 進む道はこの道一つ。どこかにいるであろう昴と紅葉を捜し求める。そして自分の身を守るために力を得る。

 死にはしない。生き続けてやる。

 道を阻むならば狩る(ころす)

 恐れるな。そして振り返るな。

 決意は固く、揺らぎはない。

 幼き狩人(ハンター)はまた一人。

 しかしその目に迷いはなく、恐れもない。目指す果てと目標を胸に、少女は旅に出た。

 

 

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