西へと移動しつつ村や町を転々とし、時にクエストを受けて経験と金を稼ぎ続けて旅をする。この見た目でハンターとは思われなかったが、それでも身分証でもあるギルドカードを示せば一応はハンターだと理解される。
だが受けられるのは当然のように軽いもの。子供ならば仕方がない。だが小さなことでさえも相手をするのは人ではなくモンスター。その戦い方を知らなければ子供である優羅に死が訪れる。
だから決して自分の実力を驕らない。子供にしては鍛えられて実力がついているが、それに慢心し、油断すれば死ぬ事を知っている。
それがこの世界の理。
弱き者は死に、強いものが生き残る。
例え力を持っていてもそれに驕りを持てば、下にいる者に逆に喰われてしまう。
弱肉強食にして狩るか狩られるか。
だからこそ優羅は旅を続けながらも自身を鍛え続ける事をやめることはない。時間があれば自己鍛錬をし、体力、筋力、瞬発力などを伸ばしていく。それだけでなく書物を読み進めて知識も得ていく。
そうしておけば時間を忘れ、一日が早く過ぎていくものだった。それだけではない。一日といわず一週間、一ヶ月……と過ぎていき、気づけばもう一年が経ってしまっていた。
旅をしていると、いつの間にか華国と呼ばれる領地へと辿り着いていた。ロックラック地方の北東部に広がる場所に国を構えており、東方のもう一つの国、ヤマト国とはまた違う独特の文化を築いている国だ。
東西に広めに領土が広がっており、主に草原が広がる国である。また大陸を横断するかのような大きな河が流れており、東西の海と繋がっている。北西へと進んだ先の海はアクラ地方が広がり、時折氷河が流れ込んでくる事もあるらしい。
東の海から更に東へ向かえば東方地方の島国へと辿り着けるとの事。文献によればシキ国との事だ。東方文字でどう書くのかはわからないが、少なくとも優羅に色々と仕込んでくれ獅鬼の漢字とは別物だろう。
またシキ国は昔に地殻変動によって二分されており、西の陸地は東方へと流れ着き、ヤマト国として新たな歴史を刻み始めたとされている。そのためヤマト国の都は
さて、この華国だが国としては長い歴史を持っているらしく、発展と衰退、滅びと復興を繰り返しているという。話によれば人と人との戦いの歴史も多く、三つの有力な国に分裂して覇権を争った三国時代と呼ばれた時代もあったらしい。
だがこの件に関しては割愛することにする。
東西に広い領地を保有しているだけあって人口は多いらしく、魔族もそれなりにいたらしいが何年か前に魔族狩りをしたという記録がある。そのため華国に残っている魔族はほとんどいないようだ。
草原に敷かれた街道をただただ歩き続けること数時間。華国の辺境だけに周りに見えるのはどこまでも広大な草原だ。時折木々が生えていたり、アプトルの群れが見えたりするだけで基本的には何もない。
澄んだ空気や肌を撫でる柔らかな風を感じつつ、ただ歩き続けるだけだった。
街道があるならばこの先に人の集落があるだろう。そんなことを考えたのが数時間前。太陽は既に空の上、もう昼飯時の時間となっていた。
軽く辺りを見回し、いいところに岩がある事に気づく。そこに近づいて腰を下ろし、ローブの中から必要なものを取り出していく。
まずは火起こしセット。これがなければ話にならない。
続いて鍋を取り出し、最後に今日の食事に使用する食材を取り出した。食材は既に使えるように切られており、袋の中に入れられている。もちろん味などが落ちないようにしているが、いつまでももつものではない。だから調理するならば早めにやるのが望ましい。
以前は携帯食料やあらかじめ出来上がっているモノを食べていたが、自身の体の成長や栄養の事を考えた結果、料理に心得があることもあって自分で料理することにした。アプトノスなどの肉を焼いて食べるのもいいが、それはただエネルギーとなるだけだ。きちんと様々な食材を調理し、食べたほうが後々の影響が変わってくる。偏ったものばかり食べるわけにもいかないのである。
火を起こすとその上に鍋を置き、油を引いて暖めていく。充分暖められたのを確認し、とき卵を絡めた米を投入。素早く鍋を振って米がパラパラになるように炒めていく。
続いて具材を順番に入れていき、まだまだ鍋を振り続ける。味付けをしつつ炒め、皿に移して完成だ。そして栄養も考え、小皿に色々と野菜を添えて今日の昼食が完成した。
「……いただきます」
蓮華で出来上がった焼飯をすくって口に運ぶ。軽く咀嚼して飲み込み、小さく頷いた。
いい出来上がりだ。だがまだまだ美味く出来るはず。今はこれで満足しておこう。
焼飯やラーメンなどはこの華国で誕生したという料理。町で店を回り、実際に出されている本場の料理を楽しみつつ覚えていくとしよう。
そんな事を考えながら食べ進めていくと、その手が止まってしまう。軽く視線を動かして皿を置くと、傍に置いてあるジェイドストームに手を伸ばした。素早く弾を込めると、立ち上がって背後へと銃口を向ける。
その目が映す先には、数匹のランポスがこちらに近づいてきていた。恐らく臭いに誘われてやってきたのだろう。その位置は数十メートルまで及んでいる。気配だけは探っていたが、弾丸の飛距離の事もあって範囲内まで来てもらわなければ狙撃できない。
狙いを定めて引き金を引けば、狙い通りにランポスの頭を貫通弾が貫いていく。突然の攻撃にランポスたちが慌てだしたが、それでは狙ってくださいというようなものだ。冷静に照準を合わせて引き金を引いていく。弾が切れれば素早く新しく装填して準備完了。及び腰になってしまっている残りを始末し、まだ他にもいないかを確認。
もう接近している気配がない事を確認して一息ついた。
野外でこのように食事をしたり料理したりすれば、このように敵が接近してくるのはよくある話だ。その度にこうしてジェイドストームで襲い掛かられる前に始末するのも恒例になってしまった。ランポス達ならば問題ないが、飛竜にやって来られてはもう逃げるしかない。今のところはそれがないだけ幸いだ。
もう一度座ってジェイドストームを置き、今日の昼食を食べ終えた。
それからまた数時間歩くと、一つの町に辿り着いた。それなりに大きな町であり、宿もありそうだ。しばらく野宿していたから、風呂に入ってさっぱり出来るし、ゆっくり休めそうだ。
その前に鍛冶屋に向かってジェイドストームの調整を頼む事にしよう。町の地図を確認し、真っ直ぐに鍛冶屋へと向かっていく。夕方ということもあり、道は買い物客らしき人が多い。その中を静かに歩く優羅は少しばかり目立ちそうだ。
何せその顔にはガルルガキャップが付けられ、その素顔を隠している。そして身につけているのは一件普通の私服に見えるが、実際はブナハシリーズと呼ばれるハンター装備だ。その腕はガントレットのようなアロイガードを装備しているので、気づく人は気づくだろう。
さて、数分歩くと鍛冶屋らしき看板が見えてきた。扉を開けて中に入ると、すぐに店主らしき男性が見えた。頭にタオルを巻き、白いタンクトップを着ており、鍛えられた体が服の上からでもわかるほど。
そしてその耳は短く尖っており、竜人種ということがわかる。カウンターに座って何やらライトボウガンらしきものを弄っている。何かの調整なのだろうか。だとすると丁度いい。
優羅が扉を開けた際に、扉についているベルが鳴らされたことで店主は優羅に気づいた。顔を上げて訪れた客を見て少し驚いた顔をするも、ハンター装備だという事に気づいて立ち上がる。
「おう、らっしゃい」
「…………」
無言でカウンターへと近づき、腰に挿しているジェイドストームを店主へと手渡す。しかしまだ子供の為、カウンターに置く際に少し背伸びする事になった。この一年で少し伸びたがそれでもまだまだ子供である。
店主は置かれたジェイドストームを見て小さく「ほう……」と呟く。翠ガノトトスの素材を使用した武器の為、店主は優羅が翠ガノトトスを倒したのか、と一瞬だけ考えた。しかし親から受け継いだ武器、という可能性もあるのでそれを流す。子供があの水竜ガノトトスを倒せるなど有り得る事ではない為だ。
「……調整を頼む」
「おう。どれ……」
ジェイドストームを手にし、様々な方向から軽く確かめてみる。それで調整のめどが立ち、優羅へと視線を移してジェイドストームをとんとん、と叩いた。
「調整はすぐ終わると思うぜ。でももうこんな時間だしな……明日の朝にでも取りに来るといいぜ」
「…………わかった」
小さく頷いて優羅は鍛冶屋を後にする。これから向かう先は宿泊する為の宿。周りは既に家へと戻るかのように人が動いている。それに従って歩いていく途中、前方から二つの小さな影が接近していた。その勢いは止まらず、その内の一つが優羅にぶつかってしまう。
「――わっ、っ……!?」
「……っ!?」
優羅は何とか踏みとどまれたが、ぶつかったものはたまらず尻餅をついてしまったようだ。
「いたた……な、なに……?」
「……おー、だいじょうぶですか、姉さん?」
「…………」
ぶつかったのは紫色の肩まで伸びた髪に、紅いリボンで結ばれた小さく束ねた二つのテールを両端から出している少女だった。少し釣り上がったような碧眼の端に小さく涙が浮かんでいる。
そんな彼女を介抱するかのようにもう一人の少女が近づいて起き上がらせる。双子なのだろうか。少し顔つきが似ている気がする。肩で揃えられた紫色の髪の後ろに、お揃いの
リボンを結んでいる。
その二人をじっと見下ろしていると、妹らしき少女が優羅に向き直って丁寧に頭を下げる。
「すみませんね、お姉さん。お姉さんはだいじょうぶですかー?」
「……問題ない」
こうして見ると、姉と違って妹はしっかりしている。まだまだ幼いというのに、恐らく姉についていくにつれて覚えていったのだろうか。見た感じでいえば……3、4歳ほどか。その歳でこれとは少し驚きものだ。
反対に姉らしきものは年相応、といったところか。少しだけ赤くなった鼻を押さえつつも優羅を見上げている。非があることはわかってはいるようだが、それでも素直に頭を下げる事ができないようだ。
それにしても驚いた。先ほどの店主もそうだが、この双子も耳が尖っている。恐らく竜人族なのだろう。連続して竜人族に会うとは思わなかった、と優羅は心の中で思う。
そうしている間に妹は姉の頭に手を置いて何とか優羅に頭を下げさせようとしている。
「ほら、姉さん。あやまらないといけませんよ」
「……う、ごめん……なさい」
「…………別にいい」
それだけ言うと優羅は二人の隣を通り抜ける。
「……おー、怒っていたのでしょうか。まったく、姉さんは……」
「う……でも、あいつ、見るからにあやしいじゃん」
「こらこら、見かけではんだんしてはいけませんよ。あれは“ハンターそうび”じゃないですか。姉さんだってわかってるでしょう?」
「……でもさ、あいつ、こどもでしょ? ホントにハンターかわからないじゃない」
姉の言う事も尤もだ。子供がハンターなんてそうそうあることじゃない。だが妹はわかっている風に小さく首を振る。
「いえ、あの人はハンターでしょう。なんとなくふつうじゃない感じがしましたから」
「……そう?」
「……ま、あの人のことはおいておくとして、はやくかえりましょう、姉さん」
そして幼い二人は家へと帰っていく。仲良く手を繋ぎ、すぐそこにあった自宅へと入っていった。
宿へと向かった優羅は手続きを済ませて部屋を取る事ができた。幼いが、ハンターという肩書きがあるために部屋は用意してもらえる。しかしランクとしては底辺の為、小さな部屋しか用意されない。だが優羅としては休める場所があるならばそれでいい。特に問題らしい問題も起こらずに宿泊場所を確保できた。
日も暮れている為に食堂へと向かって夕食にする事にする。その性格上一人で静かに食べるのが合っている。
隅の方に移動すると早速注文を済ませる。頼んだものは麻婆豆腐と白米。食べた事はあるが、本場の味を楽しんでみたい。
出来上がるまでしばらく待っている間、食堂を軽く眺めてみる。この宿はギルド系列ということもあり、主な客はハンターたちだ。ここは華国ではあるが、見かけるモンスターは華地方と東方地方が混ざったものが多い。下位ハンターの多くはペッコシリーズやアロイシリーズであり、他を見るとルドロスシリーズやレイアシリーズ、あるいはラギアシリーズが見かけられる。
だが纏われる雰囲気から、中級や上級に位置するハンターは見られない。地方の町のためそのランクのハンターの数が少ないのだろうと判断した。
彼らはそれぞれのグループで集まって談笑するかクエストの話をしている。仲間で集まると、あんな風になるのは常である。
お互いの健闘があってこそこうして生きていられる。モンスターと戦うのは常に命がけだ。仲間の助けがあって生き延びる事もよくある話。逆に足を引っ張って自分が、誰かが負傷する事もあるのもよくある話だ。
だからこうして生きていられる事を喜びあうため、ああしてテーブルを囲んで料理を食べ、酒を呑む。そういうものだと優羅は聞いている。
しかし自分に仲間など必要ない。普通この年でハンターをやるならば誰かがついているべきだろうが、優羅は誰とも組む気はなかった。
一人でやったほうが気が楽だというのが大きいが、他の要素としては見知らぬ者と組む気にはならない。今まで出会ってきた者の大半は、自分が子供だからと色々と舐めている。それは当然の事だろうと受け入れてきたが、しかし元から人付き合いが苦手であり、あの日以来歪んだ優羅の性格の事もあって余計に他人との線引きが遠ざかってしまっている。
人を易々と信用せず、心を許す事もない。
だからこそ常に一人。そして独り。
優羅はあの日獅鬼と別れてから既に孤高のハンターだった。
さて、もう少しすれば料理が運ばれてくるだろうという頃合のこと、優羅の下に一人の人影が近づいてきた。
「隣、空いているかしら?」
「…………?」
声に反応して軽く視線を動かしてそちらを見やる。
そこにいたのは少し長身の女性だった。艶やかな黒い長髪をしており、左側に藍色のリボンで結んでサイドポニーにしている。少し切れ長の漆黒の瞳がじっと優羅を見下ろしていた。
身を包むのはハンター装備らしい。しかし見た事がない装備だ。
白を基準としたような毛皮を主に使用しており、首周りには白い牙のようなものが巻かれている。対称的に腕や足は主に黒を基準としており、白と赤の皮当てらしきものがある。腰を守るのは朱色のスカートだ。
そして腹部には紺色の帯が締められており、それはスカートの上にある腰元にも下げられている。
その服の作りは西方というより東方に近い。恐らく着物や甲冑を意識したような防具なのだろう。
だが見た事がない。
珍しいモンスターの素材を使っているのだろうか。
そんな事を考えつつも、優羅は視線を外して料理が到着するのを待つことにする。
「座るわね」
優羅からの返事がないが、女性は優羅の隣に座ってしまった。それを一瞥すると、距離を取るかのように横へと移動しようとする。
「あら、どこへ?」
「…………」
「まあ待ちなさいな。ほら、来たわよ」
一体何が来るのか、というと一つしかないだろう。
「お待たせしました」
優羅が注文した麻婆豆腐と白米が運ばれてきたのだ。となれば優羅はここで受け取らなければ。優羅の前にそれが置かれると、今度は女性の注文を聞くこととなる。
「私は担担麺で」
「かしこまいりました」
軽く頭を下げてギルド嬢が去っていく。
残されたのは優羅と女性。目の前に麻婆豆腐があるため、チラッと女性を見やり、蓮華を手にして食べ始める。しばらく女性は隣でそれを見守っていたが、ふいに目を細めて微笑を浮かべた。
「……ふふ、貴女、ハンターよね?」
「…………んぐ、んぐ」
「まだまだ幼い種。順調に育ちつつある種。将来的には期待が持てそうなモノ。私はそう見るわ」
「……んぐ……」
呟くような女性の言葉に耳を傾けている様子はなく、ただただ優羅は麻婆豆腐を食べ続ける。しかし女性はそれに気を悪くした様子はない。微笑を浮かべたまま思い出したように頷いた。
「ああ、まだ名乗ってなかったわね。私は菜乃葉。各地を転々と旅をする流れのハンターよ」
「…………んっ、んっ、んん……」
彼女の自己紹介でさえ烏龍茶を飲みながら聞き流してしまっている。
だがこれは優羅が自分で決めたルールに従っているに過ぎない。突然現れたこの女性は他人以外の何者でもない。他人ならば深く関わらないし、こんな風に突然接してきたならば、警戒心を剥き出しにする理由はある。
故にこのように完全無視で通している。
だが女性はこんな対応している優羅にまだ気を悪くした様子はない。まだまだ優羅に構っている。
「その黒髪……貴女も東方出身なのでしょう? ……この通り、私もそうなのよ」
左側に揺れる黒いサイドポニーを弄りながら女性が微笑する。この世界での黒髪は、主に東方に暮らす人々が多い。それは遺伝的に地毛が黒ということが関係している。西方や中央で黒髪の人を見かければ、それは東方から移り住んできた、という事が考えられている。
恐らくこの菜乃葉と名乗った女性もまたこの東方出身のハンターなのだろう。旅をしているとの事だが、それはこの東方を中心として旅をしていると推測される。だがそれにしても身を包む装備は見覚えがない。一体何のモンスターの素材を使用したものなのだろうか。気になるところだが、相変わらず優羅は無視を続けている。
「お待たせしました」
そうしていると菜乃葉が注文した担担麺が運ばれてくる。香辛料としてファイヤー唐辛子を使用しただけあり、そのスープは赤く染まっている。そのスープと絡まった麺の上には、アプトノスの肉そぼろや刻んだ棍棒ネギなどが盛り付けられている。
「では、頂きます」
「…………んぐ」
きちんと手を合わせて小さく礼をすると、菜乃葉は箸を手にして担担麺を食べ始める。あまり音を立てずに麺を啜って食べていく菜乃葉の手つきは綺麗なものだ。ハンターというものは豪快に食べ進めることが多い。女性でも中にはそういう人はいる。
そうでなくてもさっと食べてさっと出て行くか、仲間と共に談笑する為、これほど綺麗な食べ方をする者はいない。いるとすれば、それは育ちや教育のいいところで暮らしている人か、貴族のお嬢様くらいなものだろう。
食べ進めるにつれてその器に描かれている絵が見えてくる。それは朱色の線で描かれた何かの獣のようだった。
その姿からして……狐のようだ。
「……これが気になるのかしら?」
「…………」
「まあ、いいわ。これは貴女もあまり見た事がないモノでしょうからね。……この獣はね、華国では結構知られる獣なのよ」
そう言いながら軽く首をしゃくる。その先には壁に掛けられている掛け軸がある。優羅は見ていないが、そこに描かれているのは器に描かれている獣と同じものだった。
しかし少し違うところがある。
普通の狐と違い、その尾はなんと九つもある。背景である山に座するようにその九尾の狐が雄々しく描かれているのだ。
「
人々に多く知られる名としては九尾狐が有力だ。それは見ての通り尾が九つもある、という異形の存在だからだ。
そして金煌狐と呼ばれる所以としては、その体毛が金色に煌いているから、という単純なもの。しかし顔は白い毛で覆われており、尻尾の先も若干白が混じっているとされている。
最後に幻狐とはそれが幻だから。何故“幻”と呼ばれるのかは、その存在自体は人々に伝承として知られているものの、その姿を見た者が限りなく少ないのだ。見たものが口伝として知らされ、絵として残されているものの、それでも人々の前に姿を現すことはあまりない。実際に姿を見せる古龍種の幻獣、キリンとはまた違った存在ともいえるだろう。
そして現れる回数も極限に低く、その名前が知られるのに幻のように曖昧な存在。
だがその姿が確認されるのは決まってこの時だ。
国が悪しき方向へと向かった時、その国を滅ぼすかのようにその気配を見せるのである。
九尾狐は人に化ける事が出来るという。恐らく変化の魔法を習得しているのだろう。あるいは他にも魔法を習得している可能性がある。
しかし確実なのは、九尾狐は人に変化する。それも決まって絶世の美女になることが多い。そしてその姿で国の王などに近づき、その身を国の中枢へと置く。そのまま国の中枢から破壊していき、最後にはその国そのものを滅ぼしてしまうのだ。
国の人々にとっては悪政を行う者達への懲罰の象徴として崇められ、「お狐様」と呼ばれている存在なのだが、国側からすれば自分達の国を滅ぼす悪しき「大妖弧」として捉えられている。
また九尾狐もただ国を滅ぼす為だけに姿を見せるだけではない。ただ有り余る力を解放するかのように国から国へと暴れた過去もある。
善の面で取られる「お狐様」と悪の面で取られる「大妖弧」のニ面性を持つ狐。
それが九尾狐である。
そんな風に説明している間も優羅は麻婆豆腐を食べ進めていた。しかも皿はもう空になりかけている。
周りで騒ぐハンター達と、そのハンター達の注文や料理を運ぶギルド嬢が駆け回る音をBGMとして菜乃葉の語りはまだ続く。担担麺を食べる傍らだというのに、その手の早さは変わることはない。
「この華国や東方地方では色々と獣やモンスターに関する伝承が多いのよ。中でも九尾狐は華国では代表格といわれる存在ね。他に例を挙げると、月下に現れる銀狼や、炎の中から何度でも蘇るとされる不死鳥。白き毛皮を持つ虎や蒼天のように青き竜。あのキリンもこの華国では神獣とされているそうね。もしかすると、西と東で伝えられるキリンは似て否なる存在かもしれないけどね」
「…………」
話によるとそれらのモノたちは普通の種族の枠に収まらない域まで進化した存在らしい。菜乃葉が挙げた中では銀狼や白虎がそれにあたるとのこと。己の牙などを磨き上げて種の中で力を持ち、そして種として進化も遂げてしまったモノ。
華国や東方の生物学者達に言わせれば、彼らは古龍とはまた違った驚異的な存在であり、種族の枠を超えた生物。それぞれが属するフィールドに合わせて“大地”、“空”、“海”へと種族の枠を超えるとされている。だが相手が相手だけに調査は難航しており、あくまでも推測の域を出る事はできないでいる。
菜乃葉の話を右から左へと流しつつ食事を終えると、優羅は表情に出さずに考え始める。
勝手に喋り続けた菜乃葉も菜乃葉だが、その話はハンターとしては少し興味深い。少し知るにしては関わる領域が高すぎるということもあるが、知識として覚えておくにしては問題ないだろう。
「冥蛇龍もまたヒュドラ族の進化種とも言えるらしいわ。とはいえただの進化種に収まらないのがかの存在ね。冥蛇龍の進化は蛇竜種の枠を超えて古龍種へと飛躍し、それに留まらずに伝説種の域へと達した」
「…………」
「長い年月を生きたものは、その成長によって力を得る事は普通に有り得る事。でもアレは生物の成長としては度が過ぎた存在でもあるでしょうね。ましてやアレは史実にある通り、様々な国や街へと襲撃を加えているわ。悪しき国だろうと、善き国だろうとね」
冥蛇龍ディス・ハドラーは九尾狐と同じく国を滅ぼす存在として知られている。しかし九尾狐は主に悪しき国を滅ぼすに対して、冥蛇龍は発展した国そのものを滅ぼす。そこに善悪はなく、それはまさしくモンスターらしいといえばらしい。人の事情などに左右されず、そこに豊かな国があれば滅ぼしに行く、という存在だ。
この数百年は姿を見せないが過去の歴史を振り返れば、冥蛇龍が現れればほぼ高確率で国が滅んでいる。人々も冥蛇龍に対抗すべく、軍とハンターを揃えてはいたが、一歩及ばず敗れ去っていたのが現状だ。
だが数百年前、姿を見せた最後のときのこと、人は冥蛇龍に勝利した。討伐こそ出来なかったが、かの存在は華国を滅ぼす事が出来ずに西方面へと撤退していった。だが同時に華国も大打撃を受けており、それに乗じて現在の王の祖先が王権を奪取。それまで以上の政策を用いて国を建て直し、豊かにし、現在の華国があるという。
「竜人族が魔族へと進化したように。あるいは魔族が更なる進化をしたように。モンスターたちも力を得て更に進化する。そして彼らは進化には収まらないほどの変化を遂げる。力を得る為に、更なる高みへと上る為に。それは最早進化ではなく飛躍ね。そしてそれはハンターとて同じ事」
「…………」
「ハンターもまた命を懸けて戦いに赴く。その中の一握りは積み重ねた経験や状況判断、そして己の力を図って大局を見極めたその時、ハンターもまた飛躍する。ハンターだけじゃないわ。人だって条件次第で飛躍する。……もちろん、貴女だってね」
「…………」
目を細めて微笑を浮かべつつそう呟く。一体何を言っているのかと優羅はつい菜乃葉へと視線を向けてしまった。
「こうして見ると、貴女もいいモノを持っているわ。そして飛躍する事で更に素晴らしいものになると思う。……そう、今はまだ小さな種。経験や積み重ねた実績という名の養分を受けて成長すれば、貴女は今以上に、あるいは普通に成長した以上のハンターになれる。私はそう見ているわ」
「…………」
モンスターの事を話していたと思ったら、今度は優羅のことだ。その饒舌さは優羅にとっては初めて相手にした事だ。ここまで無視で通してきたが、そろそろ限界が近くなってきている。それに食事は終わった。もうここにいる意味はない。
そう思っていたのだが、菜乃葉は軽く微笑を浮かべて優羅を見やる。
「……生き続けるのは幸せ?」
「……なに?」
その言葉に思わず反応して立ち止まってしまった。それが菜乃葉には面白かったらしく、その笑みが深くなる。
「やっと反応してくれたわね、嬉しいわ」
「…………」
「それで、どう? 見たところ一人で旅をしているようだけれど、そうやって過ごしていて楽しい?」
「…………あんたには関係ない」
初めて出会ったばかりでどこまでつっこんでくるというのか。普通優羅でなくてもここまでやられては黙っていられない。睨みつけるような視線を向けるが、それでも菜乃葉は笑みを崩さなかった。
「そうね、関係ないわね。でも貴女みたいな娘がいれば気になってしまうものでしょう? ……それにその目。孤高を貫き、誰も寄せ付けない目。自分以外は全て他人、敵。絶対に関わりあいにならない。そんな感情が見えるわね。……でも誰かを想っているかのような感情が隠れている」
「……!」
「あら、図星? ふふ……若いわね」
くすくすと声が漏れるほどの微笑……いや、冷笑なのか?
その妖艶な笑みはただの柔らかそうな微笑みには思えなかった。まるで相手を見下しているかのような雰囲気が隠れている。……あるいはわざとそういう雰囲気を見せているのだろうか。だとすれば悪質だ。
「貴女がどのように日々を過ごしていくかは勝手だけれど、それで死んでしまったら貴女が想っている相手が悲しむんじゃないかしら?」
「…………」
「まあハンターなのだから死ぬ時は死ぬでしょうけどね。でも一人で行動し続けるのもあれよね? 一人でいる事は楽なのかもしれないけど、それはある意味自分の命を普通以上に運命へと賭けている事に繋がっているわ。その賭けに勝利した報酬は大きいかもしれないけれど、運命に抗うにしては少々無謀が過ぎるんじゃないかしらね?」
「……それもあんたには関係のない事」
そう言い残して優羅はさっさと会計を済ませて食堂から去っていく。そんな彼女の背中を菜乃葉は目を細めて見送った。
○
一体何なのだろうかあの女。勝手に座ったと思ったら勝手に一人で喋り続ける。東方出身と言っていたけど、なるほど、確かに東方の人々は何かと縁を大事にする傾向がある。昔から旅人が多く、街道の途中に茶屋があったりするのが特徴であり、そこで出会った旅人と話をして盛り上がったり、共に旅をしたりしたという話だ。
だがあの女はそういうものじゃなさそうだ。こんなアタシの隣にわざわざ座り、喋り倒してくる。
理解できない。
とはいえ語られたモンスターの話は覚えておくだけ覚えておくとしよう。特に九尾狐のくだりは興味深い。
狐といえばアタシたち東方人とは縁がある相手だ。野生にいる狐とも何度か遭遇しているし、東方にはただの狐ではなく牙獣種としての狐も存在している。それの最高位と想われる九尾狐。いずれ調べてみるとしようか。
あとは冥蛇龍。伝説種のくだりが書いてある書物のタイトルにもあるほどにこの地方では縁がある。あの女の言う通りこの数百年は出現していないようだが、東方人や華人にとっては宿敵とも言える相手である。かの存在を忘れないよう書物だけでなく歌にもされているそうだ。
だが一番不愉快なのがアタシの心を見透かすかのようなあの眼差し。
それに加えてあの笑みが不愉快な心を高めていく。
あそこまで目の前にして不愉快になった存在はいなかった。
まさに不愉快の塊。
……まあ見た目は美人という枠に収まっているだろうが、中身が最悪というものだろう。
しかし何故だろうか。
アタシはあの女がどうも他人じゃないような気がしていた。
あの見た目だからか?
黒い長髪で長身な女性。
まるでアタシの母親によく似ていた。
つまり死んだ母親を思い出させるかのような見た目が、アタシをそんな感情を持たせたのだろうか。
「……ふん」
別に寂しいなんて思っちゃいない。もうそんな気持ちは薄れ始めた。
それだけ1年という時間はアタシに「寂しい」という感情を忘れさせていく。いつの間にか昴と紅葉も夢に出なくなっていた。
それは同時に一人ということに慣れてきたということでもあるのかもしれない。あの頃はよく出てきた二人の姿はまだ覚えている。でももしかすると、いずれはその姿を忘れてしまうかもしれない。
人というものは長く会っていないと、その姿、その声を忘れていくという話だ。
そんなことは絶対にあってなるものか、とは思っているが、最近どうもあの姿と声がぼやけ始めたように思える。
あの頃の思い出を過去のものにしていっている。つまり思い出は遠き日となり、あれらを思い出そうとすると、記憶の海の彼方から手繰り寄せようというのか。
……くそ、不愉快だ。
どれもこれもあの女のせいだ。八つ当たりかもしれないけど、あの女のせいという事にしておく。
それにあの言葉。
ずっと忘れていたけど、あの言葉はあの日に聞いた言葉だった。
『生き続けるのは幸せ?』
偶然か?
それとも……?
というか幸せってなに?
そんなものはあの日に全てなくなった。もう縁がないもの。再びそれに出会うとするなら、それはあの二人に再会した後だろう。
何にしてもあの女とはもう会うことはないだろう。というか会いたくない。
アタシは足早に自分の部屋へと戻っていった。
明日はクエストを受けよう。この不愉快な感情を狩る相手にぶつけてやる。
○
「……さて、実に楽しい一時だったわね」
そう呟きながら菜乃葉はグラスに注がれた烏龍茶を飲み干していく。既に担担麺は食べ終わっており、食後に一息ついている様子だった。
そしてまだ微笑は消えておらず、先ほどの様子を思い返しているようだった。優羅にとっては不愉快だったが、彼女にとっては本当にいい時間だったようだ。
「これで進化するならそれで良し。しないならしないでも良し。……そう、実に縁とは奇なるものよね。この私の気まぐれがあろうとも、あの娘は変わりゆく。……ああ、実に楽しみな事よね」
自分と彼女は浅はかならぬ縁がある。その縁は単純だが広く見れば複雑だ。
優羅は知らないが、この件に関しては絶対に知りうることではない。菜乃葉が、あるいは彼女が口にしない限りは知ることは不可能。
そして菜乃葉自身は今は口にする気はない。
「何にせよ、明日が楽しみね。……ふふふ」
目を閉じて微笑を浮かべ、菜乃葉は懐から代金を取り出して机に置いた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
少しして一人の少女がその席のことについて気づいた。さっきまで座っていた女性がいなくなっているのである。そこにあるのは麻婆豆腐の皿と、担担麺の器。そして空のコップが二つ。器の傍には担担麺の代金が丁度置かれていた。
「いつの間にいなくなってたんだろう……あの人」
「なにが?」
「え? いたでしょ? 赤い髪に赤い装備をした女のハンターさんが」
至極不思議そうにしながら、その少女が首をかしげる。この少女は優羅に麻婆豆腐を運び、菜乃葉に注文を取り、担担麺を運んできた少女だ。そしてもう一人の少女はまた別の客の相手をしており、二人の事をあまり見ていない。
だが彼女の口から語られたのはその少女にとっては信じがたい事だった。
「……え? いたっけ?」
「え?」
「この辺り走り回ってたけど、ここにいたのは子供だけだったよね?」
「……嘘。いたよ、絶対! だって私、注文取ったり、料理を運んだんだよ!?」
それは確かにあった事実。でなければコップが二つもないし、料理も二つあるはずがない。優羅が二つとも食べてしまった、ということも考えられるだろうが、それだとコップを二つも用意することはないはずだ。
そんな事を聞いていたもう一人の少女が少し考えると、その少女の肩に手を置いて苦笑を浮かべた。
「もしかしてあんた、狐につままれたんじゃない?」
「……そう、なのかな……?」
「まあだとすると、この店にお狐様がいらっしゃったのかもしれないってことになるけど……ま、そんなのあるわけないよね」
片や実際に会っていたというのに、その外見的特徴を間違えていた少女。
片や周りを走り回っており、視界に優羅がいたというのに菜乃葉を視認していなかった少女。
……そして実際に隣に座っていた優羅。
残された器と代金は確かにここにある。だが三者三様の結果が残されてしまった。
はたして誰が正解なのだろうか。
それとも誰もが間違っていたのだろうか。
その真実を知る者は誰もいない。