深い闇の中にアタシはいた。周りを見回しても誰もおらず、そして足元がきちんと存在しているのかも怪しい。そんな不安定な世界の中、アタシは存在していた。
一体何事かと少し考えてみて、これは夢ではないかという結論に至った。
しかしこんな夢なんて久々だな。というか夢を見たのでさえ久しぶりな気がする。
アタシが眠る際は、大体浅い眠りが多い。それは野宿をする際に辺りを警戒しながら眠っているせいだ。周りに気を遣っているのに慣れてくると、こんな眠り方を習得してしまった。これもまた生き残る為の術。
だから夢を見ることも少なくなってくる。見るとすれば宿に泊まっている時だけど、それでも慣れた体は夢を見せてはくれなくなった。
それにつれて昴達も夢に現れなくなってきた、というわけだ。
……目を閉じて二人の顔を思い出してみようとする。すると、やはり二人の顔がぼやけ始めている。たった一年でこうなるのは異常なことなんじゃないだろうか。
ああ、アタシは壊れてるんじゃないだろうか、とつくづく思ってしまう。
そんな事を考えていると、目の前が微かに光が灯る。ここに来て初めての変化だった。その光をじっと見つめていると、何やら影が浮かび上がった。
その数は二つ。
実体を持たずにゆらゆらと光の中に揺らめいている。
「…………」
アタシはその影が何なのかを見極める為に歩き出す。だがその距離は縮まらない。
確かに前に向かって歩いているはずなのに、何で距離が縮まらないのだろうか。
それに二つの影は、じっとアタシを見つめている気がした。
それであの影が一体何なのか目星がついた。
あれは昴と紅葉だ。そうに違いない。
でも何で影だけ?
ついに姿まで思い出せなくなった?
そんな事はない。
二人の姿はちゃんと覚えている。ただぼやけているだけだ。あんな風に誰かわからないくらいまで忘れていない!
その時、光の奥から熱風が吹き荒れ始めた。アタシたちを取り囲むような動きで炎が動き、同時に影に光が当たって二人の顔が見えた。
あの頃と変わらぬその姿、顔。
それに安心すると同時に、炎に当てられる二人が遠くなり始めた。それでも二人は変わらぬ表情でアタシを見つめる。
それはどこか優しげな笑顔だった。いつもアタシを見守ってくれたあの笑顔。それだけはアタシは覚えていた。そして忘れたくない表情でもある。
だってあの二人はアタシにとっての兄と姉。そして昴はアタシの――
目が覚めてアタシはすぐに頭を右手で押さえて先ほどの夢の事を思い返してみる。
覚えている。
ああ、確かに覚えている。
アタシは忘れていない。忘れたくもない。
二人の事など忘れるはずもない。記憶の海に沈むはずもない。
だというのにアタシは二人が遠くなっていくような気がして、こんなにも不安な気持ちを抱えていた。
……やめだ。こんな風にうじうじ考えるのはアタシらしくない。アタシはきちんと二人を覚えている。それでいい。
大丈夫。アタシは一人でも大丈夫だ。もう寂しいなんて思っちゃいない。
さあ、食事にしよう。
アタシは食堂へと下りていった。
食事を終えてハンター装備へと着替えると、アタシはギルド支部へと向かっていった。昨日寝る前に考えたように、クエストを受けてこの鬱憤を晴らしてやる。
クエストボードへと向かうと、既に何人かのハンターがクエストを探していた。とはいえその数は数人程度。地方ということもあってこれが普通。その中にアタシも混ざる事にする。
さてどんなクエストがあるだろうか。
ドスジャギィ討伐。これはもう充分にやった。初めてやったあの時に比べて余裕を持って挑む事が出来る。素材も充分にあるし、これ以上手に入れても売るくらいしか出来ない。
ドスファンゴ討伐。これも同じく。素材はアタシにとって必要ないもの。大きな骨もある程度集まっているからもういらない。
ドスランポス討伐。ドスジャギィと同じく。ランポスシリーズは必要ない。
とはいえ、何かクエストを受けたい気分なのも事実。これはもはや群れのリーダーを相手にするべきか、と考えていると、一人の女が依頼書を取ってカウンターへと向かっていった。
「これ頼みますわ」
「はい、砂原のリオレイア討伐ですね。受理いたします。お気をつけて!」
「ああ。ほんじゃ、行ってくるわ」
砂原?
ああ、確かここから数日かけて向かった先にある山岳部と砂漠が混じったフィールドだったか。
ふむ……砂原を経験してみるのもアリかもしれないな。
そう考えて砂原のクエストがないかと探してみると、ドスジャギィがすぐに見つかった。だがその隣には別のものも張られている。
クルペッコ討伐。
「…………」
クルペッコといえば鳥竜種に属する飛竜の末端クラス。この地方のハンターからすれば、飛竜の登竜門とも言える相手らしい。もちろんアタシにとっても登竜門になるんじゃないだろうか、と考えていたのだが、果たして今のアタシに倒せるだろうか。
実力はついてきたと思う。一年前に比べて経験も重ねているし、鍛練も欠かしていない。
しかし相手は末端とはいえ飛竜。油断すればアタシは死ぬだろう。
もう少し経験を重ねてから挑んだほうが無難だろう。普通ならばそう考える。
だが今のアタシはどうも不完全燃焼状態。よほど昨日の一件が尾を引いているようだった。自分で自覚する分には問題ないだろうが、それでもアタシは何故かそのクエストを手に取っていた。
「やめておけ」と止める声と、「倒せるはずだ」と勧める声がある。
どちらもアタシの中に響く声だ。
しばらくどうするかを考えていたが、やがてアタシはそれをカウンターへと持っていった。
「はい、こちら…………え?」
「…………」
「あの……本気ですか?」
それにアタシは頷いた。
この受付嬢の反応は当然の事だろう。子供のアタシが飛竜であるクルペッコに挑もうというのだ。止めるのが普通だろう。
じっとアタシを見つめた受付嬢はやがて一息ついた。
「死ぬ覚悟はあるんですね?」
「…………そんなもの、ハンターになったときからある」
「……そうですか」
ハンターは常に死と隣合わせ。そんなのはハンターとなる前から知っていることだ。両親がハンターだからこそ、それはひしひしと感じていた。
そしてこの一年で嫌でも自覚する。それでもアタシは歩みを止めず、己を高めてきた。
だから言われずとも覚悟はある。それで死ぬようならばアタシはそれまでの事。
でも死ぬわけにはいかない。
例え死ぬような事があっても必至に抗ってやるさ。
そんなアタシに感じるものがあったのだろう。受付嬢は表情を引き締めて小さく頷いた。
「……わかりました。ではこのクエストを受理いたします」
そう言って依頼書に判を押す。大して反対もなくクエストが受理されてしまった。
これには二つの理由があった。
一つはアタシのランクがこのクエストを受ける事が可能なレベルに達している事。
ハンターにはランクが存在し、レベルが足りなければクエストを受けられない時がある。低レベルなランクならば飛竜討伐クエストが受けられないし、それなりのランクがあったとしても、グラビモスなどの上位飛竜と戦うことは出来ない。
また大きくわけて下位、上位、G級というランクも存在しており、当然ながら下位ハンターが上位クエストを受ける事は不可能。
そしてもう一つはギルドの受付嬢はハンターの意思を尊重しているという事。受付嬢はハンターからクエストを受けるのが仕事であり、ハンターが受ける意思があればそれを拒否する事は出来ない。それが例えアタシのような子供であったとしても。
この二つの要因があり、アタシはクルペッコのクエストを受ける事が出来たという事だ。
「では竜車の手配を致しましょうか?」
「……いや、アプトルでいい」
アプトルならそんなにかからずに行けそうだ。何回か乗った事があるし、場所を確認すれば問題ないだろう。クエストの受注も完了したし、早速準備をしてくる事にしようか。
アタシは自分の部屋へと向かって歩き出した。
○
「~♪」
その様子を眺めつつ、何かの歌を口ずさんでいる女性が一人。壁に背をあずけてずっと優羅を見つめていたのだ。
その様は実に絵になっている。その容姿はまぎれもなく美人に属するだろうし、その歌声も綺麗なものだった。ハンター達が集まるこの場所でそんな人物がいれば、誰もが振り返るだろう。
しかし誰も振り返らない。まるでそこに誰もいないかのようにその視線が彼女――菜乃葉へと向けられていなかった。
クルペッコ討伐クエスト。彼女がそれに行く事はわかっていた。問題はこのクエストで彼女がどうなるか、だろう。
飛竜の登竜門の一つ、彩鳥クルペッコ。彼女がここで進化するか、それとも立ち止まるのか。あるいは……死ぬか。
そして彼女が口ずさんでいる歌。これは遠い昔に作られた歌らしい。吟遊詩人などが各地を回ってそんな歌を歌いながら、人々に歌を届けているという話だ。
歌は人に影響を与える。
心を揺さぶる歌、自然を称える歌、悲恋の歌、誰かを想う歌……。
それを聴いた人は何かに共感して反応を示すという。
菜乃葉が口ずさんでいるのは悲恋の曲らしい。その歌詞に共感できる人はいるようだが、菜乃葉が知っている限りでは今のところはいなかった。
「……ふぅ。さて、行くとしましょうか」
やがて歌い終わった菜乃葉は一息ついて壁から離れた。
優羅が向かう先は砂原。そこでクルペッコと戦いを繰り広げる。彼女がどうなるか楽しみな菜乃葉としてはこれを見届けようと考えている。
ならば彼女が取る行動は一つ。
ギルド支部を立ち去り、どこかへと消えていく。その様子もまた誰も気に留めることはなかったのだった。
○
さて、準備を終えたアタシはアプトルなどを借りられる場所へと向かう事にした。これから向かう砂原は昼と夜とで気温に差があるのが特徴。昼はクーラードリンクを、夜はホットドリンクを飲む事で、気温に対する耐性をつけなければならない場所があるという。
到着する時間帯の目処がつかないため、一応どちらも購入しておいた。
また昨日の鍛冶屋に向かい、ジェイドストーム回収しておくのも忘れていない。調整は完璧であり、あの店主の腕前がよくわかるというもの。
そして今、目の前には一頭のアプトルとそれを引いてきた男がいる。アタシがハンターであり、何のクエストに行くのか聞いた際に男が驚いた顔をしていたが、ギルドカードを見せる事で黙らせた。クエストを受注し、アプトルを借りる事を伝えた事はここにも届いている。この決定は絶対であり、この男が異を唱える事は出来ない。つまり男の判断でアタシを行かせない、なんてこともまた不可能。
アプトルを受け取ると、すぐにその背に付けられている鞍へと飛び乗る。手綱を手にしてアプトルに指示を出し、アタシ達はクエストが行われる砂原を目指した。
通常竜車を使って数日かかる距離を、アプトルを使うことで一日半で到着した。やはりこのスピードは驚くものがある。それと引き換えに、多少の荷物を積んでいけないという欠点があるが、アタシにとっては関係のない事だ。このローブがあるからこそアタシは少ない荷物でクエストに向かえる。
とはいえ現地ではローブは置いていく事になるのだが、罠などならばポーチに入れていくことが可能だ。しかし爆弾に関しては絶対に持っていけない。ローブをつけたままなら持ち歩けるが、ポーチに入れることは不可能なのが爆弾の欠点。小タル爆弾は例外だが、大タル爆弾などを持ち込みたければ竜車に付けられている荷車に乗せるしかない。
しかしアタシはこの通り子供の為、爆弾を積んだ荷車を引いて歩くことが出来ない。だから今までのクエストでは爆弾は使っていない。
ベースキャンプが作られる場所で今回のクエストで使用する弾を用意し、持ち込むアイテムをローブからポーチへと移していく。その作業をしていると、向こうから竜車がやってきた。すぐそこに到着すると、乗っていたギルドで働いている男が荷車から支給品ボックスが届けられる。アプトルに乗ってフィールドに向かった場合は一応下位クエストの為この近くの支部が用意し、こうやって支給品ボックスが普通に届くようになっている。
それを届け終え、テントを組み立てた男はそのまま礼をして去っていく。荷車は申請すれば置いてもらえるが、アタシは必要ないためにそのまま持って帰ってもらう。
全ての準備が終わるとローブをテント内に置き、ジェイドストームを腰に挿してアタシは地図を確認する。
この砂原は全部で11のエリアがあるようだ。そして今は夜。ホットドリンクは必需品。どこが特に低い気温のエリアなのかは実際に行ってみないとわからない。それにそこにクルペッコが現れるかもわからない。
だからまずは行動しなければ。
ベースキャンプを出、アタシはエリア1へと足を踏み入れていった。
そこは少しなだらかな丘だった。しかし草が多く生い茂っているわけではなく、乾燥した空気が満ちる場所である。所々岩があり、数本の木が生えているくらいだった。
あとはアリ塚というものが聳え立っている。ああいうものは初めて見た。
そして木の近くには初めて見るモンスターがいる。鈍色の体にブロス系統のような襟飾り、そして小さな角を持つ四足歩行するモンスター。
前に見た図鑑の情報を思い返し、あれはリノプロスというものだと思い出す。確か草食性だが、縄張り意識が強いことで知られる。敵が近づけば追い払う為に突進してくるんだったか。
だが視力が多少弱いらしく夜であることと、この距離によって気づかれていない。無駄弾を使いたくないので交戦は望ましくない。少し離れたまま、真っ直ぐに進んでいってエリア4へと移動した。
エリア4は少し広さがあるようだが、先ほどのエリア1に比べると岩が多いようだ。そして同じようにアリ塚がぽつんと立っている。地図に寄ればここからさらに四つのエリアに移動出来るようだけど、その内の二つは除外できそうだ。
エリア5はジャギィ達の巣になっているし、エリア6は小さな洞窟となっているらしい。この二つにはクルペッコはやってこないだろう。
そんな事を考えていると、少しそこにジャギィ達がうろついていた。しょうがない、ここもスルーするか。
そう考えているとこのエリアの空気が変化し始めた。ジャギィ達もそれを感じたようで、顔を上げて辺りを見回している。
「…………」
アタシもジェイドストームを手に取り、一つの弾を選択して装填する。その作業をしていると夜空を飛行していた影が停滞し、このエリアへと舞い降りようとしている。近くにあった岩へと身を潜め、アタシはその存在を見据える。
強く羽ばたきながら風圧を巻き起こし、エリア中央にゆっくりと着地した。
「ギャアギャア!」
ジャギィ達はその存在に対して威嚇するようにそれぞれ吼えている。小さな体をした彼らはその存在へと抗おうとしているが、その存在はそんなジャギィ達を見据えて首をかしげている。
主に緑を中心とした体色をしており、特徴的な喉袋は赤く染まっている。茶色の足はしっかりと大地を踏みしめ、翼の先には何かの突起がついている。よく見れば石にも見えなくもないが、図鑑によればあれは武器の一つらしい
何度も何度も吼えられて奴もそろそろ苛立ちがきたのだろうか。大きく息を吸うと喉袋もそれに従って膨らみ始めた。
「グアアアアァァァァ!!」
その口から発せられたのはどう考えても鳥竜種が放つような咆哮ではない。聞いた事はないけど、たぶん飛竜種が発するような咆哮じゃないのか?
だがその疑問はすぐに解消された。
図鑑に全て書かれてある。
クルペッコは他のモンスターの声を真似る事が出来るという。元々戦いを好まない性格をしており、この真似した声で外敵を追い払ったりそのモンスターの仲間を呼び寄せたりする事も可能らしい。
そして今のは敵を追い払う為の咆哮。どこかの飛竜の声を真似てきたんだろう。それを受けてジャギィ達は威嚇をやめて逃亡を選択した。まあ、当然の結末といえるかもしれない。
アタシにとっては邪魔な奴らがいなくなった、という点で喜ぶべきだろう。
「……さて」
岩陰からジェイドストームを構えてクルペッコを狙う。奴は外敵を追い払えた事に満足したのか、リラックスして体を震わせている。
しかし残念な事に敵はまだいる。
そう、このアタシだ……!
「…………」
引き金を引いて弾を射出し、それは狙い通りにクルペッコの翼に命中した。着弾した弾はピンク色の液体と匂いを発生させ、アタシに奴の位置情報を教えてくれる。
ペイント弾。
ペイントボールと同じ効果を内包した弾。ボウガンから射出する為、手で投げるペイントボールよりも遠い距離から相手をペイントする事が可能だ。そして近づかなければペイントできないペイントボールと違い、ペイントした後でも気づかれない可能性を持つというメリットがある。実際クルペッコは自分についた液体と匂いに首をかしげながらもまだ少々リラックスした状態だ。
だが突然こんなものがついた事で警戒心も生まれたらしく、先ほど以上に辺りをキョロキョロと見回している。アタシにとってそれは弾を装填出来る時間に等しい。
弾の出し惜しみはしない。今はただ奴を狩るのみ。
アタシにとってこれが初の飛竜戦。ここで止まるか進むかの分岐点ともいえる。だからアタシの持ちうる力をここでつぎ込んでやるのだ。あとは当初の目的でもある鬱憤晴らしとしてでも力を惜しむ事はない。
一つの弾を装填し、照準を合わせて引き金を引く。同時にアタシの体も反動によって軽く後ろへと流されてしまった。
しかし弾は狙い通りにクルペッコの背中部分へと着弾し、三つの破片をばら撒いて爆発した。
「クエエェェ!?」
拡散弾Lv1と呼ばれる弾。着弾点から破片をばら撒き、爆発によってダメージを与える。ボウガンの弾の中では徹甲榴弾と同じかそれ以上の威力を持つといわれている。しかし威力と引き換えに反動が大きくなっているのが特徴だ。
去年まではその反動の大きさによって撃てなかったけど、少し鍛えられた今となっては多少は撃てるようになっている。
しかしその弾の性質上徹甲榴弾と同じく一発ずつしか装填出来ないことが多い。その為こうして一発撃つごとに装填しなければならないのがネックだ。更にアタシの腕の影響により、まだLv2以上は撃てない。
別の弾を装填すると、クルペッコはようやくアタシに気づいたようだ。流石に弾が飛んできた方向を把握すれば気づくだろう。
だが問題ない。
既に弾は装填済み。こちらに向いた胸へと引き金を連続して引いていく。今度は着弾点から冷気が発せられ、クルペッコは着弾する度に小さく悲鳴を上げながらぶんぶんと体を震わせている。
今度使用したのは冷気弾。図鑑によればどうやらクルペッコは氷属性が弱点らしい。その為冷気弾とその素材である氷結晶を持ち込んでおいた。加えてボウガンを使用するならば、胸を狙うといいと図鑑にあった。つまり胸が有効箇所という事。
「クエッ、クエッ、クエエエェェェ!!」
そしてクルペッコは新たなる敵であるアタシに向かって威嚇するように翼を広げて声を上げた。
これがアタシたちの戦いの本格的な幕開けとなる。
最初に動いたのはアタシだった。クルペッコは威嚇こそしたが、動き出すのはまだ遅かった。まだ体を震わせており、その赤い喉元を何度か膨らましたりしていた。その間にアタシは横へと回りこみ、装填し終えていた冷気弾を再び射出していく。それも全部胸に着弾させてやり、確実にクルペッコにダメージを重ねてやるのだ。
相手は飛竜。今までの相手と違って生命力も差があるだろう。だから有効的な攻撃を与えていくしかない。でなければ間違いなく長期戦になってしまう。
「……ブ、クエェェ!!」
冷気弾の射出が終わったのを見計らってクルペッコは嘴から緑色の液体を吐き出した。
「……っ!」
それを後ろに跳ぶことで回避する。液体はべちゃり、と音を立てて地面に着弾し、なにやら妙な匂いが漂ってきている。それに少し気を向けていると、クルペッコは翼を打ち合わせ始めた。それに伴って翼爪が火花を散らしている。
「……火打ちか。となるとこれは……」
思い出した、と感じたと同時にアタシは更に後ろへと下がる。その数秒後にクルペッコはアタシが先ほどまで立っていた場所へと勢いを付けて火打石のように翼爪を打ち合わせた。すると足元に着弾している液体が火花に反応して発火する。
足元が燃えているにも関わらず、クルペッコは動揺した様子はない。あの程度の炎などどうということはないようだ。
そしてあの記述が本当だということも判明した。
クルペッコが吐き出す液体は発火性が強いという説だ。これをハンターや襲い掛かってくる敵へと吹きかけ、翼爪で発火して攻撃する。もちろんただ純粋に翼爪による爆発でも充分威力は持っている。アタシがあれを受けてしまったらただじゃ済まないだろう。
さて、どうするか。
攻撃手段のうちの二つをこうして見た。片方は受けてもまだマシな方だろうが、片方は致命傷になりかねない。
最初の内に飛竜と戦うなら距離を取って戦うのが有効と言われているが、それは正論だろう。慣れない内から無闇に特攻など愚者の極み。それにアタシはガンナーだ。元より距離を取って戦うのが基本。
「…………」
クルペッコを視界の納めたまま次の冷気弾を装填する。するとクルペッコは軽く首をかしげつつ体を震わせた。同時に喉袋も伸縮を繰り返しているところを見ると、また何かをしてくるな。
「クルル……クルェエエ!」
再び吐き出される発火性の液体。しかも今度は三連続して吐き出されたばかりでなく、回り込むように回避するアタシを追尾するように顔を動かしながらの吐き出しだった。
しかし三連続で終わってしまい、そこに隙が生まれた。それを見逃さずにジェイドストームを構えて冷気弾を再び胸へと撃ち込んでやる。
「クエッ、クエエェェ!?」
少しずつ胸のダメージが蓄積していってるようで、苦痛を感じたような悲鳴を上げる。
すると横にステップしながらまた翼爪を打ち合わせ始めた。なんだ、あれは……?
少し気になるところだけど敵意はなりを潜めている。ならば今ならアレを撃てるか?
そう考えながらベルトから一つの弾を取り出す。それを装填していると、ステップを終えて喉袋を震わせながら今までとは違う鳴き声をあげ始めた。
「……声真似? ……いや、能力上昇か……!?」
舌打ちしながらアタシは装填した弾を射出する。それは狙い通りに喉袋に着弾し、一間置いて爆発した。
「グエエェェ!?」
この衝撃によって鳴き声は止まってしまい、よろめいて体勢を崩している。
図鑑によればクルペッコの鳴き声は自身の声と声真似だけには留まらない。独特の声を重ね合わせる事によって、空気中の粒子に影響を与えて自身を強化することが出来るらしい。
その鳴き声は狩猟笛の演奏と同じ効果を持っているとのことだ。それぞれ攻撃強化、防御強化、回復の効果のどれかを発動させるという。となれば邪魔して正解だったな。
そんなことをやられてはこっちとしては不利以外のなにものでもない。
「……さて」
能力上昇は阻害できていいとして、ダメージはどれほどまでになっただろうか。一応スキルとして罠師が発動している。これによって罠の展開は若干早くなっている。そろそろ仕掛けるべきか?
罠はシビレ罠と落とし穴両方持ち歩いている。そして素材もまた持ち歩いている。アタシ一人でやるからこれらの存在は必要なものになっていた。慣れた今となっては出番は少なくなっているけど、今回はフルに持ってきている。
「……やるか」
睨み合いの状況をいつまでもやっているわけにはいかないだろう。手順は……あれでいいか。本来なら爆弾も付けるべきだろうけど、生憎とアタシには持ち込めない。ならばこの手順でいい。
効率的にダメージを重ねて敵を倒す。こんなアタシが勝つためにはそういう布石が必然的に必要になってくる。そして有効箇所の把握もまた必要な事だ。図鑑を読み漁ってちゃんと情報を得て望んでこそ、アタシは生き残れる。
さあ、仕掛けるか。
アタシはジェイドストームを右手に構えつつ、左手をポーチに伸ばして一つの物を取り出した。そのまま後ろに下がりつつしっかりとコレを握り締め、一定の距離を取った後に地面に付ける。しっかりと歯が地面に付いたのを確認してピンを抜くと、中心部から微弱な電気が発生した。
そしてその罠に、後ろから追いかけてきたクルペッコが引っかかってしまう。
「ク、クエッ!?」
シビレ罠による麻痺毒を受け、動きを止めてしまったクルペッコ。これよりクルペッコに一気にダメージを与えてやる。
まずは装填を終えていた徹甲榴弾Lv1を無防備になっているクルペッコの胸へと撃ち込む。すぐに次の徹甲榴弾Lv1を装填し、間を置かずに胸へ。
だが徹甲榴弾はこれで終了だ。次に肩から提げているベルトから三つの弾を取り出して一気にジェイドストームへと装填。更に一発の弾を口に咥え、三つの弾を一気に射出。狙い通りに胸へと吸い込まれていくのを確認しながら、口に咥えたものを装填、射出。
しかしまだ落ちないようだ。ならばもう四発撃ち込むか。
素早くベルトから同じ弾を取り出し、一つは口に咥えて準備完了。同じようにクルペッコへと射出する。
「ク、ク……クェェ……」
するとようやく変化があった。麻痺が解けたとたんに眠り始めたのだ。
睡眠弾。睡眠効果を持つものを調合して作り上げた弾だ。三発撃ったのがLv1、一発がLv2。装填数の問題でこうなっている。眠り毒に耐性があれば、何発も撃ち込まないといけないが、相手の動きを止められる、という点でいいことだ。
何はともあれ眠ったならいい。次に使う弾を三つ装填し、ジェイドストームを腰に戻す。ポーチに手を伸ばして一つのアイテムを取り出し、眠っているクルペッコの懐に潜り込んでそれをセット。ピンを引き抜くと、そこを中心として円状にネットが広がっていき、周りの土を柔らかくしていく。
それを確認しながらさっと距離を取り、ジェイドストームを構えつつまた弾を咥える。
「……ク、クエエエェェッ!?」
やがて自らの重みに耐え切れずにクルペッコが落とし穴へと落ちてしまう。目覚めれば自分は落ちている。それに混乱しているようだが、何とか這い上がろうと翼を動かしてもがいている。
でも残念、そうそう自由にさせてやらない。装填した弾を射出し、すぐに次の弾を装填して射出。それらが着弾すると、そこから微弱な麻痺毒が広がってクルペッコを苦しめる。
今撃ったのは麻痺弾。相手を麻痺にさせてしまう毒を内包した状態異常を負わせる弾の一つ。装填数は睡眠弾と変わりはない。先に撃ったのはLv1、次がLv2だ。これらだけでは麻痺にはならないらしく、アタシはすぐに次の弾を取り出して装填した。
そして睡眠弾と同じく、Lv2まで撃ってクルペッコは麻痺状態になった。それも落とし穴に嵌ったままで。
だらしなく穴の中から顔と翼を出した状態でぐったりとしている。
すべては狙い通り。
隙だらけなクルペッコに一気にダメージを与えてやる事にしよう。続いて選択したのは通常弾Lv2。このジェイドストームはこの弾の速射機能を持っている。一発で五発分の弾を射出するため、ダメージ稼ぎにはいいだろう。
狙いはぐったりしているクルペッコの頭部。それも目を狙う。もう片方は地面に付いたままのため狙えないが、目を潰すのは以降のためにもかなり有効な一手。
容赦なんてしない。すべては勝つために、生き残るために。
引き金を引けば一気に五発の弾がクルペッコへと向かっていく。だがそれでは終わらない。引き金を連続して引いていき、クルペッコの右目へと通常弾の嵐が襲い掛かっていく。
「グ……グエ、グエエェェ……!?」
目は生物にとっての急所であり、それを傷つけられれば、壮絶な痛みが襲い掛かる。しかし動けないが故に目は開いたままであり、クルペッコはただそれを受け続けるのみ。装填と射出を繰り返すこと数秒、遂にその右目は完全につぶれてしまった。
「ゲエエエエェェェェ!?」
断末魔に近い悲鳴が響き渡る。右目からはおびただしい量の血が流れ、麻痺毒の効果がある中でも、痛みによって微かに顔が動いてしまっている。いや、もう少しすれば麻痺毒が完全に解けてしまう兆候か。
それでも攻撃のチャンスに変わりはない。まだいける。
通常弾Lv2を装填すると同時に、口に一つの弾を予め咥えておく事にする。銃口から通常弾Lv2が一気に射出され、今度は目ではなく頭へと連続して命中する。しかし無傷だった部分に通常弾を連続して撃ち込んだとはいえ、そんなにダメージを稼げたようには思えなかった。
そこで仕上げとなるのがこの弾。口に咥えたものを装填し、同じ場所へと撃ち込んでやる。それは着弾して一間置き、爆発を起こした。
「クエエェェェ!?」
そう、徹甲榴弾Lv1。
予め通常弾で傷を作っておき、その傷にめり込むようにして徹甲榴弾を撃ち込んでやった。こうすることで外側だけのダメージを、少しでも内部にも影響するようにしてやった。
そして遂にクルペッコは麻痺毒から解放され、続いて落とし穴からも飛び上がって脱出した。でも与えたダメージはそれなりのものだろう。
シビレ罠から始まる今までの流れ。アタシの想定の範囲内で収まってくれた。
非力なアタシがこいつに対抗する為の手段。自分が持っているものを頭に入れ、どのようにしてダメージを積み重ねていくか。その手順を考察し、実行する。罠、状態異常、そして弱点部位と弱点の属性。これらが絡み合ってこそ相手に普通に戦う異常のダメージが与えられる。これに至るまで色々と書物や図鑑を読み漁り、記憶していったものだ。
もちろん上手い奴だったらもっと上手くやるだろうさ。仲間がいれば協力し合って更にダメージを与えるだろう。
でもアタシは一人だ。一人だからこそ色々知識が必要だし、考えなければならない。
仲間なんて要らない。アタシは一人でやっていける。いや、やっていってやる。
下りてきたクルペッコは未だに右目から血を流しているし、額も傷が開いている。胸元もそれなりに傷ついているらしいが、血を流すほどの傷じゃないらしい。しかし冷気弾の影響か、多少毛が凍りついていた。あの翼爪の爆発で溶けてはいるようだけど、まだ多少は残るほどの傷はあるらしい。
さて、次はどうやって攻めるかを考えていると、クルペッコは体を震わせながら息を大きく吸い込む。それに伴って殺気が膨れ上がり、それは大声となって放たれた。
「……っ!」
陽気で穏やかな性格をしているとはいえ、こいつもまた飛竜の一種。怒り状態になった際に解放された殺気は、アタシを容赦なく貫いていく。本能を刺激するような殺気はアタシを硬直させ、じわりと汗を滲ませていく。
アタシの意に反して手は震え、足は地面に縫い付けられたかのように動かない。
ああ、確かにコイツは飛竜の一種だ。獣であるドスファンゴや、群れのリーダーであるドスジャギィとかとは比べ物にならない。子供のアタシが受ければこうなってしまうのも無理はない。耳をつんざく咆哮をしていないけど、アタシはその場から動けなかった。
でもそれを無理やり抗ってみせる。アタシだって成長しているんだ。こんなもの……まだ抗える余地はある!
「……く、んっ……!」
無理に足を動かし、アタシは前ではなく後ろへと跳ぶ。クルペッコは何かをしようとしているのか、また体を震わせて喉袋を伸縮させている。そのまま大きく息を吸ったかと思うと――
「グルァァァァアアアアアアア!!」
――今までにない声量で咆哮を上げた。
「…………は?」
今……何をした?
空気を震わせるほどの咆哮は、砂原のフィールドに広く響き渡っていく。声を遮るのは北にある岩肌くらいなもの。南や東方面へはまだ障害物はなく、咆哮は隣のエリアへと届いている事だろう。
しばらくして異変は訪れる。
どこからか風を切るような音が聞こえてきたのだ。次いで変化する空気。それまで以上に強大な気配が近づいてくるような感覚。恐らくそいつがこの空気を変えている。
嫌な予感がした。
クルペッコの声真似は外敵を払うようなものじゃない。そいつに似たような奴を呼び寄せる効果も持つ。
そしてさっき上げた咆哮を持つ奴。ジャギィ達を追い払った際に上げた声と同じ声を持つ奴。
そいつは、空からやってきた。
「――――!?」
ヒュウウゥゥゥ、と飛来する音に反応して顔を上げれば、巨大な影が一つ見えた。
それはクルペッコの背後数メートル地点で停滞し、強い風圧を起こしながら舞い降りてくる。
深緑色の体を持ち、大きな翼をはためかせつつ辺りを窺うようにその目を動かしている。放たれるプレッシャーはクルペッコなんぞでは到底及ばないほどに強く、そして冷たい。
飛竜の代表格である奴の対の存在であり、番でもあるその存在。
雌火竜リオレイアがそこに現れたのだ。
「…………」
よりによってこいつを呼び寄せるか、この野郎……!
当の本人はそいつの登場を喜ぶかのようにステップを踏みながら翼爪を打ち合わせてやがる。対してアタシの苛立ちはもはや臨界点を突破しそうだ。
なぜこうなった!?
いや、この可能性はなくはないだろうと思ってはいたけど、まさか本当にそうなるとは思わないだろう。
わかっている。
今のアタシにリオレイアは倒せない。というか不可能。
よくて大怪我、悪くて即死。
畜生が……!
「グルル……」
リオレイアが着地し、視界にクルペッコとアタシを納める。ギロリとクルペッコを睨んだかと思うと、そのままゆっくりとアタシへと移動する。
奴にと手は小さい存在であるアタシが萎縮しているのを感じたのか、大きく息を吸って喉元に火花を散らし始めた。
ならばブレスが飛んでくるんだろう。しかしアタシは動けない。
視線が合ったときに感じた殺気。これに呑まれてしまっていた。
動きたくても動けない。子供のアタシが、このリオレイアの殺気に抗う術はない。ましてや今回が初の飛竜戦。どう考えても無理があった。
だから飛んでくる火球に回避行動を取る事はできなかった。
終わった。
そう思っていたのだが……。
「――だらっしゃぁぁぁぁああああい!!」
そんな叫び声が聞こえたとたん、目の前に紅い影が入り込み、あの火球を受け止めてしまった。同時に火球が炸裂したように炎を撒き散らしてしまう。
「…………?」
だがその炎はまるで意思を持っているかのように蠢き、その影の一箇所へと集まっていく。そして影はその炎を――握りつぶしてしまった。
「……ふぅ、やれやれ。危ないとこやったなぁ。何やねん、まったく。ウチの獲物を呼び寄せたんかいな? さすがはペッコってことか?」
「…………」
なに、この言葉。方言?
確か東方地方の一部にそんな方言があったような気がした、とかどうでもいい事を考えているアタシは、なるほど動揺しているんだろう。それほどまでに第二の乱入者に対して驚きを隠せなかった。
「大丈夫か、嬢ちゃん? すんまへんなぁ。でも安心や。ウチが来たからにはこの狩り、ちゃっちゃと終わらせたる。……見たところ、嬢ちゃんもハンターってところか?」
「…………ああ」
一応そう答えておくことにした。するとその顔は見えていないけど、こいつは笑ったような気がした。
「へぇ、やっぱそうなんか。その年でハンターとはようやるわ。獲物はあのペッコ?」
「…………ああ」
「さよか。ならこのままペッコの相手したってぇな。レイアはウチが引き受けるからな。お互いの獲物や。分散するで。ええな?」
「…………」
そう言うと背中に担いでいる太刀へと右手を伸ばした。その動きに目を追ってみれば、その背中には褐色の翼が生えていることに気づいた。
有翼種の魔族か? これはまた珍しい存在だ。
そう考えつつこいつからも距離を取るように後ろへと下がり、新しい弾を装填する。
リオレイアは乱入してきたハンターに威嚇するように喉を鳴らしている。さっきまで相手にしていたハンターがこっちにまで追いかけてきた事に苛立っているのだろうか。
そしてペッコは距離を取ってまた翼爪を打ち合わせている。
「さぁて、始めよか!」
そう言った女のハンターは、地を蹴って宙へと軽く舞い上がりつつリオレイアへと向かっていった。そしてアタシもクルペッコへと攻撃を再開する事にする。
予想外な事があったけど、第二幕を始めるとしようか。