金火竜のゴールドルナシリーズに身を包んだ有翼種の女ハンターは、低空飛行をしながら一気にリオレイアへと距離を詰めていく。
速い。
人の疾走速度よりも速く接近していく様をアタシは横目で観察していた。女ハンターの右手には青い太刀が握られている。確かあれはラギアクルスと呼ばれる海竜種のモンスターの素材を使った太刀だったか。詳しくは知らないけど、たぶんあれから感じられる雰囲気からして下位って感じじゃないな。上位の太刀じゃないだろうか。
「グルァァアアアア!!」
息を吸い込み、再び殺気を込めて咆哮を上げているリオレイアだが、それに臆さずにまだまだ距離を詰めていく。咆哮の射程外にいたからなのか、それとも精神力の問題なのか、あるいは魔族としての気力で押さえ込んでしまったのか。
咆哮が通用しないならばとリオレイアは火球を撃ち出した。だがそれでも女ハンターは落ち着いている。何を思ったのかそのまま進路を変えずに飛行を続けている。
それが着弾しようとしたとき、火球が突然分散して女ハンターの周りに渦巻き始めてしまった。さっきもそうだったけど、あいつは魔法の、それも火属性を得意としているのだろうか。
魔族のほとんどは魔法を行使する事が出来る。その腕前は魔法の始祖だけあって人間や竜人族をかなり上回り、大抵の事を可能にしてしまうと言われているくらいらしい。
自然と深く密接しているせいでイメージ力が両種族よりも高いため、8属性の魔法をはじめとするものは魔族が優勢との事。
その結果があれ。
リオレイアの火球を操って自分の影響下に置いてしまうほどの事をあの女ハンターはやってしまった。普通は飛竜のブレスを操作するなんて事をやってのけることは出来ないだろう。それだけでもあいつの実力が窺える。
「今度はウチの番やで、レイア!」
そう告げて手にしたラギアの太刀を一気に振り下ろし、その顔を斬る。狙い通りに斬れたらしく薄く笑みを浮かべていたが、すぐに構えなおして横薙ぎに斬りつつ横に回る。
「グルァァアアア!」
反撃として炎を口から漏らしながら噛み付こうとしているも、炎はまた女ハンターによって操作されてしまった。
「そらっ、ウチの炎でも感じてみるかぁ!?」
自分の周りに踊るように展開している炎に乗せるように、自身で作り上げた炎を展開した。それは夜の闇に映え、黒の中に赤と緑が浮かび上がっているようだ。
「…………」
炎。
闇に燃え上がる炎。まるで幻想的な光景はアタシの視線を釘付けにする。
アタシにとって始まりともいえるその光景。
夢の中でも締めくくりとして展開される闇と炎。
何故だろうか。アタシはそれに引き込まれるかのような感覚を覚える。
――当然だろう。
――アタシは、炎に縁があるのだから。
ドクン、と心臓が跳ねた。
何かが体の奥から目覚めるかのような感覚。
何が目覚めるんだ?
――もちろん、アタシの眠っていた力さ。
――この機会にイメージを固めておこう。
そう言うと視界が少しぐらついた。同時に赤く揺らめく何かが見えた気がした。それはあの女ハンターが纏っている炎じゃない。リオレイアが放っている火球の赤でもない。
じゃあこの赤は何?
そう考えつつも視界はぐらつきつづけ、ぼんやりとしたような感覚が襲い掛かった。
しかしそれでも体が動いている。まるで体自身が意思を持って動いているかのようだ。
そんなことがあるはずはない。
でも確かに体は動いている。
「……この一年で体が覚えた、わけでもないか。となると……悪魔……か?」
――悪魔とは失礼な。
――アタシは……もう一人のアタシだよ。
――さあ、獲物を
そしてぐらついてしかいがはっきりとし、さっき以上に視界が良好になっている。夜だというのになんでこんなにも見えている?
急激に視力が上がるなんてありえることじゃないだろう。でも以前は遠くが見えるくらいだったけど、本当に夜目も利くようになったということか。
色々と気になる点はあるけれど、今はあのクルペッコを
冷気弾を装填して右から攻め立てていく。主に傷ついた額や胸を狙い、更なるダメージを狙っていくが、それだけでは終わらなかった。
――ああ、視える。実に視えるな。
「…………」
――わかってるだろう?
――どこが効いていてどこが効いていないのか。弱った部分、生命力……。
――狩るものとしての目が利いているはず。
「…………」
アタシの中で響いている声の通り、アタシの目はただ夜目が利いているだけじゃない。クルペッコの特徴や現在の状態まで控えめに捉える様になっていた。
なんで突然こうなったのだろうか。
リオレイアに出くわしたせいで、死にたくないという思いがこうさせた?
いや、それにしては突然すぎる。アタシは突然の覚醒をする、という柄でもない。
――……ふっ、そうでもないさ。
――あの炎もそうだったけど、アレの殺気もまた引き金になりえた。
――ああいう存在の殺気はアタシにとっては二度目になるだろう?
一度目は言わずもがな。あの日の黒いリオレウス。あの時の冷たく突き刺さるような、それでいて狂気に満ちた殺気は忘れようにも忘れられない。
昴達と一緒に逃げてきたけど、あれはまさしく本能から逃げる事を選んだような気がした。
二度目に会った時は、殺気はあの時よりもマシになっていたような気がするけど、それどころじゃなかったからあまり感じられなかった。何せあの時にアタシは変わったのだから。
だから飛竜種の殺気をしっかりと感じるのかこれが二度目。
やはりきつい。
種族のピラミッドの中で上位に位置する存在であり、人族たちと比べるのもおこがましい。奴らにとって人族はただの虫けら。気にするほどの相手ではない。
だがそれでも両者は牙を研いでぶつかりあってきた。
強大な相手と戦う人族に、虫けら相手に本気になって食いつぶそうとする飛竜たち。
そしてアタシもまたその中の末席に連なろうとしている。いや、連ならなければ先に進めない。この状況をなんとしてでも切り抜け、クルペッコを
――切り抜けてやろうか?
「……いらん」
――遠慮するな。
――アタシもまたアタシだ。
――アタシだって生きたいのだから。
そう言って表に出てこようとする悪魔。でもこの体はアタシのものだ。こんな得体の知れない奴なんかに渡すわけにはいかない……!
気力を高めてそれに抗いつつ、クルペッコへと狙撃を続ける。右目が潰れている上に呼び寄せたリオレイアもまだここにいるというのに、クルペッコは未だに逃走する気配がない。
こいつの性格からして呼んだ後にさっさと逃げ出すものかと思っていたけど……ふむ、本音で言えばさっさとこのエリアから去って欲しい。背後からリオレイアが攻撃しかけてくる可能性があるから危険極まりない。
しかしクルペッコはそんなアタシの心境を嘲笑うかのように、呑気に翼爪を打ち合わせて喉袋を何度も伸縮させている。いや、これはもしかすると……。
「~♪」
やっぱりそうか……!
またしても空を仰いで独特の声で声を発し始めた。これをやったということは、数秒後にはクルペッコとリオレイアの能力が上昇するか回復されてしまう。でも冷気弾では止まる事なんて出来ないだろう。
だめだ……間に合わない……。
――いいや、間に合うさ。
そして意識が切り替わる。
装填している残りの冷気弾を排出し、もう一つの肩から提げるベルトから取り出した弾と入れ替えるように装填。素早くクルペッコに向けると、連続して引き金を引いていく。すると胸と喉袋へと着弾し、そのまま中へと入り込んでいったじゃないか。
貫通弾。それもLv2を射出したようだ。
弱点部位であり、徹甲榴弾Lv1によって傷ついた胸と喉袋を貫通弾Lv2が貫いていく。内部の肉が抉れていく感覚にクルペッコは思わず怯んでしまった。当然ながらLv1よりLv2の方が貫く威力は高い。アタシはまだLv3を持っていないため、恐らく悪魔はLv2を装填したんだろう。
しかし何故こいつは迷いなく弾を選択して撃てた? アタシがどうするべきか考えている間にこいつは決断を下しやがった。
なぜ……?
一体こいつはなんなんだ?
――アタシだけじゃない。
――お前もそうなんだよ。
――あの時のことはただのきっかけに過ぎない。
――“黒崎優羅”というものはな、生まれたときよりそういうモノ、なんだよ。
……なんだと?
――なに、今は気にする事はないさ。
――さあ、チャンスだ。さっさと終わらせてやろうじゃないか。
そう言うと無意識に……いや、恐らくこいつがほとんどアタシの体の主導権を握ってやがるのか!?
アタシの意識ははっきりしているのに、体を動かそうと思ってもあまり動けない。だというのに体は動いている。となればこいつしか原因が思いつかない。
――なに、アタシは狩る者として行動しているのみ。
――お前は安心して見ていればいい。
そして悪魔は薄く笑って弾を取り出して装填。隙だらけなクルペッコへと次々と貫通弾を撃ち込んでいく。しかも的確に負傷させた胸や額を狙っている。その腕前もアタシに似ているけど、若干アタシより上手い。やっぱりアタシの中にいるとかアタシと同じとか言ってるけど、完全にアタシと同じというわけじゃないらしい。
「クエッ、クエェー!」
再びオレンジ色の吐息を漏らしながら威嚇するように翼を広げている。その後体を震わせてあの液体を吐き出してきた。それを回避しつつ再び貫通弾を撃ち込んでいる。時折冷気弾を混ぜて属性ダメージも与えてある。
だが時折リオレイアへと視線を移している。やはり横から攻撃されることを警戒しているんだろう。
「グルァァアア!!」
その時背後からリオレイアの叫び声が聞こえてきた。同時に鋭い殺気がプレッシャーとなって襲い掛かってくる。ちらりと振り返ればなんとリオレイアがこっちに向かって突進してくるじゃないか。
しかし悪魔は冷静に横へと走り出す。そのすぐ後にさっきまでいた場所をリオレイアが通り過ぎ、クルペッコへと向かっていってしまった。
「クエエエェェ!?」
「グルァァアア!!」
二匹は正面衝突してしまい、大きさで負けているクルペッコがそのまま撥ね飛ばされてしまった。
……何はともあれ、ダメージを重ねたのはいいことか?
「グルル……!」
「逃がさんで! あんたの相手はこっちやろ!」
すぐにあの女ハンターが追いつき、追い越していく。よく見ればリオレイアの顔には斬られた傷が多い。他にも傷ついている部分はあるが、狙って顔を攻撃しているという感じがする。
アタシと同じように戦っているとすると、リオレイアは顔が弱点なのだろうか。そんな事を考えていると、貫通弾や冷気弾でもない別の弾を装填して撃ち始める。狙いはもちろんクルペッコだ。
そのクルペッコはというと、リオレイアに巻き込まれないようにしようとしているのか、今頃になってあたふたと翼を動かしている。そんなクルペッコに悪魔は上手く体を狙って引き金を引いていた。
「グルルル……グルァ!」
視界に入っている二人の敵を一気に始末しようと考えたのだろうか。大きく息を吸い、そして後ろに数歩下がりながら今まで以上の大きさを持つ火球を撃ち出してきた。
「それだけはあかんやろ、レイア!」
女ハンターが叫ぶと同時に左腕を大きく振りかぶった。その際太刀を右手に持ったままだ。魔族だけに筋力が高いのだろうか。
そして左腕を振りかぶると、火球の着弾点に炎の壁らしきものが発生した。一際赤く燃え上がる炎はリオレイアの火球を受け止め、大きな爆発を起こしてしまう。だけど女ハンターが翼をはためかせて風を起こし、その風もまた操って爆風をこちら側へと届かないようにしている。
つまり女ハンターは火と風魔法を行使できるということか。その装備といい、その翼といい……こいつ、火竜の特徴が出ている魔族なのだろうか。
そんな事を考えている間も事態は動いている。
「おらっ、ウチの火球でも喰らってみるかぁ!?」
不敵に笑いつつ軽く左腕を揺らしてやれば、動きに合わせて炎の壁も踊る。横に広がっていた炎の壁は収束していき、リオレイアの火球に引けを取らないほどのものとなった。それをリオレイアの顔面へと勢いよく撃ち出してやる。
「グルッ!?」
火球の大きさこそいいものの、相手もまた火竜と呼ばれる存在だ。傷ついている顔面に受けたとはいえ、あまり大したダメージになっていない様子。しかし牽制にはなったらしく、そのまま女ハンターは追撃を与えていく。
その隙をついてクルペッコは翼を羽ばたかせて空に舞い上がり、隣のエリアへと逃げ出そうとしていた。
――逃がさないよ。
アタシの後ろに飛んでいくクルペッコを撃ち落そうというのか、銃口を飛んでいるクルペッコへと向けている。その行動に微塵も迷いが見られない。必ず中る、とでも言うかのように引き金を引いてしまった。
それはまるで吸い込まれるかのようにクルペッコに着弾し、そして異変が起きた。
「クエェ!?」
なんと墜落してしまったじゃないか。しかもそのまま起き上がることはなく、地べたに這いつくばったまま動けない。
「…………麻痺している」
――その通り。
――そろそろ逃げるんじゃないかと思ってね、足止めの為に残りの麻痺弾を撃ち込んでやったのさ。
――リオレイアがいるここならば、あいつの暴走に巻き込まれてダメージを受ければいい。
――……そう、さっきの突進のようにな。
その分こっちにも危険があるというのに、何をそんなに余裕を持てているのやら。死にたくないんじゃないのか?
――確かにそれもある。
――しかしアタシ達は火力を持っていない。
――だから火力を他所から持ってこないといけない。
――あの女のおこぼれも期待する意味合いでもここに残るというわけさ。
……まあ勝てないかもしれないとは多少は思っていたけど。ボウガンは剣士タイプより火力が低いのは知っている。だからこそ弱点部位と弱点属性などを絡めて敵を倒すのだ。
そしてこいつはタイマンで勝てないからこそ、その他の要因の力を借りるというわけか。それはわからなくもない。そういうのは恥じゃない。生き残る為に状況も利用してしまう。それによって道が開ける事もあるかもしれないからだ。
――さあ、撃つぞ。
二つの弾を取り出し、一つは装填、一つは口に咥える。そのまま引き金を引くとすぐに咥えていた弾を装填して撃ち出す。クルペッコへと向かっていった弾は、着弾すると三つの破片をばら撒いて爆発。
これで持ってきていた拡散弾は使い切る。だけど火力のある弾はまだ残っている。横に回りこんで胸へと撃てるようになると、徹甲榴弾Lv1とLv2を惜しみなく使っていく。
「…………リオレイアは」
――どうやら女が押しているようだな。慣れてるんだろうな。
リオレイアを翻弄するように地上と低空を行き来しつつ、太刀を振るって的確にダメージを重ねている。逆にリオレイアはイライラしたように唸りながらも、噛み付きや頭突き、尻尾を振るったりしているが当たる気配がない。
一撃離脱の戦法というシンプルなものだけど、その効果は大きい。その分リオレイアを苛立たせているけど、それを気にした様子はなく余裕の笑みを浮かべたまま戦い続けていた。
――さて、そろそろ麻痺が解けそうだな。
――では次のための仕込をしておくか。
まだ何かあるというのか。というか完全にアタシは傍観者になっていないか?
アタシが受けたクエストだというのに、何でアタシは見てるだけ?
――……なに、アタシも“優羅”だ。問題ないだろう?
――そら、見ておけ。
――あいつもついにやる気になってるようだし、今度は立ち回ってやるよ。
ニヤリとする悪魔へと威嚇するように体を震わせ、翼を広げるクルペッコ。
「クエエエェェェ!!」
リオレイアのように耳を
笑みを浮かべたかと思うとあえて近づいていくじゃないか。一体何を狙って……?
「……ブ、クエェ!」
接近させまいとあの液体を吐き出す。それを横に跳ぶことで回避し、今度は貫通弾を使って攻撃している。
「クエッ、クブェッ!」
横に走りながら連続して吐き出される液体を回避しつつ、ジェイドストームを腰に戻して近くの岩へと身を潜める。何をするかと思えば、ポーチから二つのものを取り出して調合し始めたじゃないか。
しかもその手際が有り得ないほど速い。一体何故そんなに手早く調合できる?
――本能だよ。
――アタシ達は元から
――本能に刻まれた情報はきっかけさえあれば呼び覚まされるのさ。
――そしてアタシは本能寄りの存在。
――だから扱えるというわけさ。
本能?
なにそれ?
ハンター家系の本能とか言いたいわけ?
そんな疑問を感じている間に調合を終えてしまった。出来上がったのはシビレ罠。もしかすると罠師というスキルの影響もあるのかもしれない。
三十秒前後で完成する間、クルペッコは背後の岩へと何度も液体を吐きかけている。そして何かを打ち合わせる音が聞こえたとき、悪魔はシビレ罠を手にしたまま岩から飛び出した。
「クエエエェェェ!!」
怒りあまって先ほどまで隠れていた岩へと勢いよく翼を打ち合わせる。すると火花が発生して翼の間に爆発が起きる。クルペッコの攻撃手段の一つだ。
そして岩には発火性の強い液体が多くかけられている。となるとどうなるか……。
「グエエエェェェ!?」
液体に火が引火し、爆発を起こしてしまった。当然ながら目の前が爆発したことでクルペッコは大きな悲鳴を上げて仰け反っている。
……まさか、これも計算通り?
――まあ一応考えてたな。あそこまで真っ直ぐでバカとは思わなかったけど。
――さ、仕掛けるぞ。
――コレはリオレイアにも協力してもらわないと。
そう言いながらさっきまで立ち回っていた場所まで戻る。振り返ればクルペッコは首を振りながらこっちを左目で睨んでいるような気がする。顔や胸が爆発によって少しひどい状態になっている。
だけどまだ瀕死というわけじゃないらしい。視える限りのものだけど、生命力がまだ立ち上っているように視える。これは瀕死と思えるような揺らめきじゃない。
そして背後のリオレイア。何でか知らないけど、女ハンターを相手にすると同時にこっちにも意識を向けている気がする。またリオレイアから立ち上る生命力の揺らぎはクルペッコよりも弱い気がする。
流石は慣れたハンターというべきか。ハンターの腕次第でこんなにも差がある。いつかはアタシもあんな風に飛竜と渡り合えるんだろうか。
――そのためには戦い続けないとな。
――ハンターは戦ってこそ己を磨ける。
――優羅。お前は他には持っていないモノを持っている。
――それを生かし、上へと上っていこうじゃないか。
すべては未来の話。その未来を切り開く為の勝利を。
手にしたシビレ罠を設置し、ジェイドストームを構えて弾を装填。その時間はクルペッコの接近を許す時間となる。
いいようにいたぶられ、傷つき、温厚で陽気な性格をしているクルペッコといえども怒りは高まっているらしい。バカ正直に真っ直ぐに突っ込み、シビレ罠にかかってしまった。
「クエエエェェ!?」
動けないクルペッコへと装填した貫通弾Lv2を容赦なく撃ち込んでいく悪魔。しかしこういうものは至って普通のガンナーの戦い方じゃないだろうか。少なくともこれだけが悪魔の狙いというわけじゃないだろう。
そして狙いはここにあった。
背後のリオレイアの殺気がアタシを貫くようにするのを感じた時、ジェイドストームを構えたまま横へと跳ぶ。そのすぐ後に三連続して火球が飛んできた。熱波を感じながらも悪魔は全て狙い通りだ、と言わんばりの冷たい笑みを浮かべている。
さっきまで立っていたのはクルペッコの正面。そこから横へと跳び、なおかつ背後から飛来した三連続の火球はどこに行くのか。
答えは簡単。
全てクルペッコへと向かってしまう。
「クエッ、クエエェェ!?」
火球すべてをその身に受けたクルペッコは苦悶の声を漏らしてしまう。だが哀れな事にそれだけでは終わらなかった。
さっきまで自分が撒き散らし、全てかわされたあの液体はクルペッコの周りにまだ残っている。三連火球は主に対称と若干地面に向かって撃たれる傾向にある。
となればどうなるか。
地面に付着しているあの液体にも引火してしまうという事だ。そして火竜種であるリオレイアの火球はクルペッコのもたらすあの爆発よりも強く、爆発を起こすだけでなく次々と連鎖して爆発していく。
それはまるで、ハンターが用いる爆弾を使ったかのようだ。
……そうか。アタシが持ち込めない爆弾の代わりとして、こんなやり方で一気にダメージを与えようという算段ということか。
――その通り。
――使えるモノは使わないと。
しかしリオレイアがこっちに火球を撃つ保証なんてない。そんな分の悪い賭けをする意味なんてあるのか?
――撃つさ。
……何故?
――さっきからリオレイアへと挑発するように意識を向け続けてたからな。
――で、それに応えるようにこっちを気にし始めたから、わざとあいつに背を向けてクルペッコを攻撃していたというわけさ。
――それにあの女もアタシの作戦に何となく気づいていたらしいからな。三連火球を止めずにこっちに届くようにしてくれたということもあって、この作戦は成功。
――そら、もう瀕死だ。
見れば先ほどよりも明らかに生命力の揺らぎが弱まっているクルペッコがいる。悪魔の言う通り瀕死だろう。手持ちの弾で高威力を持つのは徹甲榴弾数発と貫通弾Lv2。拡散弾Lv1は使い切り、素材はあれども調合する時間がもったいない。
――後はお前でも充分だろう?
――アタシの役目は終わった。残りは好きにするといいさ。
待て、消えるな……!
アタシはお前に色々と訊きたいことがある!
――安心しろ。
――アタシはお前だ。だから消える事はない。これが終わったら少しは相手してやる。
――だから今はクルペッコ討伐に集中しておくといいさ。
――……死にたくないんだろう?
そう言い残して悪魔の声は聞こえなくなってしまった。
しかしあいつの言う事も一理ある。今はただクルペッコを
貫通弾Lv2を装填すると同時に徹甲榴弾Lv1を口に咥える。狙いはボロボロになっている胸。特に肉が見えている部分を狙って引き金を引く。
その推進力を以ってして貫通弾Lv2はクルペッコの肉を抉りながら内部へと進出。恐らくあの爆発はただダメージを与えるだけでなく、この為の準備も含まれていたんだろう。いったいどこまで計算していたのやら。
何はともあれ肉が抉られる感覚にクルペッコはたたらを踏んでしまう。血を流し、ボロボロになりながらもクルペッコはアタシという敵を見据えている。しかしもはや自身の体が持たないと感じたのだろう。反転して逃げ出そうとしている。
「……逃がさない」
ここで逃がそうものならばめんどうな事になる。……いや、あの女ハンターとこれ以上関わらない、と考えれば逃がしてエリアを変えたほうがいいかもしれないけど、移動するのもめんどうだ。
だからここで仕留めてやる。
地を蹴って一気にクルペッコの前へと回り込んで徹甲榴弾Lv2を装填。
狙いは……貫通弾によって肉が抉れている部分!
それは外れることなくそこへと吸い込まれ、内部へと侵入。着弾してその特性通りに爆発を起こした。
「ゲエエエェェェ!?」
体の内側から爆発を受けてクルペッコは嘴から大量の血を吐き出した。同時に胸から肉と血が飛び散り、明らかに子供が見るに耐えない状態となっている。慣れていなければ吐き気がしてしまうだろう。
だけどこれは終焉の知らせ。
ふらりと体勢を崩したクルペッコは、そのまま地面へと倒れてしまった。未だに血を流し続けるその体は動く気配はなく、目も生気を失った。生命力もまた視えず、完全に死んでいることがわかった。
討伐したのだ。
「…………」
初の飛竜討伐。
しかし湧き上がる感動も達成感もない。
それはアタシが壊れているだけじゃないだろう。あの悪魔の策略などがあったからこそ今回は達成できたといってもいい。つまり、アタシ一人で成し遂げたものじゃない。
それにこれじゃあ鬱憤晴らしにもならない。自分がまだまだだと思い知らされただけじゃないか。
……ちくしょうが。
だがそんな風に感傷に浸っている暇はない。まだこのエリアにはリオレイアがいる。そっちに視線を向ければ、とどめを刺そうとしている女ハンターが視界に映る。
「これで終わらせるで!」
「グルォォオオオ……!」
構える女ハンターを睨むリオレイアは今まで以上に怒りの篭った目をしている。奴もまた飛竜の一種。その胸には大きなプライドがあるのだろう。いいようにやられっぱなしではいられないのに、一矢報いることが全く出来ない。
相手は自分にとっては脅威にならない人族の一種。そんな相手がここまで自分を追い詰めている。しかも相手は戦い続けることで気迫が少しずつ高まっている。
どうやら生粋のハンターらしい。戦いが女ハンターを高め続けている。そしてその気迫は刃のように鋭く、逆にリオレイアを突き刺すかのようだ。
「はあぁぁぁぁ!」
あれほどまで高まったものは太刀の練気、というだけじゃないな。
もしかするとあれがあの男が言っていた“気”だろうか。今のアタシには扱えない技術。
練気と女ハンターの気が交じり合ったそれは、実際の刃に纏われて更に鋭い刃となっている。
「……ほな、しまいや」
そして繰り出される神速の気刃斬り。それは弱点である顔へと容赦なく繰り出されていく。
速い。それでいて的確。そしてそれに違わずに与えているダメージも大きいということがよくわかる。
「グ、オ……オオオォォ……」
それは瀕死状態になっているリオレイアを仕留めるには充分なものだった。傷だらけの顔からは止め処なく血が流れている。深緑の鱗を赤く染めるほどの出血量。あれだけ流してしまっては失血もしかけているだろう。
何はともあれこれでクエストはお互いに終了したという事になる。アタシは倒れているクルペッコへと向かい、剥ぎ取りナイフを取り出して剥ぎ取りにかかる事にする。
鱗、羽根、嘴、ああ……火打石も素材になるんだったか。取れるだけ取っておく事にしよう。
だいたいの素材を剥ぎ取り終えて一息つくと、向こうからあの女ハンターがやってきた。
「すんまへんなぁ、こんなことになってしもうて。大丈夫やったか?」
「…………ん」
「それにしても、あんたもようやるなぁ。ホントに子供か? 結構慣れたようにクルペッコと戦っとったけど」
それは違う。あれは全てアタシの中の悪魔によるものだ。
ああ、そういえばあの悪魔とも話をしなくちゃならなかったんだった。だからさっさとここから離れたいところだ。
「…………」
だから何も言わずに背を向けて歩き出そうとする。だがその様子を見て思うところがあったのか、女ハンターは「まあ待ちいや」と声をかけてきた。
「その歳で一人でハンターやってるのは、なんか訳ありなんやろ? よかったらウチが話聞いてもええねんけど」
「……必要ない。今回の事はただのアクシデント。それ以上の意味はない。だからあんたの世話にもなる事はない。……失礼する」
それを言い残し、アタシはこのエリアから離れた。背後にあの女ハンターの視線を感じていたけど、もはや気にする事はない。クエスト終了を伝えるとあの町からも離れる事にしよう。
そうすればもう会うことはないだろうから。
○
「ん~……なんなんやろうなぁ。気になるな」
既にいなくなっている優羅がいた方向へと視線を向けながら、女ハンターは小さく溜息をつく。自分も幼い子供がいるため、同じく子供であるあの優羅が気になるのだった。
普通あの年頃の子供がハンターをやる事はない。やったとしても一人でやらない。
なのにあの優羅は一人でやっている。
一人の大人の女として、そして子持ちの母親として気にならないはずもない。
「……他人を信用しとらんって目をしとったなぁ。いったいなにがあったんやろう……」
優羅の目に宿るもの。
他人を拒絶し、信用しない。これを彼女は見抜いていた。
それに態度にもありありと出ている。わからないはずもない。
むしろあそこまで他人を拒絶するような人はそうそういないんじゃないだろうか。
「町に戻ったら、ちょっと様子を見てみるか。ああいう子はほっといたらあかんやろうし」
小さく頷きながら決意を固め、彼女は自分のベースキャンプへと戻る為に翼を広げ、空へと飛び立っていった。
○
ギルドの連絡員へとクエスト達成の旨を伝え終え、アタシはテントの中で眠る事にする。時間も時間であり、こんな時間に町に戻るというのも危険だ。
というわけで必然的にここに泊まる事になる。
それにあいつにも会えるんじゃないかとも考えていた。だからさっさと眠る事にする。
やがてクルペッコとの戦闘の疲れもあり、アタシの意識はすぐに落ちていった。
「…………きろ」
「…………む」
「……起……ろ」
誰かが呼びかけてくるような声が聞こえる。まどろむような意識の中、アタシはゆっくりと目覚めへと向かおうとする。
「……起きろ、優羅」
「…………だれ?」
聞きなれた声がする。というより有り得ない。
何故その声が耳に聞こえてくるのだろうか。
「……アタシだよ、優羅。希望通り会いに来たわけだけど?」
「…………そう」
ゆっくりと目を開けてみれば、そこにはアタシが立っている。瓜二つというか、まったく一緒だ。
だが若干その紅い目がアタシよりも濃いのは気のせいだろうか。
そんな事を気にしていると、目の前にいるアタシはうっすらと笑みを深めた。
「さて、こうして会うのは初めてか? なら初めまして、と言っておくか。アタシはお前の血に宿る力が具現化した存在さ。言い換えれば本能と言ってもいい」
「…………本能?」
「そう、本能。その血統の中に刷り込まれた本能。それが意思を持った形、と思ってくれればいい。だからお前と同じ姿をしてるわけ。当然だな。アタシもまた黒崎優羅なのだから」
その説明に何となくはわかったけど、本能とはどういうこと?
やっぱり人間の本能、というのは考えられないだろうからハンターとしての本能ということ?
しかしハンターの本能というのも意味がわからない。確かにうちはハンター家系といわれている。両親の家系を遡ってみても、ハンターをやり続けている。つまり積み重ねた血筋に宿った力、と言いたいのだろうか。
「……ま、そんな感じだ。そしてアタシはその“記録”を識っている。だから体の使い方、調合の知識、相手を打ち倒す為の手順……先代たちが戦った歴史の数々を識っているのさ」
「…………」
「あと、アタシはお前の本能。だからお前がその気になれば本能に刻まれた“知識”を使うことが出来る」
……確かにそうだろうな。こいつの言う事が本当ならば、アタシの中に刻まれた情報をアタシが引き出せないはずがない。
つまり今は力が眠っている状態と言ってもいいのだろうか。
これを起こす事が出来れば、アタシは一気に飛躍することが出来るかもしれない。
「ああ、飛躍できるさ。何せその歳に似合わぬ知識量、子供らしからぬ体の使い方……これらを手にする事が出来るのさ」
「……そう」
「同時に、闇も孕むけどな」
どういうこと?
睨み付けるように見つめると、こいつはまた笑みを浮かべ始めた。どこか冷たさを感じさせるようなその笑みは、アタシにはない笑みだ。今のアタシが浮かべるはずもなく、昔のアタシでも浮かべないだろう。
その表情も気になるが、今は闇とやらの話だ。アタシの中に闇があるというのか?
でも何となくわかってしまうアタシもいる。
アタシはあの日から壊れている。
その点に関してもある意味アタシの闇といえるかもしれない。
「いやいや、そんなモンじゃ収まらないさ。アタシの闇、それは……“殺意”さ」
「……“殺意”……だと?」
「そうさ。……心当たりあるだろう? 怒り、憎しみ……それらが高まった時、人族相手だろうと殺意が沸いてきた。そんなことがあったはずだ」
……ああ、覚えがある。
男に絡まれたりした時、怒りあまって心の奥底から黒い感情が浮かび上がっていたのを覚えている。あれは間違いなく殺意だろう。アタシはあいつらを殺したかった。ああいう奴を見ていると心の奥から湧き上がる殺意は止まらない。実際に殺して事を終わらせた事もある。
あの男と初めて出会ったあの町でも殺しを行った。あの後死体がどうなったかは知らない。
それにあの男にも指摘されている。殺しはほどほどにしておけ、と。鍛練のこともあって多少は抑えが利いているけど、それでも止まる事はない。
この殺意が本能による衝動だというならば、完全に消え去る事はないというのか。
「その通り。アタシたちの先祖からの衝動さ。消そうと思っても消えなかった衝動。……優羅。お前がこの力を完全に制御しない限り、これからも血統に踊らされ続けるだろうさ。…………それに」
そこでまたあの笑みを浮かべ、今度はアタシに近づいてきた。アタシよりも深くそまった紅い瞳が、至近距離からじっとアタシを見つめている。
「アタシの殺意は基本誰だろうと発揮される。つまり、生き物ならば反応するんだ。人族だろうとモンスターだろうとな。そしてその度合いは対象に向けられた感情によって変化する。お前が殺した男たちに対しては怒りや憎しみだな。しかしきっかけ負の感情だけじゃない」
「…………」
「正の感情。すなわち親愛、友愛……いい方向の感情さ。……お前がその感情を抱く相手といえば?」
「…………まさか」
そこでまた笑みを深くしてアタシを見つめてきた。しかも右手の人差し指でそっとアタシの顎をなで上げてくる。柔らかな指にそっと触れられ、肌が寒気とくすぐったさを覚えてゾクゾクと震え上がった。
「そう、お前の姉貴分の竜宮紅葉。そしてお前の初恋の相手にして兄貴分の白銀昴」
顎に触れていた指は左頬へと移動し、掌全体でそっと撫でてくるが、アタシはただただガタガタと震えるだけだ。だがこれはこいつに恐怖しているわけじゃない。起こりうる出来事に恐怖している。
「……殺したい。そうは思わないか?」
「……有り得ない。あの二人を殺すなんて……有り得ない……!」
「有り得るさ。……紅葉。ああ、あの活発さが羨ましい。寂しがりやなところがあるけれど、それでもいい女だと思うな。いつもアタシを引っ張り、前を歩いてきた奴。いい姉さんだ。……殺したい。どんな声で泣いてくれるんだろう?」
「……!?」
冷たい笑みで声色を変えずに坦々とその事を告げる。こいつもアタシの一部だというのに、何でそう簡単に言い切れるんだ……!?
「昴。あの人には随分と世話になった。時にアタシを引っ張り、時にアタシを後ろから見守ってくれた人。だからこそ惹かれていく気持ちもわかる。会えなくなってから恋焦がれる気持ちもわかる。……同時に、憎しみも増えていく」
「……なぜ!?」
「なんでアタシを助けてくれなかったの? なんで会いにきてくれないの? そんなに紅葉が大事なの? ……ああ、そう考えれば殺したくならないか? アタシの感情をぶつけた時、どんな表情を見せてくれるだろう? 殺したいって言ったら、どう応えてくれるんだろう?」
「……ふざけるな……! そんな、そんなことが……!」
「……最初に言ったけど、アタシはお前の“本能”。つまり、お前の深層心理だ」
紅い目の奥底がゆらゆらと揺らめく光を持っている。
それは恐らく殺意。
本当にこいつはあの二人を殺そうとしている。
そして同時に意味する事は……。
「黒崎優羅は、心の奥底ではあの二人を殺したいってことさ」
「……っ、ふざけるなぁッ!」
思わず怒鳴ってしまい、同時に目の前にいるこいつへと掴みかかる。それでもこいつは笑みを消さない。いらつくような笑みでアタシを見つめるだけだった。
「そう怒鳴るな、うるさい。言っただろう? これは積み重ねた血統による影響だ。恨むなら先祖を恨め。そして自身の血を制御できない自分の無力さを恨め。この世界はそういうものだろう?」
「……っ、この……!」
「それにわかってるだろうけど、アタシの消滅を願っても無意味だからな? アタシもまたお前の一部なんだから。受け入れるか、制御するか、アタシに意識を明け渡すか。お前の選択肢はそれしかない。……ああ、自殺も無意味だからな? アタシの血統は自殺が出来ないように本能に刷り込まれているから」
自殺が出来ない……だと?
「何回か死のうと思ったことあったろう? しかしそのたび何かに止められるかのようにその考えをやめてしまった。……そんなことがあったはずさ」
……覚えがある。
崖から飛び降りようか、と考えた時にしばらく考えてやめた。あれがそうなのだろうか。
そんな事を考えていると、世界が歪み始めた。
闇の中でいくつかの顔が浮かんでくる。見渡せばどれもアタシの顔をしていた。その中にアタシが殺した奴らも混じっている。でもその顔は無表情。ただアタシをじっと見つめるだけ。
「殺したい……殺したい……」
「狩れ。命を狩れ」
「アタシ達は戦いの中でこそ生きる意味を見出す」
「生粋のハンター、それがアタシ達さ」
自分の声でどんどんアタシを追い詰めるよぅな言葉の輪唱。無情に闇の中に響き渡るその言葉は耳を塞いでも頭の中に響くかのようにアタシにぶつけられる。
さながらそれは体の至るところに刃を突き入れられるかのような苦痛。
毒だ。
刃だ。
これらの言葉は力を持っている。
言霊のようなものだ。
そしてそれはアタシを闇に追い詰める呪いでもある。
「刃を持て。銃を持て」
「ただただ戦い続けろ。殺し続けろ」
「闇こそがアタシの生きる道。断じて光なんかじゃない」
「忘れろ、あいつらの事なんて。絶対に会えないんだから」
「むしろ恨め。未だに会いに来てくれない奴なんて。どうせ二人でいちゃついているだけさ」
「いや、死んでるだろうさ。だから会えない」
「裏切ったんだよ。お前はもういらないんだ」
うるさい……うるさい……!
アタシを惑わせるな……!
そんなこと、あるわけない!
あの二人は絶対にアタシを裏切らない! 裏切るはずがない!
そんな風に顔をしかめるアタシが面白いのか、悪魔はより一層笑みを深くした。
「優羅、本能に従え。楽になるぞ」
「…………断る! アタシはあの二人を殺したくない!」
「会えない奴らを想うより、今を見つめろよ。本能を受け入れ、飛躍しろ。そうすればお前の望みどおり、生き残れる確率が上がる」
それはある意味悪魔の囁き。やっぱりこいつは悪魔だ。
こいつの言う通りその力を得られればアタシは今以上に戦える。
しかし代償として人間じゃなくなってしまう。
(……人間のようで人間じゃないけどな)
何か言ったような気がするけど聞こえなかった。
何はともあれ、絶対に本能を受け入れたくない。そんなことをするくらいなら、普通に経験を重ねていった方がいい。
そうだ、アタシはハンターだ。そして人間だ。
絶対に悪魔になんかなってやらない!
「……アタシはお前に屈しない! アタシは、アタシのままで強くなってやる!」
「……バカな奴」
そうして目を閉じ、小さく首を振りながら嘆息した。それには明らかな呆れが見えている。こいつからすれば自身を受け入れさせようというのが目的なのだから当然の事だろう。
だけど何故だろうか。
周りのアタシ達がどんどん消えていく。
「――でも、それでこそ優羅。そんなお前がアタシは好ましい」
なんだと?
そんな事を言ったこいつの笑みは、先ほどまでの冷たいものじゃなく、柔らかさを感じさせるような笑みだった。
「よほどあいつの教育や鍛練が効いたとみる。いいことだ」
「…………何なの、お前。さっきまであんなに追い詰めておいて」
「いやなに、少しお前を試させてもらっただけさ。お前は堕ちるか、堕ちないか。お前にはその素質があるからな。本当に堕ちて受け入れようものなら、存分に殺して回ろうかと考えていたところさ」
殺して回るって、誰彼かまわずって事か?
そんなのただの殺戮者じゃないか!?
「その通り。そういう可能性を秘めた一族なのさ。だからこそお前を試した。受け継がれる血統の闇を受け入れるか、受け入れないか。……結果は上々。お前は受け入れない事を選んだ」
「……お前はアタシにどうして欲しいわけ?」
「ん? 普通に生き延びてほしいって思っているけど? だってこの血統は生き続ける事を選んだんだからな。その方法が力の上昇。その一つとして自らの闇である殺戮による経験積み、ということさ」
その結果として体術の技術が伸びていき、同時に身体能力も上昇していったということらしい。この視力と足の速さもその内の一つとのこと。
そう考えているとまたニヤニヤしたような笑みを浮かべてきた。たぶんこれがこいつの本性か?
「……まあこれから色々知っていけばいい。お前は堕ちない事を選んだ。だから枷を一つ解除してやるよ」
「……枷?」
「そう、アタシの血に宿る力の一端をな。もちろんお前が強くなるたびに枷は外されていき、この血統が受け継いできた力が目覚めていくだろう。せいぜい頑張って強くなれ」
そう言うとおもむろに右手を差し出してアタシに触れようとする。しかしアタシはその手を見つめて振り払った。
「……何をする?」
「何って、ただ枷を外すだけさ。ご褒美だよ」
「……“堕ちる”んじゃないだろうな?」
「警戒する気持ちも判らなくはない。でも安心しろ。そんなことしないさ」
その目にさっきまでの邪気はない。だとすると本当なんだろうが、ホントにしないんだろうな?
というか力は要らないと言ったのにわざわざ与えようと言うのか。それこそまさしく悪魔の所業というか、力の押し売りというか……。なんだというのか。
「……やれやれ、自分のことながらホントに捻じ曲がったな。でもま、そういう宿命だとわかってるからいいか。じゃあ受け取れ。これからの成長を願ったアタシの餞別だ」
右手の人差し指を伸ばしてとん、とアタシの額を突いた。その瞬間アタシの中で何かが解放されたような感覚がする。同時に目の前にいる奴から黒い霧のようなものが発生し、アタシへと伸びてきた。
「……なっ、これは……!?」
「安心しろ、無害さ。ただ枷が外れてお前に力が注がれているだけさ」
薄く笑うその様子に嘘は見られなさそうだが、本当に無害か疑ってしまう。だって黒は闇を象徴する色。そんなものがアタシに集まってくる様子を見て疑うなと言うのが無理な話だ。
そして同時に世界が白く染まっていく。
「……今はゆっくり休め。これからも頑張れよ、アタシ」
最初の頃と違ってアタシを気遣うような言葉を残し、そいつの気配が遠ざかっていく。同時にアタシの意識も落ちていき、完全に眠りの世界へと旅立っていった。
○
「……そう、抗ったのね。しかも同化していくと。……ふふ、ここで道が違えられたわね」
その様子を眺めている影が一つ。
岩山に腰掛け、じっと優羅のテントを見つめていた。
優羅の中で行われたことだというのに、この人物は行われていたことすべてを把握しているかのように薄く笑っている。
「ほとんどの場合はここで優羅は堕ちたというのにね。今回抗えたのはやっぱり四季の影響かしら? ……ああ、今は獅鬼だったわね。めんどうね、まったく……」
やれやれと首を振りながらもその口元は笑みを浮かべたまま。どこかあっていない表情をしている少女は思い返すように空を見上げる。
「堕ちた優羅も楽しめたけど、私が望むのは堕ちない優羅。でなければ意味がない……堕ちた優羅はもう見飽きたもの……ふふふ」
殺人鬼となった優羅は己のシュヴァルツの血に従って殺し続ける。老若男女、対象を選ばずに気が向いた相手へと得物を振るい続けた。
当然ながらそれを繰り返していけば指名手配される。国からは警察が、ギルドからはギルドナイトが出動し、優羅を捕らえようと動いた。
だが優羅はギルドナイトすらも殺す。その見た目と裏腹に高い実力を保有した優羅を世界は危険視した。実力の高い者が遂に派遣されるも、何故か優羅は捕まらない。まるで運命に守られているかのように優羅は生き続け、そして気づけば十年の月日が流れた。
終わりを迎えたのは奇しくもあの日。
ドンドルマの街が崩壊した日だ。
導かれるように優羅は、そして昴達はドンドルマへと集まり、出会った。そしてラオシャンロンと狂化竜が集結し、戦いが始まる。
その結末は……全員の死だ。
原因は至極単純だった。
燃え盛る炎の中、優羅は昴達と殺しあった。何故かといえばもう一人の優羅が口にしている。
昴と優羅を殺したい。それを実行しただけだった。
二人を殺した優羅は炎の中で呆けたように立ち尽くし、涙を流した。炎に囲まれながらもその場を動かず、やがて三人は炎の海に消えていく。
様々な平行世界でそんな光景を何度も見てきた。繰り返される現象はいつしか飽きが生まれる。
だからこそこうして世界に干渉してみた。
そのピースが獅鬼。彼が未来を変化させる鍵になるんじゃないかと思ったのだ。
そしてそれは成功した。
こうして優羅は堕ちずに済んだのだ。そしてこれから先どうなるのか。
実は大まかな事は把握している。ただそこに至るまでを見たいだけなのだ。
「……さて、これからも楽しみにしているわよ。せいぜい頑張りなさい、ふふふ……」
どうしてそこまで彼女が――七禍が優羅に興味を示すのか。何度も平行世界を渡り、優羅の運命を傍観するのか。それは七禍にしかわからない。大した理由はないかもしれない。しかし彼女の興味を惹く何かが優羅にはあるのだ。
艶やかな黒髪が風に揺れ、漆黒の瞳はゆっくりと細められる。薄く笑う桜色の唇から赤い舌が覗かれ、妖艶さを見せている。
そんな表情をしているのに、その姿は似合わないほどに幼い。
だが何故だろうか。
見た目が幼いのに、大人っぽさを感じさせるのは。
やはりその見た目が偽りなのだろうか。しかしその真実を知る方法はない。どこまでも七禍は謎に包まれていた。
「じゃあね、優羅。せめて今はよい夢を」
そして七禍は黒いもやに包まれてその場から消え去った。後に残るのは何の変哲もない夜のベースキャンプの光景。そこに最初から誰もいなかったように静寂だったが、微かに少女が笑う声だけが尾を引いていた。