呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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二十話

 

 

 国境付近の岩山で鍛練しているとき、魔族の子供二人とそれを追いかけてきたらしい町の警備兵たちと遭遇。なぜかアタシに絡んできた為に兵たちすべてを皆殺しにしてしまったわけだけど、その後の処理をどうするべきかを考えていたら驚きの人物に出くわしてしまった。

 アタシを鍛えたあの男。

 約1年ぶりの再会だった。

 

 

「ふむ、血の匂いに来てみれば、久しい顔があるな」

「…………」

 

 男はそう言って近づいてきた。その際近くにいた魔族の子供二人にも視線を向けたらしい。相変わらず真紅のローブを身に包み、フードと微かに見える仮面で素顔を隠している。

 その仮面の下からじっと二人を見つめているんだろう。無言のまま男はそこに佇んでいた。

 

「これはまた珍しいな。まだお前達のような存在がいるとは驚きだ」

「おや? 空たちのことをしっているので?」

「ああ、知っている。だが今はそんな事を話している暇は残念ながらなかろう。まずはこれらの処理をせねばならんからな」

 

 どうやらこの二人の目的も何となくわかっているらしい。とはいえここで兵に絡まれていた、という時点でわからなくもないだろう。今の時期で兵に絡まれるといえば魔族狩りだろうし、この国境付近でそんないさかいがあれば、魔族狩りから逃れるために国境を越えようとして見つかった、とすぐに考え付く。

 それにアタシとしてもさっさと華国から出ようとしていたし、これはいい機会といえる。

 しかし問題がある。

 このまま本当に国境を越えてしまって大丈夫なのかと。今ここでアタシは兵を殺してしまったわけだが、いずれは調査次第でばれてしまう可能性もある。それはアタシとしてはいただけない事だ。

 どうするべきかと考えていると、死体を全て火魔法で焼却している男に視線が向いた。いつの間にか死体を別の場所に運び、その周囲を札を使って結界を張り、死体が灰になるほど焼き尽くしていた。当然ながらその過程で肉が焼ける臭いがする。

 人とはいえそれもまた肉であり、考えようによってはいい匂いともいえるだろうが、それはさっきまで生きていた人。あの二人が漂う匂いに反応し、ずっと焼却されている現場へと視線を向ける事はなかったのは当然の事だろう。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「……ん?」

 

 待っている間あの小娘が話しかけてきた。前髪で少し隠れている垂れ目の碧眼がじっとアタシを見上げていた。

 

「あの人、おねえさんのおしりあいですか?」

「……まあ知り合いと言えば知り合いか。……ああ、あのような見てくれをしているけど、別に怪しい奴じゃない」

「そうなのですか?」

 

 こんな事を言ったけど、あの男はたぶん怪しい奴じゃない。どこからどう見ても怪しいが、ギルドの奴らも信頼していたようだし、悪人ではないはずだ。

 とはいえアタシは完全にあの男を信頼しているわけじゃない。こうして再び会うことになったんだ。去年の借りを返す機会が巡ってきた、とでも考えればいい。

 やがて処理を終えた男が戻ってくると、どうしてここにいるのかについて話しだす。

 

「数十年ぶりの魔族狩りとのことでな、一体どういうことかと調査をしに来れば国境封鎖。そうするのもわからなくもないが、それはそれで色々と裏がありそうだからな。最近まで首都にて調査をしていたところだ。そして華国を脱出しようとすれば騒々しい兵たちの声と血の匂いだ。何かがあっただろうとこうしてきたのだ」

「……そう。で、今の話を考えれば無断で国境を越えようとしていたらしいけど、本当に国境を越えられるのか? 色々と問題があるんじゃないのか?」

「安心しろ。奴らがそうであるように、オレも色々と裏で手を回している。何も考えなしに国境を越えようなどと思ってはおらんのでな。それに小娘、このまま待ち続けてもいいことはないぞ? 国境を越えようと思うならば今しかない。……どうする?」

 

 ならこのままついていくことにしよう。短い付き合いだったが、こいつの規格外さはそれなりに知っているつもりだ。どうせアタシには知る由もない何かで安心して国境を越えられるんだろう。

 

「……わかった。ついていこう」

「よし。ああ、お前達もついてこい。お前達も国境を越えようとしていたのだろう?」

「あ、はい。……でも、ほんとうにいいんですか?」

「構わん。一人二人増えようが問題ない。そら、ついてこい」

 

 そう言って男は歩き出す。アタシ達はその後ろを黙ってついていくことにした。

 

 数分後、本当に国境を越える事ができた。兵もいないし、モンスターの気配もなかった。まったく問題もなく、安全に国境を越えてしまったのだ。

 だがただ越えるだけでは安心できない。そこから数百メートル歩き、国境から完全に離れる事にする。

 ここは既にロックラック地方。このまま南へ下れば広大な砂漠が広がっているだろう。そして南西へと進めば砂漠のオアシスに作られた街ロックラックがあるという。そこである程度修行し、力をつけていくのがアタシの目的。

 それが終われば更に西へと進み、ドンドルマでも目指そうかと考えている。

 しばらく歩き、ある岩肌に身を隠すようにして休憩する。

 

「さて、ここまで来れば大丈夫だろう」

「……ほんとうにありがとうございます」

 

 小僧が頭を下げると男は小さく笑ってその頭を撫でてやっている。

 

「なに、気にする事はない。しかしあんな所で何をしていたのだ? お前達のような一族は華国にはもういないものと思っていたが」

「それはですね、あるものを探していたからなのですよ」

 

 答えたのは小娘のほうだった。

 

「ほう? それは?」

「マンドラゴラです」

 

 マンドラゴラといえば珍しいキノコの一種だったか。調合素材の一つであり、効果の高い薬に使用できるものだったはず。それを求めるという事は……。

 

「何かの薬でも作ろうというのか?」

「そうですね。実は海さまの母君がおもいびょうきにたおれてしまいまして、薬を作るものの一つにマンドラゴラがありまして……。それでマンドラゴラを求めて海さまがとびだしていったんですよ」

 

 小娘は何とか連れ戻そうと追いかけていったが、結局は一緒に探す事になったという。マンドラゴラを探すことに夢中になり、気がつけば国境を越えてしまい、そして逆に兵に見つかった形になったらしい。

 確かにマンドラゴラは効果こそ高いが、その分貴重であり、なかなか見つからないキノコの一種。この砂漠にもどこかに自生しているらしいが、子供二人が見つけられるような場所に生えているとも思えない。

 つまり無茶して飛び出し、何も見つけられずにこっちに戻ってきたということのようだ。なるほど、なんともあほらしい話だ。

 それに魔族とはいえこいつらはまだまだ小さなガキ。こういった環境には慣れているようだけど、持ちうる力は歳相応に幼い。そんな奴らが対策もなしにこの世界に足を踏み入れれば、あの兵達以前にモンスターに出くわしたらどうするというのか。

 そう考えれば命知らずの無鉄砲、恥ずべき事だろう。

 

「……なるほど。それで、求める薬はいにしえの秘薬でいいのか?」

「そ、そうです……! それが母様を治すためにひつようなものだとお医者様が言っていました!」

「ふむ、オレならばそれを持っているが、どうする?」

「ほんとうですか!?」

 

 随分気前がいいな。

 いにしえの秘薬といえば回復薬の中でも最高峰といえる薬のはず。たしか……活力剤とケルビの角を調合すればいいはず。そしてその活力剤にマンドラゴラを使うんだったか。

 しかし調合するものがわかっていても、それをうまく調合できるかが問題だ。これは完全に作り手の腕次第。だからこそ入手するのが難しい薬といえる。

 

「海さま、おちついてください。作れるとはいえ、これはとても高いものです。そう簡単にくれるわけないのです」

「まあそうだな。よくわかっているじゃないか」

「いろいろとあるもので。今でこそこんな海さまですが、いつもはまだれいせいな方ですよ」

「ふむ、母の危機に我を忘れるほど薬を求める。その気持ちはわからなくもない」

 

 そこで男は少し考えるかのように仮面の上から指を当てる。

 それからしばらく無言の時間が続く。待たされている二人、特に小僧は気が気じゃないらしくそわそわとしていた。これがいつもは冷静、と言われてもすぐには信じられないな。それを諌める小娘の方が冷静だ、と言われればまだわかるというもの。

 やはり親しい人物が危機に陥っている、ともなれば冷静さを失ってしまうのだろう。それが自分を生んだ母親ともなれば……いや、やめだ。アタシには関係のないこと。

 アタシたちの親はもう既に死んでいる。考えるだけ無駄というもの。

 やがて結論を出したのか、男は二人をじっと見下ろした。

 

「……そうだな、いずれ対価を払ってもらおう」

「いずれ、ですか?」

 

 小僧が反芻すると、男は小さく頷いた。

 

「知っての通りいにしえの秘薬は高価なものだ。今のお前達に対価を支払えるようなものじゃない。だが、それでもオレはこれをお前達にやろう」

 

 そう言って男はローブの中から赤く小さな袋を取り出した。たぶんその中には、(くだん)のいにしえの秘薬が入っているんだろう。それを小僧の手に握らせた。

 

「しかしこれはタダじゃない。その対価はお前達が成長し、相応の対価を用意できた時にオレに渡せばいい」

「……ほんとうにそれでいいんですか?」

「ああ、構わん。いつになろうともいい、しっかり対価を払ってくれるのであれば文句はない。……ああ、別に慈善事業をしているわけじゃない。オレはそこまでお人よしではないのでな」

 

 仮面の下で男は小さく笑う。お人よしじゃないとか言っているけど、去年アタシに対して色々と世話を焼いた奴が言っても説得力がない気がする。

 

「お前達には秘められた才能が感じられる。将来素晴らしい成長が期待出来そうなんでな。いずれ対価を払える人物だと思えたからこそオレはこれをやるのだ。……わかったか?」

「……はい、ありがとうございます」

 

 言い換えればこの二人の未来に投資した、といってもいいんだろう。

 それでも充分お人よしと思えるんだが、それを言うのも野暮だろう。何はともあれ小僧が望んだいにしえの秘薬は手に入れることが出来た。これで母親とやらは治る可能性が出てきたということになる。

 

「いつかかならず、お礼をさせていただきますね」

「ああ。だが、そう急ぐ事はない。オレとしてはいつでも構わんのだからな」

 

 その言葉に小僧、そして小娘が揃って頭を下げた。二人にとってこの男はまさに地獄に仏。国境越えの問題だけでなく薬まで貰った大恩人ともいえる。

 こうしてみる限りでは二人の心は問題なさそうだし、いずれ本当に男へと対価を払えそうだ。

 

「さて、薬を手にしたはいいが、お前達の里はどこだ? お前達二人では帰るのも一苦労ではないか?」

「そう、ですね……。マンドラゴラを見つけなくちゃ、っていう事に夢中になってましたから……」

 

 それだけでここまでやってきた、というのも驚きだろう。やはり魔族だから?

 いや、それだけで片付ける、というのもどうかと思うけど、やっぱり何かしらの魔族の補正がかかっていたりするんだろうか。

 そんな事を考えていると、男が顔を上げてある一点を見据えた。

 

「……ふむ。どうやら迎えが来たようだな」

 

 そう言う男の視線の先を見てみると、東の方角およそ1キロ以上先に数人の人影がこっちを目指しているように見える。男によれば黒いローブを纏った何者かはどうやらこの二人の迎えとの事。

 となるとあれらも魔族なんだろうか。こうして遠くから見る分にはローブに隠れているということもあって魔族とはわかりづらい。

 やがて彼らはアタシ達の前で立ち止まる。そしてその中の一人がフードを取りつつ小僧の前に進み出る。

 

「若、こちらにおられましたか。随分と探しましたぞ」

「……じい。すみません」

 

 このジジイがこの小僧のお目付け役かなんかなのだろう。若、と呼ばれていたし、どうやらこの小僧は本当にそれなりに立場が高いようだ。

 

「大方珊瑚(さんご)様の為に薬の材料をお探しになるために飛び出していった、ということでしょうな?」

「……はい」

「そのお心は大変素晴らしいものですが、御身とお立場をお考え下さいませ。貴方様は大事な跡継ぎなのですから」

 

 跡継ぎ、ねぇ。まあアタシとしてはどうでもいいことか。

 そしてジジイは小僧から小娘へと視線を移した。

 

「空。主がいながらなんという事だ。こういう事が起きないようにするために、主が若の傍におるのじゃぞ? 身を挺してでもお止めするのが主の務めではないのか?」

「……もうしわけありません、黒鋼(くろがね)さま」

「やめてください、じい。空はわるくありません。僕が……」

 

 なるほど、やっぱりこの小娘は小僧の隣に控える、小僧付きの従者か。主である小僧を守り、時に助言を、時に諌める立場と考えられる。本とかで読んだことあるけど、立場の高い人らの間ではそういう関係を結んでいることがあったりするらしい。

 しかしこんな子供の時からそんなこともありえるんだな。

 

「そうよん」

 

 …………なんだ、今のは?

 女のような言葉を使ってたけど、妙に野太い声だったような?

 そんな事を気にしていると、フードを取って前に進み出た奴がいた。2メートルはあろうかという高身長をした大男。切りそろえられた短い黒髪は少しはねており、その体は程よく日に焼けている。

 ……まさかとは思うけど……。

 

「黒鋼ちゃん、そんなに空ちゃんを責める事はないんじゃな~い? 彼女だって若を止めようとしたのは確かだし、今まで護衛をしていたようだしね。そして若のその行動褒められるような事ではないけど、その心はとても尊いものだわ。それに……ふふ」

 

 そこで大男……突き詰めればオカマ野郎はアタシ達へと視線を向けた。それはなんというか、いいものを見たというか、どこか優しげな色合いが含まれているような気がした。

 

「どうやら二人とも良い人と巡り会えたらしいしね。ねえ? そこのいい男?」

「…………ふむ」

 

 男もじっとそのオカマ野郎を見つめ返している。仮面の下からだというのに、何故かオカマ野郎は少しだけ頬を赤くしていく。……赤く、していく……だと……!?

 

「いやん、そんな、熱心な目で見つめられたら、私の胸が熱くなっていくわん。ん~どうしましょ! これほどまでにトキメキを感じるなんて、何年ぶりかしらん?」

 

 ……きめえ。

 大男が両手を頬に当てて体をくねくねとする様、見ていて目の毒というレベルじゃない。人によれば致死量の毒だ。現にちょっと吐きそうになった。

 マスクをつけているとはいえ、少しくるものがあったためにすぐにオカマ野郎から視線を外して口元に右手を当ててしまう。すると男はオカマ野郎を見つめながら納得したように小さく頷く。

 

「……なるほど、そういうことか。これはまた、珍しい……」

「あらん? なにかしらん?」

「いや、何でもない。それで、小僧の迎えということでいいんだな?」

「貴様、若を小僧呼ばわりするとは無礼な!」

 

 やはりというべきか小僧という呼称にジジイが怒りを見せる。だがそれを止めるかのようにあのオカマ野郎がジジイの前に立つ。

 

「なんじゃ狭間(はざま)? 止めてくれるな!」

「まあま、落ち着きなさいな黒鋼ちゃん。この人、只者じゃないというのはあなただってわかるはずよ?」

「……む?」

 

 ジジイの身長は結構低い。子供と比べるとちょっと高い、という感じのため、オカマ野郎と同じく身長が高いこいつを、ああやってじっと見上げる形になってしまっている。

 しばらくそのまま見つめていたジジイだったが、何かに気づいたらしく小さく頷いた。

 

「……ふむ、なるほどの。じゃが、だからと言って儂は礼儀というものをだな……」

「まあま、そうかたいこと言わないことよ、黒鋼ちゃん。あなたは忠臣としては素晴らしいけれど、そのかたいところがあれよねん」

「やかましいわ、狭間! 儂らの一族は確かに闇に紛れ、埋もれてはいようとも、その名は裏で確かに刻まれているのだ! そして若はその頭領の跡取り! 例えよそ者と言えども、小僧と呼ばれていいものではないのだ!」

 

 ふむ、魔族といえどもそれなりに名が通っているのだろうか。一体どんな一族なんだろうか。参考までに記憶に刻み付けておこうかと考えてみる。

 

「……ふむ、これは失礼した」

 

 そして男は小僧へと頭を下げる。

 

「い、いや、僕はべつにかまわないんですよ。それに、薬をくださった恩もありますし」

「む? 薬だと?」

「はい。この人が海さまの望みをくみ、条件つきでいにしえの秘薬を下さったのです」

「あらん、それはありがたい話ね。でも条件とはどんなものかしら?」

 

 その事について男が説明をするとオカマ野郎は納得したように笑顔で頷いた。男が出した条件はオカマ野郎としては納得のいくようなものだったらしいが、ジジイからすると少しどうかという風な表情を見せている。

 

「本当にそれはいにしえの秘薬なんじゃろうな? 偽ってはおらぬな?」

「なんなら見てもらっても構わん。その疑う心は悪くはないが、オレが偽りの薬を出して何の得があるんだろうな?」

「……ふん、それもそうか。主ほどの者が我らを騙したところで特はないか。じゃが、恩を売ってどうするか、ということもあろう。何が目的じゃ?」

「別に何もない。縁があったからこそ助けただけの話だ」

 

 男の正体は何となくわかっているらしいジジイだが、その外見が外見のために確実な信用がないようだ。その気持ちはわからなくもないが、アタシはこの男がどれだけ有名人なのか知らないんだけどな。……まあ、どうでもいいからいいんだけど。

 でもアタシとしてもこの男が今まで語った以外の目的があるんじゃないかと睨んでいる。アタシの時だってアタシの殺意をどうにかするという目的があった上で鍛えてくれた。でもどうしてそんな事を知っているのかとか、どういう意図があったのか、という裏がわからないままだ。

 こいつの実力からして、一体何らかの裏があるんじゃないかと疑ってしまう。でもそれを口にすることはないんだろうな。

 

「そら、早く里に戻って薬を使ってやるといい。素材を夢中になって求めるほど心配なんだろう?」

「はい! ほんとうにありがとうございました! ……あ、まだ名前を言っていませんでしたね。僕は霧夜(きりや)海といいます」

「ふむ。オレは……獅鬼だ」

 

 相変わらず男は名字を名乗らない。やはり名字が男を有名にさせる何かがあるのだろう。それが気になっているらしい小僧からオカマ野郎へと視線を移した。

 

「名字は恐らくそこの男が答えてくれるだろう。どうせ、何もかも見通しているんだろうからな」

「あらん、そんなことないわよぉ? そりゃいい男、だとは思っているけど、今日初めて会っただけでそんなことが出来るほどじゃないわん。もちろん、そこのお嬢ちゃんのこともね、うふ♪」

「…………」

 

 ウインクするな……! きめぇ……!

 それ以前にそんな声で女言葉とかきめえんだよ! おかしいだろ! そんな見た目でオカマとか!

 しかもちょっと動いた時に体を纏っているローブが少し広げられたけど、その下、見間違いじゃなかったら服着てなかったよな?

 微かに肩のところに肩当てみたいなものが見えただけで、それ以外何も着てなかった。鍛え上げられた筋肉、それ以外なにもない。

 ……流石に下は何か履いているだろう。ああ、あるはずだ。

 でなければ変態以外の何者でもない。

 そしてローブからチラチラ見えている足はどうやらちゃんとグリーヴをつけているのがわかった。しかし逆に考えてしまう。どうして肩当てやグリーヴはつけているのに、服は着てないんだと……!

 というか他の奴ら……小僧と小娘は慣れているらしいから平気な顔をしているのも気になるところだ。きっとそこに至るまでいろいろあったんだろうな。なけりゃこれを見てなんのリアクションもしない、なんてことはないはず。

 

「では若、戻りますぞ」

「……はい。では獅鬼さん、ほんとうにありがとうございました」

「空からもお礼を。ありがとうございます」

「気にするな。達者でな」

 

 男と挨拶すると、今度はアタシの方に向き直った。

 二人はじっとアタシを見上げ、そして男にしたように頭を下げてくる。

 

「あらためて、たすけてくれてありがとうございました。いずれお礼をさせてください」

「……そうですね。うけた恩をかえすのがれいぎですから、いずれお礼をしなければ。……えっと、おねえさんのおなまえは?」

「…………優羅。それと、礼は別にいらないから」

 

 この場は名乗っておいた方がめんどうなことにならずに済みそうだから、一応男と同じように名前だけ名乗っておく事にした。

 

「いえ、それは人としてどうかと思います。僕たちは魔族とはいえ、恩があればかえします。だよね、空」

「……はい。優羅さん、今はお礼をすることはできないでしょうが、いずれまたあうことができると思います。そのときにでもお礼をさせてください」

「………………物好きな」

 

 本当に物好きだと思う。確かに恩は売っただろうが、それを一々返されても困る。

 アタシとしては恩を売ったわけではなく、降りかかる火の粉を払っただけに過ぎないのだから。

 己の身を守る為、逆にあの兵たちを殺した。その過程がこの二人を助ける事になってしまっただけに過ぎないのだから。

 つまりは偶然。

 襲われた事にかわりなく、そこにこの二人がいなかったとしても同じ事をしていただろうから。

 

「では僕たちはこれで。ほんとうにお世話になりました」

「また機会があれば会いましょうね、うふ♪」

 

 去り際にまたオカマ野郎がウインクしてくるが、それは視線を外して見ない事にした。というか見たくない。そして会うなら男だけにしとけ。アタシはもう会う気はないんだから。

 去っていく黒い集団を見送りながらアタシは影で小さく溜息を付いた。

 

 

 ○

 

 

 自分達の里へと帰っていく海達一行。

 砂漠を歩いていく海は自分達を助けてくれた優羅の事を思い返していた。まだ子供だというのにあそこまで動ける女の子。ハンター装備をしているし、あの動きを会得している事も考えるとそれなりに長くやっていることだろう。

 しかし一般人とも思えるのに、どうして人を殺しても表情を変えなかったのだろうか、という疑問はある。

 自分達の一族は昔からそういう事に関わっているし、その縁もあって血にも慣れている。そしてその歴史が人の死や殺しにも慣れさせてしまっているのだ。血に刻まれた記録が幼い海と空にも血を慣れさせている。

 それは普通に考えれば異常なことだろうが、一族の環境で考えれば普通の事。

 時代の裏に身を隠し、血濡れの歴史を歩んできた霧夜一族。

 昔は一族としての能力を生かし、様々な事を行ってきた夜と人の世に忍ぶ一族。今はもうその数は減ってはいるものの、その修練は衰える事はなく、そして一族の者達の実力も衰えていない。

 しかし海は新たな力に出会ってしまった。

 普通の人間のはずの優羅があそこまで動けるのはハンターだからだろうか。

 ハンターとは強大な敵と言えるモンスターや飛竜と戦う者。その経験があそこまで成長させたのだろうか。

 一族が一族の為、ハンターとはあまり縁がない海。なにせハンターにならずとも、モンスターと戦える一族が仕える主を持っているのだから。

 だからこそ海はハンターである優羅に対して、憧れみたいなものを持ち始めていた。

 人付き合いは少し苦手そうだったが、あの歳であの実力を持っている人、という事に対しての憧れ。

 この感情は海に一つの道しるべを与えたのだ。

 そんな海を見つめる空。ずっと海の事を見守り続けていたからこそ、海の変化にすぐに気づいた。そしてその原因も何となくわかってしまっている。

 しかし憧れを持つのは構わないが、一族の跡継ぎが一族の進む道を放棄することはいただけない事。

 どうしたものかと、横目でじっと自分の主を見つめ続けた。

 

「若」

「なにかな、じい?」

「あの娘の事ですが……」

「娘……優羅さんのこと?」

 

 海の前、そして集団の前のほうを歩く黒鋼が微かに振り返りながら海へと話しかける。その眼差しは歳を重ねたものにしか出ないであろう雰囲気が纏われている。

 

「はい。この黒鋼、謹んで進言致します。あの娘と関わるのはおやめくだされ」

「……どういうこと?」

「あの娘に助けられ、お礼をしたいと申しておりましたな。その心構え、人としては正しいでしょう。若がそのような心構えが出来ること、じいは喜ばしくあります。……しかし、あの娘は若によくない影響を与えかねませぬ」

 

 そう口にした黒鋼は真剣な表情をしており、本気でそう思っている事を如実に語っていた。だからこそ海は信じられなかった。憧れの人となった優羅の事を、どうしてそんな風に言うのかと。

 

「……そんなことをいうからには、何かりゆうがあるの?」

「はい、ございます。あの娘のあの目、異質でございます。それは若もおわかりかと」

「…………」

 

 その沈黙は肯定を意味しているだろう。海も幼いとはいえ、一族の異質な空気に慣れているのだから、優羅の異質な雰囲気と眼差しにも気づいている。

 あそこまで感情を感じさせず、同時に冷たさを感じさせる眼差しをもつ子供がいるだろうか。

 それは否。

 大人ならばまだわかるが、子供であの雰囲気を纏う事は有り得るものではなく、それが“異質”、ひいては“異常”だと言わざるを得ない事なのだと黒鋼は語る。

 

「あの目は完全に殺しをする者の目。そして若は気づいていらっしゃらないようですが、あの娘には魔族の血が僅かに流れています。恐らくはその魔族の血の影響でしょう。そしてその影響は完全に我らよりも異質……いや、もしくは別方向へと異質かと」

「……だからなに? ころしだなんて、僕たちもやっていることじゃない」

「だからこそ相容れないとじいは考えます。そしてあの娘、隙あらばいつでも若を殺しかねないような気配も感じました」

「う、うそだよ!」

 

 黒鋼の言葉が信じられない、と海は立ち止まった。だが黒鋼はどこまでも真剣な表情をしている。そしてその眼差しにはどこか海を心配するような色合いも見え隠れしていた。

 

「嘘ではありませぬ。このじい、若に嘘は申しませぬ。そして若を思ってこそこのような事を申し上げるのです。故に若、あの娘の事は忘れなされ」

「…………」

 

 目を閉じて頭を下げる黒鋼に、海は口をつぐんでしまった。黒鋼の言葉に嘘はない、それは確かに海の事を案じているのがありありとわかってしまう。昔から苦言を口にする事はあっても、そのどれもが自分の事を思って言っているとわかっているからだ。

 いつだって黒鋼はそうやって自分を見守り、支えてくれている。それはまさしく忠臣と呼べるに相応しいことだろう。本当の主は海の父親だろうが、その息子である海もまた主と呼べるもの。一族の頭領の跡取りとして道を踏み外さず、迷わないように導くのもまた黒鋼の役目なのだから。

 ぐっと拳を握り締める海は、傍に控えている空へと軽く視線を移した。

 

「……空」

「はい、なんですか?」

「空もおなじことを?」

「…………空は海さまの思うとおりにすればいいかとかんがえています」

 

 そう言って頭を下げる空。その言葉に海は少し安心したような表情を浮かべたが、空は軽く頭を上げ、垂れ下がった前髪の下からじっと海を見上げた。

 

「……しかし、空もあのようにいいましたが、すこしだけあのひとがきけんだ、と思うこともあります」

「く、空!?」

 

 海にとって一番信頼している人物である空からそんな事を言われてしまい、海に大きな動揺が走った。それがわからない空ではないが、それでも海を見据えて言葉を続ける。

 

「海さまの気持ちがわからなくもないです。でも、空たちとあの人は住むせかいがちがうのです。だから……かなしいでしょうが、あの人とはかかわらないほうがよろしいかと空は思うのです」

「空の言う通りですぞ、若。我らは夜の、闇の一族。あの娘とは元より関わる事がないものなのです。先祖代々我らは世界に忍ぶ者。風のように速く駆け抜け、闇という名の霧に隠れ、東方の裏で暗躍する。それが我ら、霧夜一族なのですぞ」

「…………そう、だね」

 

 二人に説得され、海は重く頷いた。納得できない事が多いだろうが、それでも彼は納得しなければならない。

 それは彼が一族の跡取りだから。次代の頭領となるべきものが一族のルールを破るわけにはいかないのだから。そうすれば一族の者達から信頼を失い、一族が瓦解する恐れがある。

 だから今日のことは胸の奥に仕舞っておき、封印するべきだ。

 

「わかっていただけたなら何よりです。さあ、参りましょう」

 

 小さく頷き、黒鋼が再び歩き出す。それを見つめる海だが、胸の中では何かもやもやしたものが残っていた。

 

 そしてそんな彼らを見守るのが二人の集団の一番後ろを歩く狭間だった。獅鬼達の前で見せたオカマの雰囲気はなく、キリッとした妙齢の男性の表情がそこにあった。

 彼らが会話をしている間も狭間はじっとその様子を見守っていたのだ。集団の殿と呼べる場所にいるため会話には混ざれなかった為、こうして見守るしかないがその真剣な表情は黒鋼と同じく海の事を思っているのだろう。

 ふと口元には優しげな笑みへと変え、眼差しも緊張が解けたように柔らかな色合いを覗かせ始めた。その暖かさの裏には一体どういう思惑があるのかはわからないが、この眼差しには何の悪意もない、というのがわかる。

 

「この出会いが良いものであればいいのだけれどね」

 

 視線が虚空を見つめて狭間は呟いた。一族の特徴ゆえに里の中だけで一つの世界といえるのだ。つまり里の外はまた別の世界ともいえる。神倉一族とはまた別の意味での閉じた世界、それが霧夜一族だ。

 仕える主を持っているため完全に閉じてはいないが、それでも任務がなければ積極的に里の外へと出ることはない。

 だからこそ狭間はこの出会いがあの二人にとって良いものである事を願う。

 

「あの子達も動いているようだし、白皇(はくおう)も相変わらずだし……困ったものよね」

 

 一体何を知っているのか。そして何を危惧しているのか。それは狭間にしかわからない。でも決して海達に対して悪い事にはならないことだろう。

 そんな彼は東へと進んでいき、霧夜の里へと帰っていく。彼らの里は砂漠を抜けた先にある森の中にあるらしい。

 そして一行は森の中へと消えていく。

 この出会いは果たしてどのような要素を含むのか、それは誰にもわからない。しかし確かにここに縁は出来た。それに意味をもたらすのは長い時を経た後。

 今はただしばしの別れ。

 再び巡り会う事になるのは……また別の話となるだろう。

 

 

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