呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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二十二話

 

 

 砂上船に乗った優羅はロックラックを離れる。砂上船の大きさはそれなりにあり、他にも客が乗っているようだが、優羅は特に気にすることはない。

 ローブを纏った優羅の姿は砂上船の甲板に立っている。フードを目深に被った優羅の周りには誰もいない。優羅からは静かな空気が纏われており、それは誰も近づくなという雰囲気が感じられる。

 砂上船は文字通り砂の上を滑るように移動する。甲板から見える光景はどこまでも砂だらけ。空を見上げれば青い空。その二つの光景がどこまでも続くだけだ。

 フラヒヤ山脈付近の港町が目的地で、そこまでは数時間かかるという話らしい。もちろん砂漠もまたモンスターの生息地であり、彼らの生息地のなわばりが存在している。砂上船のルートはそれに入らないようにしてはいるものの、モンスターもまた気まぐれだ。それを越えて徘徊しているものが存在しており、竜種などは餌などを求めて砂漠を移動している。

 その時の事を考えて護衛の者が乗ってはいるが、優羅が見た限りではどうも自分よりも頼りなく思えた。

 獅鬼との鍛練で彼の規格外な実力を目の当たりにし、そして彼に再び鍛えられた優羅もまた1年で成長した。それから4年、各地を回って自分を磨き上げた優羅は下位ランクでありながらも、そこらにいるハンター達を凌駕する実力を手にしている。

 身を包むガルルガシリーズでわかるとおり、あのイャンガルルガを何度か相手にしているというだけでも驚きだろう。

 黒狼鳥イャンガルルガは気性の激しい鳥竜種として知られており、その甲殻の硬さと狡賢さ、そして攻撃的な性格から鳥竜種の中でも危険視される存在だ。他の飛竜のなわばりだろうと侵入するイャンガルルガは好戦的であり、奴によって滅ぼされた村も少なくない。

 そんなイャンガルルガと戦闘経験があるだけでなく、何度も倒している優羅の実力は決して低くはないだろうという事がわかる。彼女はこの4年で飛躍的に成長したのだ。

 そして同時に他者に対して容易に心を許さなくなり、あの頃以上に孤高を貫いている。

 

「…………」

 

 何も考えず、ただ砂漠を見つめ続けるその様は他の乗客たちに多少の視線を向けられる事になった。顔をフードで隠し、全身をあの頃と変わらぬ黒地に炎のような赤い柄をしたローブで包み込む。

 その光景は旅人ならばそれなりに見かけられる光景だが、あそこまで目深にフードを被り、なおかつ他者を寄せ付けない雰囲気を放つ様は、一言で言えば怪しい人物だろう。

 

「…………」

「っ……!?」

 

 視線を感じた優羅がフードの下から紅い目を覗かせる。横目で見つめたとはいえ、その眼光は鋭い。それを受けた乗客は慌てて視線を逸らし、その場を離れていく。

 そうしていると当然ながら数分後には優羅を見つめる客人はいなくなり、甲板の一角は優羅一人となる。

 だが彼女はそれを気にした様子もなく、ただ流れる景色を眺め続けるのだった。

 

 砂漠の航海は目的地まであと半分の距離を越えた頃か。太陽は地平へと沈み始めた頃合いだ。時間としては予定通りというもの。

 優羅は用意されていた船室で仮眠を取っていた。あのまま外に居続けるのも退屈であり、太陽も高くなってきたことで日差しが強くなってきた事もあって船室へと戻ったのだ。

 そして仮眠を取る事数時間、何かの気配を感じ取って優羅は目を覚ました。

 それは大きな気配だった。距離は離れているようだが、この砂上船を目指して進んできているのがわかる。

 どうやら招かれざる客がやってくるようだ。やれやれと溜息をつくがこのまま放置するのもまずいだろう。他の客はどうでもいいが、自分が砂漠のど真ん中に放り出されるというのはいただけなかった。

 位置的には数日かければ砂漠を抜けられる計算だが、それはそれでめんどうなものがある。ローブの中には道具の買いだめがある。クーラードリンクとホットドリンクは充分に入っているはずなので、数日の旅は問題ないだろう。

 だがそれを一つのアクシデント消費するのもそれはそれでいただけない。

 この船には護衛のハンターが居ることはわかっている。だがこれから来る存在は、そのハンターでは太刀打ちできないだろう。気配の強さで敵の強さがなんとなく測れる優羅はそう判断した。

 ならば自分がやるしかないだろう。

 まったくめんどうなことになったと優羅はまた溜息をついた。

 

 そして数分後、それは現れる事となる。

 

 

 ○

 

 

 甲板に出ると乗客達が騒いでいる声が聞こえてきた。そっちを見れば、船から数メートル先に砂煙が舞い上がっているのが見えた。何かが砂の中から出てこようとしているらしい。

 

「な、なんだ……あれは……!?」

 

 出てきたのは黄土色の鱗を持った蛇らしき頭。いや、こげ茶色の角が左右の頭に生えているから竜に成ろうとしている蛇の頭か。

 しかももう一つの頭も出てきた。その内の一つの顔の目がこっちに向けられ、口元から舌を覗かせている。

 

「き……きゃあああああ!?」

「ひ、ヒュドラ……だって!?」

 

 そいつの存在がようやく頭で理解できたらしい。乗客達が一斉に逃げ出し始めた。

 でもここは船の上。逃げ場なんてどこにもない。それでも人は身を守ろうと無駄な足掻きをしようとする。

 

「護衛、護衛のハンターはどこにいるんだ!?」

「そうよ! こんな時のためのハンターでしょう!? 私達を守ってよ!」

 

 逃げる乗客の中に護衛のハンターの存在を思い出した者がいた。そしてハンターに助けを求め始める。

 騒ぎを聞きつけて二人のハンターが出てきた。しかし二人はあれを見てガタガタと体を震わせ始める。それも当然の事だろう。見れば装備はザザミシリーズとギザミシリーズだった。所謂中級レベルのモンスターを相手にしてきたハンターらしい。

 でも、それではまだ足りない。

 あれは中級では収まらないだろう。乗客が口にしたヒュドラならばまだなんとかなったかもしれない。

 だがあれはヒュドラじゃない。一概に言えばヒュドラ族――すなわち多頭蛇竜種の一種だ。ヒュドラ族はガブラスなどと同じ蛇竜の亜種と呼べる竜種であり、三つの首を持つ蛇竜だ。それぞれに意識があり、違う思考をする事が可能とされており、東方の砂漠で存在が確認されている。

 飛竜に分類されているガブラスと違い翼を持たず、蛇と同じく砂漠をその尾をくねらせて移動し、時に地中から急襲をかけて獲物を捕食する。

 そしてあれはヒュドラ族の中で中級から上級に位置する存在。

 響蛇竜(きょうだりゅう)ラテルヒュドラ。

 二つの首を持ち、ヒュドラと同じくそれぞれ意識を持っている蛇竜だ。それだけならただのヒュドラから一つの首を失った存在といえる。でもそれだけじゃないからこそ奴はヒュドラよりも上位に位置する存在。

 

「シュルルルル……!」

 

 二つ目の頭もアタシ達を見据え、頭はどんどん砂上へと出現する。それにつれて蛇らしい長い首も露になっていき、その奥にある体も砂上へと出てくる。

 その黄土色の甲殻は横から見れば少し山なりの形に見え、図鑑にある通り奴もヒュドラ族の例に漏れず翼を持たない。未だに現れないのは尻尾ぐらいか。

 図体はそれなりにでかく、持ち上げられている首の高さは目算で言えば……約四、五メートルほどか。砂漠に立っていれば見上げる形になるだろうけど、今は砂上船に乗っているから少し高く感じるくらいだ。

 その金色の瞳が四つ、ジロリと獲物であるアタシ達を見据えたままその体が少しずつ船へと近づいてくる。もう戦闘は避けられないだろう。

 だというのにハンター二人は震えたままラテルヒュドラを見つめたまま動かない。その様子に客の一人がハンターに問いかける。

 

「どうしたんだ?」

「……無理だ」

「え?」

「あれは俺たちの手に負えねえ……」

 

 ハンター達は自分達の実力を見つめなおし、相手の実力を知っているからこそこれを口にした。無謀な戦いだということを把握しているのだ。決して臆病風に吹かれたわけじゃない。

 それに今いる場所は砂上船。行動できる範囲が限られているということも相まってこう言ったんだろう。

 でもそれは客にとって納得できるものじゃない。

 

「ふ、ふざけるなっ! あんた達は俺たちを守ってくれるんじゃないのかよ!?」

「そうよ! 戦ってもいないのにそんなこと――」

 

 それらの叫びは発砲音によって遮られた。客たちだけでなくハンターの二人もまたアタシへと視線を向けている。アタシの手にはグレネードボウガンが握られている。

 

「ジュルルッ!?」

 

 突然の発砲だったけど一つの頭が反応して回避した。しかしそれは予想していたから狙いは別にあり、放たれた貫通弾はラテルヒュドラの体を貫いていく。

 

「…………」

 

 アタシは無表情に発砲と装填を繰り返し、ラテルヒュドラへと攻撃を続ける。それによってラテルヒュドラの意識は両方ともアタシへと完全に向けられた。それを見計らい、ポーチから閃光玉を取り出し、ピンを抜いて奴の目の前へと投擲してやる。

 客たちも投擲されたものが何なのか気づいたらしい。目を閉じたり手で庇ったりした後、強い光が発生した。

 

「ギュルァアアアアアアア!?」

 

 それによって目を潰されたラテルヒュドラはもがきだし、砂上船はそのまま奴らを置き去りにしていく。

 それで客たちは静かになった。

 少ししてハンターの一人が呟くように問いかけてくる。

 

「……君は、一体?」

「…………ふん」

 

 チラッと視線を向けて嘆息する。

 どうやらアタシの実力を測れなかったらしい。それだけでもこの二人がまだまだだというのが何となくわかる。

 

「……討伐だけが狩りじゃない。撤退させることもまた戦いの一つ。……お前達は思慮が足りない。故に甘い」

「っ、く……それは確かに……。でも君は見たところ子供だ。ラテルヒュドラに挑むなんて無茶じゃないのか?」

「…………ハッ、それこそ甘い考え。子供だのなんだの関係ないこと。戦いなんてものは実力次第。実力があれば性別だの歳だの関係ない」

 

 突き詰めれば実力があれば生き残れる。力がなければ生き残れずに奴に狩られるだけ。

 そしてアタシは生き残るために力を求め、鍛練を重ねに重ねただけ。

 ただそれだけの話。

 

「それは……理屈的にはわかるんだけど、それでも子供がアレと戦うなんて……」

「……ふん」

 

 それは固定概念というもの。それに縛られているうちじゃこいつは死ぬな。

 そんなぬるい考えじゃいつまで経っても上には行けない。ただ世界のルールに押し潰されるだけだろう。つまり、いつかは狩られて死ぬ。それだけ。

 そんな事を考えているとラテルヒュドラが動き出した気配がした。後ろを見ればもう数百メートル後方で顔を振り回し、眩暈を覚まそうとしているのが見えている。

 

「……来るな」

 

 あれは足止めしただけであり、全然ダメージを与えていないために奴の戦意は消えていなかった。元よりあれでラテルヒュドラを撤退させる事が出来るとは思っていない。

 これはただの時間稼ぎ。

 どうやって奴を撤退させるかを考えるためと、こいつらをどうにかするという二つの意味での時間稼ぎだ。

 さてこっちに向かってくるラテルヒュドラをどうやって追い込み、撤退させるか。純粋に火力で攻めるだけで撤退させられるかもしれない。でもそれで何とかなるんだったらいいけど、現実というのはそう甘くはないと知っている。となると色々やってみるか。

 左腕につけているチップから弾を取り出し、グレネードボウガンへと装填する。このチップもある程度金が貯まってきたから購入したもの。よく使う貫通弾系と徹甲榴弾系の分しかないけど、いずれは全ての弾を入れられるようにしておきたい。もちろんそれぞれの弾がわかるよう色は全部別にしている。そうしなければ意味はないのだから。

 接近してくる二つの頭。どちらも舌を覗かせ、細かく振動している。なるほど、どうやら響蛇竜としての力を発揮しようとしているらしい。

 しかしそれをさせるわけにはいかない。装填した徹甲榴弾Lv1を発射し、ラテルヒュドラの頭目掛けて飛んでいく。しかも一発しか装填していないのに、放たれた弾は二つ。これは徹甲榴弾Lv1が速射に対応しているからに他ならない。

 つまりあの威力を持つ弾が一発で二発も放つことが可能になっており、それだけダメージが増加しているということ。

 

「――――――ッ!!」

 

 だがラテルヒュドラの二つの口から覗かせていた舌を更に細かく振るわせ、空気を強く振動させた。それは二つの舌によって生まれた振動が空気に影響を与え、ぶつかり合って強い波紋を作り上げる。

 最終的にそれは二頭の間から甲高い音が響き渡り、徹甲榴弾Lv1が着弾する前に爆発してしまった。あたかもそれは音爆弾の破裂音に近いもの。

 ラテルヒュドラの舌から繰り出される振動と音は、一種の攻撃手段に成り得るものとなった。その音は耳に対して強い刺激を与え、振るわされた空気の振動は超音波や衝撃波へと変化し、その波は今のように徹甲榴弾に仕込まれた爆薬に刺激を与えて爆発させてしまうほど。

 

「……チッ、ならば」

 

 再度徹甲榴弾Lv1を装填し、そのまま銃口を向けずに右手を前に出してやる。そのまま奴へと意識を向けて指を鳴らした。すると二つの頭付近が爆発し、それによってラテルヒュドラが怯んでしまう。それを狙って引き金を引き、放たれた二つの徹甲榴弾Lv1は一つの頭の額と鼻先へと着弾した。

 

「ギュルォァアアアッ!?」

 

 一間を置いて爆発し、その頭が仰け反ってしまう。しかし別の意識となっている二つ目の頭が舌を震わせながら体をくねらせて砂上船を追跡する。

 普通の生き物のように頭が一つならばあのまま足止めできるだろうけど、奴は二つの意識を保有し、それぞれが体を動かす支配権を持つ。片方が怯んでいようとも、もう片方が体を動かす。

 これがヒュドラ族の特徴。

 もちろん普段と違って一つの意識が動かす事でどこかに穴が生まれ、その早さが変化しているだろうけど、動き続ける事に意味があるだろう。

 今やっているのは逃亡戦。追跡され続けたならばそれを振り払うまでが戦い。

 そして奴にとっては追跡戦。獲物を逃さぬよう追い続けるのが奴の目的。

 逃げるものと追うもの。それらに綺麗に二分されているのが今の状況なのだから。

 

「…………なら」

 

 二つのチップを叩いて弾を取り出し、一つは咥えこみ、複数は一気にグレネードボウガンへと装填。銃口を動き続けている頭へと向けて引き金を引くと、貫通弾Lv2がその頭へと向かっていく。

 それを回避されるが、もう一発は胸元へと照準を合わせて引き金を引いた。同時に弾の根元に小さな爆発を与え、先ほどよりも速い速度でラテルヒュドラへと向かっていく。

 続くようにして咥えていた徹甲榴弾Lv1を装填し、貫通弾が着弾した部分へと発射。貫かれた鱗へと二発の弾が飛び込み、内部で爆発する。

 

「ジュルァアッ!?」

「…………」

 

 次の弾を装填しながら意識を固め、二頭の胸元で幾つかの爆発を与えて更に足止めしつつ時間を稼ぐ。指を鳴らさないのはこれはただ爆発させるだけ、という意味合いだからだ。

 この爆発魔法は詠唱はいらず、イメージ力に依存している。だから指を鳴らしてもいいし、鳴らさなくてもいい。

 指を鳴らして爆発させるのはきちんと狙いを定め、アタシが爆発させた居場所へと焦点を合わせるためという目的もある。

 でも今は時間稼ぎを目的としているため、大まかな場所で爆発させるだけでいいため指は鳴らさない。それだけの話。

 装填を終えるとすぐに発砲。怯んでいるラテルヒュドラへと容赦なく貫通弾Lv2を撃ち込んでいく。徐々にダメージを稼いでいきつつ、爆発も織り交ぜる事でアタシの力を示してやる。

 これで撤退するなら良し。撤退しないならばこっちにも考えがある。

 アタシとしてはこのまま消えてくれればいいんだが、奴はそれを選ばなかったらしい。

 

「ジュルァァアアアアア!!」

 

 奴の怒りの気が膨らみ、口から黒い息吹を漏らしながら空に向かって咆哮を上げた。

 まあ、そんな事だろうと思ったさ。

 

「……おい」

「は、はいっ!? な、なんだい?」

 

 さっきから呆然としたまま戦局を見つめていたハンターへとアタシは声をかける。素っ頓狂な声を上げていたけど、そんなに見入られていても視線が邪魔だ。役立たずなら役立たずで隅っこで震えていろ、と言いたい。

 

「……このまま船を進ませろ。決して止めたり戻したりするな」

「え、あ、いや……それはわかっているけど……」

 

 アタシはそれに応えずグレネードボウガンをローブにしまい、続いて紫色の扇を二つ取り出した。しかしこれも立派な武器。

 テッセン【烏】。

 イャンガルルガの素材を使用して作り上げた双剣。アタシにとって二つ目の剣。あの時変則的に持った双剣を実際に手にしてみようという事で、余った素材で作ってみた得物。

 これがまた案外手に馴染むものだから双剣技術もそれなりに会得してみた。もちろん基礎はあの獅鬼に教わっていたのでそれを応用してみた。そして同時に双剣術も会得し、そして剣術と共に一種の技術も会得した。

 

「…………ふぅ、ふっ!」

 

 一息つくとアタシは砂上船から飛び出し、宙を翔けるようにラテルヒュドラへと向かっていく。

 

「なぁっ……!?」

 

 後ろからまた妙な声が聞こえてきたけど気にする暇などない。アタシは手にしたテッセン【烏】へと気を送り込み、体を捻って二つの気刃を放つ。それは二頭へと命中し、その額を横に切り裂く。

 そのままアタシの体は当然のように落下していくが、足元を爆破させる事で急上昇。ラテルヒュドラの横に回りこむように空中移動しつつ、その背中へと飛び乗った。

 この技術もあの獅鬼から教わった。

 爆発はただ対象を爆発させるだけじゃないと言い、実演してみせたのを覚えている。相変わらずの規格外だ、と当時は思ったけど、これを実際にやっている奴は他にもいると聞いたときは世の中おかしいと感じたものだ。

 それから爆発の技術と応用術を教えてもらい、この空中移動と加速、弾の推進力増幅へと発展していく事になった。

 

「……さて」

 

 ラテルヒュドラの背中に乗り、そのままアタシはテッセン【烏】を構える。その体の大きさにより、アタシ一人が乗ってもまだあまる程の背中の広さを持っている。普通の飛竜ならただ体を震わせるしか出来ないが、こいつは蛇でもあるためにアタシへと振り返ることが出来る。

 

「……斬る……!」

 

 気を静かに溜め込みつつテッセン【烏】を頭上で交差させて鬼人化を発動。しかしこのまま乱舞しても意味はない。アタシの身長的にそれは腰を曲げなければこいつの背中にダメージを与えられない。

 それでは本当にダメージを与えているとは言いがたい。ならばどうするのか。

 解放したアタシの気を増幅させ、振り返っている奴の二つの首へと気刃を連続して放つ!

 

「――はぁぁああああっ!!」

 

 舌を震わせて何かをしようとする前に二つの首へと容赦ない気刃の応酬が与えられる。首の鱗が斬られ、露になった肉へと次々と剣閃が飛び込んでいく。それは一方の首ではなく、もう片方にも与えられているため、ラテルヒュドラはただ受け続けるしか出来ない。

 しかし奴の武器はその舌から放たれる超音波や衝撃波だけじゃない。

 アタシは背後で何かが動く気配を感じ、その乱舞を止めて肩越しに後ろを振り返る。そこにはようやく砂から伸ばされたラテルヒュドラの尻尾がある。移動を終えているために尻尾が移動を行う行為が終わったのだ。

 そして同時にそれは敵を倒すための武器へと変化する。

 

「……っ!」

 

 アタシはその知識を図鑑から得ていたために背中から跳躍して奴の首へと回り込んだ。その一瞬後に尻尾が強く振動し、積み重ねられた脱皮殻が強い音を発した。これもまた耳へと強い刺激を与え、時には相手の耳を潰す事もあるらしい。

 尻尾と舌、この二つで音を響かせることで攻撃する。これが響蛇竜の名の由来となっている。

 

「……螺旋――」

 

 ラテルヒュドラの左側へと回り込んだアタシはテッセン【烏】を構えたまま体を縮こませ、足元の爆発と同時に一気に伸ばして推進する。その際体を横回りに回転させ、風と気を纏ってラテルヒュドラの首へと向かう。

 

「――斬……っ!」

 

 最初に貫通弾や徹甲榴弾、爆発によって傷を負っていた部分に、回転によって連続してテッセン【烏】の刃を受け続ける。しかしその首を通過した先に、もう一つの首が牙を向いて待ち構えていた。

 

「シャァアアア!」

「……ふっ」

 

 首が一気に伸ばされ、アタシへと噛み付きにかかるが、アタシはバック転をするかのように足元を爆発させてそれから離脱。そのままもう一度爆発し、今度は前転するかのようにしてその首へと接近する。

 同時にそのままテッセン【烏】を構え、前転したまま一気に落下していく。

 車輪のように体を回転させつつ手にした剣で連続して相手を斬る技。これで首を伝うかのように回転しつつ下へと下りていき、最後に跳躍して背中に再び乗る。

 その時には最初に斬った首が持ち直しており、アタシへと睨みを利かせていた。

 しかしアタシも黙っているわけにはいかない。

 殺意をむき出しにしてその目へと視線を合わせる。

 

「…………」

 

 するとどうしたのか、その意識の首から戸惑いの気配が感じられた。まるでアタシから放たれた気に飲み込まれたかのようだ。

 アタシとしてはそれは好都合だが、こんな子供の殺意に飲まれるほどこいつは弱くはないはず。だがそれならそれでいい。このまま飲み込まれ、撤退を選ぶならアタシとしては儲けもの。

 だからその一押しをしてやることにした。

 

 

 ○

 

 

 

「――消えろ」

 

 その一言を呟いた優羅からは殺気だけでなく何かの気配を感じさせた。

 それは黒い気配。

 他を圧倒し、生き物すべてを殺しつくす殺意の根源。そして他者を嘲笑い、見下す気質。

 優羅自身が知らない自分の血統に受け継がれたその力が鎌首をもたげていた。

 この血統はただ殺意にまみれたものだけじゃない。その力は狩る者としては、ハンターとしては一番適した血統であり、堕ちるまではハンターとして最高峰と呼ばれたものだ。

 つまり、モンスターにとっては一番の天敵といえる相手。

 ラテルヒュドラが反応したのは優羅の殺気ではなく、優羅の中に刻まれた「シュヴァルツ」の気配に反応したのだ。

 でなければまだ子供であり、発展途上である優羅の殺気に恐れを抱くはずはないのだ。残念ながら優羅はそれに気づく事はなく、そして無意識に「シュヴァルツ」の気配を含んだ殺気を放ち続ける。

 成長していく優羅に引きずられるように、目覚めつつあるシュヴァルツの遺伝子が表に出てきた事による影響だ。毒を無効化するのはシュヴァルツとはまた違う血族からの影響だが、無自覚の殺意や武器を扱う技術の一部、そして堕ちた先の意識という形は昔からあった。

 だが優羅の成長に合わせて優羅の中で少しずつ「覚醒」への道筋が現れ始めているのだ。他者に対して心を許さない、感情に波があまり発生しなくなっているなどがそれに当たる。

 殺人鬼へと堕ちてはいないが、着実にシュヴァルツの影響は進行している。

 そして放たれる殺気に少しずつ飲み込まれたラテルヒュドラは少しずつ首を引かせ、そのまま砂の中へと潜り始める。

 逃亡を選択したと判断した優羅はそのまま宙へと舞い上がり、その体が沈んでいく様子を肩越しに見つめながら砂上船へと帰っていった。

 

 

 ○

 

 

 爆発による推進力で空中移動する光景は、傍から見れば異常なことだろう。普通術者が空中移動をするならば、風魔法を行使して自分を浮かせて移動するのだから。

 砂上船へと降り立ったアタシを出迎えたのはハンター二人。無言でハンター達の横を通り過ぎようとしたアタシへと制止の声がかかったのは当然の事だろう。

 

「ら、ラテルヒュドラは……?」

「…………撤退していった」

「撤退……? ほ、本当なのかい?」

「……なんならしばらくお前が見張っているといい。来る事はないと思うけど」

 

 それだけ言い終えるとアタシは船室へと戻る事にした。あの移動方法は風魔法に比べると効率が悪い。何せ一度かければ方向調整ぐらいしかやらない浮遊と違い、こっちは一々爆発を起こさないと空中に留まれないのだから。

 そしてあいにくとアタシは風属性には適応していなかった。だから空中移動を行おうと思えば爆発の応用をしないといけない。燃費が悪いとはいえ、これはこれで色々と使い道があるからアタシとしては問題ない。

 船室に戻ったアタシは壁にローブを掛けるとベッドへと身を横たえる。さっきの戦いで結構魔力を消費した。体力と所有魔力が増えたとはいえ、それでもだるいものはだるい。

 勘だけど、たぶん竜種が襲ってくる事はないと思う。だからこのまま眠りについてもいいだろう。

 アタシはすぐに意識を手放し、目的地へと到着するまで眠り続けた。

 

 もはやその姿は思い出せなくなっている。

 二人の顔はこの数年でノイズが走り、そして同時に世界にもノイズがかかり始めた。

 忘れたくない、と思ったのは6年も昔。

 そう、あれからもう6年も経った。燃え盛る村の光景はアタシの属性である火が関わっているからまだ覚えているけど、そこにいるあの二人の姿は霞んでいる。今では生みの親である両親の顔さえ覚えていないくらいだ。

 アタシが成長するにつれてアタシは人への関心も失ってきているのを実感していた。

 アタシの気持ちは、ただ強さを求める事へと向き続け、それに引きずられるかのように生きるためという理由がくっついている。

 どうしてそこまで生きたいのか。そんな理由もわからないままアタシは、「生」への執着を理由として強さを研磨し続けたのだ。それと同時に「殺意」もくっつき、アタシは殺しを行う事への躊躇いはなくなっていた。

 モンスターを狩る事と同じくらい、アタシに絡んだ気に入らない奴を裏で密かに殺していた。殺人、という罪を影で犯し続けたのだ。

 もはやアタシの手は血に汚れすぎている。ハンターはその手にモンスターの血を濡らすが、アタシはそれに加えて人族の血を濡らした。救いようもない。

 でも、それでもアタシは前に進み続ける。止まる事は出来なかった。

 それはアタシがまだあの二人を思う心が残っているからなんだろう。自覚していないけど、たぶんそうなんだと思う。

 もう顔も思い出せなくなってきたけど、許されないだろうけど、アタシはまだあの二人に依存している。

 ……違う。

 依存しているのは二人じゃない。

 

 本当に求めているのは――

 

「……昴、か」

 

 アタシにとっての兄のような人。

 そして初恋の相手。

 その想いは時間の流れと共に薄れていったと思ったけど、そうじゃなかったらしい。

 

「……でも、想われる……愛される資格はないだろうな」

 

 アタシは汚れすぎた。

 生きるためを理由にして自ら汚れてきた。

 そしてそれはこれからも変わらないだろう。

 もはや宿命。その運命からは逃れられない。

 それにあの二人が生きているかどうかもわからない。そしてこれは推測だけど、生きているならば二人は一緒に行動しているに違いない。

 あの時二人は一緒にいた。となれば一緒に村から離れていったはず。そこから離れるはずもないし、紅葉が抱えている問題の事もあって絶対に昴が紅葉を見捨てるはずもない。

 それに紅葉もまた昴のことが好きだったはず。今も一緒に行動しているなら、もしかすると二人は恋人同士になっているはず。

 

 アタシの恋は……叶わない。

 

 そう感じた時、胸に痛みを感じると同時に殺意が反応した。

 紅葉を殺せ。そうすれば昴を手に入れることが出来る。

 そんな黒い感情が鎌首をもたげたけど、アタシはそれを押さえ込んだ。

 それは絶対にない。したくもない。

 昴の事を想っていると同じように、アタシは紅葉のことも姉として想っているんだから。

 二人は殺さない、殺したくない。だから押さえろ。

 

 こんな夢を1年の内に何度か見るようになっている。そして見るたびに、二人の姿が霞み、遠くなっていくんだ。

 

 アタシの生きる理由が――消えていくような気がした。

 

 

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