呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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二十三話

 

 

 砂上船の港を離れ、アタシが向かった先は町にある食堂。空は既に太陽が沈み、時間的にも夕食をとる分には問題ないものとなっていた。

 船から離れる際にハンター達からラテルヒュドラの件で色々言われる事となった。報酬金だの、助かっただの、一体どんな修行をしただの……とりあえず色々だ。船員や客達も構ってきたが、その全てを無視する。

 アタシは降りかかってきた火の粉を払っただけに過ぎず、報酬金とか信頼とか、そんなのを目的としたわけじゃない。そして人に構われるのも嫌いだからさっさと船から下りて町に出てきた。

 ここはハンター達が集まり、ギルドナイトの総本山があるドンドルマから遥か北東。フラヒヤ山脈、ベルト山脈を北に抱え、ロックラックからやってくる砂上船の港がある町。ここからロックラックへと向かう者と、ロックラックからやってきた者が入り混じる東西の交差点の一つとされている。

 聞くところによれば、フラヒヤ山脈を歩いていく事でロックラック北地方や、華国をはじめとする北の国などへと直接入る事も可能とされているらしい。商人はそっちを通る事で国または幾つかの町や村を回って商売するとの事だ。

 しかし北を通っているだけに、そのまた北にあるアクラ地方から吹いてくる寒波によく出くわす事があるとのこと。それがなくとも北ということもあって寒い地方であり、寒さになれていないと厳しく、その環境に適応し、餌を求めるモンスター達も手ごわいという話だ。

 つまりリスクが砂上船を利用するルートよりも大きいのが問題とされている。

 まあアタシはこっちで来たから、そっちのルートに関してはどうでもいい。でもベルト山脈は普通の山岳地帯が主とされ、そして更に北に延びるフラヒヤ山脈は雪山地帯の方が多いという話。雪山、という環境はあっちではそんなになかったから、一度見て、経験しておくのもいいかもしれない。

 だから次の目的地はフラヒヤ山脈へと向かう事で結論付ける事にした。

 方針も決めた事で食堂に入り、早速夕飯を取る事にした。カウンターの隅の席に座ると、カウンター越しから水が入ったコップを置かれた。

 

「……なににしやすか?」

「……麻婆豆腐、白米付き」

「かしこまりやした」

 

 アタシの見た目と雰囲気で、店主がどこか冷や汗かきながら注文を聞いてきた。ざっとメニューに目を通し、目に付いた麻婆豆腐と白米を頼む。華国やロックラックにもあったメニューであり、白米と一緒に食べるというやり方が結構気に入っていたりする。

 しばらくしてそれが目の前に置かれ、マスクを取って静かに食事を進めていく。店には時間の関係もあってそれなりに客が入っている。そして複数で食べているのが主で、カウンター席も隣り合って座り、談笑しながら食事を進めていた。

 アタシはそれを聞き流しつつ麻婆豆腐を白米にかけて食べる。この二つの合いようはいい意味でおかしい。ここまで合い、飯が進むというのはいい事だ。

 アタシは白米を三杯おかわりして店を出て行った。

 

 次の日、アタシは町を出て北へと向かう。

 とはいえフラヒヤ山脈までは歩いて一週間以上はかかるという話のため、時間短縮としてアプトルに乗って移動する事にした。

 北に向かえばベルト山脈へと入り、しばらく山道を越えていく事になる。恐らくベルト山脈付近の中継点でアプトルからクストル辺りにでも乗り換える事になるかもしれない。アプトルは平地を生息地とし、クストルは雪山を生息地としている。山道や雪山を移動するとなればクストルの方が効率いいからだ。

 そしてアプトルに騎乗して移動する事数日、ベルト山脈の麓の村に到着する。ここからベルト山脈へと入る旅人達が多いという話であり、登山する際に必要な道具などが販売されているとか。

 もちろんハンターも数人ほど滞在しており、山に異常があった際や、危険なモンスターが出現した際にはクエストを受けて出動するという事らしい。

 アプトルを早竜小屋へと届けると、明日からクストルを利用するための予約をしておく。これで移動手段を確保し、今日の宿を確保しに行く事にする。

 宿はすぐに見つかり、手続きを済ませて奥にある酒場へと入る事にした。ここで夕食をとり、さっさと寝ようかと考える。カウンター席につくと店主らしきものがそっとコップを置いてくれる。

 

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「…………ポポバラ焼きセット」

「かしこまりました」

 

 ポポのバラ肉をメインにしたセットにすることにする。そして酒場ということもあって周りを見れば酒を共にして食事をしている光景が見られる。アタシもそれなりに酒を呑むようになったけど、どういうわけかまったくといっていいほど酔わない。

 薄れた記憶の中では両親もあまり酔った覚えがないから、恐らく遺伝的に酔わない体質なんだろうが、アタシ自身が毒を無効化している体質を持っている事を思い出す。

 たぶん酒の成分をも分解しているから酔わないんだろう。つまり酔いたくても酔えない。

 それは少しつまらないんだろうけど、よく考えればどうでもいいことだった。

 チラッと酒のメニューを流し見し、料理を運んできた店主に追加注文することにした。

 

「おまたせしました」

「…………追加、フラヒヤ酒」

「かしこまりました」

 

 酒なんてよくわからないから適当に選んでみた。そして改めてメニューに目をやり、値段を見てみるとそれなりの値段をしている事に気づく。まあ、いいさ。どうせ適当なんだから。

 箸を手に取り料理に手を付けると、そっと横にグラスが置かれた。

 

「おまたせしました。フラヒヤ酒になります」

 

 早いな。

 グラスに目をやると、透明な液体がグラスを満たしているのがわかった。そっと手を伸ばし、一口それを口に含んでみる。

 

「…………へえ」

 

 これは美味しい。

 滑らかな舌触りに喉を透き通っていくような透明感。ほのかな甘みが喉を潤し、そしてまろやかな香りが鼻を通っていった。

 後に残るのは静かに消えていく甘さ。

 今まで色々な飲み物、そして酒を呑んできたけど、これはどれも越えている。まだまだ甘いアタシの舌だけど、フラヒヤ酒はとてもいいものだってわかる。

 すると店主がそっと近づき、微かに笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「お気に召しましたか?」

「…………」

 

 アタシの反応に気づいていたらしい。視線を上げて店主を見れば、変わらぬ微笑を浮かべてそっとフラヒヤ酒の瓶を見せてくる。

 

「こちらのフラヒヤ酒はこの地方では有名な酒でしてね、いろんな人が作るほどの需要のある酒でございます。先ほどお出ししたものは基本のフラヒヤ酒ですが、いいものですと本当に美味しいですよ」

「……そう」

「フラヒヤ山脈にある……そうですね、フランに行ってみるのはどうでしょう。あそこでしたら酒も種類が集まっていますよ。フラヒヤ酒をお求めになるのでしたらそこで購入してはいかがでしょう」

 

 フラン、か。なら明日はそこを目指して進む事にしよう。あんな美味しい酒があるなら、他にも色々とあるはず。実に興味深い。

 これを機会に酒にも手を出してみるのもいいかもしれない。

 それに酒って確か、含まれている成分で火がつきやすいんだったか? つまりその成分の濃度が高い酒を買えば、いい武器にもなれるということか。

 よし、決定。

 明日の事や酒の事を考えながら手を動かしていると、自然に食事とフラヒヤ酒を消化していた。でもせっかくだからもう一杯呑むことにしよう。

 

「……これ、おかわり」

「かしこまりました」

 

 結局フラヒヤ酒はグラスで八杯呑んでしまった。

 

 次の日の朝、早速アタシは早竜小屋へと向かい、クストルを受け取る。昨夜はあれだけ呑んだというのにまったく酔っている気配がない。やはりアタシは酒に強い、というよりも酔う事がないらしい。

 クストルに騎乗し、その速さに揺られ続けているのに、気持ち悪くなる気配がない。あの町を出て数時間、山道を駆け抜けてきているから平地以上に体が揺れてしまう。でもこれは慣れたもので、腰の痛みもあまりない。

 このベルト山脈は東西と北へと延びており、北に進めばフラヒヤ山脈へと入る事になるという話だ。

 西に進めばまた別の山へと繋がり、平地へと降りる形になるとか。それはあたかもベルトのように山々と繋がっているからベルト山脈と名づけられた話らしい。

 三方向へとまたがる山脈だけにその規模は大きい。フラヒヤ山脈へと到着するのは、この速さだとだいたい明日の夜くらいか。適度に休憩を挟んでいけば何とかなるだろう。

 手綱を操りながらアタシは頭の中で地図を広げつつそう考える。

 そしてアタシはその日の移動を終える。

 

 それから三日後、話に聞いたフランへと到着する。早竜小屋へとクストルを預け、アタシは今日の宿を確保しに向かう。それを終えるとあそこで聞いていた酒を探しに酒屋に向かう事にする。

 酒の町というだけあって酒屋や酒場が結構見かけられる。その中の一つを適当に選び、店の中へと入っていく。周りを身を見回せば色々な種類の酒瓶が棚に並び、アタシの視線をあちこちに彷徨わせる。

 でも最初に買うのは決まっている。

 アタシの舌を唸らせたフラヒヤ酒。あれよりも美味しいものがあるという話だから、それを探しにきたのだ。しばらく棚を巡り、ようやくフラヒヤ酒が並んでいる一角を見つけた。

 ざっと視線を巡らせると、フラヒヤ酒というだけでも色々と種類があるらしい。目に付くだけでも五種類はあった。この中の一つが大当たりなのだろうか。

 瓶のラベルをざっと目を通して何となく当たりを探ってみるが、名前だけではわからない。実際に香りを感じ、口に含んで味を堪能しないと選びようがない。でもそんなことが出来るはずもないか。

 そんな事を考えながらフラヒヤ酒の瓶を見上げていると、一つの気配が近づいてくるのを感じた。そっちに視線を向ければ店員らしきジジイが近づいてくるのが見える。

 

「お困りですかの?」

「…………」

「見たところフラヒヤ酒が気になるご様子。ご購入を考えられているのでしたら、試飲をいたしますかの?」

「……いいのか?」

 

 問いかければジジイは小さく頷き、フラヒヤ酒を見上げた。そのまま一つの瓶を取り出すとコップを用意し、静かに酒を注いでいく。

 

「どうぞ」

「…………」

 

 受け取ったコップにそっと鼻を寄せてまずは香りを楽しみ、口をつけて喉へと酒を少しずつ流し込んでいく。その際舌で味を感じ取る。

 ふむ、美味しい事は美味しい。

 

「どうやらお気に召さないご様子」

「…………甘みが強い」

「なるほど。確かにこれは甘みを少し高めたフラヒヤ酒でございます。甘みが強い酒はあなたには合わなかったご様子。では、こちらはどうでしょう」

 

 そう言って次の酒瓶を手に取り、新しいコップへと注いでいく。水を口に含んでさっきの酒を薄めたアタシへと「どうぞ」とコップを差し出され、アタシはそれを同じように呑んでいく。

 するとあの町で出されたものに近い味を感じ取った。でも少し違う。

 あの時の酒よりも透き通ったような甘さと感触が舌に感じられた。いうなれば濁りが少ないと言うべきか。喉を通る感覚も優しさを感じられる。

 でも存在感が少ないわけでもなく、確かに微かな甘さと香りが口に残っている。目を閉じればこの酒が感じられる。口にも、そして流れ落ちたアタシの中にも。

 最後に一息つけば残っていた香りが吐き出され、アタシはこの酒の一杯を充分に堪能したのを感じた。

 

「こちらはお気に召されたご様子」

「……ああ」

「どうされますかの? 他の酒も試飲してみますかの?」

「……いや、いい。これを貰う」

 

 この味を他の酒で薄めたくはない。ならばこれを購入してこれから充分楽しんでいけばいい。またの機会があれば他の酒を呑んでみたいけど、今はこのフラヒヤ酒を呑みたい。

 あとは引火に使える酒か。アタシはジジイに視線を向けて小さく問いかける。

 

「……少し訊きたい」

「なんでしょう?」

「……度数の高い酒はある?」

「はい、ございますが……呑めますかの?」

「……たぶん大丈夫。酒は強い方」

 

 引火に使う酒なのだが、度数が高く、それでいて美味しさも感じられる酒を勧められた。これを二瓶、フラヒヤ酒を十瓶購入した。フラヒヤ酒に関してはこれからも呑み続けるということで出費を多くする。

 他の町でまた気に入った酒があればいいのだが、そうでなければもうこれしかあまり呑まなくなるだろう。もし他の町でもこれがなければ呑むしかないだろうけど、たぶんここまでやってきては買うかもしれない。

 それだけアタシはこの酒が気に入った。

 まるで閉ざされた闇の中にいたアタシに恵みの雨が降り注いだかのよう。雨はアタシの前で形をなし、そして光となる。光に顔を上げればその光は道となり、一つの場所を示すかのように伸びていた。

 その道の先に何があるのかはわからない。でも、この酒はそれだけアタシの中で変化を起こした。

 ならばその道を歩いていってみようじゃないか。

 目的地はドンドルマと決まっているけど、そこから何をするかなんてわからない。ただ西へ西へとやってきただけ。その途中であの二人に会えればそれで良し、と考えたはいいけど、今ではどうなんだろうか。

 罪深さを自覚し、同時に背負った罪の重さが二人に対して後ろめたさを感じさせる。「本能」では片付けられない程に殺人を犯したアタシは裁かれるべきだろう。でも死体は全て始末し、証拠もない。あるとするならばアタシの手と得物についた血くらいなもの。

 アタシ自身が罪を告白しなければ発覚はしないだろう。

 そしてアタシは裁かれる気はない。アタシは自衛のために殺しただけに過ぎない。自分から喧嘩を吹っかけ、殺しにかかったわけじゃないのだから。

 それは「もう一人のアタシ」も同じ考え。というよりあいつがそんな思考をしている。

 曰く、アタシを舐めた奴、汚そうとした奴、傷つけようとした奴を殺して何が悪い?

 ということらしい。「本能」側のあいつは殺しを罪とは思っておらず、ただ狩りと同じ分類においている。だからこそ裁く側にとってみればやっかいなことこの上ないだろう。

 そしてアタシもそれに引きずられつつある。つまり、アタシも殺人を罪と思わなくなってきている。

 時間が経つにつれてあいつの存在が曖昧になってきたという事も関係しているんだろう。いや、正しくはアタシと同化しつつある、と言うべきか。アタシの成長に合わせてあいつがアタシの中へと溶け込み始めた。

 それによってアタシは知識を得始め、自分の血統を制御していく。未だに始祖についてはわからないし教えてくれないけど、これはアタシの実力を高めることに直結するからいいとして、その代償として感情や関心が劣化しているのを感じていた。

 でももはやどうでもよかった。そんなもの、昔から薄れているんだから。

 そんなアタシに再び関心を蘇らせたフラヒヤ酒。

 アタシはまた変わるのだろうか、変われるのだろうか。

 一度は壊れたアタシがまた変われるかなんて確率的には低いはず。

 

「……でもまあ、そんな小さなモノにすがるのもあほらしい。……行くか」

 

 購入した酒をローブにしまい、アタシは酒屋を後にした。

 

 フランの町を離れて数時間。

 フラヒヤ山脈をクストルに跨って移動し続けた。北に向かえば幾つかの村があるらしいけど、そっちに向かう用事もないため西へと向かって山を下っていく事にした。

 ここは既に雪山地帯に入っているために寒風が吹き、辺りは雪が積もっている。フードとマントを纏っているから冷気はあまり感じられない。今までの経験からして冷気はあまり慣れていないと思っていたが、これが防寒具の役割も果たしていたためにそれは杞憂に終わったらしい。

 そして移動していると、アタシのセンサーに多くの気配が引っかかった。この気配と数からして雪山に生息しているランポス亜種、ギアノスだろう。その数はなかなかのものであり、その中にリーダーであるドスギアノスもいるらしい。

 それが進路の先に存在し、なおかつこっちに向かって走ってきている。となれば鉢合わせになるのは必至。アタシは手綱を引いてクストルを停止させ、道の端に寄せて待機させる。

 前方に目を凝らせば少し開けている場所があるらしく、そこまでは一本道となっていた。右手は雪の積もった岩肌となり、左手は崖になっている。でもその距離はだいたい十メートル手前か。横移動は少しだけなら出来る状態。でも滑ってしまえばそのまま落下。気をつけるに越した事はない。

 腰に携えているグレネードボウガンを手にし、散弾Lv2を装填。そのまま道を走りぬけ、開けた場所の前で影に身を寄せて待機。フランで購入した度数の高い酒を取り出し、コップに注いで瓶を戻す。

 それから数分、ようやくお出ましになったらしい。雪を蹴って突き進むギアノスの群れ。ざっと見た限りだとだいたい二、三十はいるか。それなりに大きな群れのようだ。

 群れが通れば巻き上げられた雪によって白煙が巻き上がり、それによってその白い体が少し隠されている。保護色という役割が大きく働いているようだ。それでその規模を見誤りそうになったけど、アタシの視力と気配を捉える力が上手く働いたおかげでなんとかなった。

 あとは奴らを狩るだけ。

 傍に置いてあるコップを手に取り、それを投げる事で満たされている酒を群れの前へと宙に舞わせる。その際前に投げるのではなく横薙ぎに投げる事で液体が横に広がるようにしてやる。

 後はそれに向かって指を鳴らすだけ。

 点火した酒は一気に炎を発生させ、ギアノス達の足を止める。すかさずグレネードボウガンを手にして装填した散弾Lv2を発射。二発撃てばすぐに次の弾を装填し、発射。

 燃え盛る炎の奥でギアノス達の悲鳴が聞こえるから中っていることは間違いない。

 

「……ん?」

 

 その中で突出してくる気配が一つ。その大きさからなるほど、ドスギアノスが出てきたらしい。ならばと一つの弾を装填してその場から離脱。すると炎の奥からドスギアノスがアタシへと突進してきた。

 でも既に横に走っているアタシにそれは当たる事はなく、ドスギアノスは急ブレーキをかけて転進。そんなドスギアノスへと装填した弾を射出すると、一間置いてそれが爆発した。

 

「ギョルァアアアアアア!?」

「……さて」

 

 ドスギアノスと向き合いつつアタシは背後の炎へと意識を向ける。未だに燃えている炎の奥には数匹のギアノス達がこっちを意識しているだろう。それでもこっちに来ないのは炎に怖気ついているからだ。

 そして散弾も影響があると思う。炎の奥からの攻撃はギアノス達に踏み出す勇気を殺いでいた。

 そんな奴らへと炎を操作して弾を作り、一斉に射出。背を向けてはいるけど気配で位置を感じている。その方へと射出してやれば火の玉はギアノス達へと命中する。こうして少しでも数を減らしてやり、奇襲を仕掛ける確率を減らす。

 

「グルルル……!」

 

 唸り声を上げるドスギアノスを無気力に睨めば、それだけで奴は一歩だけ微かに下がった。しかし何とか気力を振り絞って前へと進み出る。そんな奴へと銃口を向け、弾を装填する。

 だが背後の熱気が少しずつ落ち着いていくのを感じて肩越しに背後を一瞬だけ見る。どうやら炎の勢いが失われていっているらしい。やはり長時間も炎の壁を展開させる事は無理な話だった。

 そうなれば残っているギアノス達が動くだろう。

 つまりは背後からの急襲。

 しかしそれに注意を払っている暇もない。前からはドスギアノスがその隙を窺うかのようにアタシを観察しているのだから。左は岩肌、右数メートル先は崖。ドスギアノスをやり過ごしつつ後ろに回るか、あるいはギアノスの群れを突っ切るか。

 

「……考えている暇はないか」

 

 ここは無我でやればいい。自然と体が動き、切り抜けていくはずだ。そう信じてアタシはドスギアノスへと貫通弾Lv2を発砲。それに気づいたらしいドスギアノスは何とか体を横へと逸らす事で回避したが、リーダーへと攻撃を仕掛けたことでアタシの隙を見つけたギアノス達が動き出す。

 炎はもう小さな火となり、ギアノス達を竦ませるほどの勢いはない。それを飛び越えて次々とギアノス達がアタシへと襲い掛かってくる。

 

「……ふっ!」

 

 散弾を装填した後にその場を跳躍。足元を爆発させて高度を上げてギアノス達を飛び越えると同時に散弾をばら撒いてやる。頭上から雨のように降り注ぐ散弾を受けて数匹のギアノスは死に、アタシは奴らの後ろへと回り込んだ。

 でも同時にそれはギアノス達の群れの中に足を踏み入れた事になった。数が少ないとはいえ、周りにもギアノス達がいる。だが数だけ揃えたからといってアタシを殺せるわけでもない。

 数は力、それは真実だと思う。でもその一つ一つの実力が足りなければ殺せるものも殺せない。

 

「ギャルァ!」

 

 噛み付いてきたギアノスから体を引いて回避。飛び掛ってきた奴からも引く事で回避し、銃口を向けて貫通弾を発砲。奥にいた奴もろとも頭を貫いて始末。

 

「ギョルァ、ギョルァ!」

 

 ドスギアノスがギアノス達へと指示を出すかのように声をあげ、それに応えるかのようにギアノス達の動きが変化し始める。数を減らしたとはいえまだまだ奴らの群れは壊滅しているとは言いがたい。

 そして指示に従ってギアノス達が連携を取って行動を始めた。

 それは戦局にも変化をもたらす。

 元よりボウガンは接近戦には向いていない。アタシとその技術を仕込んだ獅鬼がおかしいだけ。そしてアタシと少数を相手にするくらいならまだマシだけど、ここまで数を出されてはそのおかしい技術を充分に発揮できない。

 

「……チッ」

 

 そしてもう一つ。それは足元は雪によって滑りやすくなっている事。アタシは雪山をあまり経験したことがない。だからまだ雪の上で移動する事に慣れていない。

 今まで何とかなってきたけど、ここまで移動量を増やさざるを得なくなってくると少しずつ変化をもたらしはじめる。

 体勢を崩しかけたのを修正するちょっとした時間も命取りになりかねない。

 

「ギャウッ!」

「……っ!?」

 

 突如左から噛み付いてきたギアノスがアタシの左腕に噛み付いた。ガルルガガードで牙が食い込むことは阻止しているけど、このまま噛み付かれたままというのもいただけない。

 しかも左手はグレネードボウガンを支える手だ。だからこそこいつを振り払う。というよりも殺す。

 睨みを利かせるとギアノスの体が炎に包まれ、そのまま左腕を振り払うだけで炎に包まれたギアノスが宙を舞う。ガルルガシリーズは火属性に耐性があり、あれくらいの炎を感じようとも大したダメージにもならない。

 あとは熱さに転げまわっているギアノスに貫通弾を撃ち込んでとどめをさす。

 だがこれではっきりした。

 本当に危険視するのは奴らの数じゃない。

 この雪山という環境。

 まだ慣れていないアタシに牙を向く自然こそがアタシの敵。

 

「グルルル……!」

「ギャルル……!」

 

 ボウガンでは切り抜けにくいか。ならばテッセン【烏】に持ち替えて殺るか、それとも炎で焼き払うか。いや、それだけの炎を行使するだけの力がアタシにあるか?

 火魔法を扱えるとはいえ、アタシは大きなものを操れるほどの魔力を持っていない。最初の炎だって酒というオプションがあったからこそ発生したものであり、それがなければあれだけの炎は作り出せない。

 あくまでもアタシの火魔法は瞬間的な爆発こそが本領であり、小さな爆発を何度も使っていくのがアタシのスタイル。大きな爆発は狙いを定めずにただ爆発させるという名目で使うだけ。

 つまり火魔法とは名ばかりの爆発こそがアタシの魔法。そして未熟だからこそ大きなものはまだ使えない。

 さて、取り囲まれている今、どう切り抜ける?

 実力があるやつなら周囲を一気に爆破させて始末するんだろうけど、生憎とアタシはそんな器用な芸当は使えない。出来て一点突破。大爆発あるいは複数爆破なんてことをすれば魔力を一気に消費する事による反動で倒れそうだ。

 そうなれば死ぬ。

 それはいただけない。

 

「……やっぱり斬りこむか」

 

 滑る危険性もあるだろうけど、何とかやってみせよう。恐れる事はない。今までの経験を生かして戦うのみ。そしてこれもまた経験。分の悪い賭けなんて何度もやってきたことであり、それを越えてきたアタシだ。

 ここで死ぬようならば所詮アタシはそこまでだったって事。その最期がただのドスギアノスとギアノスだなんて、まるでオデッセイブレイドのあのハンターのようだが、なるほど、奴の呪いと考えればまだ納得のいくものだろう。

 でも生憎とそれを受け入れるほどアタシは素直じゃない。

 無様に足掻き続けてやるまで。

 

「…………さて、来るなら来い」

 

 睨みを利かせながらグレネードボウガンをしまい、代わりにテッセン【烏】を取り出す。放たれるアタシの殺気に気圧されたのか、ギアノス達に動揺が走り始める。だがそれを振り払うのがドスギアノスの叫び。

 リーダーの鼓舞の言葉にギアノス達も恐れを断ち切ったらしい。なるほど、どうあってもアタシを狩りたいらしい。

 ならばやってやろうじゃないか。テッセン【烏】を構えて迎え撃つ体勢になったとき、突如崖の上に気配を感じ取った。

 

 

「――おらおらぁぁああ! ちょっと待てやぁぁああ!!」

 

 

 何事?

 視線を上にやれば崖の上から何かが飛び降りてくるじゃないか。いや、崖を駆け下り、そのまま跳躍してきたらしい。

 それの手には何かが握られており、それをギアノスの群れへと叩き落した。

 

「……ふぅ、なんだなんだぁ、これはよ?」

 

 いや、こっちがなんだと言いたい。誰だお前は?

 その手に持っているのは形状からして狩猟笛らしい。そして身を包む深緑色のマントの下に見えるのはフルフルシリーズだろうか。

 声からしてまだ若い男らしいが、同時にハンターでもあるらしい。突然乱入してきたのはどういう意図があってのとこなのか。

 

「まあ、話は後にするかね。今はこいつらを蹴散らせばいいんだろ?」

「……は?」

「は? じゃねえよ。見たところこいつらに囲まれていて、それでいて雪山に慣れていないってところだろ?」

 

 つまり助太刀に現れたという事か?

 なんというお人よし。普通そういうことはありえないはずだが、どういうつもりだ?

 

「ま、色々言いたいことはあるだろうけど、それもひっくるめて後回しにしようじゃねえか。そら、行くぜ!」

 

 言いたい事だけ言うと男は狩猟笛を構えて走り出した。よく見ればあれもまたフルフルを素材として使用したフルフルホルンだということがわかる。たぶん武器が放つ力からして改の方だろう。

 それを振り回してギアノス達を蹴散らし、真っ直ぐにドスギアノスへと向かっていっている。こういう群れはリーダーを潰せば壊滅することが多いが、当然ながらそれを防ぐためにギアノス達が壁になる。

 しかし男はフルフルホルン改を巧みに操り、ギアノス達を殴り飛ばす事で強引に壁を破っていく。なるほど、その言動に違わず暑苦しい奴らしい。

 アタシもまたテッセン【烏】を振るって寄ってくるギアノス達を切り払い、着実に数を減らしていく。

 男が現れた事で急速に数を減らしていくギアノス達に、ドスギアノスの怒りが高まっていくのを感じる。一時は勝利を感じたんだろう。だがそれは乱入者によって文字通り破壊された。

 ふと音が聞こえてきた。

 そっちに視線を向ければ、なんと狩猟笛に口を寄せて音を奏でている男の姿が見えた。しかも一定の音を鳴らし、そのまま持ち方を変えるためにフルフルホルン改を振り回し、同時にギアノス達を殴り飛ばしている。

 つまり狩猟笛独特の効果である演奏を、攻撃と同時に行っているという事になる。狩猟笛の扱いに慣れてくればこの芸当は出来るらしいが、あれは雰囲気的にまだ若い男だと何となくわかる。

 考えられるのはアタシと同じく技術を追い求めたハンター、ということになるのだろう。

 若くしてその域に達した奴、なのかもしれない。

 

「ギョルァァア!」

 

 ドスギアノスが牙を剥いてあの男へと噛み付こうとしているがそれは単調な動き。恐らくあの男には当たらない。しかも演奏による効果で男のスピードが上がり、その速さを乗せて振りかぶられたフルフルホルン改がドスギアノスの頭を打ちつける。

 速さと力が合わさった一撃はドスギアノスを雪に沈めるほどの威力を発揮した。元々噛み付くために頭が低くなっていたこともあり、その一撃はほぼ致命傷に近い。

 

「はいよぉ!」

 

 だがそれで倒したとはいえない。だからこそとどめとしてもう一度フルフルホルン改を振りかぶり、その頭へともう一度叩き落す。肉がつぶれる音と共に血が舞い上がり、周りの雪を赤く染めた。

 それはあまりにも残酷な光景だろう。だがやらなければこちらが狩られるのみ。

 命のやり取りをしている以上、残酷という言葉が付きまとう行為をいずれはやる。動けない相手にとどめをさす、ということもよくある話。

 そして目を覆う光景を前にしてもアタシの心は揺らがない。ただ無気力にそれを見つめ、続いて残りのギアノス達を見回すだけ。

 リーダーがやられたことでギアノス達に戦意がなくなり、そのまま逃亡を始めた。それを見送った男は一息ついてフルフルホルン改を背負う。そしてアタシへと視線を向け、フルフルヘルムのフードの下からにっと笑みを浮かべる。

 その下から現れたのは深い緑色の少しはねた短髪が微かに見え、そしてやはり若そうな男の顔が見える。フードの陰に見えづらいだろうが、アタシの視力を以ってすればそれは無意味だった。たぶん歳はアタシに近いか少し上くらいか。

 そして放たれる気配は人間のものじゃない。フードに隠れているけど、たぶん耳は尖っている。本人は隠しているようだけど、アタシには視えている。これは視える奴じゃないと視えないものだろう。とりあえず魔族というのだけはわかった。

 

「さて、大丈夫か?」

「…………」

「ん~……なかなかの気を放ってるな。他人は信用しない口か?」

「…………ふん、なぜ助けた?」

「あん? んなこと決まってんじゃねーの」

 

 逆にそれを何故訊くのか、とでも言いたげな表情を浮かべて男はこう言い放った。

 

「困ってる奴がいれば助けるだろ?」

「…………お人よしだな」

「はっ、それは俺にとっちゃ褒め言葉ってやつよ」

 

 むしろそれが誇りだ、とでも言うかのような笑みを浮かべている。その笑みに偽りはなく、本当にそれが当然とでも言いたげだ。なるほど、随分と珍しく、物好きな奴だ。こんな世の中にこのような奴がいるとは……。

 ずっと暗い道を歩き続けたアタシにとっては眩しすぎる奴。そして同時に気に入らない。

 ついつい殺ってしまいそうになるけど、それを押さえ込んで霧散させる。昔ならこのテッセン【烏】を振るって殺していただろうけど、こうやって殺意を制御できるだけでもマシになっている。

 それを気取られないようにアタシは無言で男から離れ、待機させているクストルの方へと歩き出す。その際にローブに手を入れてテッセン【烏】をしまい、あそこで買ったフラヒヤ酒を取り出し、男へと投げつけてやる。

 

「うぉっと」

「…………これで借りは返す」

「いや、別に礼なんていらねーんだけど」

「……だったら捨ててもいい。とりあえずこれで貸し借りはなしだ。いいな?」

 

 肩越しに振り返って睨みつつ言うと、「おぉ……」と声を漏らして男がアタシを呆けた顔で見つめていた。そして頭を少し掻いて何かを考えると、小さく頷いてアタシに向き直る。

 

「……じゃあ、ま、ここで会ったのも何かの縁だ。名乗っておくよ。……俺は天草翡翠。お前は?」

「…………黒崎」

 

 何となく名字だけ名乗ってアタシはその場を去った。そして待たせていたクストルに跨り、そのまま走らせる。その際またあの男の傍を通り過ぎたけど、ずっと背後に視線を感じていた。

 

 

 ○

 

 

 さて、どうしたもんかねえ?

 あの気配、何となく覚えがある気がするんだよな。俺が出る前に放たれたあの殺気、あれは普通じゃなかった。純粋に狩る者としての殺意か、あるいは殺す者としての殺意か。

 どちらにせよ俺の血統の中に潜むモノの殺意にどこか近しく遠い殺意だった気がする。

 でも見た限りじゃあの黒崎って子は人間だった。つまり魔族じゃなく、そしてルシフェルでもない。

 親父の話じゃルシフェルの数は結構少なくなっているって話だし、ましてやその前のシュヴァルツの性は完全になくなっているはず。

 となれば俺の気のせいってことになるんだろうけど、でもなんか気になるんだよな。

 ……でも確かシュヴァルツって――――黒を意味してなかったっけ?

 

「…………はは、まさかな」

 

 考えすぎだ。

 まさか自分の先祖の繋がりがある奴とこんな所で鉢合わせるなんて、一体どういう縁の繋がりだって話だよ。ましてや俺は今世間から身を隠している身。こんなものを貰っちゃったからには、義理として名乗ってしまったけど、あれは偽名だしなあ……。

 やれやれ、困ったもんだぜ。

 

「……ま、いいか」

 

 元もとの用事である酒の購入。フランまで行く前にこのフラヒヤ酒を手に入れちゃったけど、これじゃたぶん足りないだろうな。そんじゃあ一応これはしまっておく事にして、フランへ向かいますか。

 でもあいつとはまたどこかで会いそうな気がする。一応あいつの気配は覚えておく事にしますかね。

 それにあの目。

 ああいう目をした奴ってなんか気になるんだよな。桔梗とはまた違った壊れた奴の目をしていた気がする。

 願わくばあいつの行く道に幸せがあらんことを。

 

 そしてその後、俺はあいつがあの「孤高の銃姫」である事を知るのだった。

 

 

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