呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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8話

 

 

「さて、どうするか」

 

 呟きながらゲリョスを見つめる。昴たちの悩みの種はぼうっと中心部に佇んでいる。時折大きな欠伸をしてぶるぶると体を震わせている。あんな風にしているが、あれでも飛竜種に属する存在だ。原石を持ったまま通り過ぎるなんて真似はそうそう出来やしない。ライムには絶対に無理な話だろう。

 

「足場も足場だし突っ切るのはやめておくか」

「それが賢明ね」

「となれば、別ルート。すなわち北から回りこむか、あえてエリア9から南に回って行くかだ」

 

 北に回るとエリア3の草地帯を通り過ぎることとなる。ここは南北に少し長めに伸びているが、ランゴスタと呼ばれる蜂のような大型昆虫が沸いていることが多い。またランポスも時々このエリアにいる。

 南のエリア9やエリア4ではモスやブルファンゴがうろついている可能性がある。モスなら問題ないが、ブルファンゴはやっかいだ。

 馬車の中で紅葉が話していた内容通りの危険性を持っている。動きを止めようにも彼らは閃光玉が効かない。光が視界を覆おうとも構わずに突進を仕掛けてくる。

 多少遠回りを使用とも少しは安全な道である北を通るか、多少の危険を厭わずにすぐに戻れる南を通るか。

 ――それとも、大きな危険を冒しながら直進するか。

 リーダーである昴は目を閉じて考える。時間はほんの十数秒。目を開けて背中にある飛竜刀【紅葉】に手をかけた。

 

「俺が足止めをしておく。お前たちは南を通っていけ。ライム、もう腕も疲れてきているだろう?」

「……あ、すみません」

 

 そう。ライムの腕やスタミナの事を考えれば、遠回りをするより多少の危険を冒してでも短いルートを通った方がいいだろうという考えに至った。

 

「気にするな。シアン」

「はいっ!」

「あまり無理はするな。でも、ライムを守ってやれよ」

 

 うっすらと笑いかけながら頭を撫でてやる。少しだけ赤面しながらシアンはぐっと両手を胸の前にやってうなずいた。

 

「任されました!」

 

 元気一杯の返事を受けてうなずき、昴はゲリョスへと駆け出した。向かうのはエリア9とは反対方向。ポーチからペイントボールを取り出してその背中に投げつける。着弾するとピンク色の液体と強い匂いが発生し、飛竜の居場所を確認することが出来るという代物だ。

 自分の体から妙な匂いが発生しているのを感じたゲリョスが首を動かして後ろを振り返る。そこには昴が飛竜刀【紅葉】を手にしてゲリョスを見上げていた。

 

「クオォォオ!」

 

 額のトサカが点滅し、大きく翼を広げて威嚇を始めた。だがそれにうろたえることなく、その首元へと飛竜刀【紅葉】を切り上げる。

 

「クオッ!」

 

 だが首を引き、さらに口元に液体が溜まっていく。それを感じた昴は太刀を引き、エリア2側へとステップする。さっきまで立っていた場所にゲリョスが吐き出した毒液が着弾した。空いた横っ腹に太刀を突き刺し、切り上げる。

 

「クオォ!!」

 

 ゲリョスの弱点は火属性だ。飛竜刀【紅葉】がもたらす熱波にたまらずたたらを踏んだ。だが同時に己を傷つけた昴に対して怒気が高まる。

 

「クオッ! クオオォォ!!」

「ふ、来い」

 

 自分の方を見たことにより、完全に紅葉たちの姿がゲリョスからは見えなくなった。昴がうなずくと、静かに紅葉たちが移動を始める。シアンを先頭にして彼女たちはエリア9へと向かっていった。

 これで引きつける役目が終わったわけではない。ゲリョスはエリア9や4へと移動する可能性がある。だからまだまだ引き続けないといけない。ぐっと飛竜刀【紅葉】を握り締めると昴はゆっくりと切っ先をゲリョスの視線へと向けた。

 

「さて、戯れようか?」

「クオォォォオ!」

 

 ゲリョスの叫びと共に二人の戦いが始まった。

 

 エリア9に着いたとき、目の前には黒猫が数匹いた。ごろごろと喉を鳴らしながら倒木に腰掛けて眠っている。

 

「め、メラルー?」

 

 黒猫は獣人族に属するメラルーと呼ばれる二本足で立ち、行動できる猫だ。ギルドで働くアイルーと同じ種族であり、こちらは主にフィールドで見かけられる。手癖がかなり悪く、ハンターを見つけるとアイテムを盗もうと近寄ってくる。

 しかし今は眠っているようだ。時々寝言のようなものを漏らしているところから見ると、完全に熟睡しているようである。

 

「静かにやり過ごすわよ」

「わかりました」

 

 ぼそぼそと紅葉が言うと、抜き足差し足でメラルーの近くを通り過ぎ、そのままエリア4へと移動する。

 そして問題が発生した。夜であると同時に霧によって見えにくいが、ブルファンゴが2匹歩いているのが見えた。

 

「ふぐ、ふぐ……」

「ぶるる……」

 

 鼻を鳴らしていたり、体を震わせたりして気ままに歩いているが、もう少し進めばシアンたちに気づいて突進を開始するだろう。

 

「……どうしよう」

 

 少し不安な表情でライムが呟くが、紅葉が前に出ながら言った。

 

「進むしかないわよ。もうベースキャンプは近いし。覚悟を決めなさい」

 

 肩越しに笑いかけると、ライムはどこか緊張が軽くなったような気がした。シアンもチーフシックルを抜いて体を震わせる。

 

「よし! 行きます!」

 

 そう叫ぶとブルファンゴの1体がこちらに気づく。

 

「ぶるる……!」

 

 シアンが右に走り出すとそれを追って突進を開始した。それを確認すると紅葉とライムが左に回ってエリア2を目指し始める。だがもう1体が突進体勢に入っていた。

 

「おっと。ライム、先に行きなさい」

「え?」

 

 その言葉に思わず立ち止まるが、紅葉がキッと睨みつける。

 

「いいから行きなさい!」

「は、はい!」

 

 背を向けてライムは先にエリア2へと向かい始める。それと同時にそのブルファンゴが突進を開始した。真っ直ぐに向かってくるブルファンゴを見つめ、多少引きつけたところでライムの後を追う。さっきまでいた場所をブルファンゴが通り過ぎ、進路上にあった木にぶつかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 もうブルファンゴはいない。だがそれでもライムは少しだけ早足にエリア2を目指していた。もう腕が痺れそうになっている。支える力も弱くなりそうだった。だから早いところこの原石を納品したいという気持ちがあった。

 一方シアンは最初のブルファンゴの気を引き続けていた。回避したところでもう1匹の方へと向かおうとすると、すでに紅葉へと突進を開始していた。ならば、もう一回このブルファンゴを誘い込もうとすると同時に、エリア2側への道に向かえる進路と平行に走り出す。そして気づいた。霧と闇に隠れて見えづらかったが、奥のほうにもう1匹ブルファンゴがいることに。

 そのブルファンゴはライムに狙いを定めて突進の体勢に入っている。

 

「いけない!」

 

 助けなければ、と更に走り出したが、背後から迫るブルファンゴに背中を突き飛ばされた。

 

「あっ、ぐ……」

 

 地面を転がって近くの木にぶつかり、一瞬だけ呼吸が止まってしまう。

 

「ごほっ、ごほっ……」

 

 胸を押さえて顔を上げれば、あのブルファンゴはすでに走り始めていた。

 

「ライム! 危ない!」

 

 だからせめて知らせなければ。息が切れそうになりながらもそう叫んだ。

 

「……え?」

 

 首を動かせば右から迫ってくる一つの影。それがブルファンゴだと気づいた時にはすでに自分は突進を受けていた。

 

「がっ……!?」

 

 思わず原石を放り投げてしまい、ライムの体は突進によって吹き飛ばされる。そのままエリア2へと地面を転がり続けてようやく停止する。彼の手から離れて宙を舞っていた原石はエリア4の地面に落下し、砕け散るだろう。

 ああ、最後の最後で失敗してしまった。

 そう思いながらライムは痛みと押し寄せてきた疲れによって意識を失った。

 

 

「ふん、ぬっ!」

 

 ゲリョスのくちばしを回避しつつ首元へと刃を突き立て、そして横へとなぎ払う。

 

「クオォ!? クオッ、クオッ! クオオオオ!!」

 

 首から血が舞い、下にいる昴の顔に付着する。それを拭いながら飛竜刀【紅葉】を上段に構えなおす。

 

「まだまだこれからだぞ?」

「クオオオオォォォ!!!」

 

 挑発を受けてゲリョスが左右に首を振りながら走り出した。口からは毒液を吐き出し、あちこちにばら撒きながら走っている。

 

「っと、狂走か」

 

 進路上から横に飛び込みながら回避しつつ、毒液からは地面を転がってよける。そんな昴を無視したままゲリョスはそのまま岩肌まで走り続ける。昴が起き上がると同時にゲリョスが振り返り、そのまま同じように狂走しながら帰ってくる。

 だが今度は距離があるため横に走りながらやり過ごす。そしてゲリョスはまたもや対面の岩肌まで走り続ける。

 これは狂走と呼ばれるゲリョスの行動だ。彼らは体内に狂走エキスと呼ばれる体液が巡っている。これは彼らの驚異的なスタミナを生み出す素となっており、他の飛竜たちと比べて持久力がある。元々臆病といわれており、この持久力で縦横無尽に走り回り、毒液を撒き散らすのである。

 こうなってしまえばしばらくこのまま暴走し続ける。ある意味狂化竜のようなものなのだが、これが昔からの彼らの習性と思われるので関係ない。

 

「……ふむ、時間稼ぎはこれくらいでいいか」

 

 時間を見てもう頃合だろうと判断し、飛竜刀【紅葉】を背中に戻す。未だに走り回っているゲリョスを尻目に、昴はエリア2へと向かっていった。

 

 地面に落下していく灰水晶の原石。シアンはそれを見て終わった、と思っていた。でもしょうがない。元々視界が悪いのだから、もう1匹ブルファンゴがいるなんて誰も気づかなかった。そしてライムの体力はほぼ限界だったのだ。

  

 だが、いつまで経っても原石が砕ける音が聞こえない。

 

 何故だろうと思っていると、原石は地面から5センチほどの高さで留まったままになっている。

 

「……え?」

 

 何故だろうと思っていると紅葉が自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「早く! 早く拾って!」

「……あ、はい!」

 

 うなずいて走り出すが、自分を突き飛ばしたブルファンゴが帰ってきた。それをやり過ごし、そのまま原石まで駆け寄る。

 

「ふんっ!」

 

 気合を入れて持ち上げると、紅葉が大きく息を吐いた。だが顔を上げてエリア2へと首をしゃくる。

 

「早いとこ移動するよ……ってもう1匹いたか」

 

 そこにはライムを跳ね飛ばした張本人がいた。前足で地面を擦りつつ二人を狙っている。

 

「ぶるる、ぶる!」

「くっ……」

 

 紅葉が渋い顔をして避ける体勢に入る。

 

「ぶ……ふぐっ!?」

 

 だが突然ブルファンゴの体から刃が突き出た。そのままねじ込まれていき、横へと切り払われる。突然のことにブルファンゴは抵抗も出来ずに絶命した。

 

「大丈夫か?」

 

 霧の奥から昴が現れ、二人を気遣う。

 

「昴さん!」

「いい所で出てきたわね。やっぱりそうでなくっちゃ」

「ふん……」

 

 どこか素っ気無く言いながらそっぽ向く。そして近くに倒れているライムに近づき、その体を抱き上げる。

 

「ファンゴにでもやられたか?」

「はい。霧が深くて見えないところから奇襲されました……」

 

 申し訳なさそうにシアンが説明するが、昴は怒った風もなくうなずき、背を向けてベースキャンプへと歩き始めた。

 

「行くぞ。それを納品しないとな」

「ん」

 

 うなずいた紅葉が昴の後を追い、シアンもまた歩き始めた。

 ようやくベースキャンプへと戻ると、まずテントに入った昴がベッドにライムを寝かせる。外に出て納品ボックスから布を取り出し、シアンの原石を優しく包み込んで納品ずる。そして最後に紅葉の原石を納品する。

 これでクエスト完了だ。

 

「お疲れ様」

「おつかれ」

「はい、おつかれさまでした……」

 

 紅葉と昴が言うと、シアンはどこか元気がないまま応える。そんなシアンの頭を撫でながら紅葉が屈みこむ。

 

「大丈夫。結果的には達成したんだから問題ないわよ」

「でも……」

 

 うつむいたまま昴を見る。昴は腕を組んでテントの方を見つめていた。

 

「昴さん、怒ってるよね?」

「んーん」

 

 優しい声色で否定する。だがシアンの顔色は晴れなかった。

 数分後テントからライムが出てくる。彼の顔もまた暗い色を持っていた。昴がいることに気づくと近づいて頭を下げた。

 

「すみません。原石を落としてしまいました」

「……」

 

 正直に告げながら謝るが、昴は何も言わない。すかさずシアンが駆け寄ってライムの背中に手を置く。

 

「大丈夫。原石は割れてないよ」

「……え? で、でも」

「あたしが止めたからね」

 

 原石が宙に浮いていたのは紅葉の風魔法によって浮遊していたからだ。現場は暗く、霧が出ていた。そのため原石の近くまで接近しなければ、彼女の射程内に魔法が効果を持たなかったという。まさに危機一髪の出来事だったようだ。

 

「……すみません。僕の不注意で」

 

 それでもそんな状況に晒したのは自分の責任だとライムは感じていた。だからもう一度昴に頭を下げる。

 

「気にするな。俺も気にしていない」

「…………え?」

 

 思わず顔を上げて昴の顔を見つめる。その表情は相変わらず無表情だったが、怒っている感じはしなかった。

 

「気にしていない、と言ったんだ。だから気に病むことはない」

「で、でも……!」

「お前たちはまだまだ新米だ。失敗しない、というのがどうかしている。人は誰もが失敗を重ねて成長していくものだ。そしてその失敗を受け、以後気をつけるという心構えを持つことが大切だ」

 

 じっとライムだけでなくシアンも見つめて言葉を続ける。

 

「だから気に病まず、自分の成長の糧としろ。いいな?」

「…………」

「返事は?」

 

 じろっと睨みつけるような眼差しを向けるとライムは慌てて姿勢を正した。

 

「はいっ!」

「それでいい。精進しろ」

 

 話は以上だ、と言わんばかりに背を向けて支給品ボックスへと向かう。中からクエスト達成を知らせるボタンを取り出し、スイッチを押した。

 

「……う、うう」

 

 そんな彼の背中を見つめてライムは涙を流した。シアンもまたほっとしたような顔をするが、その目は微かに潤んでいた。

 

「ね? 怒ってなかったでしょ?」

 

 紅葉が二人に近づいて笑いかける。

 

「あいつは不器用だからね。無表情なのが多いし、でもってあの無表情さだから人に何考えてるのかわからないとかよく言われるし。でもさ、あんたたちのことは嫌いじゃないよ。嫌いだったら、最初から無視してるし、睨みまくるし」

 

 苦笑しつつ二人の頭を優しく撫でる。そんな紅葉を二人は見上げた。

 

「でもそんなあいつが、あんな言葉をかけたってことはわかってるよね?」

「……はい。自惚れじゃなかったら僕たちの成長を期待している、ですよね?」

「そ。失敗してもいい。でも、少しずつ成長しろ。それを期待しているからああ言ったの。だから頑張りなさい」

 

 そう締めくくってにっと笑いかけると、二人は大きくうなずいた。

 

「……あれ? それじゃあ今回のテストは?」

 

 ふとシアンが首をかしげてそう言うと、紅葉は意外そうな顔をした。

 

「ん? そんなの合格でしょ」

「へ?」

「なに言ってんの。合格じゃなかったらあの昴がライムにあんなこと言わないでしょ。不合格だったらそれでおしまい。何も言わずに帰ってるはずよ」

 

 それもそうだ。呆けたような顔をするシアンの目から涙が流れ始めた。シアンにつられてライムもまたどんどん涙を溢れさせる。

 

「う、うぅ……」

「うわぁぁぁああん!」

「よしよし」

 

 優しく二人を抱き寄せて紅葉は頭を撫で始める。二人はそれで緊張が解けたのか紅葉の胸元で大きく泣き始めた。

 

 

 こうして二人のテストを兼ねたクリスタルハンティングは終了した。

 途中いざこざがあったものの、クエストは成功。

 二人はこれからも『吹雪(ブリザード)』のメンバーとして活動することとなった。

 

 

 翌日の朝になってシン沼地を発ち、夕方頃にココット村の酒場に戻ってくると早速料理を囲んで宴会のような状態になった。料理は肉料理をメインにサラダなどを添える。そして紅葉はジュース、他の3人は酒を注文して乾杯することとなった。

 

「かんぱーい!」

「乾杯」

「乾杯!」

「……乾杯」

 

 コップを打ち合わせて一斉に喉を潤していく。シアンはもう普段の元気さを取り戻し、ビールを飲むことでさらにテンションが上がっている。

 

「これからもよろしくお願いしますね! 紅葉さん!」

「ん。よろしく」

「そうそう。紅葉さんのこと、お姉ちゃんって見てもいいですかぁ?」

「お? お姉ちゃん? ほうほう」

 

 どこかおもしろそうにその提案に食いつく。ビールを飲み干したシアンはうなずいて少し赤らんだ顔を笑顔に変えて紅葉の胸元に顔を擦り付ける。

 

「なんていうか、紅葉さんってお姉ちゃんって感じがするんですよ~。そう、包み込んでくれる暖かさっていうやつですかね?」

「ほうほう。あたしがねぇ。だってさ、昴」

「…………なぜ俺に聞く?」

 

 肉を切り分ける手を止めて少しだけ顔を上げて紅葉と視線を合わせる。そのままシアンもまたにっと笑ってコップを掲げた。

 

「昴さんは、お兄ちゃんですよねっ!?」

「……は?」

「ほうほう~お兄ちゃん」

 

 とんでもない爆弾発言に昴は呆気にとられ、紅葉はますますおもしろくなったといわんばりに顔を緩ませていく。一方ライムはおろおろとしはじめて昴と二人を交互に見つめている。

 

「紅葉さんのように昴さんもお兄ちゃんって思っていいですかぁ?」

「却下」

 

 その提案はすぐさまばっさりと切り捨てられた。

 

「えぇ~、何でですかぁ? いいじゃないですかぁ~」

「却下。俺は兄って柄じゃない」

 

 再び肉を切り分けながら素っ気無く言う。だがそれに対してジュースを飲み干した紅葉がニヤニヤとしながら頬杖をつく。

 

「んー、そうでもないんじゃない?」

「……」

 

 どういうことだと紅葉の方を見ると、近くを通りかかったベッキーにコップを渡していた。

 

「あ、おかわりお願い」

「わたしもお願いします~」

「はい」

 

 二人のコップを手にしてベッキーが厨房へと向かっていった。再び紅葉が笑みを浮かべて昴を見つめる。

 

「昴って確かに色々と不器用だったり無愛想だったりするけど、根本的には面倒見がいい方なのよ。そう、昔からね」

「……」

「あの頃はあたしも優羅も昴の後ろをついていってたよね? 今のようにめんどうだとか素っ気無い態度をとってるのも変わらない。でもなんだかんだ言いながらも結局は相手してくれてたじゃない」

 

 その言葉に昴は何も言い返せなかった。だってその通りなのだから。

 毎日毎日遊びに来ては自分の周りにいた二人。元気いっぱいな紅葉に少し大人しめなユラ。対照的な二人だった。そして自分は今と同じく無愛想で素っ気無い。普通そんな奴がいればあまり相手をしないものだが、なにを思ったのか二人はそれでも絡んできたものだ。

 そして昴はめんどうだと感じつつも二人が傍にいるのが心地よく感じていたので、あしらわずに相手し続けた。

 

「優羅に至ってはあんたのこと兄さん、なんて影で考えてたもんだよ?」

「……そうなのか?」

「そうそう。まああたしも昴のことお兄ちゃんって一時期思ってたけどね。あ、言っとくけど今では違うから」

 

 手を挙げて訂正すると、わかってるという風に昴がうなずいた。

 そこでシアンが首をかしげて紅葉に話しかける。

 

「ところで、ユラって誰のことです?」

「ああ。優羅ってのはあたしたちのもう一人の幼馴染。同じ村で幼い頃から一緒に過ごしてきた、ね」

 

 そこで紅葉の表情に陰が生まれる。無表情に見える昴もまたどこか陰りがある。ふとライムが思い出したように声を小さく漏らした。

 初めて会った時に昴が言っていたこと。自分たちの村の生き残りは昴と紅葉の二人だけ。つまりユラという人は……。

 

「……ま、あたしは生きてると思ってるけどね」

「……え?」

「確かにあの人は生き残りはいないって言っていたけど、あたしは信じてる。優羅は今もどこかで生きてるって」

「……そうだな」

 

 紅葉の言葉に同意するように昴もうなずいた。二人の旅は狂化竜を探すと同時に優羅を探している、といってもよかった。

 

「じゃあ行方不明、ってことですか?」

「そうかもね」

「僕と同じですね」

「え?」

 

 ライムの言葉に紅葉がきょとんとする。

 

「僕も行方不明になっている兄さんを探しているんです」

「あれ? 兄さんいたんだ」

「はい。兄さんもハンターでして、数年前にクエストに出たまま帰ってこなくて……。ですから兄さんを探すために僕もハンターになったんです」

「へぇー、そうなんだ。なかなかやるじゃん」

 

 柔らかな笑顔を見せてそう言うと、ライムはどこか恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「お待たせしました」

 

 そこでベッキーがおかわりのコップを持ってきた。頭を下げて去っていくと、シアンがコップを掴んでまたしてもぐいっと傾けた。

 

「……ぷはぁ! そぉなんですよ! ライム君は凄いんです! 元々体を動かすのが苦手だったのに、ハンターになるために体を鍛えてぇ、そんちょーに何度も頼み込んだんですよぉ!」

 

 まるで自分のことのように誇らしげに語り始めた。その顔はさっきよりも赤く染まっており、明らかに酔っている様に見えた。

 

「ほうほう。男の子だねえ」

「いやいや、そんなこと、ないですよ……」

 

 二人の女性に褒められたのが恥ずかしいのだろう。ライムの顔も別の意味で赤く染まっている。紅葉はまた面白そうに笑うとコップを手にして飲み始める。

 

「……ふぅ。ま、目標を持つってのはいいことだと思うよ。人ってのはそうでなくっちゃね」

 

 サイコロミートをフォークで突き刺し、そのまま口に運んで咀嚼してまた飲む。

 

「……さて、昴。話を戻そうか」

「…………何の話だ?」

「決まってんだろ? あ? 昴がお兄ちゃんって呼ばれることだよ。とぼけてんじゃねえぞ?」

「「「…………」」」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 隣に座っているシアンがゆっくりと紅葉の顔を見つめる。

 

「……紅葉、さん?」

「ん? なに? どうかした?」

 

 何事もなかったかのように応える紅葉だが、対する昴は冷や汗をかき始めている。その視線は紅葉が手にしているコップへと向けられていた。

 

「どうしたよ、お兄ちゃん。あたしのコップが気になるのか? んん?」

 

 お兄ちゃん、と呼ばれたというのに昴は何も言わない。冷や汗をかきながらがたがたと体が震えているようにも感じられた。

 

「おうおう、反応がないぞ? どうしたよ昴。おもしろくないぞ~?」

 

 ニヤニヤと笑いながらコップを一気に傾けて中身を全部飲み干した。そのままコップを掲げて振り回し始める。

 

「足りん、足りんなぁ。ベッキー! おかわ……」

「まてぃ!」

 

 すかさず立ち上がってその手を下ろす。突然のことにライムとシアンが驚いた。

 

「お? どしたよ?」

「……頼む。それ以上飲むな」

「どうしてよ? あたしは全然飲み足りねえんだよ」

 そう言いながらさっと昴の手から逃れて立ち上がる。そのままベッキーに向けてコップを掲げる。

 

「ベッキー! おかわりー!」

「かしこまりました」

「だから待て! ベッキー、頼む。それ以上飲ませるな!」

「……はあ」

 

 コップを受け取ろうと近寄ろうとしたベッキーを止めてそう言うと、うなずきながらも首をかしげる。さすがに二度も止められては紅葉も不機嫌になり始めた。

 

「おうおう、止めてくれるなよ昴。あたしは飲みたいんだよ」

 

 腰に手を当てながら言うと、ライムのコップにまだ残っていることに気づき、さっと奪い取った。

 

「あ……!」

「ごくごく……ぷはぁああ!! ああぁ、美味い!」

 

 それでご機嫌になってコップをぶんぶん振り回す。その時数人のハンターが紅葉の後ろを通りかかった。その時一人のハンターの体が紅葉にぶつかってしまう。

 

「っと」

「おい、気をつけろ!」

 

 その瞬間昴の顔色がそれまで以上に青ざめた。

 

「……あ?」

 

 紅葉の顔が不愉快そうに変わり、下から睨み上げる形になる。そのハンターもまた酔っているようだった。恐らくどちらかの足元がおぼつかずにぶつかったのだろう。だが、当の本人たちは相手がぶつかってきたのだと解釈した。

 

「おい姉ちゃん、気をつけようぜ?」

「あ? 何言ってんの? そっちがぶつかってきたんでしょうが」

「……言うね、姉ちゃん。だが俺は心が広い。今なら謝ってくれるんなら許してやらんこともねえ」

 

 そのハンターは紅葉が女ゆえに非力だと思ったのか余裕を持ってあたっている。だがそれは過ち。いつもの紅葉ならばまだ他の対応をするだろうが、今の紅葉にそんな言葉は通用しない。

 

「はっ、冗談! あんたらに下げる頭なんざねえよ」

 

 見下したような目でいいながら手を振る。それが気に障ったのかハンターが紅葉の胸倉を掴む。さらに他のハンターも紅葉を囲み始めた。どうやら他のハンターもまた酔っているらしい。

 

「ちょ、昴さん! 紅葉さんを助けないと!」

「……ああ、助けないとな」

 

 まだ震えているがそう言って立ち上がる。

 

「――あのハンターたちを」

「……へ?」

 

 どういうことかと昴を見上げた時、紅葉の叫び声が響き渡った。

 

「気安くあたしにさわってんじゃねえぞ、ごるぁぁあああ!!!」

 

 続いて聞こえる衝撃音。見れば紅葉の右手がハンターの鎧を突き破って腹にめり込んでいる。

 

「ご、ふ、あ……」

 

 その衝撃で胃の中のものが上がってくる感覚がしたのか、それを回避するために回し蹴りを放ってハンターを入り口付近まで吹き飛ばす。

 

「がっ……!? ぐ、ごふぇ……おえっ……」

 

 そのままハンターの口から先ほど食べたものが吐き出される。それを呆然と見つめる酒場の一同。

 

「お、おい、お前っ!?」

 

 他のハンターの一人が紅葉の肩を掴もうと手を伸ばした。

 

「おいっ! やめてお……」

 

 それを昴が止めようとするが、もう遅かった。その手を掴んで背負い投げの要領で床に叩き伏せる。さらに追い討ちとしてその腹に一発打ち込んだ。

 

「ぐふぉ……」

 

 腹の空気が抜けるような音がして、ハンターはそのまま意識を失った。

 

「……ふん、あたしに触れていいのはあたしが認めた相手だけだ、クソ野郎が」

 

 パンパンと手を払うと、残りのハンターに視線を向ける。その鋭くも冷たく、凄まじい怒気を含んだ視線を受け、ハンターたちは震え上がり仲間を連れて酒場を出て行った。しばらく酒場は沈黙に包まれる。

 

「……紅葉さーん?」

「あ?」

 

 そこにベッキーがくまのぬいぐるみらしきものを手にして近づいてきた。だがそれを見た紅葉の表情がまた不機嫌そうなものになる。

 

「おやすみベア、か。はっ、それであたしを止めようっての?」

「ええ。何としてでも」

 

 二人が向かい合い、睨み合う。一同が見守る中二人が走り出して戦闘を始めた。おやすみベアを振るいながらベッキーが攻め立てるも、紅葉はそれを全て回避しつつ拳を連続して突き出している。だがそれもベッキーには当たらない。二人の実力は互角だった。

 

「やむを得んな」

 

 呟くと同時に昴がカウンターにいるエレナへと向かっていった。

 

「エレナ。これから言う材料を使ってあるものを作ってくれ」

「は、はい。わかりました」

 

 伝え終えるとすかさずエレナが厨房へと向かっていった。振り返ればまだ戦闘が続いている。酔っているとはいえ紅葉の速さはまだ健在だった。それにギルドの受付嬢であるベッキーがついていっているのも驚きだ。恐らく今回のように酔って暴れているハンターを大人しくさせるための訓練を受けているのだろう。

 おやすみベアといえば見た目は普通のぬいぐるみだが、『おやすみ』の名がついている通り睡眠効果がついている。これでハンターを眠らせて対処すると推測された。

 酒場のハンターたちは二人の周りから離れて声援を送っている。女二人が凄まじい戦いをしているのがそのまま肴になっているようである。まったく気楽なものだ。

 

「お待たせしました!」

「感謝する」

 

 そこでエレナが頼んでいたものを持ってきてくれた。それを持って二人の元へと駆けつける。一端距離を取ったところを見計らって、昴がコップを掲げて呼びかけた。

 

「おい! 紅葉!」

「……あ? なに? 今いいところなんだけど?」

「ほら、おかわりだ」

「……おお。気が利くじゃないか。さすがだよ、昴」

 

 嬉しそうにコップを受け取り、そのまま一気に飲み干した。

 

「ごく、ごく…………ん? んんっ!?」

 

 すると紅葉の顔色がどんどん変化していく。目は見開き、次第に体が震え始めた。

 

「か、か、かかかかかかからぁぁぁあああああいいいいいぃぃぃ!!!!」

 

 そんな叫び声を上げた瞬間、顔がぼんっと赤くなって煙を噴き出した。そしてその場に崩れ落ち、意識を失ってしまった。

 

「…………すまん、紅葉」

 

 とても申し訳なさそうな顔をしながら手を合わせる。屈みこんでその体の下に手を回して抱えあげる。いわゆるお姫様抱っこの形になった。

 

「……迷惑をかけた」

「いえ。大人しくなって何よりです」

 

 ベッキーが微かな笑顔を見せて首を振る。

 

「以後、紅葉に酒は飲ませないでくれ。一杯だけであんな感じになってしまう」

「はい。……すみません。私のミスです。彼女にもビールを入れてしまいました」

 

 そう。元々はベッキーが紅葉のコップにもビールを入れてしまったというミスが原因だった。彼女にも思うところがあるのだろう。頭を下げてきた。

 

「いやいい。これから気をつけてくれればいい」

 

 昴もまた申し訳なさそうな顔をしながら言う。そしてライムとシアンに向き直ると苦笑した。

 

「今日のところはこれで解散ということにする。また明日よろしく頼む」

「あ、はい。お疲れ様でした」

「おつかれさまですー」

 

 立ち上がったライムが頭を下げる。そして今の騒ぎで少しは酔いが覚めたのだろうか。少しだけシラフな顔で手を振ってきた。

 こうして最後にとんでもない騒ぎを起こしつつ、昴は紅葉を抱えたまま宿へと帰っていった。

 余談だが、次の日紅葉は昨夜のことは覚えておらず、昴から説明されて頭をかいてまたやってしまったのか、と苦笑することとなった。酒場の修理代はあのハンターたちが支払うことになり、紅葉を見た瞬間恐怖で顔がひきつっていた。

 そしてライムは先日昴に言われたこと、「女は怒らせると怖い」というものを実感することになったという……。

 

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