呪われし血統と黒き竜   作:流星彗

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66話

 

 

 フラヒヤ山脈に太陽が沈みはじめ、空は鮮やかな茜色に染まり始めている。ポッケ村に滞在しているライムとシアンは今日の鍛錬を終えて借家へと戻ってきていた。

 キッチンではシアンが今日の夕食を作っており、手際のいい包丁の音が聞こえてきている。ココット村ではそれぞれ一人暮らしをしていたため、家事スキルは問題なかった。ここに暮らし始めた当初こそ交代制でやろうという話をしていたが、今ではほとんどシアンが一人で引き受けていた。

 居間ではライムが魔法に関する本を読み進めている。彼は時間があるときにはこうして書物を読み、魔法の知識を吸収していた。

 シアンがライムは家事をするよりそういった知識を吸収する時間を多く作るべきだ、と言ったためこういう形で落ち着くことになったのである。

 最初こそ自分も何かやると言っていたライムだが、シアンも色々と考えて自分のためにこうしてくれているのだというのがひしひしと感じられたため、その好意に甘える事にした。

 包丁の音と漂ってくるいい匂いを感じつつ、ライムは静かに魔法書を読み進める。右手は淡々とページをめくっていき、その青い目は素早く左右に動き続けている。

 今回読んでいる部分は空間系についての記述がある項目だった。

 

 

 空間魔法とは魔法の中でも最も謎が多く、最も高等なものと呼ばれる魔法である。

 空間と呼ばれるものを利用する魔法だが、世界には空間というものを理解する魔法使いが少ないために使い手が極小であるというのが特徴だ。

 ある者は空間とは断層と呼び、またある者は空間とは見えない壁と呼ぶ。それらの解釈はある意味間違っていない。

 空間魔法の一つである「転移」は、ある場所からある場所へと一瞬にして移動するという移動魔法なのだが、これは目の前に空間の亀裂を作る事で成立する魔法だ。

 イメージするならば扉だろうか。空間を壁に見立てて亀裂を作る事で扉を開き、その先は自分の行きたい場所が広がっているというイメージだ。しかしイメージするのは空間の扉だけでなく、行きたい場所の風景までイメージしなければならない為、慣れないうちはかなり集中しなければ行使出来ない魔法だろう。

 

 もう一つ代表的なものといえば「穿空(せんくう)」。神倉月によって作られた一般的に知られている「空間収容術」や「圧縮収容術」などの元となった魔法である。

 元々は自然にかける事でそこに異空間を作り上げる魔法だ。例を挙げれば洞窟に入ると普通は奥へと進む事が出来る。だがこれをかけることで空間が捻じ曲がり、人為的にもう一つの洞窟という新たな空間を作り上げる魔法。それが「穿空」。

 ただの布だったはずのローブの裏面が、どういうわけか反対側に突き抜けずに手を入れられるのは、この魔法によって裏面の中に空間を作り上げられているからだ。一般人もよく知り、現代のハンターならばかなり身近な存在となっている魔法だが、そのイメージの仕方は少々言葉にしづらいだろう。

 それでも言葉にするならば裏面を地面に見立て、そこに大きな穴を広げていくようなものだろうか。穴はもちろん歪められた空間であり、その中で渦巻く空間を作り上げる。しかし反対側へと貫通させず、裏面だけにその穴を留めておくというかなり難しい塩梅(あんばい)だ。

 ローブならばそのイメージだが、支給品ボックスなどならばまた別のイメージとなる。元々あれは中に既に収容するスペースがあるのだ。その定められたスペース(空間)を歪め、通常よりも更に多くの道具を収容するために魔法をかける。イメージはスペースの中で渦巻く空間だ。

 渦巻く、という言葉から連想するならばやはり水、海だろう。

 この魔法にとってイメージする空間は広大な海といってもいい。ただし果てしない海ではなく、かけられる対象によって範囲が決まる海。そしてただ存在し、入れられていく道具を抱く海ではなく、中で少し流れに沿って廻り続ける海。

 そうすることで中の道具が常に少しずつ動いていく。その流れがあるからこそ使用者の意志に反応し、すかさず取り出したい道具がその手へと吸い込まれるように動くのである。

 想像してみるといい。

 裏面の奥には多くの道具を抱く空間が存在している。上も下も、右も左もわからない世界の中で、数多の道具が浮いている空間。それが「穿空」によって作られた世界だ。

 空間と呼称するから少しわかりづらいだろう。故に水の中に浮いている、とイメージすればわかりやすい。母なる海に身を任せ、たゆたうように廻り続ける道具たち。

 それがこの魔法によって生み出された結果だ。

 

 さて、空間を語る上でもう一つ記述するものがある。だがこれはこの世界ではあまり知られない現実であることを前置きしておこう。

 元より空間というものがこの世界の者達では理解しづらいものであるため、この話もまた理解できないかもしれない。だが、ある程度創作された物語を読む者ならば、あるいは理解できるかもしれないだろう。

 すなわち、世界は一つではない。

 ここでいう世界とは地図に載っている世界、というものではない。その世界をひっくるめ、生きとし生ける者全てが生きるこの世界全体を一つの空間と称した“世界”である。

 創作物によって設定された、作者による妄想に終わるモノだと思われるかもしれない。だが現実はそうではない。

 ここで一つ問いをしよう。

 今目の前に二つの箱がある。

 一つは大きい箱、もう一つは小さい箱。

 そのうちの一つを開けた後、もう一つの箱はもう開ける事が出来ない。

 さあ、それを聞かされて主は一つの箱を開けた。中身を確かめ、それで選択は終了する。

 

 ふとこう思うだろう。

 

「もう一つの箱には何が入っていたのだろう」

 

 しかしそれを確かめる術は開けた後の主はもう知る事が出来ない。

 

 だが、別の“世界”の主ならば知る事が出来る。

 そう、もう一つの箱を開けた主だ。

 

 意味が分かるだろうか?

 箱を選べと言われた時を「選択の時」、と呼称する。その後、主はどちらか一つの選んだ時を「分岐した時」と呼称しよう。

 「選択の時」はまだ世界は一つだったが、「分岐した時」になった時に世界は二つに分かれるのだ。

 すなわち大きな箱を選んだ世界と、小さな箱を選んだ世界である。

 一概にこれを平行世界と呼ぶのだが、人が選択をしたとき平行世界は無数に分かれていく。過ぎ去った時間は戻す事が出来ない為、選択しなかったもう一つの選択肢の結果は知る事が出来ないのが世界の理だ。

 しかし、一つの空間魔法を行使する事が可能ならば、その世界の理を覆すことが出来る。

 

 それが、時空転移と呼ばれる魔法。

 

 「転移」ならば一つの世界内での移動になるが、「時空転移」になると“世界”を超えて移動する事が可能となる。だが元の世界に目印をつけておかなければ、無数の平行世界の海によって迷子になり、元の世界に帰る事が出来ないという危険性がある。

 とはいえそこまで至るにはとてつもなく長い道のりと、有り余る才能と魔力がなければ話にならない。

 加えて使用する術者など指で数えるほどしかないために、ここで術式を記述するようなことはない。ただ存在だけをここに記述しておくのみにしておこう。

 

 

 そこまで読み終えたライムは一息ついて本にしおりを挟みこんだ。

 読み進めていた魔法書は魔法の解説と術式が記されているものであり、それぞれの属性の魔法について書かれている。ライムが今読んでいた部分はもう本の後半部分であり、上級者向けの魔法が解説されている部分だった。

 そこに記されている空間系の魔法。

 記されている通り、収容術などで一般人にもなじみ深いものとなっている。だがそれを行使しようと思えばかなりの実力を有しなければならない上に、空間に対する理解力がなければならない。

 我々で例えるならばテレビをリモコンで操作して様々な番組を見る。そうすることはもう誰に言われるまでもなく知っている事であり、毎日の生活に馴染んでいる機械だ。しかしどうやってリモコンの操作を受け、スイッチが入り、番組を映すのか、その仕組みや内部構図までは知らない。

 そんな感じに思ってくれればいい。

 ライムも読んでみたことは読んだが、何となくでしか把握できなかった。イメージの仕方は例として書いてあるが、実際にイメージしてみるとこんな感じだろうかと試行錯誤している状態だ。

 しかし今のライムでは行使する事は出来ない。むしろ今の実力では上級魔法も怪しいところだ。

 魔法鍛錬を行う前、ライムは月にある物を渡された。

 それは虹水晶。粒子に反応して様々な色へと変色する珍しい水晶だ。

 月はある程度ライムの才能を見抜いてはいたが、こうして実際に目にすることも大事だろうと判断し、これを手渡した。

 説明を受けた後、虹水晶を手にしたライムは意識を集中させる。すると虹水晶の色が様々な色へと変化していく。赤、青、黄色、緑……虹水晶というだけあってそれはまさに虹のように様々な色を放っていた。

 やがてその変色も落ち着き、最終的には虹のように様々な色を水晶に浮かばせるのみ。

 それが意味するところは、ライムは全ての属性に適性がある。

 魔族とはいえ才能がなければ術者の適正は少なくて二種類、多くて四種類といわれている。人間ならば昴達のように一種類に適性があるのみだ。多くても二種類とされている。

 だがライムはそれには留まらなかった。

 火、水、風、土、雷、氷、光、闇。全ての属性に適性あり、とこの虹水晶に表れたのだ。

 そういった魔法使いは珍しい。魔族としても竜人族としても、だ。

 彼の才能は母親であるミントから受け継がれている。今は亡き高位の魔法使いであり、ハンターでもあったミント・ルシフェル。彼女もまた魔族であり、夫であるエメラルドと違ってシュヴァルツの血統の者だ。

 加えて彼女は先天的に高い魔法の才能を有していた。ライムと同じく全属性に適性があり、修練を重ねたことでその才能を意のままに行使する事を可能としている。

 だがハンターの道に身を投じて肉体的にも修練をすることで、自らの実力にバランスを保とうとしたらしい。その努力の甲斐あって彼女はG級ハンターになり、エメラルドと出会って夫婦となった。

 そんな彼女の才能がほぼライムに受け継がれている。だからこそ彼の本能が幼いライムの体を守るために才能のほとんどを封じ込め、魔法を使わせないようにしたのだ。

 しかし今ならば、その才能をライムが望むままに行使できるようになっている。だが扱いを誤れば、己の身やシアンを傷つけかねない諸刃の剣でもある。

 だからこそ修練しなければならない。更なる高みを目指しつつ、なおかつ確実に扱えるような技術を。

 そんな事を考えていると、ライムはこの家に近づいてくる力を感じ取った。自分にとってはもう忘れられない力の波動。それは扉の前に立つと軽くノックする。

 

「はい、どうぞ」

「邪魔するぜー」

 

 声をかければがちゃりと扉を開けて桔梗が入ってきた。そのまま扉を開けたままでいると、声の主であるクロムが両手で鍋を持ったまま中へと入ってくる。

 様子に気づいたシアンがキッチンの方から顔を出して客人である二人を覗き、ぱっと花咲いたような笑顔を浮かべて出てきた。

 

「あれ? クロムさんに桔梗さんじゃないですか。どうしたんですか~? それにそのお鍋は?」

「おう、桔梗が作った鍋物だ。ちょっと多く作っちまったらしいからな、お前らと一緒に食おうかと話して持ってきたんだが、大丈夫か?」

 

 そう言いながら机に鍋を置き、蓋を開ける。すると出来立てのホクホク鍋の匂いが漂ってきたではないか。肉はイャンクックのもも肉を使用し、胡椒でピリリとした味付けをしてある。もう一つはイャンクックのつみれが浮かんでおり、すりおろされた生姜を混ぜてあるようだ。

 野菜としては様々な種類がぐつぐつと煮えられており、栄養バランスも考えられている。しかも肉と野菜だけでなく、魚介類として兜ガニや黄金魚の切り身が入れられていた。

 

「この通りポン酢も用意しておりますが、どうしましょうか?」

 

 ローブから取り出したのは家から持ってきたであろうポン酢の瓶。小首を傾げながら桔梗が夕食の支度をしていたシアンに問いかける。

 

「大丈夫ですよ。ごはんは炊けてますし、おかずもそんなに重いものじゃないんで問題なし! みんなで一緒に食べましょう!」

「お、それはよかった。じゃあ今日はよろしく頼むぜ」

「よろしくお願いしますね。あ、お皿を用意させていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい! どうぞ、こっちです」

 

 ポン酢の瓶を置いた桔梗は、笑顔で案内するシアンの後を追ってキッチンへと入っていった。持ってきた鍋はクロムが持ってきた加熱機の上に置かれる。火は火薬草の粉末が入れられている窪みに、クロムが軽く火魔法をかける事で発生した。持ち運び可能な道具として開発され、薪を用意できない状態でもこれと火種、主に火薬草を用意できれば火を用意して冷えた料理を温める事が出来る。

 燃える火の勢いを少し調整したクロムはライムの隣の席に着き、ライムの膝に置いてある魔法書を見下ろした。

 

「どうだ? 調子の方は」

「問題はないですね。日々こうして本を読み、知識として吸収しています」

「そうか。ま、お袋の血を強く受け継いだお前だ。きっちり修練すりゃ将来的には化けるよな。頑張れよ」

 

 優しげな微笑を浮かべて頭を撫でてやると、少しだけくすぐったそうに片目を閉じて上目使いでクロムを見上げる。こうしてくしゃくしゃと撫でられるのは久しぶりだ。その撫で心地にライムは少し身を任せる事にした。

 対するクロムはというと久しぶりに弟を撫でる事で懐かしさを感じていた。かれこれ五年はこうやっていないだろうか。サラサラで柔らかく、まるで女の子を撫でているかのようなその感触もすごく懐かしい。

 あの頃と変わらない長髪だが、自分達のせいで一度短くしてしまったという。それを聞いたときはすごく残念な気持ちになったし、申し訳ない気持ちにもなった。

 ライムにとって髪は母親譲りのものであり、同時にミントと同じく自然の力を集める力が備わっている。魔族は元々髪に力が宿る傾向があるが、ミントの髪は他の魔族と比べてその力が強く表れていた。幼い頃から長髪だったため自然の力を取り込む量は多めだ。それを普通だと体が認識すれば、取り込む量が少なくなる短髪にすると体の調子を崩してしまう。

 でも子供にしてはあの頃は長すぎたため、間隔をあけて整えてきたのだが、あの日は気分転換として肩を少し超えた辺りまでばっさりと切ってしまった。その数日後にクロム達が旅立ち、あの事件が起こってしまう事になる。

 

「……しっかしまあ、変われば変わるもんだな」

 

 それからのライムの努力が始まり、今に至るのだが……最後に見たライムと今のライムは少し重ならない。

 内面は変わっているが、外見的な所はあまり変わっていない。中性的な顔つきのせいで少女に見えてしまうのは相変わらずではあるも、その目はかなり変わっているように思える。

 それはハンターとしての経験を積んだ結果だろう。普通の子供だったあの頃と違い、その目には力が宿り始めている。精神に変化があればそれは目に出るというが、それをクロムは感じ取っているのだ。

 さらに雰囲気も凛々しくなりつつある。この点に関してはシアンも感じているからクロムも気づかないはずもない。

 こうして片目を閉じて少しだけ上目使いになっている可愛い弟。こういう所はまったく変わらないのに、しっかりと内面では成長している。あの頃のライムはほとんどなくなっている。

 それは少し寂しいものがあるが、弟の成長は素直に喜ぶべきだろう。

 

「神倉さんも感じているように、お前にはまだ眠っている才能がある。俺にもそれが何となくはわかるんだが、残念ながらお前も知っての通り俺はお袋のような魔法の才能はないんで、教えられないんだわな」

「ええ、それは知っています。兄さんの場合は確か僕とは逆で父さんの才能を強く受け継いでいるんでしたよね?」

「そうだな。おかげさんでとんとん拍子にハンターとしての腕を磨く事が出来たというわけだな、うん。ま、そこに至るまでは当然ながら日々の鍛練と努力が必要さ。才能だけがあっても意味はない」

 

 しっかりとライムの目を見つめながらクロムはそう語る。

 彼のハンター歴は長い。幼い頃から基礎をエメラルドに仕込まれることで、体のつくりをしっかりとさせた。要は自分の力を制御できるようにすることから始まっている。

 身体能力が高いだけでは同世代の子供相手にとんでもない事をしでかすし、狩り場の中で自分のイメージ以上の力を出してアクシデントを起こしてしまえば、クロムの命に関わる事になりかねない。

 故にエメラルドはそこから仕込んでいったのだ。

 修行を終えて問題ないと判断され、10歳の時にギルドに登録し、彼はハンターとしての活動を開始した。

 両親についていくことでハンターとしての経験を積んでいるから、彼のハンターランクは高いものだろうと思われるが、実際にはそうではない。確かにココット村とポッケ村に滞在するハンターではある。しかし五年も中央の避難所と呼ばれるポッケ村の滞在と桔梗と共に隠れていたため、実力に反してハンターランクとしてはまだ50となっている。

 拠点を持っているハンターはクエストを多くこなす事が出来るため、自然とハンターランクは上がっていくが、一定のランクに達すると公式クエストをこなさなければ上がらなくなってしまう。

 クロムは51にあがるためのクエストをまだギルドから与えられていない為、ランクはずっと停滞したままだ。

 彼のパートナーである桔梗もランクはクロムには届いていないが、48という高さを誇っている。

 実力もランクに恥じない程の域に届いているも、感情が不安定になればそれに伴って彼女の行動にも影響が出てしまい、本来の実力を出せなくなってしまう。それは人ならば誰もがそうなるだろうが、桔梗の場合は他の人よりも大きな影響が見られる。

 心が壊れているからこその現象なのだから仕方ないが、桔梗はクロムの支えもあって何とかそれを少しでも抑えようと努力している。

 上位ハンターだからと慢心せず、二人は更なる高みを目指して精進しているのだ。

 クロムはエメラルドの背中を追うために。

 桔梗は狂化竜に勝てる実力を手にするために。

 それぞれ目標を抱えてひたすらに己を磨き続けた。

 目標があれば人はそれを己の行動理由としてどこまでも突き進む事が出来る。強さに対する目標は最終到達地点であり、超えるべき壁でもある。それが見えているならばどこまでも己を鍛える事が出来るだろう。

 ライムはどうやら母親だけでなく父親も目標にしている。しかしライムの場合はその戦力ではなくその在り方を目標としている。

 親というのは子供の目標であり壁でもある。いずれは両親のように中央で名の知れたハンターになりたい、と考えている二人だ。「あの二人の子供」ではなく個人で認められたいと望んでいる。

 それもまた高みを目指すために努力する理由になっていた。

 

「……ま、その点に関しちゃ俺は心配してないし、お前の才能を伸ばしてくれるいい師匠もいることだし。どこまでいけるのか楽しみにしてるぜ?」

「……はい、頑張ります!」

 

 最後に撫でた後、軽く頭に手を置いてやると、ライムは数秒目を閉じた後いい返事を返した。

 そのすぐ後、タイミングよく準備が終わったらしく桔梗とシアンがお盆を手にしてやってくる。桔梗は取り皿や小皿、コップを人数分、シアンは皿に盛り付けられたサラダだ。それらを一度机に並べると、シアンは別のおかずが盛り付けられたものを取るために一度キッチンへと引っ込んでいった。

 一方桔梗は煮えられた食材を取る皿と、ポン酢を入れる小皿をそれぞれ並べていき、自宅から持ってきたポン酢を小皿へと入れていった。

 

「あとはお茶とごはんでしょうか」

 

 呟くように言うとシアンと入れ替わるようにしてキッチンへと向かっていった。

 そしてシアンが再び持ってきた盆の上には、彼女が元々作っていたおかずが盛られた皿がある。

 小皿に盛られたそのおかずはきんぴらごぼうと揚げだし豆腐だった。どちらも東方の料理であり、紅葉から教わった料理だ。

 

「ほう、こいつはまた珍しいもんを用意したもんだ。奇しくも東方料理がここに並んでしまったってことかねえ」

 

 桔梗が用意した鍋も作り方の過程を考えれば東方風の鍋になっている。東西の文化の交わる北の村ということもあり、この村だけでなくフラヒヤ山脈の村の一部は東西の食材が商人の手によって届けられる。

 その素材が手に入ったため、シアンは以前教わった料理を試してみようということでこの二つの料理を作ったというわけだ。

 

「味の方はたぶん大丈夫だと思うよ。紅葉さんが作ってくれたものにはちょっと……ううん、かなり届かないだろうけど、わたしなりに頑張ったよ! だからおなか痛くなったり、戻しそうになったりはしないよ、うん!」

「……いや、シアン嬢ちゃん。食う前からんなこと言われても困るんだけどな」

「……はは」

 

 兄弟そろって苦笑を浮かべている姿は本当に二人が兄弟だと思わせるには十分なものだ。外見などはあまり似ていないが、所々そっくりだと思うところを覗かせる。

 最後に桔梗がお茶が淹れられたポッドとごはんが盛られた茶碗がお盆を持ってきた。

 ライムの対面にシアン、クロムの対面に桔梗が着席するとクロムが軽く視線を動かして全員を見回した。

 

「そんじゃ、ま、実際にどうなのか食べてみるとしようかね。いただきます」

『いただきます』

 

 まるで父親のようにクロムが言えば、ライム達も唱和する。それはまさしく一家団欒での夕食だった。

 温まった鍋にそれぞれ箸を入れ、好きに取っていく。それを小皿に取っておき、それをポン酢に浸して食べるわけだが、それよりも先にシアンが作ったおかずに箸を伸ばすことにした。

 まずはきんぴらごぼう。

 見た目は普通のきんぴらごぼうだ。味のアクセントとして刻まれた鷹の爪が散りばめられてる。

 

「んく、んく……」

 

 ライムが最初に口へと運び、ゆっくりと咀嚼してみる。その様子をシアンは箸に手を付けずに膝の上で両手を握りしめたまま上目使いに眺めている。表情は少しだけ固く、いつも明るい彼女もあまり見せないような不安そうな色合いが浮かんでいる。

 少ししてそれを飲み込むと、ライムは微笑を浮かべて静かに頷いた。

 

「うん、美味しいよ。どこも問題なんてない」

「……ほんと?」

「うん、ほんとだよ」

 

 にこっと笑顔を見せながら答えれば、さっきまでの不安な表情はどこへやら。花が咲いたようにぱっと笑顔を見せて喜びだした。そんな笑顔に少しだけ朱が入っており、そんな笑顔を見たライムも少しだけ赤くなる。

 初々しい二人を眺めながらきんぴらごぼうを食べたクロムも、にやにやと笑みを浮かべつつ、お茶を少しすすってシアンに感想を述べる事にした。

 

「俺からしても全然いけるぜ。よく出来てるさ。美味いぜ」

「こちらの揚げだし豆腐も美味しいですよ。味もしっかり染み透っていますし、口の中にじわっと広がる味わい。ええ、よく出来ていますわ」

「ほんとですか? ありがとうございます!」

 

 また笑顔を浮かべて頭を下げるシアンだが、ライムに見せたような色合いはなく、普通に喜んでいる笑顔だった。その辺りの違いがわかるほどの変化が見える。本当にシアンはわかりやすい、いい子だ。

 桔梗が用意してくれた鍋も素材の味を殺さずに煮えられており、手作りのつみれもいい味わいだった。北の地ということで年中寒いため、鍋料理はよく家庭で振る舞われている。そのため五年も暮らしているクロムと桔梗はよく鍋を食べている。

 そして桔梗は鍋料理をよく作っているため手際がいい。材料さえ揃えば出汁から作るため、結構本格的な鍋が食べられる。

 美味しい鍋を食べて体を温める。一つの料理で二つの意味でおいしい。

 ポッケ村の鍋料理とはそういうものであった。

 

 その日の夕食はいつもよりも美味しく感じたように思えた。

 

 

 次の日の昼。シアンは広場で撫子の妹である瑠璃と対峙していた。手にしているのは訓練用の木で出来た双剣。瑠璃は太刀を模した木刀を握りしめている。

 瑠璃の鍛錬に本職のハンターであるシアンが付き合うという形で、広場で彼女たちは鍛錬しているのだ。審判は瑠璃の母親である花梨が行い、身構えている二人を交互に見て手を挙げた。

 

「そんじゃ、始め!」

「せぇえええいっ!」

 

 花梨の掛け声と共に瑠璃が一気にシアンへと距離を詰めた。その速さは13歳の少女のものじゃない。一般人ならば一瞬でシアンのもとへと移動したように見えるほどに瑠璃の疾走は速い。

 だがシアンは彼女よりも速い人物を何度も見てきているため、しっかりと瑠璃の速さについていけていた。

 振り上げられた木刀を手にしている双剣を交差させて受け止め、そのままぐっと押し込んで右へと軌道を変えてやる。その際空いた左の腹へと蹴りを放ってやるが、反応した瑠璃が力の方向に従って右へと回転して一旦距離を取った。

 

「……ふぅ、もうあたしの速さは対応されてるか」

「いえいえ、瑠璃ちゃんもすごいですよ。その歳でその実力……うらやましいです」

 

 一応瑠璃と茉莉もギルドに登録しているハンターであり、下位ハンターとして活動はしている。だが飛竜との戦闘経験はイャンクックのみ。登竜門は終えているが、まだまだ修行をしているハンターなのだ。

 それは彼女たちが竜魔族という二つの種族のハーフである事に関係している。

 内包している才能は高い事は間違いないが、二人は完全にその力を制御しきれていない。心身ともにまだ未熟なのだ。だからこうして対人の訓練を行い、花梨が見守って指導を行っている。

 もう問題ないと判断されるまで、イャンクック以上の屈強なモンスターを相手にするクエストを受けれるようにギルドに制限を頼んでいるのだ。

 逆に言えば戦いの基礎はもう完璧といってもいい。対人戦では年に似合わずかなりの実力者であることは間違いない。

 これは訓練だが二人はほぼ本気を出してぶつかり合っている。その流れを見てみると、瑠璃がかなり攻め立て、シアンがそれを受け流しつつ隙を見て瑠璃へと攻撃を仕掛けるという構図となっている。

 だがシアンも元々は自分から攻める事で味方に攻撃の隙を作り出す遊撃の立ち位置だ。守りに入るような戦いはあまりしない。

 上から、下から、横から、前からと木刀が様々な方向からシアンへと斬り、突く。赤いリボンで結ばれた紫色の二つの尻尾は瑠璃の動きに合わせて風に踊る。

 

「せいせいせぇぇええい!!」

「くっ、さらに速く……っ!」

 

 ドンドルマの鍛錬で守りの技術も仕込まれているが、瑠璃は雷河達と違って小柄だ。それは子供だからしょうがないのだが、その低さから繰り出される太刀の攻撃はシアンにとって初めての間隔。

 気づけば少しずつ瑠璃によって押されていた。

 しかし自分だって伊達に死線を潜り抜けてきたわけじゃない。それに年上のお姉ちゃんという意地もあった。

 

「そりゃぁあ!」

 

 突き出された木刀を受け流し、隙を見て瑠璃の懐へと踏み込んだ。

 

「――っ!?」

「今度はこっちの番だよ、瑠璃ちゃん!」

 

 にっと笑顔を見せてシアンが双剣を巧みに操って瑠璃へと攻め立てる。

 木で出来ている為に斬られるという心配はないが、打突の痛みが彼女達へのダメージとなる。そして双剣は手数の多さで相手にダメージを与える武器だ。手数が多いという事は攻撃する速さもまた使用者によってかなり変わってくる。

 先ほどまでの太刀捌きよりも速いシアンの双剣。瑠璃の太刀が相手を切り崩していく疾風のかまいたちならば、シアンの双剣は次々と襲いかかる風の嵐。最初の師匠である紅葉の怒涛の暴風の特徴を受け継いだ事で、鬼人化をせずとも乱舞に近しい剣の舞が生まれる事になった。

 

「この、やってくれる……! ここまで速いなんて聞いてないわよ……っ!」

「ふっふ~ん。わたしだって伊達に月さんたちに鍛えられたわけじゃないんだからね!」

 

 あの地獄に近しい鍛錬は確実にシアンの実力を引き上げてくれた。ここまで速く双剣を操れるのも両腕の筋肉を鍛えた成果の表れだ。操る腕の力がなければここまで速く剣を振るう事は不可能である。

 速く動くための足の強化。

 速く振るうための腕の強化。

 その結果が現在のシアンだ。

 だがシアンは結構本気に近しい力を振るって瑠璃と戦っている。いや、本気でやってこその鍛錬だが、それに瑠璃がついていけているというのはシアンにとって驚きを隠せない。

 やはり基礎が固まり、幼いながらも竜魔族としての力が発揮されているため、人間よりも実質的に身体能力が高い。種族的な優位も加味されている事でシアンとほぼ対等に戦えている。

 もしシアンが月達の鍛錬を受けていなければ、瑠璃がただ圧倒していたかもしれない。そうシアンは推測していた。

 

「おー、これはなかなか。シアンさんも頑張りますねー」

 

 気の抜けたような声でそう言うのが、離れた所で観戦していた瑠璃の双子の妹、茉莉だった。彼女はベンチに腰かけており、傍にはいくつかの本が積み重なっている。

 タイトルを見てみると『ガンランスのすすめ』『飛竜大全』『ハンターの心得』『七つの(わざわい)の龍』『要塞槍』『男心をくすぐる女の手口』『いい女とはなにか』といったものが並んでおり、後半にいくにつれてこれを読むのか? と思いそうなタイトルになっているが気にしないでおくことにしよう。

 膝の上に乗せられている本を見れば、『ランスのすすめ』というタイトルになっており、しおりが挟まれているらしかった。

 

「んーやっぱり若干姉さんとシアンさんの戦い方は似ているという感じですかね。とはいえシアンさんは姉さんほど攻め気が強いという感じはないでしょうかね」

 

 いつものようなやる気のなさげな目をしているが、しっかりと見るものは見ている。半目な碧眼は二人の動きに合わせてゆっくりと動いていく。

 ぼんやりとした印象をしているが、茉莉は外見に違わない観察眼と冷静さを持っている。実際二人のあの速さにその目がついていっており、二人の攻撃がどういう風に繰り出されているのかを見極めている。

 

「おー、これはなかなか。これが鍛錬でなくて実戦だったらどうなっているでしょうね。魔力を持たない人間というのはありふれていますけど……ふむ、シアンさんはただそれだけでない何かがありそうな?」

「あら、わかるのですか? 茉莉」

 

 そこで隣のベンチに腰かけている桔梗がちらりと茉莉へと視線を向けた。彼女もまた本を読んでいたらしく、ページを開いたまま本を手にしている。

 

「何となくそんな気がしたのですよ。桔梗さんは何かご存じで?」

「いえ、私は何も。……でも確かにそうですね。シアンさんには普通じゃない何かがあるように思えますわ」

 

 彼女たちが感じているのはトレース能力の事だが、これは魔力と違って感じ取る事は不可能だ。

 下位ハンターにしては実力が高いのは確かだが、それは実力ある師匠に恵まれたから。普通ならばそれで納得するだろうが、シアンはそれだけに留まらないモノを持っている。

 

「……おー、姉さんも加速しているというのに、シアンさんよくついていけていますねー」

「そうね。ただ鍛錬によって研磨された実力、というものを感じます」

 

 守りに入っていた瑠璃だが、一瞬の隙をついて片方の剣を打ち払ってシアンへと斬りこんだ。そこから高速の突きを連続して放っていく。

 速さを求めるならば斬るより突いた方がいい。しかし突きは斬るよりも隙が出来やすいが、それを感じさせないほどの素早い突きの連打。再びシアンは守りに入る事になる。

 

「おー、姉さんも頑張りますねー」

「ええ。実に見どころのある戦いですね。これは読んでいる暇はないかもしれないですね」

 

 微笑を浮かべながらしおりをページに挟んで閉じようとした時、茉莉は視線を動かして桔梗が手にしている本を見てみた。そこに書いてあるタイトルは『補助魔法』と書いてある。

 補助魔法とは自然魔法と違い、人の手によって開発されたといわれる魔法だ。クロムや桔梗が使ったことのある強化魔法をはじめとするものがそれであり、他にも相手の動きを制限するものも補助魔法に含まれる。

 戦いにおいて自然魔法は主に攻撃と守りに使われるが、補助魔法の存在があってこそ戦いを有利にもっていく場面は多い。これがないからこそ負けてしまった戦いもあるのだ。

 ただ攻めるだけが戦いではない。時に搦め手を使ってこそ安全に、被害を抑えて勝利する事が出来る。

 茉莉は少しだけ考えて桔梗へと声をかけた。

 

「桔梗さん、何か習得したい魔法でもあるのですかー?」

「……いえ、ただ目を通しているだけよ。知識として知っているだけでも損はないから」

「そうですか? ふむ、先ほど見えたページは確か……『変化』の魔法でしたね」

「あら、見えてしまったのかしら?」

「これでも一応目はいいんでー。で、どうしてまた変化を?」

 

 しおりを挟んだページは変化について解説しているページだ。基本的な使い方は自らの姿を変える事で他人に成りすますという事だろう。

 変則的な使い方をするならば、自分の体の一部を何かに変化させるという事だろうか。人間が翼を生やしたり尻尾を生やしたりするのがいい例だろう。しかしその際には苦痛を伴い、生やしたものを上手く扱えなければ意味のないものになってしまう。そのため現実的ではない。

 

「それに桔梗さんって確か人間でしたよね? 変化なんて使う意味ありますっけ?」

「そうですね。確かに私は人間です。……ええ、両親のどちらかの血筋に別の血が混ざっていなければ私は純血の人間でしょう」

「おー、その可能性もありますか。……でも、私の目から見てそんな気配はないので、桔梗さんは純粋な人間かと」

 

 先祖に竜人族や魔族の血が混ざっていれば若干寿命が延びるし、秘めた才能が何らかの影響を与えたりする。他の人間より魔法の才能が秀でるのがいい例だろう。

 もちろん魔法の才能は人によって様々であり、純粋な人間でも魔力を多く持ち、多彩に行使できる事もある。それが桔梗だ。

 彼女は主に強化を行使して自身の身体能力を強化させ、狩りをスムーズに行う事を得意としている。

 茉莉は桔梗が強化の使い手という事は知っているため、これを使うだけで身体能力が上昇するからこそ、変化はあまり必要ないのではないかと考えている。

 そんな茉莉の疑問に答えようと桔梗は一息ついて口を開いた。

 

「茉莉。変化は確かに自身の姿や一部を変える魔法です。それが常識ですね。……でも魔法とは様々な可能性を孕むもの。固定概念だけ考えていては、新たな可能性を生み出せませんわ」

「といいますと?」

「何も変えるのは自分だけではないという事ですよ」

「……おー? まさかとは思いますが、相手を変える事も出来ると?」

 

 少し考えて茉莉はその答えを口にした。それが正解だったのだろう。桔梗は小さく頷いた。

 確かにこれは盲点だったかもしれない。誰もが自分を変化させる事だけを考えてこの魔法を習得し、行使する。よもや自分ではなく相手を変えるなんて誰が考えるだろうか。

 そして相手を変える事で何か意味があるのだろうか。

 

「例えば逃がしたい人物にかけることで、その人物は敵の目から(のが)れて離脱する可能性が出てきます。そして自分がその人物に成りすまし、囮になる事が出来ます」

「…………物騒な話ですねー。よもやそんな事を考えて習得しようなんて考えちゃいないですよね? 桔梗さん」

「ふふ、安心なさい茉莉。あくまでもそういう使い方が出来るという例を挙げただけよ」

 

 微笑を浮かべながらそう言う桔梗だが、その微笑は果たして本物なのだろうか。彼女の場合それがよくわからないのが現実だ。

 桔梗は素で本当の笑顔と偽りの笑顔を使ってしまう。ただ表情だけを鵜呑みにしてしまっては彼女の本当の心が読めない。その言葉と表情の裏に隠された真意。それがわかれば彼女の事を少しでも助けられる。

 それが出来るのは今のところはクロムが一番の適役だが、茉莉もまた自分の師であり、もう一人の姉のような桔梗を助けたいと思っている。

 でもどうすればいいのかわからない。今の茉莉に出来る事はこうして一緒にいて話をすることだけ。人と繋がる事で彼女の心に安らぎを与える事しか出来ないのが口惜しい。

 そのやる気のなさそうな瞳に僅かな変化が生まれるが、その瞼が閉じられ茉莉はうつむいた。

 

「ならいいのですが」

 

 一言呟いて顔を上げ、桔梗の言う変化の使い方を改めて考えてみる。

 他人に変化をかける事で相手の目をごまかす。そういう使い方も可能だという事。

 茉莉の頭に浮かんだのはある東方の本だ。彼女もまた結構な読書家であり、傍に置いてある本の量からもそれがうかがえる。

 東方の本の一つ、忍びに関する物語。それが茉莉の頭に浮かんだもの。忍びに関するある事が変化と結びついたのだ。

 

「ところで桔梗さん。あなたの言う変化の使い方ですが、変わり身や影武者にも応用できるように思えるのですが」

「……あら、よく気づきましたね。その通りです。むしろ私は忍びの話を手本にしてそんな風に使えないかと考えたのですよ」

 

 忍びはその名の通り世に忍び、影のように存在を隠して行動する者。独特な考えと術を行使し、東方の裏を支えている……と言われている。彼らはその特徴上謎が多く、現在も存在しているかもわからない。

 こうして物語として世に出ているが、これらも作者の推測や妄想も含まれているという。

 その中に出てくる忍びの技。

 変わり身は攻撃を受けた時、切り株や岩などに入れ替わっているという術らしい。攻撃した人物は攻撃したその時までその忍びを認識しているという。その鮮やかな入れ替わりは実に素早い。

 変化を利用するならば常に種になる物を持ち歩くか、近くにある物を利用するのが主だろう。それを一瞬にして自分に見立てて気を引かせ、自分は一瞬でその場を離脱する。

 これが変わり身だ。

 そして影武者だが、これは魔法はあまり関係がない。重要な人物によく似た人物をその人物に似せた服装を着させ、その人であるように振る舞わせる。本物は裏に潜んで役目を果たすが、偽物は表舞台に立って行動させるのが主だとか。

 それはもしもの時に備えての策。偽物が例え暗殺されたとしても、本物は生きているからどうにでもなる。これが影武者。重要人物の命を守るために偽物を用意するのだ。

 これを変化に応用すると、他人に変化をかけてその人物に成りすまさせる。後は普通の影武者となんら変わらない。変化をかけられた人物が死んだとしても、また別の人物に変化をかければ影武者はいくらでも用意できる。

 そう桔梗は説明した。

 忍びからここまで考えるとは桔梗もなかなか引き出しがいいようだ。むしろ発想力がいいのだろうか。様々な情報源から種となるものを引き出し、それを自分の発想力で新しい使い方を導き出す。

 そんな風に頭が柔らかい人は様々な可能性を掴み取れるだろう。

 

「とはいえあくまでも可能性の話ですわ。実際に使うとすれば変わり身ぐらいなものでしょう。私たちが影武者なんてしてもあまり意味はないでしょうから」

「……ですね」

 

 しかし本当にそんな事を考えていないのか、と訊いてみたいがはぐらかしてしまうだろう。あの笑顔を見せられてはもうわからなくなってくる。

 

「さ、変化についてはこれくらいにしましょう。二人の戦い、もう決着がつきそうですからね」

「……おーそうですね」

 

 打ち合わされる木刀と飛び散る汗の雫、そして舞い踊る水色の波と紫色の尻尾。北の地でありながらも二人は肌には汗が浮かび、動き続けたことで体は熱くほてり、吐息もまた熱くなっている。

 年の差なんて関係ない。鍛錬だろうが本気でぶつかり合える相手と戦うのは、戦う者として実に心躍るもの。

 戦いが好きというわけではないけど、自分の実力を最大限に試せる相手がいるのは嬉しいこと。

 最後の決め手へと向かって剣を振るう。

 

「流れは……おー、どうやら姉さんにあるようですね。……しかしそれを崩しかねないシアンさんに秘められた何か。これは……」

 

 攻める瑠璃に対抗するようにシアンの足運びに変化が現れた。双剣の操り方もより滑らかに、剣舞は洗練されていく。

 それでも瑠璃はただ攻める。自分の力をただ振り絞って勝利を手にするのみ。

 

(手繰り寄せる……っ! 鍛錬だろうがなんだろうか、あたしは負けられない!)

 

 滑らかな足運びをするそれを刈るように木刀を振るう。

 が、当然ながら足払いを軽く跳ぶことで回避し、上から双剣を振り下ろして反撃する。しかしそれは斬り上げられた木刀によって止められる。そのまま押し込まずに一度引き、ゲイルの技術をその身に宿してやる。

 体勢を低くし、一気に斬り込み、守りを突き崩す。

 

(くっ……だめ……っ、間に合わな……!?)

 

 先ほどよりも低いところから繰り出されてくる攻撃は、瑠璃にとって小さくて大きい変化だった。身長差によって上から来ていた攻撃はほぼ前から来るようになっている。

 変化した攻撃に瑠璃はすぐに対応出来なかった。怒涛の連撃は守りの綻びを作り出し、瑠璃に隙を生み出す。

 

「――あっ!?」

 

 それを逃さずに右の剣で木刀を握りしめている手を打ち払い、左の剣を首元に突き立てた。

 それで勝負はついた。

 しばらく硬直していた瑠璃だったが、やがて深くため息をついて両手を挙げて首を軽く振る。

 

「……あたしの負けね」

「はい、おつかれ瑠璃ちゃん。結構ギリギリだったかな……強いね!」

「まだまだよ。あたしはまだ弱い。……あんたに負けてるようじゃダメ。歳の差とか子供だとかそんな問題じゃなく、あたしはもっと上に行きたい。ドンドルマがこんな状況だからこそあたしは強くなりたいのよ」

 

 瑠璃は13歳という若いハンターだ。竜魔族とはいえ広く見れば彼女はまだ幼い方だ。長寿な種族のため13歳ではまだ子供といってもいい。ついでにいえば100歳に満たない岩徹や花梨もまだ若い部類である。

 彼女も彼女なりに何か役に立とうとしている。そしてハンターならばハンターとして役に立ちたい。だから強くなりたい。

 子供だからと戦力外になるのだけは嫌だと常に瑠璃は思っている。背伸びしたいという子供心と、ドンドルマなどの状況に黙っていられないという正義感を持っているからこそ起こった願望。

 そんな彼女の言葉に一息ついたのが審判をしていた花梨だった。

 少しだけうつむき、両手を握りしめて震わせている瑠璃の頭にそっと手を置いて軽く撫でてやる。

 

「そんなに慌てる事はないと思うんやけどな。瑠璃はまだまだ伸びる時期や。今はただ力を付けとき。種が芽吹き、花咲く前に散らしたくはないんや。……それに、娘が先走るのを止めるんも親の務めやしな」

「……やっぱ止めるんだ、母さん」

「当り前やろ。瑠璃はまだ自分の力を完全に制御しきれへん。ちゃうか?」

 

 フレアウイングの血統は火竜の特徴が表れた魔族であり、火を操るだけでなく有翼種でもある。火竜だけあってその力を制御するのは難しい。撫子は制御できているようだが、それに至るまで数年かかっている。

 花梨が見る限りでは瑠璃はあと一、二年はかかるんじゃないかと感じている。

 戦うだけなら問題ないが、能力を暴走させては瑠璃の身の危険が発生する。親として師としてそれは未然に防ぎたいのだ。

 そして瑠璃も母親である花梨の気持ちがわからなくもない。しかしそれでも瑠璃の心の中では戦いたいという気持ちがくすぶり続けている。

 

「……撫子のようなことはもう見たくないねん。今はゆっくりと力を付けていき。積み重ねは必ず結果を生み出してくれるはずやから。それにウチは瑠璃に自分の炎で傷ついてほしくないんや……」

「……母さん」

 

 撫でていた手はいつの間にか瑠璃を優しく抱きしめていた。本当に瑠璃を気遣っているのがわかるほどに優しい温もりが瑠璃を包み込んでいる。

 その様子を見守っていたシアンは微笑を浮かべてそっと離れ、茉莉と桔梗がいるベンチへと向かったのだった。

 

 それからしばらくして休息を挟み、シアンは桔梗や茉莉とも鍛錬を行った。

 クエストに行かない日はこうして日々鍛え続けている。魔法の使えない彼女はこうして体術を磨き上げるのみ。対人戦はそのまま経験になり、力になる。

 お互いの向上のために毎日彼女たちはこの広場で模擬戦を行っているのだ。

 そして桔梗はシアンと瑠璃の戦いが終わるのを見届けて立ち上がり、その場を離れていく。向かった先は月が間借りしている家。ノックすると「どうぞ」と声が聞こえて中へと入っていく。

 

「いらっしゃい。準備は出来ているよ」

「……よろしくお願いいたします」

「ん。……いいんだね? 前に言ったように、これは人によって厳しさが変化する。君の場合は余計にひどい状態を生む可能性が否定できない。それでも、やるんだね?」

 

 そう言いながら隣の部屋の扉を開ける。

 中には床に描かれた魔法陣が設置されており、強い魔力が渦巻いていた。

 しかし桔梗は小さく微笑しながら中へと入り、魔法陣の中心に座り込む。

 

「構いません。……私も変わらなければなりませんから。いつまでも先延ばしにしてはならないこと、自分でもよくわかっています。もう、あの時のようにクロムさんの手を煩わせるようなことはしたくありませんので」

「そう。なら、私は止めることはしない。君のために私に出来ることをしてあげるだけさ――起動(セット)

 

 魔法陣に渦巻く魔力に自身の魔力を流し込み、魔法陣を目覚めさせる。すると中心にいる桔梗へと強い魔力が入り込んでいった。

 

「では、旅立つといい。そして自分に飲み込まれぬように気を付けて」

「はい……行ってきます」

 

 目を閉じている桔梗はそう応え、現世から別れを告げる。

 

 そして次に目を覚ました時には、目の前に一人の女性がいた。周りは全て闇に包まれて景色が存在しない。だからこそ一際その女性の姿がはっきりと見える。

 

「――あなたが、そうなのですね」

「ええ、私はあなた、あなたは私。私が――あなたの狂気を具現化したモノ」

 

 瞬間、闇が晴れた。

 見渡せば懐かしい光景が広がっていた。今はもう存在しない、自分にとっての生まれ故郷。あの日、狂リオレイアによって焼かれた懐かしき村。その広場に二人は立っていた。

 

「あなたの目的はわかっています。私を制御しようというのでしょう?」

「ええ。いい加減、あなたを何とかしなければと思いましてね。いい機会ですので、向き合っておきます。自分のおぞましく醜悪な感情と」

「……ふふ、ひどい言い草ですね。私はあなただというのに――でも、上等ですよ。ふふ、ふふふふふ……! 負の感情を何とかしようなど、そう簡単にできるようなものじゃないわ! 来なさい、桔梗。あなたの負の感情に溺れて消えなさい! あっはははははは!」

 

 月の魔法陣によって自身の心の中へと入り込んだ桔梗は、己の抱える狂気と向き合うこととなる。長く抱えていた狂気を降し、壊れてしまった自分を受け入れて制御するために。

 

 

 その頃ライムとクロムは揃って鍛冶屋へと向かっていた。ライムの武器であるオデッセイブレイドは今のライムでは所持できない上位武器。借り物のまま持ってきている代物であり、その調整は今のライムでは少し難しい。

 だから暁一家の調整が必要不可欠なものだった。

 クロムの場合はちょっと新しい武器でも作ってみるか、と考えているので今持っている素材とカタログを照らし合わせてみようかと向かっている。

 

「ちわーっす」

 

 いざ扉を開けて中に入ってみると、中には誰もいなかった。奥の部屋で作業でもしているのだろうか、と考えてみるが、気配を探ってみるとどうやらここにはいないようだ。

 

「留守なんでしょうか?」

「……いや、どうやら武器を試しているみたいだな」

 

 家の外、というよりも裏の方へと視線を向けたクロムは一度家を出て裏へと回っていく。ライムも後を追ってついていくと、裏は少し開けた場所になっていた。

 巻き藁がいくつか並び、奥の方には的が置かれている。前者は剣士武器、奥はガンナー武器を試す際に使用される物だ。

 ハンターの使用する武器はただ調整や仕上げるだけでは終わらない。実際に使用しても問題ないように試さなくてはならない。

 武器とはハンターの身を守る防具と同じくハンターの身を守る物だ。相手を打ち倒すということは同時に使用するハンターの命が守られるという事でもある。ここぞというときに折れてしまうような事があればハンターに隙を生み出してしまうことになりかねない。

 だからこそ念入りに確かめるためにこうして試し斬りをしなければならない。そして試しているのは親方である岩徹と、その娘である撫子だった。

 岩徹はハンマーを手にし、目の前にある隆起した岩を前にして力を溜めていた。充分力を溜めこむとそれを開放して岩へと叩き落とす!

 ドンッ! と鈍く重い破壊音を響かせて岩は粉々になり、振り下ろした岩徹はふぅ、と息をついてハンマーを持ち上げた。叩いた部分をじっと見つめてなぞったりしている。

 一方撫子の手にしているのは太刀だった。シンプルな東方の刀を模した太刀であり、普通の太刀と比べると一回り短いものだった。あの長さだと恐らく対竜ではなく対人の刀ではないだろうか。

 そして彼女の雰囲気もいつも見せているほんわかなものではなく、研ぎ澄まされた刃のように鋭く凛々しいものになっている。

 垂れ下がっている柔らかな目もどこか鋭いものになっており、あんな目も出来るんだ、とライムは心の中で少しだけ驚いていた。

 

「――ふっ!」

 

 構えた太刀を一瞬で振り切り、鞘へと納めると、一間あけて巻き藁が斜めに分割されてしまう。所謂袈裟斬りというものだ。

 人を斬る際に実際によく見られる斬り方であり、試し斬りをする際もこれが主流らしい。

 

「……ん? あれぇ? いらっしゃ~い」

 

 そこで後ろにいた二人に気づき、ふわりと柔らかな笑顔を見せながら振り返った。先ほどまでの雰囲気はどこへやら。まるでそんなものなどなかったというかのようにきれいになくなっている。

 

「おう、お邪魔してるぜ。……でも、出直した方がよかったか?」

「ううん、別にかまわないよぉ。ちょっとしたお試しだからね~。んしょっと」

 

 手にしている太刀をベンチに置くと、傍に置いてあったライトボウガンを手にした。紫色の鱗があしらわれ、全体的に暗い色合いをしたボウガンである。飾りも何もないシンプルなものだが、そのデザインはどこにもないものだった。

 ポケットから一つの弾を取り出して装填し、銃口を的に向けるかと思いきや、とある岩へと向けた。家の裏に広場はあっても岩はそうそうあるわけない。これはハンマーなどの鈍器の性能を確かめるために、岩徹が土魔法で作ったものだ。

 手にしたライトボウガンをぐっと構え、しっかりと大地を踏みしめると、撫子は岩へ向かって引き金を引いた。

 瞬間、ライムもクロムも見たことがない光景がそこに現れる事になる。

 

 ガガガガガッ! と銃口から弾丸が幾多も放たれたのだ。

 

 撫子が装填したのは一発だけ。となれば一発だけ弾が射出されるはずだ。しかし現実では数えきれないほどの弾が一気に射出されている。

 速射機能か、とクロムが考えたが、速射にしては弾が多すぎる。

 隣にいるライムは今見た光景に驚きを隠せずに茫然としている。速射以上の弾丸の嵐。弾の一発でどれだけの火力を得られるのだろうか。

 少しして嵐はやみ、岩の方を見てみれば中心周辺数センチにおいて穴が空けられており、その火力を証明するかのように抉れている。

 

「……ふぅ。成功かなぁ?」

 

 一息ついて手にしているライトボウガンをそっと撫でながら呟いた。そんな撫子にクロムがそっと手を上げて質問してみる事にする。

 

「もしかしていつもの実験のやつか? 最近色々と試しているって話を聞いていたし」

「そうだねぇ。他にも色々と試している最中だよぉ。あれとか」

 

 そう言って指差した先にはベンチに立てている剣がある。どうやらダブルセイバーらしく、柄の両端に刃が付いている。しかしぱっと見る限りでは普通のダブルセイバーとなんら変わりがない。

 試しにクロムがそれを手に取って振り回してみるも、やはり特に違うところを感じる事はなかった。

 

「それ、真ん中のギミックを押してみるといいよぉ」

「これか?」

 

 ダブルセイバーには二つの形態があり、真ん中の石のようなギミックを押すことでロングソードへと変化させることを可能としている。それと一緒なのだろうか、と思いつつ言われるままに押してみる。

 するとどういうわけか中心から剣が二つに分かれてしまったではないか。

 

「おぉ!? なんじゃこりゃ!?」

 

 落下していく剣の片割れを慌てて掴みとる。そうしてクロムの両手に握りしめられている剣を見つめてライムは小さく呟いた。

 

「これは……双剣、ですか?」

 

 中心の柄で繋がった二つの剣、それがダブルセイバー。それを二つに分ければ普通の双剣となる。実にシンプルでわかりやすい変化だ。

 ライムの呟きに撫子は緩やかに笑いながら頷いた。

 

「そうだよ~。でも一般的な双剣よりもちょっと長めかな、と思っているけどね。ダブルセイバーを見たときから思ってたんだ~。これ、一つに纏めるだけじゃなくて分ける事も出来るかなぁってね。既に双剣っていうカテゴリがあるんだから、もう一つの顔も作ってやれるかなぁって弄ってたら、出来ちゃった」

「出来ちゃった、で済ましてしまう辺りお前さんはすげぇよ」

 

 このように撫子は暇さえあれば武器の改造を行う趣味がある。ほとんどの武器の作り方を師匠でもある岩徹から教わっており、そこから独自に頭の中で新しい設計図を作りだし、それを実際に書いた後試していく。

 その繰り返しをする事で、今までの常識を覆すような新しい物を作り上げる事を楽しみとしている。東方にあるスラッシュアックスや西洋のダブルセイバーというギミック付きの武器が出たと知った時は「作ってみたい!」や「触れてみたい!」という感情に包まれたらしい。

 つまりは新しいものが好きなのだ。そして人の技術はどこまで延ばせるのかという探究心も持ち合わせている。

 

「で、聞きたいんだけど。さっきのライトボウガンのやつ。あれなにさ?」

「あれ? あれは『超速射』ってやつだよ~」

「『超速射』? それはいったい……?」

「これはねぇ、本来は剛種の武器しか搭載されていない機能でねぇ、さっき見てもらった通りの効果を発揮するんだ~。通常の速射と違い、たった一発ですんごい数の弾を複製して射出する。火力がないって言われているライトボウガンの常識を覆しちゃった機能なんだよ~」

「…………ちょっと待て」

 

 聞き捨てならない事がいくつかあったように思えた。しかし当の撫子はというと可愛く小首を傾げてクロムを見上げている。

 軽く額に右手を当ててクロムが一度だけため息をつき、もう一度確認するように撫子へと問いかける。

 

「“剛種”、そう言ったか?」

「……? うん、言ったよぉ?」

「…………やっぱ鍛冶屋だから剛種武器も知ってんのかよ」

 

 剛種とは現在定められているランクの中でかなり上に食い込まれているランクだ。一般的に知られているG級よりもさらに上に位置し、ギルドが定めているハンターランクが100になれば剛種になれる公式クエストを受けられるようになる。

 しかし相手にするのはG級よりも更に危険なモンスターたちであり、当然ながら命の危険も最高峰に指定されている。未開の地の探索、封鎖されたフィールドへと赴いて新たな発見をすると同時に、どれだけ危険なモンスターがいるのかも調べるのが剛種ハンターの仕事の一つと言われている。

 ギルドナイトでも危険とされている場所へとギルドナイトと共に向かうらしいが、詳細は不明だ。

 何せ剛種ハンターの名前はほとんど伏せられており、本当に存在するのかも怪しい。だが剛種のモンスターを使用した装備は存在しており、鍛冶屋の間ではまことしやかに伝わっているも、それを作れる者は数えるほどしかいない。

 またG級以上に強力なモンスターなんているのか、という声もあり、噂は噂で静かに世界を回っているのが現実である。

 

「一応ね~。わたしは詳しい事は知らないけど、そういう機能があるってことを聞いたことがあるんだ~。でもあの剛種だけっていうのもどうかと思ってね。ちょっと作ってみようかと思って……」

「……で、完成しちまったと」

「うん。……あ、でもまだ調整は必要だけどねぇ」

 

 そう言いながらライトボウガンを少し撫でている。

 

「超速射の効果はさっき見てもらったのと説明した通りだけど、当然ながらデメリットもあるんだよね~。……ほら、ここ。反動に耐えきれていないし、熱も結構籠っているんだよ。上位の素材や良質の鉱石を使っているとはいえ、元々剛種の素材で成り立っていた機能らしいからねぇ。まだまだ改良は必要だよぉ」

 

 多くの弾を複製の魔法で一気に作り、射出しているから反動は通常の速射以上に大きい。そして実際に使うとなれば一発だけではなく装填限界まで弾を込めて使うため、一回引き金を引くだけでは終わらない。

 だから強い反動に耐えられるだけの銃身や機能、火薬の熱を溜めこまないようにするための工夫など、まだ課題は多そうだった。

 

「……で、完成すればガンナーの戦力が上がるってことか」

「そういう事になるね~。……確かあの子、優羅ちゃんだっけ。あの子に渡せば上手く使いこなしてくれそうだと思うな~」

 

 撫子の言葉にクロムは優羅の実力を振り返ってみる。なるほど、頭に浮かぶ複数の光景を思い出すだけで充分といえる。素早い動きで的確な位置を取り、相手の攻撃を回避し、スコープを使わなくても的確に有効箇所へと狙撃していく実力。

 一般的な実力であれならば、超速射を搭載したボウガンを手にしたらどうなるのだろうか。

 そんな事は明白だろう。とんでもない戦力になるに違いない。

 実用化されれば(きた)る戦いに向けて戦力増強になるに違いない。間に合うかどうかは別として、それが完成すればある意味ライトボウガンの革命が起きるかもしれない。

 

「で、これなんだが……」

「ん? ダブルソード?」

「……ダブルソード?」

「うん。ダブルセイバーのもう一つの形なんだけどねぇ。ダブルセイバーだけどダブルセイバーじゃない。ならカテゴリを分けて“ダブルソード”って付けようかと。でも結局は双剣と訳せるんだけどね~」

 

 確かにダブルソード=双剣だ、と二人は心の中で思いつつ苦笑する。ライトボウガンを地面に置いてクロムからそのダブルソードを受け取り、二つに分かれている剣を少しだけ構えた撫子は軽く視線を剣へと向ける。

 その目は何やらいいおもちゃを見つけた子供のように輝いているような気がした。

 

「ギミック付きの武器っていいと思わないかなぁ? 状況に合わせて、または自分の腕に合わせてその姿を変えてくれるんだよ~。つまり、メインで使う姿を自分で決めれるってことなんだよ~。たとえばシアンちゃんの場合ならこの双剣だよねぇ」

 

 右手に持っている剣を回転させながらそう言うと、ライムがなるほどと頷いた。彼女のメインウェポンは双剣だ。もし彼女がこれを使うとなれば、主に使用する形態はこの双剣となるだろう。

 

「双剣は手数の多さで相手にダメージを与える武器。単純にダメージを与えるという所を見れば一番かもしれないね~。でもリーチが短いというちょっとした欠点がある。それを補完するのが……このダブルセイバー形態だね~」

 

 二つの剣が中心で繋がって一つになる。ぐるんと回転されたそれは二つの剣が合わさったことで長さが倍になっている。とはいえ柄は中心にあるために普通にリーチが伸びたわけではない。

 柄を中心として刃が反対についているため、根本を持つ事が出来ない為、攻撃範囲は倍になったのではない。二つの柄の長さだけ伸びただけだ。

 長くはなっているがこれではあまり変わらないだろうと思われる。

 

「ダブルセイバーの使い方は、こんな風に回転させる。こうすることで手数に加えて、遠心力が乗った刃の鋭さだねぇ。そして自分の周囲も、こんな風に薙ぎ払う事も可能になっているんだぁ~よっと」

 

 説明しながら実際に扱う事で披露し始めた。その扱いは実に手慣れたようであり、無駄がほとんどない。本職は鍛冶屋のはずだが柄を握りしめて回転させ、それに合わせて踊るように体を動かしている。

 くの字に体を曲げて背中の上を通すように回転させる。更にもう片方の手に持ち替える、という素人には出来ない芸当も、難なくこなしているのはライムにとっては驚きだった。

 

「あとはこれだね~」

 

 柔らかく笑いながら撫子は先ほど超速射で抉った岩へと振り返った。両手で柄を握りしめると静かに集中して気を溜め始めた。彼女のほのかに赤い気が二つの刃に纏われ、刀身が少しずつ光を放ち始める。

 充分に気を溜めこまれ、撫子はダブルソードを右手で回転させ始めた。刀身に纏われた赤い気は軌跡を描き、それは目で追えない程に回転を加えられていく。

 

「そりゃりゃっ!」

 

 気の抜けそうな掛け声と共に、ダブルソードの刀身から赤い気刃が岩へ向かって連続して飛んでいく。回転するたびに二つの刀身から赤い気刃が飛ぶため、岩は見る見るうちに気刃によって切り裂かれ、細切れになっていく。

 

「……とまぁこんなものだね~。何気にダブルセイバーが気刃を使う際に、一番手数が多いんだよね~。こんな風に回転させてタイミングを見て飛ばしてやればいいからねぇ。次いで双剣かな~? つまりこのダブルソードは素早い人と、気刃を得意としている人向けの武器って事になるんだよ~」

「なるほどねえ……」

「……あの、撫子さん」

「んにゅ?」

 

 クロムが腕を組んで頷きながら岩を見つめる眼差しは、少しだけ呆れを含んだ驚きの色が見える。その隣でライムも呆然としていた。

 

「軽々とやっていらっしゃいましたが、気刃も使えるのですか?」

 

 気刃は誰もが使えるものじゃない。気を知り、扱う技術がなければ使う事は不可能だ。それに一般人が気を扱うなんてことはほぼ不可能に近い。

 だが花梨は現役ハンターであり、岩徹も素材を自分で調達できる程の実力を持っている。そんな両親の娘である撫子も戦う才能が全くないわけではないのは確かだろう。

 気の扱い方は両親に教われば使えない事もないのだ。

 ライムの疑問にきょとんとしたような表情を浮かべて彼を見上げていた撫子だが、にぱっと笑顔を浮かべて一度だけダブルソードを回転させた。

 

「まぁね~。わたしだって一応あのおと~さんとおか~さんの娘だからね~。それなりに戦う技術は教わってるんだから。それに、こうして試し切りする際に心得がないと武器の持ち味をしっかりと引き出せないからねぇ。とりあえず全部のカテゴリを一通り扱えるよ~?」

「……そう、ですか」

 

 ということは撫子は片手剣から弓まで、今出回っている武器の種類を問わずに使えるという事になる。それは万能とかそういう話じゃないだろう。ベテランハンターでもない限りそんな事は無理な話だ。

 実際の狩場ではどうなのかわからないが、とりあえず彼女は見た目に反して結構な実力者という事になる。それに彼女は竜魔族という特別な人種だ。そのポテンシャルを発揮して戦ったらどうなるのか、ライムは少しだけ考えて軽く頭を振った。

 そんな事を考えるのはもしかしたら無意味かもしれないと思ったのだ。彼女はハンターじゃなくあくまでも鍛冶屋。武器や装備を調整し、作り出すことを生業としている女性である。

 戦うか戦わないかは彼女の意志で決める事。ならばこれ以上実力に関して問う事は控えておこう。

 

「あの、そのダブルソードの素材はやっぱり上位のものでしょうか?」

「そうだね~。実験としては下位素材を使ってるけど、これは実用性を考えて作ったものだから上位以上の物を使ってるよ~」

「そうですか……」

 

 ライムはシアンの新たな武器の可能性として、このダブルソードはどうだろうと考え続けていた。先ほど撫子が言ったようにメインは双剣として使い、時にダブルセイバーとして使う。

 状況に合わせて使い分けていけば、シアンの新たな道が拓けるかもしれないと考えたのだ。

 この先戦っていくには下位の武器では火力不足なのは目に見えている。だがシアンだけでなくライムも下位ハンターであり、持っているのは下位武器となっている。

 二人はもう少しすれば上位クエストに挑戦するための公式クエストを受けられるランク30になれるため、それさえ成功させれば晴れて上位ハンターになれる。ランクに関しては修行をはじめ、狂化竜と戦って勝利出来たという実績があるため、自然と上がっていったのだ。

 とはいえランクに合わず経験が備わっていないのだが、それを埋め合わせるかのようにとんでもない師匠達がいるため、必然的に実力がめきめきとついてきているのは確かだ。

 つまりランクさえ満たせれば、二人も公式クエストを受ける事が出来るというわけだ。

 だが現在の状況が状況のため、公式クエストを受けるタイミングはまったくわからない。もしかすると全てが終わった後に公式クエストを受けるのかもしれない。となれば、自分達は下位武器と下位装備のままこの先戦う事になる。

 それでは戦力としては心もとなく、昴達と共に戦えないかもしれない。こんな事じゃ全然意味がない。

 自分はオデッセイブレイドがあるが、シアンは本当に下位武器しかない。機会が巡ったならば、それを掴みとって可能性を広げていかなくては。

 

「あの、撫子さん」

「ん? なにかな~?」

「シアンに新しい武器を作ってくれませんか? ……その、ダブルソードで」

 

 

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