Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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ソウルフード

「今日は俺が昼飯を作るよ」

「え?」

 

翌日、暁は朝のトレーニングを途中で切り上げ、外で洗濯物を干していた鈴仙に話しかけた。

縁側にいるこちらをきょとんとして見つめる彼女に説明する。

 

「輝夜さんに約束してたんだよ。忘れる前にちゃんと実行しようと思って」

「そうなの? じゃあ、お願いしようかしら。台所にある物の配置とかわかる?」

「ここ何日か片付け手伝ってたからだいたいはわかる。強いていうなら、使っていい食材がわからない」

「なんでも使っていいわよ。ただ、あんまり使いすぎるのはやめてね」

「了解。しかし、あれだよな。普通に冷蔵庫とかあったのはさすがに驚いたよな」

「何言ってんのよ。私が何日か前に冷蔵庫から食材取り出してるの、椅子に座って眺めてたじゃない。その時は普通の顔してたのに、何を今さら」

 

暁は自分に背中を向けて、洗濯物を干す作業に戻った彼女の言葉に反論する。

 

「いやいや、幻想郷の文化水準って外の世界でいうと四百年くらい前って昨日霖之助さんに聞いたんだけど。そんなこと知らなかったから平然と冷蔵庫があることも受け入れてたわけで。電気も通ってるし、洗濯機もあったし、永遠亭だけ技術レベルおかしくないか? どうなってるんだ?」

「私達が月から来たってのは知ってるでしょ? 月の技術は外界のそれより遥か先をいくの。冷蔵庫くらい大したことないわよ。むしろ私としてはあなたが幻想郷の文化水準を知らなかったっていうのが驚きよ。気づいてなかったの?」

「『ここは外の世界で生きられない者達が生きる世界』、『忘れられたモノはここにたどり着く』って情報のどこから文化水準を読み取れと?」

「いや、生活する中とかでなんかあるじゃない」

「俺が知ってるのはこの永遠亭と、竹林と、香霖堂だけだぞ。その他の情報が入ってくる余地が無い。永遠亭も香霖堂も和式の建築だなぁ、とかは思ったけどそれだけだよ。そもそもこの世界には洋風文化自体が普及してないんだ! なんて発想は出てこないって。ここの人全員洋服着てるじゃないか。輝夜さんの下半分の袴っぽいスカートはよくわからないが」

「あー、それもそうか。確かに知らなかったのも無理ないわね」

「だろ?」

 

寝転んで空を見上げながら話す暁と、洗濯物を干しながら相槌をうつ鈴仙。

顔も合わせないままのんびりとした時間が流れる。

 

「……そういや、鈴仙は辛い食べ物ってどうだ? 嫌いか?」

「これまた突然ね。辛い食べ物、か。うーん……嫌いじゃないけど、激辛とかはちょっと……何? 辛いのを作るの?」

「一応そのつもり。辛さはちゃんと考えて作るから心配しなくていい。永遠亭のメンバーで、辛いのが無理って人はいるか?」

「いや、いないわね。だいたい皆好き嫌いせずなんでも食べるわ。基本的に薄味のものばっかり食べてるから、たまに濃い味のものが食べたくなったりするのよねー」

「なるほど。言われてみれば、こっちに来てから和食しか食べてないな。どれも美味しかったけど、ずっと食べてたら飽きてきそうだ」

「そういうこと。だから期待してるわ」

「任された。それじゃ、早速行ってくる」

 

鈴仙の言葉にそう返して暁は立ち上がり、台所へむかった。

 

 

(芋、人参、玉ねぎ……うん。食材はなんとかなりそうだ)

 

暁は冷蔵庫の中の食材を確認し、満足そうに頷く。そして今度は調味料の棚を開いて中を覗く。

 

(…………うーん……こっちはなんともいえないな……塩と胡椒に砂糖、醤油くらいしか見覚えのある調味料が無い。どれも中身がよくわからないな。味見してみるか)

 

様々な瓶詰めの調味料が雑多に詰められた棚の中から、いくつか中身がわからないものを選んで取り出す。

粉末状のそれらを小皿の上に少しずつまぶし、順番に指先につけて口に運ぶ。

 

(…………これとこれは使えそうだな。残りのぶんは今回は使えない)

 

使えそうと判断したものは残し、他は棚にしまう。

予想外に使える調味料がなく、頭を悩ませる暁。

しばらく考えこんだあと、何かを思いついたように指を鳴らして台所を後にした。

 

 

「……え? 薬の材料を?」

「はい。料理の調味料がどうも足りなくて。薬の材料の中から利用できるものはないかと思って……一応お金は出すので、もしよければいただけないかと…………」

 

台所から永琳の仕事部屋へむかった暁。

部屋の中で何かの書類を整理していた永琳に事情を説明する。

調味料の代わりになる薬草を探してもいいだろうか、と。

 

「いらないって。いくらでもあげるわよ。でも単体で摂取すると毒になったり、逆に合わせると毒になる組み合わせがあるから、それだけは注意してね。薬草を入れた箱に書いてあるから、よく読むように」

「はい、わかりました。それでは、ちょっとお邪魔します」

 

了承を得た彼は永琳に一礼し、棚を開いて中の薬草を片っ端から出していく。

それぞれの箱に書かれた注意書きを熟読しながら、一つ一つの匂いを嗅ぎ、ものによっては少しちぎって口に含む。

真剣な顔で薬草を矯めつ眇めつしている暁を眺めながら永琳の方も書類整理の仕事に戻る。

 

しばらくの間、暁が薬草を棚から出し入れする音と永琳が持つ書類が擦れ合って出る掠れた音だけが流れる。

 

「…………よし!」

「……ん?」

 

暁がその声を上げるまでにどれほど時間が経ったかは定かではない。

永琳がふと視線を書類から上げると、自分の周りにいくつかの薬草を並べてガッツポーズする彼の姿があった。

その薬草を束ねて持ち、彼女に頭を下げる暁。

 

「これでなんとかなりそうです。永琳のおかげですね。早速作ってきます」

「あ、うん。いってらっしゃい。お昼、楽しみにしてるわね」

「ふふ、その期待は裏切らないと予告しておきましょう。それでは!」

 

試行錯誤を繰り返したあとの達成感からか、かなりハイテンションになっている暁を見送り、再び書類に目を落とす永琳。

 

「…………もう何年も、単なる作業としか思ってなかったけど……久々に、楽しみね」

 

彼女はそう独白し、小さく笑った。

 

 

台所についた暁はもらった薬草を一つずつすり潰し、粉末状にする。

それを風味の割合を考えながら混ぜ合わせ、さらに薄力粉と棚にあった調味料を入れる。

 

そうして出来上がったものをあらかじめ水を沸かしていた鍋に切っておいた野菜と一緒に入れ、お玉でかき回す。

しばらくグツグツと煮込んでいると馴染み深い匂いが漂いはじめる。

 

「…………やっぱコレだよなぁ」

 

ニヤけながら嬉しそうに呟く暁。

そして頃合いを見て火を止める。

……余談ながら、永遠亭の台所はIHクッキングヒーターである。

 

「よし! できた! あとはご飯ともども皿によそうだけだな。皆を呼ぶか」

 

彼はご飯をよそった皿と飲み物を机に並べ、永遠亭の住人達を呼びに行った。

 

 

 

「…………うわぁ、良い匂い……」

「これは…………美味しそうな匂いね」

「ふふ、そうだろう、そうだろう」

 

部屋に入ってくるなり感嘆の声をあげる鈴仙と永琳に得意げな表情をする暁。

 

「イイ……実にイイ! 期待度大よ! 暁、褒めてつかわすわ!」

「光栄でございます、姫様」

 

ワクワクした様子ではしゃぐ輝夜にはおどけたように片膝をついて礼をする。

 

「姫様ー。それより早く食べましょうよー。私もとっとと食べたいんですけどー」

「そうね! さ、皆! 席につきましょ!」

 

面倒そうにしながら言うてゐの言葉に頷き、輝夜は率先して着席する。

それに続いて他の面々も座っていく。そして、目の前に置かれた白飯だけが入った皿と、湯呑みに入った水を見る。

 

そこに暁が蓋をしたままの鍋を運んでくる。匂いが鍋から漂ってくることに気づき、全員がその鍋を注視する。

 

彼は蓋を開け、中のものをお玉ですくってそれぞれの皿にかけていく。

全員の皿にかけ終えると、鍋をわきに置く。そして何かを配る。

 

「……匙? こんなものあったかしら?」

「いえ、無かったので昨日香霖堂で買ってきました。スプーン、といって、汁物などを食べる時に使う食器ですね。今回の料理はこれで食べてください。箸だとなかなか食べにくいと思います」

 

それぞれが渡されたスプーンを物珍しそうに眺める中、説明する暁。

彼の言葉に反応し、永琳が視線をスプーンから逸らして彼にむける。

 

「……これが何かはわかったけど、この料理は何なの? 全体的に茶色い感じだけど」

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました。そう……これこそはまさしく人類の英知の結晶! 星の数ほどある料理の進化の終着点であり、一つの完成形…………その名も!」

 

突然熱がこもった語りをはじめる彼に困惑する永琳達に構わず、高らかに宣言する暁。

 

 

「————()()()です」

 

 

…………その後、全員が暁の謎のハイテンションと、見たこともない料理に困惑しながらも、真っ先に食べはじめた輝夜に倣ってカレーを口にし——そして、一瞬でその味の虜となる。

 

目の色を変えてカレーを食べる一同にこの上ない満足感を味わう暁。

自分もカレーを食べながら、無言のまま夢中になってカレーを口に運ぶ他の面々をしばらく眺めていると、真っ先に食べ終わった鈴仙が目を輝かせて暁に皿を突き出す。

 

「——辛〜い! …………けど美味しい! すっごい美味しい! 暁、おかわりある!?」

「おう、まだまだあるぞー。白飯もいるか?」

「ちょうだい! あ、でもそこまでいらないわ! 皿の半分くらいでお願い!」

「わかった……はい、どうぞ」

「ありがと!」

 

鈴仙に笑顔でカレーのおかわりをよそう暁。

誰かが彼の袖をクイクイ、と引く。

 

彼が振り向くと、笑顔のてゐが無言で鈴仙同様に皿を突き出していた。

 

「…………美味しかった?」

「もっと食べたいと思うくらいには」

「ならよし。量は?」

「私も半分で」

「了解。はい、どうぞ」

 

聞きたいことを聞いて満足し、彼女にもおかわりをよそう。

 

「暁! 私もおかわり! 今度は大盛りにしてちょうだい!」

「はしたないですよ、姫様。食事中にそんな大声で…………そ、その……暁、私にも、おかわりもらえるかしら? 普通の量でいいから」

「はいはい、わかりました。…………あ、ちなみにですが、カレーには生卵をかけるとマイルドになってまた違う味わいになりますよ。一応卵も用意してますが——」

「それを早く言いなさいよ! 一個貰うわよ!」

「だから姫様! ……私も貰うわ」

「あ、私も卵欲しい!」

「暁、卵は欲しいけど面倒だから割ってー」

 

次々にかけられる言葉とともに一瞬で手のひらから奪われていく卵。

彼は苦笑しながら卵の殻をいれる皿を用意し、てゐのカレーの上で卵を割り、落としてやる。

 

(…………やっぱり、このカレーは最高ですよ)

 

皆の笑顔を見て、このカレーの作り方を自分に伝授してくれた人物のことを思い出す。

不器用で、それでいて優しくて。

本当にかっこいい、最高の男だった。

彼に「息子」だと言われた時のあの感情は到底言葉で言い表せるものではない。

 

 

(あの人だけじゃない……お世話になった人達全員にまた会うためにも……絶対に、成し遂げてみせる)

 

 

決意を新たにし、拳を強く握る暁。

彼のその様子に気づかず、周囲はカレーを口に運び続けていた。

 

「あ、本当だ。ちょっと甘くなる! 私はこっちがいいわね!」

「なるほど……味のバランスが考えられてるわね……これを考案したのはよほどの……」

「卵の方も美味しい! でも私は辛い方が好みかなー。てゐはどう?」

「鈴仙、今は話しかけないで。私は忙しいんだ」

「ちょっと、なによその態度は!」

「うるさい。こっちはこの数十年……いや、数百年無かった食事の快楽を思い出してるんだ。この機会を逃してたまるか」

 

目を輝かせる輝夜、ぶつぶつと何かを計算する永琳。

そしてものすごいペースでカレーをかきこむてゐと、彼女につれなくあしらわれて憤慨する鈴仙。

 

決意を固めた暁だったが、その光景を見ていると思わず脱力してしまう。

 

「…………ははっ」

「暁ー! もう一回おかわりー!」

「わかりました。また大盛りですか?」

「もちろん!」

「私はもういいわ。ごちそうさま。本当に美味しかったわ」

「お粗末様です」

「ちょっと、聞いてよ暁! てゐのやつがさぁ!」

「…………うっま…………」

「まあまあ、落ち着いてくれ鈴仙……」

 

 

————これからやるべきことはさておき……今くらいは彼女達に付き合って楽しい時間を過ごすのも悪くない。

 

 

そんなことを考えながら、彼は賑やかなその喧騒に身を投じていった。

 




「しばらく雑談をした」を伏線と言い張る勇気。
……そのタイミングしかスプーン買ったり文化レベル知る機会無かったからね、仕方ないね。

ルブランのカレーはやっぱり市販のルーなんて使わずにスパイスから配合してるよね、ということでこうなりました。
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