Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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半端だった部分に書き足して再投稿しました。
注意:R15に相応しい程度のゴア表現があります。グロ耐性が極端に低い方はお気をつけ下さい。


鬼の一撃

——辺り一帯に立ち込める瓦礫の粉塵。

 

激しい耳鳴りで聴覚は完全に死んでいる。

 

閾値を遥かに突破し、一周回って何も感じなくなりつつある痛覚。

 

ゴポリ、と口から勝手に溢れて流れ出る赤い液体。

 

朦朧とする意識の中、思った。

 

 

………………嗚呼、()()()()

 

 

 

「お兄ちゃんッッッ!!!!」

 

彼女には、勇儀の拳を真正面から受けたジョーカーがその場から()()()()()()()ように見えた。

空が血相を変えて叫んだ次の瞬間。

 

遠く離れた間欠泉地下センターから、鼓膜が破れそうになるほどの爆音が轟く。

彼女はそちらを振り返ろうとしたが、音に続いて猛烈な衝撃波と爆風が襲いかかってくる。

 

「ううぅっっ…………!?」

 

埃混じりの風と衝撃に目を開くこともできず、顔を両腕で守る。

轟々と吹き抜ける風がようやく収まり、彼女は薄く目を開いて地下センターの方を見る。

 

…………悪い夢でも見ているような光景が広がっていた。

 

相当頑丈だったはずの外壁は跡形も無くなり、大きな鉄球を建物の奥まで転がしていったかのように、その直線上にあるものは全て破壊されていた。

ここからではどこまでその破壊の足跡が続いているかを窺い知ることはできない。

 

——地獄烏の少女、霊烏路空。

彼女自身、自分はあまり賢くはない方だと思っている。

しかしそんな彼女ですら、考えるまでもなくこの鉄球を転がしたような惨状の先に何が……いいや、()()いるのかはすぐにわかった。

 

 

「…………お兄、ちゃん」

 

 

呆然としながら、呟く。

 

鬼の拳を受けた挙句に何層もの硬い壁をもぶち破るほどの勢いで吹き飛ばされた。

どう考えても、人間である彼が生きている道理はない。

 

…………そんなこと、彼女は認められなかった。

 

会ったばかりの人間で、そこまで彼のことを知っているわけでもない。

それでも、つい先ほどまで一緒に笑っていた相手がこんなにあっさりと死んでしまったなんてことを。

どうして認められようか。

 

「…………!!」

 

即座に翼を広げて飛び立ち、地下センターを貫通した大穴へと飛び込んでいく。

 

 

——そんなことに気づく余裕もなく、星熊勇儀は己が拳を呆然として見下ろしていた。

 

(…………今、私は何をした? ……怒りに我を忘れて、殴った? 私が?)

 

前触れもなく激昂し、人間を殴り飛ばしたこと。

そのことに一番信じられない思いを抱いているのは、当の勇儀自身だった。

 

突然ナイフをむけてきたことには多少驚いたものの、萃香がしたということから鑑みれば、そのくらいの反応は仕方ないとも思った。

ナイフ自体も問題無く防御したし、そもそも自分は斬りつけられたくらいで怒ることはありえない。

むしろ過敏な反応に苦笑するくらいの心境だった。

 

だからこそ、なおのこと自分のとった行動が理解できない。

 

自分の体や心が無理やり動かされたような感覚。

魔法か何かの類かとも思ったが、そんなことをあの人間がするメリットは何一つ無い。自殺行為以外の何物でもないだろう。

彼女は何が起きたのかまるで理解できず、ただ人間を殴りつけた感触がありありと残る自分の拳を見下ろし続けることしかできなかった。

 

 

そしてそれを離れたところから唖然として見る数人の鬼達。

彼らは突然の出来事に度肝をぬかれ、絶句していた。

やがてこわごわと互いの顔を見合わせ、唖然としたまま口を開く。

 

「………………おい、今のって」

「…………ああ。姐さん、全力で殴ってたぞ」

「……いきなりだったよな。お前ら、なんでかわかるか?」

「わかんねぇよ。姐さんが近づいていったかと思ったら、あの人間がいきなり妙な格好になって斬りかかって……」

「それを姐さんが受け止めたよな」

「そのまま普通に人間に話しかけた……と思ったら、次の瞬間にアレだよ」

「…………なんでだ?」

「………………さあ…………」

 

口々に言いあいながら首を捻る鬼達。

そこに一人だけ黙ったまま地下センターの方を凝視していた鬼が口を開いた。

 

「…………違うだろ」

「は? 違うって、何がだよ」

「今一番気にするべきなのはそこじゃなくて……ああ、クソッ! とにかく見ろよ、アレ!」

 

理解していない他の鬼達に説明するのがもどかしく、うまく言葉にできない自分に苛立ちながらその鬼は地下センターを示す。

 

「……アレがなんだよ」

「わからないのか? 姐御に殴り飛ばされたあの人間がぶち抜いていった穴だぞ ?」

「…………はぁ? んなこと見ればわかるだろ」

「だから違うっての! まだわかんねえのか!?」

 

怪訝そうな視線がその鬼に集中する。

未だに理解していない鈍い他の鬼達が気づくように、はっきりとその鬼は言った。

 

 

「あの姐御の全力だぞ!? 人間が喰らって()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

星熊勇儀。

彼女が持つのは『怪力乱神を持つ程度の能力』。

その能力ははっきりと決まった使い方があるわけではない。

ただ、能力の一側面として明確なものもある。

まさに能力の名前にもなっている「怪力」である。

 

鬼の肉体に加えて能力でも増強された勇儀は地形をも変える力をその身に秘める。

その彼女の拳を受けた人間が吹き飛ぶことなどできるわけがない。

その場で塵も残さず爆散するだろう。

 

 

ようやく他の鬼達も今の人間の異常性を理解する。

 

驚愕を通り越して畏怖するような目を地下センターの方へむけ、全員が沈黙する。

 

 

自分達鬼ですら、あの拳を受けたらどうなるかわからない。

そんな一撃を受けて肉体を保持していたあのニンゲンは、もしかすると勇儀に匹敵する怪物なのかもしれない…………

彼らはそう思った。

 

 

こいしは尻もちをついた状態で固まっていた。

 

勇儀と暁の会話を聞いていたと思ったら、いきなり暁に蹴り飛ばされ。

足で掬い上げられるようにして浮かされた空中から、暁の方を呆然と見ようとした瞬間、彼の姿が掻き消えた。

彼が自分を庇い、勇儀の拳を喰らって吹き飛ばされたのだとようやく理解できたのは、悲鳴をあげたお空が地下センターへと飛んでいった時だった。

 

 

(………………なんで?)

 

なんで勇儀は暁を殴ったのか。

なんで暁は自分を助けたのか。

なんでこんなことになったのか。

 

なんで。なんで。なんで。なんで。

 

 

(……………………()()()()?)

 

 

ぐるぐると回る疑問の中に、スルリとそんな思考が滑り込んでくる。

 

(私が、お兄ちゃんをこんなところに連れてきたから? 私が、お兄ちゃんに我儘を言ったから? 私が、わ、私が……?)

 

 

 

勇儀、大工の鬼達、こいし。

三者三様の感情を抱えたその場所は、重苦しい静寂に満たされていた。

 

 

——しかし、その静寂はすぐに破られる。

 

「…………お、おい! アレ!」

 

鬼達の中の一人が地下センターを指差す。

彼は仲間達の中でも視力が良い方だった。

真っ先にそれを見たのは彼だったが、他の鬼もすぐにそれを目にする。

 

地獄烏に抱えられた、人間の姿を。

 

今にも泣きそうな顔でこちらに飛んでくる少女の腕は、人間の血で真っ赤に染まっていた。

 

少し離れたところで彼女は地面に降り、人間をそっと仰向けに寝かせる。

 

——見るに耐えない有様だった。

 

咄嗟にガードしたのであろう両腕は、本来曲がらない部分が完全にへし折れ、中の骨や血管が剥き出しになり、ボタボタと血液が滴っている。

だがそんな怪我ですら、まだマシな方だった。

一番酷い怪我をしているのは、拳が直撃した彼の胴体そのものだ。

 

右半身の大部分が、吹き飛んでいる。

 

巨大な獣に食い破られたかのように、胸から脇腹までがゴッソリ欠けていた。

離れたところにいる彼らにも内臓が目視できるほどのその傷は、明らかに致命傷だった。

両腕とその右半身から流れ出る血液により、みるみるうちに地面に血だまりができあがる。

 

それを見た鬼達は痛ましげに視線を逸らし、勇儀は表情を大きく歪ませ、こいしは目の前の光景が信じられず、思考停止に陥る。

 

 

その場の誰もが彼の死亡を疑っていなかった。

 

————ピクリと彼が身じろぎするまでは。

 

 

「…………!? お兄ちゃんっ!?」

 

すぐ隣にいた空にはわかった。

瀕死のジョーカーが何かを言おうとしていると。

急いでしゃがんで彼の口まで耳を近づけ、その声を聞き取ろうとする。

緩慢に開いた彼の口からは血液がとめどなく溢れ、そこから出る声もほとんど聞こえない。

 

「…………、………………、……」

「わ、わかった!」

 

彼の声は空にしか聞こえなかったが、彼女はその言葉にすぐさま応じる。

ジョーカーの腰あたりを焦りで震える左手でまさぐり、やがて小さい何かを取り出す。

一瞬躊躇するも、その何かを開いたままの彼の口にそっと落とす。

ジョーカーはそれを血とともに飲む。

 

————その瞬間。

 

ミチミチと音を立てながら、彼の肉体が()()()()()()()

 

 

「「「「…………!!!?」」」」

 

 

その光景を見た全員が息を呑む。

ジョーカーの指示に従った空もこんなことになるとは知らされていなかった。

ただ、「腰にある錠剤を一つ飲ませてくれ」という彼の頼みを聞いただけなのだ。

驚愕しながら眼前で起こる謎の現象に見入る。

 

——そして。

 

「…………ゴボッ……助、かった。ありがとう、空……」

 

欠損していた部分がおおかた塞がり、両腕もまっすぐに戻った暁はよろめきながら立ち上がった。

せり上がってきた血液と口の中に溜まっていた血液をまとめて吐き捨て、目を見開いたままの空に礼を言う。

 

ビシャリ、と地面に血液が撒き散らされた音をきっかけに、呆然としていた空はジョーカーに飛びつく。

 

「お、お……お兄ちゃんっっっ!! いき、生きてて、よかった…………!! 私、てっきりお兄ちゃんがっ、死んじゃったって…………!!」

「…………ッ……! …………し、心配させて、悪かった。さすがにあそこまでやられると、そう簡単に自力では動けなくてな…………」

 

急激な事態の変化についていけず麻痺していた感情が一気に緩んだのか、ガタガタと震えながら彼を抱きしめる空。

ジョーカーは抱きつかれた瞬間に走った激痛に小さく呻くも、空に気をつかわせないように痛がる素振りを必死に隠す。

 

 

空と話す彼の体は急激な再生こそ収まったものの、未だに残る傷口が徐々に再生していく。

 

 

出会ったばかりの自分のことをここまで心配してくれる空の優しさをありありと感じながら、周囲をゆっくりと見渡すジョーカー。

その視線は数名の鬼を通り過ぎ、固まっている勇儀を見て一瞬止まる。

しかし勇儀からもすぐに視線を外し、一人の少女の姿を探す。

そして、尻もちをついたままこちらを呆然と見上げるこいしを見つける。

 

「…………こいし」

「………………」

 

彼の呼びかけにも応じず微動だにしないこいしに対して、ジョーカーは深く頭を下げる。

 

「………………無事で、よかった」

「…………!!」

 

どんな理由があれ、蹴ってしまったことに変わりはない。そのことについて彼女に許しを乞うつもりはなかった。ただ、無事を確認できて心底安堵した。

 

そんな心境で頭を下げた彼は、もう一度こいしの顔を見てギョッとする。

いつもニコニコ笑っていた彼女が、今にも泣きそうな表情をしていたのだ。

自分のせいでそこまで傷つけてしまったのか、と焦るジョーカー。

 

何か言葉をかけなければ——

 

そう考えた彼が口を開こうとすると、へたりこんでいたこいしが立ち上がり、駆け寄ってくる。

 

「こ、こいし?」

「…………ッ!」

 

彼女は走ってきた勢いのまま、無言でしがみついてくる。

前からは空、横からはこいし。

二人に挟まれて身動きがとれないまま、小柄なこいしを見下ろす。

 

「………………ぃ」

「…………え?」

 

小さく何かを呟くこいしに聞き返した、その瞬間。

俯いていた彼女はジョーカーを見上げる。

 

 

——その両目からはポロポロと涙が溢れていた。

 

 

「ごめんなさい……っ! 私がっ、私のっ、我儘にお兄ちゃんを付き合わせて……それで、こんな、こんなっ……!!」

「…………!」

 

 

彼はその言葉に大きく目を見開く。

彼女が自分の怪我に自責の念を抱いているなど想像もしていなかった。

自分が彼女を蹴ってしまったことを悔いているように、彼女もまた後悔していたのだろう。

 

それを理解した瞬間、優しく彼女に話しかける。

 

「……それは違う。これは全部俺のミスだよ。お前は悪くない」

「でも、でもっ……!」

 

自分の言葉に納得できないのか、首を左右に振る彼女の頭をそっと撫でる。

 

「むしろ、俺の方こそすまなかった。もっと俺がしっかりしてれば、こんなことにもならなかったし……お前に、あんなことをする必要もなかった」

「あ、あれは! 私を助けるためにしてくれたことでしょっ! お兄ちゃんは悪くないよ!」

「俺が悪くないなら、こいしだって悪くないさ。だから、その、なんというか……どうか、泣き止んでくれ。な?」

 

ここのところ人に心配をかけてばかりの自分を心底情けなく思いながら、こいしの昂った感情を落ち着かせようとゆっくりと話しかける。

 

女性を泣かせるというだけで相当の罪悪感があるのに、そのうえ相手は小さな少女。罪悪感はさらに倍増する。

勇儀に殴られた体の痛みとはまた違う、キリキリと胃が締め付けられるような精神的な責め苦を味わうジョーカー。

 

「…………お、怒ってないの…………?」

「ああ、怒ってない。俺だって悪かったんだ。怒ることなんてできるわけないだろ?」

「…………本当?」

「本当だ」

 

オドオドとしながら確認をとってくるこいしを安心させるように撫で続ける。

彼が本気で言っているとようやく理解したこいしは安心したのか、涙をますます溢れさせる。

 

「よ、よかった……よかったっ……! お兄ちゃんがっ、生きててっ、でも、嫌われたんじゃないかって…………!」

「大丈夫、大丈夫だから」

「お、お兄ちゃんはっ……無意識の中にいる私を見つけられる、初めての相手でっ! お姉ちゃんにもできないのにっ…………そんなことができる人が、いるはずないと思ってたから、すっごく嬉しくてっ……!」

「…………そうか」

 

いつも笑顔に隠されていた少女の本音を知り、声のトーンを落とす。

自分が思っていた以上に、こいしは孤独に苦しんでいたようだ。

ヤマメや空の「単独行動しか見たことがない」という言葉の本当の意味は、「()()()()()()()()()()()()()()()」ということだったらしい。

 

「うっ、ううぅっ…………!」

「心配かけてごめん……空も、ありがとうな」

「……うん。お兄ちゃんが、無事で、よかった…………」

 

嗚咽を漏らすこいしに比べると、空はまだいくらか落ち着いていた。

それでも不安はまだ拭えていないのか、彼からは離れようとはしない。

 

彼は二人が落ち着くのを黙して待つ。

 

 

——彼の負っていた傷は、()()()()()()()()()()()()

 

 




なんとか気分を切り替えられましたので、書き直しを行いました。不甲斐ない作者で大変申し訳ございません。

女性を泣かせてばかりのジョーカー。屋根ゴミ成分マシマシでお送りしております。
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