「…………こいし、空。いったん離れてくれるか? ちょっと話がしたい」
「……うん」
「わかりました、お兄ちゃん!」
二人が落ち着いてきた頃合いを見計らって頼むジョーカー。
こいしはまだ少し元気がないが、空はすっかり元気に戻っている。
この持ち前の明るさはもはや才能といえるのではないか、などと彼は考える。
言葉通りに二人が手を離してくれたのを確認し、一歩足を進めて前方を見る。
——そしてそこに立つ、極めて複雑そうな表情をした勇儀を。
「…………いろいろと見苦しいところをお見せした。すまない」
「……いや、そんなことを気にしちゃいないが…………平気、なのかい?」
「会話することが? それとも、体のダメージが?」
「……両方だよ」
酷く困惑したような声色で尋ねられたジョーカーは肩をすくめて返答する。
「……先に手を出してしまったのはこちらだし、怒らせてしまったのも自業自得だ。貴女を逆恨みするつもりはないし、会話くらい付き合うさ」
「それを言うなら私の方こそ、あんなことで我を忘れるなんて……」
「いや、そこに関しても全面的にこちらの落ち度だ。さっきのナイフには……あー、説明しにくいんだが、『相手を激怒させる』という効果がある。それに触った貴女が激昂したのは不思議なことじゃない」
「…………相手を怒らせるナイフ? 欠陥品もいいとこじゃないか」
困惑したような勇儀の声に呆れの色が混じり、彼女は腕を組んで首を傾げる。
「これはこれで使い道はあるんだが、今回はマイナスにしか働かなかったな。 ……とはいえ、今はこの武器しか持ち合わせがないんだ。仕方なかった」
苦笑いしながら彼女の言葉に同意し、そこで息をつく。
「体については…………まあ、ほぼ死にかけたが、今はだいたい
「………………その力はいったいなんなんだ? あんた、本当に人間かい?」
「人間だよ。ちょっとした力が使えるだけの、ただの人間」
理解のできない存在に身構えるような勇儀に再度肩をすくめ、彼は言う。
「…………さて、今日のところはこれで失礼したい。さすがにこのままここにいるのは遠慮したいし、そちらもすっきりしないだろう。お互いに仕切り直さないか?」
目を細めて放たれた彼の言葉に勇儀は少し間をおいて頷く。
「…………そうするよ。……やれやれ、狸か狐にでも化かされた気分だよ」
「申し訳ない。今回の非礼はいずれまたお詫びに伺おう」
「別に詫びなんざいらないよ。……だけど、あんたの話くらいは聞かせてもらいたいね。ゆっくり酒でも飲みながら」
「それくらいなら喜んで付き合うよ。…………酒は無理だが」
「ん? 下戸なのかい?」
「いや、下戸というか……飲んだことがない。未成年だからな」
「…………は? なんの冗談だい?」
「え?」
顔を顰めて聞き返す勇儀。
至極当然のことを言ったつもりのジョーカーは首を傾げる。
「……何かおかしなことを言ったか?」
「いや、飲んだことがないって……付き合いたくないならそう言えばいい。そんなあからさまな嘘をつかれる方が私は嫌だね」
「…………いや、嘘なんてついてないぞ。未成年だって言ってるだろ」
「未成年? そんな理由で飲まないのかい? 妙なこだわりだね」
ジョーカーの返答を聞いた勇儀は不機嫌そうな表情から意外そうな表情に変わる。
反対に、彼は訝しげな表情になる。
「妙もなにも、そういうものだろ?」
「そうなのかい? 少なくとも、地底でそんなルールを聞いたことはないね。地上のことは知らないが、前に来た博霊の巫女と白黒の魔法使いは普通に飲んでたし」
「……その二人は成人じゃないのか?」
「まさか。あんたよりも若いよ? うーん……3つか4つくらい下、か?」
「えぇ………………」
あっけからんとした勇儀の返答に眉を寄せるジョーカー。
(
出会ったこともない博霊の巫女と、白黒の魔法使いとやらを心配するが、そこでふと思い直す。
(…………待て。ここは魔法だとか未知の力がある世界だ。その力があれば飲酒ぐらいどうとでもないのかも………いや、それでも飲酒はなぁ……)
釈然としない思いを抱えながら内心で葛藤する彼を不審に思った勇儀は声をかける。
「…………どうした?」
「……いや、なんでもない。あー……とにかく、また来るから」
「そうかい。…………じゃ、また」
勇儀は組んでいた腕を解き、片手をひらひらと振る。
ジョーカーは彼女に一礼し、振り返る。
そして、黙って会話が終わるのを待っていたこいしと空を見る。
「……そういうわけで、俺は地上に戻るよ」
「…………お兄ちゃん、行っちゃうんですね」
彼は寂しそうにする空の手をとり、目と目を合わせて話す。
「ああ。悪いが、ずっとここにいるわけにもいかないからな。空がこの地底のエネルギーを生み出しているように、俺にも大切な仕事があるんだ。とても、大切な仕事が。だから行かないと。……わかってくれるか?」
「…………そっか。じゃあ仕方ないですね! うん、仕方ない!」
そう言って吹っ切れたように笑う空。
寂しさが消えたわけではないが、彼を無理に引き止めることはしない。
こいしと同じくどこか子供っぽい彼女ではあるが、引くべき一線はきちんとわきまえている。
「行ってらっしゃい! 私もこれからお仕事頑張るから、お兄ちゃんも頑張ってください!」
「ありがとう。また会いに来るから、その時は一緒に遊ぼう。こいしも入れて、三人で」
「本当ですか!? 約束ですよ!?」
「もちろんだ。信じられないか?」
「ううん! 信じます! 楽しみに待ってますからね!」
笑顔の彼女に笑みを返し、ジョーカーはこいしに視線を移す。
「…………ついてきてくれるか?」
「………………」
その言葉を聞いたこいしはまだ涙の跡が残る顔をゴシゴシとこすり、笑顔を作る。
「……うん! お兄ちゃんには、私がついてないとね!」
「……そうか。ありがとな」
彼もその返事に安心したように微笑み、回り込んで背中に飛びついてきた彼女を慣れた手つきでおんぶして、トンッ、と地面を蹴る。
軽々と数メートル飛び上がったジョーカーの背中からバサリと漆黒の翼が生え、大きくはためく。
手をブンブンと振る空や苦笑している勇儀を上空から見下ろし、片手を上に掲げる。
そして。
————パチンッ!!
と、指を鳴らした。
それと同時、彼から全方位に眩い光が放たれる。
その光が収まると、既に彼の姿は跡形もなく消えていた。
「………よっ、と」
「到着ー!」
空達の前から姿を消した彼らは地上に出ていた。
目眩しで一瞬気を引いた隙に地下センターへとむかい、地上へと繋がる巨大な排熱口を通って上昇したのだ。
地面に着地したジョーカーはこいしを背中から下ろす。
そして新鮮な地上の空気を目一杯吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「………………やれやれ。ようやく人心地ついた気分だ」
しみじみと生の実感を噛みしめる。
…………さすがにあの鬼の拳と対峙した時は死を覚悟した。土壇場での思いつきが無ければ、呆気なく死んでいただろう。
そんな彼に不思議そうにしてこいしが尋ねる。
「どうしたの?」
「いや、なんとか無事に地上に戻ってこれたと思ってな」
「なるほどー」
こいしはその返答に納得しかけるが、そこで何かに思い当たる。
「……そういえば、お兄ちゃんはいったいどうやってあのパンチを防いだの?」
なんだかんだで聞かずじまいになっていたが、彼が生き残れた理由がわからない。回避したわけでもなく、正面からアレを受けて何故無事だったのか。
そんな素朴な疑問をジョーカーにぶつける。
「ん? あ、まだそのことについて話をしてなかったな。うっかりしてたよ」
彼は頭をかき、無造作にペルソナを呼び出す。
空間を指定されて召喚された【アルセーヌ】はやや浮いた場所に出現する。
そして身を翻すようにして一回転。
すると、一瞬で【アルセーヌ】の姿はまったく別のペルソナへと変貌した。
【アルセーヌ】の代わりに現れたそのペルソナを見て、こいしは一つの存在を想起する。
「これ………………
「
——【オンギョウキ】。
『隠者』のアルカナの最上位に位置するペルソナ。
奇妙な覆面のようなものをつけて、自分の体格と同じくらいの長大な武器を持つオニである。
「……こんなのいたっけ?」
「ついさっき召喚した。多分、あの伊吹萃香とかいう鬼と戦ったぶんだろう。まさかたった一人の認知で足りるとは……やっぱり鬼は敵に回したくないな…………」
「??」
「……っと、すまない。独り言だ」
途中からブツブツと呟きだしたジョーカーは、ほぼ直角になるくらい首を傾げているこいしの様子を見て、我に返った。
苦笑しながら彼女に頭を下げる。
こいしもそこには触れず、もっと気になることを聞く。
「…………それで、このペルソナでどうやったの?」
「自分とあの鬼——勇儀の間に召喚して盾にするつもりだったんだが、焦りすぎたせいか座標指定がうまくいかなくて、最初から同化した状態で呼び出してしまったんだ。……で、鎧状になった【オンギョウキ】ごと腹をぶち抜かれた」
「…………うぅ……」
「わ、悪い。思い出させちゃったか」
彼の言葉をきっかけにして先ほどの見るに耐えない怪我がフラッシュバックし、顔をしかめるこいし。
慌てて謝るジョーカーに、気にしていないと首を横に振る。
彼はそれに安心したように頷いて、話を続ける。
「……この【オンギョウキ】は敵とノーガードで
今回の一件でわかったが、ペルソナとの同化はメリットだけでなくデメリットもある。
メリットは、自分の意思で直接空を飛んだり、スキルを使用できるようになり、単純にペルソナを召喚した時より自分自身への強化度合いが増加すること。
特に、身一つで飛べるようになることは大きい。弾幕ごっこには必要不可欠な条件だからだ。
スキルの方にしても、発動する場所や条件をいちいち指定する必要がなくなり、より直感的に使えるようになる。
蹴りの軌道に沿って〈エイガオン〉を放つ、なんてことも可能になるかもしれない。
そして、デメリット。
ダメージの分散ができずに体に直接攻撃が通ってしまうことと、ペルソナによる不意打ちができなくなることが挙げられる。
不意打ちに関してはそれほど問題ではない。
萃香との戦闘ではなかなか便利ではあったし、有用な戦法でもあるが、それが使えなくなるとはいえ、そのぶん同化によって自由度を増したスキルで釣り合いがとれる。
問題はダメージが直接通ることだ。
ペルソナと分離していれば肉体への損傷もある程度抑えられるし、逆にペルソナに何かあっても本体である自分に損傷はない。
痛みや衝撃は共有されるが、怪我までは共有されないというわけだ。
だがペルソナと同化している状態だとそうはいかない。
ペルソナの腕がそのまま自分の腕であり、ペルソナの胴体が自分の胴になる。
その状態でペルソナにダメージがあれば、自身の肉体も怪我をする。
便利な技術も一長一短ということか。
そう考えながら、胸元から「とあるもの」を取り出してこいしに見せる。
「【オンギョウキ】に加えてこの『保険』も役に立った……というか、どちらが欠けていてもヤバかったな」
「それは?」
「
正解だったよ、と笑いながら言ったジョーカーはすぐに真顔に戻る。
「……【オンギョウキ】は土壇場で『鬼』からの連想で思い出して、無我夢中で召喚したんだ。今思うと、呼び出せる確証なんてなかったんだが…………そんなことまで考える余裕はなかったよ。反射的にやって、偶然うまくいった」
知らず知らずのうちに危ない橋を渡っていたことを自覚し、少し背筋が凍えるジョーカー。
新たなペルソナを召喚するに足る認知があると思っていたわけではなかった。足りていたのは、あの伊吹萃香との戦闘によるものだろう。
ある意味、強大な鬼の存在によって救われたとも言えるかもしれない。
…………その鬼によって追い詰められた結果だということにはこの際目をつぶる。
「……えっと、つまり…………
「その通りだな。いやぁ、ラッキーだった」
おそるおそる尋ねたこいしに重々しく頷く。
目と目が合い、しばしの沈黙を挟み——フッ、と示し合わせたように苦笑いする。
「あは、あはは………………」
「ははは…………」
乾いた笑い声を漏らすジョーカーとこいし。
彼らの心境を表すかのように、二人の間を冷たい風が吹き抜けた。
【オンギョウキ】の詳細はまた書くかもしれませんが、需要があるか微妙な気もするので未定です。
皆様に謝罪することが二つあります。
まず一つは、更新を一日空けてしまったこと。
すいません。ちょっと本を一気買いして読みふけってまして……執筆の時間を削ってます。
今後もちょいちょいこんな感じで遅れると思いますが、どうかお許しを……(一日更新記録が途切れたことは残念でなりません)
そしてもう一つ。
先日感想返しにて「勇儀パンチは物理90%に万能10%だから単純な物理無効は無意味」と言ったのですが。
よくよく計算してみると、万能10%なら普通に物理無効の方がダメージ低いんですよね…………こんなことも確かめずに感覚で10%とか言っちゃった自分に頭突きをしてやりたい。
話の都合上、「万能20〜30% 」と訂正させていただきます。アホな作者で汗顔の至りです…………