踏み込み、下がり、また踏み込む。探り探りの足捌きに合わせて刀を振るう。
慣れない武器の取り回しに苦慮しながらも、納得いく動きになるよう試行錯誤を重ねる。
重く長い刀を振り続けるうちに汗が滴り落ちる。それを刀の一振りで散らし、また汗を流す。
激しい動きをしていないのに消耗は大きい。余計なところに無駄な力が入っているからだろう。
軽くて小回りの利くナイフとはまるで違う感覚に苦戦する。
「………………」
ジョーカーはなかなか思うように動けない自分へ僅かに苛立ち、集中が途切れて我に返った。
いつの間にか日は暮れ、空気も冷え込んできていた。
汗だくになるほど高くなった体温に反応し、白い水蒸気が体から立ち昇っている。
(……今日はここまでにしよう)
これ以上鍛錬を続けることはできないと冷静に判断した彼は変身を解除する。
半日かけた練習でも及第点まで到達することはできなかった。この調子では他の武器にまで手を回すなんてことは夢のまた夢だ。
(素人が一人で足掻いたところで大した進歩は望めないか。…………やっぱり、仲間がいない俺なんて大した人間じゃないな)
彼はどうしようもない限界を感じ、苦笑する。
——仲間がいてこその自分である。
変えようもないその事実は紛れもない弱さである反面、強さでもある。
今さらそこを履き違えるつもりはない。
…………その弱さを切り捨てた男は、もういない。
怪盗団の誰よりも強く、賢く、優れた人間。
社会に一人で立ち向かい、己の力のみで孤独に生き抜いていた。
奇しくも、今の自分は彼と同じように「個」の力に頼るしかない。
自分で挑んでみて、初めて理解する。
それがどれほどの偉業だったのかを。
(……本当に凄いやつだよ、お前は)
あの男に勝った自分が、こんなところで立ち止まることは許されない。
勝者として、彼の積み上げてきた努力の重みを引き継がなければならない。
暁は静かに息を吐き、天を振り仰ぐ。
夕闇の中、既に星が見えはじめている。
電気が普及しておらず、空気も澄み切った幻想郷で見える星の数は膨大だ。
今見えている星は本来あるべき姿、そのほんの一部しかない。
あの男が積み上げてきたものと星空を重ね合わせるならば、まさしく今の自分はこの夕闇の星だろう。
始まりの戸口に一歩足を踏み出した……その程度だ。
「…………先は長いな」
一言呟いて彼は自分の手を見下ろし、再び白い吐息を漏らした。
「お待たせー。さ、食べましょ」
遅れて食卓についた輝夜はそう言って手を合わせる。
咎めるような視線を彼女にむけながらも、先に座っていた永琳は別のことを尋ねる。
「暁がまだですが、まだ刀を振ってましたか?」
「ううん、風呂場に行ってたわよ。まだ沸かしてないはずだけど、水浴びだけでもしてくる〜って」
「そうですか。それなら先にいただきましょう」
納得した永琳は自分も箸を取り、食事を始める。
二人のやりとりを聞いていた鈴仙とてゐもそれに倣い、食べ始める。
食卓の角に座っていたこいしは輝夜が手を合わせた瞬間から既に食べ始めていたが、誰もそこには言及しない。
五人が思い思いに食事を進めていると、扉を開けて暁が部屋に入ってきた。
「遅れてすいません。汗を流してきました」
軽く頭を下げて着席する暁に視線が集中する。
「お疲れ様ー。かなり熱中してたわね。私達が見てたの、気づいてなかったでしょ?」
「え、見てたんですか? こいしが途中でいなくなったことは気がつきましたが、それ以降はまったく……」
箸を置いて話しかける輝夜の言葉に驚いた顔になる暁。
彼がこいしを一瞥すると、こいしも頷いて口を開く。
「私だけで見るのもなんかもったいない気がして、見物人を呼んできたんだー。皆で縁側からお兄ちゃんのこと見てたよ?」
「そうだったのか…………あー、ちょっと恥ずかしいな」
「恥ずかしい? 何が?」
「未熟な素人が刀を振り回している姿を晒してただけだからな」両手を合わせながら暁は言う。「恥ずかしくもなるさ」
そして箸を伸ばし、美味しそうに食事を頬張る彼を見ながら周囲はかけるべき言葉を考える。
それなりに様になった動きだったと思うが彼にとっては不足らしい。かといって、慰めを必要としているようにも見えない。
そんな中、真っ先に口を開いたのはてゐだった。
「じゃあ、これからしばらくは刀の練習にかかりきりになるわけ?」
「ん? …………そうしたいのはやまやまだが、他にもやることは山積みなんだよ。飛ぶ練習に加えて体も鍛えないといけないし、ペルソナとの同化もまだまだ使いこなせているとは言えない。何より、
彼女の質問に口の中のものを咀嚼し、飲み込んでからそう答える。
暁はその拍子に何かを思い出し、永琳を見る。
「そうだ。永琳、薬はありますか?」
「できてるわ。流しのところに置いてあるから、食後に飲みなさい。一日につき一錠よ」
「わかりました。早い仕事で助かります」
永琳に頭を下げ、また食事を腹に詰め込んでいく暁。
そして遅れてきたはずの彼が一番早く食事を済ませる。
「ごちそうさまでした。さっき水浴びついでに風呂も沸かしてきたので、一足先に入ってきます」
「おそまつさま。暁、私も入りたいからなるべく早めにあがってね」
「わかった」
暁は今日の料理当番だった鈴仙に返事をして食器を片付け、永琳の言葉通りに置いてあった小袋を取り、中に入っていた錠剤を一粒飲む。
そのまま部屋を出た暁は自室から着替えを持ち出し、風呂へとむかい、手早く入浴を終えて早々に就寝した。
翌日。
目覚めたら布団にこいしが入りこんでいたというアクシデントがあったものの、それ以外は特筆すべきこともなく、日課として定着したトレーニングに励む。
今日から行うトレーニングは————
「………………おぇぇぇぇ……」
「お兄ちゃんは馬鹿なのかな?」
空中で前転と後転を繰り返しながら独楽のように横回転を加えつつ上下左右にスライドするように高速移動する——という軽く発案者の正気を疑うシロモノである。
発案者は当のジョーカー本人である。
その動きを脳内でイメージし、そして実行に移した十数秒後、彼は地面に墜落して己の内から溢れる
その彼から一定の距離を置いて、珍獣でも眺めるような目つきで観察するこいし。
静かな竹林の中、水っぽい物音が響く。
「いや、お兄ちゃん。こうなることは火を見るより明らかだったでしょ。なんで実行したの」
「……………」
呆れかえったこいしに言葉を返す余裕も無いジョーカーは聞くに絶えない音を立てながら、見るに絶えないものを生産し続けていた。
そのままひとしきり腹の中を空にした彼は立ち上がるも、激しい眩暈に襲われてまた地面に突っ伏する。
その状態からよろめきながら再び強引に立った彼にこいしは疑問を投げかける。
「こんな無茶な方法で本当にうまくいくの? 結果が出るより先にお兄ちゃんが倒れちゃうよ?」
「…………それくらいやらないと、ダメなんだ。とっとと自由に飛べるようにならないと、弾幕ごっこもできないままだ」
眉間に皺を刻んだジョーカーは口元を拭いながらそう言う。
「……そこまで焦る必要はないんじゃないの? どうしてそこまでして結果を急ぐの?」
怪訝そうに尋ねるこいしに皮肉げな笑みを浮かべるジョーカー。
「……人間はな。
胸の中の空気と一緒に気分を入れ替えるように、大きく深呼吸をしたジョーカーは地面を蹴って宙に浮く。
呆れの色が薄れ、代わりに心配の光を宿らせたこいしの目と自分の目を合わせる。
「というわけで、今日はひたすら吐き続ける。昼飯は要らないから、皆にもそう伝えといてくれ。暗くなる前には戻るよ」
「…………わかった」
今の話を聞いた以上彼を止めることはしないが、さりとて彼が吐く姿を見たいわけでもない。
彼女はジョーカーの頼みを了承し、その場を去ることにした。
そして、ジョーカーは宣言通りに一日の大半を嘔吐で費やすことに従事した。
——翌日。
「うぶっ…………おぇ……」
——翌々日。
「………………ぐぅっ…………」
————そして。さらに、数日。
極悪な遊園地のアトラクションを丸一日体験するような苦行を積み重ねたジョーカーは、 ついに————
「…………お、お?」
————
独楽のように回転しながら飛び回っても、まったく酔わない。
それだけではなく、目まぐるしい視界の変化にも対応できるようになっていた。三半規管のみならず、動体視力も向上しているのだ。
人間離れした自分の進化速度にひしひしと永琳の薬の効果を感じるジョーカー。
彼は修行の成果を確認しながらなおもグルグルと回転していると、次第に楽しくなってきた。
縦、横、斜めに回転しながら限界まで加速していく。
今の自分ができる最高の速さで回転すると、体の周りに風が轟々と渦巻く。
そして回転速度が限界に達したところで急停止。渦巻いていた風が一気に弾ける。
「…………はははっ!」
言いようもないほど爽快な気分になり、笑い声をあげるジョーカー。
できなかったことができるようになるというのは純粋に嬉しいし、楽しい。
試しにアクロバティックな飛行を試してみる。
捻りを入れながらの三回転ループ、垂直方向に急速上昇してからの自由落下——を
地面に激突する寸前に片手をつき、衝撃を完全に殺す。
片手で逆立ちする格好になったジョーカーは足を下ろし、普通に立つ。
(よし、完璧。空中での姿勢制御も上達してるな)
自分の思い通りの動きをこなせたことに満足し、ガッツポーズを作る。
そしてこの修行の成果を他の皆にも見せようと思い立ち、彼は永遠亭へと戻った。
ちょうど洗濯物を干していた鈴仙を見つけ、先ほどしていたことを彼女に披露する。
飛び終わって地上に降りたジョーカーは得意げな表情をして、彼女の反応を窺う。
彼の努力の集大成を見た彼女は二、三度瞬きをして呟いた。
「————気持ち悪っ」
ジョーカーは撃沈した。
いつのまにか評価バーがランクダウンしてて、さすがにちょっと凹みました……
評価は一番明確な指標ですから。お気に入りはなんとなくで登録したりすることもあるでしょうが、評価はそのまま直結してます。
わざわざ低評価を入れるっていうことはそれだけ面白くなかったってことですから、無反応とかよりも堪えますね。
もっと良い文章を書けるように精進しないと。さしあたってもう一度バーの色を戻すことを目標に頑張ります。
……これで下がる一方とかだったら本気で凹むなぁ。