会話が弾む中、自分のことばかり話していたことに気がついた阿求は暁の話をせがむ。
暁はどこまで自分の事情を教えてよいものか悩み、ひとまず最近の生活についてを語りはじめた。
「————と、まあこんな感じだ」
刀を納め、縁側からこちらを見る阿求へ振り向く暁。
彼は修行の様子を直接見たいという彼女の要望に応え、少しだけ素振りをしてみせた。
パチパチと拍手をする阿求は暁に賛辞を送る。
「綺麗な足捌きでしたね。体幹がブレていませんでしたし」
阿求の経験者のような物言いに目を瞬かせる暁。
「あれ、なにか武道を嗜んでたのか?」
「書物で齧っただけの知識しかないです。だから動きを見ることはできても、自分ではできません。さしずめ、口だけは一丁前の評論家ですね」
「ははっ。ずいぶんと自分に厳しいな」
すまし顔で肩をすくめる阿求。
彼女の後ろから盆を持った鈴仙が歩いてくる。盆には急須と三つの湯呑み、そして皿に盛られた菓子が乗っていた。
「師匠に言われて持ってきたわよ。私も一緒にお茶させてちょうだい」
「わあ! ありがとうございます! ほら、暁さんも」
「わかってる。鈴仙、ありがとう」
「ん」
鈴仙は無造作に首肯して急須からお茶を注ぎ、その湯呑みを暁に手渡す。
湯呑みを受け取った暁は鈴仙の隣に腰掛け、息を吹きかけて熱いお茶を冷ます。
そんな彼に同じく湯呑みを受け取った阿求が声をかける。
「強くなりたいとは聞きましたが、剣士になりたいんですか?」
「ふーっ、ふーっ……ん? いや、そうじゃない。護身術の一環みたいなものかな。刀も使えるようにしたいと思って」
「そうですか。じゃあ別段、刀を極めようしているわけではないんですね」
暁が拍子抜けした表情の阿求を見返すと、彼女は考えていたことを口にした。
「いえ、あなたも冥界の半霊剣士と同じように剣の道を進むのかと思いまして」
「冥界の半霊剣士?」と怪訝そうに首を傾げる暁の隣で「ああ、妖夢のことね」と皿から取った煎餅を齧りながら鈴仙が呟いた。
「知っているのか、鈴仙」
「知って……というか友達よ。
「半霊、というのは?」
「そういう種族なのよ。人間と幽霊のハーフ。詳しくはわからないけど、ちゃんと生きてることは確実」
「なるほど。……ん。しかし、剣士か。それに阿求が知ってるってことはそこそこ知名度もあるわけで……」
暁は頭の中にぼんやりと見えてきたアイデアをあえて言葉にして確認する。
湯呑みを持ったまま思案に耽る暁を不思議そうに見る阿求と、もはや慣れたものとばかりに無関心な鈴仙。
「阿求。冥界と白玉楼についてもう少し詳しく教えてくれるか?」
「はい? 構いませんが……」
阿求は突然の頼みに困惑しながらも素直にその要望に応じる。自分の知る限りの情報を暁に伝え、暁はそれに逐一頷きながら思考に没頭。
「…………うん。だいたいは把握できた。ありがとう、阿求」
「いえ、礼には及びません。それよりどうしたんですか? 何か気になることでも?」
「まあそうだな。次の標的にしようかと」
「標的……って、まさか」「あ、決めたのね」
簡単な説明で理解した阿求は身を乗り出し、鈴仙は軽い言葉を唇から零しながら暁を見やる。二人の視線を受けた暁は立ち上がり、彼女らへ振り向く。
「そういうこと。『怪盗ファントム』の次のターゲットは白玉楼。冥界の管理者に挨拶するついでに、庭師さんに剣の手合わせでもお願いしてくるさ」
善は急げというように、何事も即断即決が望ましい。巧遅よりも拙速。何より重要なのは速さである。これは文化の基本法則だ——
そんな戯言をつらつらと脳裏に流しながら、彼は寒空を鈴仙と一緒に飛んでいた。
彼とて慎重さや計画性の重要度は知っている。あくまで暇つぶしの言葉遊びに過ぎない。
阿求の言葉で白玉楼を次のターゲットに据えたジョーカーは即日冥界へとむかった。
こいしはいない。少し前に香霖堂に連れて行ったのだが、あの店の品揃えに心惹かれるものがあったらしく、このところ入り浸りだ。そのうち飽きると思うが。
阿求もついてきたがったが、さすがに無理だ。本人もそれはわかって言っていた。
……というわけで、今回は鈴仙に道案内を頼んだ。念のために彼女の能力でステルス状態になり、道中の飛行を見咎められないようにしている。
「あともうちょっとで冥界への入り口に着くわよ」
「そうか。なら今のうちにもう一度確認しておこう。俺は普通に白玉楼へむかい、仕事をする。鈴仙は」
「関係を明かさないために第三者を装って後から行くか、能力で姿を隠しておけ、でしょ? どうせだから隠れながら見学でもしとく」
「そうか。それならいい。……しかし、冥界が空の先にあるというのは妙な感覚だな。日本神話の黄泉の国の影響か、あまり空というイメージは無かった。天国、と言われれば確かに納得はいくが」
「冥界と現世を隔てる境界に穴が開いたままになってるのよね。その穴が空にある理由は私にもよくわからないわ」
上昇しながら声を投げかけあうジョーカーと鈴仙。二人の上方に蜃気楼でも発生しているように空気が不自然に歪んで見える箇所があった。
冥界への入り口だ。
その歪みを目にした鈴仙はジョーカーに目配せし、上昇する速度を落として彼に先を譲る。首肯したジョーカーは鈴仙を追い抜かして一気に歪みへと飛び込んだ。
空に溶けるように姿が掻き消えるジョーカー。それを驚きもせずに確認した鈴仙はジョーカーと同じように冥界へ繋がる境界の穴に入っていった。
穴を抜けた先には広大な空間があった。
空も地面もあり、葉を落とした木が見渡す限りに何本も生えている。桜の木だ。
石畳で舗装された道が真っ直ぐに続き、途中から石段となって上へと伸びていく。
阿求から聞いていた通りの光景をジョーカーが見回していると、遅れてやってきた鈴仙が背後に立つ。
「いきなり誰かと出くわすようなことはなかったわね。よかった」
「あの石段の先に白玉楼があるんだよな?」
「そうよ。相当大きなお屋敷だし、暁なら適当に忍び込めるでしょ」
「了解。じゃあサクッと行くか」
鈴仙の言葉を聞いたジョーカーは地面を蹴り飛ばし、一陣の風となって石畳を駆け抜ける。一瞬で距離を離された鈴仙は慌てずに自分を能力で透明にし、浮き上がってジョーカーを追う。
普通に歩けば何分もかかるだろう道をジョーカーは数十秒で走破し、少し遅れて飛んでいく鈴仙もそれに続く。
ジョーカーは石段を駆け上がるというより飛び跳ねるようにして登っていき、すぐに頂上に到達する。
そこにあったのは永遠亭よりも遥かに広い敷地を誇る大きな屋敷だった。
息の一つも切らさず、その屋敷を目の当たりにしたジョーカーはそのまま躊躇無く敷地へと入っていく。
堂々と正面から歩いていくジョーカーを上から見た鈴仙は思わず目を疑うが、今更どうすることもできない。よって静観する。
白砂の敷き詰められた庭をザクザクと音を立てて歩くジョーカー。
屋敷の縁側には誰もおらず、奥にも人の気配は無い。……もっとも、冥界にもとより人はいない。幽霊や亡霊達だけだ。
——はたして幽霊の気配というものを察知することはできるのだろうか。
そう考えながらジョーカーは歩みを止め、庭のほぼ中央で静止する。一面が白い庭の中に立つ黒装束の彼はどこから見ても目立つ。
彼は立ち止まったまま屋敷の方を見やり、何かしらの反応を期待する。
しかし、別段何かが起きることはない。
(…………ハズレ、か?)
この白玉楼に住むという二人にあえて姿を晒し、自分に気づかせるという目論見が瓦解した彼は少し落胆する。
いろいろと面倒なことを省略するには正面から侵入者として挑むのが一番手っ取り早いと思ったのだが。相手がいないのならばどうしようもない。
むこうに気づいてもらうことを諦めたジョーカーは立ち止まっていた足を一歩前に出す。
刹那、頬を撫でる微風。
不意に感じたそれに考えるよりも先に体が反応し、何気無く振り返り。
「————弑ッ」
まさに眼前へと近づいてきていた薄紅色の
過たず、正面から真っ二つに両断された蝶は落ちる途中で光の粒となって消えていく。
ジョーカーは反射的に抜き放った“薄緑”を納めることなく、仮面の奥で細めた目を上に向ける。
逆光で視界が白く染まるが、とある一点だけはそうならない。
その点をジョーカーが黙ったまま見つめていると、それは動きはじめ、ゆっくりと地上へと降りてくる。近づいてくるにつれ、はっきりとしなかったその輪郭が見えるようになり、地上に降り立つころには人の姿として捉えることができるようになっていた。
家紋のようなものが中央に描かれた帽子を被り、ゆったりとした服を着た女性。
彼女はバサリと手に持っていた扇子を広げ、口元を隠す。
既に相手の正体が理解できていたジョーカーはチン、と鍔鳴りの音を立てて“薄緑”を納刀、そして一礼。
「これはこれは。お初にお目にかかります————冥界の管理者にして、この白玉楼の主人。
その言葉を聞いた女性——幽々子は愉快そうな光を目に宿し、ジョーカーへ声を投げかける。
「ご丁寧に挨拶ありがとう。特別にお客様としてお迎えしましょうか?
「おやおや。私のことをご存知でしたか」
肩をすくめるジョーカーにますます面白そうな目をしながら幽々子は言葉を紡ぐ。
「この前妖夢が興奮しながら私のところにあの鴉天狗の新聞を持ってきたのよ。ずいぶんと物珍しい話題だったからはっきりと覚えてるわ」
「そうですか。では私の目的もご存知でしょう?」
「ええ、もちろん。こんなところに怪盗がわざわざやって来たんだもの。当然、することは一つしか無いわよね」
「ご明察。…………とはいえ、黙ってそれを見逃すほど貴女もお人好しではないでしょうね」
「そうね。昔話や童話でもよくあることでしょう? 泥棒さんにはお仕置きしなきゃ」
口元を見せないまま笑う幽々子にニヤリと悪どい笑みを浮かべるジョーカー。
「私は盗みたい。貴女はそれを止めたい。ふむ、困りましたね。両者の意見は交わることはありません」
「あら大変。どうするのかしら?」
おどけたように言うジョーカーに乗っかり、幽々子も大袈裟に困ったように首を傾げてみせる。
それに対しジョーカーはウインクを返し、口を開く。
「何をおっしゃるやら。こんな時、幻想郷でやるべきことは他にないでしょう?」
「……………まさか。貴方、
ここに至って初めて驚いたように目を大きくさせた幽々子。それを見たジョーカーはしてやったり、とばかりに笑いながら舌で言葉を紡ぐ。
「
最近『ソウルイーター』っていう漫画を読み直してたんですが、改めて読むとやっぱり面白いですね。
エクスカリバーとかクロナの幻想入りを短編で書いてみたいなぁ、と思いました。こっちの更新が遅れない程度に。
「ヴァカめ!」