Joker in Phantom Land   作:10祁宮

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はい。まったく言い訳のしようもございません。
それでもいろいろと懺悔等々しようと言葉は用意していたんですが。
それよりも重大なことにたった今気がつきました。


書きかけのを途中投稿してましたね………………馬鹿……………………大馬鹿…………………………


番外編:『愚者』vs『正義』②

それぞれの注意がジョーカーから逸れていたその瞬間、一陣の風が吹いて立ち込めていた土埃が割れるように払われた。

割れた土埃の間から姿を見せたジョーカーは動きがやや鈍く、消耗の兆しが窺える。

口論の最中だが目ざとくそれに気づいた少年と鈴仙はいったん口を閉じて視線を交わす。

 

「…………今は暁が先ね」

「ジョーカーを倒すのは俺だ。お前はすっこんでろ。敵味方の区別もつかないカスは邪魔になるだけだ」

「は? バカなの? どこの誰とも知らない不審者に任せられるわけないでしょ。アンタこそ隅っこの方で見学してたらどう?」

「………………上等だ。なら白黒つけるか。どっちが先にジョーカーを倒せるかで」

「それでいいわよ。吠え面かかせてやるわ」

 

バチバチと火花を散らしながら睨みあう二人はどちらともなく視線を外し、そのまま示し合わせたようにジョーカーにむかって駆け出す。

 

「……あ、見てる場合じゃないわ。私達もやるわよ」

「ですね。後ろからあの二人に誤射しないよう注意しましょう」

 

輝夜と永琳はそう言って頷きあい、弾幕を放つ準備を始めた。

 

 

ジョーカーはよろめきながらも自分に近づいてくる二人に無言で拳を振り抜く。

しかし大振りなうえにふらついて狙いが定まっていないその一撃はあっさりと外れ、地面を殴りつけるだけに終わった。躱すことすらなく拳から逃れた二人。

 

「『アキュラースペクトル』!」

 

まず仕掛けたのは鈴仙。

彼女が目を光らせた瞬間、その姿がブレるようにして何人もの鈴仙が現れた。

忍者のように幾重にも分身した鈴仙はジョーカーの周りを飛び回り、動きかけていた足を止めさせる。

ジョーカーは戸惑いながらも飛び回る鈴仙を叩き落そうと腕を振り回す。が、そのことごとくは空を切って当たることはない。それもそのはず、この鈴仙達は彼女の能力によって投影された幻影にすぎないからだ。

 

その隙にジョーカーに肉薄した少年は変身、バイザーに黒装束の姿となる。

そのまま走ってジョーカーの背後に回り込み、自らの顔を覆うようにして手をあてがう。

 

「〈ネガティヴパイル〉!」

「…………ッッ!?」

 

彼の命令に応じて即座に現れた【ロキ】がジョーカーの背後から首元にむかって黒いエネルギーでできた杭を発射し、命中させる。

ゴガッ!! と大きな音を立てて突き立った杭は貫通こそしないものの、ジョーカーの頭を勢いよく前に下げさせる。

そのまま【ロキ】はジョーカーの背中を思いっきり蹴り飛ばし、たまらずジョーカーはたたらを踏んで体を揺らがせた。

そしてぐるりと首を捻り、少年の姿を確認。再び拳を振り上げようとする。

 

しかしそこに入れ替わるようにして鈴仙の第二の攻撃が発動。

 

「幻弾『幻想視差(ブラフバラージ)』!」

 

ジョーカーを取り囲んだ鈴仙達が発射した何百もの銃弾が無秩序に跳ね回り、暴風雨のように視界を遮る。

その銃弾の嵐を迎撃しようとしたジョーカーは歪んだ翼を広げ、まとめて弾き返そうとする。

 

————だが、失敗。この銃弾の嵐すらも彼女の生み出した虚像に過ぎない。

 

防御の姿勢に入り硬直したジョーカー。

そこに飛来するのは——

 

「覚神『神代の記憶』!」

「難題『火鼠の皮衣 -焦れぬ心-』!」

 

後方で準備を終えていた永琳と輝夜の弾幕。

光線、光芒、光条、光弾——雑多に入り混じりながら押し寄せる色とりどりの破壊の波濤。

さらに。

 

「——この角度なら反射されないでしょ! 『サブタレイニアンローズ』!」

 

反射された弾幕を避けた後、全員の意識の外で密かに上空に陣取っていた少女が薔薇の形の弾幕を垂直に撃ち下ろす。頭上からの攻撃なら翼の可動域を超えているため防げないと判断しての行動。

 

「ハァ、ハァ…………狂夢『風狂の夢(ドリームワールド)』ッ!」

 

そして能力を酷使してかなり消耗しているにも関わらず鈴仙自身も後退しながら弾幕でダメ押しする。

彼女の体を基点として放射されるように連続して出現する光弾は至近距離にいるジョーカーの巨体をそのまま呑み込む。

それとほぼ同時に他の三人の弾幕も着弾。

 

一点で交差した弾幕(スペル)が生んだ純粋な破壊力によって音すら置き去りにした空気の振動が空間を伝播していく。

 

(マズ…………っ!!)

 

その爆心地であるジョーカーの近くから避難しようとしていた鈴仙。しかし消耗した体での後退が間に合わず、その振動の渦に巻き込まれる。

何重もの衝撃波が体の内側で反響。脳や内臓をシェイクされるような錯覚を覚えながら、彼女は一瞬で意識を刈り取られた。

そのまま紙切れのように吹き飛ばされそうになった彼女を咄嗟に捕まえたのは一足先に退がっていた少年。鈴仙をしっかりと掴んだ彼は自分と鈴仙を【ロキ】に庇わせる。

猛烈な爆風とそれに伴う衝撃波。【ロキ】から間接的に伝わってくるものと彼自身の肉体に直接かかる負荷の両方を歯をくいしばって耐える少年。

 

 

————ほんの数秒後。

日本庭園風に仕上げられていた敷地は跡形もなく、爆風が通り過ぎたところには見るも無残な更地だけ。

かろうじて家屋だけはもともと張られていた結界が功を奏して無事だった。

その光景を目の当たりにしながら【ロキ】の陰から身を起こした少年は体に走る鈍痛を無視し、チラリと背後に視線を送って尋ねる。

 

「…………おい、そっちは無事か?」

 

彼の視線の先には幾何学模様が浮かんだ半透明の障壁を張り、爆風から身を守っていた永琳の姿。その背後にはケホケホと咳き込む輝夜と抜け目なく避難していた少女の二人もいる。

 

「ええ、ギリギリ間に合ったわ。……それよりあなたとウドンゲは大丈夫? 距離が離れすぎてたからそちらにまで手を回す余裕が無かったのだけれど……」

「俺はどうということはない。……が、コイツは知らん。消耗したところに直に衝撃波を喰らって気絶してるな。とりあえずお前が面倒見ろ。俺がわざわざ守ってやる義理はない」

「ええ、もちろんよ。むしろ一緒に庇ってくれてありがとう。今すぐ治療するから渡してくれるかしら」

「…………ほらよ」

「わっ! ちょっと、何するの!」

 

永琳にむかって無造作に鈴仙を投げ飛ばした少年。それを永琳は慌ててキャッチし、少年のあまりに乱暴な渡し方を非難する。

だが、既に少年の眼中に彼女は無かった。

永琳達に背を向け、独り言のように呟く少年。

 

「さっきの一撃はさすがに耐えられなかっただろう。お前らの攻撃にあれだけの威力があるとはな。…………意外とやるな」

「…………自分達でやったこととはいえ、暁は大丈夫なの? まさか今ので————」

()()()()()()()

 

彼は語気を強めて永琳の言葉を遮る。

 

「そこの女を治療するって言ったな。……そんな暇は多分無いぞ。そいつと心中したくなけりゃせいぜい自分でなんとかするんだな」

「…………何を言ってるの?」

 

呟きのように漏らされたその言葉を耳にした永琳は首を小さく傾げた。

 

「——————イイこと教えてやるよ」

 

不可解な少年の言動に眉をひそめ、肩を揺らして笑う少年を睨む。彼は依然として視線を一面の土煙の方へ固定しながら、

 

「俺を負かした唯一の人間は」

 

心底愉快そうに、

 

「『心の怪盗団』のリーダーは」

 

口ずさむように、

 

 

 

来栖暁(ジョーカー)は——————()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

断言した。

 

 

 

————ィィィィィィィィンッッッ!!!!

 

 

少年の声を掻き消すような怪音が轟く。

それは人間の可聴範囲を半分ほど逸脱した、さながら怪物の歌声。

鼓膜を直接攻撃する暴力的な高周波に永琳はもちろん、輝夜や少女も反射的に目を瞑って耳を塞ぐ。少し顔を顰めながらも動揺すらしなかった少年だけが刹那の間に立ち昇った蒼炎の柱を目にする。

————その中に彼が予期していたものがあった。

 

 

完膚なきまでに打ちのめされたはずの、ジョーカーの姿が。

 

 

捻じ曲がり歪んでいたのが嘘のように真っ直ぐに伸ばされた、二対の美しい大翼。背中には巨大な車輪のようなものを背負い、破断されて垂れ下がっていただけの鎖は炎を纏って体の各所を保護するように巻きつき、胸に埋まっていた三つの仮面は全て白く輝いている。

縦横無尽に亀裂が走る顔の目と口に当たる部分からは炎がチロチロと噴き出し、鋭く尖った凶器のような指先を持つ腕は元からあったものに背中と腰の中間から生えた二本を加えた四本。

その巨躯が放つ圧力は数分前までのものとは比にならない。身体からに纏った炎の熱が周囲の空気を押しのけ、揺らめかせる。

 

 

そんな怪物を歓迎するかのように少年は両手を大きく広げ、哄笑する。

 

 

「ハハハハハッ!! やっぱりお前は最高だ!! それでこそ! それでこそジョーカーだ!!」

 

なおも湧き上がる笑いを口元を歪めることで堪え、彼は自分の掌をこめかみにあてがう。

 

「ククッ、『あの時』とは正反対の構図だな…………さて、遊ぼうぜ? ジョォォカァァァァァァッッッ!!!!」

 

 

————〈暴走(デスパレート)〉。

 

 

雄叫びに呼応するように少年から仄暗いオーラが際限なく立ち昇り、無秩序に周囲に溢れ出る。

ジョーカーはその様子を空中で静止したまま見下ろし————

 

 

 

 

次の瞬間。

ジョーカーの翼から純白のエネルギーが濁流の如く迸り、真っ向から少年を飲み込んだ。しかしそのエネルギーは少年に当たるとそのまま向きを変えてジョーカーへと殺到。寸毫の間に攻防が逆転する。

——だが、無意味。

反射された光はジョーカーに到達する前に突然現出した炎の海に包まれて焼失。

 

その時には既に両者とも動いている。

召喚された【ロキ】は赤熱した剣をどこからともなく取り出して炎の海を切り裂く斬撃を浴びせ、ジョーカーはそれを二本の腕を使って止め、残りの二本の腕が空気を殴りつけるように突き出されるとその軌跡をなぞって衝撃波が疾り抜ける。

偏差射撃のように回避行動も織り込まれた攻撃をアクロバティックに連続バク転することで躱した少年の体が仄かな燐光に包まれる。そして着地と同時に人間離れした脚力で地面を蹴って空中にいるジョーカーの頭部まで一気に到達。再び発光する体を捻り、側面から思いっきり蹴りを叩き込む。

人間の蹴りにしてはあまりに重すぎる衝撃がジョーカーの頭を揺らす。追撃を加えようとした少年は反撃の予兆を察知。今度は両足で頭部を蹴り、その反動で急速離脱。直前にいた空間は下から炎の顎門に喰い尽くされる。炎はさらに反転して瀑布となって降り注ぐが、少年は黒いエネルギーの渦をぶつけてそれを相殺。僅かに開いた隙間から安全圏に脱出。

 

その一方、剣を受け止められて膠着状態になっていた【ロキ】は一度姿を消し、次の瞬間ジョーカーの背後に出現。不意打ちを仕掛けた。しかし、ジョーカーの背中に生えた黒翼から無数の羽が舞い上がり、上下左右から【ロキ】を貫く軌道を描く。

これには【ロキ】もそのまま攻撃を続行することはできず、回避しきれない羽を剣で切り払いながら素早く後退して距離をとる。

間髪を入れず【ロキ】と少年の逃げ場を無くすように一帯の空間が爆発的に炎上するが、少年と【ロキ】に触れた炎はあらぬ方向へ反転してダメージを与えることはない。反撃として飛来する斬撃を同じく衝撃波によって打ち消し、ジョーカーは翼を広げて弾丸のように飛び出す。鋭角での切り返し、ジグザグと稲妻のような動きで少年に強襲。目で追いきれないほどの速度で少年を潰しにかかる。対する少年は正面から【ロキ】の剣で迎撃。

 

 

「————————ッッッ!!!!」

「死ィィィィネェェェェェェェッッッ!!!!」

 

 

——殺意の激突。周囲一帯に衝撃波と轟音が爆ぜる。ジョーカーと少年は二度、三度とそれを繰り返し、その度にビリビリと空気が震える。

 

 

「…………本当に、無茶苦茶してくれるわね……!」

 

その傍らで永琳は少年の言葉通り障壁の維持に掛り切りになっていた。周りへの影響を全く考慮しない少年とジョーカーの攻撃から自分や輝夜、鈴仙と見知らぬ少女を守るためだ。

……不死身の自分と輝夜はいい。

だが意識の無い鈴仙や、後ろの少女がこの破壊の応酬に巻き込まれたらひとたまりもないだろう。それは絶対に避けなければいけない。

単純に死なせたくないという心情だけでなく、あの状態の暁を元に戻すには鈴仙と少女の二人が必要になるという計算もあるからだが——どちらにせよ、自分は身動きがとれない。

どうにもできない現状に彼女が(ほぞ )を噛んだ、その時。

 

「——永琳! これは私が引き継ぐから、あなたは鈴仙を診てやりなさい!」

「……! わかりました!」

 

後ろにいた輝夜にいきなりそう指示された永琳はなんら異論を挟まず、すぐさま障壁を維持していた手を離す。そこに入れ替わるようにして伸ばされる手。

他人が発動した術を何の準備もなしに引き継ぎ、さらには完璧に制御するという離れ業をなんなくこなしてみせた輝夜は自らの力で永琳の張った障壁を維持しつつ、自身の能力によって補強する。永琳もその行動に微塵の驚きすら見せず、倒れたままの鈴仙の様子を確認し、大きな外傷は無いことを把握する。

ひとまず安心した永琳は体を揺らさないよう注意を払いながら鈴仙の頭を自分の膝に乗せ、呼びかける。脳震盪を起こしている可能性が高い以上、無理はできない。

 

「ウドンゲ、聞こえる? ウドンゲ?」

 

そうやって永琳が呼びかけること数回、鈴仙の瞼がピクリと僅かに震えた。

遅々として瞼が開き、焦点の合わない視線が宙を泳ぐ。

 

「………………師、匠……? あ……れ? 私、なんで……」

「……体は動かさないで、そのままでいなさい。まだ休んでいないと」

 

朦朧としながらも意識を取り戻した鈴仙を見て永琳の緊張も少し緩む。

月の兎といえど、脳震盪を起こした直後に動くことは不可能だ。……とはいえ普通の人間よりは体の頑丈さも回復速度も上回る。もうしばらく横になっていれば幾分マシにはなるはずだ。

鈴仙はぼんやりとしながらも己が師の言葉に従ってじっと横になって虚空を見上げていた。時間が経つとともにその目の焦点は次第に合っていき、やがて大きく見開かれる。

 

「………………そうだ、暁……! 師匠、暁はどうなったんですか……!? …………っ!」

「こら! まだ動くなって言ったでしょ!」

 

ようやく自身の置かれていた状況を思い出した彼女は体を起こそうとして崩れるように倒れた。慌てて彼女の体を支える永琳。その襟元を引き寄せるように掴み、なおも鈴仙は体を起こそうとする。

 

「……さっきの、攻撃の後…………暁はどうなったんですか……!? 元に戻ったんですか……!?」

「…………だから、少し落ち着きなさいって。能力の乱発に加えてあの爆風を直接受けたのよ? かなり消耗してるはずよ」と永琳は呆れたように窘める。

 

「はぁ、やれやれ……」

 

彼女はそっと鈴仙の上体を起こさせる。

永琳に支えられることで少年とジョーカーの戦闘が見えるようになった鈴仙は「嘘……」と息を呑む。

 

「あ、あの攻撃を喰らってほぼノーダメージ……? いや、むしろ最初より強くなってるんじゃ……」

「それは少し違うわ」

「…………え?」

 

かぶりを振って自分の言葉を否定した師を見上げる鈴仙。ジョーカーと戦う少年を目で追いながら永琳は説明する。

 

「さっきの攻撃は確かに効いていたわ。今戦ってる彼もそれは保証してた」

「…………でも、じゃあなんで暁はあのままなんですか?」

「『一度殺したくらいじゃ死なない』……彼はそう言っていたわ。その言葉の真偽はともかくとして……少なくとも暁が一度戦闘不能になってから“復活”したことは真実だと思う」

「復活、って……そんなのまるで…………」

 

まるで、蓬莱人ではないか。

 

彼女は絶句して視線を少年とジョーカーへ戻す。凄まじい攻撃の応酬。破壊を撒き散らすあんな存在が蓬莱人よろしく倒れたそばから何度も蘇るなど悪夢以外の何物でもない。……そんな暁と一人で互角に渡り合っているあの少年も大概だが。

 

「……私達みたいに無制限に蘇生するわけではないんじゃないかしら。仮にそうだとしたら『一度殺したくらいで』なんて回数を限定して言う必要はないわけだし」

「あ……確かにそうですね」

「それにさっきの彼の様子を見るに、倒せない相手に特攻を仕掛けるような悲壮感はなかった。断言はできないけど、きっと倒せる存在ではある」

 

淡々と自分の見解を述べる永琳。

その背後で、ざりっと靴が砂を噛む。

帽子のひさしを持ち上げた少女が目を丸くしてジョーカーと少年へと近寄る音だった。

フラフラと引き寄せられるように足を進める少女を見た永琳は慌てて引き止める。

 

「ちょっと! 何してるの? いくら障壁があるからって近づくのは危険よ?」

「……………………あ」

 

熱に浮かされたようにボンヤリとしていた少女は永琳の言葉で我に返った。驚いた表情で振り返った少女はパチパチと瞬きし、照れた笑顔を見せる。

 

「あ、あはは……うっかりしてた。ありがとね!」

「うっかりって……大丈夫なの? なんだか普通じゃなかったけれど」

「ちょっと気が抜けてただけだから大丈夫。あんなの見るの初めてだからつい引き込まれちゃった」

 

失敗失敗ー、と笑う少女はすぐに視線をジョーカー達に戻す。

我に返ってなお依然としてジョーカーや少年に注がれる彼女の熱い視線に疑問を覚える永琳。あの戦いの何がそこまでこの少女を惹きつけるのだろう。

その疑問に結論を出す前に永琳は障壁から手を離した輝夜に声をかけられた。

 

「永琳、こっちはもう大丈夫。私の能力も使ったし、解除しない限りは問題ないわ」

「……そうですか、ありがとうございます。ウドンゲも大きな怪我はありませんでした」

「それはよかった。……イナバも、よく頑張ったわねー」

「えっ? あ、えっと、はい。ありがとうございます」

 

思わぬ賛辞に戸惑いつつも頷く鈴仙。その様子を一瞥した後、輝夜もジョーカー達に視線を投げかける。

 

(…………お手並み拝見、といったところかしら。互いに拮抗したここからどうするつもりなのか……なかなか面白そうね)

 

興味の色を目に宿した輝夜はクスリと笑った。

 

 

 

————連続する爆発音が耳を殴りつける。鬱陶しいことこのうえない。だがまあ仕方ない。相手にしているのはコイツだ。

 

薙ぎ払うように振られた裏拳に対して下から〈エイガオン〉をぶつけて固定。懐に潜り込みながら〈チャージ〉、走る勢いそのままに全体重を乗せたドロップキックをみまう。ズンと重い衝撃が伝わってくるがたいして効果はない。

反撃とばかりに降り注ぐ業火にばかり気をとられていると足元から噴出する〈マハエイガオン〉と〈マハコウガオン〉に貫かれる。【ロキ】を瞬時に出して消すことを繰り返し、その度に体を引き寄せさせて強引に空中を飛び回る。

ガクンガクンと振り回されながら上下左右に回避するのは不愉快極まりない。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す…………

 

────落ち着け。

 

殺意だけじゃコイツは殺せない。最後の一線は保て。理性が無かろうとコイツはジョーカーだ。適当な力押しで勝とうとは思うな。……仲間がいないのとペルソナの数が減ったぶんは暴走による凶暴化である程度カバーされてる。だからこそ、キッチリ狙う。

 

空中にいる俺めがけて飛んでくる拳は〈テトラカーン〉で反射。だけどジョーカーもバカじゃない。何度もやってるうちに学習されてる。反射したダメージを強引に無視した上で残りの腕を使って俺を握り潰そうとしてきやがった。

咄嗟に足元に【ロキ】を召喚。足場代わりにして跳躍、間一髪で難を逃れる。同時に【ロキ】の持つ剣を投げ渡させ、空中で体を捻りながら左手で掴んだ。そのまま袈裟斬りにジョーカーに切りかかったが全身のあちこちに巻きついた鎖が硬く、途中で止められる。クソが。面倒極まりない。

このままじゃラチがあかない。……ここらで一発デカいの当てて、一気にケリをつけにいくか。

 

俺がそう決断すると同時にジョーカーの動きが変化した。

空中で急制動し、静止したままこちらを見下ろす。奇しくもこの戦闘が始まった瞬間と同じ構図だが、続くジョーカーの行動は俺の予想を大きく外れたものだった。

 

四本ある腕のうち背中側から生えた二本を伸ばす。その動作に応じて俺の周囲が一瞬で灼熱の地獄と化す。俺は反射的に〈マカラカーン〉を使い身構えた…………が、

 

「────なに?」

 

燃え盛る紅蓮の炎は俺から一定の距離をとったまま襲ってこなかった。俺を中心とした円となってその場に留まる炎を訝りながら見やる。炎の壁はみるみるうちにそそり立っていき、ついには天蓋を形成して燃えるドームが完成した。

 

「…………ッ!」

 

次の瞬間、俺はあからさまな隙を見せていたことを自覚し、咄嗟にジョーカーを見上げる。攻撃を避けるか防ぐか。引き伸ばされた時間の中でそんな計算が組み上がり、そしてすぐに崩れ去った。

 

ジョーカーは、何もしていなかった。

不動のままこちらを睥睨している……ただのそれだけ。

 

加速した思考とジョーカーの攻撃に対応する構えに入っていた体の両方は予期せぬ事態に空回りする。

結果、数秒の硬直。空白の思考のまま無意識に息を吸い込み。

そして──それこそがジョーカーの思惑だったと気づいた。

 

(コイツ、まさか────!)

 

肺の中に取り込まれた空気。

常にはないその熱を感じた俺は顔を歪めて呻く。

 

「蒸し焼きにするつもりか…………ッ!?」

 

そう。ジョーカーの選んだ手段は単純明快。

()()()()()()()()()()()()()()

直接焼き殺そうとしても反射されて逃げられる。ならば間接的に殺せばいい。極限まで熱された空気は生物の体力を蝕むだけではなく呼吸によって肺に入り、内側から体を焼く。何をすることもなく、ただ待っているだけで相手は勝手に自滅してくれる。極めて合理的なアイデアだ。

 

そこまで考えた俺の頬を伝う冷や汗。……いや、本当に冷や汗かどうかも疑わしい。先ほどから超高温で熱し続けられている俺の周りはぐんぐん温度が上昇している。このままでは暑さに耐えきれず意識を失うだろう。

……とにかく肺をやられないように最低限の呼吸でこの状況を打開しなければ。そう思った俺は再び大きく息を吸い込み────自分の認識がまだ甘かったことを知る。

 

「……………ッ!!」

 

口内や喉が一瞬で乾く。そこまでは予想の範疇。しかし、それだけではなかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

目一杯空気を吸い込んだはずなのに感じる息苦しさに思わずもう一度呼吸を繰り返してしまう。そして肺に流れ込む高温の空気。苦悶の声を漏らしそうになるのを堪えながら、俺はジョーカーを見上げる。

 

(えげつないな、オイ……本気で殺しに来てやがる……!)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここまで見越してこの戦法をとったなら立派な策士だが、ジョーカーのことだ。実際にそれくらいの計算はしていただろう。苦々しさと愉快さが自然と口角を歪める。吸い込んだ空気を吐き出さないように口を閉ざし、速度を増していた鼓動を落ち着かせるように肩から余計な力を抜く。

 

(…………さてと。ここからどうする。強引に炎の壁を突っ切ったところで、その突っ切った場所を基点にまた新たな壁が出てくるだけだろうな。よってこの案は却下)

(……この場からジョーカーを直接攻撃するか? 手段はいくつかあるが……)

 

チラリと視線をジョーカーに移し、腕をそちらに持ち上げようと動かし、停止。俺のごく僅かな挙動に反応してジョーカーもほんの少しだけ体勢を変えたからだ。

 

(まあ、そうなるよな。四本ある腕のうち二本は使えないままだが、残り二本は使えるんだ。こっちが攻撃する前に直接潰しにかかってくるのは当然)

(むしろあそこに浮かんだまま攻撃してこないのはこちらに対する警戒か、あるいは炎を維持することでそこまで余裕がないか)

(……どちらにせよ、迂闊に手を出すわけにはいかないな。やるなら邪魔が入らないように『不意打ちで』、尚且つカウンターを喰らわないように『一撃で』決める必要がある)

 

ジリジリと肌を炙る熱気の中で連続して閃く思考。

 

(どのみち持久戦に持ち込まれたらこちらの敗北は確定なんだ。一撃で決めるのは必須条件。それを不意打ちで……か)

 

思考の過程でいくつかのアイデアが浮かび、それぞれを脳内で精査していく。成功する見込みが低いものから弾いていき、残ったものを更に修正。……不意をつける可能性が高く、万が一失敗しても継戦できる可能性が僅かにでも残る────

 

(────これならいけるか)

 

結論が出た。

俺は右半身を引く。その動きにジョーカーも反応するが構わない。徐々に全身を下へ撓《たわ》めていきながら力を込めていく。

ほとんど残っていなかった肺の空気も全て吐き出し、一気に吸い込む。流れ込む灼熱を無視。これから仕掛ける策が成功するにしろ失敗するにしろ、どちらにせよこれが最後の呼吸になる。

 

(────〈チャージ〉)

 

発動と同時に地面を思いっきり蹴りつける。倍加した脚力が瞬時に重力の軛を引き千切り、地面から宙空へと身体を運ぶ。

 

次の瞬間、視界いっぱいを漆黒が埋め尽くす。ジョーカーの攻撃。やはり余力を残していたらしい。上から降り注ぐ〈マハエイガオン〉は俺の体に触れたそばから〈マカラカーン〉によって反射され、俺よりも速くジョーカーへと殺到。ジョーカーはそれを両手から生み出した〈マハコウガオン〉の光で掻き消す。その間に俺とジョーカーの距離は肉薄せんばかりに近づいている。

 

(──────〈チャージ〉……ッ!)

 

激突するまでの僅かな時間にもう一度チャージを発動。〈マハエイガオン〉と〈マハコウガオン〉が相殺されて消滅。ジョーカーと俺の視線が重なる。一瞬硬直した動きから、思わぬ距離まで詰められていたことへのジョーカーの動揺を感じた。

 

ここしかない。

 

(〈ランダマイザ〉──!)

 

超至近距離への肉薄、そして弱体化の成功。これ以上ないほど上出来と言える成果はしかし、自分の身を慮外に置いた無謀な特攻を仕掛けたこと、そしてそれほど馬鹿げた行動を予想していなかった相手のほんの少しの思考停止によるものであり。

当然、その代償もまたしっかりと払わされることとなる。

 

 

 

「ゴ…………………ァッ……!!!?」

 

 

 

まず一撃。俺の顔面を粉砕する軌道をなぞった拳は〈テトラカーン〉によって弾かれる。

だがまあ、当然それで終わるはずもない。

間髪入れず振り抜かれるもう片方の拳。

メキグキバキボキグシャッッッ!!!! と何重にも聞こえる音を胴を中心として俺の全身が奏でる。それに僅かに遅れて去来したのは俺の身体を真下へ叩き落とす凄まじい運動エネルギー。

 

まさに致命的な一撃をくらい、瞬時に引き伸ばされた時間の中、激痛に塗り潰されそうな意識をかろうじて繋ぎとめる。焦点の合わない視界の中にジョーカーを捉え、徐々にそこから遠ざかっていく自分も知覚する。

殴られた衝撃でほとんどが絞り出された肺の空気。残されているというにはあまりに微量のそれに乗せて押し出すように口を開き、俺は小さな掠れ声を絞り出した。

 

 

 

「────〈ェ……ァ……ィン(〈レーヴァテイン〉)〉」

 

 

 

刹那。大上段に剣を構えた【ロキ】が拳を振り抜いた直後のジョーカーの()()に出現し─────

 

 

 

俺はその先を見届ける前に空気を揺るがす轟音とともに地面に叩きつけられた。

 

 

 

────ザアザア、ザアザア。

 

…………暗闇の中、激しい雨音のようなノイズが連なる。…………ああ、クソ、違うな。これは耳の血管に流れる血流の音だ。煩いくらいに響きやがる。……ハッ、こんな身体でも一丁前に赤い血は流れてる、ってか。……錆臭いな。喉もおかしい。鼻からも口からも溢れてんのか。ホント、クソッタレだ。頭が回らねぇ。

 

「────! ───────!」

「………………?」

 

止まらない耳鳴りの最中、別の何かが鼓膜を揺らす。

そちらに向けて頭を動かすことすら億劫だがなんとか視界にその何かを捉えようとする。が、視界の半分は真っ赤に染まって何がなんだかわからず、もう片方もぼやけているのか滲んでいるのか、とにかく不鮮明な有様だった。

 

そこまで認識して、ようやく思考が噛み合う。

自分の置かれた状況を、そしてこうして呑気に寝ている場合でないことも思い出す。

 

(…………だがまあ、今更か)

 

そう。今更だ。

どれほどの間かはわからないがもう自分はどうぞ殺してくれとばかりに隙を晒していたことだろう。それでいてなお今自分が満身創痍とはいえ意識があるということ、それは即ちジョーカーが戦闘を続行できない状態にあるということである。

 

(……ま、仲間のいないジョーカーを相手にしたところでどれほどの意味が有るかはともかくとして)

(それでも────俺の、勝ちだ)

 

仰向けに倒れたまま視線を空へ送る。

見上げた空は陰鬱な曇り模様。しかしその天頂、まさに自分の真上だけは巨大な裂け目によって雲が無く、青色が垣間見えている。

射し込んでくる光が眩しく感じられ、俺はろくに働かない目を静かに閉ざした。

 

 

 

「─────ぇ! ちょっと、大丈夫なの!?」

「…………ちょっと黙れ。騒々しい」

「なっ……!? アンタ、人がわざわざ心配してやってんのにその言い草は────」

「ジョーカーは」

「っ…………」

「今、どうなってる」

「……あの姿の暁をアンタが真っ二つにしたあと、人間の姿に戻って落っこちてきたわよ。意識は無いけど、命に関わる怪我も無い」

「そうか。なら、あとはお前らの仕事だ」

「………………ええ、そうね」

「俺は…………ここまでだ。所詮あのガキの力で呼び出されただけ。どのみちいつまでもここに居座ることなんざできないしな」

「それは………………」

「わざわざ、引きずり出して、やったんだ。最後くらいお前ら、がなんとか、しろ」

「わかってるわよ。……フン。結局、アンタ一人じゃ何もできやしないじゃない」

「チッ…………うるせぇ女だ、な……いいから、とっとと、行きやがれ……あの、バカが、待ってる…………」

「…………」

 

 

 

ザリ、と砂を噛む靴音がした。

次第に遠ざかっていくその音を聞いた俺はゆっくりと息を吐き。

 

 

 

ただ、元いた場所へと、還ることにした。

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