不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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今回も、新キャラの紹介に終始しています。


狩人 と 射手

 重要なのは、死ぬ時期を見誤らないことだ。

 こんな時代だ。殺さずを貫き通せるほど、力と幸運に恵まれているバカはそうはいない。自分と仲間と他人。命を、決断しなくてはならない。

 だけど、一つ切り捨てるたびに、俺の一部もなくなっていく。それは、形がないくせにトカゲのしっぽのようには治らない。無くなった後は、血を滴らせて腐敗を呼び込む。そしていつしか、腐臭を纏うようになる。それを嫌って、さらに切り捨てていく。俺も消えていく。

 俺は今、生きているんだろうか? 心臓の鼓動は、その証明にならない。―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、過去の記憶が浮かんできた。そういうことは時々あるが、大抵、思い出したい時には思い出せない。

 こんな時、俺たちを服従させ続けてきた支配の象徴が目の前で崩れ落ちた時、その様子に仲間たちが鬨の声を上げているさなか、不意に、そのビジョンが俺の脳裏を支配した。

 

『やった、やったぞぉ!』

『ハハハッ、なんだこりゃ。……スゲェ』

『……ブリタニアは倒せる。倒せるんだぁ!』

『ゼロ、お前は本当に―――』

 

 過去の穏やかさに包まれていた俺には、現在の彼らの声が遠くから流れ込んでは通り過ぎていった。およそこれから激戦に、それも日本の独立をかけた戦いにおもむものの精神状態ではないことは確かだ。「もっとしゃきっとしなさいよ! でなきゃいつか、撃たれて死ぬよ、あんた」と相方によく言われることだが、そうしなくても今まで生き残ってきちんと仕事を果たしているんだがら、文句を言われる筋合いはない。それに、こんな時でないと思い出せないのだがら、仕方もない。

 俺の過去。まだエリア11が日本と呼ばれていた時の話。何も知らない青臭い学生だった俺、友人がいて一緒にバカをやって、青春を無駄遣いしていた頃。世界における日本の逼迫した情勢なんて仲間内のゴシップ程度にしか考えていなかった時、何やってたんだよ俺と腹が立つが、あの時はただただ面白かったなともしみじみ思う。日本の存亡とか復興とかましてや仲間の死の復讐なんてものより、女の子の尻を追っかけたりそれを追ってる男のパンツをずらして恥をかかせたりその復讐をすることが、日本よりも重要なことだった。それを思い出すたびに、今の俺との違いが明確になってくる。俺はその時、こんなにも眉間にしわを寄せている顔つきをしていただろうか、と。

 

『進め、進めぇ! 俺たちの土地を取り戻すんだぁッ!』

『奴らに思い知らせてやる!』

『今日こそ、ブリタニアに勝つんだッ!』

『ゼロさえいれば、奴らに勝てる。勝てるんだァっ!』

 

 それを取り戻すための戦いだ、と自分に言い聞かせ他の奴にも言って聞かせたが、それを思い出すたびにあの頃にはもう戻れないと実感してしまう。そもそも、黒の騎士団の目指すもの、ゼロが思い描いているであろう未来図は、俺ののぞみとは微妙に合致していない。もしかしたら、対立しているのではないかと考えることはある。だが、ブリタニアに隷属されている状況を打破したいという感情は、同じだった。だからこそ、彼らの一員となって行動を共にしている。……いや、俺はもう、そこまで客観的に見れる立場にはいなかった。すでに、彼らの一部だった。日本初のオリジナルのナイトメアフレーム『夜叉』のパイロットになった瞬間から、黒の騎士団にとって欠かせない戦力になってしまった。

 その変則・高速移動についていけるパイロットは、黒の騎士団の中では俺を除けば相方しかいない。その相方には同じく、オリジナルナイトメアの『紅蓮弐式』があてがわれている。京都六家からこの二体をプレゼントされたときは、どちらがとっちを乗るかなど決まってはいなかったのだが、「紅蓮」の触れる者を焼き尽くすような赤のカラーは、相方にこそふさわしいと思えた。逆に、「夜叉」の夜空に溶けるような藍のカラーが、気に入っていた。攻撃力が高く真っ向勝負を仕掛けていく前者と違って、移動能力重視で遊撃的に敵を仕留めていく後者のスタイルも、俺らしいと思えたからだ。

 その夜叉を駆って、何人ものブリタニア人を狩ってきた。そのことに後悔はない。むしろ、清々しい気分になっていった。一人倒すたびに目的に近づいていく実感が、俺を高揚させて満足感を与えてくれた。次も頑張るぞ、という気持ちにさせてくれた。だが、戦いが始まる瞬間、敵の銃弾が視界の片隅に映っている時、どういうわけだがこの熱狂を冷ますように過去の記憶が蘇ってくる。今まではそれを無視して戦い続けることができたが、今この時には、その記憶が全身に染み渡って戦意を犯すのが止められない。

 

 

 

“いつか平和に、ブリタニアと日本がもう一度手を握り会えるその時に、あなたと―――……”

 

 

 

 俺に勇気を与えてくれた人。俺をもう一度生まれ直させてくれた、彼女の声が聞こえた。

 彼女のことは誰よりも知っているはずなのに、その顔を思い出せない。ただ、大切な存在だったと、胸の痛みが教えてくれる。

 いつか日本が、昔の平和に戻ったとき。それを誰よりも望んでいた彼女は、当の昔にこの世からいなくなっていた。彼女がいた記憶は、俺の中からも消えかけていた。だけどその言葉は、今も俺の中で反響している。

 

 

 

“―――そんな日が来るなんて、考えられないけどな”

 

 

 

 今思い出しても、なんてことを言ったんだと思う。

 ただそれは、俺にとっての事実で、仮定の話は嫌いだった。彼女には嘘は言わないと、約束していた。明言したわけではなかったが、彼女に嘘はついてはいけないと勝手に決めていた。それに俺は、彼女いわく顔に考えが出やすいタイプらしく、言わなくても彼女には分かっていたようだった。どこまで丸裸にされたのかはわからないが、少なくても俺が助平だとは見抜かれた。分析し続ければどんな聖人君子にも、助平なところのひとつやふたつあるはずだがら、彼女の読心術は意外と当てにはならないのだと言い張ることはできる。ただ、俺は聖人君子でないことは確かだから、一つや二つどころの話ではないことは確かだ。……こういうことを言って、話を下へ下へと持っていこうとするところが、その証拠らしい。

 一度ぐらい、抱いてみたらよかった。肌と肌を、重ねてみればよかった。そうしたら、この痛みはこんなにも疼くことはなかったのだろうか。……いや、胸どころの騒ぎではなかったのかもしれない。あまりにもその肌が恋しすぎて、俺は今、生きてはいなかったのかもしれない。だけど、みみっちいプライドなんて無視して、押し倒すぐらいのことはすればよかったと後悔している。彼女の孤独を埋めてあげればよかった。そうすれば、彼女は今も、生きていられたのかもしれない。その仮定は、背負って生きていくには、あまりにも重すぎる。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 彼女は、いわゆる娼婦というやつだ。

 

 そこそこいい経営者(おっさん)に雇われて仕事をしていたが、仕事内容と労働環境はいいとは言えなかった。売れっ子の彼女には他と違って個室を用意されていたが、それは仕事の合間だけであって、いつもは無法地帯のゲットーにある狭いアパートで一人暮らしをしていた。おまけに、ブリタニアの法の網から逃れている非公認の娼館であった。娼館の設立自体が法を無視したものであって、公式には、租界の中にそんなものはひとつもない。その大部分は、租界の地下か租界近くのゲットーに作られている。官憲の査察がはいれば、お縄になってしまうことは間違いなかっただろう。ただ、常連の客でもある彼らが、それをやる気になるかどうかは、定かではないが。

 娼婦は、あながち珍しい職業ではなかった。

 いつの時代でもどんな土地でも需要はたんまりあるという理由からではなく、ブリタニアの支配下にある日本だからこそ彼女たちが求められた。サクラダイトの貿易問題がこじれたために起きたとされるブリタニアと日本との戦争、それに敗北した日本は、土地と名前を奪われてエリア11となった。二つの民族のあいだには、支配者と服従者という明確な上下関係が確立された。ブリタニア人は日本人のことを「イレブン」といって卑下して、日本人はブリタニア人のことを「ブリキ」と言って憎んでいる。交わることなどないと思えるようなギスギスした関係だが、それ以前には、日本が列強国の一員にのし上がるためのスポンサーとして、ブリタニアとは友好関係を築いていた。その時に、ブリタニアに流れ込んだ日本の良きイメージ。太平洋を隔てた極東の島国に住んでいる、武士と大和撫子たち。特に後者は、ブリタニア人女性にはないタイプの女性像で、当時の開拓精神旺盛なブリタニア人たちは、いつかその目で確かめたいと日本への憧れを蓄えていった。その夢が叶う。日本がエリア11となることで、ハードルがグッと下がったのだ。おまけに、ナンバーズを奴隷扱いしても文句を言うブリタニア人は少数派となれば、そもそも文句を言うやつは遥か太平洋の彼方となれば、ここは彼らにとっての楽園に早変わりする。楽園では、どんなことだって許される。

 しかし、現物を見て落胆する者たちが多いのも確かだ。彼らが抱く理想の日本人女性たる「お蝶婦人」や「舞妓」なる存在は、日本人でも滅多にお目にかけることができない高嶺の花だ。現実の日本人女性たちは、彼らが付き合ってきたブリタニア女性たちとそう変わることのない凡庸さに溢れていた。おまけに、彼らと比べてみれば全体的に小柄な日本人は、珍しさを除けば魅力的には映らないことだろう。

 だからこそ、彼女は彼らに魅力的に映った。日本人とブリタニア人のハーフの彼女は、彼らの郷愁と異郷の未体験をほどよく満たしてくれる存在だったからだ。

 娼婦という職業は、世間一般からはあまり良く見られることはない。ほぼ必ず、その職に就いている女性とは、距離を置きたくなってしまう。生きるためとはいえ、「ブリキ野郎」に肌を許して悦ばして金をもらっている女性たちには、同情よりも侮蔑に天秤が傾いてしまう。特に、元からどっちつかずのハーフの彼女ならば、レジスタンスや旧日本軍の残党たちから「同胞」と見做されることはまずない。逆に、ブリタニア人たちが、同類として助けてくれることもない。

 彼女は、たった一人だった。そして、数こそ少ないが、エリア11で暮らす日本人とブリタニア人のハーフたちが陥ってしまっている、どうしようもない現状の犠牲者の一人でしかなかった。俺の相方のように生きられるハーフは、このエリア11ではどこにもいなかった。その末路は、あっけなく寂しい。看取ってくれる者など、よほどに酔狂なやつ以外には、いない。墓も、作られることはない。ただ、その体が焼かれ灰になったあと、日本の大地と大気に溶け込めたことを祈るのみだ。

 

 

 

“―――臆病なのは、何も恥ずかしいことじゃないよ。誰だって、逃げ出したくなる時があるもの”

“こんなところで一人で生きている君には、縁遠い話だな”

 

 北方の捕虜収容所から逃げてきた俺。ブリタニアの侵略に乗じて北海道全域を強奪した中華連邦が作った、捕虜にした日本軍人に中華連邦への忠誠を誓わせる洗脳処置を施す牢獄。そこから死に物狂いで脱走した俺は、北方の戦線で中華連邦の侵略を防いでいた俺達を見捨てた旧日本軍=日本解放戦線と合流することができず、身分を偽って名誉ブリタニア人となってブリタニアの犬になることにした。ただ、犬にはなったが、地下で活動しているレジスタンスと時々協力することもあって、租界の中にある水や食料品・医療品をちょろまかして、ゲットーにいる日本人たちに配る運び屋をしていた。コウモリかネズミも演じていた。大義名分や日本のことなど考えていない、今日をどう生き抜くかで右往左往していた頃。ようやく、収容所の悪夢で鳥肌を立てることがなくなった時期。

 

“私は待ってるだけだよ。生きているわけじゃない”

“ここで腐っている俺には、難しい違いだな。……一体、何を待ってるってんだ?”

“「男」かもね”

 

 そこでは新米の俺に、運び屋の仕事を紹介してくれたことや、寝床にしていた路地裏を追い出された俺に、自分の住処を共用させてくれたのも、彼女だった。軍人であることは隠したつもりだったが、付けていた隊賞やら着ていた軍服など売れるものは金にして、身一つのどう見ても乞食にしか見えなかったはずだが、最後まで首につけてしまっていた戦友の認証タグによって、正体が発覚してしまった。ゲットーの住民は、ブリタニア人以上に日本軍人が嫌いらしいことも、その時身をもって体験した。

 彼女とのはじめての出会いは、一目惚れなんていう楽しい幻想ではなく、痩せて傷までついている捨て犬を見るに見かねた同情からだった。

 

“ほほぉ。そんなのは仕事だけで十分だと思っていたが、自宅に帰っても待ってるとは……仕事熱心だねぇ”

 

 真剣な哲学的な話は、どうにも苦手だった。自分の豊富な人生経験から抽出した説教は、子供の時じいさんからゲップが出るほど聞かされていた。ちょうどその世代は、超大国の中華連邦を相手に互角の勝負を繰り広げた、世界に覇を唱えた極東の小さな巨人=日本を、作り上げた自負があった。それはまったくその通りではある。だが、少々声が大きいキライがあるように思えてならなかった。それをもっと間近で聞かされていたオヤジが、家を飛び出してしまった気持ちは、同じ目にあって逃げ場のなかった俺には、想像に難くない。そのため、そういう話の流れには敏感に反応してしまう。その予兆を感じると、いつも話の方向を変えてしまう。

 大概は酔った勢いで滑らしたもので、話題を変えることは後悔よりも清々した気分になった。だがこの時は、過去にタイムワープして殴りかかってでも、彼女の話の続きを聞かせたかった。

 

“……少なくとも、あなたじゃないことだけは、確かね。

 そういえば、ここ最近は、「家賃」なんてものを待ってたりもしてるんだけど”

 

 ヒモであることが嫌で始めた運び屋でもあった。その時には、そこよりもランクは2つほど下がる(雨風しのげる程度・大の男が二人大の字で寝そべると一杯になる程度)が、自分の部屋を借りれるほどには金を溜め込んでいた。身を隠さなくてはならない俺としては、有名人でもある彼女とは離れたほうが身の安全にもつながる。彼女の部屋で居候をする必要は必ずしもなかった。

 だが、彼女がこの世からいなくなるまでずっと、そこで一緒に生活してきた。

 

“飯や掃除・食料の買い出し、洗濯までさせておいて、家賃を取るだとぉ。俺の方が、サービス料金を弾んでもらいたいがね”

“それこそサービスでしょ。どうせ私の下着をギュッと握り締めるか顔近づけながら、やらしいこと考えてるんでしょうが、この変態♪”

 

 ハーフでしかも童顔の彼女の年齢は、むさい男たちの集団である軍属だった俺には、見た目だけから判断することができなかった。しかも、娼婦なんていう仕事をしているとなると、世間慣れしてより分からなくなる。ただ、俺より年下であることだけはわかった。30に達するぐらいの歳まで、その仕事を続けられる女性は限られている。売れっ子となれば、20歳前後だろう。顔つきはそれよりも若いが、まとっている雰囲気は俺と同じほどだ。……俺はまだ、加齢臭を漂わせる年齢ではない。

 

“……そういえば昨日、パンツの尻のところ黄ばんでたんだが、あれはその……漏らしちまったのか?”

“―――その理由、知りたい?”

 

 彼女の含み笑いが聞こえてくる。それが、俺の限界だった。

 

 

 

 俺は、ついぞその先に踏み出すことはしなかった。彼女も、あえて誘ってくることはなかった。そのあやふやな関係を、互いに楽しんでもいた。

 見た目は妹みたいに可愛らしいのに、話してみると姉のようにおおらかだ。一人っ子だった俺にはどちらも想像でしかないが、もしいたとしたら、多分彼女のようなものだったのだろうと思う。

 恋人と言うには、それに必要な通過儀礼を経ていないような気がする。それ以前のお友達なのか、それ以後の夫婦みたいになってしまったのかは、わからない。重ねて、不思議な関係だった。だけどそれは、心地よい関係でもあった。

 

 その彼女は、もう、いない。彼女の望みも、潰えた。

 あのユーフェミア皇女が宣言しようとした「経済特区日本」は、その最後の希望だった。戦って奪い返すことは、出来る出来ないは棚に上げるとして、俺の本意ではない。ただ、返してくれといっても聞かなそうだがら、武装して戦う。ブリタニアが、こちらの真剣さと日本を支配下に置くのが割に合わないと考えるようになったあと、交渉して徐々に独立へと一歩一歩進んでいこうというのが、俺ののぞみだった。そうすることで、彼女のような人たちが生きられる「日本」を、取り戻せたらと、戦ってきたつもりだった。

 だが、目の前の崩落は、それをあざ笑っていた。それは、彼女のような人々を解放するのではなく、その行いを永遠に刻印する呪縛だった。ブリタニアを打倒してしまう時代が来るのならば、一体彼女たちは、何のためにその心と体をすり減らしていったのか。それは何に、どこに、誰に捧げられたものだったのか、分からなくなる。

 

“私は待っているだけ。生きているわけじゃない”

 

 その言葉の意味を、ようやく理解し始めた。

 そしてそれは、あまりにも、遅すぎた。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

『さあ、矢吹。ぼやっとしてないでッ! 私たちも出るよ』

 

 相方の発破で、目が覚ませた。

 今、俺のいる場所はどこかを、気づかされた。

 

「……こう見えて俺は、お前より人生経験豊富なんだ。『さん』ぐらいつけろよ、カレン」

 

 不意を突かれる形で、カレンの声が聞こえた。

 いつもは逆で、その驚いた顔や反応は、日々の欠かせぬ楽しみの一つになっていた。その逆をやられるような隙を、見せたことはなかった。学校の成績は優秀なはずなのだが、どうにも人付き合いは真っ向勝負以外のやり方を知らないらしく、搦手に非常に弱い。男だったら、確実に朴念仁だ。コイツにやり込められるのは、本物の善人か純粋な子供だけだ。だが、あまりに懐かしいものを思い出していたためか、意識が微睡んでしまっていたらしい。できるだけいつも通りに返したつもりだが、恥じらいが見えてしまったかもしれない。舌打ちしたくなる。

 

『それなら、今日は、私をリードしてくれない』

 

 らしくない冗談に、首をかしげてしまう。こういう互の了解を前提にした会話のやり方を、いつもは嫌がるのに、自分からこちらの土俵に踏み込んできた。本当に、らしくない。

 

「お前は、前に出てガンガン攻めるのが、好きだと思ってたんだがな」

『少しエナジーを温存しておきたいの。これからは乱戦にもなるんだし、それ、あなたの夜叉の方が得意でしょ? 矢吹』

「『矢吹さん』だ、馬鹿たれ! ……あの白兜を待ってるんだったら、付き合おう」

 

 年上を敬おうとしない年下を叱りつつ、憶測を当ててみた。

 

『あいつは、私一人で狩る!』

「……ゼロのためにか」

 

 カレンの口調に、鋭いものが混じってきた。誰にも譲るつもりはないと言わんばかりに、張り詰めていた。

 それは、いつもの彼女だが、そいつを間近で見るのは辛い。どこか歪んでいて、その軋みに喘いでいるように見えるからだ。俺がそういうものを感じやすいたちなのか、彼女のそれが、周囲の者に丸見えになってしまうほどひどいのかはわからない。あまりにも単純な動機は、眩しくとも哀れとも見えてしまう。

 だが、少なくともそれは、俺の中にはない輝きだ。

 

『そうよ。それにあいつは、私たち日本人を裏切った!』

「その尻拭いは、私がやるってか。羨ましい限りだ。……その予行練習として、俺のケツを眺めるっていうのか?」

 

 言ってしまって後悔した経験は、俺にはよくよくある。だが、これは、そういった類のものではない。ちょっとした……じゃれ合いみたいなものだ。

 少なくても、俺にとっては。

 

『あんたのそういう、下品なところは、大嫌い。……心配して、損したわ』

 

 案の定、嫌われた。ただ嫌われたのではなく、「大」嫌いときた。つまり、本当はそういうの嫌いじゃないということだ。多少、自分本位の意訳すぎるキライはあるが、言葉通りの意味ではないことは、声の調子から伺える。そしてなにより、小生意気なことに、心配してくれたらしいからだ。

 

「お前さんみたいな小娘に心配されるほど、俺は落ちぶれちゃいないよ。

 わかったんならさっさと先陣を切れ、ゼロ番隊隊長殿。お前が先頭にいてこそ、戦場は華やぐ」

『言われなくてもッ、副隊長さんッ!』

 

 言うやいなや、紅蓮弐式は、唸りを上げながら迷うことなく、復讐の群れに加わろうとしていた。そして、俺と夜叉も、そんな彼女の軌跡をなぞるようにして跡について行く。

 

 そんな彼女の後ろ姿を眺めると、考えてしまうことがある。

 俺は、彼女たちのように、復讐心だけでは戦えない。命のやり取りができない。それが出来るには、少しばかり年を食いすぎてしまった(重ねて言うが俺はまだ、「おっさん」ではなく「お兄さん」と呼ばれる年齢だ)。戦ったあとの結果が、自分の利益になるのかを考えてしまう。この戦いにもし勝ったあと、俺は何を得られるのか。何を失うのか。それとも、今までと変わらないのか。考えてしまう。

 そうして考えついた先、あまり知りたくもない事実だが、どうやら望みが叶うことにはならないだろう。俺が今、戦おうとしているのは、ただ、今まで共に戦ってきた奴らを失いたくないからだ。この先にのぞみがないのなら、せめて現状をできるだけ維持していきたい。俺が、こうも消極的で惰性になっているのは、そのせいかもしれない。カレンに気づかれるほど、俺は意気消沈していたらしい。

 

 ここらが、俺と彼女たちとの境目なのかもしれない。この先に進めるのは、どちらか一方のみ。そして、どちらが前で後ろなのかを考えると、不吉な予感しかしてこない。

 

「―――おい、カレン。やっぱり待て、『待て』だ!」

『何よ! 人を犬みたいにッ!』

 

 呼び止めて、振り向いてくれたことに安堵した。

 

「さっき言い忘れた事なんだが―――」

『何? 別に前に出る必要はないわ。いつもどおりのフォーメーションでいきまし―――』

「ケツの話じゃない! ……確かにお前のケツは魅力的だが、そんな話じゃない!」

『やっぱりあんた、前に出なさいッ!』

 

 これは、ちょっと後悔だ。急いでいたから、つい、本音が出てしまった。

 そして、口にしたら、数時間前の仮眠室でのことを思い出してしまって、ため息が出てしまう。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ゼロが「合衆国日本」の建国宣言をした後、日本各地から決起してくれた「日本人」たちが集結して、その整理と武器の配備にてんてこ舞いになった後、戦いに備えて仮眠をとっていた時の話。

 

“―――私たちには、これぐらいしかできません。……ご一緒に戦えないのは、すごく、悔しいです”

“必ず、奴らに思い知らせてやってください! 俺たちの分まで、敵をとって下さい!”

 

 黒の騎士団のダブルエースということで、互いが引き受けるはずだった雑務を新米の、10代前半とも言える若い団員が代わりにやってくれた。そのため、半分強制的に体を休ませられた。だが、だからといって、すぐに寝れるほどには気分は高揚しすぎていて、互いに明日の決戦についての最終確認や楽しいおしゃべりをしてほとんどの時間を潰してしまった。

 その時、周りの喧騒から切り離された部屋で二人っきりだったからだろうか、俺は落ち着かない気分になっていた。となりのカレンが、いつもに増して隙だらけの無防備にも見えたからだ。

 彼女の話は、半分以上上の空で聞き流していて、視線の置き所に困っていた。ピッタリとした窮屈なパイロットスーツは脱ぎ捨てながらも、すぐに出撃できるよう互いに、薄着しか身につけていなかった。通気性はいいはずなのだが、あの惨劇から今まで散々戦い通しだったために、少し汗臭い。だからといって、譲ってもらったこの休み時間と今も働き続けている仲間たちに気が引けて、シャワーなんていう贅沢は使えないでいた。そして、一室しか用意できなかった不手際を、新米たちの善意ゆえに、なじることも突っぱねることもできないでいた。だから、となりの彼女が、いつも以上に見ため以上に、近くにいるような気がしてならなかった。

 また、これから数時間後には、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たなくてはならない恐怖があった。余計な他人の命の責任を取らなくていいように、ゼロの反対を押し切ってまで、自分の隊を率いることなくあえてゼロ番隊の副長になった。その数少ない命も、消えてなくなってしまう可能性があった。

 それらが、人類が発明した偉大なる自制心の壁を、内側からガリガリと削っていった。そのあまりの進撃ぶりに、彼女の視界の中では、身じろぎひとつ出来なくなっていた。

 

 俺は緊張しっぱなしで、こみ上げてくるものが顔に出ないように必死になって冷静さを装っていた。心臓の鼓動が速く高まって、呼吸を整えるのにも必死になっていた。だが、彼女は、話しているうちにすやすやと寝入ってしまった。それを間近で見ると、彼女の倫理観や羞恥心の奇妙奇天烈さを、思わずにはいられない。絶大な信頼をしてくれているのか、それとも、お猿さん程度だと馬鹿にしているのか。判断に困った。

 だが、そんな迷いは、小さく取るに足らないものだと、その時目に映ったものが、俺に悟らせた。

 

 その、実年齢よりも一回り小さい年齢の寝顔が、自制心に止めを刺した。

 大人の仮面はどこか遠くに放り捨てて、情熱の赴くままにワサワサと彼女に近づいた。頭のほんの片隅には、俺の中に僅かに存在するであろう聖人か天使の声が、警句をがなり立てていた。しかしそれは、耳障りですらない雑音で、その時の俺にはどこにも響いてこなかった。

 俺は、彼女を求めている。一方的で傲慢かもしれないが、そこには、それ以外の余分なものは一切なかった。全身が、彼女と結ばれたいと、身悶えするほどに渇望していた。彼女と一緒に、命を共有したかった。わずかに残っていた理性にも、これは彼女も望んでるんことなんだと言い聞かせるまでに、切羽詰っていた。

 

 そして、その頬に指先が触れた。信じられないくらい柔らかく、ひんやりしていた。なんの抵抗感もなく、そのまま押していったらどうなるか、冒険してみたくなる誘惑にかられた。それをどうにか宥めつつ、投げ出されたままになっている赤髪の茂みに、指先を絡ませていった。

 汗でじっとりと濡れている。それが、俺の手にも絡みついてくる。その程よい湿り気が、俺の中の熱をほんの少しだけ冷ましてくれた。だが、それで異物の存在を感じたのか、うんうんと寝息を上げ始めた。

 

 俺の中にある、最も卑劣で醜悪な黒い部分が、彼女の様子をみて甘言を囁いた。

 彼女が目覚めたあとでは遅い、抵抗されるだけ面倒だ。暴れようが喚こうが泣こうが、どうせ、今この場で、やることに変わりないのだ。出来るなら、傷一つもつけたくない。俺以外のことで、つけられたくもない。やり遂げたあとなら、どうとでも言える。俺が欲し続けてきた戦う理由に、戦い続ける動機に、彼女がなるんだ。それは、辛く重いものかもしれないが、彼女ならば背負い続けられる確信があった。その重みが、俺を今につなぎとめてくれる。明日の方向を指し示してくれる。その彼女が望むのなら、命だって差し出せる。何人でもブリタニア人を、殺したっていい。道化を演じることだって、厭わない! ……このままでは、過去の亡霊に飲み込まれてどうにかなってしまう。生きる理由が、どうしても欲しい! ―――今度は、今度こそは、違う結末を迎えたい。それが俺には出来るんだと、証明したい!

 そして、すぐにでもこの衝動を爆発させろと、導火線に火がつけられた。それを実行に移そうと、白い柔らかい彼女に、犬歯を立てた。その最もやわな部分から、彼女の熱い血を飲み尽くそうと、ねっとりとした涎が溢れてきた。胸が苦しく、呼吸がまともにできていなかった。

 

 だがその瞬間、彼女の唇から漏れた小さな呟きで、高ぶったものが一気に萎えた。

 

 

 

“―――わたし、頑張るから。……頑張るからね”

 

 

 

 気づけば、横になっている彼女に、シーツをかけてやっていた。

 

「―――――――――。はぁぁ……」

 

 盛大にため息をついた。いきなり現実に戻されたようだった。それとともに、今まで俺を支配していたものが、全部抜け落ちしてまったかのようで、脱力してしまった。

 そして俺は、そんな彼女から離れると、背を向けて目を閉じ横になった。眠れはしなかったが、そうしなければ、溜まっていたもののやり場に困った。静かに、元の場所に戻るまで、落ち着かせるしかなかった。

 背中には、彼女の寝息や体温まで伝わってきたが、振り向くことはできなかった。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 今、ふと思い出しても、あれはもったいなかったと後悔する。たぶん、これから先、ずっと後悔しそうな仮定だ。

 だが、もはや、それ以外の選択をしてしまった以上、それにしがみつくしかない。

 

「真面目な話だ。―――いいか、絶対生き延びろよ」

『……あなたもね』

 

 いぶかしがりながらも、気持ちのいい返事をしてくれた。

 だが、俺が求めているのは、そんなものではなかった。

 

「もし、この作戦が失敗したとわかったとき、ほかの奴を見捨ててでも、お前だけは生き延びてくれ」

『こんな時に、縁起でもないこといわないでよ! 

 日本中の人々が決起してくれたんだよ。それに、ブリタニアの援軍がやってくるまでの間、私たちが政庁を陥落させる時間は十分にある。コーネリアさえ捕らえれば、私達の勝ちよ。……それに何より、私たちにはゼロがついてる―――』

 

 ゼロに対する絶対的な忠誠。依存心。そんなものにとらわれないで欲しいと、幾度も説き伏せようとした。だが、俺が過去を忘れられないように、彼女にも、忘れられない思いがある。付き合う期間が長くなってくれば、互の限界がわかってしまう。そこをわきまえて触れない。互いにそれらを、預け合う。それが、戦友というものだ。

 彼女と俺の関係は、厳密にはそれと違う。彼女の思いの源を俺は知っているが、俺の慚愧を彼女は知らない。そいつを、彼女に預けることができなかった。それを預けるには、彼女の肩は、あまりにも細すぎた。……いや、言い訳はやめよう。他人にそれを預けることは、俺にとって何よりも怖いことだったからだ。彼女と俺は、戦友ではない。もっと言えば俺は、戦友というものを持ったことは、一度もなかったのかもしれない。

 

「約束してくれ! でなけりゃ俺は、…………戦えない」

 

 だから、こんな一方的なわがままを言う。俺と彼女の関係通り、一方通行の言葉。

 

『いつになく心配性ね。……本当にあなた、大丈夫?』

「お願いだ! 今ここで、約束して欲しい。……頼む」

 

 頭を下げて、頼み込む。それしか、俺にできることはなかった。

 こんな時になっても、戦う理由を持てなかった俺には、この先、彼女を守り抜けそうには思えない。

 

『―――わかった、いいわ。約束する。

 もし、万が一にも、私たちが敗走しなくちゃならない時、私は生き延びる』

「意志とか魂とかの話じゃないからな。今、俺がこの目で見ているお前が、お前が感じているそれが、その時そこに、今と同じように在り続けていることだからな。……間違えるなよ」

『本当にらしくないわ、矢吹。……何に、怯えてるの?』

 

 俺は、心底怯えていた。彼女が死んじまうことを、代わりに、俺が生き延びてしまうことを。そんな結末になってしまったら、俺は、その先、自殺ぐらいしかすることができなくなってしまう。

 同じことの繰り返しなど、真っ平ゴメンだった。

 

「今から、俺たちがやろうとしていること。これは本当に、俺たちののぞみだったのか? 

 何か……うまく言えないんだが、出来過ぎてるように思うんだ。今起きていること全てが。大事何かを、置き去りにしているような、気がするんだ。このまま進めば、それをなくしちまう気がするんだよ」

 

 要領を得ない説明に、まゆをひそめられた。当然だろう。こんなことをいきなり言われたら、俺だって、コイツどうかしてるんじゃないかと疑う。ただ、彼女は、そいつを咀嚼して、自分なりにあたりをつけて答えてくれた。

 そういう優しさが、彼女の強さで、俺が彼女を素敵だと思える瞬間だ。

 

『―――ブリタニア帝国は、私たちの信頼を利用して裏切った。協調とか和解とかは、望む方が間違ってたんだ。あいつらは、そこに付け込むんだよ!

 あなただって見たでしょ。あの虐殺を! ……あれが、答えだったのよ』

「あぁ、そうだ。あいつらを許しておくことは、できない。目には目を、命には命をだ! そいつは俺も、よく分かってる。分かってるんだよッ! 

 ―――だけど、何か……何かが……、胸のところに引っかかって、仕方がないんだ」

 

 言い終わると、俺がただただビビってるということの表明にしか、聞こえない。これでは、彼女に呼び捨てされるのも仕方がない。年長者失格だ。

 

「……すまん。俺はどうかしてたな。今言ったことは、全て忘れてくれ。

 変な話をして、引き止めて悪かった。……そろそろ、前線に戻ろうか」

 

 言い繕ってごまかして棚に上げる。こういうところだけは、大人だ。

 

『……別に、気にしてない。

 ただ、いつもはそれ、不安とか愚痴を言うのは、私だったなと思っただけよ。それがちょっとだけ、……新鮮だった』

「―――ありがとよ、カレン」

 

 それに比べて彼女は、やっぱり子供なのだが、その真っ直ぐな輝きは、俺にはまぶしすぎる。そして、感謝なんかして面映くなってしまったのか、それを隠すために先に進もうとした。

 だが、彼女も疾走を始めて併走すると、言葉を置き去りにするように告げた。

 

『―――生きて、一緒に、明日を掴みましょ。矢吹』

「『矢吹さん』だ。この、生意気な小娘が」

 

 それ以上、カレンの応えはなかった。それ以上は必要ないと言わんばかりに、通信がOFFになっていた。

 

 モニター越しで、はっきりとはわかるわけはないのだが、その時彼女は、俺に向かって無言で笑いかけたような気がした。勝ち誇ったかのような、それでいて敗者である俺には敗北感なんて感じさない、完全勝利この上ない微笑を向けたような気がした。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「―――本当に生意気だ、カレン。……惚れちまうだろうが」

 

 通信は、既に切ってある。夜叉のコックピット内での、独り言だ。そうでなければ、今すぐ舌を噛んで自殺したい程に、ひどいモノだった。

 そして、そんなものが出てしまった以上、俺も年貢の納め時だ。

 

 

 

 

 

 矢吹淘汰。その名にちなんで、俺は生き続けてきた。

 だが、どうやらこの俺自身も、それに食われて消える、遺物だったらしい。あとはただ、自分がふさわしいと思える墓に、たどり着けるかどうかだ。

 

 明日。どうやら俺は、そこへ進むことができないらしい。

 ただ、それは、もはや不吉なものではなかった。

 

 

 

 

 




長々とご視聴、ありがとうございました。


『矢吹淘汰』 ♂ 28歳
「扇」グループのメンバーは、玉城以外は真面目な人だらけだから、こういったキャラがいたらいいなと思って作りました。その玉城にしても、単なるアホキャラに落ち着いているため、他人の目を憚ることなく下品なことをやれる「悪いお兄さん」が、真面目なカレンの相棒になったら面白そうだなと思い、作りました。
 少々きわどいことをしてご不快になられた方、特にカレンファンの方にはいるかもしれませんが、何事もなかったので、お許し願いたい。


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