不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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今回は、原作のキャラクターたちの、「その時」の心情を描いてみました。


剥がれた 仮面

 あの日から俺は、ずっと望んでいたのかもしれない。あらゆる破壊と、喪失を。

 戻る場所は、もうない。それは、俺自身が壊した。進み続ける以外に、道はない。

 だが、彼女がいる場所に、俺の居場所はない。はじめから、なかったのかもしれない。

 創造の前には、破壊が必要だ。そのために、心が邪魔をするというのなら、消し去ってしまえばいい。―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トウキョウ租界やゲットーから外れた人工島。かつてそこは、うら寂れた小さな漁村でしかなかった。しかし今は、ブリタニア名産のあるアニメキャラクターたちが作り出した楽園へと、姿を変えられていた。昼夜問わずに煌びやかな催しもので賑わい、年中人々が足繁く通う巨大娯楽施設。その地下に極秘裡に作られた、研究所。地上の夢の世界と違ってそこは、一切の華美な虚飾はない科学の縄張りだった。

 その骨だけの機能美は、地上のものとは違う美しさがある。だが、今、そこにいる研究者たちが、それを堪能する暇はない。

 

「ゼ……ゼロォォォォォーーーーーっ!!!」

 

 咆哮。それが放つそれは、言葉にはなって意味は通じるものの、衝動が先走りすぎているという点で、叫びですらない。獣の雄叫びと、あまり変わるものではない。

 だが、その音の中心源、それを発した場所にいるのは、一人の成人男性だ。それも、顔立ちや服装から推測するに、ブリタニア人の貴族階級にいる軍人だ。だがその様は、背中にいくつもの太いコードを繋げられた狂犬だ。そして今、壁面が煌きに瞬いている球体上のコックピットの中で、彼は雄叫びを迸らせていた。

 

「お、お、おはようございましたッ! 私ですッ! 私はここにッ、帰ってきますぅぅーーーーっ!!!」

 

 情念だけが先行しながらも、騎乗しているそれの操作を誤らずに、目的の場所まで飛び続けることができるのは、その背中に縫い付けられたコードに寄るところのものだ。

 『神経電位接続』。騎乗者の脳神経の煌きを、ナイトメアの駆動回路の操作に変換する翻訳機。彼自身が体を動かそうとする時に煌く電位を、増幅して変換して取り込む。ナイトメアにつきものの、経験と知識を必要とする難しい操作技術は、必要ない。自分の体の延長線上として、ナイトメアを動かすことができる。だが、彼の乗っているそれは、通常のナイトメアとはかけ離れた形状をしていた。幾つもの大きな刺を伸ばした巨大な球体。例えるならそれは、ウニに似ていた。ただし、空を飛ぶ巨大ウニだ。

 『ナイトギガフォートレス』。人である形をやめることで地上での運用を放棄した機体だが、フロートシステムを使った空での運用を目指した新しいナイトメアだ。背中の神経を通じて直接有線で繋がれているために、人の形にこだわることなく、より航空力学に従った機体へと大胆に変形させることができた。その最新の破壊兵器には今、常軌を逸した男が乗り込んでしまっていた。

 

 巨大な円筒状のカプセルから吐き出された彼は、自分の現状を混乱した頭で確認している最中、不測の事態に慌てふためく研究者たちに取り囲まれていた。怯え宥めながらも徐々に彼を取り囲もうとしていたが、オープンチャンネルから聞こえてきた黒の騎士団の宣戦布告を聞くと、途端に、頭を抱えながら雄叫びを放ち始めたのだ。

 体中を勝手に弄り回されたと言え、その声を忘れることはない。それこそ、今、自分がこの場にいる元凶であるからだ。こんなところにまで、堕とされなければならない諸悪の根源だった。忘れたくても、忘れられない忌まわしい声だった。

 それを聞いたからには、もはややるべきことは一つ。腹の中側で渦巻いている激情に従って、彼は、動き出した。

 徒歩では遠すぎる。それに、先ほど見た情報の中に、自分にうってつけの剣=試作ナイトギガフォートレス『ジークフリート』があった。それを使ってゼロに会いにいく。会わねばならない。周りの制止しようとする声など、もはや雑音ですらない。

 

 彼、かつてジェレミア・ゴットバルトと呼ばれた騎士。その行き着いた狂気が、戦乱渦巻くトウキョウへと向かっていった。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ブリタニア内部に仕込んでおいた策が、今、見事に花開いていた。

 それは、花とはほ程遠い崩壊ではあるものの、見るものに与える衝撃は同じだ。ただし、規模は全く違う。

 

「ふはっはっはっは。これでいい! 後は、政庁陥落のニュースが流れれば、いやでもあの男が出てくる。

 奴に、―――ブリタニア皇帝に直接会うことができれば、すべてのカードは、我が手に落ちる」

 

 全て順調。何の問題もない。

 目の前で起こった城壁の崩壊は、計画の通りのことだった。敵味方ともに、驚愕の表情を浮かべていることだろう。それを知るのは、この自分とここいる魔女だけだ。これから先、誰にも知られることはないだろうし、させない。

 その共犯者たる女は、前方の座席で先から黙したままだが、かまうことはない。やるべきことは、既に決まっているのだから。

 

「ゼロ番隊は、特務隊とともに、学園地区を優先して抑えろ。その中の一つに、司令部を置く」

『が、学園地区を!』

 

 カレンの戸惑いの声が聞こえるが、それにも構うことはない。重要なのは、命令通りに動く駒なのか、違うのかだ。そして、既にコイツは、掌握済みだ。

 駒に心など必要ない。指し手にも、必要ないのと同じように。必要なのは、命令を正しく行える技能と、結果だ。

 

「扇、お前もそこで配置に付け。

 ……扇!」

『ぁ……あぁ! わかった』

 

 返事が少し遅れたことに訝しるが、それも想定内のことだ。

 コイツには、決断力が足りない。人あたりの良さと古参のメンバーとのつながりを鑑みて副リーダーに据えているが、その凡庸さには少々イラつくことがある。黒の騎士団は、すでに日本全土にまたがった巨大な組織となった。ブリタニア帝国と直接戦うために、日本から出る必要もある。やつは、潮時だろう。ほかのもっと使える奴に、すげ替えればいいだけだ。

 

 今、現前しているこの状況こそ、俺が今まで計画しやろうとしてきた事だった。その結果は、思ったとおり、……いや、思った以上の出来だった。それは、喜ぶべきことだろう。

 それなのに、今のこの状況を、心のどこかで不満に感じていた。ユーフェミアが唱えた、あの経済特区の幻想が、頭にちらついてくる。それに思い悩まされないためにも、心ごと、切り捨てなければならない。そうしなければ、前に進めない。これから先、勝ち続けることができない。

 

“―――王の力は、お前を孤独にする”

 

 俺の目下にいる女が、このギアスについて最初に忠告した言葉だ。その意味が、今この時、ようやく身にしみてわかった。

 だが、それすら、俺にとっては意味のないことだ。そうでなければならない。

 そうしなければ、――――――……。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 これから起こる激戦とそのあとにもたらされるであろう勝利の予兆に、今一度心を引き締め直していた時、ゼロから指令が来た。いつもなら、その言葉に疑いなど微塵もなく答えることができるのだが、その時の指令には、いささかばかり躊躇せざるを得ないものがあった。

 

「どうして、学園地区に司令部を……」

 

 疑問に思いながらも、そこへと最短距離で進むのは止めない。その先にいるのが、たとえ、何の罪もないばかりか親しい友人として共に同じ時間を過ごしてきた人々であっても、彼女が歩を止めることはない。

 

 彼女、紅月カレンにとってゼロは、特別な存在だ。黒の騎士団や日本人皆にとっての特別とは、また違った意味で特別な存在だった。

 自分もそうであることは否定できないが、彼がもたらす勝利や自由を共に得たいがために、必ずしも傍にいるわけではない。彼女にとって彼は、虚構の英雄ではなく生身の英雄だった。彼の苦悩と、それを乗り越えようと奮い立たせる強さ。それに憧れるとともに、彼を支えられるだけのモノに自分がなりたいと思っている。最初はそうではなかったが、彼とともに活動するうちに、そう思うようになってきた。そうするだけの価値と意義を、彼の中に見出すことができたからだ。ただ、努力はしてはいるが、それになれたのかどうかは、未だに不安ではある。

 この感情を言葉にして告げたのは、仲間たちの中ではたった一人だけだ。昔からレジスタンスとして共に活動してきた仲間ではなく、黒の騎士団の創成期とも言うべき時に、参加してきた同志だ。戦場においては互いに背中を預け合う相棒であるが、その過去をほとんど知らないという点では赤の他人だ。テロ行為を繰り返してきたとはいえ、元からいた仲間たちは皆、家族のような付き合いをしている。自分の兄が始めたグループであって、それに自分も、幼い時から参加してきた。その深いつながりは、ゼロの登場によって巨大な組織になっていった今でも、ほとんど変わっていない。くだらない下世話なことから次の目標についての真剣なことまで、話せるし聴くことができた。だが、そうであるがこそ、この気持ちを告白することはできない。ただ、途中参加の彼にだけは、それが本当に自分の中にあることを証明したいがために、告白した。一見すると強面な堅物、話してみると軽薄な気さくさにイラつくことはあるが、人の秘密を軽々しく吹聴するような男ではないことは確かだった。だからこそ、命を預けることができ、秘めてきた思いを告白する気になった。

 

『さぁな。奴の思惑なんて、見当もつかんよ。

 ……ただ、俺としては、ブリタニア女学生たちを、大手を振って見に行けるんだから、大賛成だがな』

 

 矢吹ののんきな返事が、返ってきた。その力のなさに、一瞬、そちらの方をキッと睨みつけたが、すぐにやめた。

 この男との付き合いも、長くなってきていた。黒の騎士団での活動では、大概同じような立ち位置にいることが多い。互の全てを知っているとは言えないが、その性格や癖といったものは、嫌でもわかってきてしまう。場違いなセリフに怒って訂正しようとすれば、ぎゃくに子供扱いされることになってしまうことは、苦い経験とともに学んだことだ。

 

『そういえば俺、お前の学生服姿、まだ一度も見てないなぁ。

 ……成績優秀だが病弱の箱入り娘。カレン・シュタットフェルド令嬢には、ついぞ、お目にかかる機会がなかったというわけだ』

「日頃の行いが悪いからじゃない」

 

 なんだが、真剣に悩むのがバカらしくなってくる声だ。落ち着くというとしゃくにさわるので、彼の前では言わないが、肩の力がほんの少しだけ抜けたのは確かだ。

 

『それじゃ、いい子にしてたら、彼女が俺のもとに来てくれるかもしれない?』

「もし来るとしても、それは当分先でしょうね。……おそらく、日本の独立が成ってブリタニア帝国を打倒したあと、路頭に迷った彼女が、今後の生活のために身を売るかどうか悩んでいるところに、白馬の王子様よろしく、あなたが彼女に救いの手を差し伸べるんでしょうね」

『おいおい! なんでお前が、それを知ってるんだ?』

「……バカ、もう黙りなさいよ」

 

 呆れすぎて戦意まで萎えてきてしまう。ここが戦場だということを、ついつい忘れてしまう。彼とのおしゃべりは楽しいが、冷静さは取り戻せたのだがら、これ以上彼に付き合わせる必要はなかった。口をつぐんで、目の前のことに集中した。

 そして矢吹も、それ以上話しかけたりはせず、黙って横で併走していた。

 

「―――すぐに、学園地区へ向かう」

 

 誰に言うでもなく、静かに宣言した。

 

 私はもう、ブリタニア人のカレン・シュタットフェルドではない。日本人の紅月カレンだ。

 これは、単なる感傷でしかない。偽りの生活に、長く身をつけすぎただけだ。たしかに、楽しい時間ではあったが、あくまでも今日この時のために使ってきた仮の姿だ。もう、本来の自分であるために、切り捨てなければならない。

 迷ってはいけない。それに、囚われたままではいけない。勝利には犠牲が必要だ。信念を貫くためには、自分の身を切り裂くことを厭おてはならない。皆に比べれば、私は幸福だったのだ。あまりにも深い貧窮ゆえに、テロ行為をしなくてはならない名も知らない同志たちとは違う。彼らは今も、ナイトメアに騎乗することもできず銃を片手に生身のまま、この戦場をかけていることだろう。少なくとも私は、貧しさゆえに飢えたりすることはなかった。紅蓮弐式という硬い鎧にも守られている。すべてを平等にするための戦いに参加している私たちが、こんなにも不平等であるという歪さ。その精算を、支払うだけなのだ。

 

「……迷うな、紅月カレン」

 

 自分を鼓舞するように、小さく呟いた。そして、迷いを振り切るように、スロットルレバーを強く、握り締め直した。

 その乗り手に呼応するかのように、紅蓮弐式は、唸りを上げながら、瓦礫と化した城壁の残骸を疾走しだした。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「千草。どこにいるんだ……」

 

 いくらかけても繋がらない携帯通話機を握り締めながら、男は、これからのことについて考えていた。

 正確には、彼女との関係について、考えていた。

 

 男、扇要は、争いを好まない。他人と張り合うことが、苦手だ。

 もちろん、競争心や優越感というモノがないわけではない。馬鹿にされたりすれば怒るし手も出る、褒められたりすれば嬉しく感謝ぐらい口にする。人よりガタイもよく病気一つしてこなかったそれとは違って、彼の内心は、他人の感情を細やかに捉えてしまう繊細さがある。だからこそ、怒りや復讐心を持ち続けることが、それを基軸に他人を押しのけてまで行動し続けることが、できないのである。本来なら、レジスタンスのリーダーなどという役柄は、性に合ったものではない。

 彼が、レジスタンスなどという犯罪活動に身を浸していたのは、虐げられている日本人全員が、多かれ少なかれうちに抱いている感情であって、自分たちの土地を取り戻したいという大義があったからだ。そしてなにより、親友が、それを成そうとして立ち上がったからだ。彼がやるのなら、自分も力になる。今まで戦ってこれた動機は、その亡き親友の意思を、自分にはないその意思を消さないためであった。だが、戦い続けるために戦うという自己撞着から目をそらすことに、彼は倦んでいたのだ。

 それは、ゼロの登場によっても、基本的に変わることはなかった。彼がもたらす勝利とその意志は、世界を広げてはくれた。たかだが、シンジュクゲットーの中で、小さなテロ行為に勤しんでいた頃とは違って、今では、日本のみならず地球規模にまでその影響力を増幅させようとしていた。その鮮やかな手腕に希望の光を見るが、ゼロや仲間たちから離れて一人自室の暗い天井を見上げると、ふと、冷めた感情が胸の内から染み出してきた。それを、日々の目まぐるしさによってどうにか紛らわせようとしたが、日増しに大きく歪になってくる。自分からは剥がれないものだと気づくのは、そう難しいことではなかった。その空洞は、このような犯罪行為をする以上当然背負うべき責任なのだと、諦観とともに受け入れていた。

 

 だが、そんな虚しい日々に、千草が現れた。

 ブリタニア人であること、ゼロのことを知っているかもしれないことなど、黒の騎士団にとって危険因子になりかねない彼女であったが、それを仲間たちに報告することはなかった。はじめこそ、彼女のことが「敵」に知れ渡ってしまうことを警戒してのことだったが、彼女との奇妙な共同生活を続けることで、その意味も変わってきてしまった。

 彼女は、記憶喪失だった。銃弾を至近距離から腹部に受けたことで、大量に出血してしまった後遺症だろう。自分の名前すら、わからない状態だった。見た目は、自分と同じ程の年齢の女性であったが、空っぽのその顔には、少女ともとれる純粋さや無邪気さが見え隠れしていた。そんな彼女を間近で見続けていると、彼女の行動を監視しなければならない自分が、ひどく嫌な奴に見えてしまう。しかし、仲間たちのためにも、続けるしかなかった。

 いつから、というのは定かではない。気がつけば、家に帰ってくれば彼女が待っているという光景を、当たり前のものとして受け入れ始めていた。自分以外の人間を家に招待したことは、あった。だが、レジスタンスとして活動で親友が殺されてしまった後は、仲間たちですら招くことをやめていた。一人でいたかったし、一人で抱え込まねばならないと気負ってもいた。だから、自分以外の人間が家にいると、家に帰ってきたような気がせず戸惑ってしまう。だが、彼女なりに助けてくれたお礼がしたかったのかもしれない、今もゲットーに住んでいる貧しい日本人たちを思えば、淡白で質素になりがちになってしまう自分の食事に、華やかな彩が備えてくれたのだ。それを、彼女と一緒に食べる。最初こそあまり上手とは言えない味で、自分の腕前を披露した。だが、それに触発されたのか勘がいいのか、作り続けるうちに、美味しいと思えるものへと成長していった。気づけば、いくつかの料理では、彼女に腕を越されてしまっていた。そして、いつからか、料理場に立っている後ろ姿を、ほのぼのと眺める日々を送るようになっていた。

 それが、黒の騎士団の活動の最中であっても、ふと脳裏に浮かんでくる。それを思い浮かべるたびに、口元がにやけてしまう。悲しみと死しかなかった日常に、こんな楽しさや喜びがあるんだという発見には、驚きを隠せなかった。それを失いたくないと、思い始めてきた。

 そして、ほんの3日前、戦いによらずしてブリタニアからの独立と協調を果たせると、ユーフェミア皇女が宣言した後、千草と初めて、その肌と肌を重ね合わせ愛し合った時、心は決まった。

 

『―――扇、お前もそこで配置に付け』

 

 ナイトメアに取り付けられている通話機から、声が聞こえてきた。物思いにふけっていた彼には、それが誰の声だったのか、わからなかった。

 

 ほんの数時間前の出来事。まだ、その時から一日も経ってはいない。だが、その時感じた怒りの感情は、今も胸の奥でフツフツと煮えたぎっていて、過去のものだとは思えない。

 行政特区日本の会場で行われた、日本人の大量虐殺。ユーフェミア皇女の裏切り。

 信じられないことだ。今でこそ、冷静にその時のことを考えることはできるが、それでもなお、信じがたい出来事だ。ブリタニア人が、あれほど露骨にそのおぞましさを曝け出したことは、見たことはなかった。心のどこかでは、彼らもまた同じ人間だと、言葉が通じ合える余地は残っているはずだと思ってきた。事実、黒の騎士団の中には、日本人のみならず、少ないながらもブリタニア人の協力者がいる。ここで出来るのならば、どこででもできるはずだ。そう、思ってきた。しかしそれは、単なる楽観でしかなかった。もはや、彼らと自分たちとは、「違うもの」なのだということを、事この期に及んでやっと理解することができた。彼らと自分たちは、殺すか殺されるかの関係で、決して相いれることはないのだとわかった。

 自分の中にわずかに残っていた、ブリタニア人への信頼。戦い以外の道があるのではないかという、テロ行為に対する虚しさ。それは、単なる甘さでしかなかった。彼らは、そこにつけこんで、踏みにじる。ならばこちらも、容赦する必要などはないはず。

 千草と、話し合わなければならない。彼女への思いは変わることはないが、彼女がブリタニア人である以上、二人のこれからについて考えなければならない。彼女と離れなければならないなど、耐えられそうにない苦痛だ。だがもし、彼女がそれを本当に望むのならば、自分の中には引き止める言葉はない。虐殺が行われる前までは、彼女に自分の真実をすべて話して、そのうえで一緒にいてくれるのかどうかを選んで欲しかった。だが今は、半場嫌々ながら引き受けてきた副リーダーだったが、日本人たちの怒りと憎しみを背負って戦う責任がある。ブリタニア人たちに、裏切りの代価を求める気持ちもある。彼女には、どちらかを決断してもらわなくてはならない。

 

『―――……扇!』

 

 再度、自分に呼びかける声が聞こえてきた。

 

「ぁ……ああ! わかった」

 

 それが、ゼロの指令だと気づいた時、慌てて返事を返した。

 

 だが、その千草と連絡が取れない。専用の携帯を持たせてあって、いつでもその居場所がわかるようになっていたはずだが、全く連絡が取れない。

 ブリタニア人である以上ゲットーの中をむやみに歩き回るのは危険であるため、外に出ないようにと注意していた。おまけに、撃った犯人がまだどこかにいるのかもしれないとも、釘を刺していた。そしてなにより、今日は大事な話があるといって、待ってもらってもいた。どこにも出かけていないはずだった。

 

「……千草」

 

 虚しくコール音だけ鳴り響く通話機を片手に、彼女と話せない焦燥感に駆られていた。だがもはや、それを待ってもいられない。自分には、やらなくてはならない仕事がある。自分は、黒の騎士団の副リーダーだ。

 息を整え、通話機から手を離し操縦桿を握り直す。そして、ナイトメアのエンジンを駆動させた。

 そして、後ろの同志たちを率いて、瓦礫の山と化している戦場へと加わっていった。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――ありえない。そんなことは、あってはならないことだ。

 

 折り重なる瓦礫の大地を一人、彼女は、気づかれまいと警戒を払いながらも、着々と目的の場所へと進んでいった。その切れ長の瞳をさらに鋭く尖らせて、自分をこんなところにまで貶めた元凶を睨みつけた。

 

 ルルーシュ・ランペルージ。全ての元凶は、あの学生だった。

 自分が初めて犯した失態、テロリストに自分のナイトメアを奪われるという、騎士として恥ずべき行為のために、これらか歩むであろうエリートの道に傷をつけられた。その名誉挽回のためにも、純血派としてこのエリア11で実権を握ろうとするが、ジェレミアの「オレンジ疑惑」にてそれも潰えた。もはやこのまま、一兵卒として戦場で潰える運命なのかと悲観せざるを得なかったが、独自に進めていた捜査がそれを打破するきっかけとなった。それが実を結び、あとはその確たる証拠を掴みさえすれば、元の地位に返り咲ける功績を上げることができた。その重大な事実を知った時、庶民の出でしかなかった一軍人である自分が、騎士侯位もしくはそれ以上の爵位を得られるかもしれないと、有頂天になっていた。

 初めに感じたのは、ホンの少しの違和感。奪われたというのに、その感触がごっそりと自分の頭の中から抜け落ちていたことだった。その前後の記憶が曖昧で、いつの間にかナイトメアがなくなっていた。しかし、ナイトメアに乗っていた自分の前に、妙に落ち着いた学生が一人、いた事だけは覚えていた。その不遜とも言える態度が印象に残っていて、その顔は記憶していた。その記憶をもとにして、警察の資料などを漁ってその少年、ルルーシュ・ランペルージを見つけ出した。

 はじめは、自分の考えに半信半疑ではあった。だが、少年の恋人と思わしき少女を利用して詳しく調べてみると、その確証を高めていった。すなわち、ルルーシュ=ゼロという可能性を。決定的なのは、ナイトメアからたたき出されたゼロの、その仮面から剥がれ落ちた顔が、まさにルルーシュのそれと一致していたことだ。

 そこに居合わせたこと、自分以外の誰もいないその場所で、気絶したままのゼロが横たわっているという状況に居合わせたこと。それは、神が私に与えてくれた褒賞なのかと喜んだ。これで私は、ブリタニア貴族にその名を連ねることができる。更なる高みへと、登ることができるはず、……だった。

 だが、予定が狂った。利用していたと思っていた少女が、突然、裏切ったのである。

 

 致命的とは言わないまでも、瀕死の重傷を受けた私は、その場から撤退せざるを得なかった。腹に銃弾を受けたままゼロを連れて抱えることはできなし、時間が経てばここに、黒の騎士団がやってくるかもしれなかった。ブリタニアの兵士が来たとしても、前線から外されて私的な活動で動いている自分を、彼らがどのように見るかは、想像するのに難くはない。裏切り者扱いされて、その場で射殺される可能性があった。ここは、逃げるしかなかった。

 朦朧とする意識の中、なんとか危機を脱したことを確認すると、安心して気が抜けてしまったのか、その場で気を失ってしまった。

 そして、目覚めたのは、ほんの数分前、まだ一時間と経っていない。イレブンの住処と思わしき場所で、暴徒と化したイレブンたちに襲われそうになった時に、目覚めた。

 

「―――相手の記憶を奪い、意のままに操る力。その力のせいで私は、あんな……イレブンなんかと―――」

 

 今回は、前回のそれとは違って、記憶の欠落は少ない。しかし、自分の意識が、数ヶ月の間途切れていたことは、確かだった。それまでのことは、概ね覚えていた。覚えてなどいたくはなかったが、記憶は鮮明に残っていた。

 それゆえに、嫌増して苛立たしが募ってくる。そのあまりの怖気に、腹のそこから身震いして、鳥肌が立ってしまう。

 

 それまでの私は、まるで別人だった。それも、最も嫌いな人種といってもいい性格の女だった。幼い頃の記憶を掘り起こしてみると、それは、父(と呼んでもいいのかわからないほどの、低い地位に寄生しただらしない男)に仕えることが生き甲斐とでも言うような、良妻の鏡たる母の姿にそっくりだった。それが、意識を失っていた間、自分を支配していたというのは、おぞましいことこの上ないことだった。それもその女は、イレブン風情と同居して、下仕えのようなことを嬉々としてやっていた。自分から進んで。そして、あろうことか、家畜か奴隷としか見ていなかったイレブンに、この肌を許すなどという暴挙まで勝手にやってしまったのだ。

 そこまでなら、記憶喪失だったことで、なんとか言い訳もできなくはない。褒めることはしないが、私が目覚めるまでよく生きていたとは言ってやってもいい。銃弾をこの身に受けて瀕死の状態の時に、拉致・監禁されたのだ。そのような状態では、私であってもどうすることもできなかっただろう。この身一つしか武器はないのなら、それを使うしかない。別に私は、乙女でも純潔にこだわりを持つわけではない。本当に必要ならば、そのような行為も辞さないだけだ。重要なのは、私とその女とは別物であって、その時起こったことは、私の意思とは関係のないことだったという証明だ。

 だが私は、言葉にするのも腹立たしいが、その女が感じたことに、…………共感してしまった。私なら決してしないであろうその行いに、その女が感じ得た楽しさや喜びといった感情を、共有することができてしまった。あのイレブンの男に抱かれた時に交わった体温や、初めて名前(全くもって気に入らないことだが、名前すら失った私が、その男が考えたイレブン風の名前を、喜んで自分のものとして受け入れた)で呼ばれた時の響きが、心地よいものとして胸の奥底に残っていた。それを思い出すたびに、私が感じたことのない幸福感がじんわりと広がってくる。悦び、とでも言うような体の火照りまで、出てくる始末だ。

 それらは、私の自分自身に対する裏切り行為だった。断じて許すことはできない。決してそれを、認めてはならない。そんなことは、じょおおおだんじゃない!

 

「―――ルルーシュ・ランペルージッ!」

 

 敵の名前を吠えることで、爆発しそうになる怒りを宥めた。

 

 あのブリタニアの学生を、早々に殺さなくてはならない。地位や名誉も欲しいが、それ以上に、奴が縛り首になるか銃殺されて苦しむ姿が見たい。出来るだけ長く、この腹に溜まった怒りの分だけ、奴がこの世に生まれたことを後悔して私に命乞いしている姿が見たかった。その涙と鼻水でくしゃくしゃに汚れた顔を、哀れみを持って愛撫してやりながら、息絶えるその瞬間まで決して逃がさない。そうすればやっと、溜飲が下がるというものだ。そのみすぼらしい墓に唾を吐くような真似までは、しないでおいてもいいと寛容にもなれるだろう。

 そして、できればあのイレブン、扇要にも同じような目に遭わせる。そうしなければ私は、これから一生、やつの影に付きまとわれることになる。奴をこの頭のみならず、体中からも締め出さなくてはならない。やつの体温や肌触り・匂い・声の響きその眼差しまで、一切合切を私から切り離さなくてはならない。それを、怒りと憎しみを持って拒絶し切らなくてはならない。一片たりとも、残してはならない。

 この二人を、私は、この世から抹殺しなくてはならない。この身に受けた侮辱に、報復する時が来たのである。

 

 煮えたぎる怒りを胸に秘めながら私、ヴィレッタ・ヌゥは、奴らがやってくるであろう場所に、歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 




長々とご視聴、ありがとうございました。

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