憎しみと怒りで回る、殺戮の舞踏会。
人形たちは踊る。最後の椅子を取り合うために、嬉々として、殺して回る。
だが、その椅子には、既にふさわしいものが座っていた。残った道化は、笑みを浮かべて自殺する。
幾度も繰り返された人形劇。終幕は、間近に迫っている。―――……
予想外の事態に奥歯を噛み締めながらも、冷静に命令を下していた。
戦場では、この一瞬の決断と行動が、命取りになる。時には、自分が最高だと思った手も、迷わずに捨てなければならない。そうしなければ、勝利や、自分について来てくれた部下たちですら、失うことになってしまう。
「退け、退けぇ! 全軍、ブリタニア政庁まで交代せよ!」
『『イエス・ユア・ハイネス!!』』
号令が、唱和された。これほどの事態になったというのに、私の部下たちの戦意は、まだまだ衰えてはいない。
決して侮ったわけではない。むしろ、これまで戦ってきた敵の中では、随一とでも言うほど、手ごわい相手であるという認識はあった。ただ、それでも、自分ならばこの悪魔じみた相手であっても、倒すことは可能だという自負があった。負けることなど、考えたこともなかった。そもそも私は、勝負に負けたことなど一度もなかったのだから……。
万全の準備を施し、この租界外縁部に布陣した。籠城戦にはなるが、本国からの増援が見込める以上、時間稼ぎが必要だった。ここを破られても、次の壁はまだある。時間は十分すぎるほど稼げる。この采配に、間違いはなかったはずだった。だが、相手は、私の想像をはるかに超えていた。
フロアパーツを一斉にパージする、だと。このような事態が想定される以上、セキュリティは万全を期している。外部からのハッキングによるものではない。入念な審査基準をクリアした、信頼に足るブリタニア人技師が、そこには登用されていた。その技師たちが、裏切ったということになる。……やつの手は、そこまで伸びていたのか。
信じがたいことだ。そして、許しがたいことだ。無様に地に落ちた私を見てやつが、高笑いを上げているのが聞こえてくるかのようだった。
私の最愛の妹を、ユーフェミアを殺したあの男に、この手が届かない。怒りで腸が煮えたぎりそうだが、ここは引かねばならない。チャンスは、まだ、いくらでもある。
沸騰しそうな怒りをどうにかなだめて冷静に状況を見渡してみると、自分のグロースターの背後で一体のサザーランドが、膝を地につけながら軋みをあげていた。自力で動けないほど、目に見えて破損していた。
あの崩落の最中、瓦礫やほかの味方機との追突を避けるべく搭乗したグロースターを操って、どうにか、この安全地帯に無事着地することができた。しかし、熟練したナイトメア乗りである部下たちもそれは考えていることで、彼らとの追突は避けがたいことだった。また、最前線に布陣していた私には、その場所にたどり着くのは彼らよりも困難なことでもあった。
私が追いやったわけではない。たとえ切羽詰った状況下であっても、部下を蹴落としてまで生き延びるなど、私のプライドが許さない。幾つもの戦場を、ともに駆けた戦友でもある。つまり、このサザーランドの騎士は、私にこの安全地帯を譲ったがために、崩落の巻き添えをくらってしまったのだ。
「……どうした? 操縦が困難ならば、コックピットブロックだけでも―――」
『コ……コーネリア様。私になど構わず、先に政庁へ』
通話機から聞こえてくる声の調子は、至って平静通り。だがそれは、この騎士の現状が、予想以上にひどいものだということだ。
もはや、コックピットの射出すらできないのか……。
いや、違うな。このような状況では、すでに味方の足でまといでしかない。早々に陣を立て直さなければならない以上、自分は、ここで殺されなければならない。そうすれば、味方の足も早くなる。……そう、判断しての平静さだ。
そして、それは、まったくもって正しい判断だった。
だが、私は、いつだってここで迷ってしまう。戦女神だのと祭り上げられていても、部下を切り捨てるか否かは、いつだって苦渋の選択だ。勝利のためには、冷酷さは必要不可欠だが、それに慣れることはない。戦いを積み重ねていくうちに、重みも増していく。
皆で生き残ってこその、勝利だった。ただひとりの勝利など、私の求めるものではない!
『コーネリアを確認した。―――囲め!』
「くっ!」
背後から、敵の声が聞こえた。視認できるまで接敵を許していたことに、気づけなかった。
敵は複数体。それも、この混乱した最前線にやってくるとなると、かなりの手練なはずだ。ナイトメアの操縦に迷いがない。命令を発した指令機を除いて、こちらが逃げられないように周囲に展開し始めていた。そして、その黒いナイトメアが、明確な殺意をその手に握った大太刀に込めながら、間合いを詰めてきた。
振り向き、手に持ったルガーランスを構えて、それを受け止める。
まだ、敵との距離は、近接格闘の距離には至っていない。避けるのには十分な間合いがあった。援軍が来るまで、なるべく危険な戦闘は避けるべきだった。目の前のナイトメアは、我がブリタニア軍では見かけない機体だ。おそらく、黒の騎士団が独自に作り上げたナイトメアなのだろう。このグロースターが性能的に負けるとは思えないが、あまりにも未知数だ。ここで、その雌雄を決するのは、下策だ。
だが、後ろには、負傷した部下がいる。彼は、その場から動くことができない。私には、彼を守る責務があった。
剣先を突き出しながらの半身の姿勢で、ランドスピナーを唸らせていた眼前の敵が、間合いに踏み込む瞬間、その必殺の全容を明らかにした。
それは、チェーンソーに似た武器だった。ただしそれは、木材加工用の柔な素材と回転率のものとは桁違いで、刃先が空気を焼いているかのように赤熱しているシロモノだ。振り下ろした対象を、その高熱と重量と回転速度で、焼き切り落とす凶器だった。銃弾すら弾くナイトメアの強靭な装甲であろうとも、容赦なく熔断することだろう。
前に、ルガーランスを構えた防御の姿勢を取りながら、自分の見込みの甘さに歯噛みした。そして、黒い死の影が迫ってくるのを感じて、ぞっとする。
防ぎきれない。鍔迫り合いになってしまえば、こちらの武器が壊れてしまう。あれに対抗しうる近接武器は、持ち合わせてはいない。殺られる。アイツとは、距離を置くべきだった。判断を、見誤った。殺られ、た―――……。
脳髄から足先まで、凍えるような死の感触に震えた。そして全身が、極度の緊張で強張っていた。だが、突然、視界が斜めにずれていった。モニターの中心に座していた敵が、その端へと追いやられていった。
その急な不安定に姿勢制御システムは、瞬時に対処し、ナイトメアを安定へと戻す。だが私は、混乱したままだ。
一体、何が起きたのか? 目の前の敵は、どこに消えたのか? 私は、生きているのか? ナイトメアの不調か? ―――助かった……のか?
その疑問に、すぐ隣で起こった爆発が、答えた。
『覚悟!』
真っ二つに熔断されたサザーランドから、その黒い姿を再度視界に捉えた。
サザーランドの騎士。彼が、私を押しのけて、代りに敵の刃の受け止めたのだ。その全身をもってして。彼があの刃に熔断されているあいだ、私は、奴との最適な距離まで引くことで、体勢を整えることができた。
全ては、このグロースターに書き込まれている防衛プログラムと、私自身が戦場で経験し体得してきた生存本能のなせる技だった。それによって私は、彼の犠牲の心を踏み台にして、こうやって生き延びている。数秒前には、守りぬくと誓ったばかりなのに、だ。
あまりにも、下劣だ。この自分がしたとは思えないような、醜悪な行為だ。私は、今ここで、息をし安堵していることを、憎悪した。そして、その怒りの全てを、眼前の奴に向けた。
「藤堂! この、亡霊がぁっ!」
『姫さま! ―――』
黒いナイトメアにこの怒りの全てをぶつけてやろうと、突撃の構えから爆発しようとしたその時、懐かしい声が聞こえた。そして、すぐにでも振り絞らんとするスロットルを、なんとか踏みとどめた。
『―――ここは私に、お任せを! 姫さまは、今のうちに政庁へ!』
言うやいなや、迷うことなく敵へと、ルガーランスの強烈な刺突を繰り出した。
ランドスピナーをフル稼働させながらの突撃、その速度と重量も相まって、敵を粉々に破砕せしめる威力を秘めた一撃だ。ナイトメアを自在に操る騎士として、正統にして必殺の攻撃だった。
これは受けきれない、または、横へと躱しても体勢を崩すだけと判断したのか、黒いナイトメアは、なんと上空へと跳躍した。平均的なナイトメアの全長を、優に飛び越え得る跳躍だ。
それほどの脚力を瞬時に生み出せる機体は、ナイトメア発祥の地であるブリタニアであっても、数は少ない。唯一の例である最新鋭の第七世代ナイトメアであっても、これほどの運動量はないはずだ。まして、この第五世代のグロースターには、真似できない芸当だった。
上空へと退避した敵は、今度は、その位置エネルギーを利用しながら、誰もいない空へと突き出されたランスに、先ほどの大太刀を突き落とした。そして、金属と金属が激しく摩滅し合う金切り声と火花が、周囲に撒き散らされた。
ランスの横腹に、大太刀の刃先に宿っている赤熱が、染み込んできていた。ナイトメアの全重量を乗せた一撃である。その耐久力は、すぐに限界に達してしまうことだっただろう。
だが、彼は、その必殺の武器を手放すことで、遅滞と、敵のさらなる追撃を防いだ。敵がランスに釘づけにならざるを得ない状況と、それに引きづられて、ナイトメアの体勢が崩れてしまわない紙一重の刹那、それを見事に読み取った絶妙なタイミングで、離れてみせた。
そして、こちらの守勢を、間合いの測り合いにまで持ち込んでみせた。
この、ナイトメアを自在に操ってみせる操舵技術の冴えは、私が知っている中で、最高の騎士のものだ。
彼がここに来てくれたことに、心の底から安堵した。だが、だからこそ、激昂をもってその忠義に答えた。
「この私に、部下を置いて逃げろというのかッ!」
『姫さまは、生きねばなりませんッ! ―――ユーフェミア様のためにも』
その名前に、言葉が詰まった。
そうだ、この戦いは、そのためのものだったのだ。帝国の威信を守るためや高貴なる者の勤めゆえでも、ましてや、ナンバーズの統制のためでもない。自分だけの、他の誰でもない私だけが持つことができる、復讐のための戦いだった。だから私は、こんなところで、死ぬわけにはいかないのだ。敵であるゼロを殺すまでは、死んでも死にきれない。
『そう―――私は、姫様に選ばれた、姫様を守るための騎士!』
ルガーランスを手放し、徒手空拳となってしまった彼のグロースターだが、コックピット側面に取り付けていた長剣を、その柄から引き出していた。そして、抜刀されたその剣を高らかに、上段に構え敵と向かい合った。
両手で頭上に掲げられた剣。その、スラリとまっすぐに伸びた刃は、流麗ですらある。だが、その細身の剣身は、相対する敵が持つ灼熱の刃と比べると、いかにも頼りない武器ではある。しかし、その心配は無用なものだ。
『MVS』。かの試作機で運用された最新鋭の武装を、グロースターに実装したのだ。ただ、大容量の電気エネルギーを生み出せる『ユグドラシルドライブ』を運用していない以上、本来の性能を十全に引き出せるわけではない。最高の切れ味をその刃に発生させられるのは、数分間しかない。時間が来たあとは、ただの鋼鉄の長剣に変わってしまう。柄に収めてエネルギーをチャージする必要があった。だからこそ、二刀あるうちの一刀だけを、両手持ちで構えていた。
『ならばここは、私、こそが!』
激突のための十分な助走距離を取って下がると、相手もまた、それに応えるように剣先を向けて半身に構え直した。
こちらの、ルガーランスを使った突撃方法と似ているが、その構えの意味するところは違う。刃の長さを隠すことで、相手に自分の間合いを図らせずに、自分が必殺の間合いまで迫るためだ。攻撃的に見せかけて、その実は、隙のない守りの構えであった。
そのような相手、だからこそ、彼は、防御や詐術などは捨てていた。高らかに上段に構えることで、攻撃の軌道すらも明らかにしていた。そして、捨て身ギリギリの攻勢の構えで、相対していた。後の先ではなく、先の先で相手を叩きのめすためだ。
私は、その姿に、彼の誇りを見た。騎士の誉れが、そこにあった。
「……わかった。
命令だ。生きて帰れよ、我が騎士ギルフォード」
『イエス・ユア・ハイネス!』
小気味よい、いつも通りのその言葉が、私の迷いを断ち切ってくれた。
この戦場は、私のものではない。私が守り戦わねばならない場所は、ここではない。これは、撤退などではなかった。それがわかったのならば、やることは一つだ。
そう、舞踏会の準備をしなくてはならない。ただ一人の貴賓を招くために、招待状も書かねばならない。わかりやすく、それでいて優雅なものを。この、ブリタニア第三皇女コーネリア・リ・ブリタニアしか書けないようなものを、だ。
政庁にて奴を殺す。その殺意を胸にしっかりと秘めながら、この場をあとにした。
◆ ◆ ◆
わらわらと、黒い蟻どもががれきの中からはいだしてきた。染み出してくる、といってもいいかもしれない。この8年間積み重ねられてきた闇が、今、地の底から地上へとなだれ込んできていた。
「動作チェック……問題なし。透過防壁……問題なし。武装は……こちらも、問題なし」
崩落から脱出したあと、崩壊を受けなかった租界外縁部へと退避した私は、機体の損傷具合を確認していた。
外縁部は全て崩壊したわけではなく、南方方向に集中した反乱軍が、トウキョウ租界に入るための穴を作るための破壊であったようで、無事な高台がまだ側面には残っていた。ただ、同じくブリタニア軍も、彼らと相対するように布陣していたため、その大部分が崩落に巻き込まれてしまった。
私はといえば、狙撃手という役柄とコーネリア総督直属の部下ではないという理由で、後方側面つまり戦場ギリギリの端っこに置かれていた。それゆえに、今、こうやって無事に、高台に避難してやり過ごすことができた。
機体の損傷等あるわけなかったのだが、崩落とその被害が私の想定をはるかに超えたものだからだろう、今最も信頼できるものの無事、つまりナイトメア『エレイン』の無事を確かめずにはいられなかった。幸いにして当然のことだが、何の問題もない。すぐにでも、敵を屠りに行けるコンディションだ。
この位置はいい。混乱した状況の中でも、全体の状況を見渡せる。
外縁部に布陣したブリタニア軍の大半は、崩落に巻き込まれて乱れている。再統率など不可能で、もはや政庁まで退くしかないだろう。または、それすらもできない状況かもしれない。実に危険な現状だ。
変わって反乱軍は、一糸乱れずに、崩れた壁から租界の中へ入り込もうとしていた。土砂崩れが逆流するかのように、這い上がっていた。黒の騎士団以外は、統率などまるで来ていない烏合の衆でしかないのだが、それがこのような状況下では、かえって功を奏したのかもしれない。熱情に犯されて、自らは何も考えずに周りと一緒に流されていく群衆の方が、軍隊よりも先んじて、行動することができていた。そして、その群衆たちを、黒の騎士団が先導していた。
敵の勢力は、大きく三つに分かれていた。
その内の一つは、メディア地区とエナジー保管庫があるナイトメア駐屯地を目指していた。敵の糧道と援軍との通信を断ちながら、それらを自軍のものとして使うためだろう。重要戦略目標でもあるためこちらには、大群が率いられている。
そして、その中の一部が、四散してしまったブリタニア軍を追撃していた。混乱から立ち直らせないために、こちらの戦力を分断させ続けていた。多分ここには、騎士団の手練が投入されていることだろう。今いるここから援護狙撃をしたいが、敵味方入り乱れすぎて思うように的が絞れない。また、なにより、もうひとつの奇妙な動きをしている一群を、引き止める必要があった。
三つ目の勢力。少数の群れだがそれは、簡素な学園地区を目指していた。人質を取るためだろうか。だとしても、少ない手持ちの駒をそこに割く価値は、あまりないように思える。無駄、とも言ってもいいだろう。実に奇妙な動きをしていた。
ブリタニア軍人の末席をけがす者として、本来、そのような非合理は、泳がせて消費させるに限るものだった。だが、そこに、赤と青のナイトメアがいるのなら、話は別だ。
あの、独特な流線型のボディーとカラーは、見間違いようがない。
やつだ。ナリタから今まで、3度も、私の狙撃から生き延びたナイトメアだ。そいつが今、私の視界の中にいる。
私の存在に気づいている様子は、ない。その機動力を持って、一直線に、学園地区へと目指していた。その影に、黒く塗りつぶされたグラスゴーの変種とサザーランドが、続いていった。その迷いのない行動と統率ぶりからも、黒の騎士団の一員なのだろう。なぜ彼らがそちらに向かっているかは、皆目見当もつかないが、奴らを仕留めるのには絶好の機会だ。
もう奴の顔は、見飽きた。今度こそは、撃ち漏らさない。既に、この『ヴァリアント』の死界に、あなたは入っているのだから。
「そうだ。これで、あなたともお別れだよ。―――紅月カレン」
静かに宣言すると、ロックオンした『赤角』のはるか上空、地平線の彼方にある山脈が見えてしまう程に誰もいないその場所へ、ヴァリアントの銃口を向け引き金を引いた。
無反動砲というのは、味気ない。どうにも、撃った気がしない。引き金を引いた腕全体が、一瞬その反動で、肩から外れてしまうような重みを感じられない。これでは、引き金を引くというよりは、スイッチを押すようなものだった。実に、不愉快な無感覚だ。
だが、そのおかげと言っていいのだが、続く第二射を、精密かつ即座に、撃ち出すことができる。先ほど捉えていた赤角へもう一度照準を合わせて、引き金を再度引くことができる。
そして、致命の引き金を引こうとするが、その一瞬、引き金にかけていた指に力を込めたその時、脳裏にあの男の顔が浮かんだ。
(もし私が、カレンを殺したらスザクは、悲しむのかな……)
「その時」の情景を思い浮かべようとしたが、うまく想像できない。他人との関わりを極力絶ってきたツケでもあるのだが、あいつがどう反応するかは、わからなかった。直情的とも言える単純な性格をしているのだが、そのシンプルさは、私にはないものだ。私は、たとえ数分前に言葉を交わした気が置けない相手だろうとも、必要や命令があれば即座に、その頭に銃弾をたたき込める。そして、その後には、相手の顔も思い出せなくなる。そのような無感動の鎧で私は、私を守ってきた。だがあいつは、そうではないだろう。
ただ、もし悲しむようなら、私はそれに、怒りを感じることだろう。その対象が、彼女の失われた命であれ私の選択であったとしても、その態度には腹が立つ。まるで、この場で起こったことの責任は自分が背負わなくてはならない、っていう傲慢とも言える態度。それには、ほとほとうんざりさせられてきた。それに甘えそうになる自分の弱さも相まって、決して、受け入れてはならないモノだ。
……引き金は引いたというのに、私はまだ、戯言をほざいている。こんな時ぐらい、集中してよ、私。
胸中は定まらぬというのに指先は、なすべき第二射を放った。あの赤角の脳天、その後ろに隠れているであろうコックピットブロックを貫くように、銃弾を放った。
タイミングはバッチリ、彼女は、上空から降り注いでくる特殊な銃弾に気を取られて、足を止める。そいつを防げるのは、彼女だけだからだ。後ろに続く部下たちを守るためにも、彼女が盾になる必要がある。だがそれこそ、こちらの狙いだ。止まった彼女、明後日方向を向いている彼女に、必殺の銃弾を叩き込むチャンスだ。
引き金は引かれ、狙いは過たずに、銃弾は飛び出した。
彼女の顔が視界に、鮮明に焼きついている。だがそれは、数秒後には、消えてしまうことだろう。
◆ ◆ ◆
失態だ。なんたる、失態だ! この私がついていながら、こんなことになろうとは……。
『ダールトン将軍。やはり、そのお体では……』
「かまわぬ! 早く、姫様の、姫さまの元に―――」
行かねばならない。なんとしてでも!
会場に待機してあった自分のグロースターに乗り込んで、コーネリア殿下がいるであろうトウキョウ租界まで行く。ただそれだけのことなのに、腹部に受けた負傷が、それを妨げようとする。
幸い弾は体から抜け出ていて、重要な臓器をさほど傷つけてはいないようだが、それでも、腹に穴があいているという状況は深刻だ。虐殺の混乱のさなかであったこともあるが、傷の手当等できなかった。傷口を抑えている手からは、今も、赤いものがじんわりと染み出して軍服を汚していた。
このような傷を刻まれると、否応なしに、自分がもう若くないことを悟らされる。将軍という立場上、部下たちに老いて衰えた姿を見せられないが、近頃は、引退という言葉が身近に迫ってきているのを感じていた。
だが、まだまだ心配の種は尽きない。幼き頃から教育を施してきた姫さまは、今では立派に、一軍の将として采配を振っていた。また、自分が目をかけて育ててきた義理の息子たちも、ブリタニアの騎士として、立派に成長していた。彼らは、必ずや、姫さまの良き手足となって働いてくれることだろう。しかしそれでも、この自分から見れば、それぞれに足りない部分があるように思われてならない。彼らは、まだ若すぎる。唯一、私が姫様に紹介した、今では盟友の一人であるギルフォードは、指揮官としても騎士としても、信頼に値する男ではある。だが、少々、姫様に甘いところがある。激することの多い姫様を戒めることができるのか、心配でならない。
自分が引退したあと、彼らはちゃんと、姫様を支えてくれるのだろうか……。それを思うと、まだまだ、若い者たちには任せてられない。姫さまが、ブリタニア皇帝の座に就くまでは、この私が、支えていかなくてはならないだろう。引退など、この私には、一生縁のないことだろう。
思えば、若い頃から今までずっと、戦場で暮らしてきた。この体には、硝煙と返り血、それに、倒した敵や救えなかった部下たちの怨嗟と慟哭で、満ちていた。今更、花を愛でたり歌を奏でたりなどは、できはしないだろう。それは至極、滑稽なものになるに違いない。だが、最近、それもいいのかもしれないと、思うようになった。とても無様ではあるが、誰も傷つけたり、まして、命のやり取りをするわけでもなかったからだ。
晩年の祖父の大らかさを、思い出していた。武人としての誉の中で死んでいった父とは違って、彼は、銃火の中ではなくやわからなベットの上で、静かに息を引き取った。愛すべき家族・友人たちに見守られながら、ひっそりと、この世を去った。
軍人としてまだ青二才だった頃、その死の直前に浮かべていた穏やかな表情の意味が、わからなかった。名誉ある死、というものに憧れていたその時には、老いて病に臥しながら、徐々にその体が蝕まれて死ぬことが、どうしても許せなかった。祖父の死に様は、父のそれに比べると、どうしても見劣りしてしまうものと言わざるを得なかった。だが、今この時は、ついには見ることの叶わなかった父の姿よりも、祖父のその死に顔の方を思い出していた。
もし、自分が死ぬ時が来たのならば、あのような表情を浮かべながら、死にたいものだ。老いて病で死ぬのも、悪くはないかもしれない。
ただ、それは、もう少し先のことになるだろう。もう少し、もう少しだけ―――……。
「姫、さま……」
意識が朦朧とするが、頭を振って正気を保つ。視界がかすむ。もう、指先が思うように動かない。自分がどこにいるのか、わからなくなってくる。
だが、まだまだ政庁は、先だ。ここで意識を失って倒れたら、そこへはたどり着けない。姫さま居る政庁へは、たどり着けない。
行かなければならない。私は、姫さまのもとに、行かなければならない。そして―――、そして――――――……。
―――ゴンッ……。
初めに気づいたのは、その音。次に、自分の手が、操縦桿からこぼれ落ちたのだと、気がついた。
そして、奇妙な無重力感に襲われた。自分の体から、体重が失われたような浮遊感だ。ああ、これで私も死んだのかなと、柄にもなく諦観して再度眠りにつこうかと思ったが、その怠惰から揺さぶり起こされた。
ガガガガガガガガギギギギギギギギィィィィィィ――――――……。
コックピットの中で、激しく撹拌された。上下左右がわからなくなるほど、腹部の痛みなど気にしてられないほどの激震に、襲われた。
そして―――。
ドシャーーンッ。
最後に激しく震えると、それは止まった。
「ぐ……がハァっ!」
あまりの激痛に喘いだ。体中のあちこちをぶつけ、傷口が再度開いた。だが、その激痛が、眠りにつこうとした意識を、この体にとどめた。
そして、視界も鮮明になってきた。
状況を確認してみる。
モニターには、ノイズと画像の乱れが多数映っていた。今、どこにいるのかは、わからない。だが、機体の状況を映し出しているモニターからは、赤くアラートが点滅していた。このグロースターは、重大な損害を被っているようだった。
失血でぼやけた頭も、しっかりし始めた。
どうやら私は、ナイトメア運送用の航空機から、墜落したらしい。こうやって今、生き残っているのが、不思議なぐらいだ。ナイトメアを設計した技師たちの人命尊重の精神には、毎度のことだが、頭が下がる思いだ。
「これ以上は……ダメ、か。動かせんな」
震える手で操縦桿を握りなおすが、グロースターは、この場から動こうとはしない。できなかった。
機体の損傷は、あまりにも酷い。コックピットカバーも、墜落の衝撃で歪み、うまく開かない。もはやこれは、単なる鋼鉄の柩だ。
唯一、通信機器だけは、損傷が軽微だ。友軍との連絡ができる。だが、先ほど見た租界外縁部の噴煙は、その友軍が危機に陥っているということでもあった。この場所まで助けには来れないだろう。
「早く、姫さまのもとに、行かねばならぬ、と、いうの、に……」
思うようにならない。ここから自分では、どうすることもできない。
だが、諦めかけたその時―――
ピピィーっ、ピピィーッ。
まだ生き残っていたセンサーが、周囲に機影を捉えた。アラート音を鳴らして、それを知らせてくれた。
敵か!?
初めに思い浮かんだのはそれ。だが、その機影の移動速度を見て、その考えを改めた。
通常の、今普及しているであろうナイトメアでは、ありえないような移動速度と能力。このような性能を持ち得るナイトメアは、ブリタニア軍でもわずかだ。そして、主戦場となっている場所から離れたこの場所にやってくるのは、たった一機しか考えられない。
ほかに手段はない。通信チャンネルをそのナイトメアに合わせて、パイロットに呼びかけた。
「く、枢木! こちらは、ダール、トン。……負傷し、た―――……」
それを言うだけで、視界が黒く染まった。意識も、遠のいていく。
なぜ、奴がこの戦場に来ているのか、わからない。イレブンでもある奴が、こちらを助けるなどありうるのだろうか、わからない。しかし、私は、姫さまのもとに行かねばならない。ここには、奴しかいない。
消えかける意識の片隅で、上空から、白い巨人が舞い降りてきたのを見た。それを確認すると、今度こそ、意識が途絶えた。
私は、私は姫様を―――……。
長々とご視聴、ありがとうございました。
(注意点)
本作に、「赤角」なる言葉がでてきましたが、それは紅蓮弐式のことです。黒の騎士団が、ランスロットのことを「白兜」というように、ブリタニア軍側も、紅蓮のことをそういった名前をつけて呼ぶのではないかと考え、作りました。赤いカラーで、頭にでかい突起がついているからです。
感想・批評・誤字脱字の指摘、お待ちしております。