不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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戦闘描写です。長いです。注意してください。


夜天 に 舞う

 流れ星を見たときにやることといったら、願い事を3度唱えることだ。

 

 もし、流れて見えなくなる前にそれを言い切れたら、願いが叶う。迷信であることはよく知っているが、というか心の奥底から信じてはいないのだが、そういうことをやってみたくなってしまう。信じていなくても、それができたのならば、この先何かいいことが起こりそうな気がするからだ。暗くなりがちな俺の人生にとって、そういう気分になることが、なにより大事だ。それが、俺にとっての流れ星だ。

 だからそれが、空から落ちてくるなんて、まして降り注いでくるなんていうのは、間違っても起こってはいけないことだ。

 もちろん俺は、流れ星にそんなことは願ってはいない。願ったこともない。ただ、世界中の誰かがそれを願ったかもしれないが、そういう場合は、そいつの下に落ちてくれればいい。流れ星らしく、落下すればいいじゃないか。間違っても、俺の下に落ちてくるいわれは、どこにもないだろう?

 

 だが、そいつは起こってしまった。というか、落っこちてきた。猛スピードで、雨あられのごとく降り注いできた。

 

 そいつを前にしたら、というか上にしたら、やることをはひとつだ。

 避ける。被害が及ばない場所まで、走って逃げる。間違っても、受け止めたりしちゃダメだ。それ専用のグローブは、持ち合わせてはいないし、多分どこにもおいていないだろうから。必死になって受け止めても、アウトするのは自分だ。

 

 俺は、そう決断した。そして、隣で馬鹿な試みをしようと上空を仰ぎ見ている紅蓮弐式にタックルしながら、安全地帯である瓦礫の傘まで退避した。後ろや周囲には、今まで共に戦ってきた仲間たちがいたが、彼らを省みることはできなかった。

 そしてそれは、もう二度と、できないことだろう。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

『なんで邪魔したッ! 防げたのに』

 

 カレンのその言葉が、脳みそにガツンとぶつかった。ナイトメア越しで、罵倒ぐらいしかできないのだが、叩かられるか殴られるかした方がマシだった。軽口を返せるほど、俺の肝っ玉は強くはなかった。

 

 

 

 彼女の目の前、そして俺の背中の後ろで起こっている仲間たちの惨状を見て、すぐさまそのような言葉が出てくる彼女が羨ましい。俺はといえば、ひとまず危険を脱したことで、乾いていたか麻痺していたわからないが、口の中にじんわりと染み出てきた唾液を飲み込んでいた。彼女とは違って俺は、自分が生き延びれたことを、何よりも、安堵していたからだ。

 

 ―――惨状。

 0番隊の仲間たちは皆、騎乗しているナイトメアに、大小様々な損傷を負わされてその場から動けなくなっていた。コックピットブロックを射出して無事脱出したものもいれば、駆動系に致命的な傷を負わされてバチバチと火花を吐き出している者もいる。中には、コックピットが撃ち抜かれているものもいた。すぐさま、彼らの無事を確認したかったが、こちらの位置をこれ以上悟られたくなかったので、控えていた。ただ、彼らの大部分は、まだ、生きていることは確かだ。あるいは、生かされているといってもいいかもしれない。

 ―――ケイオス爆雷。

 ナイトメアの手の平大になる小型クラスター爆弾で、投げ飛ばした目下に散弾を雨あられのごとく降り注ぐ兵器だ。効果は見てのとおり、10数体もいたゼロ番隊のナイトメアは、ほぼ全滅させられた。今回のこれは、通常のものよりも大きく弾の数も多かった強化版ではあるが、たった一発でこれほどの被害を出せる兵器だ。その効果のほどから黒の騎士団も、これを採用している。ただ、市街地戦となる今回の戦いでは、用いられてはいなかった。そのほとんどが、ナイトメアを動かすのも定かではない民兵でしかないため、その兵器が暴発する可能性と被害を鑑みると、おいそれと渡すわけにはいかなかった。そもそもここは、奪われた自分たちの土地である。あまり傷つけたくないというのが、皆の心情でもある。

 

『―――答えなさいよ、矢吹』

 

 自分の言葉を無視したと捉えてしまったのか、彼女の激昂が硬質な冷たさを帯びていた。今はまだ、地面に横たわったまま静寂を保っているはずの右腕に、力が込められているかのような錯覚を、幻視してしまうほどだ。こちらの受け答えが最悪だった場合、その右腕の爪が、俺を噛み砕くかもしれない。そこまでの殺気を、彼女は俺に、向けていた。

 普段の彼女を見ているものからすれば、それは、常軌を逸したことだと言うだろう。だが、生来のものが幾分か含まれているが、黒の騎士団の兵士として固く鋭く研がれていった今の彼女は、こんな惨状の中でも正気を保っていられる。また、ハーフである負い目やエースとしての責任ゆえか、最も危険な最前線に身をさらさずにはいられない。そうすることで、ゼロの命を果たす矛に、仲間の命を守る盾にならんとしているのだ。

 その信条に抵触する者は、誰であっても許さない。それが俺であるのなら、なおさらだ。そう、彼女の右腕は、言っていた。また、それは、俺と彼女のあいだにある暗黙の約束事で、分かつ大きな壁でもある。

 

 そんな彼女から視線をそらすなど以てのほかのことであるが、俺は背後に、彼女が先ほどいたであろう場所の後ろを見た。

 そこには、一体の黒塗りのナイトメアが、押収したブリタニア軍のサザーランドが、その胸に大きな焼けた穴を開けながら、力なく横たわっていた。

 

 

 

 ケイオス爆雷とは違う攻撃。それよりももっと破壊的な、一撃で相手の命を奪い去るものだった。

 

 

 

 俺が彼女に体当たりをかましながら爆雷の雨を避けた時、同時にそれが、俺の背後を通り過ぎていた。

 ほんのコンマ数秒。ぎりぎり意識できるかできないかの境目の刹那に、俺の視界は、夜叉の警戒範囲の遥か彼方にある高台で瞬いた微かな光を捉えていた。それがとてつもなく危険なものだという直感は、脳みそに伝わる前に俺の体を動かしていた。そうでなければ俺は、今ここで、息をしていなかったのかもしれない。その直感に従って俺は、敵の本当の狙いである彼女の命を助けるために、体当たりをかました。そして、なんとか二人無事に、この安全地帯に身を隠すことができた。

 

 だが、緊張とアドレナリンの大量分泌のおかげで、普段は錆び付いているであろう俺の脳みそが高速でフル回転していたためか、意識が現状に追いついた今、彼女もまた俺と同じように決断していたという確信が、脈絡もなく降ってきた。

 俺にできることは、彼女にもできる。だけど、俺が選ぶであろう選択肢を、彼女は選ばない。身を挺して守る部分は一緒だが、その対象が全く違っていた。彼女は、俺には名前と顔も一致しないようなゼロ番隊の仲間を、守るための盾になって果てるつもりだった。俺は、助けたつもりだったが、彼女の邪魔をしてしまったわけだ。彼女の冷たい怒りの原因は、そこにあったのかもしれない。

 

 だけど、もはやどうすることもできない。

 それは、起こってしまったのだ。いいわけにも聞こえるかもしれないが、俺はその時、この戦場を支配していたわけではなかった。残念ながら、直感と衝動に従っていただけの、駒でしかなかった。これ以外に俺は、どうすることもできなかった。そして、これ以外の結末では、俺は今の彼女のように、脳みそが沸騰してしまうほどの怒りを、あたりかまわずに吐き出さざるを得なかっただろう。

 だけど、彼女をそうさせてはいけない。今のこの状況では、それは、最も危険なことだ。

 ただ、その対象が俺に絞られている今は、まだ最悪の状況ではない。その一歩手前といっていい。この見えない敵が、膠着状態からしびれを切らして、動けない仲間たちを俺たちの目の前で、順々に撃ち殺していくという荒業を見せつけるということをしない限り、彼女の命は無事だ。だが、そうされるのは、時間の問題でしかなかった。それも、考えるゆとりなど与えてはくれないほど、コイツはそれをやるだろう。

 こんな、効果的だが下衆な考え方をできる奴には、敵に情けやためらいなどない。……もう、彼女と居られる時間は、これっきりかもしれないな。

 

 

 

「なぜかって? 俺がお前の、紅月カレンのことが、好きだからだ」

 

 

 

 あっさりと言えてしまった。言わずに胸の奥に閉まっておいた言葉が、拍子抜けしてしまうほど、あっさりこの口から出てしまった。いつもなら、軽薄だと自嘲することで押しとどめていたのだが、そんな防波堤が築かれる前に出てきてしまった。

 だが、だからかもしれないが、後悔はない。

 

『――――――え? 

 ……なッ、何を急にッ!』

 

 そして、逆に彼女は、モニター越しナイトメア越しでも分かるほど、動揺していた。先程まで漂わせていた殺気が、見事に霧散してしまっている。コックピットの中で、赤面しているか狼狽しているのかもしれない。その姿を見れないことは、実に残念なことだ。

 

 そんな彼女を尻目に、夜叉の操縦桿を握りなおす。手には、怯えが微塵も伝わっていない。かつてないほど、集中することができていた。

 

「カレン、俺が敵の注意をそらすから、お前は、生き残った仲間を連れて学園地区へ向かえ」

『……どうやって?』

 

 いつもどおりの、どこか不満そうな声音に安心した。だから俺も、ほんの少しだけ、余裕というものが出来た気がした。

 

 

 

「上から、攻める」

 

 彼女への返答と同時に、俺は、この夜叉に備えられている特殊な機能を開放した。

 

 

 

 人型の通常のナイトメアとは少し違う、肉食獣のような大きく湾曲した両脚部に備え付けられている輻射波動機構。紅蓮弐式の右腕に付けられているそれとは、違った用途で作られたそれを、今、発動させた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 ドォーンと、腹に響くような重低音があたり一面に鳴り響かせると、全身に強烈な重圧がかかって視界がふらついた。

 

 

 

 次の瞬間、俺は、地上から十数メートル上空に、漂っていた。コックピット内は一時的に無重力状態で、腹の中がでんぐり返って気持ち悪い。今日の昼ブリタニア軍から奪った移動要塞の中で食べた、大好物かつ勝利祈願を込めて食べたカツ丼が、喉元にまでせり上がってきた。……いくら好物でも、食べるのは一度でいい。

 

 ―――夜叉の輻射波動機構。

 攻防一体の紅蓮弐式のそれとは違って、移動機能に特化させた武装だ。破壊力よりも速射性を、ナイトメア全体を守れるほどの刺付きの大盾ではなくて、足の裏を覆えるほどの階段であればいい。必要なのは、総重量8tほどあるこの夜叉を、一時的に支えることができるか否か。推進・落下エネルギーをも含めた巨大な質量に拮抗するものを、何もない空中に、即座に作り出せるか否か。踏みしめて跳躍するための見えない足場を、瞬時に作り出せるかどうかだ。

 夜叉の特殊機能、それは、空中をその足で駆けることができる立体機動。何もない宙に、ナイトメアが踏みしめれるだけの足場を、瞬時に作り出すことができるものだ。ブリタニアが開発した「フロートシステム」が実用されるまで、この日本の空は、夜叉のみが闊歩できる場所だった。

 

 片足だけでは、自重を支えるだけの足場を作るのがやっとだが、両足を同時に起動させれば、通常のナイトメアの約3倍の跳躍を可能にする推進力を、生み出すことができる。ただその分、中のパイロットにかかる重圧は、たまったものではない。特に上空への急激な跳躍は、馬乗りの前傾姿勢になってしまう夜叉のコックピットと、非常に相性が悪いのだ。

 夜叉のデザインやカラーリング、なによりこの跳躍機能とでもいうこれが気に入って、夜叉を自分のナイトメアにしたのだが、これほどのGがかかってしまうとは事前にわからなかった。着座には、耐G処置が施されているはずだが、焼け石に水でしかない。そもそもそれは、この機能を持っていない紅蓮と同じものなのである。この機体は、俺が乗るべきものではなかったのだと、大事なものが割れてしまうほどの激痛とともに、実感することになった。

 だが今は、それに付き合っている場合ではない。半べそかいているが、周囲の状況を見極めなければならなかった。

 

 

 

「―――見えたぞ、クソ野郎がァッ!」

 

 

 

 惨状と激痛の元凶を視界に捉えた時、柄にもなく吠えていた。

 

 ナイトメアに備え付けられているファクトスフィアは、周囲百数十メートルのリアル地図を瞬時に作ることができる。それを二つ搭載されている夜叉や紅蓮二式は、それを立体にしたものを作ることができる。超人的な高機動・高速度で駆動する最新鋭のナイトメアをフル稼働させるには、パイロットの習熟度や運動神経ではまかないきれない。予測の範囲を広くする必要があった。リアル立体地図を作らなくては、交通事故のオンパレードだっただろう。中にいるパイロットも、動かすたびに、コブや青あざだらけになっていたことだろう。高機能なセンサーが必要不可欠だった。

 だが、ここ空中では、衝突して困るような壁や味方もいない。立体である必要は、必ずしもなかった。

 だから、平面でもいいので、立体化処置をなくして望遠機能を特化させた。そして、数キロ彼方まで見渡せる瞳が、どこかにいるであろう対象を見つけ出した。鷹の目のごとく、地上に隠れている獲物を、的確に捉えることができた。

 

 ―――敵のナイトメア。

 夜叉のモニターに捉えたその姿は、ブリタニア軍が通常運用しているサザーランドやグロースターとは違った面持ちを持っていた。特別機と思われるあの「白兜」同様に、最新鋭の機体としての精練された佇まいをしているが、外見の印象は全く違う。前者は、全身甲冑を帯びた男の騎士であるのだが、後者には、女性的なイメージが浮かんでくる。全体的に、角が少なく丸みを帯びているのだ。

 ナイトメアは、戦場における畏敬の象徴だ。かつてそこには、戦車というものが鎮座していたが、今はナイトメアがその座に就いている。敵にとっては恐怖の対象で、味方にとっては勝利を予感させてくれるものだ。広く出回った今であっても、その心理的効果は変わらない。昨今の戦場における最強が、ナイトメアなのである。それゆえに、ナイトメアを製造する技術者たちは、その効果を活かす外見に仕立て上げてきた。黒の騎士団であっても、それは変わらない。むしろ、テロリストたる自分たちの方が、巨大なブリタニア帝国に勝つためにも、その効果を十二分に引き出そうとしていた。その突端たる紅蓮と夜叉は、赤鬼・青鬼とでもいうような意匠になっている。

 だが、そのナイトメアは違う。あの白兜も、その効果を薄れさせてしまう「白い騎士」とでもいうような意匠になっているのだが、そのナイトメアは、それをさらに推し進めていた。

 

 ―――羽兜。

 白兜よりも軽装で、関節部付近の装甲が薄い。全身甲冑ではなくて、胸当てと左腕を肩から覆うような軽装な鎧がつけられているだけだった。ほかの部分は、標準的なブリタニアのナイトメアと比べても、ロボットらしい機体ではなく人間の肢体に近いなめらかさを持っていた。それ一つ一つが装甲であるのだろうが、貼り付けているようなパッチワーク感がない。骨格部分と密につながっているかのような、印象を受けてしまう。それが、艶めかしさとでもいうような感触を、見るものに与えてくる。側頭部に付けられている二つのセンサーも、羽飾りのようなデザインになっている。

 もし、その右腕に、ナイトメアの全長に達する程の長大な、危険極まりない銃が取り付けられていなかったのならば、そのナイトメアを誰が脅威の対象と見ることができるのか、わからない。そして、その銃を腰だめに構えて銃口をこちらに向けるまで、そのナイトメアが兵器だったのだと気づく者がいるのかは、甚だ不明だ。ただ、偽装効果としては、見事な意匠なのかもしれない。

 それと、クソ野郎ではなくクソ尼の方が、正しい言葉の使い方だったらしい。

 

 ブリタニア軍のナイトメアが装備しているようなルガーランス。それに似た巨大な銃の鋒が、こちらの心臓を捉える前に、次の跳躍を踏み込んだ。

 

 

 

 ドォーン、ドォーン、ドォーンと鈍い重低音が頭ではなく腹に響いていくる。大の大人がすっぽり収まってしまうような太鼓、それを打ち鳴らした時の音によく似ている。

 空中を闊歩できる夜叉だが、飛行しているわけではなく跳躍しているために、その軌道は直線的だ。数キロ先から対象を射抜く銃を前にして、その突撃は自殺行為だ。的を絞らせないためにも、できるだけジグザグに行動するしかない。片足づつの波動で一時的な足場を作って、獣のような夜叉の脚部に秘められている跳躍力のみで、宙を疾走していた。

 弾丸、とまでは言わないがそれに近い速度で、目標に接敵していた。あと、数秒も経たないうちに、夜叉の右腕に握られている武器の射程範囲に入ることだろう。

 

 ―――回転刃槍。

 夜叉の両手を広げた時の長さと同じ長さの武器で、短槍といってもいい。ブリタニアのルガーランスに似ているが、それよりももっと細い。刃の部分であっても、片手でぎりぎり握れるぐらいの太さしかない。近接戦闘用の武器で、名前の通り敵を刺し殺すための武器だ。

 刃は、限りなく研ぎ澄まされたものではなく、空気を焼き切るような回転エネルギーである。同じく、近接用の武器として黒の騎士団で装備されている回転刃刀がチェーンソーならば、この回転刃槍はドリルといってもいい。ただ、貫くことに特化した武器だが、横腹を当てても装甲を削ることができる凶悪な武器だ。加えて、その刃は、通常の状態からその3倍ほどの長さまで、瞬時に伸縮させることができる。短槍と見込んで、むやみに間合いに踏み込んでくる相手への偽装というよりも、上空から強襲して一撃で敵を倒すために、コンパクトに収納できる長モノの武器が必要だったからだ。

 夜叉の攻撃方法は、猛禽類の狩りに似ている。ただし、鋭い嘴か足の爪で獲物を捕獲することはなく、貫いたらその場に捨て置くだけだ。

 

 敵の銃口は、こちらが接敵してきてもまだ、火を噴くことはなかった。

 的を定めさせないように動いてはいるが、今いるここはまだ、相手の間合いだ。逃げ回りながら最善の道を探って、どうにかこちらの間合いまで詰めなければならない。追い詰められているのは、相手ではなくいまだ俺の方だ。ただ、相手にとって、この跳躍機能が予想外だったために、一手だけ詰めることができただけだろう。

 敵は待っているのだ。俺が、自分を攻撃するその瞬間を。その時だけは、俺の行動は限定される。位置も、自ずと決まってしまう。そこにたどり着くまで、ひたすら待っているのだ。無駄弾を使わず呼吸を整え肩の力を抜いて、その時に、必殺の一撃を俺に叩き込もうとしているのだ。

 

 俺は、そこに行くしかない。

 防ぐことも逃げることもできない。紅蓮のような防壁は、この夜叉にはない。ナイトメアのコックピットを縦に貫いてしまう銃弾を、防げるだけの装甲は持ち合わせてはいない。地上の瓦礫の中に隠れれば、その攻撃をやり過ごすことはできるだろう。だがその場合、今見動きの取れない仲間たちが撃ち殺される。それを防ぐためにカレンが盾になって、殺されることだろう。エースである彼女の死は、黒の騎士団にとって埋め合わせの効かない損失だ。なにより、俺にとってそれは、あってはならないことだ。この敵を俺が、倒す以外の選択はない。……悔しいが、相手の罠にハマるしかない。

 だが、希望はある。この右腕に握られた回転刃槍、その隠された刃。この敵にはわからない、ホンの少しの、俺だけがわかる間合い。それを使えば、こいつを倒すことができるかもしれない。

 

 今は、手のひらで踊ってやる。だが、その時が来たらすぐに、喉元を噛み切ってやる。必殺の意思を右腕に込めながら、俺は、やつの姿にその刃を、叩き込もうとしていた。

 

 

 

 だが、その直前、こちらが自分の間合いにまで詰め寄る前、直接視認できる距離で、相手の銃火が煌めいた。

 

 

 

 距離としては、悪くはないだろう。だが、必殺には到底及ばないタイミングだ。

 こちらはまだ、攻撃の体勢にすら入っていない。銃口を向けられたとしても、捉えられるその瞬間には、すぐさま横移動でそらすことができる。カスリ傷一つおわすことができない。現に今、その無駄弾を難なく躱してみせた。

 

 ―――早まった、のか?

 

 相手のミスを喜ぶと同時に、訝しんだ。

 今この段階で撃ち漏らせば、次はない。いくら速射性の高い銃であっても、次の弾を撃ち出す頃には、俺の槍の鋒がコックピットを穿っているだろう。夜叉と同じか、それ以上の性能のセンサーを持っているのならば、こちらが何を仕掛けてくるのかわからないはずがない。ここまで待つのならば、なぜ、もっと早くから攻撃してこなかったのか?

 緊張で誤射してしまったのだろうか。だとしたら、間抜けな結果だが、ないとも限らない。全長7m弱・総重量8tほどの鋼鉄の塊が、弾丸に似た速度で眼前に迫ってきているのだ。ビビらない方がおかしい。そういうチキンレースに耐えられる奴は、世界中でも数えられるほどしかいないだろう。たいていの人間は、まず逃げることを考える。

 だがコイツは、逃げなかった。腰が抜けたか判断を誤ったのかもしれなかったが、微動だにせずに、巨大な銃を腰だめに構え続けていた。メンタル面の弱さは、考えづらい。

 

 それならば、これは一体、何のだ……。

 

 必殺の瞬間を見逃した相手に同情することなく俺は、夜叉の槍は、「羽兜」のコックピットにその鋒を向けていた。

 

 

 

 だがそこで、全身が総毛立った。

 

 

 

 今この瞬間こそ、俺が居着いてしまう絶好のタイミングなのではないか。奴が狙うべき、俺の死を刻印する的ではないか。

 この瞬間を見逃した意味。俺はどうして、ここに居るのか。どうやって、ここに来たのか。なぜ、ここに来れたのか。どちらの意思が、優先されていたのか。

 

 俺は、ここに、誘導された。

 こちらにとって有利であって、あちらにとっては不利な銃撃。それでいて、深く考えさせるには、目の前のチャンスはあまりにも魅力的だ。逃れる理由もない。戦場の中で今まで肥え太らせてきた生存欲求が、俺をその場所に引きずっていく。それは、意識では避けられないような一瞬であって、なにより今まで、俺を生かし続けてきた戦場の直感だ。それに従って今、こちらの牙を相手の喉元につきさそうとしている。

 だが、この相手も、それを持っていたら。

 別に珍しいものじゃない。生得的なものではなく、純粋に後天的なものだ。銃弾飛び交う戦場を生活の一部にして生き残っていれば、自ずと身につけることができるスキルの一つだ。練度の違いや使い方もあるが、これそのものの効果は、頭よりも皮膚でわかるものだ。その時俺が何をするのか、これを持っている奴にはわかってしまうものだ。

 この相手は、ブリタニア軍人。間違いなくこれを持っている。加えて、それを扱うための、訓練と経験を積んでいる。

 

 奴は、わざと銃弾を外した。今こうやって、俺をここへ導くために、自分の命を囮にした。

 

 

 

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイッ―――……。

 

 

 

 頭の中で警報が、ガンガン鳴っている。全身から血の気が引いてくる。

 ここから、今やっていることから、一刻の猶予もなく離脱しなければならない。あと、寸刻もなく奴を穿つことができるはずだが、それは罠だった。論理的でも根拠もないが、直感が俺に告げていた。それは俺にとって、疑うべきものじゃない。俺をここまで、生かし続けてきたものだ。このような瞬間では、全幅の信頼を傾けるに足るものだ。

 だが体は、夜叉は、それを無視して罠に落ちようとしていた。此の場から強制的にも離脱させられる輻射波動も、攻撃の溜めのために使ってしまっていた。間に合わない。

 

 俺にできる残されたこと。この状況を打破する一手。わずかに読みが外れれば、敵前で無防備を晒すことになる。だが、もはやそれしか手がない。

 

 

 

 くるりと、敵に背を、自分が乗っているコックピットブロックを向けると、迫り来る真の脅威と対峙した。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 ―――殺った!

 

 そう確信させる一撃だった。

 

 

 

 狙いは過たず、敵の脇を抜けていった。ジグザグに空中を疾走して近づいてきた敵が、銃口を向けると、いきなり横移動を繰り出したために、その銃弾はよけられた。カスリ傷一つ負わせることができず、空を切って彼方に飛んでいった。

 それは、狙ってやったこと。私の想定内の出来事だった。

 

 避けれる銃弾を撃ったのだ。

 決死の覚悟で突貫してきているように見せかけて眼前の敵は、最大限の警戒を私の、ナイトメア『エレイン』のヴァリアントに向けていた。その銃口が自分に向くことを、そこから放たれる死の銃弾を、自分の身から逸らそうと必死になっていた。だからその敵は、この銃が、ただの重い鉄の棒切れの塊になるまで隙を見せることはない。もしくは、自分の必殺の間合いまで、固く守りに入ってしまうことだっただろう。そしてそれは、敵の思惑では、この場で行われるはずだった出来事だ。

 だから私は、あえて、この身を危険にさらした。わざと、こちらを守ることにもなる銃弾を、彼方へと放り投げた。

 敵は、その高性能な機動力を持って、こちらの攻撃を避けた。そして、安心して、その毒牙を私の目の前に晒した。それを私の体に食い込ませるために、頭上から覆いかぶさるようにして、その鋒を差し向けていた。正確には、そうするように誘導した。

 

 

 

 今いるそここそ、私が待ちに望んだ場所だ。このエレインのヴァリアントが持つ、特殊な弾丸を穿つための、最適な場所だった。

 

 

 

 ―――跳弾。

 兄弟機「ランスロット」が使っているヴァリス。その無反動砲に、ブレイズルミナスを取り付けたものがこのヴァリアントである。広域に展開して盾のように使ったり、鋭角に面と面とを重ね合わせることで刃として使うものではない。撃ち出す銃弾に、極小の力場を貼り付けるためのものだ。それを纏わせることで、銃弾の飛距離と貫通力をさらに増幅させることができる。強力な電磁シールドであろうとも、これを防ぎ切ることは困難だ。また、それを任意の場所で弾けさせることで、銃弾の軌道を強制的に曲げることができる。

 一度に曲げられる限界は、直角まで。だが、最大で6回は曲げられる。撃ちだした銃弾を銃口に戻すことも、理論的には可能だ。一度でも銃弾を曲げれば、その威力は激減する。一回の曲げで電磁シールドを貫通できなくなって、二回目では、ナイトメアの装甲を貫き通せない。そして、三回目以降では、ナイトメアを一撃で破壊するだけの力はなくなる。

 

 使い勝手が悪く、通常のナイトメアに備え付けられているセンサーでは、とても扱いこなせない。エレイン自身にも、それを十全に発揮するだけのセンサーと情報処理機能は、待ち合わせてはいない。もともとこの機能は、同じく兄弟機(であった)の大型ナイトメア『ガヴェイン』が装備している高性能演算処理機能、ドルイドシステムと併用することで、十二分に力を発揮することができるものだった。

 ランスロットが遊撃的に敵陣を混乱させて、ガヴェインが空中から戦場を分析し支配する。そしてこのエレインが、最も効果的な場所に、敵の司令官の頭に弾丸を叩き込む。それが、ブリタニア特別派遣嚮導技術部が開発した三体のナイトメアたちの、本来の姿だ。その一角は永遠に失われ、残っている一体もこの戦場にはいない。エレイン単機では、戦術レベルでしか戦況を変える力はない。そして、その機能も、デヴァイサーである私の技量と感性に依存してしまっている有様だ。

 だが、目の前の敵を倒すだけならば、それだけで十分だ。私には、反乱軍を叩きのめす意思はない。ゼロが乗っているであろうガヴェインを狙うつもりもない。やつの命を奪えるだけの確信がなければ、動機も存在しない。自分の命と忠義を尽くすだけの価値が、この戦いに、そしてコーネリア総督率いるブリタニア軍に、見出すことができなかった。例え、報償と地位が約束されているとしても、喉から手が出るほどには、引き金は軽くならない。

 

 私が求める戦場。そこでしか私は、死ぬことができないだろう。そこ以外の場所で、この命を終わらせたくない。軍人にとって終は、常に考えて覚悟していなければならないものだが、今この戦場では死にたくない。―――……ここには、あいつがいない。

 

 

 

 視界の先、遠く飛び去ったそれが、パチパチとマズルフラッシュに似た閃光を放った。

 そして、狙いは過たず軌道修正をしたそれは、眼前の敵の背後に、曝け出された最も装甲の弱いコックピット背部に向かっていく……はずだった。

 

「なッ!」

 

 想定外の行動に、思わず驚きが零れた。

 

 

 

 あと少しで私を刺し殺せるというのにいきなり、その獲物を前にして、背を向けたのだ。赤熱した空の一点をその足で踏みしめながら、そこを軸にして、背後を向いた。

 

 

 

 目の前の敵に、黒の騎士団たちにこのヴァリアントの特殊機能を、教えてやったことはない。

 戦場であった時度々この機能を使ってはいるが、複数の狙撃手がいるかのように偽装してきた。所属している特派は、厳密にはエリア11の、コーネリア総督の兵ではないため、スパイがいればこちらも気づく。また、腫れ物のような扱いをされているために、ナイトメアを整備するための格納庫も転々と変えられてきた。シュナイゼル宰相が直々に、空中戦艦『アヴァロン』ごとエリア11に来てくれたあとは、そこへ定住することになった。黒の騎士団のテロ行為を、幾度もその眼前で防いできたランスロットはともかく、離れた場所から援護に徹していた私のエレインは、敵にとっても未知数のナイトメアであるはずだった。

 だが、目の前の『青角』は、まるでこちらの攻撃を予知したかのように、私の目の前で背後を振り向いてみせた。

 それは、絶好のチャンスでもあるハズだった。わざわざ、こちらに撃って下さいと言っているようなものだった。だけど、あまりにも短い瞬間のこと。半場、予想が外れて敵に殺されることを覚悟しつつ、つい先程、そうならなかったことを安堵し勝利を確信していたところだった。私の右腕は、奴にその銃口を向けるという反射に、従ってはくれなかった。

 

 跳弾の回数も、仇になってしまった。

 最大で直角にまで曲げられるといっても、反転させて敵に当てる時には、最低でも三回の曲げは必要だった。そうしなければ、眼前まで迫り来て勝利を確信している敵に、一泡吹かせることはできない。しかし、その場合、確実にウィークスポットに当てなければ、倒しきることはできない。最も装甲が硬い胸部や腹部を、貫くことなどできない。

 正面から跳弾を受け止めた場合、その硬い装甲に、はじかれてしまうのだ。

 

 想定されていた勝利は、その予想外の行動一つで、無為に帰した。

 

 

 

 振り返った青角、その右の肩部を跳弾が穿た。貫き通せず内部構造にダメージも与えられず、厚い装甲の中に埋もれてしまった。

 そして、その銃弾の衝撃を殺さぬまま、すぐさま先ほどと同じように、私と相対していた。

 

 気づけば、戦いの形勢は、一気に逆転されていた。

 

 

 

 毒づく暇もなく、敵の槍先がこちらに向かっていた。

 私のメンタルは破綻寸前まで混乱していたが、繰り返したシュミレーションの数々と生存欲求が、一旦距離を取れと私を動かした。それが、図らずも幸を成した。

 

 振り返ってみれば、その槍の穂先が自分がいるコックピットを貫くには、難しい位置だった。できなくはないが、私が躱す可能性の方が大きい。そのあと、体勢が崩れた姿は、まさしく格好の餌食だ。ほぼゼロ距離で奴は、先に躱したはずの銃弾を、今一度叩き込まれただろう。

 だが、奴はそれをやった。

 みくびってもらうのは、大いにありがたい。私は、強者との対戦に生きがいを感じる厳ついマッチョではない。私の魅力に魅了された獲物からは、尻の毛までむしり取るか弱い乙女だ。仕事は、できるだけ楽に越したことはないと、常々思っている。もし、みくびってくれたのならば、話や奴の命は簡単だった。

 槍の穂先が伸びるなど、そんなギミックの存在を、私は知らなかった。

 

 奴が頭上を取っていることも、幸運の一つだ。ナイトメアをバックさせながら、勢いを殺せず突き出された奴のどたまに銃口を構えるという選択は、はじめから省かれていた。それは、この時だけは幸いだった。

 横にスライドしながら槍をよけた私は、先程までいた場所に、赤熱するほどまでの高熱を帯びた刃が穿たれているのを見た。冷や汗が、どっと滲み出くる。

 だがそれは、私が支配していた戦場に、その時初めて、奴が唾をかけてきたことを意味していた。

 

「―――ふざけやがって!」

 

 その暴虐は、私にとって許しがたいことだ。だから、恐怖よりも怒りが、一気に沸騰した。

 そして、それが、戦意を殺意へと昇華させていく。

 

 

 

 だから私は、奴に、突き立てられた槍にヴァリアントの銃口を、向けた。

 

 そして、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 ―――殺りそこねたかッ!

 

 手に入れたわずかな勝機を逃して、歯噛みする。

 

 

 

 俺は、賭けに勝った。自らの直感を信じて、不利な形勢から逆転のポジションを手に入れてみせた。

 

 振り向いたその先にあったのは、予感した通りの殺意の塊。跳弾。

 見渡せる限りの視界には、障害物は映っていない。当然だ。そこは、地上数十メートルの上空なのだ。銃弾を弾き返せる硬い物体など、どこにもない。そもそも、ナイトメア用の特大の弾丸を弾き返せる物体は、ナイトメアの装甲ですら難しい。そこに放り出された銃弾は、己の中にあった炸薬が生み出した推進力が消えるまで、この夜空をひとり寂しく駆け抜けるだけなはず、だった。

 だが、それは帰ってきた。一度別れを告げたはずの俺の前に、突然、舞い戻ってきていたのだ。

 全身を貫くようなこの予感がなかったのならば、それは、サプライズとばかりに俺の背中に抱きついていたことだろう。もやしな俺はそれを受け止めきれず、倒れる。だが、地面に叩き潰される前に、ドッキリの立札を眼前に掲げられる前に、俺の視界はブラックアウト。とても不幸な再会に、なってしまったことだろう。そうならなくて、心の底からホッとしている。

 

 直感なんてアバウトな未来予測を、信じなくてはならない悲惨な状況。だが何かを、自分が持ち得る何かを捨てなければ、敵の手のひらの上だ。そこは、焼けたフライパンの上よりも、危険な場所だ。一刻も早く、抜け出さなくてはならない場所だ。

 だからこそ振り向き、敵に背を向けた。そして、この身に、来るはずのない銃弾を受けた。

 不思議と、それに驚きはない。あとに来た、脳を揺らすような不快な衝撃ですら、俺の意識を乱さなかった。当然の如く、そんなものが来るなどわかっているわけではなかった。だが代わりに、覚悟が出来ていた。自分の直感を信じると、決めた。だから何が来ようとも、俺を揺さぶることはできなかった。

 

 振り向き、そして、捻られた。独楽のように、その場で回転した。

 瞬間の出来事であったために、外からは、一連の動作にしか見えなかったかもしれない。だが、内部の軸になっている俺は、それがツギハギであることを体験していた。視界を自分以外の何者かに無理矢理動かされるのは、あまり気分のいいものじゃない。

 だが代わりに、今一度、今度は何の邪魔も入ることなくこの槍で、やつを刺し殺せる位置に着いていた。

 

「もらったァッ!!」

 

 吠えるとともに、回転刃槍の穂先を丸見えになっている羽兜のコックピットに、突きこんだ。

 その強烈な回転は、穂先に至っては、赤熱を超えて白熱まで高まっていた。そして、過密に押し込められていた刃の胴体を解き放ち、最新鋭のナイトメア夜叉の持ち得る限りの腕力を持ってひねり出した突き、それを超える速度で、全容を展開させた。回転刃槍が持ち得る最大の攻撃力を持って、転がり込んできた幸運を掴んだ。

 

 だが、どうやらそれは、王手とするにはいささかばかり、敵に逃げ場がありすぎるものだったらしい。

 

 

 

 突き出された槍は、敵に躱された。ゆったりと、それでいて跳ねるように瞬時に、俺の左横へ、空手の無防備を晒している脇へとスライドしていった。

 そして、敵を貫くはずだった槍は、虚しく地面に突き刺さった。

 

 

 

 右腕に抱えられていた巨大な銃の鋒が、持ち上がっていくのを、この目に捉えた。

 

 そいつは、俺の命を、過たず奪い去る代物だ。ナイトメアにとっての近接格闘の間合い、攻撃が外れて前かがみに落下しようとする体勢は、絶好の的だろう。だが、この夜叉にとっては、的外れといってもいい狙いだ。

 この両脚部が引きちぎれない限り、内蔵されている輻射波動機構がオーバーヒートを起こさない限り夜叉は、地に足を付けることはない。空中ならばどこであっても、踏みしめる足場を作り出すことができる。必ずしも、重力に従わされることは、ないのだ。加えてこの距離ならば、放たれた銃弾を波動を込めた蹴りで、防御することができる。

 退避と防御。どちらの選択であっても、奴は俺の命を奪うことはできない。そして、にらみ合いの拮抗状態におちいることだろう。この戦いはすでに、どちらの想定をも超えたところで進んでいた。

 

「どりゃぁぁーーっ!!」

 

 

 

 だから俺は、槍を上段へと振り上げることにした。最大限まで刃を伸ばし地面に突き出したその状態で、敵ナイトメアを切り裂かんとした。

 

 

 

 回転刃槍にとって地面とは、あってなきような豆腐のようなものだ。突き刺したからといって、抜けなくなることなどない。ホンの少し力をこめれば、突き出した地中を横方向にも移動させることができる。強靭な刃と回転が織り成す破砕エネルギーは、土やコンクリートごときでは、邪魔にもならない。夜叉の腕力を持てすれば、埋もれた刃をすぐさま、地中から掘り上げることができる。

 

 狙い通り槍は、ほとんど振り回す腕に負荷を与えることなく、地中の中で弧を描きながら地上に、その赤熱した爪を顕にした。

 そして、羽兜の右脇腹、俺に向けている銃の横っ面に、叩き込もうとしていた。

 

 

 

 発射された銃弾が刃の横腹を叩かなければ、それは、俺の勝利への多大な貢献と、奴を死へと引きずり込む一手となるはずだった。

 

 

 

 飛び散る回転刃槍の破片。それは、火山が噴火して飛び出たマグマ、その小さな塊だ。どこに落ちてくるのか分からず、触れることもできない。

 

 奴が俺の槍に放った銃弾は、強力なエネルギーに包まれているそこに食い込み、その芯棒と細かい刃のチェーンのつなぎ目を砕いた。その一撃によって秩序だった回転は、自らを蝕み始めた。

 解き放たれた刃は、次々と拘束しているつなぎ目を引きちぎり飛び散る。芯棒は折れ砕けて、その刃たちに削り落とされた。

 しかし、振り上げられた慣性は、失われていない。銃弾によって相殺しきれなかったそれは、目的の場所に、その割れた爪を滑らせていった。

 俺の槍が破壊されたと同時に、奴の巨大な銃もまた、多大な爪痕を刻まれることになった。

 

 互の必殺の武器が、これで、使い物にならなくなった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 爆裂音。瞳に焼き付き耳に残る不愉快なそれが、眼前で爆ぜた。

 体中へと舞い込んでくる鋼の飛沫。その鋭さに怯え、思わず、盾を構えた。右腕に抱えていたヴァリアントで、身を守った。

 切り刻まれる私の牙。横腹に受けた鋼の破片たちは、銃身部に多大な傷をつけたのか、モニターにいくつものアラートが鳴り響いた。これでもう、長距離狙撃は撃てない。

 

 災難続きで舌打ちしたくなるが、その余裕すらない。眼前に捉えていた敵が、防御した一瞬の隙をついて、上空へと退避した。

 

 

 

 見上げるとそこには、一対の光が私を見下ろしていた。私のちょうど真上に、敵の姿があった。

 

 

 

 私のエレインと違って敵ナイトメアは、先ほどの爆発にほとんど傷ひとつ負っていない。ただ、その手には、先程まで握られていたあの凶悪な武器は、ない。しかし、現在普及されているナイトメアには必ずと言っていいほど取り付けられている武装、スラッシュハーケンが2本が、胸部に内蔵されている。そして今、それはすでに、繰り出されていた。

 私の注意が爆発から上空の敵へと移っていった間、敵は、上空へと飛び上がながらハーケンを放った。

 

 一本は、左脚部外側をかすり地面に食い込む。そして、もうひとつは、今一度奴のどたまに銃弾をめり込ませてやろうと振り上げようとした右肩部を、深くえぐった。

 ダメージの大半は、纏っている装甲が吸収してくれたが、ハーケンの太い爪が右腕の駆動系まで抉りこんだのだろうか、まるで五十肩になったかのように腕が上がらない。加えてその衝撃で、右半身が後ろにねじ込まれていった。しかし、指先だけは私の命令を聞き届けて、引き金を引いてしまった。

 標準を定めることもできず銃弾は、見当違いの方向に、この高台の上を並行するかのように放たれてしまった。

 

 

 

 その時不思議と、敵の笑い顔が見えた気がした。

 

 

 

 勝利の確信に安堵し、また高揚している。

 先ほどもらった鋼の破片とハーケンによる損傷は、エレインをこの場に、縫い止めてしまった。脱出も防御も、ままならない。攻撃の手段は、先ほど封じられてしまった。返って相手は、ただそのまま、落下すればいいのだ。必殺の武器など必要ない。ナイトメア数tの自重と上空十数メートルの位置エネルギーが、武器になる。その落下によって私は、踏み潰されることだろう。

 

 この状況は既に、緊急脱出装置を起動させなければならない場面である。通常のナイトメアとパイロットならば、そうしたことだろう。だが、この第7世代ナイトメアフレームエレインとデヴァイサーの関係は、そんな生易しいものではない。

 くっついたり離れたりの安っぽい恋愛みたいな関係ではない、ということではない。設計者の意図、搭乗者とナイトメアが一体化して動かす特殊な操縦法のために、デヴァイサーが独自の判断で脱出装置を起動させることができないのだ。それを起動させることができるのは、本来なら、この機体の動きを逐一モニターしていたであろう特派の研究員だけだ。人命尊重主義者から、構造上の欠陥と揶揄されても仕方のない融通性のなさだ。ただ、その分、超人的な行動を可能にしている。それに何度も助けられたこの身とあっては、文句の言いようはない。

 このような、身動き取れずあとは潰れるのを待つだけという状況の方が、ナンセンスなのだ。第七世代が、このような状況になることのほうが、ありえないのだ。しかしここは、研究室ではなく戦場だ。それは生き物で、次に何が起こるか見当もつかない。理不尽なことは、頻繁に起こってしまう。こんな状況はざらに起こることとして、どこかにいますであろう戦の神は、定めているのだろう。

 

 だからこれは、戦場の一風景でしかない。

 

 

 

「―――でも、そんなこと、ありえないでしょ」

 

 だから私は、そん戦場を笑ってやるんだ。

 

 

 

 静かに、頭上の敵を見上げている。だけどそれは、決して、自分の命を諦めた穏やかさからじゃない。

 今度こそ、この想定外だらけの戦いを、私の手で終わらせられる。その予感が、私の中に満たされていたからだ。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 ―――今度こそ、終わりだ。

 

 悲壮な決意からよりも極度の集中による摩耗から、俺は、この戦いに終止符を打てることに喜んでいた。

 

 

 

 先程から、息つく暇もない動きの連続だ。仲間を人質に取られたり、年下の赤猪女に告白しちゃったり、姿を隠しながらこんなことをしているこのゲス野郎を追い詰めるのは、穏やかさを旨とする俺の精神には、到底受け入れがたいトラウマだ。戦いが嫌いなわけではないが、この瞬間に詰め込みすぎた感が否めない。誰かに先導されるのは楽であるが、こういったことは、できることなら主体的に楽しみたい。そうでなければ、愉しめない。人生は、最後の瞬間まで愉しみたい。

 そうであってこその、たったひとつの命だ。誰かに勝手に始められたのだから、終だけは、自分で決めたい。それは俺のもんなのだと、そいつをくれたことは一応感謝していると、その時初めて思える。

 

 放ったハーケンのワイヤーを引き寄せる。敵の動きを封じながら地面に食い込ませた鋼鉄の爪に向かって、落下する。その意思が俺にある分それは、激突させるといってもいいだろう。俺の夜叉と地面とで、敵の羽兜をサンドイッチだ。

 ついでに、両脚部の輻射波動機構もセットしておく。激突して押しつぶすその瞬間に、波動を染み込ませて柔らかくする。足場を形成するために一点に圧縮させるのではなくて、その名のとおり外に解き放つのだ。それは、硬い装甲を素通りして、内部の駆動系とエンジンをレンジでチンしてオーバーヒートさせてボンッ、させる。そして、押しつぶすと同時に、ミンチにしてしまう。……多分、中のパイロットは、助からないだろう。死体の確認は、難しそうだ。

 

 

 

 この一手で終わる。そう思えるのに、確信が湧いてこない。

 

 

 

 奇妙な交感状態。不思議と俺は、互いにナイトメア越しであるというのに、敵の思惑を見えないはずのその表情から感じ取れていた。その悪意を秘めた微笑が、まだ終わりじゃないと告げていた。それが、宙に舞っている浮遊感と相まって、俺を不安定にさせる。

 何か、具体的に示すことができない「何か」が、すでに、行われていた。

 だが、そんなことはありえない。やつの思惑は、俺がこうしている以上、あの銃弾と同じくどこか彼方に吹っ飛んでいたはずだ。もう、次弾を発射するだけの暇は、ない。それは、単なる気の迷いだ。

 不安を振り切るように、伸びたワイヤーを回収するスイッチを、押した。

 

 ピンッと張ったワイヤーは、すぐさま夜叉を牽引して、その中空に固定した。

 

 

 

 ―――この状況。どこかで見覚えがないか……。

 

 靄のように胸の中で立ち込めているだけだった不安が、その瞬間、頭の中でがなり立てる警告へと変わった。

 

 

 

 先程は知らなかったが、早すぎる発射で気がつくことができた。今度は、そんな罠はない。それができるほど奴に、余裕があったとは思えない。

 だが、俺は既に、それを知っている。この目と体で、それを実感したばかりだ。

 必殺の槍を失った俺が、奴からアドバンテージを取るためには、奴にはない輻射波動機構を使うのは必然。つまり俺は、あの至近の爆発を上空に退避してやり過ごそうとする。それと同時に、逃げ場がなく防御するしかない奴に、上からでは居ついて隙だらけになっている奴に、何らかの攻撃を仕掛ける。立体・高速移動ができてしまうために、この夜叉には、マシンガンやハンドガンは実装されていない。装備しているは、動きの補助にもなるスラッシュハーケンと、回転刃刀をコンパクトにして片手で扱える『回転刃短刀』だけだ。距離を置いても攻撃可能なハーケンを発射することも、必然。その二つの必然が、俺をここに引き寄せた。

 そしてそれらは、予測可能な事象でもあった。

 

 先程から、どれだけの時間が流れてしまったのだろうか。もう、振り向いて確認する暇もない。この予感を、信じるしかない。

 

 

 

「ちくしょォォーーっ!!」

 

 奴をミンチにするための輻射波動を、今この場で、発動させた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 血みどろの復讐から始まった戦いの中で、唯一といっていいほどの美点は、この夜空だ。夜であっても煌々と光り輝く租界の中では、こんな満天の星空を見ることができない。

 

 満天の星空。

 最後に見たのは、いったいいくつの時だったのだろうか。たしか、10年前だったのかもしれない。祖父が所属していた、ブリタニアの貴族しか入れない狩猟同好会に同伴させてもらった時、車の音も聞こえない森の奥深くで一夜を過ごした時以来だ。

 老いていながらもそれに伴う力の喪失は全く見当たらない、むしろ、その美点である自然と調和した賢者然とした佇まいで、燃え立つ薪を皆で囲っていた。その肩に、もはや使われなくて久しくなったマスケット銃をもたれかけさせて、至極ゆったりと、今この時この瞬間を見つめていた。私もまた、先人たちに習ってそうした。そうできることが、なにより喜ばしかった。

 そこで老人たちは、いろんな話を私に聞かせてくれた。狩りと獲物の話、生命と世界の話、貴族とは一体なんなのか。彼らはそれを、私に託してくれた。

 不思議と、己の過去にまつわる話はしなかった。普段は、それを誇りに思って話してくれる祖父でも、それをしなかった。それは、その場では全くふさわしくないものだったからだ。それを、言われず聞くこともせずにわかったことは、私を誇らしくさせてくれた。私は、この人たちの同志だという安心感を、もたらしてくれた。その誇りが今も、私の胸の内に残っている。

 燃え立つ薪煌く火の粉、その頭上に、瞬く満天の夜空。それが私の、原風景。今この場にいる理であって、これから先を示してくれる灯火だ。

 

 その吸い込まれるような黒が、今、真っ赤に赤熱していた。

 

 

 

 敵ナイトメアが、私の頭上で静止している。

 

 

 

 どうやら敵も、ブリタニアが開発した『フロートシステム』同様に、空中戦を行えるナイトメアの開発に成功したようだ。ただし、ブリタニアのそれが、空を飛ぶという動作に近いものならば、こちらは、宙を駆けるという動きになっているようだ。中空にできた赤熱している力場を足がかりにして、跳躍する。長距離飛行ならばフロートシステムの方が上だが、鋭角で機敏な近接動作では、こちらの方が上だろう。そうでなければ、至近距離まで迫っている弾丸を、紙一重でよけたりはできない。

 先ほど撃ちだした弾丸が跳弾となって帰ってくるのを、避けることなど、できはしない。

 

 コックピットを貫くはずだった弾丸は、敵の急な静止によって、その左足を撃ち抜くに終わった。

 

 

 

 浅くはない、だが、致命傷には至っていない。

 

 

 

 弾丸は左脚、人間で言うところの太もものあたりを穿った。だが、完全に機能を停止させるにはいたらない。ただしもはや、空中に足場を形成することはできないだろう。

 ナイトメアを何もない中空で支えるほどの足場を、一瞬で形成させられるエネルギー。その強大なエネルギーをコントロールするためには、頑丈かつ精密で微細な機器を必要とする。私が今持っているこのヴァリアント同様に、貼り付けた装甲を貫いて少しでも操作系統に損傷を与えれば、十全には、その機能を発揮させることはできない。

 これで敵は、此の場から逃げることはできない。

 

 足払いをかけられたように、敵は、直立していた体勢を崩し始めた。倒れながら半回転しても、私に、無防備な背中を見せようとはしない。

 形成した足場は消えかかり、墜落を始めた。

 その右手に、赤熱を超えて白熱までしている短刀が握られて、突き出されていた。どうやら、その自重を持って私に、止めを刺そうとするらしい。

 

 

 

「―――仕留められなかったのは残念。だけどこれで、仕事は終わり」

 

 淡々と言いながら右腕を、抱えているヴァリアントの銃口を地面に、先ほど敵の槍が穿ったその大穴にむけて、引き金を引いた。

 

 

 

 耐震構造を持った租界外縁部は、フロアパーツを一斉にパージすると、脆く崩れ落ちてしまう。それは、つい先程、黒の騎士団が実践してくれたことだ。そびえ立つ巨大な城壁は、一瞬のうちに、崩れ落ちてしまった。今、その守りが無に帰して、黒の騎士団たちが入り込む巨大な門へと変わってしまった。

 だが、全ての外縁部が、崩壊したわけではない。外縁のその端、もはや先には人気のない海と山しかないそこは、崩れることなく残っていた。戦略的な重要度など、まるでない僻地だ。そこに今、私とこの敵はいる。

 

 先程敵が穿った大穴。あれには二重の意味で驚かされた。反撃することができたという驚きと、この場所を攻撃したという驚きだ。私がそこに陣取ったのは、最悪を想定しての、逃走ルートを作るためだったからだ。

 その場所。ファクトスフィアで読み取ったその地面の下には、足場となっているこのフロア一帯を支える重要な柱がある。そこを破壊されるとここは、他の場所同様に、本物の地面へと崩落してしまう。その時生じる、瓦礫の影と砂煙に隠れて、敵の視界から私の姿を眩ますつもりだった。

 もし敵の攻撃が、さき以上に深くこの地面を穿っていたとしたら、ただでさえ不安定になっているこの場所が、その衝撃に耐えられなかったとしたら、虚をつかれた私は、崩落に巻き込まれて潰されていたかもしれなかった。本当に、そうならななくて良かったと思っている。

 

 そして、今この時に、それを実行できたことを、感謝したい。

 

 

 

 巨人の足音、そう表現するのがふさわしい断末魔を上げながら地面が、崩落を始めた。

 

 そして、迫り落ちてくる敵とともに私も、落ちていった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした視界に、光が差し込んできた。そして、痛みが、体中から上がってくる。

 

「―――痛たたァ。……少し、危なかったかな」

 

 頭が割れそうな激痛だが、それでもまだ、生きていたことに驚いていた。

 

 

 

「本当に、やばかったよ。さっきのはね」

 

 

 

 となりで別人の、男の声が聞こえてこなければ、生きているのか死んでいるのか迷ってほうけているところだっただろう。

 

 その相手を睨みつけようとするが、途端に、腹に強烈な、焼けるような痛みが燃え上がってくる。悲鳴をあげようと口を開くが、声すら出ない。

 

「無理するな、腹にでっかい穴があいてるんだ。見たとこ、内蔵にも傷が付いてる。無理して動けば、出血多量の前にショック死だ」

「なぜ私を、生かして、ゴホッゴホッ! ……るんだ」

 

 痛みで思考が麻痺しかかっているが、それでも、現状を認識しようと頭を回していた。

 

 痛みの元凶に手を当ててみると、そこには、腹から背中にかけて、指が二つほど入ってしまうほどのトンネルがあいていた。触れた手に平には、布が当てられて出血を抑えているが、じっとりと濡れていて赤いもの染み出していた。その傷以外には、たいしたものはない。ちょっとしたすり傷や打撲といった程度の軽傷だった。今まで気絶していた私ができるわけないので、隣の男が、治療してくれたのだろう。

 それについて、感謝すべきなのか怒り心頭になるかは、判断に困った。治療するにあたって今着ている、上下一体型のスーツの上半身が綺麗に切り取られてしまったのは、仕方のないこととは言え、褒めるのも何かおかしい。そしてなにより、なぜ治療したのか、その意図がわからず無言で見つめるしかなかった。

 

「……時間がなさそうだから、単刀直入に言うぞ―――」

 

 そう言いながら男は、言い淀むように言葉をとぎると、ひと呼吸した。

 そして―――

 

 

 

「あんたと、セックスさせてくれ」

 

 

 

 そんな返答が、帰ってきてしまった。

 

「あんな戦いを仕掛けられる野郎の顔を見てやろうと、コックピットから引きずし出したが、出てきたのはハーフのべっぴんさんときた。だからあんたに、興味を持った。―――もっと知りたいと、思ってる」

「…………ブリタニアのある骨相学者が、ブリタニア人よりも日本人の頭蓋骨の方が、チンパンジーとの類似性が高いために劣った人種だと言ったけど、どうやらあれは、本当のことだったようね」

「そいつはつまり、オーケーってことかい?」

 

 なんでそうなるの。

 ツッコミを入れたくなるが、代わりに咳ができた。ところどころ、赤いものが混じってる。

 

「おいおい、汚ねぇな! 大事な一張羅なんだ、汚してくれんなよ」

 

 私の吐き出した咳が奴の足の部分に付着すると、それをさも汚いものだと言わんばかりに手で払っていた。その手には、べっとりと赤いものがシミになっていたが、それについては何も言及しない。

 

 バレバレの嘘をつく理由はなんのか。突拍子もなさすぎる嘘は、多分に真実を含んでいる場合か、はたまたそいつの精神が異常をきたしてしまったのかの、どちらかと言われている。

 正気の方は、多分に保っていることだろう。この男の服装、ナイトメアのパイロットスーツらしきモノを身にまとっているコイツは、先程まで激闘を繰り広げた異端のナイトメア乗りだ。狂っているようなら私が負けるはずないし、こんな目にもなってはいなかった。真実の方はといば、否定し切るのはプライドが許せないし、なにより兵隊である以上、そう言うのに飢えていることは、ままあることだ。ブリタニア軍人でもそうなるのだから、日本人がそうならないことはありえないだろう。

 でも、私は今にも死にそうだ。……それとも、そういうのが好みなんだろうか、この山猿は。

 

「……悪いけど、あなた、好みじゃない」

「好きな男でもいるのか?」

「いる」

 

 こういうことは、簡潔に言ったほうがいいだろう。本当にいるのかはべつにして。

 男は、そんな私をニヤニヤと笑うだけだ。

 

「……でも、勝ったのはあなたの方。だから、好きにすればいい」

「白黒はっきりさせない、奥ゆかしい返事だ」

「ただし―――」

 

 続けようとしたら、また咳が出てきた。それが、微妙に腹の筋肉を使うから、痛みでまた咳がでてくる。その悪循環で、しばらく声が出せない。

 吐き出すたびに、生命力のようなものが私の体から抜け出すようだ。視界も、霞んでくる。もう、あまり長くないかも。

 

「私が生きてる間に手を出したら、あなたのものを噛みちぎって、二度と使えなくしてやる。……どうせ、そんなに大きくなんてないんでしょ」

 

 これは決して、虚勢というものではない。そうするようなら、こちらにも考えがあるといっただけだ。嘘だと思うなら試してみるといい、それが虚勢でないと分かることだろう。

 もっとも、相手にとってはキョセイであると、分かることでもあるが。

 

「ハッハッハッハ! 噛み切るたぁ、勇ましいことだな。ハーフのブリタニア軍人は、皆、そうなのか?」

 

 そんなことで、決して驚いたりはしない。

 差別というほどあからさまなものではないが、自分たちとの違い、珍しいものに対する好奇心故のそれには、何度も遭遇した。興味本位や話の継ぎ穂にしたいがためのその質問に対しては、曖昧に答えて濁すこともあるが、多くは、断固としてこう答える。

 

「日本人の男たちは、皆、あんたみたいな猿なの?」

 

 軍人という結束力を求められる組織の中で、私が孤立してしまうのは、なにも、身体的特徴ゆえのことだけではなかった。

 

「そうさ、大概はそんなものだ。……そんなものになっちゃうんだよ、俺たち日本人はね」

 

 この答えには、若干驚かされた。ブリタニア軍人たちにはない、皮肉混じりの答えだ。

 

「あんたの想い人は、ちゃんと、人間してるのかい?」

 

 男が言った。先程とは違って、皮肉など混じらせていない真面目なものだ。

 どうにも、この男の意図するところがなんなのか、さっぱりわからない。それなのに、さっきから警戒心が影を薄くしている。腹の傷で弱っているということはあるかもしれないが、それだけでもないような気軽さが、男との間にあった。

 だから、頭では、男の中から悪意を感じ取ってやろうと身構えているのに、口は、誰にも告げたことのない想いをこぼしていた。

 

「そうね。あれが人間なら、猿の方が幾分かましかもね。だけど―――」

 

 遠く彼方を見つめながら、呟いた。

 そこには誰も、映っていない。

 

「……だから、かな。私がついてなきゃ、ダメなんだよ」

 

 言い終わると、仰向けの体を無理やり、起こしてみせた。

 

 

 

「イギィィィィーーーーーたくないッ!!」

 

 

 

 凄まじい、という言葉でもいいあらわせない程の激痛に、一瞬、視界が白く染まりかけてしまった。だが、気合で踏みとどまった。

 そう、気合があれば、大抵は出来てしまえるものだ。

 

 

 

 起き上がって見渡してみるとここは、薄暗い坑道のような場所だった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「―――フロアパーツの崩落の影響で、地下鉄まで落ちたんだ」

 

 よろめきそうな私を支えながら男が、説明した。

 

 かつて、まだエリア11が日本であった時の話。このトウキョウ租界の地下には、地下鉄という列車が通るトンネルが、何本も網の目のように張り巡らされていた。日本を占領したブリタニア帝国は、地下に版図を広げるよりも、建物を建造することによって空を埋めていった。その結果、この地下鉄の存在は、ゲットーにいる日本人たちしか知らない、秘密の抜け道となっていった。

 レジスタンスたちは、帝国が関与していないこの地下道を利用して、租界内とゲットーとを自由に行き来していた。そして同時に、租界内で作られる医療品や食料と、ゲットーでしかできない帝国では違法な麻薬などの密輸に、この道は利用されていた。

 男は、黒の騎士団に参加する前は、違法な商品の運び屋として、日夜この道を使ってきたという。

 

「エレインは…………無事なようね」

 

 視線の先に、我が愛機が横たわっていた。

 

 無事、とは一概には言えないひどい状態だ。とくに、腕の損傷が酷い。右腕は全壊で引きちぎられていて、左腕は胴体にぶら下がってるだけのクレーンだ。ヴァリアントは、どこにあるのかわからないほど、その欠片しか見当たらない。

 だが、両脚部は、それほどの損壊は見られない。ランドスピナーは潰されているが、足自体は無事だ。切り離せば、すぐにでも動かすことができる。結局一度も使わなかった腰部の強化型スラッシュハーケンも、無事だ。数十メートル上空にある地上への穴まで登ることは、それだけあれば、そう難しいことではない。

 

 背部。カバーが強制的にパージされて丸見えになっているコックピットに、向かっていった。一人では、まともに歩けなかったが、男が、その肩を貸してくれたのだ。

 そうしてようやく、座りなれたイスに、腰を下ろした。

 

「―――これは、貸しにしておく」

 

 機先を制して、私のほうが言った。案の定、男は、肩をすくめて苦笑いを浮かべていた。

 

「それは、次に会ったときは、俺にその乳揉ましてくれるって意味かい?」

「敵同士じゃなければ」

「そいつは、なんとも……難しいねぇ」

「割に合わない?」

 

 私は、いたずらっ子の笑みを浮かべてみた。そんなものを、まだまだ短いこの人生の中で浮かべたのは、数える程しかなかったから、どうにも具合がわからない。引きつった、微妙な表情にならなければ、いいのだけれども。

 

「そうだなぁ………。それじゃ、あんたの名前、教えてくれよ」

「アリステル・マルヴィン」

 

 間髪いれずに、答えてみせた。

 

「アリステル・マルヴィン。アリステル………アリス! アリスかぁ。予想通り、可愛らしい迷子の名前だ」

 

 可愛らしい迷子ときたか。

 よく言われるお世辞だが、この男から聞くと、それほど悪いものには聞こえなかった。

 

「アリス。俺の名前は―――」

「必要ない」

 

 バッサリと、男の言葉を切って捨てた。

 

「好きでもない男の名前は、覚えないようにしてるの」

 

 言葉とは裏腹に私は、この男を嫌いではない。ただ、一番好き、ではないのだ。

 敵どうしではあったけど、気持ちのいいぐらいはっきり物を言う男だ。そういうところが、嫌いではないところだ。だから、あまり好んではいない自分の名前を、教えることにした。逆に、覚えてもらいたかったのかも、しれない。

 

「……厳しいねぇ」

 

 男は、口元に微笑を浮かべながら、その場から離れていった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 ユグドラシルドライブは、正常に作動。エナジーは三分の一ほどを切っているが、戦いに行くわけではないのでこれで十分。神経電位接続は、腹の重傷のために一体化が乱れに乱れている。通常のナイトメアの操作で運転するしかない。

 ファクトスフィアが、天井の状況を立体的に把握、最適なルートをモニターに映した。慎重に進んでいけば、落下することはないだろう。難しいクライミングではない。

 

 準備は完了。傷跡に当てていた手を操縦桿に、握らせた。

 

「それじゃ、また今度」

「戦場で」

「殺し合いを」

「できれば、愛し合いたい」

「―――思う存分に」

 

 掛け声のように言葉を交わすと、ハーケンを頭上へと発射させた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 私たちの関係って、一体なんなのだろう。

 

 今この場所で、会って数時間の赤の他人と、心を通わせることができた。その刹那の交歓こそが、なにより重要なことだ。それが、銃や刃を向け合う敵どうしであっても、構わない。むしろ、戦いこそが、それを引き出す手段に過ぎない。私は、そう思っている。そして彼も、そう思ってくれた。今だけ、ここだけ、私だけのことであっても、それを相手が持っていることが、重要なことだ。

 だけどあいつには、枢木スザクにはそんなものは、ない。戦いそのものを、否定してしまっている。

 彼といるときは、そんなこと疑問に思うことすらバカバカしいことなのに、スザクとは、いつも問い直さなくてはならない命題だった。

 

 なぜ、戦うのか。私には、表現しづらいが、明確な答えがある。だけど、スザクにはない。それは、彼のものではなく他人のものだからだ。個人として、背負うものでもない。

 日本は、ブリタニアによって滅ぼされた。そのことを最も否定しているのは、皮肉にも、帝国に反逆を企てている黒の騎士団ではなく、帝国との融和を求めているスザクの方だ。テロリストとして名前を捨てたゼロよりも、「枢木」に縛られ固執したスザクの方が、日本人たちから否定されていく。全く、わけのわからない矛盾だ。見ている分には楽しいこともあるが、隣にいるともどかしくなる。

 戦う理由を探すために、戦う。戦いのために理由を求めるのならば、それは、戦いそのものだ。それに、気づいているのだろうか。

 

 私は、彼女とは違う。ユーフェミア皇女殿下とは違って、彼に理由を与えられない。ただ後ろで、見守るしかない。それしか、できない。

 ただ、私は狙撃手だ。どれだけ離れた敵であっても、撃ちもらさない。敵意と悪意の根源を、撃ち殺すものだ。あの男がそうなってしまうのなら、この引き金をためらわない。その覚悟が、私にはある。

 私の戦場が、この刹那の交歓すらもたらさないものならば、迷わず終わらせる。終わらせなければならない。

 

 

 

 どこかにいるであろうあいつ。それを探し捉えるために私は、戦場に舞い戻ってきた。

 きっとあいつも、ここに戻ってくる。ここ以外に戻る場所が、もう、どこにもないはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長々とご視聴、ありがとうございました。

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