「―――これで、すべての放送局が……」
テレビに映っていたニュース番組。よく見慣れたキャスターが、急に、何者かの侵入によって席を立った。そして一面が、灰色の砂嵐に覆われていった。
「……ね、ねぇ。これから、どうする?」
その言葉に、皆がビクリと反応した。言った少女も、皆がそんなに驚くとは思ってはいなかったようで、怯えた表情を浮かべていた。
タイミングが悪かったのだろうか。その声が、沈鬱な静寂の中から皆を現実に戻した。だが、さりとて、少女の怯えに答えられるものをここに居る誰もが、持ち合わせてはいなかった。
アッシュフォード学園。エリア11のトウキョウ租界の中に作られた、ブリタニアの学校。
8年前に帝国の領土に変わったとはいえ、このエリア11は、いまだテロが頻発している危険地帯であった。余力を残しての敗北とのことで、エリア11もとい日本は、帝国領土のエリアの中では最も抵抗が激しい場所であった。
だが同時にここは、帝国の世界戦略にとって重要な拠点でもあった。この後ろに控えている古代から続く大帝国『中華連邦』をその手に収めるためには、この日本を帝国の領土にすることが、どうしても必須だった。ここを足がかりにして、帝国と連邦の回廊にする必要があった。この地に埋蔵されている膨大なサクラダイトも、魅力の一つではある。そのためこの地を、速やかに安全地帯にする必要があった。
その方法として採用されたのが、子供たちが通う全寮制の学園の建設。租界の中で移住してきたブリタニア人が生活できるように、子供達のための施設をつくったのである。ここが、ブリタニア本国と変わらぬ安全な場所であることを広告するために、アッシュフォード学園の建設がなされた。
それが、功をなしたかはわからない。堅固なブリタニア軍の守りが、大きな要因ではあるだろう。この8年の間に、学園の平和を脅かすテロがこの地に伸びてくることは、一度もなかった。
「そ、そうだなぁ。まず―――」
「まずは、どこかでほっつき歩いているルルーシュと、連絡を取る!」
躊躇いながら答える少年と違って、となりの背の高い大人びた少女が、凛として答えた。
「学園の地下倉庫に、年代ものだけど、『ガニメデ』がある。この前の学園祭で整備して動かせるようにしてあるわ。ニーナもそこにいるみたいだし、それを使えば政庁まで助けを呼びに行ける」
「で、でも会長、他の生徒達はどうするんですか? それにあれ、何人も乗れない……」
先ほどの少女が、不安を口にした。
「……残念だけど皆には、ここでじっとしてもらうほうがいい。幸いここは、そこまで重要な場所じゃないし抵抗さえしなければ、捕虜にはなるかもしれないけど、命は無事よ」
「ほ、捕虜!」
少女が再び、不安をあらわにした。
その言葉は、ある不愉快な思い出と共にあった。その事件は、なんとか無事にことは収まって今では笑い話の種にまでなっていたが、その時の恐怖は今も忘れられない。
嘘だと、冗談だと言って欲しかった。だが、向かい合った少女にいつものような、なにか企んでいると言わんばかりの笑顔は微塵もない。自分がどれほど困惑し慌てふためいても、彼女はその笑顔と共にどっしりと構えていた。そんな彼女だからこそ皆が生徒会長として慕って、落ち着きのない自分にも、大丈夫だと言い聞かせることができた。だけどその笑顔が、今は、どこにもなかった。
それが、今起きている出来事が非常で危険な事態なのだということを、改めて突きつけてきた。
「私が助けを呼びに行くから、皆は生徒達全員を―――」
「俺が行く!」
先ほど言葉を遮られた少年が、今度は、頑として宣言した。
その言葉に、それまでよどみなく指示を続けていた少女も戸惑った。
「……馬鹿言わないで、リヴァル。それが一番危険なことなのよ。ナイトメアに乗ってるわけだし、撃たれて死ぬかもしれない」
「だったらなおさら、会長に行かせるわけにはいかねぇ」
少年は、少女の警告を頑なにも無視して言った。先ほどのためらいは、そこには一切なかった。
「ナイトメアの操縦はどうするの。あなた、訓練受けたことないでしょ?」
「バイクと同じようなものだろう? それに、戦いに行くわけじゃなくて助けを呼びに行くだけだ。―――こう見えても俺、何度か交通違反してるんだけど、警官に捕まったことは一度もないぜ」
「ルルーシュの指示があったから、でしょ」
「うっ……。それは―――」
少女の辛辣な返答に少年は、思わずうめき声を上げた。
彼はルルーシュとともに、しばしば学校を抜け出て、賭け事をしていた。主に、ブリタニア貴族や成金たち相手である。
はじめは単なる遊びで、学校から抜け出た場所にいることが、単なる学生でしかない自分を大きく大胆に見せる手段でしかなかった。先輩に誘われた付き合いではあったものの、深入りするつもりは毛頭なかった。だが、ルルーシュを連れてきた時から、徐々に遊びの域を超えていった。
ルルーシュは、並み居るチェスの指し手に勝利し続け、その度に多額の金が懐に入った。その金をもって、あまり格好の宜しくない古びたスクーターを捨てて、念願だった大型バイクを手に入れることができた。そして、移動手段も確立したことで、賭けは、エリア11に赴任してきた貴族たちや成金を標的にし始めた。
彼らはいいカモだった。学生に負けたという醜聞を恐れて、自分たちに多額の金を支払った。もともと違法な賭け事でもあった以上、このことを言い振らすつもりはないが、プライドの高い彼らには保証が必要だった。金ですむなら、それに越したことはない。それに所詮、彼らにとっても遊びであったからだ。一度は、追っ手のようなものに後をつけられて、あわや殴り倒されるという危険なところまでいったこともあったが、ルルーシュの機転で彼らを逆に警察送りにした。そのあとは二度と、危険な事態にはなることはなかった。
何をしたのかルルーシュに聞いてみたことはあったが、カモであった貴族とその周辺に対する入念な下調べと、警察の巡回路を正確に把握していただけだと言うのみだった。説明されても、何がどうなってこのような結末になったのか、さっぱりわからなかった。
「で、でも、生徒全員の誘導が必要だろう? 俺やシャーリーだけじゃパニックになるだけだし、会長はここにいてくれないと困る」
先程までの意志の強さがくじかれて、弱気な発言になってしまった。
だけど、この立場を変えるつもりはない。自分が行く。それだけは、譲るつもりはなかった。
「……ここは、カッコつけさせてくれよ」
その願いが通じたのかどうなのかわからないが、ジッとこちらに視線を向け続け少年を見定めていた少女から、肩の荷が降りたかのように緊張がほぐれていった。
「……わかった。―――くれぐれも無茶だけはしないでね。無理だと思ったら、あなただけでも逃げて」
「おう、わかった。絶対助け、呼んでくるから」
少年は、朗らかに答えた。そこには、心配など微塵も感じさせないものがあった。
逃げることなど、毛頭も考えてはいない。そんな奴になど成りたくはなかった。そしてなにより、そんな男など、目の前の少女の側には、ふさわしくない。内心では、死ぬかもしれない恐怖で足が震えだしそうだったが、今だけは強がって、大丈夫だとこの胸を叩いてみせたかった。
この自分には、何もない。取り柄など、お調子者であることぐらいだ。そいつに我ながらがっかりはするが、悲観して斜に構えたりはしない。みっともなくてもいいから、いつでも前を向いていこうとしてきた。世界なんてどうでもいい、自分の周りにいるこの親しい人々を守れるだけの力が、自分にあればいい。無いのなら、どうにかしてひねり出すまでだ。これは、ルルーシュに言わせれば、現実を知らない甘ちゃんの戯言と一蹴されそうだ。絶望なんて知らない、経験したことなんてない、したくもない。
それならば、なにか対処しているかといえば、こんなふうに震えてしまうほど、学生っていうモラトリアムに浸っていただけ。恥ずかしすぎて返す言葉はない。
だからそれを、今、行動で示そうと思うのだ。
「それじゃ、いっちょ出かけてくるよ。もし、ルルーシュの馬鹿を見つけられたら、一緒に連れて帰ってくる。……まあ、あいつに限って、そんなヘマはしないだろうけど」
気さくに、何事もないかのように言った。アハハハと笑って、不安をごましてみた。そうでもしないと、足が震えてこの場から動けなくなりそうだった。
自分の情けなさに苦笑し、今はいないルルーシュに毒づいていた。
こういう時、何事でもないかのように人の輪から離れられる彼のプライドが、羨ましい。そして、その彼が、どうして今ここにいないのか。このような役は彼のもので、自分のものではなかったはずだ。不慣れなことをしているから、こんなにも不安になっている。……お前がいなかったらこんなこと、俺には出来っこないだろう!
だけど、いない奴のことをうじうじと愚痴るのは、みっともない。こんなことはやめよう。これからのことに集中しよう―――……。
「―――そこにいる人、誰ですか?」
そう思って、一歩踏み出そうとした矢先に、今まで沈黙を保っていた車椅子の少女が言った。同時に、目も見えない彼女が、誰もいないはずの廊下に、そことこの生徒会長室を隔てている扉に顔を向けていた。
怯えが混じった弱々しい声ではあったが、そこには確信があった。この場にいる誰もが気づいていなかったことを、その少女だけが気づいていたという確信が、その横顔に垣間見れた。
◆ ◆ ◆
よく少女には、保護者をかって出る者たちがいた。大概はその兄ではあるものの、学校にいる時には、特に生徒会長室で皆と一緒に雑談という会議を開くときには、二人の少女たちが付き添うことが多いのだ。
その彼女たちがよく、この少女の人並み外れた能力に驚かされてきた。目が見えず自分ではまともに動けない少女であるからこそ、そのほかの五感が並の人々より優れているのだと、理解していた。
ほんの些細な、足音。普通の人間には、雑音に紛れて聞こえないその音にも、彼女は反応する。そして、その音を持ってか、はたまた匂いやもっと別の感覚によるものだろうか、自分に近づく人が誰であるのかすら、わかってしまうのだ。
彼女のことを何も知らない文化部の生徒が、一人生徒会長室にいた彼女を尻目に、会長に今後の部費について直談判しようと、イライラしながらも黙ったままそこで待っていた。すると彼女が、見えないはずの自分の立ち位置と名前を言い当ててみせた。それのみならず、自分が言わんとしていた事まで言い当てたのだ。そのあまりの不気味さに生徒は、会長が来る前にそこから退散するしかなかった。
その逸話は、会長の手によって多大な尾ひれがついて、アッシュフォード学園の七不思議か怪談となって生徒たちの間に広がっていった。いわく、この学園すべてをみそなわす千里眼の持ち主と。それ以後、会長に部費についての直談判をする生徒は、激減した。
その彼女の視線の先に、皆の注目も集まっていった。
「アッシュフォード学園の生徒ではありませんね。日本人の方ならば、どうか、お引き取りください。ここには、聞いてのとおり、ただの学生しかいません。武器を持っていませんし、あなたを害することはできません。……銃を下ろしてください」
最期の言葉に、皆の緊張が一気に高まった。
だが、それとは正反対に、扉の向こうは沈黙を続けていた。
「……ナナちゃん。そんな人、いないんじゃないかな?」
沈黙に耐え兼ねて言ったが、車椅子の少女は揺るがずそこを見ていた。否定したいが、それが、そこに何かが絶対にいると告げていた。
すると、こうなっては仕方がないと観念したのか、閉じられていた扉がゆっくりと開け放たられた。
その中から、あるいは外に、一人の女性がいた。大人の、学園の先生とは明らかに違った鋭い気配を漂わせている、女性だ。この場所にはふさわしくない、だが、今この時にはどこにでもいるであろう人種。
彼女は、兵士だった。服装こそ一般人が着るようなどこにでもあるものだが、その顔つき、特に視線の鋭さは、射抜くという言葉がふさわしい鋭さで生徒会役員たちを見定めていた。
そしてなにより、その手に握られている拳銃が、彼女の立場を物語っていた。
「……どうやら、私のほうが早くたどり着けたようだな」
そう言うと女性は、ずかずかと無遠慮に皆のもとに近づいていった。
「あ、あの。もしかして……、ブリタニアの軍の人ですか! だったら―――」
パシィッ!
近づく少女を女性は、平手で打った。思い切り力を込めて打ったためか、少女は、その場でよろめいて膝をついた。
「裏切り者が。私に近寄るな!」
女性は、侮蔑を込めて、足元で倒れそうになっている少女を見下ろした。
その二人の様子に皆の緊張が、別のものへと変わっていく。弾かれたように、もうひとりの少女が、倒れた少女を介抱する。
「……大丈夫、シャーリー。―――何をするんですか!」
少女をいたわりながら、それをした女性に抗議の視線を突きつけた。銃などに負けないと、強い意思を込めた視線だ。
「当然のことをしたまでだ。―――これでは足りないぐらいだぞ!」
それに臆することなく女性も、彼女たちを見下ろしていた。そこには、鋭さだけではない、触れただけで対象を焼き尽くす高熱まで帯びていた。
その視線に、打たれた少女は、さらに竦み上がっていた。小さく悲鳴を漏らしながら身を縮ませると、まるで魅入られてしまったかのように、その視線から目や体すら離せなくなっていた。
「よくまぁ私の前に姿を現せるものだ、シャーリー・フェネット。―――今もってこんな場所にいるということは、捨てられたのか、あの男に」
クックッと、侮蔑に軽蔑を混じらせて女性は、酷薄に笑った。
「どうして私の名前を、知ってるん……ですか?」
張られた頬が痛く、目に涙を貯めながら言った。恐怖から自然と、敬語になってしまった。
どうして自分が、こんな目に遭わなくてはならないか。目の前の理不尽に少女は、ただただ震えるだけだ。
そんな少女をいたぶる様に、女性は、捕食者の笑で攻め立て続ける。
「この期に及んで、なかなかいい度胸だなフェネット。―――お前がここにいるのはなぜだ。ここにいるのも奴の指示なのか! ……それとも、本当に捨てられただけなのか?」
「何を言ってるんですか。あなた誰ですか! どうしてこんな、ことを―――」
介抱している少女が抗議した。
それに耳を傾けたわけではないが、女性は、それまで浮かべていた笑いを収めた。そして、怯えるだけの少女を見て、訝しんでいた。……何かがおかしい。
その違和感の正体を探るために、彼女の元まで詰め寄った。
「おい、フェネット! 私の名前を言ってみろ。お前には教えたはずだな」
女性は、怯えるだけの少女に、その胸ぐらを掴む勢いで詰問した。
彼女の様子が、予想していたものと大きく違っていたからだ。これが演技なのかそれとも本物なのか、確かめなくてはならない。もし、演技でないのならば―――……。
「し、知りませんよ。あなたなんか!」
少女は、震えながらも全力で否定していた。その目には、恐怖以外に隠された嘘を見出すことができない。
「……お前は埠頭で、私の腹に銃弾を叩き込んだ。―――ちょうど、ここにだ!」
言いながら、自分の腹を指差した。
傷は既に完治しているとはいえ、傷跡は今も残っている。また、ちゃんとした医者に看てもらえなかったためか、今でも、触ると少しだけ痛みが走る。そしてその痛みが、彼女に復讐を訴えている。決して忘れるなと、言っているように聞こえるのだ。
「旧日本軍の残党が、保有していた大量の液状サクラダイトに点火して自爆した、その日だ。―――お前はブリタニアを裏切って、父親を殺したあの男を助けた」
女性は、断罪するように告げた。
「銃? ……裏切り? お父さんが、殺された? なんで……?」
少女は、怯えていた。迫り来る女性にではなく内側からこみ上げてくるものに、正確には、来るはずのものがこないことに、怯えていた。
女性の言ったことは、何一つ理解できない。そのくせそれらが、事実だと告げられている。そして自分も、事実だと受け止めている。事実だと告げる感覚だけが、自分とそれらをつなげていた。しかし、その過程にあるものは、ごっそりと省かれている。
予感というものに近い感覚だが、それは既に起こったことだ。記憶としてとどめてしかるべきものなのに、それを思い出すことができなかった。不思議にも、思い出せないことだけは、わかっていた。
「私のお父さんは、殺されたの? ―――誰に?」
助けを求めるように言った。ただそれは、恐怖からだけではなかった。
自分の中の何かが、不安定になっている。それを知ることが重大な何かを、今までのすべてを崩壊させてしまうような何かを、壊してしまう。どこにあるのかわからないアラームが、がなり立てて警告していた。……怖い。
それなのにそれを、どうしても知りたいと思っている。これまで嵌らなかったピースが、そこにはまりそうな気がした。自分の付けたはずの日記に、自分の知らない思い出が綴られていた。それなのにそれを、思い出せない。
そこに書かれているある少年との思い出。彼は自分と同じ生徒会員の一人だが、日記に綴るほどの付き合いはない、はずだった。それなのに日記の中には、彼との思い出が深く綴られていた。過去の自分と、今の自分との温度差。……わからない。
でもそこには、思い出さなくてはいけない何かがある。それだけは、揺るがぬ確信として残っていた。
あと一歩、ほんの僅かでその「何か」をつかめる。不確かな点と点が、一つに結び合おうとした。
すると、突然―――
『―――俺に関わることは全部、忘れるんだ』
頭の中で、声が聞こえた。
誰の声かはよくわからない。知っているはずの声なのに、一度も聞いたことがない声でもあった。その響きは知っているけど、それが自分のどこも揺らさない。その反響だけが、ごっそりなくなっていた。
そして、それを埋め合わせるように、穏やかな幸福感がそこから染み込んでくる。その虚を見定めようとするたびに、その気概を奪うように幸せな気持ちで満たされていく。
それを感じていると、全てがどうでも良くなってくる。それがもっと欲しいと、自分の中の何かを投げ捨てていく。ただ、大切なものだったためか、それを一度見た。だが、手を離した瞬間からどうでもいいものに変わっていたため、すぐに振り返った。何を捨てたのかは、もうわからない。
身軽になると、その声にすべてを委ねていく。すべてを、忘却の彼方に―――……。
「―――『誰に』ってシャーリー。黒の騎士団に決まってるだろう。コーネリア総督が成田で旧日本軍の残党刈りをやった時、奴らが起こした土砂崩れに巻き込まれて、その―――
……」
声が、再び聞こえた。先程とは違う、よく知っている少年の声だ。今この場にいる少年の声だった。
その声で、目が覚めた。
どこか、こことは違う場所に、引き込まれてしまったかのようだった。目を開けていながら微睡んで、そこに溶けていきそうだった。でも、その正体はわからない。聞いたような声は、思い出すこともできない。光のようにそれは、自分の中から何処かへ消え去っていった。
しかし、間一髪といってもいいかもしれない、少年の声で「そこ」から自分の注意が変わった。どうにか、起き上がることができた。
ブルブルと頭を横に振りながら、急に襲った眠気のようなものを追い払うと、現状をもう一度把握し直した。
「黒の騎士団が、私のお父さんを、……殺した?」
少女は、少年の言葉を引き継いで言った。
そこには、先ほどの怯えはどこにも見えない。ただ、少年が言ったことに首をかしげて、不思議そうにしていただけだ。驚いたと言わんばかりの、まるで今初めて知ったと言わんばかりの表情で、少年をまじまじと見ていた。
「―――そうだったんだ。あれの犯人は、黒の騎士団だったんだ」
その少女が見せた表情が、周囲の者たちを絶句させた。そして、続けた言葉に唖然とした。
成田で起こった事件は、今まで、生徒会員たちの中ではタブーとなっていた。
なんと慰めればいいかわからなかった。最愛の父親の喪失を埋め合わせる言葉を、ただの学生である彼らは、持ち合わせてはいなかった。ただ一つ、犯人を捕まえて報いを与えると言える者は、生徒会の中では一人しかいなかった。時間だけが、彼らが持ち得る唯一の解決手段だった。
それが功をなしたのか、少女は、いつものような明るさを取り戻していった。生徒会の者たちは、彼女の前向きさを賞賛こそすれ、それを訝ることなどなかった。暗くなりがちなその表情が、ある日突然ケロリと直ったことには首をかしげたが、気丈に振舞っているのだと思ってその笑顔が曇らないようにした。その話題を彼女の前では、出来るだけ避けるようにしてきた。
だが、今彼女が浮かべている表情は、彼らが想像していたものとは真逆だった。悲しみを乗り越えているのではなくて、悲しみがなくなっていた。いつもどおりの彼女の笑顔だが、その意味するところは全く違って見える。
今先程まで眼前にいた彼女が、全くの別物に変わっていた。
「私の仮説は本物だったようだな。そして、どうやら―――」
沈黙を振り払うように、それを意に返さず女性が、言った。そして、―――
「今が最大のチャンスだということだ!」
銃を向け直し、皆に笑いかけるように言った。嬉々として、湧き出る黒い感情をそのままに、顔の上に表してしていた。
その銃口を、車椅子の少女に向けて。
「なっ! なにを―――」
「動くな!!」
少女をかばおうとするも、銃を向けられて動けなくなる。そこから脅威を実感することは難しいが、反射的に動けなくなっていた。
そして、再び緊迫な静寂が支配すると、続けて言った。
「お前たちを傷つけるつもりはないが、この車椅子の娘だけはもらっていく。―――それと、足が必要だ。地下倉庫にあるとかいうナイトメアも、もらっていくぞ」
そう言い放つと、動きを警戒しながら、車椅子の背にある取っ手を無造作に掴んだ。
そしてそのまま、彼女ごと部屋から出ていこうとしていた。
「わ、私たちはどうするんですか! このままじゃ私たち、捕虜にされちゃうだけ……」
悲鳴を上げながら二人に、追いすがるように言った。
そんな少女に女性は、出て行く前に立ち止まり振り返った。
「安心しろ。おそらく、お前たちの身の安全はゼロによって保証される。―――それに、この娘さえこちらの手にあれば、この反乱そのものが終わることだろうよ」
「そ、そんなの、信用できるかよ!」
意を決して少年も、反発した。
「これでも私はブリタニアの騎士候だ。ブリタニア人を守るのが仕事だぞ。……裏切り者は違うが、ただの学生を無闇に犠牲にしたりはしない」
「だったら、ナナリーを解放してください!」
少女が、凛として言った。女性の鋭さとは違った輝きだ。
「安心しろ、この娘に用はない。あるのはこいつの兄の方だ。奴を引きずり出すために、この娘が必要なだけだ」
3人の間に、動揺が広がった。
「兄って……」
その言葉が意味することは―――……。
「―――奴の返答次第だが、それまでこの娘の命は、私が保証してやる」
そう言い残すと女性は、車椅子の少女を連れて、生徒会室から出ていった。
◆ ◆ ◆
痺れるような静寂は一瞬。彼女たちを見送ると、目が覚めたように弾けた。
「待ちなさい!」
叫びながら、彼女たちが消えていった扉へと駆けていく。
しかしそれは、新たな侵入者によって阻まれた。
「動くな! 手を上げろぉ!!」
威勢の良い男の声が、部屋中に響き渡った。それと同時に別の男たちも、部屋の中へ入ってきた。
独特な黒い衣装に身を包んだイレブンが、ついに、このアッシュフォード学園にやってきた。
「この学校は、黒の騎士団がもらったぁ!」
両手で抱えた銃を腰だめに構えながら、銃口が再び、自分たちに向けられた。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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