浮遊戦艦《アヴァロン》。その腹に抱える貨物エリアの一角に二人、セシルとロイドが、これから行く戦場に備えて静かに準備を整えていた。
エリア11の領海内を抜け太平洋へ、その先のブリタニア本国への道筋を外れ引き返す。帰還命令。それが本来アヴァロンが、特派がすべきこと。彼らの主人であるシュナイゼル宰相の命令でもある。もはや全域が戦場となったエリア11に留まるよりも、研究資料を持ち帰り新たな兵器の開発と製造を指揮させるため。『戦艦』とは銘打っているものの『輸送艦』と同じようなもの、今のアヴァロンに防御機構以外の攻撃兵器は備わっていない。戦場では活躍のしようがない。
しかし今、そこへ向かおうとしていた。
「―――どうして止めなかったですか?」
見事なプロポーションに専用のパイロットスーツを着込みながら、セシルが言った。
向かいには誰もいない。そこは女性用の更衣室で、いつもは一人しか使っていなかったから当然だ。4人ほどのロッカーが備えられているが、おそらくそれらが使われることはないだろう。話しかけたのは、部屋の扉の後ろで控えている上司に向かってだ。
ひょろりとした長身をくたびれた白衣に包んだ、ナイトメア研究者。ボサボサの頭と眠たそうな顔で、かけた度の強いメガネが鼻頭からズレているが、気にしない。だらしのさなが前面に出てしまっているその男はしかし、ブリタニア帝国の伯爵。ロイドはボソリと、いつものような軽い調子で言い訳した。
「ナイトメアが自律稼働できる以上、止める手立てなんてないでしょう?」
「やりようはあったはずですけど? てっきり私は止めるのかと思いましたよ。何が何でも」
胸元前面に開いたジッパーを閉じると、手首に取り付けられているボタンを押した。プシューとスーツ内から余分な空気が抜けると、体の線に沿ってピタリと張り付いていく。
ナイトメアのMMI(マンマシンインタフェース)の伝導率と騎乗者への負担を減らすための特殊なラバースーツ。第4世代のナイトメアが生産ラインに乗ってきた時から同時に普及させてきたパイロットスーツ。限定的に人間の可動・運動能力を上回る力を発揮できるナイトメアを、十全に発揮するための補助操縦桿。それだけでなく、騎乗者の生命維持のための様々な機能が取り付けられてもいる。そのため初期のものは、体が一回り膨らんだかのような有様になった。第五世代の開発とともに見た目は改善されたが、それでも水袋を着込むような圧迫感と重みが不満だった。
しかし、セシルが着ているスーツは違う。ダイビングスーツのようにボディーラインを際立たせ、ゴテゴテとした見た目はない。今までのものとは違うスーツ。生命維持装置をギリギリまで省き、MMIの伝導率を優先して高めた結果だ。
「……責めてるのかい? 独断でこのアヴァロンの進路を変えたことを?」
「まさか。貴方がそんなリスクを犯すことが、不思議に思っただけですよ」
「僕って、言いつけを守る良い子に見えてたんだ」
「だから一応、シュナイゼル殿下からこの船を任されたんですよね」
優しく微笑むと、外していたインカムを耳に取り付けた。
「……僕は完璧なパーツが欲しいんだ。絶対に壊れない一品。でも、人間は脆い・壊れやすい。誰だってそうだ。壊されないで済むように、先に壊れなきゃいけないほど世の中は残酷だよ。一度でも壊れたらそれまでだからね。
ここで壊れたらまた新しいものを見繕えばいいと思ってた。もう充分にデータはとったし誰でも第七世代を動かせる簡略化OSも作れた。欲を言えばソレの検証をしたかったけど、エリア11があの有様じゃぁね。切り捨てるにはいい機会だった。―――けど、彼は壊れずにいた」
「そうですね。思っていたよりもずっと、強いですね。……悲しいぐらいに」
そう言うと目を伏せ俯いた。
乱心したとはいえ、忠誠を誓わなければならない王女殿下を殺害したナンバーズ。枢木スザク。彼にかける情けはない。そうする義理は少なく、してはならない義務は大いにあった。捕らえて拘束して、処刑されなければならない罪深い存在だ。心を傾ければ、それだけでその罪が伝染してしまう。己と同僚たちの保身のためにも、一刻も早く彼を差し出さなくてはならなかった。
でも、彼女には、おそらく隣の上司にもそれはできなかった。これからもするつもりはないだろう。そうしなければならない強さが、彼の中から響いてきたから。
言い募りたい言葉が胸の中から溢れてくるが、こらえた。苦い、顔をしかめる。だけどニコリと、ほほ笑みを浮かべる。
「もしかしたら、パーツ扱いされているのはあなたの方かもしれませんよ、ロイドさん?」
「そうさ、僕もメンテナンス用のパーツに過ぎないよん♪ ……代わりはいくらでもある、ね」
そう言いながら皮肉気味に笑うと、通信音が鳴り響いた。
ピーピー、ピーピー……。
二人、耳につけていたインカムを押さえて、そこから聞こえてくる通信に耳をすませた。
『聞こえますか、アヴァロン。こちら、特派のマルヴィン中尉です。ナイトメア大破のため救助を要請します。位置座標は送りました。繰り返します。こちら―――』
懐かしい声が聞こえて、セシルの顔が明るくなった。
「アリスちゃんからです! よかったぁ、無事だったのね」
「おめでとうセシル君♪ これで虎の子のテスト機一つで降りるなんて無茶、しなくて済むよん♪」
ロイドは、いつもの弾むような気楽な調子を取り戻すと、機関室へ連絡を入れた。送られてきた座標へと急行するようにと。
◆ ◆ ◆
相かわらず、一番嫌なタイミングでやってきやがる。
「―――全部隊に指令。ランスロットを所定の位置に誘導しろ、直接の交戦は避けろ。奴は紅蓮が相手をする」
黒の騎士団に通信すると、静かだが気合の入った返事が帰ってきた。
現状はブリタニア軍を押してはいるものの、何が起きるかわからない混戦状態。虐殺への復讐心で熱くもなっているはず。それでも俺の命令を聞く冷静さをまだ失っていない。……調教してきた甲斐はあったな。
「カレン、任せるぞ」
「はい。今日こそ奴を倒します!」
「準備ができ次第、私もそちらに向かう。それまでの時間稼ぎでもいい」
一瞬不満そうな顔つきを向けるも、すぐに表情を締め直した。
生徒会のメンバーへ名残惜しそうに見るも、すぐさま部屋を出た。校庭に待機させていた《紅蓮弐式》まで駆けていった。
ナナリーをよく知る彼女なら、万が一にも傷つけることはない。この学園のことをよく知ってもいる。ナナリーの捜索は彼女こそ適任だが、ランスロットを単独で相手取れるのは彼女と紅蓮弐式だけだ。他のものでは相手にならない、いたずらに兵力をそがれるだけだ。迎撃に彼女は外せない。
だが、俺の第一の目的はナナリーの身の安全だ。今それはあまりにも不安定だ。どうにかして即座に確実に、それを解消しなくてはならない。……次点ではあるが仕方がない。
最悪な報告を告げた男に、向き直った。
「扇、車椅子の少女の捜索はお前に任せる。見つけ次第彼らと一緒に監禁しろ」
「……生徒は全員、保護したはずじゃないのか?」
「私たちが到着する寸前に、ブリタニア軍人が連れて行った。
腰まで届く銀髪に褐色の肌・細身、20代後半の女ブリタニア人だ。名前はヴィレッタ・ヌゥ。……そいつは見つけ次第殺せ」
簡潔にそう命じると、扇の顔が固くなり青ざめた。……一体何だ、殺害命令ごときに怯えてるのか?
この男にはコレがあるから嫌だった。甘い、意志が弱い、決断力がない。その分皆の感情を取りまとめるには役立つが、指揮官としては欠陥品だ。目の届かなかいところで指揮を任せたくない。だが、今は奴以外に適任者がいない。他の者ではナナリーの無事は確実ではない。
仮面の中で苛立ちを募らせながらも、表面上は冷静を装った。
すると、胸から絞り出すような声で、再度問いかけてきた。
「……もう一度、その人の特徴を教えてくれ」
「銀髪・褐色の肌・細身の女ブリタニア人だ。……わかったか、扇?」
「ぁ……、ああ、わかった。捕まえるよ」
「殺せ。そいつに人質としての価値はない」
二度目の命令。それでも勢い込んで探しに行かない、顔はもはや蒼白だった。
何かあるのか? その顔には隠しきれない何かが現れていた、俺にも隠している何か。ギアスを使えば、この場で白状するように命じるだけでもわかるのだが、興味はない。命じられた仕事をこなせるかできないかだ。もしできないようなら、ギアスを使ってでも―――。
いや、まだ使い時じゃない。もっと慎重にやるべきだ。一回しか効かない以上、無駄に使うべきじゃない。
一つ腹に力を込めなおすと、生徒会室を出た。
やらなければならないことが山積みだ。立ち止まっている暇はない。この戦いには絶対、勝たなくてはならない。
通信機を手に取りなおすと、てきぱきと命令を下していく。
◆ ◆ ◆
疾走している最中、幾つもの悲鳴が聞こえてきた。
『―――ぐ、ぐあぁーーッ!!』
『た、助けて―――ああぁーーッ!!』
コックピットのセンサーから、次々と仲間のアイコンが消えた。
生死は不明。叫び声から殺されたかもと不安がよぎる。センサーだけではどうなっているのかわからない。相手が奴ならナイトメアを破壊するだけかもしれないが、今の彼にそれだけの手心を加える余裕が有るとは思えない。一刻も早くたどり着かなくてはならない。歯を食縛る。
市街地の要所に配置された《雷光》の拠点防衛部隊、それらを守る《無頼》のナイトメア隊。高速で飛来してくるランスロットに接敵すると、次の瞬間に消された。固めた防衛陣が切り崩されていく。戦略についてはあまり詳しくないが、少ないナイトメア部隊を減らされるのは手痛い損失だ。この調子で減らされ続ければ、優勢な今の戦局も逆転させられてしまう。操縦桿を固く握り締め、アクセルを全開に踏みしめた。
体への負荷がさらに重くなる、視界に映る物体の輪郭を捉えきれない。跳躍とビル群の壁の疾走で、上下左右の感覚までおかしくなっていた。胃の中が撹拌されて気持ちが悪くなっていた。だけど、今まで培ってきた経験知と勘で最短ルートを爆走していく。やつの下まで、走り抜けていく。
「……今日こそ、あんたを倒す」
誰もいないコックピットの中、静かにつぶやいた。
奴との長い因縁も、ここで終わらせる。決着をつけなくてはならない。例え私が、殺されるとしても。
瓦礫と廃墟の谷間の中を駆け抜け続けていると、奴がいた。カメラが奴の機影を、地上を滑走する眞白なナイトメアを捉えた。
「スザク!!」
叫ぶと同時に、《スラッシュハーケン》を発射させた。
ほかのナイトメアよりも細く見えにくいワイヤーだが、ナイトメア一体を支えその超可動を止めるだけの強靭さがある。加えて、その先端に取り付けられている刃は、小型の《回転刃刀》。片手で扱える十手のような形をしている短剣で、追加武装として新たに装備した武器。右腕の《輻射波動砲》は防御にも使える強力極まりない武器だが、回数が限られていて連発もできない。それでも、ほかの有象無象をなぎ倒すだけならおつりが出るほどだが、ランスロット相手では決定打に欠ける。
発射された後、高速で回転し軌道変化。まるでブーメラン、ただし触れたものを即座に両断できる凶悪極まりないもの。カーブを描きながらランスロットに襲いかかっていった。死角、奇襲、完全に意表を突いた―――。
しかし、予想通りでもあるが、はじかれた。ぶつかる寸前、抗電磁圧の盾を発生させ防いだ。同時に勢いを逸らして、下方へと叩き落とす。
失速して落下する刃刀を巻き取りきると、正面へと飛び出す。ランスロットと対峙した。
『カレンか!?』
「これ以上は進ませないわ」
宣戦布告しながら、右腕を前にだした半身の構え。隙を作らず堅実に相手の手を読む。
いつもなら、問答無用で突撃していくのが私のスタイル。紅蓮弐式というナイトメアの性能を十全に引き出すためにも、必要だ。だけど今回は控えなくてはならない。命じられた第一の目的は引き付けること、時間稼ぎ。タイマンで倒せる確率は五分である以上、ゼロの援軍を待つのが無難だ。
急き立てる戦意を鎮めながら、間合いを計り続ける。
「あんなことやられて、まだブリタニアのために働こうなんて。……本当に裏切り者なのね、アナタ」
『俺は俺自身の目的で動いている。邪魔しないでくれ』
「ソレがゼロへの復讐なら、通すわけには行かない」
『復讐じゃない。アッシュフォード学園の皆を保護するためだ』
予想外の返事。思わず、答えに窮してしまった。
つまらない嘘だ、こんな時によくそんなセリフが言えたものね、その面の厚さだけは褒めてやるわ。……その手の皮肉が喉に詰まってしまった。予想していた返答とは違って頭が混乱させられる。何よりまっすぐなその言葉に、胸の中の柔らかい何かがえぐられていた。
取り返しのつかない間。もう皮肉や罵倒は、取り繕うためのハッタリにしか聞こえなくなる。
「……ソレは私たちがやっているわ。誰一人も傷つけてない」
『人質にするためだろ。保護とは呼べない』
さらに深く切り込んできた。奥歯を噛み締める、舌打ちがこぼれそうになった。
時間稼ぎのために通信したが、主導権が剥奪された。責め立てられているようで、気持ちが落ち着かなくなる。
『……君もあそこで生活してきたのだからわかるはずだ。彼らはこの戦いには無関係だよ。安全な場所まで避難させないといけない』
わかってる、言われなくたって。私だって本当は、そんなことしたくなかった。でも仕方がない。ゼロがそう決めたのなら従うだけだ。彼がそう命じるのなら、それは必ず私たちの生存と勝利に必要なことだから。だから、例え友達だって人質に―――
『殺しあいたいのなら好きにすればいい。だけど、彼らを巻き込むな。君たちにまだ、良心が残っているのなら』
「だったら、ナイトメアから出てきて投降しなさい! 今すぐに! 話はそれからよ」
染み出てくる弱気を切り捨てるように、叫んだ。
とてつもなく汚れた不快な気分だけど、耐えるしかない。指摘されたことは事実なのだから、でも現状を変えるつもりはないのだから。後は無理やり押し通すしかない。
もうこれ以上続けられない。これ以上続ければ戦意が萎える、集中しきれなくなる。気を張り続けなければ、目の前の相手を圧倒できない・ねじ伏せられてしまう。……話は終わりだ。
操縦桿を固く握り直した。全身から無駄な力みを抜きたわめて、力を溜める。息を整え爆発の瞬間を待つ。
『……悪いが、ソレは出来ない相談だ』
「なら、話はこれまでね―――」
一気にスロットルを全開に回した。
《ランドスピナー》が唸りを上げながら、急速に回転する。瓦礫を押しのけ弾けるように、駆けた。彼我の間合いをコンマ数秒単位で縮める。右手の爪を広げて、白騎士をつかもうとする。
だが寸前、躱された。右手は空を掴む。ランスロットはバックステップで間合いの外へ。同時に、腰元に取り付けていた銃に手をかける。淀みない流れるような動き、ステップの着地前に撃たれるだろう。それが抜き出され狙いをつけられる前に、さらに一歩踏み込んだ。
ナイトメアの装甲すらも撃ち抜ける強力な超電磁砲といえども、紅蓮弐式を貫けはしない。輻射波動の盾は抜けない。怖いのは、足止めを食らうこと、こちらが攻撃できない遠距離を保たれること。何より、こちらには無い移動能力で逃げられてしまうことだ。―――手に戻していた十手を突き出した。
だが又しても、躱された。今度は横ステップで紙一重に、右手側に。思わず舌打ちが出てしまった。
普通なら無意識にも、一撃必殺を決められる兵器になど近寄らないものだが奴は違った。そしてソレは、正解だった。紅蓮弐式その他純日本製のナイトメアの操縦法、《行動予約》。左に逃げていたらすぐさま反応できるように、ソレをセットしていたから。奴は事前にそれを回避してきた。無駄な追撃をする前に、《行動キャンセル》。
初撃は噛み合わず、奴は凌ぎ切った。ついでに剣を抜き放ち構えられる。完全に警戒された。
『君とは戦いたくない、戦う必要もないだろ!』
「私にはある!」
再びの突撃、懐まで駆けていく。
長剣の鋒を構えているランスロット、こちらの間合いになど入らせてくれない。隙など見当たらない。逆に返り討ちに遭うであろう磐石ぶり。……でも、それでいい。
機体の総合スペックは、どちらも変わらない。ランスロットには多彩な武器が装備されていて、紅蓮弐式は機動力が一歩上手だ。防御ではランスロット、攻撃では紅蓮弐式といったところだろう。そして操縦者の腕前も、悔しいことながら五分五分といったところだ。タイマンでは決着がつかず、ついたとしても必ず大損害を被ってしまう。それが今までの評価だった。
でも今は違う、相手の方が上手だ。《フロートシステム》を使われたら勝ち目が薄くなる。空に逃げられたら一方的な展開に、紅蓮では反撃のしようがなくなる。―――そのための奇策だ。
間合いの一歩手前、剣で突き殺される寸前、右手を地面に付け《輻射波動》を放った。熱波と反動で一瞬無重力状態に。ソレを逃さず脚部を思い切り駆動させた、跳躍。突撃のベクトルはほぼ直角に、変更された。先までいた場所を、ランスロットの剣が虚しく突いた。
急激な跳躍。もたらされる凶悪な遠心力で潰れそうになる。用意された対G処置の限界をふた回りは超えたG。昨日の食事が胸元までせり上がってきた。吐きそうになる。
だけど、耐えた。堪えて、勝ち取った制空権から見上げた。ランスロットを、そのコックピットブロック上部に取り付けられている《フロートシステム》を。不安定ながらも狙いを定めて、胸部に収めてある《スラッシュハーケン》を発射させた。
圧縮空気とともに吐き出された鋼鉄の爪は、二つ。一つは地面に、もう一つはランスロットに打ち込まれていった。常人なら間違いなく仕留められる奇襲攻撃だった。だけどすぐさま反応し防がれた。片手に取り付けられている抗電磁圧の半透明な盾を発生させられ、爪は中空に止められた。これも決め手にはなれなかった。
だけど、そんなことは分かっていたことだ。この程度を防げない相手なら、今こうやって対峙してはいなかった。防がれることは想定済み、決め手にならないのもわかっていた。
コレは時間稼ぎ、決め手は右腕、地面を打ち抜いたハーケンは逃げ場をなくすため。防がれると同時に、ハーケンを巻き戻していく。グンッと一気に、地面に引き寄せられていく。急激な落下と同時に、右腕を体の前に突き出し広げた。
逃げ場は無い、《輻射波動》の効果範囲から逃れられない、機体の自重もあるから確実に破壊できる。―――決まった。
《輻射波動》のスイッチを押す、高熱・融解・爆散、長年の決着がつく。その直前、ランスロットの腰元からハーケンが発射された。白銀の刃が飛び込んでくる。
無駄なあがき。その武装のことは失念していたが、この状況を変えられる力はない。それごと押しつぶせばいい。そう断じて、《輻射波動》を発動させた。
赤い半透明な高熱の盾が発生。飛び込むハーケンは阻まれ、その表面をブクブクと泡立たせる。破裂寸前まで融解。同時にドンッと、バンジージャンプの命綱に引っ張られたような感覚。落下速度が減衰させられた。……一瞬の間隙。
ソレに気づいたときには、遅かった。
《輻射波動》の直接効果範囲に落下する前に、ランスロットは網から抜け出していた。腰のハーケンを犠牲にして猶予を作り、フルスロットルの《ランドスピナー》でその場から離脱した。
着地の衝撃を散らす間に距離を開けられた。そして、再びの追撃を行う前に、背中の羽を広げて宙に飛ばせてしまった。
「ッチ! ……やられた」
舌打ちがこぼれた。コレで形勢は、圧倒的に不利になった。
『君はなぜ戦う? ブリタニアへの復讐か、同胞が殺されたからか? ……まさかあんな男への忠義か?』
「飛べるからって調子に乗るな!」
叫ぶと同時に、ハーケンを放った。ランスロットにではなく、その後ろの廃墟ビルに向かって。
彼方へ飛んでいった凶器を見送ったのを確認すると、それを縄にして飛んだ。ランスロットのいる空まで、高速で引っ張り上げて交差する。同時に、左手に持った十手で横薙ぎを放つ。
しかし、よけられた。ヒョイと更に空へと飛ばれて躱された。
叩きつけられるようにビルの壁面に着地すると、《ランドスピナー》を高速で回転させる。小さなスパイクが着いたタイヤが、まだ残っていたガラス窓を巻き込み破砕させ塗装の剥げたコンクリートを削る。ランスロットを追うように、壁面を滑走した。
羽のないナイトメアでは勝負にならないが、それでも上空を取られてはならない。取られたら負ける。どうにかして頭をとって、地面に叩き落とさなくてはならない。
焦る心を押さえつけながら、冷静に計算。駆け登る高層ビルの天井を見据えながら、何とか次なる決め手を考え続ける。
『ゼロは君が命を懸けるほどの男じゃない。騙されているだけだ、目を覚ませ!』
「その言い方、ムカつくわね―――」
堪えられず怒りに駆られると、壁を蹴った。《輻射波動》を放った。同時の爆発で、弾丸並みの速度で飛んだ。
だが、それは読まれた。躱された。高速ではあるものの直線でしかない。飛べる相手にとっては、方向させわかれば簡単に躱せてしまう。勢いが失せ、無防備にも中空に投げ出された。ランスロットが、腰の銃を引き抜き狙いをつけようとする。……撃たれる。
でも、狙い通り。口元を歪めた。
奴の注意が、背後から逸れていた。ナイトメアの跳躍と《輻射波動》の二重の衝撃で芯が砕けたビルが、倒壊する有様から。巨大な体積と質量が、空から降り注いでくる。
『なにッ!』
「あんたに、ゼロの何がわかるってのよ!」
捨て台詞を吐くと、ランスロットは瓦礫の雨に巻き込まれた。
上空へは逃げられない、側面は間に合わない、前方には私がいる。下に逃げるしかない。―――瓦礫の波が降り注ぐ前に、急降下。
下へ地面へと飛びながら、何かを探っている。おそらくは、被害が最も少ない間隙を。抜き出した銃を向けては、その穴を大きく開けていく。発射された超電導の弾丸が、瓦礫を吹き飛ばす。ランスロットが収まるほどの穴が開いた。
そこに身を潜めやり過ごす。抗電磁圧の盾を構えて、残りの落下物を防いだ。
パニックにならずに冷静に対処する。その胆力もさる事ながら、怒涛のような瓦礫の波からほんの小さな穴を見つけ出す動物的な勘。それを成し遂げるナイトメア操作技術の冴え。見事としか言いようがない。同じ立場だったのなら、やり遂げられるとは言い切れない。
でも、そんなことは分かっていた。ずっと見てきた、驚かされ続けてきた。成田連山での初戦然り、収容所での四聖剣と藤堂さん達との包囲戦然り、鹿児島での一時革命政府との単独奇襲戦然り。だから、こんなことで終わらせられるとは思っていない。この程度で終わらせてもらえるほど、甘くない。―――彼は必ず、コレを生き延びる。
だから、必死に考えた。思考を模倣した。その時彼はどう行動するか、どこにいるのか。追いかけ続けた。
瓦礫が降り注ぎ終わる前に、行動を開始していた。安全地帯から危険なそこへ、飛び込んでいた。
落下する瓦礫を縫いながら、時にぶつかりながら導き出された答えは、正解だった。
盾を構えていたその手を、掴んだ。
「捕まえたァ! コレで、終わり―――」
驚くその顔を眺めることもなく、即座に《輻射波動》を放った。真っ赤な閃光が辺り一面に煌めく。
掴んで波動を浸透させた腕は、赤熱で膨れ上がる。ブクブクと膨張する。中の電気系統を破壊しつくし、鋼鉄の骨格と人工筋肉を焼き尽くしていく。この紅蓮の右腕で壊せないものはない。
赤熱が腕全体に広がり肩へ、全身へと伝導していく。ナイトメアを破裂させ、内部のパイロットも熱死させる。……それは例え、第七世代ナイトメアフレームであっても同じだ。
(せめて、苦しまないようにしてあげたかったけど……)
コレが限界。手加減などできなかった。瞑目する。
個人的には嫌いではなく、真面目で誠実な良い奴だと思っている。少々頭が固くルールに縛られ過ぎているところはあったが、他人に対しての思いやりが行き過ぎなゆえだ。会って数ヶ月しか経っていない、それもブリタニア人の学生が無事だったことに、本気で涙を流して喜べる人など私は知らない。おそらくこれからも、知ることはないだろう。友人であり続けたいと、思える人物。
だけど、私たちは敵同士。それも、ずっとそうだった。見逃すわけにはいかない、最大の障害。ゼロにとっての邪魔者。そして……私だけしか殺せない相手。
胸の内で一つ謝罪すると、爆裂のその時に備えた―――
しかし、その時は来なかった。
波動の破壊が肩へと伝導する寸前、パージさせられた。
圧縮空気と排気とともに、腕が吐き出される。連動して掴んでいた紅蓮の右手が、無理やり無防備にさらされた。
「なッ! ―――キャアァッ!!」
驚く暇もなく、右腕が撃ち抜かれた。衝撃で機体が揺さぶられる、右腕が粉々に破壊された。パラパラと破片が舞い踊る。
予想外襲撃に、姿勢制御もままならない。揺さぶられた不安定なまま、その場に膝をつかされた。
『―――ナイトメアから降りろカレン。さもなければ、このまま……』
再び空へ舞い上がったランスロットから、宣告された。最後まで言い切らず、だけど差し向けてきた銃口がその先を雄弁に語っていた。
即座に機体の状況をチェック。まだ可動はできる、だけど《輻射波動》機構は全壊。最大の攻撃手段が奪われてしまった。代わってランスロットは、同じく片腕を失っているとしても武装は充実している。こちらには、あの装甲と抗電磁圧の盾を突き通せる攻撃力は、ない。……もう、勝つ見込みはない。
奥歯を強く噛み締めた。
「……やれるものならやってみなさいよ、裏切り者が」
負け犬の遠吠え。そうわかっていても、吐き捨てずにはいられなかった。
通信機越しには何も聞こえない。返ってこない。でも何かを、私の命を諦めている沈黙だ。先ほどの私と同じ気分を、味わっているのだろうか。
ランスロットの指先が、引き金を引いていく。
『―――そこまでだ、枢木スザク』
空から降ってきた声が、引き金を止めた。
声の源を仰ぎ見る。
そこにあったのは、巨大ナイトメア・ガヴェイン。ゼロだ。……助けに来てくれた。
『決着を付けようじゃないか、二人だけで。……正々堂々とな』
『望むところだ』
決闘、睨み合い、……殺し合い。
静かな殺意が、二人の間で火花を上げていた。
長々とご視聴、ありがとうございました。
原作の会話と立ち回りと少し違っていますが、ご容赦の程を。
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