不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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決別

 

 

 ナイトメアがある地下倉庫まであと一歩、地上にはイレブン共がわらわらと集まってきていた。暴徒ではない規律の取れた兵隊、黒の騎士団の面々だ。何かを、誰かを探すかのように騒がしく動き回っている。包囲網が張られている。

 自分ひとりなら抜け出せる。まだ網の目は粗く、奴らの制服さえ奪ってしまえば私がブリタニア軍人だと悟ることはできない。敷地内から外に出てしまえば、後は流れ弾に気をつけながら政庁を目指せばいいだけだ。簡単とはいかないが、できないことはない。

 だけど今は、一人ではない。

 

「―――どこに連れていくつもりですか?」

 

 車椅子に乗った盲目の少女。何としても彼女を、政庁まで護送する必要がある。

 果たせれば、この戦いは終わる。黒の騎士団は終わる。諸悪の根源たるゼロを、永遠に葬り去ることができる。そして私は、奴を殺した一番の功労者として、叙勲と広大な領土を与えられることだろう。表立っての表彰はコーネリア総督だろうが、実質は私になる。皇帝陛下は厳しい御方だが、功績ある有能な者にはふさわしい褒美を振舞ってくださる。

 

「この混戦状態では、政庁へなんて行けはしませんよ。途中で捕まるか撃たれて殺されるかのどちらかです」

「黙ってろ」

「まだ銃声が散発的にしか聞こえていないところ見ると、黒の騎士団たちは皆を人質に取るつもりのようですね。抵抗さえしなければ、危害を加えるつもりはないはずです」

 

 こちらを挑発するかのような冷静な言い分に、苛立ちを覚えた。しかも、小さくはあるが声を潜めようとはしない。静かに後ろで怯えていればいればいいものを……、いらだたしい限りだ。

 振り向いてやると、口を歪めて嘲る。

 

「……ふん! 命乞いなど、負け犬の発想だ。ブリタニア人であるのは見かけだけだな」

「今のあなたも、同じではないのですか?」

「負け犬であるのは認めるのだな?」

「いいえ。現状を正確に分析し、わずかでも可能性がある方法を助言してあげただけです。……追い詰められているように見えたので」

 

 泰然とした物言いは、不思議な圧を放って響いてきた。障害者の小娘らしからぬ静かな威厳。

 激怒してもいい小賢しさだったが、癪には触らなかった。必死・健気、気丈といったところだろうか。怯えすぎて腰を抜かされては運ぶのが面倒だから、これぐらい反発するのがちょうどいい。

 ただ口の端をほころばせ、面白いものでも見たかのように笑う。

 

「随分と肝が据わっているじゃない、小娘」

「コレが初めてではないので」

「ほほぉ、私の先に気づいた奴がいたのか?」

「ええ。……でも、すぐにお兄様に倒されてしまいましたけど」

 

 そう自慢する彼女は、沈んだ顔つきを見せてきた。

 それで状況はおおよそ理解した。彼女とその兄との関係を。

 奴は身内にすら正体を隠していた。盲目で自由に動けないとなると簡単なことだろう。だけど、私のように気づいた誰かが彼女を人質に使った。警戒はしていても初めてのことで隙を突かれてしまったのだろう。救出が後手に回ってしまった。なんとか助け出したとしても、誤魔化しがきかなくなった。腹いせか興に乗りすぎたのか犯人が、奴の正体をばらしたのかもしれない。

 だが、決定的な証拠はない。濃厚な疑いがあるだけ、それ以外には考えられないほどの。だから黙っている。下手に刺激せず知らないふりをし続ける。静観を選んだ。

 

「……その口ぶりだと、気づいていたのか? お前の兄の正体を?」

「あなた方は気付かなかったんですか、こんな状況になるまで?」

「言葉に気をつけろよ。さもなければ―――」

「無理ですね。今貴女の命を守っているのは、私です。私に傷一つでも付けば確実に殺される」

 

 ぴしゃりと、切って捨てるように断言してきた。気づかれぬよう、胸の内で舌打ちする。

 腹の立つことだがそれは事実だ。今彼女を痛めつけるのは、得策ではない。やるのならば身の安全を確保したあと、奴を一人目の前に引きずり出しそこでやる。それこそ正しき復讐、溜飲が下がるというものだ。その前にすでに傷がついていては、楽しみが半減してしまうかもしれない。

 ただ、それは私が生きていてこそだ。それが果たせぬ場合は……、致し方ない。そのことだけはしっかりと、分からせなければならない。

 

「……私が殺される前に、お前は死ぬ。私が殺す。それだけでも、あの小僧への復讐になるからな」

「随分と小心者なのですね。私を売りつけて伯爵位でも貰えばいいのに」

「最悪な場合だけだ。それに今の状況だと、交渉次第ではここの総督になれるかもしれないぞ」

「そうですか、なれるといいですね。……見張り、いなくなったようですよ?」

 

 あまりにも舐めた言葉遣い。流石に我慢の限界だ。

 正してやろうと拳を振り上げたが、やめた。指摘されたとおり、周りから黒の騎士団がいなくなっていた。

 警戒しながら再度確認……、いない。今は索敵のちょっとした隙間だろう。すぐに埋まる可能性がある。そうなったら宣言したことをやらざるを得ない。できるだけ音を立てずだけど急いで、目的の場所まで進んだ。

 

 カラカラと車椅子を押した先、学園の地下倉庫。大型の運動器具や催し物の大道具・祭典用のパイプ椅子と机などが、所狭しと収められている。ブルーシートが被せられている。大抵は特別なときにしか使わないものばかりで、埃と蜘蛛の巣がかかっているものだが違った。出したばかり、戻したばかりの整列さと清潔さがあった。……ただ少し、消炎剤の強烈な残り香が鼻をつく。よく見ると、床のそこかしこに白い粉末が残っていた。

 昨日の、ここでもようされた学園祭のことが頭に浮かんできた。あの時の愚かしい己の姿を思い出された。顔をしかめ吐き気をこらえる。思い出しただけでも腹立たしい、おぞましい。今の自分が犯されないように耐えながら、器具の山と谷間を進んでいった。

 

 その奥に、一際巨大な骨董品が鎮座していた。

 10メートルほど、直立でもギリギリ天井にぶつかっていないが巨大なナイトメア。現行使用されているものよりも倍ほどある機体。ただし、その巨体に似合わず手足は長く細い。人型に近しい《グロースター》や《サザーランド》とは、構造からして全く違う。

 

「コレが言っていたナイトメア……。第三世代の《ガニメデ》か」

 

 随分な骨董品だ。今はもう生産されていないはず。

 その巨体に似合わず俊敏に動き回れるが、これが出来た当初は《ファクトスフィア》がなかった。パイロットをコックピットに収めてしまうと、外の様子がわからない。もちろんカメラ越しにはわかるが、その巨体すべてを制御できるほどの視野と周辺情報が確保しきれなかった。そのためほぼ全て、パイロットの勘によって操作される。大抵の者たちはそんな才能持ち合わせておらず、熟練した者でも最大機動では使いこなせない。その不足を補うために、コックピットの上部が透明な強化プラスチックになったが、大砲と銃弾・対戦車ロケット弾が飛び交う最前線の戦場では紙同然の盾でしかない。パイロットの安全を第一に考えるブリタニア軍では、使えない兵器という烙印を押された。ブリタニアではその後、よりコンパクトで量産可能な《グロースター》を製造し、《ガニメデ》のような巨体ナイトメアの製造は主流から外れた。

 一見しただけでは確かではないが、損傷はないしよく整備されている。武器と装甲の大部分が取り外されていて、兵器というよりも輸送機械へと変化させられていたが、その機動力はそのままだ。使えるはず。胸の前に取り付けられた金属の円筒が何なのか気になるが、燃料さえあれば問題なく動くだろう。

 近づき、搭乗するための梯子を探した。

 

 

 

「―――待っていたよ、二人共」

 

 

 

 突然、幼い子供の声が聞こえてきた。誰もいない・そんな気配はどこにもなかったのに、急に目の前に現れた。

 

「随分遅かったから、迎えに行こうと思ってたところだったよ」

 

 不敵に微笑むその少年は、純粋なブリタニア人だ。それも身にまとっている服は公爵位以上、皇族しか身につけられない礼服。見た目は10歳ほどの子供であるというのに、その高貴なる礼服に着られていない。実に良く、着こなしている。相応しくすらある佇まいだ。

 足首にまで伸びる褪せたブロンドの髪。それを無造作に垂れ流しながら近づいてくる。

 

「誰だお前は? 黒の騎士団の一員か?」

「CC、さん?」

 

 反応の違いに驚く。まさか知り合いだったのか? それならマズイ事になるが―――。

 

「違うよナナリー、僕の名前はVV。黒の騎士団じゃないよ」

 

 名乗り上げながらも近づくと、目の前まで来た。

 カツン、靴音が鳴り響き止まった。それでようやく、相手が幽霊でも幻覚でもないことに気づかされた。

 

「君の父親、シャルルに頼まれてね。君を迎えに来たんだ」

「……お父様が、私を?」

「安全な場所に送ろう」

 

 そう言うと、こちらにその顔を向けてきた。

 人形のような顔、まだ男女に分化する前の中性的な顔。色白で幼なげで線の細そい少年。だけどその瞳、赤く仄かに煌く妖しげなそれは、幾百の年月を越してきた老人の底深さを秘めていた。こちらの心の奥の奥まで、隠してきた何もかもが覗き込まれてしまったかのような錯覚をさせてくる。

 只者ではない。人とも思えない。だけど、間違いなくそこにいる。見えるのは幼い少年の姿だけ。怖れの正体がわからない。

 

「ご苦労だったね、ヴィレッタ。君はいい働きをしてくれた、おかげで手間が省けたよ」

「お前は、一体―――」

 

 途中で遮られると、手がすぅっと差し出された。顔の前にまで伸ばされ伸ばされて、覆っていく。触れる手前で、視界いっぱいに占領してきた。

 

「君の功績は忘れないよ。ここを切り抜けてみせたのなら、望むものを与えよう」

 

 少年の背丈は、私の身長の半分ほど。その手を伸ばしたところで、私の胸に届くか届かないかしかない。手のひらもやはり小さく、私の顔を覆えるほどには広くはない。それなのに、見える風景は巨人を相手にしているかのよう。倍の背丈の巨人が、その豪腕と肉厚な手をゆっくりと伸ばし鷲掴んできている。視界を覆い尽くし、頭ごともぎ取らんとするように。悲鳴すら上げられずただ、その暴虐に麻痺し続けた。

 全てが真っ黒に覆われると、同時に体の感覚が消えた。自分が立っているのかどうかすらわからなくなる。平衡感覚がなくなり地面が消失した。音が耳から遠ざかって聞こえなくなっていく。

 

「それでは、健闘を祈る」

 

 その声を最後に、意識まで途切れた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 大音量で放たれた、まっすぐな罵倒。

 

『―――卑怯者が!』

 

 ナイトメア付属のスピーカーから放たれたその声は、誘い込んだ校庭全土に響き渡った。

 

『正々堂々とやらは嘘なのか?』

「生憎、騎士ごっこには付き合いきれないんでな。……ナイトメアから降りて投降しろ」

 

 ガヴェインの腕、五指全てが小型の《スラッシュハーケン》のそれを差し向けた先は、アッシュフォード学園の生徒会室。生徒のほぼ全ては寮の中に監禁させているが、生徒会のメンバーだけはそこにいる。そのことを、スザクも知っているはず。ランスロットのセンサーが彼らの存在を搭乗者に伝えている。

 人質。それゆえに動けない、一定の距離を保ったまま黙って睨むしかない。

 ガヴェインも最新鋭のナイトメアでその武装は強力極まるが、ランスロットには勝てない。直接対決すれば間違いなく負ける、少なくとも敗色は濃厚だ。だから、正々堂々となど戦えない、戦えるわけがない。勝つために最も効果的な方法を採るだけだ。

 そして、奴が唯々諾々とこんな恐喝を受け入れるわけもない。

 

「ラクシャータ。準備はいいか?」

『いつでもいいわよ』

「奴が所定の位置を通過したら、発動しろ」

 

 通信機を切ると、その場所を見た。

 巧妙にカモフラージュがかけられているため、上空のこの場所からは見えないが、そこにあることはわかった。近くにスイッチを押す要員が配置されている。その反応が一人、レーダーに写っていた。

 《ゲフィオンディスターバー》。あらゆるナイトメアを停止させてしまう電子兵器、《輻射波動》を応用して作られた兵器。ナイトメアの超稼働を可能にするエネルギーを生み出し、同時に支え十二分に運用することができる《サクラダイト》。その特殊な周波数と全く反対の波を作り出し中和し、停止させてしまう。ナイトメアにとって欠かせない《サクラダイト》を封じられるため、稼動させることができなくなる。それが骨格部分にもふんだんに使われているランスロットとなると、なおさらだ。

 仕掛けは整っている。あとはただ、網にかかるのを待つだけだ。

 

『……お前は本当にソレをやっていいのか、ゼロ?』

「やるかどうかはお前次第だ。彼らを見捨てて私を殺せば、この戦いはブリタニアの勝利になるだろう。その功績でお前も、騎士侯ぐらいにはさせてもらえるんじゃないか?」

『彼らをその手で殺せるのか、て聞いてるんだ!』

 

 ただの罵倒とは違う怒りで叫んできた。

 即座に突っ込んでくると思っていたが、案に相違して留まったまま。俺に対する怒りで凝り固まっていたと思っていたが、違うのか?

 

「できないと思えば、そのまま攻撃してくればいいだけだ」

 

 だけど、今更引けない。冷酷さを装い、だけどほんの少し隙をちらつかせる。こちらの真意は絶対に悟られてはならない。

 

「お前への執着が私の甘さだった。……今ここで、断ち切らせてもらう」

 

 腹に力を込めなおすと、ガヴェインの頭部センサーを生徒会室に向けた。

 同時に、ランスロットが弾けた。速攻で飛び込んでくる。口元に笑いがこぼれる、罠にかかった。

 

 迎え撃つために両肩の《ハドロン砲》を放った。真っ赤に熱せられたプラズマの奔流が、ランスロットに浴びせかかっていく。それを身に受ける寸前、くるりと旋回し避ける。地面へと急降下していった。

 そして墜落ギリギリ、地面と並行しながら飛び俺の足元まで滑空してきた。

 

(下から潜り込み射線に割り込む。ランスロットの機動力なら、ギリギリできる。通常の人間ならまず考えないが……お見通しなんだよ)

 

 先に見定めた所定の位置、緑の芝生に偽装したソコにランスロットが着地する。そこから急カーブを描くため跳躍して、ガヴェインの射線に割り込む。

 その時、ソレは起こった。

 赤い熱波が、一面に吹き荒れた。ランスロットを中心に、半径数メートルの円の中等間隔にはめ込まれた《ゲフィオンディスターバー》。その一つ一つの端末が、可視化されるほどの赤い波動を放った。

 その波動を一身に浴びたランスロットは、着地の姿勢のまま固められた。背中のフロートシステムも可動の光を失う。飛び立てず、その場に捕らえられた。

 

『―――こ、コレは!?』

『ビンゴォ! ちょろいわね』

 

 通信機から聞こえてくる、驚愕と歓喜の声。作戦は見事成功した。

 式根島での捕獲作戦で初めて《ゲフィオンディスターバー》を見せた。それから鹿児島でのクーデターが勃発し日本の行政特区を作るなど、慌ただしいブリタニア軍。対抗策が作られる暇はなかったと踏んだが、予想通りだった。

 校庭に佇むランスロットは、指一つすら動かせずに捕獲されたまま。もはや何の脅威もない。

 

「そのナイトメアはくれてやる。中のパイロットは……好きにするといい」

『あのプリン伯爵の最新作でしょ。いまからヨダレが出ちゃうわ』

 

 ジュルリと、唾を飲む音が聞こえてきた。

 本当にあんなもので興奮できるのか……。理解できない熱に、ソレ以上考えるのをやめた。する必要もない。こちらの要求さえちゃんとこなしてくれれば、あとは自由なのだから。

 

(アイツがこれからどうなるとも、知ったことじゃない)

 

 操縦桿を握り、ガヴェインの機首を次なる目的地へと向けた。

 

『まてゼロ! どこに行くつもりだ!』

「お前には関係ない。ここで終わるお前にはな」

 

 今生の別れの言葉は、意外にも冷めていた。もう少し躊躇うものかと思っていたが、辛くともなんともない。

 もう、別れは済ましていた。このクーデターを始めた時には、踏み越えていた。このことでまた吐いてしまうのかもしれないが、今は、コレが終わるまでは大丈夫だ。それだけの強さを、俺は手に入れていたのだから。

 

「さらばだ、枢木スザク―――」

 

 一言そう言い捨てると、《フロートシステム》を点火させた。宙を翔け政庁へ。

 そこで身構えているであろうコーネリアの元へ。それでようやく、母を殺した不届きものの正体が分かる。

 

 通信機からはまだ叫び声は聞こえていたが、切った。

 必要のない、無駄なことだ。切り捨てなければ前に進めない。前に、ナナリーが幸せに暮らせる世界へ。奴の屍は、踏み越えなくてはならなかったから。

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

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