不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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せめて悲しみとともに
虐殺のギアス


 彼が悲しいと、私も悲しくなる。だから、彼の泣き顔なんて見たくなかった。

 彼には笑って欲しかった。心の底から笑った顔が、見てみたかった。それがどんなものであっても、私も一緒に、笑っていられるものだと思うから。

 だけど、あなたはいつだって人生を楽しんでくれない。もっと明るい場所を、見ていてはくれない。

 だからそんなに、悲しい顔をしないで欲しい。スザク―――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑っている彼が好きだった。

 

 といっても、彼は笑ったことがないわけじゃない。ムッツリとしているわけでもない。それは、万人が認めるような笑顔なのだ。笑っているとしか見えないのに、笑っているとはちっても思えないのである。全てが偽りなのだ。

 彼自身、それを意図しているわけじゃない。何か下心を隠しているわけじゃない。そういった人々が醸し出す独特な「臭み」は、ブリタニアの宮廷内ではどこもかしこにも漂っていてよく知っているけど、彼の笑顔にそれはない。疑うのがバカらしくなるぐらい、笑っているとしか見えない。

 

 それは、他人が普通に思うように自分のことをそれほどに重要だとは考えていない者だけが作り出せる、仮面だった。彼の中には、偽り「しか」ないのである。だからそれは、いわゆる本心よりも彼独自の表情なのだ。漂白された以上に何も反射しないほどに透明な、虚ろな心を覆い隠すような必死の笑顔。……ずっと見ていると、胸が締め付けられるぐらいに切なくなってしまう。

 彼を見る人は、彼のその「偽り」の下に何かがあると勘ぐる。それは、本心を隠すための仮面でしかないと考えるのである。しかし、その下には何もない。少なくとも、彼らが期待するようなものは何もないのである。彼らと違って彼は、自分のことを本当に必要な存在だとは思ってはいないから。ほかの誰よりも重要な存在だとは考えられないから。

 彼は、生きて幸福になろうとは、思ってはいないから。

 

 

 

 なぜそれが、私に分かるのかって? 

 私も彼と同じだから。私も私のことを重要な存在だとは、思えないから。

 

 

 

 私の周りには、すごい人たちがいっぱいいる。そんな言葉では言い表せないほどに、この世界にはなくてはならない人たち。彼らは、私とそれほど年が離れているわけでもないのに、ブリタニア帝国を支えるために重要な役職につき貢献している。

 独自の軍隊をもって、帝国の秩序と治安を守るため矛と盾になって戦火の中を生きる姉さま。私には想像もつかないような政略の世界で、端然としながら采配をふるい続ける兄さま。そして、異国の地で孤独に暮らすことを余儀なくされたいとこ達―――。私は、彼らの千分の一ほどの価値と力も持たない小娘だった。

 だけど、皆が私を「ただの小娘」にしてくれない。それはすごく、私が考えている以上に贅沢なことかもしれないけど、身に余ることだった。だから、何か恩返しをしたかった。しなくてはならなかった。

 

 だけど、私には何もできなかった。

 私に出来ることは、彼らは簡単にやってのけてしまうのだから、私に出来ることは何もなかった。彼らに逆恨みをすることがいつもだった。私に何かを、彼らに恩返しをさせて欲しかった。……だけど、それはかなわないことだった。

 

 だから私は、私であることをやめることにした。何も望まず、望まれることだけを必死にやるだけの人形になることに決めた。

 自分のことは二の次にして、相手が望むことだけに焦点を当てて、それをよく磨かれた鏡のようにして返してみせる。必要なことは、どれだけ透明になれるかどうか。歪みや傷などは一切つけてはいけない。常にそれを磨き続けて、望む姿を照り返して見せること。私であることをやめて彼らの望みのなかで、彼らの瞳に映る姿で生きること。

 

 

 

 「お人形の皇女様」。それが、彼らの望む私だった。

 

 

 

 それが疲れるわけじゃない。子供の頃から、多分物心つく頃からそれを習慣づけてきたから、それは私にとっては日常の事だった。無理に役を演じているつもりは、なかった。歩いたり息をしたりするのと同じ、生活を続けるために必要な動作。苦しさなんて感じたことはなかった。むしろ、心地よかった。

 でも、それは、私を無くしきれていない証拠だった。

 

 だから、なのかもしれない。クロヴィス兄さまが亡くなられて、空席になったエリア11(旧日本)の統治者に立候補したのは、ブリタニアにいては私をここに押し上げてくれた人々に申し訳が立たないと感じたからかもしれない。そこにいれば安全で安心な生活を約束されているけど、私はそれを望んではいけなかった。彼らの望む私は、それを拒むようなものではないからだ。彼らの反対を押し切ってエリア11の副総督を受任したのは、そんなところがあったからかもしれない。

 それは、結局のところ、私が「お人形の皇女様」ではなく「ただの小娘」でしかないことの証拠でしかないのだけど、その時の私にはその区別なんてわからなかった。子供の頃から私は、「お人形の皇女様」でしかなかったから。「ただの小娘」でしかない私の考えや感情なんて、これっぽっちもわかってあげようとはしなかった。ただ、「お人形の皇女様」であるために「ただの小娘」を殺し続けてきたから。私が透明になっていることが、彼女である条件だったから。

 

 だから彼に会った時、彼女は言いようのない程、不安定になってしまったんだ。

 

 

 

 彼女と同じ彼。私が初めて会った、彼女でない彼。

 そのことに気づいたのは、彼と出会ってからずっと後になってからだ。それを、昨日のことのように思い出せる―――……。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 スザクは、自分のことが嫌いだった。憎んですらいた。

 

 エリア11の総督府にあてがわれた執務室で、その原因を彼は、私に話してくれた。

 

 

 

 彼は父親を、(元)日本国首相『枢木ゲンブ』を、その手で殺したのだ。12歳の誕生日に成人として認める証として渡されるはずだった枢木家伝来の小太刀を手にとって、父の腹を刺し貫いた。

 

 それは、彼の意図していないことだった。

 

 

 

 ブリタニアとの開戦が避けられないことが分かるとゲンブは、徹底抗戦の構えで全面戦争に踏み切ろうとした。スザクは、それを戒めて服従の道を説いた。子供ながらも、良質な情報を得られる場所にいたスザクには、ブリタニアと日本との戦力の差が圧倒的な開きがあることはわかった。開戦に踏み切れば、日本は敗北することは目に見えていた。また、それは彼だけの考えでなく、ゲンブを訪ねてくる軍人・政治家たちの話を統合すれば、戦うことを全面的に支援する者たちはほとんどいなかったらしい。むしろ、戦争を忌避していていた。

 敗北することが分かってなお戦い続けるのは、まだ一縷の望みがあったからというわけではない。中華連邦の支援の手を借りることは、その時には絶望的だと判明していた。

 隣国同士のさがというものだろう。日本と彼らとは長年、領土問題やサクラダイトの貿易問題やらでいがみ合っていた。窮地に助けを出すような間柄ではなく、苦難を見て財を掠め取ろうと虎視眈々と狙っている潜在的な敵どうしだった。日本が開戦に踏み切った最大の動機は、小国ながらも大国と対等に渡り合ってきた過去の栄光と勝利が、忍耐と服従という大局的判断を否としたからだ。それに目が曇らされたからだ。誰もが、その開戦の風潮に逆らえなかった。

 人々が望む「日本の栄光」に、正面から立ち向かうことを恐れていた。

 それを一身に背負うべきリーダーたるゲンブだが、ブリタニアとは違って絶対的な君主ではなかった。彼に決定権はなく、すでに決定したことを認定するだけのハリボテでしかなかった。

 それは、彼が無能なリーダーであることを必ずしも意味しない。誰もが決定をくださずにその場の空気を読み合って形にしたものが、その当時の日本の決定だった。責任を負うべき主体は、そこにはどこにもなかったからだ。しかし、それでは文明国家としての体裁を保てない。人間社会のあらゆる決断に生じる責任は、誰かが背負わなければならないものだったからだ。それが、世界のルールであって常識だった。日本国首相とは、自らの意思による決定とは言えないそれの責任を背負わされる生贄だった。

 ゲンブは、その役割を全うするために、ブリタニアとの開戦を皆に宣言した。

 

 当時のスザクは、その全容の全てを把握していたわけではなかった。しかし、息子に正論を言い当てられて頑なな態度を取り続ける父を見て、釈然としないものが浮かんだのは確かだった。

 頑固で融通が効かないところがあることは知っていたが、そこには父親なりの道理があった。はじめは理解できなことや納得できないことは多いのだが、終わってみればすべてをあるべきように丸く収めているのである。だからこそスザクは、無口で厳格で会話らしい会話をしてこなかった父だったが、尊敬し続けることができた。しかし、その時の父の態度には、いつものような確信がなかった。手を引いて導いてくれるような力強さはなく、突き放してこれ以上進ませないための焦りが見て取れたのだ。

 その父の態度をスザクは、一度だけ見ていた。母が死んだ理由を訪ねた時の態度に、そっくりだった。

 

 

 

 母親をスザクは、知らなかった。彼が物心つく前に、病気でなくなっていたからだ。

 

 

 

 彼女とゲンブは、家同士の関係で結ばれた夫婦ではなく周囲の反対を押し切っての恋愛結婚だったとか、子供の頃は男の子顔負けの快活さで今のスザクと同じぐらい運動神経がよくて大の大人を組み伏せるほどだったとか、病弱であった以前から物静かで隣に座っているだけで気持ちを落ち着かせてくれる不思議な魅力をもっていた女性だったとか、出会った頃は互いに憎まれ口を叩き合っていたとか、当時を知っている者たちには想像できないような争いごとひとつない鴛鴦夫婦のようだったとか―――。

 話にはいろいろ聞いているが、スザクは母親の写真を見たこともなかった。当時、軍人でもあったゲンブは、ほとんど彼女と一緒に過ごすことができなかったらしい。写真嫌いだった二人は、友人たちと無理やり撮った集合写真やひっそりと行った結婚式のもの以外には、記録を残そうとはしなかった。わずかに残っていたそれらも、ゲンブが家を継ぐため再婚するにあたって、枢木の家の者たちが捨ててしまった。

 二人に何が起こったのか、どうしてそうなったのか、なぜ父がそれを語ろうとしないのか、スザクはついぞ知ることはなかった。そしてもはや、当時のことを知っている者たちは、皆この世にはいない。

 彼が知っている唯一の母は、飲み下せない苦いものをどうにか腹に収めようと、それを外に出てこさせないために必死になっている父の表情だけだった。その父の表情の奥に隠されているものが、スザクにとっての母親の姿だった。

 

 

 

 父親に刃を向けた後のことを語るとき、それまでよどみなく話していた口を濁らせた。

 

 

 

 その時、ブリタニアとの戦争を開始するにあたって、当時の日本の政治を影で司っていた重役たちが枢木の家に集まっていたのだ。彼らと談義して歩調を合わせたあとに、国民にそれを伝達するためであった。そのうちの一人「桐原」、日本を影から支配していた財閥「キョウト六家」の重鎮が、呆然としたままのスザクをよそにそこで起こったことを隠蔽した。

 

 枢木ゲンブ首相が戦争を回避するために自決して果てるという物語は、彼の手によって描かれた。

 

 そのことは、当時枢木の家に集っていた者たち以外には、知られていない。そして、関係者の大半は、戦争の際に亡くなってしまった。

 今、この事実を知っているものは、桐原とスザク以外にはいなかった。そして、もはやこの事実は、作られた物語よりも「真実」ではなくなってしまっていた。

 

 

 

 それがスザクを、この8年間ずっと苦しめていたものだった。そして、告白すれば楽になる罪悪感ではなかった。

 

 

 

 真実とは違う偽りを生きることの苦しみだったら、こうして自分に教えてくれることで重荷も幾分か軽くなったことだろう。しかしスザクは、その「偽り」が必ずしも偽りではなかったのではないかと、考えていた。

 

"父は、戦争回避のために、自決を望んでいたのではないだろうか?”

 

 責任逃れの言い訳。

 彼の8年間は、父を殺した責任を果たすためにあった。危険な戦場に居続けたのは、父殺しの贖罪だった。

 侵略者であるブリタニアに服従することが、日本人の命を救う唯一の道であるということを、彼は心の底から信じていたわけではなかった。自分の命を顧みなければ、抱えている罪の意識がホンの少しは軽くなるからだった。命懸けの孤独が、彼が生きられる唯一の居場所だった。だからこそその考えは、唾棄すべき弱さであって念頭にも浮かべてはならない心の迷いだった。

 

 しかし、一時とはいえ、戦場から離れることで彼の考えも変わってきた。

 切り捨てながらもどこかに残り続けているそれこそが、抱えている罪の本質なのではないかと、考え始めたのだ。責任を果たそうと躍起になっていたのだが、その責任ははじめからどこにも存在していなかったのではないか。今まで何のために戦い、命まで差し出そうとしたのか、わからなくなってしまった。父が自決をするつもりであったのならば、自分のやったことは介錯のようなものになってしまう。

 

 ただ、本当のところはわからない。父は、何も語ることなくこの世から消えてしまったからだ。

 桐原が現場に駆けつけるまでの時間、父の命が流れ出る鮮血と共に消えていく間、スザクは、死にゆく父を呆然と無言のまま見つめていた。その時ゲンブは、何かを告げていたハズだったが、それをスザクは思い出すことができなかった。そして、助けも呼ばずに、死に瀕していくその姿を、傍らで見ているだけだった。

 すべての秘密を抱えたまま、父はこの世から消えた。

 

 

 

 彼が戦場に居続けるのは、その時父が何を言ったのか、知りたかったからだ。

 怠惰な己を徹底的に嫌って、命が脅かされる恐怖に怯える弱さを憎み続けることでしか、真実は明らかにはならない。それを知らない限り彼には、自由な未来はなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 彼は私に似ていた。

 彼の罪悪感は、私には痛いほどわかった。肉親を殺したことはないが、誰かが求めている何者かにならなくてはならないという命懸けの焦燥感は、私の胸の深い部分にあったものを穿った。

 

 彼は追い詰められていた。

 逃げ場がどこにもないほど、殺した父親の亡霊に急き立てられていた。私が見てきた中では、誰にも負けそうにないほど強く高潔な騎士なのに、膝を抱えて泣いている迷子のように儚かった。

 

 そんな彼を見ていると私は、抱きしめてあげたくてたまらなくなる。

 今まで出会ったどんな人たちよりも、彼には幸せになってもらいたかった。でも、彼を救うのは、死に至るような苦難だけだった。そして彼は、そこに迷わず突き進んでいくことだろう。

 

 だから私は、彼を好きになった。

 私が彼を好きになれば、彼はその無謀な突進を躊躇してくれるかもしれなかったから。なにより、彼が抱えてきたものを、共に支えあって生きたかった。彼といる時だけは、みんなが望んだ「お人形の皇女様」ではなく「ただの小娘」でもなく、私の望む「ユーフェミア・リ・ブリタニア」として生きることができたから。

 

 幸せよりも尊いものが、彼と共にあった。

 それを逃したら私の手の届かぬ場所に消え去って、もう二度と決して、巡り合うことはないという確信があった。たぶん出会った瞬間には、既に私の一部になっていた彼女でない彼。それゆえに、かけがいのないもの。私にとっての彼がそうであったように、彼にとっての私もそうであって欲しかった。

 

 これは、たぶん、生まれてから初めて欲しいと願ったものだ。誰にも、渡したくはなかった。

 でも、それはもう叶わないことだろう……。

 

 

 

 私は、日本人を虐殺しなくてはならなかった。ひとり残らず徹底的に、日本人を殺し尽くさなくてはならなかった。

 

 その一人には、目の前に立ち尽くしているスザクも含まれている。

 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 騎乗していたナイトメア「グロースター」は、「ランスロット」の攻撃によって四肢がもがれ壊れて動かなくなってしまった。だけど、手には弾倉を再装填した銃が握られている。

 訓練は一通り受けていたが、動かない的にもまともに当てられないほどのできで、訓練教官も苦笑いを浮かべて「あなたは銃を握らない方がいいかもしれませんね」と言われてしまった。でも、会場で日本人に向かって乱射してみた時、反動や当てる感触を掴むことができた。もう少しだけ近づけば、あるいはあちらが歩み寄ってくれれば、確実に銃弾を当てられる自信があった。

 

 以前は、銃というものが怖くて恐ろしくて、触っているのも嫌だった。

 ナイトメアはそれほどでもなかったのだが、それでも無意識に根付いている嫌悪感がコントロールを鈍らせる。あらかじめ照準を定めることはできるのだが、引き金を引くときには銃口は見当はずれの方向に向いているのである。どうにかそれを克服しようにも、指先は言う事を聞いてはくれなかった。

 ほかの人たちがまともにできることができないことに、泣き出しそうなほど惨めな気分を味わったのは、苦い思い出だ。

 

 だけど、今はそんなことに悩まされることはなかった。

 一発打つたびに銃口と的が磁石のように引き合うようで、どんどん命中率が上がってくるのを肌で感じた。あれほど苦しめていた嫌悪感は、はじめからいなかったかのように指先から消え去っていた。

 

 

 

 一方のスザクは、武器らしいものを何も持っていない丸腰だった。腰には儀礼用の長剣を履いているが、銃とでは比べ物にならない。……もっとも、彼ならば別なのかもしれない。

 こちらのナイトメアを破壊したあとコックピットから出てきた私をみて、すぐさまランスロットから出てきた彼は、騎士の白い正装のあちこちに、切り傷やら汚れが目立っていた。

 ナンバーズの騎士就任自体は、前例はないわけではなかったが、異例の出世であることは間違いなかった。そのため、当然のように彼は、そのような正装を持っているわけがなかった。だからそれは、彼のために急遽あつられたものだった。ブリタニア人の騎士たちにも見劣りしないようなモノを、作ったのである。

 

 それが今、台無しになってしまっていた。

 

 今までの苦労はなんだったの! 

 と思わず口に出そうとまでしたが、自分の有様を見直してやめた。白無垢のドレスは、いまや見る影もないほどに千々切れて汚れていたからだ。彼以上にひどい有様だった。

 

 裾が地面に届くほどのそれを、動きやすくするためにたくしあげていたが、もともと走り回るために作られているものではないため、動くとすぐにズレ落ちてしまう。だから、落ちていたナイフをひろうとひざ下まで切り裂いてしまった。

 これはこれでいいのかもしれないと、自分の姿を改めて見直すと思うのだが、これを作るために苦労してきた職人達やプレゼントしてくれた姉さまの気持ちを台無しにしてしまったみたいで、いたたまれない気持ちもある。

 それよりもまずいと思うのは、赤いシミとなっている日本人の鮮血だった。見渡す限りそこらじゅうに座っているのだから、命中精度の悪い自分の銃の腕であっても、引き金を引けば誰かに当たる。だけど、一発打ち込むと会場は大混乱に陥ってしまって、壇上から当てるのが難しくなってしまった。

 だから、近くまで歩み寄って打ち込むことにした。

 

 それがいけなかったのかもしれない。また、こんなにも驚くなんて考えてもいなかったから、周囲に配備しているナイトメアに協力を仰いだのもまずかったのだろう。

 逃げ惑う日本人たちに銃弾を打ち込むことに集中しすぎて、背後から近づいてきた日本人に気づくのが遅れてしまった。それを、ナイトメアに乗っている騎士のひとりが気づいてくれて、銃弾を浴びせてくれたのだ。

 特大の銃弾で粉砕された日本人の体から、臓物の破片やら血糊が飛び出してきて頭からずぶ濡れになってしまったのだ。柔らかい肉の破片や臓器の一部は手で払えば落とせるのだが、鮮血だけはどうにもならない。白いドレスのあちこちに、赤いシミが付いてしまった。……これはもう、洗っても取れないかもしれない。

 

 鼻の中にまでコベリついてくる鉄錆の匂い。下着にまで染み込んでは固まってカサブタになって肌に張り付く鮮血。そして、白い綺麗なドレスが擦り切れた真っ赤なドレスになってしまったことにげんなりしてしまうが、まだまだやることは多い。気持ちを新たにして、出口に必死に群がっている日本人たちに銃口を向けた。まとまっている分、さっきよりはずっと狙いやすかった。

 ナイトメアに乗り込んでからは、操縦に必死でそれどころではなかったが、いざこのような姿を彼に見せると恥ずかしくなってしまう。

 できれば彼だけは―――なぜかはわからないのだが―――準備万端になってから殺したかった。だけど、やるべきことは山積みだ。ほかにも日本人はたくさんいる。贅沢は言ってられない。残念だが、彼にはここで死んでもらうことにする。

 

 無防備にも近づいてくる彼に私は、銃口を掲げた。

 

 

 

 そして、ためらいなく引き金を引いた。

 

 だって日本人は、ひとり残らず、殺さなくちゃならないから。

 

 

 

 

 

 




長々とお付き合い、ありがとうございました。

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