頭の中で、銃声が鳴り響いた。鼓膜が破れそうなほど震え、痺れている。
長年、銃弾と硝煙が舞う戦場を生活の場としてきたからだろうか。考える前に体が反応した。静かな微睡みから一気に、目を覚まさせた。
「―――こ、ここは……?」
体を起こすも、ガンガンと内側から叩くような頭痛に顔をしかめた。最悪な目覚めだ。
だけど、この症状はよく知っていた。敵対者を無力化するための方法、頚動脈を強く押さえつけられることによる気絶、そこから目覚めた時に現れる頭痛だ。急に血の巡りが戻ったことで、頭が割れるように痛む。
半ば朦朧としながらも、己の状態を確認。周囲の状況を確認する。何が一体、どうなっているのか……
「ご無事でしたか、殿下!」
私を案じる声、ギルフォード? 声の主を見た。
違う、《グラストンナイツ》の一人だ。私の身辺の護衛として、ダールトンが配置した騎士たち。倒れた私の無事に安堵して、ホッとため息をついている。それを見て、頭が回転し始めてきた。気絶する前の記憶が戻ってくる。
そうだ私は、彼らと共にいた。傷を負いながらも、何とかこの政庁まで退避してきたダールトンを出迎えるために。放映された式典で撃たれた時は気が気ではなかったが、同時に生き残ってくれているはずだとの信頼もあった。どんな戦場であっても彼は生き残り、その立っている場所こそが安全地帯だった。だから、涙を流しながら無事を祝うのは失礼だ、総督として彼の主として毅然とした態度で出迎えてこそ誇りに叶う振る舞いだ。
そのダールトンは今、どこにいるのか?
「……ダールトンは?」
「将軍は、その……、ご自害されました」
躊躇いがちに、彼の最後を告げた。
見渡してみると近くには、はんば硬化し黒ずんでいた血だまりが。ぷにぷにとした柔らかな肉のような塊まで。ソレらが服にも飛び散っている。そのすぐ横には、熊のような大男が横たわっている。ブリタニアの正式軍装をキッチリと少し窮屈なまでに着こなした軍人、アンドレアス・ダールトン。その顔には覆いが被されているが、見間違いない。……見間違いようがない。
胸の奥から焼け付くような吐き気がこみ上げてきた。まさか、そんな、どうしてこんな―――。思わず口を押さえる、抑えようとした。
しかし、寸前でこらえた。消えかけた理性を総動員して自制する。私はそうしなければならない。ここはまだ戦場で守らねばならない部下がいて、私は指揮官だ。この属州の総督でブリタニアの皇女で、だから人前で感情を露にすることは許されない。それに初めてのことじゃない、もう何度も乗り越えてきた弱さだ。喉元までせり上がったソレを、飲み下す。
「……私が気絶している間、何が起こった? 仔細を話せ」
苦味に耐えながらそう命じると、《グラストンナイツ》が気絶していた間のことを説明した。
出迎えに来た私を拘束したダールトン。全くもって予想外、それ以上にありえない出来事に私も含め皆唖然とするばかり。質の悪い冗談かとも思えてしまったほど。だけど、抜き出した銃を見て本気だとわかると、説得にかかった。聞く耳など持ってくれなかったが、それでもそうするしかない。その途上、このエントランスまで引きずられた後、私は気絶させられた。
その後、私をゼロの元まで連れて行くために、ナイトメア格納庫まで行こうとした。人質まで取られ、どうすればいいのかわからずただ見送るしかなかった。その途中、ダールトンを護送してきた枢木スザクの呼びかけにより、事態は一変。それまで機械じみた冷静な狂気に支配されていたダールトンは、突然我に帰ったかのように怯え出した。そのまま説得しきれるかと思ったその時、私に差し向けていた銃口を己のこめかみにつきつけた。そして……、目の前にある惨劇が起きた。
ダールトンの死後、枢木を拘束しようとしたもののナイトメアが、誰も乗っていないはずのランスロットが突如として壁を突き破り乱入。枢木をさらいコックピットに乗せると、政庁から消えた。
「―――この件は誰かに喋ったか?」
「いえ、ここにいる者たちのみです。前線で戦っているギルフォード卿にはまだ、伝えておりません」
「伝えなくていい。余計な不安を煽るな。今は全て、ここにいる者たちの胸の中に秘めていろ」
私の命令に、無言で首肯してきた。
誰もソレを見ない。あえて目を逸らして、これからのことだけに集中させる。させなければならない。まだ戦いは、続いているのだから。
「外の状況はどうなっている?」
「ギルフォード卿が政庁周辺に防衛戦を引き、堪えております。敵も攻めあぐね膠着状態が続いてます」
「ゼロの動きは?」
「我が軍から奪った最新鋭のナイトメアにて航空戦力の大部分を殲滅。その後一旦引き、学園地区を占拠し陣を張りました。……おそらく、もうそろそろ襲撃してくるかと」
「だろうな。戦いが長引けば奴の負けだ」
立ち上がると、踵を返して天井を仰ぎ見た。
襲撃されるのならば、空からだろう。この政庁の屋上庭園。……そこで決着をつける。
「殿下、どちらに?」
「宴の準備だよ」
「それならば、我らもご一緒します」
静かに、だけど頑なに。膝をつきながら護衛を申し出てきた。
このような事件が起きた後では致し方ないだろう。だが、こちらにも譲れない理由がある。一人だけで戦う必要があった。
「この身一つでなければ、あの卑怯者は降りて込んだろう」
「ならばなおさら、御身をお守りせねば」
「心配するな、私がナイトメア戦で奴に遅れを取るなどありえん」
「しかし―――」
「それにこの戦いは、ゼロと私で始めた戦いだ。決着は、二人だけで付けるのが正しいだろう」
二の句が告げず黙ったまま。当然だ、ソレは私の誇りに関わることだから。ブリタニア貴族として、軍人としての誇り。時にソレは、命よりも優先しなければならない高貴な使命だから。それをわかっていた。
翻し、背を向けた。ゼロを待ち受け滅ぼすために、かの庭園へと。
最後にチラリと、ソレを見た。横たわったダールトンの死体。もうそこには誰もいないが、それでも何かの名残が残っているかもしれないと。もしかしたら、全て嘘だったんじゃないかと……。
淡い期待は実らず、変わらず。ただ、己の女々しさだけを確認しただけ。
「……もう誰も殺させやしない。これで、すべてを終わらせる」
顔を指揮官のものに戻す。消えかけていた怒りに弱さをくべ、燃え上がらせた。焼き尽くし強引に焦げ付かせた。
そうして今度こそ、振り返らない。そのまままっすぐ、突き進んでいった。……すべての報いを、ゼロに与えるために。
◆ ◆ ◆
幸せな、夢を見ていた。暖かく大きな手・腕、それに抱かれて安らぎとともに微睡んでいる夢。
何もかも預けたくて、そうしてもいいと思えるほど優しい。包まっているだけでも気持ちいい揺り篭。だから力を抜いて無防備になって目をつぶる、体をあずけた。そうしているうちに自分がどんどんと幼くなっていき、10歳前後の少女時代に戻っていた。
まだ父が家にいた時代。私も母も皆、幸せだった時の記憶。この世の中には不幸や苦痛などないと信じられた、少女の夢。その証たる父の腕だ。
今ではソレが、質の悪い詐欺師のものだと知っている。身を委ねれば、いつの間にか骨までしゃぶり取られる罠だと。匂いだけは良い、唾棄すべき切り落とさなくてはならない手だ。そうやって、今日まで生きてきた。それができたからこそ、母のようにダメにならずに生き残ることができた。奪われたものを取り戻せるまでに、強くなれた。
それなのに、ソレに包まれた途端、私は身をあずけていた。収まるべくし収まるようにスッポリと自然に、今までのすべての努力を無視して微睡んでいた。コレが正しいと、今までが間違っていたと言わんばかりに。私自身が……、あのイレブンの腕の中で、安らかに幸せそうに……。
いや、私ではない。ソレは、断じて私ではない! 記憶を失い洗脳されてしまった私だ。重傷を負い敵地のど真ん中に監禁されていては、そうなるのは仕方がない。
そう、洗脳されたのだ。そうに決まっている! 相手は少々知恵が回るようだし、そう欲する誤ちが私の過去にはある。だから洗脳にかかってしまったのだ。私には預かりしらぬこと、屈辱ではあるが払拭できる汚れでしかない。私の心は全く、汚れてはいないのだから。
悪夢の中そう念じると、抱かれた腕を振り払った。
ソレは無下にされたことを戸惑うように、どうすべきがそばにい続けた。だけどもう一度振り払うと、闇の中に溶けて消えた。
腕が消えると、頭がはっきりとしてくる。体の感覚も元に戻っていく。ビリビリと、麻痺がほどけていく痛痒感が体中を駆け巡った。
頭のてっぺんから指先までソレが行き渡ると、目を見開いた。どんな催眠術か知らないが、私には効き目はなかったようだ。パッと一気に、体を起こす。諸悪の根源たるあの少年を捕まえようとした。
「―――ま、待て!」
伸ばしたその手は、空を掴むだけ。どこにも、少年の姿は見当たらない。
そして、車椅子の少女の姿も。跡形もなく消えていた。
「…………消えた、だと? 一体どうやって? ……いや、それよりも―――」
マズイ事になった。まさか人質を取られるなんて……。
不可思議な現象、ここが現実なのかどうか疑ってしまうような出来事。いつもなら、そんな心霊現象などありえないと断じることはできたが、今はそれができない。既に前例を知っていた。
ゼロ。何らかの強力な催眠能力を持っている男。その力を、あの少年も持っていたということだろう。あまりにも微々たる可能性だが、ありえないことはない。それだけのことをしなければ、私から彼女を奪い取ることなど出来はしない。それも痕跡一つ残らず、まるで時間を止めたかのように。
震えてしまいそうな窮地、絶体絶命。まさかこんなところで躓くなんて……。助かる方法を考えなければならない、今すぐに。
「ッ! 悩んでいる暇はない。このナイトメアを動かさなくては―――」
「―――ここは俺が探す。お前たちは上を探してくれ」
懐かしい声に、体が固まってしまった。話しながらも近づいて来る、入口から奥へと。
顔の上半分を覆い隠すバイザーと、黒を基調とした制服。黒の騎士団。手に持っているのは小型の突撃銃で、私を捜索するための部隊。十中八九、見つけ次第殺せと命じられている。危機感で麻痺が解けた。見られる前に、物陰に隠れた。
そこからおそるおそる視認、確認する。
「扇さん。相手は仮にも軍人ですよ? 一人じゃ危ない。俺はどうでもいいが、あなたにもしものことがあったら皆が困る」
目に映ったのは、復讐しなければならない相手。この世の中にいてはいけない存在。頭が一気に沸騰し、銃把を握る手が自然と強く固くなっていった。
今すぐにでも飛び出して、アイツを撃ち殺せ。お前ならできる、相手はまだお前がここにいることに気づいていない。必ずやれる。やり遂げなくてはならない―――。
爆発寸前で、堪えた。理性を総動員して、軍人として培った冷静さが警告してきた。まだ早い、今出ていけば殺される可能性が高い。目の前の敵を倒したとしても後ろに控えている本隊に気づかれる。追いつかれたら殺される。人質にされるなんてことはありえない。奴らははんば暴徒のようなものだから。ブリタニア人でさらに軍人だとわかっている以上、殺すことに躊躇いなどない。……様子を見なければならない。
「……わかったよ。ついてこい」
小さくため息混じりにそう言うと、一人だけ連れて向かってきた。
(ッチ! ばらけないか。……仕方がない―――)
気づかれぬよう、銃口にサイレンサーを取り付ける。銃身の伸びた小銃。
緊張で高まる心音と相手の足音を聞きながら、タイミングを計る。ドクドク、トントン……。今だ!
飛び出すと、迷いなく引き金を引いた。押さえつけられた圧縮空気音が鳴る、銃弾が弾き出された。
「ッ!! 刈谷ぁ!」
撃たれて倒れる黒の騎士団、床一面に鮮血が撒き散らされた。
衝撃で受身も取れずに背中から倒れた。でもまだ死んでいない、殺していない。急所を外して狙い撃った。苦痛に身をよじりながら、苦悶を吐き出せもせずに悶えている。
「―――動くな、銃を置け!」
突撃銃を向けられる前に、銃口を向けた。
驚愕、信じられないとの瞠目。仲間が撃たれた以上の衝撃。だけどすぐさま、理解に染められていく。
「やっぱり君だったのか、千草―――」
「私をその名で呼ぶな、イレブン! 私の名はヴィレッタ・ヌゥだ」
叫びながら睨みつけた。そうしながらも舌打ちする。復讐を貫徹するために冷酷であり続けたいのに、これでは未練があるようではないか……。
怒りが足りない、今に集中しろ。やらなければならないことをやり遂げ、その後にコイツを殺す。無感動に冷めた怒りで、私を穢したこいつにふさわしい末路に貶めて。
沸騰していた頭を冷ます、乱れた呼吸を整え再度睨みつけた。今度はちゃんと、思った通りに冷酷だ。
「……記憶が、戻ったんだな」
「ああ、はっきりとな。胸糞悪い監禁生活も覚えているぞ」
言葉に出すとまた、今日までの光景が脳裏に浮かんでくるが、寸前でかき消した。
集中しろ集中しろ、今はまだその時じゃない。この男にふさわしいのは、ブリタニアの最も厳しく不潔な独房の中で、己のしでかしたことを後悔しながら獄死することだ。それも私の手で、容赦なく。それをやり遂げて初めて、私は清められる。今必要なのは、ここから生き延びることだ。コイツを利用することだ。
「足元の男はまだ息がある。そいつを抱えてここから消えろ」
「見逃すのか、俺を?」
「帰った後お前は誤砲だと伝えるからだ。……次に会ったら必ず殺す」
驚き、そして葛藤。苦渋に顔を歪めた。私のためにゼロを裏切れと、騙せと命じる。その意味を理解したのだろう。
狙い通りではあるものの、笑いはこみ上げてこない。むしろ不愉快だ、さらに穢された最悪な気分だ。コイツが私に向ける感情を、数時間前の私がコイツに向けていた同じ感情を利用した。まるでそれが、今でも真実であるかのように……。
奥歯を噛み締めて、吐き気をこらえる。
「……騙すつもりなんてなかった。今日すべてを話そうと思っていたんだ」
「それで私を篭絡しようと? 舐められたものだな」
情けない言い訳を、即座に切って捨てた。そうすることもまた、不愉快極まりないが……。
「……車椅子の少女は? 近くにいないようだけど?」
「あのナイトメアに乗せておいた。……下がらないのなら、撃ち殺すぞ」
「俺を殺したとしても、君に逃げ場はない。ここから脱出して、ブリタニア軍に戻ったとしても……」
躊躇いがちに目を伏せながら言った。
どういうことだ、脅しか? 交渉の主導権を握るためのブラフか? 意味がわからない。コイツは何を―――時間稼ぎか!?
「携帯と通信機を捨てろ」
命じるも、ポカーンとほうけたような表情を浮かべるだけ。何を言っているんだと戸惑っている。
だけど、すぐに指摘した意味に気づいた。
「……連絡なんてしてないよ」
「今すぐにだ!」
さらに命じると、端末を床に投げ捨てていった。
携帯電話、無線機、イヤホン。捨てられたそれを踏み潰し、破壊した。
「そっちの男のモノを壊せ、私が見やすいようにだ。下手な真似をしたら―――」
銃口を突き出した。殺すつもりはないが、もうすこしだけ痛めつけてやることはできる。
顔をしかめながらも黙々と、仲間の通信機を壊した。
「残念だったな。これで助けは来ない」
「君の方こそ、助けなんてどこにもない」
「またソレか。これ以上時間稼ぎなどしたら、そっちの男は死ぬぞ。私も不愉快になって撃ちころ―――」
「君も知っているはずだ。ここの学園祭に一緒に行ったことを。その時の監視映像で君は、俺の、黒の騎士団のスパイだと思われてしまう」
まっすぐに見つめながら、哀れみを込めて宣告してきた。
思わす息を呑む。反駁できずに呆然と立ち尽くす。向けた銃が震えだした。……その可能性は、考えていなかった。
「戻ったとしても、裏切り者扱いで悲惨な目に遭うだけだ。加えてこのクーデターだよ。隠し切れはしない。侯位の剥奪だけでは終わらない、最悪一族もろともに処刑されることも……」
「そんなこと、あるわけないだろうが!」
「租界の通話記録・メール・監視映像の全ては、政庁のメインサーバーに集められてブリタニア本国に送信されている。この戦いのほとぼりが冷めたら、内部に裏切り者がいないか精査するはずだ。その時、軍から無断で離れてイレブンと一緒にいる君を見たら、どう思う?」
間違いなく、裏切り者扱いされる。それも、恋に狂ってブリタニア軍を脱走し、黒の騎士団に寝返った女スパイとして。釈明などさせてもらえない。
このクーデター事件が起きる前だったのなら、まだ戻れる余地が残っていたかもしれない。でも、今はことが起こったあと。勝ったとしても負けたとしても、損害は甚大で大量の人死にも出てしまった。そんな悲惨な空気の中のこのこと戻っていったら、溜められた恨みの余波で生贄にされる。今後そのような不始末など起こさないように、切り捨てられる。誰も助けてはくれない。
体の芯が、震えてきた。ガチガチと音を立て、歯の根も合わない。
「……私が、この私が……裏切り者? そんな、バカなことが―――」
「ブリタニア軍の苛烈さは、君がよく知っているはずだ。反逆者とスパイに対してどういった制裁を加えるか」
「私はスパイなんかじゃない! お前に囚われていただけだ!」
「誰もそんなこと、信じやしない」
信じるわけがない。誰も落ちたナイフを掴んだりはしない。共に処刑されるような聖人など、私の周囲にはいない。
殺される、殺されてしまう。間違いなく確実に、疑う余地なく。ソレは引き起こされる。
断頭台。私の未来には、ギロチンしか待っていない。誰もが皆血に飢えている、私の血が大地に溢れることを望んでいる。逃れられない……。
だったら、いっそのこと黒の騎士団に。彼なら私のことを―――
「千草……いや、ヴィレッタ。俺が君を守る、誰にも殺させやしない。だから―――」
「近づくな、イレブンがッ!」
でも、そんなことはできない。したくもない。するわけにもいかない。一瞬だけでもそんなことを願ったことを、後悔した。
そんなことになったらもう、私は、私でなくなってしまうから。
「君を愛している。それは、今になっても変わらない。それだけは信じて欲しい」
「離れろ、いいから離れろ!」
向けられた銃口の前、無防備で近づいてくる。牽制しようにも、出てくるのは悲鳴と怯えだけ。
握っていた銃がわなわなと震えている。引き金には指がかかっているのに、凍ったように動かない。そこに伸びる扇の手、父に似た優しさと温かさに満ちた大きな手。
掴みとられる、主導権を奪われる、殺されてしまう……。それでも、伸びるその手を振り払うことができない。なすがままにそのままに、明け渡してしまう―――
「ゼロは君を殺せといったが、俺は君を守るよ」
間一髪で構え直した。目が覚めた。
そうだった、ゼロだ。まだあいつに報復していない。このまま流されれば、その機会が一生失われてしまう。そんなことあってはならない。
人差し指の痺れが取れた。力を込める。そして―――
―――パァンッ!!
引き金を引いいた。
「―――ウグゥッ!」
体をくの字に曲げながら、その場にしゃがみこんだ。腹を押さえたその手からは、真っ赤な液体がこぼれ落ちていく。
撃った、撃てた。引き金を引けた。コイツを撃てた。
痺れていた全身に熱が灯って行く。やれる、まだやれる。まだ私は生きている。だったらこれからも、なんとかできるはずだ。
いつの間にか震えは、止まっていた。代わりに力が、込上がってくる。
「私はブリタニア人だ、軍人だ! お前みたいな、下賎なイレブンなどとは―――」
「ちぐ、さ……」
すがりつくような声、弱々しくも伸ばされる腕。再び怯えが震えだしてくる。
だけど振り払って、先に進んだ。ナイトメアの元まで駆けていった。追いつかれないように、逃げるようにして。
長々とご視聴、ありがとうございました。
原作での記憶が戻った後のヴィレッタと扇の逢瀬は、ほんの一瞬程度で会話なんてなかった(すぐに撃ったからさせなかった)。だけど今作品では、ほんの少しだけ話せる時間ができてしまった。その時何が起きるかどんな会話をするか、妄想させてもらいました。
感想・批評・誤字脱字の指摘、お待ちしております。