―――ゴオォォーー、ゴオォォーー。
磨きぬかれた眞白な装甲が、赤熱に歪んでいる。巨大バーナーのプラズマの炎に焼かれて、溶けている。
人なら骨ごと焼ききれてしまう超高熱の刺、しかしランスロットの装甲はビクともしない。表面が歪みひしゃげてはいるものの、コックピット内部までは届かない。既に半時は焼き続けているが、状況は一向に変わらない。
「ッチ! かてぇ装甲だ。《回転刃刀》じゃないとダメか」
舌打ちすると玉木は、部下たちにやめるよう指示した。音が鳴り止む。
《無頼》、ブリタニア製の量産ナイトメア《グラスゴー》を改造して作り出した黒の騎士団の主力兵器。その力を持ってすれば、幾ら最新鋭のナイトメアであっても、無防備なコックピットの破壊など容易い。だけどそれは、近づければの話だ。《ゲフィンオンディスターバー》の包囲網の中、サクラダイトの活動を強制的に停止させてしまうその内円に一歩でも踏み込んでしまえば、ナイトメアは活動を停止してしまう。効果範囲外の遠間からこじ開けるしかない。せっかく完璧に近い形で捕獲できた以上、《スラッシュハーケン》で破壊してしまうことは避けなければならない。
「気をつけなよ。中に入ったこっちまで停止しちゃんだから」
「わぁってるよ」
ラクシャータの忠告を受け流すと玉木は、もう一度ランスロットを見上げた。
「おい裏切り者、聞こえてるだろ! 面倒だからさっさと出て来い、そしたら楽に殺してやる」
口の端を歪めながら告げるも、返事は一向に帰ってこない。
だが、気にしない。いつもならムカッ腹を立ててしまうところだが、そんな気は起きない。
何度も苦しめられた敵だったが、今はもうがんじがらめで動けず指先ひとつも動かせない。反撃などできはしない。暗いコックピット中一人、どうにかして生き残る方法を模索しているのだろう。そんな無駄なあがきが、手に取るようにわかるからだ。……一年前まではずっと、自分がそうだったように。ブリタニア軍の襲撃に怯えながら、狭い窖の中で嵐が過ぎることを、それが自分の身に降りかかってこないように祈り続けてきたのだから。
「……シカトか。まぁいいぜ、すぐにこじ開けられるからな。せいぜい最後の言葉を考えておくんだな」
「―――は、離してよ!」
一人語りかけていると、森の中から学生の声が聞こえてきた。
黒の騎士団のメンバーに銃で促されながら現れたのは、ブリタニアの学生3名。先ほど学園の生徒会室で会った男女三人組。両手を頭の後ろに上げさせながら歩かされ、前にひったてられてきた。
「……何だ、そいつら? なんでここにいる?」
室内から出られないよう見張りをつけて監禁していたはずなのに、外に出ていた。今はどこもかしこも銃弾と硝煙が舞っている。逃げ出して軍に助けを求めるため、というのは考えづらい。ほかにも学生が囚われている以上、彼らを置き去りにすることもできない。今この近くに潜んでいたということはつまり、機を見てこのランスロットを助け出そうとしていたからだろう。……見つかって捕まってしまった以上、無駄なことだったが。
「すいません、玉木さん。目を離した隙に逃げられまして……。どうしますか?」
「さっさと元の場所にぶち込んでおけ―――」
「ゼロを呼んで!」
長髪の少女が、勢い込んで叫んできた。
「……あん? 何言ってるんだガキ」
「ゼロを呼んでって言ってるの! ゼロなら私たちを助けるはずだから」
少女の叫びに、腹の虫が一気に騒ぎ出した。ギリギリに抑えていた怒りが、沸騰する。
「だっておかしいもの、こんなこと。ゼロが許すはずな―――」
「うるせぇ! てめぇ如きがあいつを語るんじゃねぇよ!」
玉木が一喝すると、少女は身を縮めて黙った。
コレが単なる罵倒や命乞いなら、笑って切って捨てられる。勝敗は揺るぎなく、命はこちらの手の中に収まったまま。だけど、ゼロを前に出されては違ってくる。よりにもよって、憧れと尊敬を向けていた彼の名を出してくるとは。それも何かしらの確信を持って、真っ直ぐと……。
その誤解は、改めなければならないものだ。
「『ゼロなら助けてくれる』だと? ありえないね。
ゼロのことならお前よりも俺の方が、よぉく知ってるんだよ。こんな時あいつなら、迷わないってことをな」
そう言うと、肩に乗せていた小型機関銃を学生たちに差し向けた。
怯えて声も出せないでいる学生たち。コレが意味することは理解しているのだろう。ムカつかせた報復として引き金を引いても良かったが、ふと頭に浮かんできたアイデアがあった。先までの懸念事項を一挙に解決できる素晴らしいアイデアだ。ソレを考え出したことに口元が綻ぶ。
それはかつて、ブリタニア軍人や警察官たちが無抵抗の日本人たちにやったこと。遊び半分で面白がって、二者択一の命の選択をさせる。どっちに転がろうがブリタニア側には損はなく、決断したとしても双方を守ってやる保証などしない。いや、その決断はとても愉快なことなので、選択者の命は守られることが多い。そのあとの人生にずっと貼り付き続ける罪悪感が生み出す苦しみ、その甘露を思えば殺すなどもったいないからだ。その苦しみを俺は、仲間たちだって皆知っている。知りたくもなかったのに、教えられてきた。だから今度は、今は、俺たちがソレをお前らに―――。
その時の玉木にはソレが、同じだとまでは思い浮かべられなかった。自分たちを虐げ続けてきた者たちと・反逆し否と唱えてきた者たちと今の自分は同じだと、思い浮かんでは来なかった。
「コイツらは目を離した隙に逃げた、コイツらしか知らない抜け道を通って学園の外に。俺らは捜索するも持ち場を離れることができず途中で断念。お前も、コイツらを発見できなかった」
「……ちゃんと捕まえましたけど?」
「最後まで聞け正直者が!
ここの外は戦場だ。爆発に巻き込まれるか流れ弾に当たって、死ぬこともあるだろうぜ。だから、ここで俺が撃ち殺したとしても結果は変わらねぇ。死体は敷地の外に捨てておけばいいってことよ」
なるほどと部下たちが納得すると、玉木と同じようにニンマリと笑みを浮かべた。互いに笑い合う。
そして、ランスロットに向き直った。
「5秒待ってやるぜ、裏切り者。コイツらがくたばるのを見たくなければ、今すぐソコから出て来い!」
命じると、銃を腰だめに構え直した。部下たちも同じく構え直す。
学生たちは酷薄な笑と銃口に囲まれて震えた。声も出せずにただ、向けられる悪意に耐える。
「5、4―――」
『そいつはやめておけ。彼らには手を出すな』
カウントをはじめると、ランスロットのスピーカーから声が放たれた。
脱出のチャンスを探るために静観を決め込んでいたが、人質を取られて沈黙を破った。作戦通りだ。ブリキの学生が殺されるのは見過ごせないとは、天晴れな裏切り者だ。だけど、それだけではまだ足りない。
「だったら、やることは一つだけだろ。3―――」
『彼らに傷一つでも付けたら、お前を殺す。ここにいる黒の騎士団たちを、皆殺しにする』
虐殺宣言。冷静にはっきりと間違いようもなく告げられたそれを聞いて、キョトンとしてしまった。
逆に虐殺宣言。ギャクか? コイツは一体、なんの冗談だ? 状況も読めねぇバカだったとは。
「……は、ハッはっはっは! アッハッハッハ!!
おもしれぇ冗談だな。たった一人で、身動きできねぇお前が、俺たちを殺す? 笑わせてくれるぜ! 開放を信じて集まった日本人を、イカれたブリキ女に明け渡したゴミクズ野郎がよぉ!」
玉木は部下ともども、腹を抱えながら笑った。意外すぎる返答にカウントするのも忘れてしまった。
この隙を突いて逃げてくれることを期待していた、というなら少しは成功だ。今間違いなく隙は生まれていた。小型機関銃の間合いから逃げ延びるほどではないけど、そんなヘマをやらかすような奴はここまで生き延びちゃいないけど。中々に面白い手を見せてくれたものだ。
だが、それだけだ。状況は全く変わっちゃいない。学生どもの命は手の内にある、すぐにでも殺せる。こちらの気分次第なのだ。
『……ゼロがお前たちに命じたのは、俺をここに足止めすることだ。殺すまでは期待していない』
「そんな必要もねぇぐらい、簡単だからだよ。2―――」
『俺はお前が彼らを殺すのを、止められない。2手ほど手間がかかるからな。
だが、間違いなくお前を殺せる。原型も止めないような挽肉に変えられる。彼らには見せたくないものだが、死んでしまった後なら構わないだろう』
「はいはい、ハッタリはもういいぜ。1―――」
最後のカウントの前に、人差し指に力を込めた。それは周りの部下たちも同じだ、言わずとも伝わってくる。躊躇いはない、学生だろうとブリタニア人だ。情けをかけてやるつもりは毛頭ない。
撃ち殺す。無残に殺された日本人たちのためにも、ブリタニア人を一人でも多く殺す。ソレが餞になるのだから。そして何より、事この期に及んでイラつかせることしかできない奴が悪いだけなのだから。
『残念だ。本当に、残念だよ』
「俺もだ―――」
引き金に力を込める。
その寸前、突風が吹き荒れた。ブワリと土埃が舞う。
倒れないようにその場に踏ん張る、思わず手で顔を覆った。一体何が、何が起きた!?
うっすらと目を開くと、一気に瞠目させられた。
『―――撃たないのか? これでは彼らを撃ち殺す前に殺せるぞ』
目の前には、文字通り目と鼻の先には、巨大な銃口が。ナイトメア専用のライフルがあった。ランスロットが握り狙いをつけている武装。
身動き一つ出来ないはずの鋼鉄の巨人が、今、銃口を差し向けていた。
「…………どういうことだ、ラクシャータ? 動けないはずじゃねぇのか」
「そ、そんなバカな……、ありえない!」
いつもどんな時であっても平然としていたラクシャータが、目に見えて動揺していた。怖れと好奇心が入り混じった感情、瞠目しつつも口元には笑みが浮かんでいる。自分の理解を超えた出来事に、心奪われていた。
第七世代ナイトメアフレーム《ランスロット》。その詳しい設計は極秘事項であるためわからないが、サクラダイトを駆動部や関節部にも使用しているらしいということは分かっている。それゆえに、今までのナイトメアを倍するような超機動と運動エネルギーを発生させることができた。大量の電気エネルギーを消耗する兵器の使用も可能となった。黒の騎士団の進撃をたびたび阻んできた。
だが、それゆえに《ゲフィオンディスターバー》から逃れられない。他のナイトメアならエンジンが止まってしまうだけで、補助電力を使えば稼動させられる。だけどランスロットの場合は、機体そのもの動かなくなる。電力そのものが手足に伝わらない。捕捉されてしまえば、単なる鋼鉄の案山子になってしまうはずだった。
だけど、稼働している。銃をその手に腕を動かせている。狙いを定め玉木を威嚇している。閉じていた胸の《ファクトスフィア》が展開状態になっていた。通常ソレがきらめかせている光とは異なる、赤みを帯びた光を放ちながら。見つめているだけで吸い込まれそうな、胸の中がかき乱され熱くなってくる光。その奇妙な光を煌めかせることで、ランスロットは不可能を可能にしていた。
「こんな短期間で私の、《ゲフィンオンディスターバー》が対策された? いや、でも、サクラダイトの共振は止まってるし……、動けるわけがない。なんで―――」
『ああ、そうだった。ロイドさんから話は聞いていたけど、コレはそんな名前だったな』
科学者の推察を無視してスザクが呟くと、ゾクリと肌が粟立たされた。
何か、重要な何かを掴まれてしまった。何なのかはわからないが、取り返しのつかないモノ。自分たちの優位を約束していたものが、また一つ消え去ってしまった。そんな不吉な直感に、息を飲まされた。
『今まで動かなかったのは、ゼロが近くにいたからだ。奴が駆けつけてきた場合、救出が困難なものになるからな。だけど、奴はもういない―――』
ギロリと視線が、向けられた。ナイトメア越し、その中に収まっている枢木の視線が突き刺さってきた。人の顔に酷似しているランスロットの頭部だと、それがより顕著に理解させられる。見えるはずもわかるはずもないのに、張り詰めていた危機感がソレを警告してきた。向けられたそれに嵌め込まれ、息もできない。
鋼鉄の巨人。今自分が相対しているのは、まさにソレだった。今までもそうだったはずなのに気づかないで、誤魔化していた。あまりにも見慣れたモノによく似ていたから、自分もソレを操り恐れを振りまく存在になっていたから。
だけどやっと、痛感した。思い出した。初めてソレと向き合った恐怖を、超えることのできない圧倒的な力の差を。自分が、食われるだけの獲物でしかなかったということを。
『これで形勢逆転だ。彼らを撃ち殺して全滅か、それとも解放するか。今度はお前が選べ』
声も出せずただ、告げられた命令が頭の中に響いてきた。握っていた銃が・腕が、プルプルと震えだしてきた。
選ぶ、引き金を引くかこのまま引き下がるか。敗北、死……。
《ゲフィオンディスターバー》は効果を発揮していない、戦えば勝ち目はない。鏖殺される、せっかく作った前線の拠点を失う、ブリタニアに負ける、奴隷に逆戻り。全ては、人差し指に力を入れるか否かにかかっていた。
重い、重すぎる。白黒はっきりと付けられない状況、いや付けようとすることそのものが間違っている状況は、玉木の許容量を超えた場所にあった。何をすればいいのかわからない、何をしても間違いな気がしてならない。自分は一体どうしたらいいのか、わからない。
ゼロと話がしたい。あいつならスッパリと決めてくれる、間違いなんてない。自分には及びも付かない選択肢をひねり出してみせる。こんな状況であっても、鼻歌交じりで逆転してくれる。それだけの知恵と力がやつにはある、自分にはない。―――縋るように、ゼロが向かった政庁へと顔を向けた。
直後、地鳴りが響き渡った。
よろけそうになるのを堪え見据えると、目を見開く。その目を疑った。そこにいつもそびえ立っていたモノが、崩れ落ちていた。
支配の象徴たる政庁が、崩壊していた。
◆ ◆ ◆
迫り来る航空部隊を《ハドロン砲》にて一掃。超高熱のプラズマが空いっぱいに撒き散らされた。ブリタニアの増援航空部隊は、その奔流にはなすすべなく爆裂しながら燃え落ちていった。
制空権を確保、黒の騎士団の優位は揺るぎない。だけど、それは時間の問題だ。本国からの増援が来れば、たちまちひっくり返されてしまう一時的な優勢だ。彼らがやってくる前に、さらなる手札を持っておかなくてはならない。―――コーネリアを人質にしなければならない。
ただそれは、黒の騎士団および日本人にとって必要なこと。俺にはもう一つ、やらなければならないことがある。彼女と差し向かって、他に誰もいない場所で聞き出さなくてはならないことがある。そのためにも、単独で政庁へと突入する。
航空戦力の一掃が終わり突入する、その前に、通信機のスイッチを押した。
「―――矢吹聞こえるか?」
黒の騎士団用の暗号通信。乱戦となった現状では必要ないことかもしれないが、念には念を。相手は精鋭のコーネリア軍だ、油断して隙を見せればこちらが食われる。切り札の一つである以上、慎重に越したことはない。
それに通信の相手は、地下数十メートルに位置する場所に潜んでいるはず。様々な妨害電波が飛び交う戦場を通り越して通信できるのか、一抹の不安があった。
『ああ、なんとかな』
ノイズが混じりながらも、なんとか繋がった。
ここで連絡が取れなければ、地上で戦っている藤堂を介して通信するしかなかった。彼の位置なら確実に届くだろう。ただこれから挑む場所の危険上、その手間は命取りになりかねない。安全策は他にもとっているが、今現在動きが見えないところをみると望み薄だろう。最悪に備え、確実に切れる切り札を持っておかなくてはならない。……心配は杞憂に終わった。
「指示していたポイントに着いたか?」
『……着いたには着いた』
「何か問題が?」
『あの羽兜と交戦した。その際に派手にやられちまってな、《輻射波動》は無事だが脱出が難しい。《夜叉》は破棄するしかない』
何だその程度か。想定内の損失だ。
《紅蓮弐式》と同程度のスペック、都市戦以外で三次元の動きが可能な《夜叉》は黒の騎士団にとって重要な戦力の一角。単騎で大部隊のナイトメアと渡り合えるスペックを持っている。それ以上に、皆の戦意を鼓舞するエースでもある。姿を見せて戦わせれば、それだけで勢いが生まれる。今ここで失うのは正直痛い。
だけど、ブリタニア軍のナイトメアと戦って負けたわけじゃない。役目を果たした上で壊れてしまったのならば、エースとしての効果は消えないはず。再び蘇らせれば、それまでと同じように使える最強の駒だ。
「問題ない。こちらはランスロットを手に入れた。アレを元に、ラクシャータがもっと高性能なナイトメアをつくるだろう」
『ランスロットを捕獲したって、本当なのか?』
「ああ、今学園地区でラクシャータ達が解体しているはずだ」
そう言うと、ズキリと胸に痛みが走った。面と向かったときは何ともなかったのに、距離をおくと罪悪感が染み出してきた。
俺は、親友を殺すのに自分の手も汚さなかった。せめてこの手で、殺すべきだった。それこそが、ケジメというものではないか? 俺はアイツから、逃げただけじゃないのか? ……嫌な考えに眉をひそめた。一辺は事実が含まれている以上、飲み込むしかない。
苦味をこらえていると、躊躇いがちに続けてきた。
『……カレンは無事なのか? 怪我とかしてねぇか?』
「彼女自身は問題ない。《紅蓮弐式》の《輻射波動》機構は破壊されたがな」
『負けたのか、アイツ……』
「時間稼ぎが目的だった。役目を果たして無事に生き残ったのだから、彼女の勝利だ」
『まぁそうなんだが、納得できるかねぇ。あの猪女が?』
「引きずるようなら他を当たるだけだ。もう今回の戦いで、彼女と《紅蓮》が必要な局面はない」
冷たく切って捨てると、相手は黙った。唸りながら何か言い募ろうとするも、言葉が出てこない。
「崩落のタイミングはこちらで指示する。それまで待機していろ」
そう言うと、通信を切った。
吐息をひとつ漏らすと、狂わされた調子を取り戻す。冷たさが胸に戻ってきた。
ナイトメアの操縦技術は一流、それなりに頭も切れる、猪突猛進気味なカレンとうまくペアを組んでまとめている。ここぞという時には頼りになる奴だ。だけど、黒の騎士団にいる動機は、今ひとつ強いものではない。カレンのようなゼロへの崇拝でもなく、ブリタニアへの憎しみに凝り固まっているわけでもない。そのような極端から一歩退いている、ほかを押しのけ裏切ってでもやり遂げる目的と意志を持っていない。それなのに、いつの間にか場の中心付近に居る。
扇と同じタイプだ。アレは後衛の指揮官よりだが、彼は前衛の兵士よりだ。懐かれる人も居場所も、戦いの前線にある。今はカレンをトップに立てているためあまり目立ってはいないが、すげ替えれば変わってくるかもしれない。あるいは、その立ち位置だからこその求心力かもしれない。古参のカレンを立てているのだろう。……厄介な存在だ。
藤堂やカレンのような義務感、ラクシャータやディートハルトのような狂気ならば御しやすい。目的が定まっており、それを成し遂げるだけの意志と力がある。それ以外のことには目もくれない、する必要もない、自分から切って捨ててくれる。だけど、扇や矢吹は違う。不安定で目的が定まっておらず、いつも迷う。それだけなら他の黒の騎士団下部メンバーと変わらないが、彼らには求心力がある。カリスマとは違う、下の者たちから支えられるアイドル性とでもいうもの。理屈を超えて味方を作ってしまう力、あのユーフェミアが持っていたものと同じ。それは俺のみならず本人にすらコントロール不可能であるため、危険だ。黒の騎士団の統治に支障が出る恐れがある。
(できればこの戦いで、戦死させた方がいいんだが……)
それはできない、できそうにない。メンバーから疑われないような事故として処理できなければ、こちらが疑われてしまう。統治を確実なものにするためなのに、自分からヒビを入れてしまうことになる。それでは本末転倒だ。
俺のようなものは、混乱や戦いの中だからこそトップに立てる。そんな時こそ、群れを強力にまとめ引っ張っていくリーダーが必要とされる。情に流されず己の信念と理屈を通すカリスマが。だけど、勝利を掴み平和を取り戻した後は違う。己と家族の生活に焦点を合わせなくてはならない。一つの集団だったものが個々に分かれていく。そんな時、カリスマはつなぎ止める足枷になってしまう。己の考えを打ち砕いてくる、恐ろしい独裁者になる。俺自身がそうでなくても、性格と今まで刷り込んできたゼロ像はそう容易く変わらない。日本人たちから弾かれ、裏切られる可能性がある。
逆にそんな平和な時、頭角をあらわしてくるのが扇のような人物だ。即決できない優柔不断さは思慮ぶかさと度量の大きさへと変貌し、皆をまとめ引っ張りあげられないカリスマのなさは自由な風土と後進の成長を促進させる。彼のような人物が、トップに祭り上げられていく。
その時俺は、ナナリーは、無事でいられるのか? 影響力が消えかけているゼロに、彼女を守ることができるのか? もしできないのなら、今この絶頂の時期に、すべての芽を摘んでしまったほうがいいのではないか? この混乱の中なら、幾らでも事故に見せかけることはできる。手を汚す必要もない、ただほんの少し死地に導いてやればいいだけだ―――。
そこまで考えて、フッと肩の力を抜いた。
「……まだ使える。ブリタニア本国との決戦も考えないといけないからな」
呟くと、この問題は後回しにした。
チャンスは幾らでもある。今は、目の前の敵を倒すことに集中しなければならない。
《フロートシステム》を操作し、政庁の屋上へと着地した。
足をつけたその場所は、一面の花畑。夜明け前の暗いこの時間であっても、色鮮やかに華やいでいる。
豪華ではあるが、うるさくはない。手間が行き届いていて、洗練されてる。ナイトメアで踏み込むなどもってのほか、着地したその場所から動いてはならない美がそこにあった。下の戦いの騒がしさから超然とした静けさと清らかさが、ここには佇んでいた。
人工の空中庭園。その美しさに心奪われるよりも、思い浮かんできたことは一つ。一目見て思い出した。かつて自分が居た場所を、まだ何も知らず幸せだった頃の記憶を。
「……似ているな」
「ああ。アリエスの離宮にな」
今まで黙っていたCCが、俺のつぶやきに答えてきた。
あまりにも滑らかな返事に、一瞬ほうけて頷いてしまった。だが、すぐに異常に気づかされた。
「なぜお前がソレを知っている!?」
「私が作らせた庭園だからな」
「ふざけるな。100年以上も昔につくられたブリタニア王家の庭だぞ。お前がそんなこと……」
ありえない、普通ならば。だけど目の前にいるのは、不死の魔女だ。額を銃弾で打ち抜かれても死なず、俺にギアスというの超常の力を与えた。その異常を考えれば、いま自分が言ったことなどなんてことはない。何より、いつもと様子が異なる彼女が、嘘や冗談を言うなどとは思えない。
全て真実なのだろうか? だとしたら、不死に不老を加えることになる。ブリタニア王家とも強いつながりを持っていることになる。俺よりもはるかに深い繋がりが……。
ただ、今の俺には確かめようがない。
「話してやるよ、時が来たなら。今は―――」
『よぉこそ、ゼロ!!』
庭園に響き渡る大音量。音源にセンサーを向けた。
そこにいたのは、ルガーランスをもった《グロースター》。第五世代のハイスペックナイトメア、乗れるものは騎士の中でも僅か。今このトウキョウ租界内ではコーネリア麾下の親衛隊だけ。そして、白地に王家の紋章が刻まれたマントを羽織っているのは、ただ一人だけだ。
コーネリア。ブリタニア帝国の女傑が、たった一人でそこにいた。
『お前が屋上から攻めて来るのはわかっていた。待ち伏せさせてもらったぞ』
「……その割には、たった一機か?」
『お前ごとき、私だけで充分だ―――』
言い終わるか否か、片手を上げて五指の《スラッシュハーケン》を放った。遊んでいる暇はない、部下たちが駆けつけてこないとも限らない。初撃で決める、終わらせる―――。
だが穿ち抜く寸前、《グロースター》の《ランドスピナー》が唸りを上げた。地面を削り上げはじけ飛ぶ。こちらのハーケンは、虚しく空を打ち抜いた。
舌打ちするもすぐさま追う。目では終えている、センサーも捉えている、次は外さない。
弧を描きながら庭園を疾走する《グロースター》、巻き込まれて土と花弁が舞い上がっていく。侵入者である俺よりも、それを作り維持してきた主が踏み荒らしていた。それでも、スピードを落とさずに疾走を続ける。弧を描きながら間合いを詰めていく。……そうでもしなければ、《ガヴェイン》の《ドルイドシステム》から逃れられないからでもあるだろう。
近接戦闘には適さない鈍重な《ガヴェイン》だが、それでも第五世代のナイトメアに遅れを取ることはない。適さないだけで、できないわけではない。ブリタニアのナイトメアの設計思想は、『特化』よりも『万能』を重視している。巨体で動きが鈍くなってしまうのならば、無駄なく正確な一撃を繰り出せればいい。そのための《ドルイドシステム》、ネットを通じて読み込んだ情報と内蔵されているスーパーコンピューターによる高速演算によって導き出された行動予測、未来予知。騎乗している《グロースター》の性能とコーネリアの戦闘経験・この空中庭園の環境要素、すべてを加味して導き出される数秒先のコーネリアの居場所。
現実と演算された未来図が重なった。モニター上にターゲットポイントが重なると、残った片手を上げて狙いをつけた。《スラッシュハーケン》を撃ち込んだ。五指の爪はコーネリアの機体をバラバラにする……、はずだった。
推測は現実に裏切られた。
加速を続けていたコーネリア、止まらず弧を描きながら間合いを詰めてくる。その行先を予測しハーケンを撃ち込む寸前、手に持っていたランスを地面に突き立てた。地面を抉りながら急減速、ハーケンはまたもや空を穿った。
加えて、反撃。ただの減速としてランスを使ったのではなかった。
方向転換。地面に穿たれ止まったランスを起点に、機体のベクトルを90度曲げた。折れ砕ける一歩手前まで撓めながら、アクセルを緩めず急カーブ。伸びたこちらのハーケンのワイヤーをたどるように、懐にまで入ってきた。腕に仕込んである《スタントンファー》を展開、勢いを殺さず突撃してくる。
迎撃―――、いや間に合わない。避ける―――、ギリギリ過ぎるダメージが大きい。防御しかない! 残った片手を胸の前に組んだ。
交錯の瞬間、青白い電光を放つ近接武器が叩き込まれた。
衝撃、電撃、揺さぶられた。モニターが乱れ、機体がよろめく。
だが、寸前で防御した。致命傷じゃない。ダメージレポートはまだ上がってこないが、動かせることは分かっている。
すぐさま姿勢制御システムを賦活させ、踏ん張らせた。電撃を受け大部分が麻痺したとしても、姿勢制御は上手くいく。それだけの装甲の厚さと電磁武器対策がなされている証拠だ。機体の優秀さに助けられた。
だが、倒れずにいることに安堵していると、再び衝撃。重いハンマーでフルスイングされたような衝撃が、背中に叩き込まれた。
こらえきれず、前に倒された。
「……くそぉ! 何が起きた―――」
「後ろだ、ルルーシュ!」
激しく前後に揺すられ目眩を起こすも、状況確認。
肩と腰に被弾、損傷は軽微だが《フロートシステム》に傷が付いた。飛行性能が落ちている、旋回機能に問題が生じている。そいつを引き起こしたのは……、スラッシュハーケン? 後ろ向きで撃ちだしてきたのか!?
モニターをみるとそこには、背中を向けて離れていくグロースター。その両肩から伸びるハーケンとワイヤー。交錯したすぐ後に、追撃してきた。
己の見込みの甘さに舌打ちした。
相手はナイトメア戦のことを知り抜いている。人型でありながらも、人間とは違う機動が可能なナイトメア独自の攻撃方法まで。天性のセンスに経験値がプラスされている磐石ぶりだ。地上での近接戦では勝ち目がない。
再び弧を描きながら間合いを詰めていく。こちらが立つ暇を与えず、ナイトメア用のライフルを取り出し牽制射撃を打ち込んきた。
『どぉしたゼロ! 一人ではその程度か?』
「くぅッ! スペックでは圧倒しているはずなのに!」
銃弾を防ぐために電磁フィールドを展開。かちかちカチカチと、必死に入力パットに指定ポイントを入力し続ける。
空中要塞たるガヴェインの防御フィールド。その不可視の盾は、ナイトメア用の銃弾ですら真正面から受けて防ぐ力がある。だが前後左右上下、方向を限定して照射しなければ散弾しか防げない紙だ。全方位照射は、エナジーだけを消耗する無意味な産物だ。
だけど、どこから撃たれるかわからない包囲状態。敵の姿を捕捉できない・攻撃を避けられない状況下では、全方位を警戒するしかない。その状態で防御力を維持するために、エネルギーを振り分け続けなければならない。《ドルイドシステム》で予測されたポイントと撃たれるタイミングを元に、最適なエネルギー配分に組み替え続ける。この作業はオート化されていないので、俺自身で演算し入力し続けなければならない。配分を間違えれば、ガヴェインの厚い装甲といえども無事では済まされない。当たり所が悪ければ、やられる。
状況は劣勢、コーネリアに押されている。俺の集中力がきれてミス一つでもすれば、倒される。倒して人質にするつもりが、逆に人質にされてしまう。
「ルルーシュ、地上の機動力ではあちらが上だ。一旦空に退避する―――」
「ダメだ、飛べはその隙を突かれる!」
「だが、このままでは倒されるぞ!」
分かっている。機体のスペックに頼りすぎた俺の判断ミスだ。直接戦闘のカオスを舐めすぎていた。計算などしている暇がない、直感だけで正しく動けなければ勝てない。……わかっていたことなのに、気が緩みすぎていた。
だが、まだ手はある。逆転の切り札はある。
そのためには、どうしても《フロートシステム》を使ってはいけない。今はまだ、コーネリアを地上に縛り付けておかなければならない。
「ダールトンは間に合わなかったか。途中で死んだのか……。クソッ! 仕方がない―――」
通信機のスイッチを押すと、同時にコーネリアが最接近。死角の脇から突撃してくると、《スタントンファー》を足に叩き込んできた。
電撃と衝撃が走り、コックピット内が明滅・揺さぶられる。脚部へのダメージでバランスが崩れた。
そのまま倒れるも、今度は姿勢制御よりも反撃を優先。片手の《スラッシュハーケン》をコーネリアに差し向け、撃ちだした。狙いは付けていない、先の通りならいるであろう場所に撃ちだしただけ。当てるよりも防御の、牽制の一撃。……あるいは相打ち覚悟の反撃だ。
だが、予測された追撃はしてこなかった。
コーネリアは、交錯したと同時に方向転換していた。モニターから消えている。五指の爪は明後日の方向に飛び庭園の縁を貫いていた。
脚部の損壊、もう一刻の猶予もない。
これからの日本の統治に、ブリタニア帝国との戦いのために必要な要塞だったが仕方がない。俺が生き残ることがすべての前提だ。切り札は今、切らなければならない。
「矢吹、政庁を破壊しろ。今すぐにだ!」
『わかった。巻き込まれるなよ―――』
最後まで返事を聞かずに、通信機を切った。
同時に、封印していた《フロートシステム》を稼働させ始める。
システムの稼働、左右3対の羽に淡い燐光が灯る。約15トンにも及ぶガヴェインの重量が0に、それ以上のマイナスへと減少していく。鋼鉄の巨人が空へと浮かび上がっていく。
同時に、グロースターが突撃してきた。
『逃がすか、脆弱ものがぁ!!』
こちらの異変を、《フロートシステム》の稼動が見えたのだろう。空に逃げられては手が出せない、一方的に攻撃されるだけ。ここで決着をつけなければ、今までの全てが水泡に帰す。何としてでも阻まなければならない。
そしてそれは、果たされることだろう。陸上走行状態から飛行状態への移行にかかる十数秒間は、ガヴェインの最大の隙だ。エネルギーを《フロートシステム》に集中させるために、防御フィールドも展開できない。組み付かれてゼロ距離からライフルかハーケンでも受けたら、分厚い装甲であろうとも貫かれる。殺される。グロースターのスピードと彼我の距離なら、間違いなく果たせたことだろう。
だが―――
『ユフィの敵、ここで―――』
ライフルを構えながら突撃してくるコーネリア。その銃口が、防御フィールドが展開されるであろう懐まで入り込んできたその時、発射させたままにしていたハーケンとワイヤーの巻き取りを開始させた。爪のない片手が、本体のガヴェインそのものが、急激に引っ張られる。
《スラッシュハーケン》とは、元々こういう兵器だ。投擲武器であり三次元移動のためのロープ。その巻き取る力を利用して、ジャンプでは飛び越せない壁を登るためにある。それは、このガヴェインであっても同じこと。
銃弾が発射されたその時、死地から逃げ延びていた。コーネリアの舌打ちしている顔が、ありありと思い浮かべられる。
だが、驚くのはこれからだ―――。
庭園から飛び立った直後、ガクンッと政庁が沈んだ。
地鳴り、振動、微震。政庁そのものが傾いでいく、ゆっくりと確かに。
異変に気づいて、その場で戸惑うコーネリア。傾いた地面に踏ん張るためにしゃがむ。そして、すぐさま状況確認。
答えにはすぐに行き渡ったらしい、見上げる驚愕の顔がそれを物語っていた。数時間前にやられたばかりなのだから、思いつけるのは当然かも知れない。
でも、もう遅い。すでに、終わっている。
変化は静かに始まったが、最後の堰が切れた。政庁が耐えられるエネルギーを、超えてしまった。―――崩落が、始まった。
大地に吸い込まれるように、偽りでもあったかのように、政庁は倒壊した。
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