憎らしさのあまり、携帯を固く握り締めた。
「―――ええぃ! ナナリーには繋がらないし、佐代子も……」
ナナリーの所在がわからない。学園地区を真っ先に制圧して保護下においたというのに、消えた。自力で脱出など出来るわけはなく、誘拐されるいわれはどこにもない。俺=ゼロや俺の本名を知っているものでなければ、人質としての価値が彼女にはない。彼女は今、生徒会室で生徒会のメンバーとともに黒の騎士団の包囲の中にいるはずだった。……それなのに、彼女は行方不明となっている。
痕跡を残さずに誘拐。混乱に乗じてかもしれないが、それでもあの包囲の中を誰にも気づかれずに抜けるのは不可能だ。ナナリーが自力で歩けないとなるとなおさらだ。人間の能力を超えている。悔しいが、CCの言ったとおりなのかもしれない。何かしらの、このギアスに由来した超常現象によって誘拐されたのだろう。
だがなぜ、今になってナナリーを? そんな力が使えて人質に取りたいのなら、いつでもできたはずだ。今も俺にとって最悪のタイミングだが、このクーデターにかかりきりで交渉する時間が作れなくなる可能性がある。最悪流れ弾で致命傷を負うか死んで、全て無意味になる可能性だってあった。俺からすべてを奪い取る致命的な隙なら、ほかにもあった。あのマオのように、正体と能力が分かっていなければ対応は後手に回る。どうして今、この時を狙ったんだ? ……狙わざるを得なかった―――
「ルルーシュ、私はお前の共犯者だ。味方だ」
CCの声に、ハッと思考から覚めた。一人耽っていた隙をつかれた形になったので、睨みつける。
「信じろと? 理由すら言わない女の戯言を?」
「お前に死なれては困る。ソレは本当だ」
見下ろした先にあるのは、いつになく真剣な顔。その奥に眠る真意の全ては読み解けないが、嘘や冗談がそこにないことだけはわかる。彼女にとって俺は、まだ死んでいるよりも生きている方が都合がいい。ナナリーの安否は、俺の生存と意志に大きく関わっている。……信じてもいいだろう。
モニターに赤い点滅、アラームががなりたてた。背後から敵が迫りきている、視認範囲で張り付いている警告。見据えるとそこには、巨大な黄色いウニのような異形のナイトメアがあった。こちらのガヴェイン同様に、フロートシステムを使った飛行型。今一歩というところでコーネリアの捕獲を邪魔した、未知の敵性ナイトメア。機銃とルガーランス並みのスラッシュハーケンを放ちながら、俺たちを追いたてている。
攻撃を躱しながら、誘導。あらかじめマークしておいた目標地点が見えてきた。情報が少なすぎるので、1対1でまともにやり合うのは危険。圧倒出来るだけの機体のスペックやパイロットのスキルがあるわけでもない。追いたてられているフリをしながら、味方の集団がいる場所まで奴を引きずり込んだ。
「……ふん! 一方的な都合ばかり。
3番隊、敵の飛行型だ。一斉射で撃ち落とせ!」
通信機から了解との返事とともに、銃撃・砲撃が巻き上がった。発射音・炸裂音が鳴り響いた。無防備にも突進してくる敵に、降り注いでいく。
よけられない、撃墜。少なくとも、半壊ぐらいはできるはず。前方全てを覆い尽くすく弾幕、どれだけの急制動と旋回機能があったとしても避けきれはしない。電磁シールドを張ったとしても衝撃の全ては防ぎきれない―――。
背部カメラが捉えた映像。背中越しに見えた光景は、予想していたものとは違っていた。
突如、迫り来る弾幕を前に敵は、高速で自転した。独楽のように/巨大な旋風を巻き起こすとスライド、ほぼ直角にカーブした。面で制圧した空にできたわずかな綻び/わずかに遅れた弾幕、そこに滑り込んだ。直線を描く弾丸のほとんどは空を切る。だがそれで逃れられるほどの量ではない、追尾機能を持った弾丸は弧を描きながら再度迫っていく。包囲網から逃れきれていない、敵を巨大な手で握りつぶさんと迫り続ける。だが、その網にはわずかながらの隙間があった。攻撃が命中しない非殺傷領域。ソコを縫うように/踊るように、細かな蛇行運転で抜けていった。
爆発音と炸裂風が吹き荒れる。それらを置き去りに、すかさず反撃。突風のごとく、竜巻のごとく3番隊の中心へと突進してきた。通り道となった地面は抉れ、人間大ほどの瓦礫が砕けながら紙のように舞飛ぶ。奇襲が全く功をなさなかったことに驚愕し対応が遅れた3番隊は、その鋼の竜巻と無防備に正面衝突した。鹵獲した《サザーランド》と日本製ナイトメア《無頼》の混合部隊。通常なら倍以上のナイトメアがなければ/迫撃砲と対戦車ミサイルの雨を浴びせなければ/ハドロン砲を真正面から直に照射させなければ、殲滅することなど不可能な戦力。その全てが一瞬で―――、全壊した。
ただ通り過ぎただけ/体当りしただけ/駆け回っただけ。それだけで、ナイトメアの分厚い装甲がバラバラに千切とんだ。衝突するたびに、団員たちの悲鳴も瞬く間に消し飛ばされていった。ほんの数秒、それだけの間に。コックピットブロックの緊急射出すら間に合わないほどの刹那。……3番隊はなすすべなく、全滅させられた。
あらん限りに破壊し尽くしたあと、再び急上昇。残っているのは瓦礫と鉄くず、ナイトメアの残骸だけ。こちらを捕捉し直すと、後ろに張り付き直してきた。
『ゼロッ! ゼロよぉーーッ!!』
狂った叫び声が通信機に割り込んできた。先ほどの超人的な機体操作に値するような、常軌を逸した声音。不思議とソレは腑に落ちた。
俺への復讐心で動く亡霊。人間であった時の彼では、先のような動きと破壊は決してできなかったであろう。何か大切な一線を踏み越えてしまった、あるいは踏み越えさせられた―――。
脳裏に浮かんできたのは、ブリタニア軍の研究課題の一つ。マークしていた最先端研究。まだ先だと思っていた技術の試作が、目の前に現れてしまったということ。
ナイトメアの超人的な高機動・高性能化の成功に伴い、パイロットの能力向上が求められた。MMI(マンマシンインターフェース)《ユグドラシルドライブ》によって操作が直感的に/簡略されたが、ナイトメアの性能を十全に引き出すには同じように超人的な反射速度を求められた。ソレを有するパイロットを安定して育成・供給することを。戦闘補助AIを搭載するという方法も考え出されたが、規格化された動きでは流動的で混沌な戦場では役に立たない。訓練だけではごく限られたパイロットしか輩出できない以上、別の方法で作り出すしかない。薬物による感覚の鋭敏化や人体の機械化によって、パイロットの性能を強化する。
どちらもまだ実用化できるほど研究は進んでいないと思っていたが、試作機が目の前に現れたらしい。俺への報復心に凝り固まった男を媒体にして。厄介な……。
「ッチ、化け物が! お前の相手をしている暇はない―――」
余裕があれば鹵獲してラクシャータに調べさせたいが、今はそんな暇がない。出来るだけの手札も持ち合わせにない。何よりナナリーのため、一刻の猶予もない。
コンソールを操作し、広域地図を呼び出した。建物の細かな配置のみならず、敵味方双方のアイコンがその上に蠢いている。ガヴェインに搭載された《ファクトスフィア》とブリタニアの衛星監視網への強制アクセス、それらの大量の情報をガヴェインに搭載されているスーパーコンピューター《ドルイドシステム》にて精査・分析して作ったリアルタイムの戦力地図。司令官として適切な判断を下すには、もっとも必要な道具だ。
この租界で今起こっている全ての戦闘を俯瞰・理解すると、求めていた解決方法を導き出した。しつこくも追いかけてくる背後の敵を、退ける方法を。
「CC、トゥエルブストリートに出ろ! 奴を押し潰せ」
作戦をCCのモニターへと送信した。
細かく説明しない/する暇もない、だがこちらの意図は瞬時に理解してくれたらしい。指示したポイントまで飛ぶと、ガヴェインの機首を反転させた。
「ッ! 一方的な都合ばかり―――」
毒づきながらも敵性ナイトメアと正面から相対すると、両肩のハドロン砲を放った。真っ赤な熱線が放射される。
フルスロットルで飛びながら銃弾を躱しきる相手だ、当然のことながらよけられた。スライドして効果範囲の外に逃れる。熱線は虚しく、背後の高層ビルを焼くだけ。
『当たらず! このジェレミヤ、ゴぉットバルトには―――』
「違うな、オレンジ君。もう当たってる」
勝負は決した。奴の背後で倒壊するビルがその証拠。先の砲撃で重要な支点を破壊されたビルは、自重に耐え切れず倒れた。奴を巻き込むように、押しつぶすようにして。
俺の指摘かビルの影が迫ったのが見えたか、振り返る。だが、もう遅すぎる。超人的な反射速度があろうと無駄だ。降り注ぐ瓦礫になすすべなく、敵は呑まれ地に落ちていった。幾十もの瓦礫の下敷きとなって消えた。
「そこで埋まっていろ、亡霊め」
巻き起こった大量の噴煙と砂塵。そこから動く影は、無い。倒壊の残響だけ、狂気はがなり立ててはこない。……ようやく追撃を振り払えた。
「よし! これでナナリーの元へ―――」
機首を返すと、飛び去った。目的地へ/神根島へ、ナナリーがとらわれている場所へ。戦場から遠く離れていった。
◆ ◆ ◆
電磁シールドにて対空砲を防御しながら、地上に下ろしたリフトからアッシュフォード学園の生徒たちを回収するアヴァロン。底部の機関銃でも黒の騎士団を牽制する。元々戦艦ではなく王族・貴族の御用輸送艦として作られたため、機銃は後付けの小型のものでしかない。だが、牽制するだけならそれでも事足りる。銃弾を惜しみなく降り注いで、黒の騎士団を近寄らせない。
『―――皆! 落ち着いて、並んで待ってて!』
我先にリフトに乗ろうと怯える学生たちを、ミレイ会長がまとめた。シールドの内側は安全とはいえ、傍で試作機に搭乗したセシルさんが守っているとはいえ、背後では銃声が鳴り響いている。取り乱すのは無理もない。加えてそれでも、銃火に構わず迫る来る者の影が見えれば、当然だ。
分厚い装甲に包まれたナイトメアは、ひるまない。人質たちを取り戻そうと歩みを止めない。アヴァロンの機銃では、ナイトメアの装甲は貫通できない。関節部など薄い部分を守れば、ただの石礫でしかない。ただそれでも、手持ちの銃撃や砲撃では張り巡らされたシールドはびくともしないため、直接捕獲するしかない。その影に隠れて、生身の兵士たちもジリジリと接近する。一歩一歩着実に、シールドを侵そうと近づいていった。―――そんなナイトメアの頭部を、《エレイン》が撃ち抜いていく。
アヴァロンの底部ハッチから顔と銃口を覗かせているエレイン。そこから轟音とともに放たれた弾丸は、過たず騎士団ナイトメアの頭部を破壊した。撃たれた機械の巨人は、何が起きたのか分からずに後ろに倒れ動かなくなった。装甲を一撃で貫通する強力な砲撃、その存在が彼らを踏みとどまらせ守りに徹せさせる。迂闊には近寄れなくなった、膠着状態に陥る。それを打破せんと、互いに密集し隙を補い合う。分厚い積層金属の長盾を重ね合わせ、壁を作ろうとした。作られた終わりだ。
固まろうとする寸前、疾走した。まだ空いていた間隙に割り込むように、ランスロットを走らせた。驚きと怯えで居着く敵。残った片腕の《コアルミナス》を刃状に展開すると、叩き伏せていった。密集陣形を取らせない。
『セシル君、学生搭乗までだよ。頑張ってね♪』
『わかってます。できるだけ早くしてくださいね』
ロイドさんの気楽な声が通信機越しに聞こえた。ここが戦場とは思えない呑気さ、いつも通りの調子。不謹慎と言ってしまえるだろう。だがソレを久しぶりに聞くと、張り詰めていた緊張の糸がほんの少しほぐれた。数日前にも聞いていたはずだが、随分昔な気がしてならない。
『……この調子じゃ制圧できそうね』
「油断するなよ、アリス」
『こんな眠たすぎる相手に? あくびが出るわよ』
不遜にそう言うと、本当にあくびが聞こえてもきた。その間も放った銃弾はナイトメアを穿っているというのに……。
クーデターの前線司令部となっているためか、それ相応の戦力が学園地区に配備されていた。アヴァロンの強襲・ランスロットの捕獲失敗の訃報を受け、防衛と伝達のため出張らっていた予備戦力が学園に召集された。目測でナイトメア10数体・戦闘車両はその倍ほどで、武装した兵士は数え切れない。量は圧倒している。こちらは3体のナイトメアと空中戦艦一隻だけ、その内の2体は腕の喪失と半壊+自立移動ができない有様。援軍も見込めない。学園の生徒たちの保護が目的の戦いでは、戦術は限られてくる。だがそれでも、絶望的な戦局ではない。生徒を守りきれないのみならず敗退することもありえない。最新鋭の機体、ソレを動かすに値するパイロット、己の役目に専念できる現状。アヴァロンが戦場を俯瞰しランスロットが敵を攪乱、エレインが確実に敵を無力化する。機体が十全でなかろうとも、負ける見込みはどこにもない。敵戦力は着実に減り、徐々に押していった。
銃弾と敵意の中、ランスロットを縦横に動かした。かすりもかすらせもしない、銃口を向ければその腕を切り飛ばす、捕捉しきれなければ脇まで迫って脚部を破壊。無力化したナイトメアは逆にこちらの防波堤として横倒させ、生身の兵士が抜け出るのを阻止した。生徒たちには一歩も手を出させない。絶え間なく駆け回り続けた。その最中突然、システムが警告音を鳴らした。学園中央部の玄関前の芝生、その地下から熱源反応がせり上がってくる。
『なんであんな場所から、熱源反応が?』
人工芝で覆われた地面が、横にパックリと割れた。巨大な奈落。そこからヴーんという駆動音、巨大なリフトが持ち上がっていく。
せり上がってきたのは、大型のナイトメア。現行軍でで運用されている《サザーランド》や《グロースター》の倍ほどの高さ。二足歩行機ではあるものの、手足が細く人型には見えにくい。コックピットも胸部にあり、全面を装甲で覆ってもいない。外からパイロットが丸見えだ。加えて青を基調としたその機体には、武器らしきものは何も備え付けられていはいない。そもそも、ちゃんと動き回れるのかすら危うい骨董品。―――《ガニメデ》だ。
『……なに、あの年代物は?』
『ニーナ!?』
敵味方双方が唖然とした中、会長が叫びながら近づいていった。危険を顧みずに、シールド圏外からも出ようとする。
「危ない会長! 下がってください」
抜け出るギリギリ、前に飛び込んで止めた。代わりにニーナを見据える。
見当たらないと思っていたら、あんなところにいたのか。避難もせずに格納庫にずっとこもっていた、それで騎士団からは気づかれなかったんだろう。だがなぜ今、ガニメデを起動している? 逃げ遅れたから? 見つからなかったのなら、混乱に乗じる隙は幾らでもあった。生徒みんなと合流することは、そう難しいことじゃなかったはず。ガニメデまで使って目立つ意味がわからない。こんな状況下で、一体何をしたいんだ……。
人質にされる前に保護する。理由はどうあれ、今彼女は危険な場所にいる。すぐさま保護しなければならない。そう思って近づこうとすると、ふと、異変に気づいた。学園祭の時に見たガニメデとの違いに目がいった。腹部あたりに、巨大な金属シリンダーが取り付けられている。分厚いコードがいくつも伸び、ガニメデに接続されていた。ランスロットのセンサーは、ガニメデ本体と同じ程の熱量をそのシリンダーに見ている。
直感が疼く、首筋にビリビリと痺れが走った。今日まで戦場を駆け回ってきたことで獲得した勘が、危険だと警告してきた。今すぐここから逃げろと、急き立ててくる。あそこにあるものは、それほどの脅威であると……。近づけず、その場に踏みとどまらされた。
『―――いけない! 攻撃中止ッ! 黒の騎士団も一旦休戦だッ!』
俺の危機感に呼応するように、ロイドさんが叫んだ。先ほどの呑気さはどこにもない、悲鳴寸前の声。
不思議なことにその呼びかけは、黒の騎士団にも即座に波及した。指揮官と思しき女性が、部下たちに攻撃中止を命じた。戸惑いながらも上官の命令。鳴り響き続けた怒号と銃声は止まり、静まり返った。緊迫した静寂に包まれる。
一応皆が止まったことにロイドさんは胸をなでおろした。安堵の一息、動悸が落ち着きを取り戻すのを待つと、ニーナに声をかけた。
『……ニーナ。完成させたんだね』
『検証は不十分ですが、理論通りには作れました。爆縮は確実に引き起こせるはずです』
『ソレのエンジンを転用したのかい? 考えたね』
『リミッターを外すだけなので、難しい作業ではなかったです』
奇妙な落ち着きに満ちたニーナの声。おどおどと自信がなさそうな普段とはうって変わっていた。静かな迫力までこもっている。
『……一体どういうことですか、ロイド課長? なぜ攻撃中止を?』
『彼女が爆弾のスイッチを握ってるからだ。このトウキョウ租界をまるごと、死滅させることができる爆弾のね』
「ソレは、本当なんですかロイドさん?」
『彼女の理論通りならね』
通信機越しにもアリスが、眉をひそめたのがわかった。何をそんな突拍子もないことをと、戸惑う。
当然の反応だろう。そんな戦略兵器など、ブリタニア軍ですら持ち合わせていない。まして目の前にいるのはただの女学生、オンボロの骨董品を改造したモノ。にわかでも信じがたい、信じろという方に無理がある。そのことは、最先端軍事技術の研究に従事しているロイドさんが、一番わかっているはず。それなのに、一目見ただけで彼は、その存在を肯定している。
信じられない、でも信じるしかない。彼の異様な怯え様に嘘や冗談は感じられない。その一大事は、迂闊に手をだす/無視するのを躊躇わせるに足るものだった。
『ユーフェミア様の敵……。ゼロは、ゼロはどこにいるの? 今すぐここに連れてきて。さもなければ―――』
ゆっくりと、両腕を持ち上げてきた。その両の手のひらには固く握られた何か、親指をその突端部に触れる寸前で止めている。何か異変が起きればすぐにでも押すと、ピタリと乗せられている。あれは―――爆弾のスイッチか!?
緊張が一気に、駆け巡った。
『課長。だったら尚更、私に任せてもらいたいんですけど? ―――ここからなら確実に、仕留められます』
上空を見上げると、キラリと一瞬、小さな反射光が目に刺さった。嫌な予感にハッチをズームし続けるとそこには、膝立ちで銃を構えている人影が見えた。風にあおられているのか、その長い髪がふわりと横に流れている。
『学生たちの目の前だよ!? そんなことさせられないよ』
『自爆テロ相手には、コレしか道はない。幸い起爆スイッチは手に持っているみたいなので、頭を撃てば終わります』
『アリスちゃんダメよそんなこと! 私たちが何のためにここに来たのか、思い出して!』
『非戦闘員を安全圏まで逃がすため。アレは武装して敵意を持っている、おまけに不安定ですぐにでも爆発するかもしれない。我々全員にとっての脅威です』
『……それでも―――』
『大丈夫ですよ、セシルさん。慣れてますから』
揺るぎなく簡潔にそう言うと、照準を合わせていった。不安定な飛行戦艦の足場と風の影響で、さしもの彼女でも狙いが定まらない。だが、すぐに読み取ってしまうことだろう。そうなれば彼女は、躊躇いなく引き金を引く。ニーナを殺す……。
止めなければならない。だが、ただの感傷で彼女は動かない。有効な代替案を提示する必要がある。
「ロイドさん。アレには、サクラダイトが使われてるんですか?」
『……おそらく、流体サクラダイトがね。ガニメデのエンジンを流用したものらしいから、起爆装置にも使われているはずだよ』
「そうですか……。だったら、サクラダイトの活性を停止できれば、爆発しないんですよね?」
『理論上はそうだけど、そんなことは《ゲフィオンディスターバー》でもなければ無理だよ?』
『スザク、時間稼ぎなら無駄よ。―――もう捕らえた』
冷酷にそう言い放つのを聞くと、すぐさまニーナを見た。その側頭部に、赤い小さな光の点が付けられているのを。……彼女は、そのことに気づいてもいない。
「ロイドさん、それにアリスも。僕に任せてくれませんか? 殺しはしませんし、爆発もさせません」
『これ以上に確かな手なんて、考えられない』
「あるさ。俺を信じてくれ―――」
コンソールを操作すると、コックピットのハッチを開けた。ひんやりとした外気が中に入り込んでくる。連動して座席が後ろにスライドすると、外に出た。真っ先に硝煙と血の匂いが鼻について眉をひそめる。深呼吸は諦めた。続いて寒さが染み込んできて、ほんの少し身震いした。今は冬ではないが緊張が続いたためだろうか、頭が程よく冷やされる。
夜明け前の夜空は、薄雲がかかっているためか星ひとつ見えない。それゆえかあたり一面、漆黒と言っていいほどに暗い。政庁が倒壊したことで尚のこと暗くなっていた。コックピットのモニター越しではわからない風景だ。転々と置いてあるドラム缶の焚き火/ナイトメアから発せられるライトなければ、誰がどこにいるのかすらわからない。今も激しい戦闘が繰り広げられているであろう商業区・居住区で、何が起きてるのかすら見渡せない。
立ち上がり一望すると、設備と電線が破壊されているためか、街から電灯の明かりが消えているのが見えた。自家発電機を持ち合わせている施設から、うっすらと光が漏れてくるだけ。サクラダイトを安定して供給できる日本ゆえか、ここまで大規模な侵略を受けることを想定していないのか、灯火があるのは僅か。ここアッシュフォード学園は、そのわずかばかりの一つ。この戦いでも、破壊されずに残った場所。
『ちょっとスザク、何をして―――』
「ニーナ・アインシュタイン! 僕だ、スザクだ! わかるだろ?」
通信機越しにがなり立てるアリスを無視、彼女の名を告げた。―――瞳から力の奔流が、迸る。
ギアス。押し付けられたこの力がどういったものか、よく理解してはいない。どういう原理で引き起こされるかなど、考えにも及ばない。説明されても、俺の頭ではわからないだろう。わかっているのは、対象の本名と顔を知っていること、その名を口に出すことがトリガーになること。その対象は、人間に限定はされないことだ。効果については、何が起きるかわからない、確かにこうだと言いきれる現象を引き起こしてはくれない。あまりにも不安定な力だ、武器としては信用ならない。だけど、何かが起きる/変えられる。望んだ形までには至らないが、そこへの道が開かれる。対話のチャンスが生まれる。先の将軍相手では果たせなかったことが、彼女にはできるかもしれない。
効果の程を確認する前に、座席の手摺から簡易操作管を引き出すと操作した。ゆっくりと一歩ずつ、ランスロットを近づけさせる。
「ここにゼロはいない、連れてくることもできない。飛行型のナイトメアを持っているあいつは、逃げることだってできるんだ―――」
あるいは君を殺して、爆弾を奪うとか。
ゼロと命の交渉するには、彼女はあまりにも短絡的/稚拙だ。衝動的なド素人の犯行だ。たった一人で報復しようとするなら、なぜ時限式にしなかったのか? 切り札でもあるスイッチを自分の命と連動させる形にしなかったのか? もう一人だけでも信頼できる同志を取り入れなかったのか? ブリタニア軍の協力を取り付けられたのなら、このクーデター自体止めることができたかもしれない。今ロイドさんや黒の騎士団を止めれたように、彼女のソレは抑止力になれた! 人が殺されるのを止めることができたんだ! ……俺から見ても隙だらけ過ぎる有様では、全てを奪われるだけだ。
「君のやろうとしていることは、ただの虐殺だ。租界に住んでる何百万もの人々を殺すだけだ。全て無駄だ、無意味なんだ! ……わかったのなら、そのスイッチを置いてくれないか?」
おそらく無理だろうが、そう訴えるしかない。会話を続ける気に、させ続けなければならない。
『……あれで説得しているつもりなの、あなた?』
「反応が見たいだけだよ」
警戒されるギリギリまで近づくと、ニーナの姿がよく見えた。遠目ではわからなかった違和感が、先までとの違いが見て取れた。
息を、呑まされた。僅かに残っていた希望がその有様に、打ち砕かれた。
「ユーフェミア様の、敵……、ゼロをここに、連れて……きて。私がゼロを、この手で……。近づか、ないで。さもない、と、この爆弾、を、爆発……させる。ユーフェミア様の、敵……、ゼロをここに、連れて―――」
ニーナの、ソレの口から、途切れとぎれに脅迫が漏れていた。壊れかけのカセットテープのように、かすれた音とセリフを繰り返し続ける。そのために口の端からヨダレと泡がこぼれ落ちるが、全く気にせず流れ落ちるがままにしている。ぐるぐると動き回る瞳は焦点が合わず、近づく脅威である俺を見てはいない。メガネをかけていたため遠目からではわからなかった。その肌の色合いも、異常なほど青白い。年頃の女の子とかあまり外で遊ばず日に焼け無いからというレベルを、はるかに超えていた。血の気も生気も無い。止めにその額には、小指大の穴がポッカリと空いていた。皮膚と骨を貫きその中まで到達する暗い縦穴。垂らした前髪で隠れていて、近づかなければはっきりとはわからなかった。唯一、掲げた両手/起爆スイッチを握り締めたその手と指先、ソレが小刻みにブルブルと震えている。復讐の自爆テロを敢行しようとしている女学生らしい、常識と目的の葛藤の有様。それが、それだけが彼女の生の証だ。
ゾンビ。今の彼女を言い表すには、ソレが一番ふさわしいだろう。殺されたのに無理やり生かされて、操られている。あらゆる言葉を封じられて。人らしく振る舞えないのは、頭を撃たれたからだろうか、操り手にそれだけの技術がないだけだろうか、あるいはほかの理由で……。
あまりにも非現実的/できるなら否定したいが、目の前の現象はそう言い表すしかない。……ソレとよく似た現象を、俺は知っているから。
「―――私がゼロを、この手で……。近づか、ないで。さもない、と―――」
狂った瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。
ソレは涙で、良かったのだろうか? 瞬きしないことで乾いた瞳が、湿潤を保つために分泌した体液でしかないのかもしれない。彼女の意志は、そこに込められていたのだろうか? だとしたら、まだ、間に合うのかもしれない―――。
頭を振った、染み出してきたその考えを振り払う。今はそんな弱さ、必要じゃない。やらなければならないことは、他にある。
コックピット内のモニターを見た。ランスロットが見ている光景、ファクトスフィアからもたらされる様々な情報が付加された拡張現実、サーモグラフィー。白から赤へそして青から黒への濃淡で表されるソレは、稼働しているガニメデとその胸に抱えているシリンダーを赤く記していた。ナイトメアの駆動に伴う熱源反応、動き回っていたのなら黄色に近い赤になっていた。ちょうど、緊張状態にある人間がそうであるように、今にも自爆しようとしているニーナがそうあるべきだったように。
「……やっぱりもう、ダメなのか」
俺の妄想だった。そんな淡い可能性は、かき消された。
『スザク、邪魔よ。射線に割り込まないで』
「アレにはもう、銃弾は効かない。たぶん、逆効果だろう」
頭を撃たれた後、どうなるか? 止められるのか? すでに頭を撃たれている彼女が、それで止まるはずがない。どうやったら停止するのかすらわからない。腕を切り落とせばいいのだろうか? だがもし、腕だけでも/指だけでも動かせたのなら、止められない。そもそも何故、死体を動かしている? それだけの技術があって仕込む時間があったのなら、遠隔スイッチにでもすればよかったはず。わざわざ彼女をコックピットに乗せている理由はなんだ、生きているフリをさせたのは何故だ? ……爆発には、彼女がそこに居ることが不可欠だからか。
既存の常識の外にある存在である以上、非常識な可能性でも考慮しなくてはならない。自爆テロ相手、その考えも払拭する必要がある。ソレが罠の可能性もある。引き金を引いてしまったら、全てが終わる―――。
『……他に起爆スイッチがあるってこと?』
「赤外線スコープで彼女を見てみろ」
アリスなら、それでおおよその事情は理解してくれるはず。撃つのを躊躇ってくれさえすれば、それだけでもいい。
「―――きて。私がゼロを、この―――それ以上、近づく、な」
突然、セリフ回しが変わった。鋭い警告が放たれた。
相変わらずその視線は、あさってを向いたまま。俺を捉えてはいない。だが、今まで散慢に/全方位に注意を張り巡らせていたのが、絞り込められた。彼女の、彼女の死骸を動かしているであろう何らかの力の警戒網が、接近しすぎた俺を警戒している。どこからか睨まれているような、首筋の産毛をチリチリと逆立ててくる敵意が向けられていた。
これ以上近づけば爆発する。自分を鼓舞するための/相手を怯ませるための最後通告ではなく、スイッチをOFFからONに切り替える寸前の確認。その冷徹な線が、ほんの数歩先に引かれている。その濃密な危険が、肌で感じられた。
ギリギリのラインで踏みとどまると、顔を上げる。向かい合った。真正面からまっすぐに彼女を見据えると、宣言した。
「ユフィの敵は、俺が必ずとる! 約束しようニーナ」
迷いなくそう言い切るも、ニーナは茫洋とし続けるだけ。返事は何もない。案山子に話しかけているような虚しさだけが、帰ってきた。ただプルプルと、スイッチを握った腕を震わせる続けるだけだ。
「これ以上ここを血で汚すな。君の知っているユフィも、ソレを望んではいないはずだろ?」
虚しさを飲み込みながら問いかけるも、反応は無い。……もう、何もかも遅すぎた。
また一つ俺は、大切なものを失った。無くしてはならないはずの何かが、こぼれ落ちた。俺はこんなにも無力だったのか……。
胸の内にビューと、冷たい風が通り抜けた。それはあまりにも冷たすぎた。このままここから、いなくなってしまいたいほどに。全てを投げ捨ててあと一歩を、踏み出してしまいたいほどに―――。
“―――ユーフェミア・リ・ブリタニアと共に、生きろ!”
喝を入れるような大音声が、頭の中で鳴り響いた。全身に響き渡り、俺をここに縛り付けてきた。そして、腹の奥底から火を/燃え盛りながらも寒々しい憤怒を、えぐり出してくる。
その一歩は、踏み出せない。行かせてはくれない。まだ行くわけにも、いかない。まだ、奴に報いを与えるまでは―――。
吐き出したい全てを飲み砕く。虚しさも無力感も、元あった場所まで押しつぶした。不快な苦味が腹の中/胸の中いっぱいにたまる、空いた隙間をそれで埋めた。そして、全てを内に収めきると一つ、ため息がこぼれ落ちた。
「……せめてソレが、君の意志だったのなら、俺も逝けたのに―――」
『スザク下がれッ! そこから逃げろ!』
切迫したアリスの悲鳴、危機的過ぎた現状を直感してくれたのだろうか。必死に俺を呼び戻そうとしてくれている。
心配性の相棒に、苦笑を向けた。……今の俺は昔ほど、死にたがりなんかじゃないのに。
顔を引き締め直すと、弔いの号令を告げた。
「―――爆ぜろ、ゲフィオンディスターバー」
ギアスの力が、先まで俺とランスロットを拘束していた機械に放たれた。
一部破壊されて、機能停止状態で放置されている騎士団の秘密兵器。ナイトメアの駆動を、サクラダイトの活性状態を強制停止させる装置。目の前の爆弾を無力化できる力。
呼びかけに応じるように背後から、真っ赤な熱風が吹き荒れた。
長々とご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。