不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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囚われ の 姫君

 

 

 

 

 

 

 暗闇に沈んでいた意識が、うっすらと目を覚ました。頭の中から靄が晴れていく。

 

「―――ッチ! やられた、その手があったか……」

 

 遠くから聞こえたその舌打ちで、さらに覚醒が促された。シャンとしていく、気だるげな眠気が払われていった。

 愛用の車椅子の上に、深々と身を沈めていた。いつの間にやらこんなところで、眠っていたらしい。

 

「……これ以上は危険かな。こっちの居場所も悟られるし、残念だけど―――」

 

 再び聞こえた声に、ギクリと強ばった。自分以外に誰か、傍にいる。幼い少年の声、だけど感じる雰囲気は別のもの、チグハグな印象を持つ誰か。一緒に住んでいたはずの女性のものによく似ている。

 ただ、『彼女』のそれとはどうにも違う。お腹の底に掻き出しきれない泥を溜め込んでいるような、無味無臭の毒気を帯びた声ではなかった。どこかで聞いたことのある別人の声だった、それもつい最近のこと―――。

 思い出そうとするも、できなかった。まだ頭がしっかりと回らない、記憶があやふやだ。眠っていた寸前の記憶に、霞が掛かっている。ぼんやりとしていて思い出せない。

 

「これで二度目だ。なかなかどうして、目障りになってきたじゃないか―――」

「ここは……、どこ?」

 

 確か私はアッシュフォード学園にいて、そこで黒の騎士団のクーデターをテレビで見た。寮には戻らずに、生徒会の皆さんと生徒会室で今後の予定を話し合っていると、突然学園が占拠された。だけどその直前に私だけは、誰かに連れ去られて難を逃れた。占拠した騎士団員の追跡の目を逃れて、学園地下にある格納庫にまで降りていってそれで……。

 それからが、思い出せない。ただその時、そばにいる誰かがいたような、気がした。……いいえ誰かは、確かにそこにいた。

 

「目が覚めたようだねナナリー。おはよう」

 

 唸りながら頭を抑えていると、気楽な調子で声をかけられた。

 誰かは私のことを知っている、私は知らない。でも、何らかの関わりを持っているはず。誘拐するだけの理由が。

 

 どう返答すればいいのか迷う、迂闊なことは口にできない。もう十二分に危険な状況だ、一歩間違えれば命が危ういかも知れない。このような強硬手段を取る相手である以上、その危険は考慮に入れなければならない。目が見えず満足にも動けず抵抗の術もない自分には、それ以外の安全策はない。それ以外に出来ることなんて、何もない……。

 でも、それはいつぞやの時もそうだった。ただ黙って、助けを待ち続けていただけだった。何もできなかった、ただのお荷物だった。それ以上に悪い人質だった。無事に助けられたあとでも、何か出来たんじゃないかと悔やむ日々だ。あまりにも自分の不甲斐なさと無力さが情けなかった。

 お腹に力を込めると、決めた。危なくても、出来ることをする。何でもいいから、情報を引き出してみせる。この状況を打破するに値する情報を。

 

「……CCさん。これは一体、何の真似ですか?」

「違うって言っただろう? よく見てごらん、僕はCCじゃないよ」

 

 その言い分に眉をひそめると、睨んだ。誰かが居るであろう方向に。

 知らないのなら単なる誤解で済むが、知っていてそう言ったのなら、そこには悪意が込められている。幼稚な嫌がらせだが、真っ直ぐなためにこちらも単純な反応で返すしかない。私が盲目なのを知っているくせに、そんな事を言うなんて……。

 無言で睨み続けるも、誰かは変わらず。先と同じような落ち着きのまま、こちらを見つめているだけ。

 

「大丈夫、ここはギアスの効果範囲外だがら、目隠しは外れている。ちゃんと見えるはずだよ。―――目を開けてご覧」

 

 優しげにも、そう促してきた。

 訝しる。一体何を言っているのか、わからない。なぜそんなことをが言えるのか? わからないが……、嘘を言っている雰囲気ではない。今度はあちらが、無言で見つめ続けてきた。

 恐る恐る目を開けてみる。相手の手口に乗るようで不安だが、こちらには何のマイナスにもならない。見えないことはわかっている、意味もないのだから―――。

 

 うっすらと瞼は上げた時、差し込んだ光に目をすぼめた。暗闇だと思っていたのに、案に相違して光が入ってきた。痛い、頭の奥底にある芯に細い針が差し込まれるかのようで、開けてられない。瞼を閉じても、その残光が色濃く焼き付いた。

 それでもほんの少しづつ、開けてはとじての繰り返しで光を取り込み続けていくと、次第に慣れていった。オレンジに近い色で染め抜かれていた視界に、様々な色彩が現れ輪郭が確かになっていく。なにかがそこに、見えていく―――。

 夕日。かつて見た、もう見ることはないと思っていた光景。地平線に沈む寸前の太陽が、そこにあった。見えた。

 ……『見える』、私が? 瞳に映ったソレが信じられず、ゴシゴシと手でこすってみた。何かの間違いだと。でも、もう一度見開いた先にあったのは、前と同じ。茜色に輝く太陽が見えていた。

 

「……ど、どうして!? 私、目が見えて―――」

「そのことについて、君に謝らないといけないな」

 

 急に向けられた謝罪に驚くと、そちらに顔を向けた。

 そこにいたのは、ブリタニア人の少年。かつて王宮で見かけたことがあったブリタニア貴族、薄いブロンドの髪をたっぷりと腰まで伸ばしている。違いは、少年らしからぬ落ち着いた佇まいと皇族しか身につけられない正装、それも子供用ではなく大人用を自分の体に合わせた衣服だ。

 確かにCCさんではなかった。この目で見たことはないが、声の調子と雰囲気から細身の女性で少なくとも自分より頭一つ分ほど背が高いことはわかっていた。服装も少年のような作りこんだ衣装ではなかった。別人だ。

 

「てっきり、『彼女』の転体先は君だとばかり思っていてね。あの場には君以外の逃げ場所はなかったし。封じ込めるためには、視覚を閉ざす必要があったんだ。……でも、ここに連れてきてはっきりとわかった。そうじゃなかったんだね」

 

 安心した。そう言いたげな穏やかな声音を向けてくる。8年間主力で使ってきた聴覚が、そこに真実が含まれていると即座に判断した。

 警戒心が驚きに圧倒されていた。上手く頭が回らない。流れに乗ってしまったような、求められているであろう応えが口からこぼれた。

 

「……この眼と貴方は、関係がある、と?」

「全ては僕の責任だ。僕の、誤解が招いたことだよ。すまなかった」

 

 そう言うと、小さく頭を下げた。

 

「君が今まで背負い込まされてきた苦労について、僕には謝罪しかできない。もう取り消して上げることはできないわけだしね。

罵倒してくれるのは大いに結構、憎むのは当然だ、それだけ辛い目に遭ってきたわけだしね。ただ、もし償いの機会を与えてくれるのなら、君が手にするはずだった力を取り戻させて欲しい」

 

 顔を上げながら、私の手にそっと自分の手を重ねた。その手は細く、ひんやりとして冷たい。

 耳は半信半疑と告げてきた。言葉に嘘はないが、何かを隠している。声の調子も、完全に信頼できるような安心感を感じさせてくれない。穏やかで優しげではあるものの、無理やり信じさせる/拒絶するなど許さない強権が隠されていた。立場が上なのにあえて下手に振舞うことで、後のこちらの反応に全て挑発の意味合いを含ませる。迂闊に手を出してはいけないのに出さざるを得なくさせた、答えが限定される。隙が全くない。ソレはひどく様にもなっていて、血筋の良さだけでない経験に裏打ちされた傲慢さと老獪さがあった。彼は日常的にそのような言葉と声を使っている。まるで、お父様のように……。

 不思議なことに彼から、父シャルルによく似たものが感じ取れた。彼が剛速球ならば目の前の少年は変化球、球筋は全く違っている。でも、投げる力はどちらも同じ。通常のピッチャーでは投げられない球、キャッチャーのことをほとんど考慮に入れていない球。私の意見は初めから求めていない。

 

 お腹にグッと力を入れる。不安を抑え込んだ。

 会話の主導権を握られている、このままではダメだ。弱気になり続けていたら従うしかなくなる。脱出のチャンスがなくなる。怖くても、奮い立たせないといけない。

 

「……ここから、帰してください。アッシュフォード学園に。話はそれからです」

「悪いがそれはできない。君の正体は知られてしまったんだ。あそこはもう、安全な居場所じゃない」

「兄が帰ってくるかも知れないんです。待っていないと、今度こそ離れ離れに―――」

「それについても、問題はないよ。伝言はちゃんと伝わったはず、彼の方から来てくれることだろう。ここで少しだけ待ってくれれば、会えるはずだよ」

 

 有無も言わさぬ、穏やかな決定。向けられた微笑みに、何も言い返せない。緊張と不満が顔に出ないように自制しきる。

 

「それまで、そうだなぁ……。君のことを聞かせてくれないか? 8年前、王宮から追い出されてからのことを、君の今までをね」

 

 おしゃべりをして時間を潰そう。そう、朗らかに求めてきた。戸惑いで眉をひそめる。

 狙いが全く読めない。一応は兄をおびき寄せることが目的なのだろうが、それだけではないはず。かつての誘拐犯と違って彼には、兄を苦しめることに悦びを見出していない。もし本当に危険になったのなら、全てを手放して去るだけ。頼まれごと/退屈しのぎ、それに近い気だるさが底に感じられる。彼自身の目的が読み取れない。

 逡巡するも選択肢はない。無視するのも手だけど、今私にできるのは喋ることだけ。彼に重要な何かを喋らせることだけ。少しでもこの状況を打開する手がかりを探り出さなくてはならない。話を続ければソレが、見つかるかも知れない。

 

 当時のことを思い返すと、おもむろに語り始めた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ガニメデに飛び乗ると、ニーナの……ソレの首筋に指を当てた。そこにあるであろう脈拍を感じるために。

 だが、指先には何も、感じられない。人なら必ずあるはずの生命活動の印がない。静かで冷たい、硬めのゴムのような感覚だけ。

 その顔を見直してみても、同じだ。目と鼻の先に俺がいるのに、表情は微動だにしない。瞳は濁って、光を失っていた。瞳孔も開ききっている。何も見ていない証拠だ。鼻先からずれたメガネの位置も戻していない。

 

 瞼を閉じてやると、メガネを付け直した。もう必要ないが、そこにあった方がいい。俺にとっての彼女は、そういうものだったから。彼女らしい外見だから。多分他の人にとっても、そうだと思う。

 固く握り締められた両手を丁寧にはがしていった。起爆スイッチを抜き出す。もうソレにスイッチとしての効果はないが、確保しておかなければならない。またすぐに、ソレが動くかも知れないから。別の手段で起爆を強行するかもしれない。危険はできるだけ排除しなければならない。

 スイッチが外されると、ニーナの体が傾げ始めた。先まで動いていたが近づいたら止まり、今も停止したまま/死んだまま。命が消えたソレから安定が失われたので、座席の上に倒れる。

 姿勢が崩れてしまう寸前に、止めた。元の安定に戻した。ソレに何ほどの意味もないが、近づいたらすぐにでも気づいてしまうが、手が勝手に動いてしまった。安定させると恐る恐る手を離し、その場に立ち上がる。

 

「―――必ず、敵はとるよ。必ず」

 

 沈黙の塊に向かって静かに、約束を繰り返した。

 敵は取る。君が敬愛していたユフィを奪った相手を、許さない。ユフィを殺した相手を俺は、絶対に許さない。―――俺自身を、許しはしない。

 

 告白できれば、どれほど良かったことだろう。解放されたことだろうか……。瞑目する。表に出ようと噴き出る罪悪感と自己嫌悪を封じ込めた。

 ゼロが殺したことにしなければならない、俺が彼女の願いを継ぐためには。願いを消さないために。ブリタニアと日本/征服者と復讐者たち、奪い壊すだけでなく互いに手を取り合えることを証明するために。憎しみを乗り越えて、新しい未来を紡ぐことができると。そのために俺は、枢木ゲンブの息子として/ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士としてあらねばならない、在り続けなければならない。彼らの抱いた願いの橋渡しにならねばならない、ソレに相応しい人間でなくてはならない。騎士は、守るべき主を殺してはならないのだから。どのようなことがあろうとも、忠誠を尽くさなければならないから。……俺が討ったことが知り渡れば、彼女の願いは死ぬ。

 幸いなことに、いや最悪極まりないことに、ソレはまかり通る。ゼロ自身がソレを欲した、最悪の裏切り行為をしたユーフェミアを倒した英雄の役割を、怒りに狂う日本人をまとめるに足るリーダーとしての役割を。準備していたであろうクーデターを成寿させるために。奴は自分の手でユーフェミアを殺したことにしなければならなかった。間違っても、俺であってはならなかった。俺は決して、奴と道を同じくすることなどできないのだから。

 父のときと同じだ、8年前の焼き回しだ。アレから逃れるために戦ってきたはずなのに、また同じことを繰り返している。今度は己の意志ではっきりと冷静に……。

 乾いた笑いが零れた。俺はあの時から何も、変わっていない。どこにも進んでいなかった。

 

 目を見開くと、耳のイヤーピースのスイッチを押した。

 

「ロイドさん、爆弾は無力化しました」

『……そう、みたいだね』

 

 ロイドさんからの恐れ混じりの感謝。

 自分の理解を超えた何かが起きた、ソレが最悪だった状況を逆転させた。もう危険はない。だけどもしかしたら、もっと危険なものが残っているのではないか。俺はあの爆弾以上に危険な存在なんじゃないか。いつもは心の内を見せず道化めかして煙に巻くロイドさんだが、警戒心を露わにしていた。彼ですらこうなっている。……まぁ、当然のことだろう。

 

『彼女は無事かい?』

「死んでいました。初めから」

『……説得には失敗した、ということかい?』

「言葉通りです。額に銃口の跡があって脈もないので、間違いないでしょう」

『死んでいたのに動いていたのかい!? ……そんな、オカルトみたいなことが―――』

「ランスロットと同じです。これをやった犯人は、俺とよく似た力を持っているんでしょう」

 

 そう指摘すると、ロイドさんは黙り込んだ。一笑にしそうになった可能性を考慮しているのだろう。科学者として、何が起きたのか見当でも付けるために。

 いつの間にかロイドさんは、いつもの調子に戻っていた。

  

『……是非とも君のその力、調べさせてもらいたいよ』

「全てが終わったら、幾らでも。今はまだ、やらなきゃならないことが残っていますので」

 

 ほんの少しだけ、肩の荷が降りた。顔の強張りも解ける。

 無視されるよりかは何倍もいい、これからの話も通りやすい。共犯者として事実を歪めてもらえる。

 

『生徒の回収は、あと少しで終わるよ。黒の騎士団達はもう、抵抗できないだろうしね。

 彼女のことは……、どうするんだい? 彼女の学友たちへの説明は? 実際に君のその力を見せない限り、理解できないと思うよ。見せたとしても、納得してくれはしないだろうけど』

「俺が殺した事にしておいて下さい。説得しようとしたけど、聞き入れてもらえず撃ち殺した。そのように。

 俺の力について話せば、彼らを巻き込むことになりかねません。この犯人は自分の痕跡を残さないように動いているので、知ればそれだけで危険になります」

 

 通信機越しに、息を呑むのが聞こえた。

 突飛かもしれないが、間違いではないはず。影に隠れ巨大な力を持っている相手に対して、誰かを守りながら戦うとなればこうするしかない。知ってしまうこと、それだけでも相手には脅威と映ってしまう。無知のまま今まで通りに過ごしてもらえれば、積極的に手出しはしてこない。彼らは安全だ。

 

『…………そうだね、ソレがいいだろう。

 だからと言って、君だけが泥を被る必要はない。僕から彼女たちに説明するよ。この場を預かる指揮官としてね』

「ありがとうございます。

 もし収容に余裕があれば、このガニメデも回収してもらえませんか? 難しそうなら、できるだけ解体してこの爆弾だけでも―――!?」

 

 突然、キャッチ音が割り込んできた。別の回線から誰かがアクセスしてきている。

 話を中断しコックピットに戻ると、モニターを覗いた。一瞬目を疑った。そこには、来るはずのない通信相手の名前が表示されていた。

 

『……スザク君、どうしたんだい?』

「ロイヤル・プライベートで通信です。―――コーネリア総督、ですか?」

 

 恐る恐る慎重に尋ねるも、返事は返ってこない。ただ、ソコに居ることだけはわかっていた。微かな銃声と怒号を背景に、乱れた/何とかしていつも通りに抑え込もうと苦闘している息遣いが、聞こえてくる。ただ事ではない何かが、その身を苛んでいることが伝わって来る。

 

「……お怪我を、されてますね。ご無事ですか?」

『ああ。崩落に、巻き込まれて、な。……そのことは、いい。

 枢木。お前に、伝えなければならないことが、ある。ゼロの行方、だ』

 

 再び訝しった。

 奴の行き先はたった一つ、政庁のはずだ。ナイトメアで飛んでいったのも見た。ソコに奇襲をかけ、あわよくばコーネリア総督を捕えようとしているのだろう。

 だが先程、その政庁は倒壊した。誰の仕業かは断定できないが、おそらくゼロがやったことだろう。租界のどこからでもソレは見えたはず。奇襲するだけではなく、最後の一手を打ってきたのだろう。最後の砦/ブリタニア軍の象徴である政庁が崩れ落ちたために、戦局の趨勢はクーデター側に決まった。それでもブリタニア軍は降伏せず、必死で足掻き続けている。銃声と爆声がなりやんでいない。やってくるであろう本国からの援軍を待って、戦い続けていた。

 ただそれなら、今こうやって総督と話せていることは矛盾だ。倒壊のあと、真っ先に狙われたはず。ゼロか黒の騎士団に囚われたはず。そうなっていたら戦いは終わっていた。政庁が一瞬で倒壊するなんて混乱を、凌ぎ切ったのだろうか? あのゼロがチャンスを逃すとは考え難い。……何か、予期せぬ異変が起きたのだろう。

 ゼロは総督を追い詰めたが、突然転身してどこかに消えた。勝利を捨てた。ありえない可能性だが、そうとしか説明がつかない。そうさせるを得ない何かが起きてしまった。

 

『神根島、だ。記憶は断片的だが、確かに聞いた。私を人質にせず、慌てて出て行った』

「神根島? なぜ今、あんな場所に―――」

 

 不可解な行動に頭が混乱すると、違和感に気づいた。耽っていた考えから覚める。ゼロの名につられて無視してしまったが、聞かなければならないことがあった。

 

「……どうして、私にそのことを?」

『奴は、ユフィの敵だ。ユフィに汚名を着せた、大逆人だ。その汚名は、騎士であるお前が、雪がなければならない―――』

 

 断言しながらそう言うと、苦悶でと切った。ゴホッゴホッと、苦しそうな咳が漏れ聴こえてくる。

 声からだけでは判断が難しいが、内蔵のどこかに傷があるのかもしれない。武人然とした凛々しげな調子が、なくなっている。なんとかそれにしがみつこうとしているだけで、弱りきっていた。演技ではないだろう、イレブンである俺に対してそんな真似をする人じゃない。弱った姿がさらけ出してしまうまでの傷を、負っているということだ。……一刻も早く、治療する必要がある。

 

『私は、動けない。もうすぐ我が軍は……、敗北する。私も、人質になる。しばらくは生かされるだろうが、いずれ……殺されるだろう』

「お気を確かに、すぐにそちらに向かいます!」

『お前が来たところで、この戦局は、変えられんよ。ナリタの時とは、わけが違う。

 それよりも、救助を。一人でも多く、部下たちを、ブリタニア人を本国に、帰してやってくれ。…………頼む』

 

 弱々しげな懇願に一瞬、何も答えられなかった。その意味しているだろう想いに対して、言葉が詰まった。

 彼女はまだ捕まっていない、まだブリタニア軍は戦っている。彼女を守るために戦っている。だが、その奮闘は虚しいものだ、ただの時間稼ぎにしかならない。元々援軍から来るまでの時間稼ぎだったが、その時間はもう稼げない。政庁の硬い防壁と防衛システムがなければ、数で勝り包囲している黒の騎士団率いるクーデターに圧倒されてしまう。ナイトメアの質は高いのだろうが、包囲で可動領域が限られてしまえばソレを生かしきれない。防波堤にはなれない。既に戦いの決着はついていた。

 遺言だ。遊軍である俺に、助けられなかったブリタニア人の救助を頼んでいる。俺以外に誰も、いなかった。彼女が敵対し嫌っていた日本人の俺に、頭を下げざるを得なかった。皇女として/総督としてのプライドを砕いてでも、ソレを優先した。優先してくれた。……胸の中で、その想いを噛みしめた。

 

 ありがとう、ありがとうございます。

 彼女にコレが出来たのなら、きっと大丈夫だ。きっとまだ、分かり合える。日本人とブリタニア人、双方が争いなく憎しみあうことなく手を結び会える日が、きっと来る。ユフィが望んでいた未来に、たどり着けるはずだ。希望は/俺の行先はまだ、閉ざされちゃいない。

 

「―――その役目、身命を賭して、果たさせてもらいます」

 

 言いながら、胸に手を当て敬礼していた。

 俺の返答に総督は、「頼むぞ」とだけ。その以上は何も言わなかった。

 

 しばしの無言の通信。切ろうかとスイッチに手をかけたが、やめた。代わりに、溜めていた悔恨が零れた。

 

「……将軍のこと、残念でした」

 

 ダールトン将軍、ゼロの犠牲者の一人。俺があの時もっと上手くやっていたら、彼は自殺せずに済んだのかもしれない。何とかして銃さえ奪うことができたら、彼は死なずに済んだ。拘束さえすればその後、立ち直れたかもしれなかった。立ち直れたはずだった。支えてくれるだけの仲間や家族が、彼にはいたのだから。

 俺がそう告げると総督は、躊躇しながらもおもむろに、口を開いた。

 

『なぜ、ダールトンは、私を裏切ったのだ? あのダールトンが、なぜだ?』

 

 自問するかのような問いかけ。何度考えてもわからない。なぜ彼が、なぜ、なぜ……。切実までに、その答えを求めている。

 俺の中にその答えは、無い。あの時何が起きたのか、詳しく説明できるほどの言葉を持ち合わせていない。自分の直感と力を信じただけだ。ゼロの責任だとは言えるが、ソレは将軍に対する侮辱でもある。あるいは、総督と将軍との間にあるであろう絆に対して。ソレが奴の力の前では、塵にも等しいほど脆かったなど。決してそんなことはなかったのだから、奴に全ての責任を負わせることはできない/してはならない。彼女の求めている言葉は、将軍の魂とともに消えてしまった。

 

「将軍は最後まで、総督に忠誠を尽くしました。裏切る事などは決して、なかったんです。奴の束縛を己の手で、振り払ってみせました」

 

 俺が言えることはただ、それだけだ。そうであったことを願うだけだ。

 

『……ゼロに、報いを与えてくれ』

「必ず」

 

 短くそう答えると、銃声が鳴り響いた。微かだった音が近くで鳴った。それと共に通信は切られた。

 

 すぐさま座席に腰を落とすと、コックピットブロックに戻した。背中でハッチが閉まる。

 周囲でモニターが光りだすと、ユグドラシルドライブが再接続。ランスロットと自分の体感覚がリンクした。確認のため指を曲げ伸ばししてみると、コンマ数秒の遅れもなく追随して動く。思ったままに自在にランスロットを動かせる。

 ファクトスフィアで広域探索をしてみるも、ゼロとガヴェインはヒットしない。主戦場には見当たらない、俯瞰できる上空にその姿はない。総督の言ったとおりか……。ナビゲーションをモニターに呼び出すと、神根島を入力した。

 

「ロイドさん、ここは任せます。俺はゼロを追います」

 

 背中の羽を広げフロートシステムを起動させると、一気に飛びたった。

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 VVがナナリーの視界を閉ざした理由は、アニメと少し変えました。情報漏洩を防ぐためもありますが、それ以上にマリアンヌのギアスを警戒しての処置としてです。

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