不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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今回は、若干ですが、会話文あります。

14/07/14 加筆・修正しました。


不可侵のギアス

 

 

 わたし、思ったんだけど。お父さんは……ゲンブ首相は、あなたに感謝していたんじゃないかな。

 止めてくれてありがとう。求められた行動を果たすことは、彼の心と矛盾してたんだよ。

 だけど、現実は待ってもくれなければ、奇跡も起こらない。望まなくても、誰かが背負わなくてはならない責務だった。そしてゲンブ首相は、それを背負うことを決めた。他の可能性を、自らで閉ざしたんだ……。

 だから決して、あなたを恨んでなんていないよ。

 

 なぜそんなことが分かるかって? 

 私も、そう想っているから―――。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 バンッ! 

 あたり一面に銃の炸裂音が鳴る。反動が、指先から手首を通って肩まで走り抜けた時、少女は一瞬、腕のコントロールを失っていた。しかし銃弾は、望まれたように迷うことなく、銃口から亜音速に飛び出していく。

 彼女はその時、無感動の仮面のしたで、にやりとほくそ笑んでいた。狙いは過たず、必中必殺の距離から打ち出された弾丸は、スザクの心臓を穿つはずだったからだ。

 

 

 

 しかし現実は、彼女の想像を覆してみせた。

 

 

 

 目の前の光景が信じられなかった。それをユーフェミアは、瞠目しながらみた。

 彼は、無傷のままそこに立っていた。

 何事もなかったかのように、差し向けられた銃口を気に求めず、周囲のことなんて気にしていないような静かすぎる瞳で、彼女を見つめ続けていた。

 撃った銃弾は、彼の心臓とは別の、まったく見当はずれの場所に飛んでいってしまったのだ。何が起きたのか、見当もつかない。外すはずのない銃弾が、見事に空を切ってしまった。

 

 バンッ、バンっ、バンっ、バンっ―――!

 

 続けて引き金を引いた。かつて訓練教官に教わったことを思い出した。

 

 昨今の銃は反動も少なく命中率も上がっているが、片手射ちで的に必中させるのは玄人でも難しい。手が届くほどの目の前にいるのならそれでも構わないが、そのような距離なら銃よりもナイフの方が効果的だ。万が一、急所を外して倒しそこねてしまえば、反撃をくらって形勢を逆転させられてしまう可能性もある。

 両手でしっかりと銃口を固定して、撃つ瞬間まで的から目をそらさずに狙いを定めること。引き金を引くときには、一回深呼吸をするのもいいだろう。銃を撃つという動作は極めて不自然な行為であるため、まず心を殺し相手を人ではなくモノとして見ることを強制しなければならない。感情のまま引き金を引いては外してしまう。全てを理性の下で統制しなければならない。冷静に、肩の力を抜いてすべてを行えば、まず外すことはない―――……。

 

 教わったすべてを確認する。指はいまにも引き金を引きたがっているが堪えて、呼吸を整える。そうすると、意外な程荒れていたことに気づいた。

 式典場からここまで、ずっと動きどうしだった。銃を撃ったりナイトメアを操作したり、それをフワフワしているドレスを着たままやったりなど、慣れないことの連続だった。今まで疲れなど感じてこなかったが、気分が高揚して麻痺していただけだったのだろう。……これでは、的だって外す。

 原因がわかると、先ほどの動揺も収まった。

 それを込に考えてもう一度狙いを定めると、引き金を引いた。両手で持ち直し、気持ちを的に集中させながら、人差し指に力を込めた。

 しかし、―――

 

「…………どう、して?」

 

 無言だったユーフェミアの口から、小さな呟きが漏れた。

 

 打ち出された銃弾は、またもやスザクの横を通り越していった。

 

 先ほどよりも近づいた射程距離、撃鉄が弾丸に打たれる瞬間までしっかりと定めた銃口と視線は、スザクの心臓に風穴を開けるのに十分すぎるほどのものだった。

 特区設立を宣言するはずだった会場からここまで、拾ったマシンガンで手当たり次第に銃弾をばら撒いては撃ち殺すやら、ナイトメア「グロースター」に乗り込んで追いすがっては轢き殺すやら踏み潰すやらと、息つく暇もなく日本人を虐殺し続けてきた。そのあいだ、奇妙な幸福感で頭の中がいっぱいだったため、慣れないことをやった疲労が表に出てくることはなかった。順調だった虐殺がここで急に躓いた挙句、よく見知った彼と相対したから、急に現れただけかもしれない。

 しかし、それでもこれは、有り得ないことだった。

 

 視界に写っていた彼が、急に、別のものへと変わっていくように見えた。

 

 ユーフェミアは、そのありえない事実に困惑していると、立ち止まっていたスザクが今一度、近づいてきた。

 

「と、止まりなさい! でないと―――」

 

 警告と同時に、発泡しようとした。

 しかし引き金を引く瞬間、はたと気づいて止めた。

 

 ―――この銃には、あと何発弾が残っている?

 

 熟練の軍人ならば、手に持った銃の重さで弾のある無しもしくは数までわかるだろうが、残念ながら彼女にそんなスキルはない。いまの銃に弾がこもっているのかわからない。

 ただ、カートリッジを入れた時には、そこに銃弾が充填してあったのは見た。だから、おそらくまだ残ってはいるのだろう。そのぐらいの予想はつく。

 だけど―――

 

 ―――これ以上無駄弾を使ったら、今度は私の命が……。

 

 先の二回のミスが、不用意に引き金を引くことをためらわせた。目の前の彼に銃弾を当てる確信が、揺らいでいた。

 疲労とは違う震えが、お腹の奥から腕を揺さぶってくる。

 

 怯え。

 

 銃を撃ってしまった以上、もはや意味などない警告。そんなものが口から溢れてしまうほどに、彼女は不安定になっていた。

 先まで全身を満たしていた幸福感、自分の全てが肯定されセカイを思い通りに動かしている万能感。それが錯覚であったかのように消えかけて、あとにはただ、あまりにも小さすぎる自分だけがポツンと残っていた。巨大な何かから急に切り離され捨てられて、これからどうしたらいいのか途方に暮れる。投げ出された場所は、今の彼女にとってあまりにも広大すぎた。

 

 靴の底が地面の砂利を踏みしめる微かな音。彼がまた一歩近づいてきた音。

 今も周囲で鳴り響いている銃声と爆音と、何より日本人たちが上げる阿鼻叫喚を背後に押しのけて、彼女の耳朶に届いた。そして、全身に言い知れぬ衝撃を与えてくる。

 ただのそれだけで、体がビクリと縮み上がる。口からみっともなく悲鳴を上げそうになったが、なんとか喉元で押さえ込んだ。

 だけど、手に持った銃は、目に見えるほどブルブルと震えていた。もはや狙いなど定められない。それを、どうしても止められない。

 

「……なんで、どうして、どうしてッ、どうしてよッ! 止まりなさいよッ!!」

 

 悲鳴のように癇癪を上げ、震え続ける片手を固く握り締めた。

 それは彼に向けたものなのか、言うことを聞かない自分の腕に言ったものか定かではない。止まらぬ震えを、激昂でどうにか抑え込もうと必死だった。

 先程まで自分を満たしてくれていた幸福感は、それを前にしてどこかに消え去ってしまった。銃声と悲鳴の中でも、これ以上ないと思える程の安定をもたらした万能感は、始めからなかったかのように霧散していた。

 心地よい白昼夢から現実に引き戻された急激な落差に、彼女は、困惑を突き抜けて恐怖に全身が竦んだ。すくみ上がることを止められない。一体何が原因なのか、まるでわからない―――……。

 

「―――いツッ!」

 

 急に、強烈な頭痛がズキリと走った。

 

「……い、痛い。痛い、痛いッ、痛いぃッ!!」

 

 銃を構え続けることもできないほどの激痛。頭を抱えて、それに耐えようとする。

 だけど、一向に痛みは引かない。取り除かんと掻き毟ろうとするも、ほんの少し動くだけで痛い。それでもなんとか、銃だけは突き出し続ける。腕の振動が脳髄をかき乱すような痛みを生んでいるが、それでも牽制することはやめない。……やめれるはずがない。

 

 ―――こんな痛み、この程度! あの牢獄の日々を思えばどおってことないわ!

 

 歯を食いしばり眉間に力を込めて、奮い立たせた。

 過去の自分を思い出す、今までに耐え忍んできたことを思い返す。お人形の皇女として生きてきた人生を、頭の奥底から掘り起こした。周囲の願いと善意を引き受けて、ただただ自分を殺し続けてきた日々。

 完璧な人々、正しく優しい皆。間違いなのはそんな周りの人間ではなく受け入れられない自分の方である、だからそんな『自分』は押し殺せ。他人の手を借りてはならない、見せてもダメだ。自分ひとりで殺しきらなくてはならない。ひっそりと誰にも知らせず、毎日毎日殺し続ける。腐臭すら漏らさない。

 お人形の皇女で有り続ける。それが私の戦い。

 

 ―――痛みなんて、とっくの昔に克服してる。殺すことを躊躇するなんて、あるはずがない!

 

 目尻に涙が溜めながら、もう一度銃を握り締めた。

 自分の体の裏切りに泣き出したくなるほどの絶望感が染み出していたが、諦めるなんて選択肢は彼女にはない。―――ユーフェミア・リ・ブリタニアには、ない。

 

 また一歩、スザクは歩を進め近づく。

 

 

 

 そして立ち止まった。

 

 

 

 そこは、一歩でもその場から踏み出してしまえば、自分の胸に差し向けられている銃口が付くかつかないかの、まさに手を伸ばせば届くような距離だった。スザクは、目の前にいるのにどこか別の場所にいるような希薄さで、周囲の風景と溶け合っているかのように、自然と、何事もないかのようにそこに佇んでいた。

 その静寂が、彼女の中から芽生えている震えを助長する。そして、彼女本人をこの場に際立たせていた。

 そのためか、石像か老木のようなものなのに、先程から引き金を引くことができないでいた。指先が、どこかに消え去ってしまったかのように麻痺してしまっているかのようだったからだ。その場所はもはや外しようのない立ち位置で、目をつぶってでも当たる。何発か仕損じたが、まだ弾は残っているはずである。それでも、指先は意に反して全く動かなかった。

 

 その距離に、彼女は葛藤した。

 

 分岐など一切ないような一本道を流れるように統一されていた今まで違って、それが、眼前で幾重にも散り散りとなって混沌の様相をおびていた。その流れに身を任せていた時に感じていた巨大さと幸福感が、嘘か幻であったかのように消え去ると、矮小な自分が浮き彫りになってしまった。

 それは、彼女にとって最も険悪すべきもの、無力な小娘であった本来の自分の姿だった。

 それでも、彼女の取らなければならない道は、決まっていた。先程から頭の奥底でガンガンと急き立てる声が、彼女の取るべき道を命じていた。

 それに逆らうたびに頭痛がひどくなる。まるで、その声によって内側から爆発してしまうかのような恐怖があった。その爆発は、何一つ残ることのない、体のみならず心までも霧散させてしまう。同時に、それに従うことで、先程まで得られていた幸福感が再び自分の中に満たされていくのも感じた。だが、それでも、それに手を伸ばしてしまうことが、出来なかった。

 何かが、それを妨げていた。

 その原因が、目の前の彼にあることだけはわかっていた。だから―――

 

 

 

「……私は、殺さなくちゃいけないの―――」

 

 

 

 唐突に、告白した。

 

 すると、その「何か」が堰を切ったかのように、胸の内側からあふれてくる。

 

「日本人を、ひとり残らず、殺さなくちゃいけないのッ。虐殺しないといけないのッ!」

 

 静かな告白は、激昂に変わっていた。

 言葉と同時に、「何か」が溢れ出ていった。それが、涙だとわかったのは、頬を濡らす奇妙な感触からだった。

 自分が泣いていることに驚きながらも、瞳から涙が流れ落ちてくると、一緒に悲しみも湧き上がってきた。

 

 その悲しみが、ユーフェミアに、自分がなぜ彼を前にして怯えていたのかを悟らせた。

 

 いつの間にか、柔和と言えるほどの穏やかそのものの表情が、そこから、仮面であったかのように剥ぎ取られていた。そしてその中には、敵意をむき出しにしながら目の前の彼を威嚇している、全身の毛を逆立てた手負いの獣がいた。今すぐここから逃げ出したい恐怖を押し殺しながらも、踏みとどまって立ち向かおうと震えている少女が、そこにいた。

 だけど彼女は、そこから踏み出すことを決めた。

 

「―――スザク。あなたも日本人よね」

 

 その言葉が、彼女の指先に感覚を戻した。震えは、いつの間にか収まっていた。

 

 ホンの少しの弾みだけで、引き金を引くことができる。今までに感じたことのないほど静かな感情が、彼女にそれを教えてくれた。そして、彼女がそれを止めることは、もうない―――。

 

 

 

「―――ユフィ」

 

 

 

 なのに、スザクの声を聞くと、固まったはずの決心が揺らいだ。

 

「君と初めて会った時から、オレは、……君のことが気に食わなかった―――」

 

 引き金が引かれていない。すぐにでも撃ち殺せるのに、撃ち殺さなくてはならないのに……。

 

“私は、彼の声が聞きたい”

 

「いつだって君は、危険な場所に飛び込んでいく。出来もしないことを、進んで引き受けようとする―――」

 

 スザクは、さらに近づいていくる。もはや、ゼロ距離といえる至近に彼は立っていた。

 

“それは、あなただって……”

 

「見ていてイライラするんだ。弱くて何もできないくせに、何でもかんでも背負っちまうその態度が! ―――」

 

 いつものスザクと違う口調。トゲトゲしく不遜とも言える態度が、そこにはあった。

 だけどそれは、何よりも彼らしいものなのだと、安堵と共に感じられた。なぜ、それが彼らしいのかはわからない。理解よりも先に答えが降ってきた。だからこそ―――

 

“あなたにだけは、言われてたくないッ!”

 

「……赤の他人のために、簡単に自分の命をかけてしまうことが―――」

 

 言いながらもスザクは、銃口を払いのけようとも避けようともしなかった。

 すでにこの間合いでは、ユーフェミアにだけ命を奪う優先権があるわけではない。実戦を生き抜いてきた軍人とその背後で守られてきた貴族の娘の間には、銃だけでは埋め尽くせない戦力の差があった。彼がその気になれば、危険ではあるが、自分の手から銃を奪うことはたやすいことだろう。ただ、そうなれば、彼女にはすぐさま引き金を弾けるという確信が指先にこもっていた。

 一触即発の凪の地平に、彼女もまた、引きずり込まれていた。

 

“……それって、本当に私のことなの? 私は、そんな人間じゃな―――”

 

「自覚していないところが笑えるところだ―――」

 

 かすかに自嘲しながらスザクは言った。そして言いながら、その手には、腰に履いている儀礼用の長剣の柄を握っていた。すでに、鈍い光を照り返す抜き身を晒している。

 それを、ユーフェミアは、ただ視界の端に捉えただけだった。その時初めて、彼の手にそれが握られていることに気づいた。

 

“……確かにそうかもしれない。私は、自分の命を軽く見ているところがある。無防備すぎるって、後悔することはよくある。

 でもその言葉は、そっくりそのまま、あなたに返してあげる。

 そんなのは、お互い様でしょ”

 

「……最近になってやっと気づいたけど、オレも周りからはそう見られているらしい。だから、君に対するこの感情は同族嫌悪、なのかもしれない。でも……」

 

 そこでスザクは、一旦口を閉じた。次に何を言うべきか考えているかのように、押し黙っていた。または、それ以上先へ続けることを押しとどめているかのように、口を引き結んでいた。

 そこで彼は、初めて迷いを見せた。

 言うべきか言わざるべきか。最後の一歩を踏み出すべきか、どうか。

 

 そのまま待っていたい。彼の口から直接聞いてみたい。

 ……でも、次に出てくるものが怖かった。たとえ、それがどんなものでも、もう耐えられない。

 だから―――

 

 

 

「私は、あなたのことが好きです―――」

 

 

 

 沈黙を破るように言った。かつて彼に言ったように、胸を張って言える言葉。

 それだけは、真実だった。こんな状況の中であっても、これから先どんなことが起きても、それだけは変わらずこの胸に有り続ける。決して消えない小さな灯火。

 

 一瞬、目を丸くしながらこちらを見たスザクは、かつてのように、呆然としたまま無防備を晒していた。

 

「あなたは、私のこと好き?」

 

 かつてとは、少しだけ違う言葉。だけど本当は、聞いてみたかった言葉。

 

“私とあなたが同じだというのは、たぶん、本当のことだね。私は、周囲から望まれている『お人形の皇女様』であり続けるために、今まで生きてきたようなものだった。あなたも、『日本最後の首相枢ゲンブの息子』であり続けるために、危険な戦場に自分の命を晒し続けてきた。お互い、それになりきれない無力な自分が嫌いだった。そんな自分なんて無くなってしまえばいいと願ってきた。けど、どうしても最後にはそこにしがみついてしまう悪循環に陥っている。

 もう、いいじゃない? そんな連鎖の中に囚われているのは、バカバカしいことこの上ないよ。

 そんな中で出会えたあなたは、私にとっての運命なんだと思ってる。自分のことしか見えていたなかった私に、神様が与えてくれたたった一つのチャンス。ものにしない手はないよね。

 あなたが私を自分と同じだというのなら、ぜひ私と同じようにそこから抜け出して欲しい。あなたと一緒じゃなければ、私は先に進めないから”

 

 とめどなく言葉は溢れてくる。だけど、口に出すことができなかった。それらは、この場では必要ないようにも思えた。胸の内で反響させただけのそれが、彼に伝わっているようにも思えたからだ。

 

 言い終えると、肩にかかった重荷が取れたように体が軽くなった。

 すると、彼から一度も答えをもらっていなかったことに、今更になって気づいた。

 

 

 

「―――ああ、好きだよユフィ」

 

 

 

 そこで彼は、あの笑顔を見せてくれた。

 どこまでも透明で明るく周りの人達を和ませる笑顔、それでいて、その中は光が差し込まない深淵が広がっている笑顔。笑顔のための笑顔。虚ろが必死になって模倣した笑顔。必死であることすら消えてしまっている笑顔。笑いのない笑顔。

 私は、鏡を見たときその笑顔が嫌いだった。嫌っているはずなのに、鏡には一切それが現れてくれないそれが、嫌いだった。私の本当はどこにも見えなかったから。みんなを騙しているような罪悪感が、そこに写っていたから。

 彼のそれも同じものだったはずなのに、私はそれをもっと見ていたかった。嘘ではあるかもしれないけど、やっぱりそれは笑顔だったから。泣き出しそうな顔よりかは、何百倍もよかったから。

 だから、呆然となってしまった。

 

 その一瞬の隙に、彼が眼前まで詰め寄り、交差した。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 気づけば、剣の穂先が胸を貫き通すまで、私はその笑顔に魅せられてしまっていた。

 

 

 

 不思議と、音も痛みもない。ホンの少し、穂先が胸に刺し込まれる瞬間に、金属のひんやりした冷たさにゾクリとした。

 だけどその時から、体の震えや心に巣食っていた怯えを、どこか遠くに置き去りにしていた。それらは、もはや私を捕らえることができ無いにもかかわらず、無駄なあがきを続けようと触手を伸ばし続けてきた。

 奇妙にも見下ろすと、今まで私を苦しめ続けてきたそれらすら、愛おしいものとして感じられた。

 幸福感が私を満たしていった。しかしそれは、あの多幸感とは違うものだ。とても痛くて苦しいのに、私の目を曇らせたりはしない。私が感じるがままに悼んでくれる、厳しいけど優しい、祝福の歌声―――。

 だからなんだろうか。この終わりを、静かに受け入れることができた。

 

「―――スザク。私のことは忘れて、自由に生きて……」

 

 彼の耳元で、そっと囁く。

 もっと多くの言葉を交わさなくちゃならないけど、これが精一杯。……これだけで、いいよね?

 

 

 

 抱きとめられたまま彼の腕の中で、私は、静かに目を閉じた―――……。

 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 そこから先のことはわからない。だけどそれは、きっと、悪い結末ではなかったと思う。少なくても私にとって、最後に出会えたのが彼だったのは、もったいないぐらいの幸運だったのだから。

 彼の傷としてここに残れたのだから、先行きなど、怖くはなかった。

 ……ただひとつ心残りなのは、私の最期の言葉が、彼に伝わったのかどうかだけ。

 

 

 

 だって彼は、いつだって、たった一人で膝を抱えているのに、決まっているから。

 




長々とご視聴、ありがとうございました。

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