すべてを話しきり、一息ついた。
「―――これで全部です。後は、あなたも知っている通りですよ」
そう言うと、相手を見据え直した。
ブリタニア人の少年、私よりも年下男の子、膝にまでかかるほどの長髪と貴族が身につけている礼服に身を包んでいる。VV。私を誘拐し、この奇妙な神殿まで連れてきた誰か。
「なかなかにハードな過去だね」
簡単に締めくくると、優しげに微笑んできた。今までの労苦をねぎらうような/よく頑張たと褒めるような、好々爺の笑みを向けてきた。安っぽい脊髄反射的な優しさではなく、充分に理解した上での染み渡るような優しさだ。
彼は敵だ。私をここに誘拐した時点から敵で、それは今も変わっていない。警戒を解くことはありえない。ただ、邪険に扱われてはいない。こちらの話を最後まで聞くまでの余裕はある。ならば、その分だけは礼儀をもって対応しないといけない。
「私は話しました。今度は、あなたのことを教えてくれませんか?」
「僕かい? 話してもいいけど、君ほどは面白くないよ」
「ソレを決めるのは私です」
代価を求めてみても、突っぱねられることはなかった。やんわりとは返されたが、話し合いの余地は残っている。強引に押し切って、反応を待った。
ほんの少し、悩むぞぶりを見せてきた。どう返事をしようか考えている、あるいはそう見せているだけか……。不安で震えそうになるのを隠すため、奥歯を噛み締めることで耐える。
「……最後に一つ、質問に答えてくれ。ちゃんと答えてくれたら、僕のことを話そう」
いいことを思いついたとばかりに、問いかけてきた。
お腹に力を入れ直した。気持ちを落ち着かされると、無言でこくりと頷いた。
「君は、父親のことを恨んではいないのかい? ブリタニア王族のことを?」
予想外の質問に、一瞬、言葉を失ってしまった。
あまりにも直球な問いかけだった。答えの如何によって、私の今後が決まってしまう。彼がブリタニア皇族に深く関係していることは明白、叛意を明確してしまえば殺される。かといって「そうでない」と言ってしまえば、私の小さないながらもあるプライドは地に落ちてしまう。自分で汚してしまうことになる。すこぶる意地の悪い問だ。
「君は、両足を撃たれ歩けなくなり、ギアスによって両目を塞がれ失明した。母親が殺されたからといって、生まれた家から追い出されて異国に捨てられた。地位もお金も剥ぎ取られて。そこで安住の地を得たとしても、また奪われた。今度は名前まで奪われた、偽りの自分を生きなければならなくなった……。
全ての元凶は君の父親、ブリタニア皇帝が引き起こしたことだ。復讐したいとは思わなかったのかな?」
追い打ちをかけて迫ってきた。先の優しげな微笑みの奥に、無抵抗の獲物をいたぶるかのような残虐な顔が垣間見える。
彼はブリタニア皇族の一員だ。少なくとも、『高貴な血筋』を受け継いだ貴族であるのは間違いない。洗練された野蛮。善人の仮面の下に、血に飢えた怪物が舌なめずりしている。……私もその一員だったから、今もやっぱりそうだから、わかってしまう。
「……なぜ、そのように考えるのですか?」
「本来持っていて当然のものを、理不尽に奪われたからだ」
はぐらかしをものともせず、さらに詰め寄ってきた。
「偶然ではなく不特定な第三者ではなく、名前と顔も知っている人物が原因だから。少しでもいいから取り戻したい、できないのならせめて同じ悔しさを味あわせたい。……僕の中で人間というのは、このような反応をするのが当然だと思っていたから」
「それなら私は、あなたの一般論に当てはまらなかった人間、ということなのでしょう」
「その理由を聞きたいんだ」
逃げ道を塞ぐと、続けて攻め立ててきた。
「先から君の話を聞いていると、報復心を感じることができなかった。諦めて現状を受け入れているだけなのかもしれないけど、それで妥協できてしまうほど君は意気地のない子ではない。わけのわからない誘拐犯と、こんな見たこともない場所で二人きりなのに、背筋を伸ばしてまっすぐ僕を見据えている。そうしようと頑張っている。ただの負け犬にはできないことだよ」
「評価してくれるのはありがたいのですが……、私はそんな勇敢じゃない。臆病者ですよ。奪われたなんて思っていないです」
ぎこちない微笑みとともに、追求をかわした。……躱したのだと思う。
互いに見つめ合った。表面はほほ笑みを浮かべて、だけど内側は必死に逃げ/急き立てている。
先に根負けしたのは、VVの方だ。呆れたようにため息をついた。
「……困ったね。無理強いは、あまりしたくないんだけど」
ニコリを笑いながら、脅しかけてきた。
ここが潮時だろう、これ以上は危険だ。自分の生死は目の前の少年に握られている。口八丁で誤魔化そうが、戦力差は変わらない。私が囚われの身であることは変わらない。
緊張を解くように吐息を漏らすと、答えた。
「……確かに、お母様が殺されたことやこんな体になったことを、恨んだことはありました。どうして私に、ほかの誰でもない私にこんな不幸が舞い込んでくるんだろう、て。お父様はなぜ私を助けてくださならないのか? 神様は本当にいるんだろうか? いるならば何故、私にこのような困難をお求めになるのか? 何もかも奪って、こんな不自由な体にまでして、一体何をしたいのか……。わからない―――」
溜め込んできたものを吐き出し続けると、嫌な感情が染み出してきた。口の中に苦味が広がって、瞳の奥が熱くなる。
言わなきゃよかった、こんな場所で誰ともわからない相手なんかに……。口に出してしまったことを後悔した。思った以上に重たいモノだった。
でも、一度出したのなら引っ込められない。染み出してくる感情を振り切るようにして、続けた。
「死んでしまったら、どれだけ楽になれるのだろう? もうこんな辛い毎日がなくなる、皆さんに迷惑をかけなくても済む、これから先にかけてしまうであろう迷惑にも悩まなくていい。自殺して消えてしまおう、いつもソレばかり考えてました。自分の生きてる意味が、生きなきゃならない意味がわからなかった……。お兄様がいなかったら、日本に捨てられる前に諦めてました」
そう、諦めてた。誰にも言ったことはなかったけど、私はそうしようとした。
お母様が死んで、後ろ盾を失った10歳にも満たない子供。それに、足も動かせず目も見えないこんな不具になったのならば、待っているのは屈辱の毎日と報われない死だ。助けてくれる人は誰もいない、皆ここぞとばかりに奪いに来る。根こそぎに、何もかも……。知らないフリなどできない。ブリタニア皇族として生まれ権謀渦巻く王宮で生活してきたのなら、嫌でもわかってしまう事実。
そんなことは、ゴメンだ。そんな未来はまっぴらだ。そこしか道がないのなら、いっそのこと今、すべて捨ててしまおう。まだ誇りがあるうちに―――。
できなかったのは、お兄様がいたから。まだ縋れる相手がいることが不安で、独りでなかったのが怖かった。この身と命は自分だけのものじゃないと言われるのが、堪らなく重い。……勝手に消えてしまうことは、できない。
「こんな私でも、お兄様は大切にしてくれる。一人でなら何処へだって行けるのに、私を背負うことを選んだ。屈辱に耐えてきた。そのお気持ちを、無駄にしてはならない。……それだけが、私の生きる意味だった」
「でも、そうじゃなくなった?」
足された接ぎ穂に、一瞬迷った。これ以上言うつもりはなかったが、話の流れが強制された。
続けるべきか否か、どこまで話すべきか……。目をつむりながら、言葉を探した―――。
私にとって大切な想いだ。コレがあったから今まで生きてこれて、これからも生きていける。誰にも恥じることなく、強く、生きていける。あの人との思い出、あの人への愛―――。
失恋だったとしても構わない、私には相応しくなかっただけなのだから。私は憧れていただけで、助けてあげることはできなかった。8年前のあの荒野でも、再会してからもいまこの大事であっても、私は何もしてあげられてない。あの人に頼っているだけ、支えになれていない……。できたのはお姉さまだけだった。だから、お二人なら祝福できる。その痛みなら抱えて生きていける。
目を開けると、気持ちは定まった。
「―――わかったからです。理不尽に奪われてきた人生だから、わかりました。ブリタニアが、お父様がどれほどの悪行をしたということが。日本と、日本人の皆さんにどれほど酷いことをしたかということが。わかったんです」
静かに力強く、言い放った。
大切なものを奪われるのは、悲しい。どうにかしてソレを、取り戻したいと思う。でも、もう二度と帰ってこないとわかった時、人は怒りに支配される。己の身まで焼き尽くし、後には何も残らない。……簡単な摂理だ。単純な、至極単純なことだった。だたそれだけのことなのにブリタニアは、私たちは見ないフリをしてきた。誤魔化してきた。
弱肉強食? それが世の理、だから強い者は何をしたって許されるだって? ブリタニアは何をしたって許されるだって!?
冗談じゃない、子供だましの屁理屈だ!
やって善いことと悪いことの区別も付けられなくなっただけだ。己の貧しさに目を逸しているだけじゃない。自分は持っていないから、他人のものが欲しかっただけ。そんな卑しい盗人をお父様は、声高に賞賛している。請け負わなくちゃならない罪まで、ないものにしてしまった。
私は決して、違う。そんなこと、殺されたって許せない。
「……ならば、ブリタニアに復讐しないのは、何故だい? その体じゃできないからかな?」
怯む様子はなく、煽りまでしてきた。
力が無いからこそ、そんな目に遭っている。弱い者が何を吠えようが、誰も聞いてはくれない。どれだけ怒ろうが無意味なことでしかない、世界は変えられない。むしろ、支配者の気を損ねて殺されるかもしれない。生き残るためには、作り笑いを浮かべて頭を下げて命乞いをし続けるしかない。どんな目に遭おうが、生きているだけで幸せと思わなくてはならない。プライドなどドブに捨てて、道化になったほうがいい。……今の私は、ソレと同じようなものだ。自分じゃ何もできないお人形、といったところだろうか。
見当違いだ。VVの理解の浅さに、うっすらと笑みが浮かんだ。
無力感を再確認されたところで、私は痛くも痒くもない。傷跡を掻きほじくって反抗心を焚きつけようとしても、無駄だ。そんなものは、とっくに8年前で克服している。復讐でも諦観でも自殺でもない道が、わかったから。目の前の彼には、お父様には決してわからないことが、わかったから。
「わかったからです。奪われた痛みは、復讐なんかで消せない。抱えて生きていくしかない。どんなに惨めでも辛くても、傷とともに生きていく。歯を食いしばって耐え抜くしかないんです。時がその傷を治してくれるその日まで、ずっと。痛みと向き合い続ける。……私は日本で、ソレを学びました」
VVは戸惑ったかのように、眉をひそめた。
お母様は生き返らない。お父様の罪は消えない。この体も、元には戻らない。……私は呪われている。
でも、だからこそわかった。あの人の選択が、あの人の戦いが、あの人の願いが。もし私がこうでなかったら、決してわからなかったはずのことが、わかった。この宝物に私は、気づくことができた。
だから、戦い抜くことができる。絶対に勝てる。この痛みは、克服できる。―――呪いはもう、奇跡になっていた。
「私、感謝しているんですよ。こんな体にされたのも、王宮から追い出されたことも、日本に来れた事を。もしそうじゃなかったら、今の私はどこにもいなかったから」
そう言い切ると、ニッコリと笑いかけた。
心からの笑顔だった。胸の中は、晴がましい気持ちでスッキリしている。こんな状況なのに、これ以上なく透き通っていた。
そんな私を見てVVが怯むと、真っ直ぐと顔を引き締めた。
「あなたが何を求めてこんなことをしたのかわかりませんが、言えることは一つだけ―――」
すぅーと息を貯めると、一気に吐き出した。
「無駄です。私は、絶対にッ、屈したりはしないッ!」
ハッキリと、断言した。
そうだ、私は負けない。こんな卑怯者なんかには負けない。どんな手を使おうが、諦めさせることなんかできない。……もう、あの時のような無様な真似は、晒さない。助けられるだけのお姫様じゃない、強くなる。
全部浄化してみせる。日本の悲しみも、ブリタニアの罪も、私の痛みも全て。皆まとめて、変えてみせる!
VVは目を丸くし、まじまじと私を見た。嘘か誠か、見定めようと探る―――。
ひるまずに受け止める私を見て、大きくため息をついた。肩の力を落とし、何かを諦めたかのように項垂れた。
だけど次の瞬間、空気が変わった。
「―――マリアンヌの娘だけ、あるな」
顔を上げたときそこには、先までの仮面が剥がれていた。
禍々しく傲慢な、支配者の顔。10歳前後の子供とは思えない老獪さがにじみ出ている。外見と中身のスケールが全く噛み合っておらず、ソレがさらに魔的な力を醸し出している。鋭く深く突き刺さるような視線は、気の弱い者なら心臓を止めてしまうほどの圧力を秘めていた。
ゴクリと、唾を飲み込んだ。背中に冷たい汗が流れる。
「君こそ僕らが作った王座に相応しいと思ったが……、まぁいいさ。兄でも充分ことは足りる―――」
懐に手を入れると、銃を取り出した。
子供でも扱える小さな口径の銃、反動が少なく扱いやすい代わりに威力がない。だけど、至近距離なら致命傷を与えられる。間違いなく命を奪える。
銃口がぴたりと、私の額に向けられた。
「ナナリー、君の憧れは間違えている。
復讐心は人として正しい感情だ。最も強い感情でもある、必ずや果たさなくてはならない。抱えた痛みは前に進むための燃料になる、他人のソレを食らってさらに突き進む、復讐心で世界を満たすまで―――。その連鎖の果てにあるのは、自滅じゃない。新たなる世界さ!」
高らかに演説すると、嗤った。
熱く焦がれるように、狂気に満ちた正気で。年相応の純粋さのまま、圧縮し精錬された悪性の結晶。……真正面から当てられて、声が出せない。
「大切なものであればあるほど、復讐は強く激しくなる。犠牲は尊いものであればあるほど、得られる幸福も尊いものになる。
ナナリー、君は生贄だ。これからやってくる、兄のために。新世界のために―――!!」
狂熱を込めて言い切ると、引き金を引いた。
銃声が一つ、鳴り響いた。黄昏の世界に響き渡って……、消えた。
視界は、真っ赤な血に染まった。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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