引き金が引かれる。目を閉じると同時に、銃声が鳴り響いた。
生暖かい血糊がベットリと、頬に張り付いた。撃たれた、死ぬ。ここで、こんなところで、終わってしまう……。
しかし、予想していた衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けると、そこには、胸を押さえているVVの姿。苦悶をにじませながら膝をついている。そして、仰ぎ見る―――
「―――何の、つもりだ……、シャルル」
視線の先に目を向けるとそこには、ブリタニア皇帝が/シャルル・ヴィ・ブリタニアが/父がいた。
山のような威容に圧倒される、灼熱が放射されているかのように息苦しくなる。それらは目に映ってはいないのに感じられる、悟らされてしまう。そこにいるだけで己が小さいと自覚させてくる、王者の風格を纏っていた。……見間違いようがない、父の姿だ。
どうしてここにお父様が? 本当に彼なのか? どうやって、今までどこに、何故今ここに? 私を、助けてくれたの、何故……? 疑問が噴き出してくるも、目の前の出来事に全て吹き飛んでいた。何も分からず震えながら見た。
無言のまま冷徹な視線で、倒れるVVに銃口を差し向け続ける。
「酷い、じゃないか……。なんで、邪魔を……、するん、だい? あと少し、なのに……」
「二人は殺さないで利用する、ではないのですか、兄さん?」
VVは撃たれながらも笑みを絶やさずに、そんな彼をお父様は無機質なままに見下ろしていた。
「……ひどいモノに……、憑かれている、みたいでね……。こうするしか、ないん、だ―――ぐぶぅッ!」
咳き込みながら吐血、笑顔を保っていられず顔を歪めた。ゴホッゴホッと血を吐き出し続ける。
元々白い顔が青白くなる頃、吐き出された血とともに小さな塊が、潰れた銃弾が吐き出された。血の海の中に落とされコロコロと転がり、止まった。
「彼女は、もう、僕らにとって……、邪魔者、でしか……、ないんだ。……わかって、くれ、シャルル」
見上げながら、懇願するように言った。哀れみを請うではなく、子供の駄々に辟易しながらも諭すように、大上段から頼んできた。
そんな不遜な態度にも小揺るぎもせず、逆に冷たさが底なしの闇になったかのような視線をむけると、言った―――
「―――そうやってあなたは、マリアンヌを殺したんですね」
……聞き間違いかと、一瞬疑った。でも、お父様の顔には冗談を言っている雰囲気はない。そもそも、嘘など彼には似合わない。事実なのだと痛感させてくる見えない力が、言葉に篭っていた。
二人の無言のにらみ合いが続く、腹の中と狙いを探ろうと頭を巡らした。ピリピリと空気が緊張した、息が詰まる……。でも、観念したかのようにため息をつくと、VVは告白した。
「……お前に、相談しなかったのは……、悪かったよ。でも、言えば、お前は苦しむ……、だろ? 殺す以外には、何も……、できなかったの、だから」
「本当に、そうだったんですか? 他に方法はなかったんですか?」
「残念……、ながら、ね」
その言葉にお父様は、初めて眉を動かした。
一触即発、二人の温度差が緊張を強いてくる。次のVVの言葉ですべてが決まる、止めを刺される、躊躇いも慈悲もなく。向けた絶対零度の視線が、それを如実に物語っていた。
だけど、VVの発した事実は、お父様の予想を超えたものだった。
「『彼女』は上手く、カモフラージュ……、していた。マリアンヌを、乗っ取って……、化けて、たんだよ。僕に殺される、まで、ね。……僕も危うく、騙されるところ、だった。……本当に、危ない、ところだったよ」
苦しさを押して出した告白に一瞬、呆気にとられるもすぐに悟った。
「バカな! あの女の媒体は殺し尽くしたはずですよ、20年も前に! 復活など有り得ない。まして、マリアンヌにとり憑いていたなどと……。世迷言も甚だしい!」
「信じられない、のも……、無理はない、よ。僕も、始めは……、信じられなかった。でも……、事実だった
ただまぁ、完全に乗っ取られてた……、わけでも、なかった。『彼女』の妄執だけは残った、というのが正しいかな。―――ソレが、マリアンヌを汚染した」
「あの女のギアスが……、マリーに残って……」
くらりと、倒れそうになる頭を抑えた。
予想だにしていない、信じたくない事実だったのだろう。よろめき今にも倒れそうなお父様には、先までの王者然としたオーラは消えていた。一人の老いた男へと戻っていた。
「……もし、それが真実だとしても、証拠はあったのですか?」
「マリアンヌは、ギアスを持つことができなかった。彼女自身、その必要も感じていなかった。それなのに、手に入れていた。クーデターを平定してお前と結婚した後、急にね。―――『あの女』と同じ、力の形で」
「私はそのような話、聞いたこともなかったですよ?」
「CC経由で手に入れた、ギアスだからね。僕らには隠していたんだよ。マリアンヌを手に入れた以上、『彼女』の目的はほぼ果たされたわけだから、使う必要もない。どれだけ隠そうとも、使い続ければ僕にはバレる。まぁ、それでも使ってくれたからこそ、僕は気づくことができたんだけどね。『彼女』のどうしようもない性ゆえの行動なのだから、仕方がない結末だよ。……結婚生活は窮屈すぎて、『彼女』には耐え切れなかったんだろうね」
VVは肩をすくめながら言った。
その顔はまだ青白さが色濃く残っていたが、すでに出血は止まっていた。傷口から出てくる血も収まっている。いつの間にか傷がふさがり、回復していた。
「マリアンヌの精神は、残っていたかもしれない。いくら化けるのが上手いといっても、細かい記憶や所作なんかでバレるからね、一つ屋根の下で暮らしていれば尚更さ。マリアンヌはマリアンヌのままで在り続けてたはずだ。でも、彼女があのような不潔な願いを自発的に生み出すとは、考えられない。それもギアスとして昇華させるほど強く願うなど、有り得ない。不可能なんだ、他者のギアスの呪いを使わない限りね。……彼女の人生にアレを作り出せる要因なんて、存在しないだろ?」
返事の代わりに、無言のまま顔を伏せていた。
反論しようにも言葉が出てこない、真実だと飲み込むしかない。だけどソレは、あまりにも苦かった。飲み下せないそれに顔を歪めていた。
「お前のギアスは……弱い。一度でも、他の強力なギアスが憑いたのなら、勝てない。一時的に封印は出来てもすぐに圧倒される。
ナナリーにはもう、他の手垢が憑いてるんだ。そいつの支配下にある。手遅れなんだ。ココを知らせてしまった以上、遅かれ早かれいずれ脅威となる。彼女の意志とは関係なしに、呪った主人のために働く手駒になる。……このまま生かしておけば、僕らの新世界にとっての傷になるんだよ」
言い切るとVVは、落としてしまった銃に手を伸ばし、掴んだ。
「見せるつもりはなかったけど……、仕方がない。辛いかもしれないが、一瞬で終わらせるからね。我慢してくれ」
そう言うと再び、私に銃口を差し向けてきた。
だけど同時に、お父様もVVに銃を向け直した。
「……いい加減にしてくれよ、シャルル。僕も怒るよ? そろそろルルーシュもやって来そうだし、早く始末しないと―――」
「―――兄さんは、変わらないですね。ずっと昔のままだ」
小さく苦笑を漏らすと、己の空いた手を見つめた。遠目からでは大きく/硬く/力強く見えるが、細かなシワや傷がびっしりと刻まれヨレヨレとなっている。形だけは保っている使い古された手。
「私は、年をとりました。老いて醜く、弱くなりました。今はまだ往年の力が残っているといえども、若い時とは比べ物にならない。吹けば消えるほどの、儚い力でしかない。世の理全てを無視して己の信念を貫くなど……、できませんよ」
「何を言うかと思えば……。
大丈夫だよ、シャルル。心配いらない。僕らは二人で一人、じゃないか。お前の弱さは僕が補う。そのために僕がいるんだ。二人いれば無敵さ、世界なんか簡単に変えられるよ」
弱音を吐くお父様に、VVは微笑んだ。私に見せた傲慢さなど微塵も感じさせない、労りに満ちた静かな励ましだ。
「……あの時、全てが焼き尽くされて兄さんと二人だけになったときも、そう言ってくれましたね。焼け落ちた館前に座り込んで、泣くだけで何もできなかった私を、立ち上がらせてくれた
その言葉があったから私は、今まで生きてこれた。あのブリタニア王宮の中を、権謀術数の魔窟の中を生き延びて、皇帝になれた―――」
過去に思いを馳せると、顔を上げVVを見つめ直した。真っ直ぐに、ただ真っすぐに、哀れみを振り切って強く。
「私にとって崇高なモノは、ソレなんです。たとえどん底に堕ちようとも、己を信じて対決していけば皇帝にまで這い上がれる。人の意志に秘められている力にこそ、ある
ソレを挫こうとする者は、何びとだろうとも許さない。己自身であろうとも、私が許さない。私が助ける。……兄さんがそうしてくれたように、私も、皆にそうしてきたつもりです」
静かにも力強くそう宣言すると、私に目を向けた。
「ナナリーは己で答えを出した。立ち上がろうとしている。ならば、私がやるべきことは、一つだけ―――」
言い切ると目を閉じ、そして―――カッと、見開いた。
空気の質が変わった。息を詰まらせるような緊張が走る。
向けた瞳には、力がこもっていた。有無を言わせぬ力、向けた銃口よりも危険な何か、以前どこかで見たことがある瞳。アレはたしか、8年前の王宮の手術室で、両足の治療をしている最中にお父様から……。ほんのりと赤い光を帯びている眼光は、真っすぐとVVを射抜いている。
「……諦めるつもりか、僕らの夢を? 積み上げてきた全てを?」
「いいえ、成し遂げますよ。兄さんが求めているものとは、違う形でね」
「ルルーシュを使う以上に、いい手なんてあるのかい?」
「はい。そのためにも、兄さんを私の手で殺さなくてはならない。……あなたの罪を、私のモノにするために」
最後に、皇帝の仮面から悲しみが垣間見えた。ほんの少し/刹那の間、ソレが滲んで消えた。
「……そういうことなら、仕方がないね。
新世界で待っているよ、シャルル」
「さよなら、兄さん―――」
噛み合わない別れの言葉を最後に、引き金が引かれた。
破裂音が鳴り響くと、銃弾が放たれた。VVの額を穿ち真っ赤な花を咲かせ、一気に散らした。
衝撃でガクンと仰け反るVV、不安定な海老反りながらも静止、額から噴出した花弁が舞い上がる。
舞い踊る赤の花弁の中、倒れた。奇妙にも時間が伸ばされたのかゆっくりと傾げていき、だけど地面に触れた瞬間叩きつけられたような衝撃でバウンドした。仰向けに、空を仰いで独り、倒れたままピクリとも動かない……。花弁は雨となって降り注ぐ、糊の効いた礼服を赤く汚していく。
パタリと小さな音を最後に、VVは動かなくなった。
「……今はまだ、早い。早すぎる。まだ、あやつには―――」
もはや動かないVVを見下ろしながらつぶやき、黙祷した。悔恨すら微かで消えかけの無表情で、その手に銃が握られ発砲されたのですらどこか遠くの出来事に感じさせてくる……。
弔いが終わると、すぐに切り替え振り向いた。―――8年ぶりに、お父様と向かい合った。
「―――ルルーシュを助けたいか、ナナリー?」
久しぶりに聞いた声は、空いた長の年月を一切感じさせなかった。つい昨日会ったばかりの身近さ、そんなはずはないのにそう思わせる強引な何かがあった。
突然の出来事に戸惑うしかなかった。距離感の落差に対応しきれない、ずっと悪夢の象徴としてあったお父様が目の前にいることに心がついていけてない。ただ呆然と/何も応えられずに、見つめ続けるだけ。
「どんな代価を払っても、助けたいか?」
私の困惑など無視して、問いかけてきた。脈絡のない/訳のわからない問い、だけど冗談とは思わせてくれない。
なぜ私がお兄様を助けるの? どうしてソレをお父様が私に要求する、そもそもどうしてお父様がこんな場所にいるの? 「どんな代価を払っても」などと、物騒な言い回しをするのか? 今の私以上に、お兄様が危険な状況にあるとでも―――
駆け巡った無数の疑問が、バラバラだったピースを頭の中で一つにした。8年前に王宮から日本に捨てられてからアッシュフォード家に匿われた日々、偽りながらも穏やかな毎日を過ごしてきた時に突然現れた黒の騎士団、彼らの反逆の果てに今日のトウキョウ租界で起こった日本人たちのクーデター。それら全てを先導した正体不明のゼロ、ブリタニア帝国を知り尽くしながら強い復讐心を抱いている誰か。彼の登場と時を同じくして変わってしまった私の日常/疎遠になっていく兄。どうしても信じきれず今まで無視してきた考えが、表にせり上がってくる……。
現状を引き起こした全ての元凶が、浮かび上がってきた。
疑問が氷解するも、思ったよりも衝撃は小さかった。むしろ腑に落ちたためか、冷静に頭が回り始める。
導き出したソレが真ならば、私のすべきことは一つ。お父様への答えは、一つだけだ。
「はい」
一切の迷いなく/怯えなく、答えた。挑むように真っ直ぐ、視線に力を込めて。
「あやつの現状は、理解しておるのか?」
「……おおよそは」
フムと一言、それだけで納得した。わかって当然と思っているのだろうか、それ以上何も聞かなかった。
そしておもむろに、宣告してきた。
「―――今日からおまえたちは、兄妹でなくなる」
その言葉は雷鳴のように、私を震撼させた。
咄嗟に何も答えられず息を飲む、戸惑いも隠せない。一瞬で虚勢が剥がれ、怯えを露わに晒してしまった。
「コレを誓えるか?」
問いながらも命令。私に選択肢はない、そのことを相手もよく知っている。その上で放たれた要求/あまりにも重い代価。
何故そんなことをしなければならないのか? 助けることと関係しているのか? そもそも一体どうやって、そんな変えられようもない事実を消してしまうのか? ……わからない。考えても答えは出ない。でも、他にさせるべき何かの比喩とは思えなかった。まごうことなく、言った通りの要求がされて、応えるのなら奪われる。常識など無視する強大な力が目の前の男にはあった、その存在を疑えない。試せば何もかも奪い尽くされる、そんなことをされるわけにはいかない。
お腹に力を入れ直し奥歯を噛み締めた。今にも噴き出そうとする不安と不満を押し込めた。
やるしかない。心構えができずとも、今の私が変わってしまうとしても、ソレがどれだけの価値あったものだと後悔したとしても。全てを把握しきれないことを含めて飲み込むしかない。お兄様を助けられる、その一事が全てを優先する。
「…………はい」
震えを押し殺して、答えた。殺しきれず掠れた声になっていた。
私の覚悟をお父様は、瞑目して受け止めた。顔色など変えず、変わらず無表情のまま見下ろしながら、判決を下すかのようにして……。
一末、淋しさが胸の奥から滲んできた。
「よかろう。いい覚悟だ―――」
「待って、お父様!」
自然と出てきた制止で、遮った。不思議にもそれで/それだけで、お父様はやろうとしたことを中断していた。
考えなしに出てきた声、加えて止められるとも思ってもいなかったものが止まった。二重の衝撃で頭が真っ白になっていた。何か言いたかったはずなのに、頭の中には言葉が用意されていない。衝動だけで止めてしまった。でも止めた以上、何か言わなければならない……。
頭の中は混乱したまま、まとめきれない。胸の衝動をそのまま吐き出した。
「お父様はお母様を……、愛しておられたんですよね?」
懇願にも似た問いかけ。そうあって欲しいとの願いで、聞いた。
お父様は一瞬目を丸くするも、すぐに元の厳格さに戻した/抑え込んだ。
「……愚問だな。帝王たる者が愛するのは、己と己の意志のみだ」
短く/切って捨てるように言い切った。私が向けた甘さを叩き落とすように、冷たく硬く、容赦なく……。だけど、私にはなぜか、自分に言い聞かせているように聞こえた。そうあらねばならない/在り続けなければならないと、言い聞かせている。
知りたかったモノの手応えは、あった。
口元に笑みがこぼれそうになるが、寸前で堪えた。代わりにムッツリと、不満そうな顔を浮かべた/浮かべてみせた。
「……私にも、そうしろと?」
「できなければ、いずれ誰かに殺される。今か、数年先かはわからんがな」
興味がないとばかりに、吐き捨てるように言った。
先までは冷徹な王の振る舞いだったが、今は違うものに見えてしまう。出てきた言葉はこれから起こるであろう真実なのだろう。けど、ソレを受け止める私が変わったのだろうか、その死の宣告めいた脅迫は今出せるせめてもの警告に聞こえていた。思わず零れてしまった、王の仮面の奥にある父。
堪えきれず、微笑んでいた。
「私は、あなたを許せません。認めることもできません、絶対に」
真っすぐに見据えると、静かにそう宣言した。
私の変わりように驚いたのか、再び目を丸くしているお父様。だけど、向けた視線に含めたものを感じ取ってくれたのだろうか。ほんの少しうつ向き、顔を上げた時には小さく苦笑していた。
ただの一瞬だけ。たったそれだけ、垣間見せた。
すぐに元の仮面を嵌め直すと、先にVVへ向けたのと同じ瞳を向けた。
そして告げた。私がこれから、背負わなければならない呪いを―――
「シャルル・ヴィ・ブリタニアが、刻む―――」
宣告とともに、紅い光の鳥が羽ばたいた。飛び迫りきて、私を貫いた。
すべてが紅く染め抜かれ後、私の意識は……消えていた。
◆ ◆ ◆
私の世界はそこで、一旦幕を閉じた。まだこれからかもしれなかったけど、そこで終わり。
だけどすぐに、新しい世界が開けていった。今までとは違って優しくない世界/守ってくれる人がいない世界/敵味方が入り乱れる変幻自在な灰色の世界。権謀術数が渦巻く魔窟の中。
でも、それこそ私の望んだ世界だ。自分で目を開いたのなら、見ないといけない。
私はそこで戦う/戦い抜く。そして必ず、勝ってみせる。今まで背負ってもらった分、ソレに値する戦果を上げなくてはならない/勝ち取ってみせる。……あなたに教えてもらった優しさに、適うものを。
いずれまた、何処かで、再会できることを願っております。心より―――。
長々とご視聴、ありがとうございました。
マリアンヌ殺害事件の真相は、アニメ原作より変えました。
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