不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

34 / 35
ナイト オブ ゼロ

 

 

 

 

 そこは、一度も見たこともない場所だった。

 俺の知らない場所。日本では/枢木の家の近くでは見たことはなかった。ネットの画像検索でも見たことはなかったはず。どこかにあるとも、到底思えない……。

 地平線の先まで続く平原、白い小さな花が咲き乱れている花畑。吸う空気は心地よく胸を満たし、ほんのりと甘くもある。頬を撫でる風はサラサラと滑らかで、ヒンヤリと肌に染み込んでくる。そこにいるだけで清められていく。見上げる空は、うっすらと霞がかかっているのか水色ではなく白銀。光は霧によって程よく散りばめられているのだろう、地上には柔らかく降り注いでいる―――。

 有り体に、天国と言ってもいい場所だろう。そこに居たいのに、場違いな気がして落ち着かなくなる。

 心地よさを味わいながら/一抹の不安を抱えながら、花畑を進んだ。足が勝手に動くままに、歩いていく。

 

 歩き続けていくとその先、霞の向こうに誰かの姿が見えた。目を凝らして、確かめる。

 ソレは、ここにはもういないはずの人。桃色の髪と純白のドレスを身にまとった、あの人。俺が最期を看取った人……。

 霞から現れたのは、彼女だった。相手も俺を見つけたのか、優しげな微笑みを浮かべている。いつまでも見ていたくなる、あの極上の笑顔を。

 

 そこに彼女がいた事に、驚きはなかった。むしろ、居てくれたことが嬉しかった。あの笑顔を見たとき、自然と目が潤んでたまらなくなっていた。嬉しいのに、涙がとめどなく溢れていく。

 歩き続ける、近づいていく。足早に、手を伸ばして、一歩でも先へと。彼女の元へ―――。

 ―――パシャリッ。

 足音に水が跳ねる音が混じった。おもむろに足元を見下ろした。

 いつの間にか、花畑を通り過ぎていた。透明な川にたどり着いてた。

 

 さらに先へ進もうと足を動かすも……、動かない。川底に足裏が接着されたかのように、びくともしない/動かせない。その場に倒れなかったのは、体全体も凍りついたように止まっていたからだろう。手を伸ばした状態で、固められていた。

 あらん限りの、渾身の力を込めるも、動かない。その場から一歩も、動けなくなっていた。

 わけのわからぬ金縛り、どうにもできない。歯がゆさに苛立っていると、彼女が動いた。……遠ざかっていく―――。

 目を見開いて、叫んだ。

 

 ―――待って、行くな! 逝かないでくれぇ!!

 

 喉が張り裂けんばかりの叫びは、口から迸らず身の内で木霊するだけ。声は出てこなかった。

 

 ―――待ってくれよ! 置いていかないでくれ、ユフィぃ!

 

 叫び続けながら体を動かす。足が折れんばかりに蹴り出し、肩が外れることを厭わずに突き出した。磁力だか重力だか魔力だか、空間そのものを固められたかはわからない。もしそうなら、ソレごと引きずっていけばいい。世界中が俺をここに留めるのなら、その世界ごと動かせばいい。やってやる、今やらなければ意味がないだろう! そこに彼女がいるんだ、邪魔をするなッ! 

 

 ―――動け、動けッ、動けッ! 動けぇェェーーーーッ!! 

 

 獣になったかのように雄叫び、暴れ続けた。

 すると、それに呼応してくれたのか、足が動いた。一歩前へ、踏み出した―――

 

 

 

 ―――ゴオォォォ------ン……。 

 

 地響きのような重低音が鳴り響いた。重く硬く、和流を川底に押しつぶすかのような重量がある。踏み出した後には、水が弾け飛んでいた。

 違和感を無視して/前に進めた喜びだけに染められて、歩き続けた。止められていた場所から彼女の元へ、近づいていく。

 だけど、それでもまだ、遠い。離れていく彼女に追いつけない。……足だけでは、間に合わない―――

 踵と膨ら脛に意識を集中すると、ソレを地面に落とした。

 

 ―――ギュルルゥゥゥ------ッ!!

 

 ソレが回転を始め、地面を削った。強力な摩擦エネルギーによって全身が、押し出される。前へと、発射された。

 土煙と花吹雪を舞い上がらせながら、滑るように、滑空するように走る。一気に近づいていった。追いつく―――

 接近する寸前、自然と、肩口に手を伸ばしソレを掴んだ。握り締め抜き出し、腰だめに構えた。切っ先を鋭くしっかりと、体重が乗るようにして、差し向けていた。

 

 目前に、彼女の姿がはっきりと映った。純白だったドレスが、所々ちぎれては鮮血に染まっている姿で。その手には拳銃が握られ、僕にその銃口を向けている。表情だけは、先と変わらない微笑みをたたえながら……。

 引き金が引かれる、銃弾に貫かれる、殺される―――。その寸前、さらに踏み込んでいた。

 

 ―――バァンッ!

 耳のすぐ近くで、銃声が鳴り響いた。弾丸は虚しく、空へと飛び去っていった。

 

 発砲の衝撃で麻痺していた体に、感覚が戻ってきた。生暖かい濡れた感触、柔らかくトクトクと脈打つ振動、今にも消えかけるような呼吸音―――。

 目の端に、あの桃色の髪が乱れて、流れ落ちるのが見えた。ソレを辿って、横に振り向くと……、見た。

 血泡を噴きながら、息絶え絶えな彼女の姿が、視界に映った。

 

 ソレを見て、絶句した。悲鳴をあげたいのに、大きすぎて胸元で詰まっていた。圧迫が強く張り裂けんばかりで、何も考えられなくなっていた。

 今すぐに救命処置を施さなければならない。一刻でも早く手術しなければ、間に合わない。それなのに再び、金縛りに遭っていた。指先一つ微動だにできず、ただ、彼女の命が抜け落ちていくのを感じさせられるだけ。俺が奪っていると、知らしめさせる、逃げるなと―――。

 声なき悲鳴を上げながら、何もできず、彼女が死にゆくのを見せられ続けた。

 

 

 

 先とは違って、今度は、動けなかった……。

 

 最後に、小さな小さな呼気を漏らすとそのまま、崩れ落ちた。肩に乗っていた彼女の頭が、するりと滑り落ちていく。

 せめて受け止めようと、腕を構えた。膝を地に付けた。

 だけど、彼女の体はその腕にかからなかった。透過してそのまま、地面の血だまりに溶けていった。

 倒れる音の代わりに、その体は白い花びらに変わった。血だまりの中からほんの数片だけ。朱に染められず純白のまま、空へと舞い上がり―――消えた。

 

 

 

 彼女が去った後を見送ると、無気力になりながらも周囲を見渡してみた。

 

 天上の花園は、血と硝煙が染み付いた荒野に変貌していた。

 地平線のどこまでも、生き物はいない。水も枯れ果て、乾いて硬い砂利がまばらに引き詰められているだけ。あるのは血だまりと、炎と黒い煙。そして……、死体。ひどく痛めつけられた死体、内蔵がこぼれ落ちて撒き散らされている死体、手足首胴体がバラバラに混じって誰のかわからなくなっている死体群。かろうじて人であったことがわかる肉塊―――。子供も女性も大人も老人も、平等に死んでいた。殺されていた。虫けらのように、捨てられていた。

 そこにあったのは全て、日本人だった。肌の色と黒髪、何より貧しさで繕うことも洗うこともできないでいる服装は、間違いようがない。

 全て彼女が/僕が、引き起こしてしまったことだ。

 

 その場に膝をつく、両手をつき崩れ落ちた。全身から力が、一気に抜け落ちていた。

 かつて葬ったはずの荒野が、8年前の悪夢が、再び現出していた。絶対にもう、あんなものはなくしてみせると、誓ったのに……。また俺は/僕は、こんなことを―――。

 無力感が、全身を染め抜いていた。

 

 彼女が飛び立った血だまりの中に、倒れた。そのまま瞼を閉じた……。

 意識は闇の中に溶けていった。周囲の地獄も崩れ去り、消えていく。混ざって一つに、溶けていく―――。

 

 

 

 頬に流れた冷たい感触を最後に、夢は、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 一筋、涙がこぼれ落ちると、目を覚ました。うっすらと、眩しそうに躊躇いながら、ゆっくりと確かに。

 治療と看護に疲れて、うつらうつらと頭をかしげ始めていたが、その異変でバッチリと覚醒した。

 

「―――気がついた、の?」

 

 茫洋と、どこに焦点を定めるでもなく天井を見つめるスザク。声をかけても反応はないが、微かながら息はある。鼓動も弱いが確かにある。―――生きている。

 肩の力が、ドッと抜け落ちた。安堵の吐息が漏れた。

 治療の最中/意識が途切れて気絶した後、あまりの出血の多さにもうダメかと諦めかけていた。医学的に定められている細かい量はわからないが、零れた血は確かに致死量を超えていた。傷を塞ぐ間も溢れて、私の首から下の上半身は真っ赤に染まっている。それでも治療を続け、簡易輸血パックを流し込んで、目覚めてくれることを祈っていた。……祈る以外にはもう、何もできなかった。

 

「良かったぁ! もう目が覚めないと思ってたわよ」

「……ここ、は? ……俺は、どうして、ここに―――ッ!?」

 

 急にガバリッと、体を起こした。立ち上がらんと腕に力を込めた。

 

「ちょッ! どうしたのよ、いきなり!」

「こんな所で、休んでる暇は―――ぐぉッ!!」

 

 顔を歪めながら、うめき声を漏らした。体を折り曲げた拍子に、傷が刺激されたのだろう。自分が重傷を負っていることに気づかされた。

 それでもまだ、進まんと、彼方を睨みつけていた。

 無謀以上の自殺行為。いきなりのことで戸惑ってしまったが、スザクを押しとどめんと抑えた。

 

「バカッ! 今動いたら傷が開くでしょうが!」

「行かない、と……。俺は、こんな所で、立ち止まってるわけには、……いかないッ!」

 

 歯を食いしばりながらそう言うと、立ち上がった。立ち上がろうと、手足を震わせていた。生まれたての子鹿のように/プルプルと頼りなげに、だけどほんの少しづつ立ち上がっていく。

 その執念に当てられて再び呆けてしまったが、すぐに顔を引き締めた。腹が立った、こっちの気も知らんで勝手なことばかり。その激情のまま怒声を浴びせてやろうとしたが……、寸前でこらえた。不完全燃焼させられたソレを一つ、大きな溜息とともに吐き捨てた。

 代わりに、ゲンコツを作り力を込めた。それをスザクのみぞおちに、振り抜いた―――。

 

 どズッという音と共に、拳が腹にめり込んだ。深々と容赦なく、叩き込まれた。

 そこを支点にスザクの体は、くの字に折れ曲がった。同時に、肺の中の空気と胃の中に残っていたものが、吐き出された。

 うつ伏せのままピクピクと、殴られた所と傷口を抑えながら身震いしている。指先すら動かせず激痛に悶えている。……立ち上がる気力は、奪われていた。

 

「そこで静かにしてなさい」

「ぐぅぁ……、がぁッ…… 」

 

 冷たく言い放つも、悶絶しているスザクを見ると、少々やり過ぎた感が否めない。……強く殴りすぎちゃったかな?

 苦しげに咳き込み続けるスザクを見ると、ますます後悔が沸いてくる。が、頭を振って弱気を改めた。

 腰に手を当て、ガンと叱りつけた。

 

「全く! 普通こんだけ血を流したら丸2日は気絶しててもいいのに、1時間もしないで起きるなんておかしいわよ。血の気多すぎ、どうゆう体してるの? ……あんた、本当に人間?」

「……そういう君は、鬼だな。……重傷人の扱いにしては、随分乱暴だよ」

 

 正当すぎる反論/事実に限りなく近い指摘に一瞬言葉が詰まったが、かまわず続けた。……一番悪いのは、バカなアンタなんだから。

 

「本当、タフねぇ。まだそんな減らず口を出せるなんて……。もう一発いっとく?」

 

 胸の前で、コキリと指を鳴らした。拳は何発でも有る、何度でも繰り出される、泣いて謝るまで止めない。その意志を示すように、ニッコリと笑顔を浮かべて見下ろした。

 その笑顔に魅せられてか、スザクは苦笑を浮かべて黙った。

 もう無理に動こうとはせず、静かにその場で耐える。

 

「冗談よ。……でも、今は安静にしておいてね」

 

 そう言うと、拳を収めた。それを見てスザクも、ホッと小さく安堵の吐息を漏らしていた。

 

 

 

「……君はこれから、どうするつもりだ?」

 

 おもむろにスザクが、尋ねてきた。

 聞かれたくなったか問、だけど聞かれざるを得ないであろう問。答えを出さなくてはならない……。

 胸の内で反芻し終えると、今の真実を告げた。

 

「―――わからない……」

 

 どうすればいいのか、わからない。どうしたいのかも、わからない。何をすべきなのかもう、わからない……。

 今の私の中には、数時間前まであったはずの使命感は、どこにもなかった。私を無視して突き動かしていた熱がすっかりと、枯れ果てていた。

 

「……君らしくないな」

 

 全くだ。私らしくない歯切れの悪さだ。ブリタニアとの戦いの最前線を突っ走っていた私とは思えない。

 はっきり指摘されると、その現状が重くのしかかってくる。さらに沈みこまされた。

 

「租界では、まだ戦いが続いてるはずだろ? 駆けつけにいかないのか?」

「そうしたいけど……。今は、皆に合わせる顔がない。ゼロのことを、どう説明すればいいかわからない」

「言わずに黙っていればいいんじゃないのか? ゼロがいなくても今回のクーデターは、おそらく日本側が勝つだろうし。その後は、神楽耶がなんとかまとめてくれるだろう」

「たぶん、私もそうだとは思う……。でも、いくら神楽耶様と言えども、ゼロの代わりは務まらないわ」

 

 私の指摘にスザクは、肯定するでも否定するでもなく黙ったまま。おそらくは、肯定しているのだろう。

 そこまで思いを馳せると、ふと、疑問が湧いてきた。

 

「……なんであんたが、神楽耶様のことを知ってるのよ?」

「彼女は僕の従妹だからね。元々は枢木の家の生まれで、5歳の時に皇の家へ養子に行ったんだ。

 その頃までの、8年前までの記憶しかないけど、子供の時から人の上に立つ器量を持ち合わせてたから。彼女なら、大勢を見誤ることはないだろう」

 

 あっさりと告げられた答えに、ちょっとした衝撃を受けた。今までどういうわけか、そのことを意識していなかった。

 そう、コイツは、日本最後の総理大臣の枢木ゲンブの息子だったのだ。というか、そうでないことなどなかった。私が見ていなかっただけだ。日本における王族に近しい貴族で、古い由緒正しい家柄の出なのだ。あまりにも身近にいて、敵対までしていたことでその事実が曇ってしまった。

 

「でも、相手は世界の3分の1を掌握しているブリタニア帝国。彼女だけでは、彼らを相手にして独立をもぎ取るのは……、荷が重すぎる」

 

 控えめな評価だ。ほぼ無理なのが、正しいだろう。

 彼女にカリスマ性がある、というのは認める。血筋の良さも含めれば、皆をまとめるに足る旗頭になれた。だけど、ゼロの代わりは務まらない。世界中と敵対して独立をもぎ取るなんてことは、彼女の力を超えすぎている。もし、黒の騎士団の設立の当初から活動を共にしていたのなら/欠かせない戦友の一人になっていたのなら、ゼロの不在を埋め合わす副リーダーになれた可能性はあっただろう。でも、現実はそうじゃない。リーダー不在の黒の騎士団と日本人たちは、すぐに烏合の衆へと変わり霧散してしまう。ブリタニア本国からやってくる大群を前に、統率と指揮を保てるとは思えない。

 ゾッと背筋に寒気が走った。自分たちが今どれほど危険な状態にいるのか、改めて思い知らされた。やばい、ヤバい、ヤバイ! どうにかしないと、このままじゃ皆が―――。

 ふと、ある考えが浮かんできた。

 現状の自分たちだけで、何とかこの危機を脱するだけの手。最悪でも次の手の繋ぎぐらいにはなれるその方法だが、表に現れる前に振り払った。胸の中で抑え込んだ。あまりにも他力本願過ぎる、みっともなさ過ぎる……。でも、ソレ以外にいい案が思い浮かばない。

 顔を上げると、恐る恐るスザクに聞いてみた。

 

「……あんたこそ、どうするのよ?」

「君がいなくなるまでは、ここで安静にしてるよ」

 

 少し口の端を歪めながら、ニコリと笑顔を浮かべてきた。

 一瞬呆けてしまったが、かまわず続けた。

 

「ゼロを……ルルーシュを追いかけるの?」

「君次第だろう? 今僕の命は、君に握られてるんだから」

 

 そういうことを聞きたいんじゃないわ! と怒鳴り声がでかかったが、喉元でこらえた。ふた呼吸ほどおくと、頭も冷静に回りはじめる。言葉の意図も読めてきた。逆に、怒鳴ろうとした自分が恥ずかしくなってきた。

 今のスザクの立場なら、そうする以外の抵抗などできない。自らは重傷を負って満足に身動きがとれない、目の前には私という敵がいる、いつ殺されてもおかしくない。彼の現状は詰まるところ、拷問されている、といったところだろう。もし同じ立場にあったのなら、私も同じことをする。少なくとも相手を、命を救ってくれた親切な第三者、なんて認識することはない。私は無意識に、そうあることを彼に要求していた。……全ての元凶は、私にあるのに。

 己の弱さ/考え足らずをぶん殴りたい気分にさせられた。まだこんな甘えが残ってたなんて、ルルーシュにやられて懲りたはずなのに……。ソレは顔にまで出さず、寸前でこらえた。

 今反省したところで、互の立場が変わることなどない/対等になることはできない。そうなるには彼は敵でありすぎて、私は傷つけ過ぎた。―――むしろ、鉄面皮を通すことにした。

 

「このまま捕まえて黒の騎士団まで引きずっていけば、リンチの末に公開処刑よ。裏切り者として、大々的にね。虐殺された親類と友人たちから石打、てところかしらね。裸にひん剥かれて、『僕はブリタニアの犬です』なんてプラカードを首にかけさせられて、租界中を四足で走らせながら力尽きて死ぬまでずっと……。

 私にその気が起きないうちに、答えた方がいいわよ」

 

 酷薄そうな笑みを浮かべながら、言った。

 吐き出した瞬間に、後悔が染み出してきた。心無さ過ぎる言葉だった。勢いに任せてでてきたハッタリだけど、言葉に出してみるとそんな未来が待っている気がしてきた。あながち的外れなことでもない。

 身近な人を殺された人たちの復讐心は、スザクにそうすることを望むだろう。手を下した租界に駐屯しているブリタニア軍にこそぶつけるべきだが、ソレだけでは収まらない/収めようがない。復讐を果たしたところで、もう戻っては来ないのだから。やりきれない怨念は自らを苛む、『経済特区日本』という幻想に惑わされたかつての己が間違っていたと断じる。その過ちを正すために/これからブリタニア帝国と戦い抜くために、象徴たる枢木スザクは殺さなくてはならない。できるだけ残酷に、もう二度と迷わないために/前に進むために、生贄として葬り去る……。

 彼も同じく犠牲者で、裏切られた。だけど殺される。ともに戦うなど、ありえそうにない。黒の騎士団とゼロが、指揮権を握り続けるためにも。ギアスの秘密を隠し通すためにも……。

 重くなっていく胸の中と並行して、面の皮を厚くしていった。

 

「―――追いかけるつもりだったけど……、やめたよ」

 

 私の沈鬱な気分とは正反対に、あっけらかんと言ってきた。

 

「冷静になって考えてみれば、どうやって追いつけばいいのかわからないしな。アイツがどうやってあの石壁をすり抜けたのか、見当もつかない。追いかけようにも、これ以上先に進めないんじゃどうしようもない」

 

 肩をすくめながら、降参とばかりに苦笑した。

 目を白黒させられた。先の鬼気迫る追跡の執念から、あまりの変わり様だ。

 

「黒の騎士団の仲間に入れてもらおうにも、君が言った通りのことが起きるだろうな。残念ながらね。ブリタニア軍に戻っても、待っているのは皇族殺しの罪で死刑だ。弁明など聞いてはくれないだろうし、俺もするつもりはない。……この遺跡の外には、俺の生きれる場所はどこにもない」

「……それじゃ、どうするの?」

 

 おずおずと聞いた。言い知れぬ予感に、胸の中がざわついていた。

 

 

 

「―――ゼロを引き継ぐ」

 

 

 

 ……飛び出した答えには、驚愕させられた。何を言われたのか分からず、頭が真っ白になっていた。

 

「俺がゼロとして、黒の騎士団と日本人を率いて、ブリタニアと戦う」

 

 聞き間違いではなかった。スザクが/彼自身がソレを、提案してきた……。

 頭が急激に沸騰し、爆発した。

 

「……ば、バカ言わないで! あんたなんかにそんなこと、できるわけないでしょッ!」

「それじゃ、君が引き継ぐのか?」

 

 グッと唇を噛んだ。言い返せない。

 

「もし君が継いだとしても、君自身の不在の説明が難しいだろ? 君は黒の騎士団には欠かせない、エースパイロットなんだからな。二重生活なんてすぐにバレる」

 

 その通りだ。そのとおり……。付け加えれば、私にゼロのような戦略は練れない、決断を下せるかもわからない。

 煮えたぎる激情を無理やり飲み下した。

 

「……そうね。私には、難しそうね」

「そうだな。騎士団の他のメンバーにやらせるのは、いい案かも知れない。ルルーシュも影武者の用意はしていただろうしな。アイツの人事ファイルを見れれば、適性のあるメンバーは簡単に見つけ出せるはず。……だけど、そうするには、ここで起こったことを話さなくてはならない。代理を引き受けるメンバー以外に、幹部たちにも打ち明ける必要がある―――」

 

 私以外の誰かに引き継がせる。一人だけでなく複数でだっていい、決断は皆の合議で決めれば事足りるはず。ゼロがいてソレに従っているという形が重要だ、ソレが私たちを一つにまとめる力になっている。だけど、指摘されたとおり、その案には致命的な欠陥がある。秘密を共有し、ソレを順守させなければならない。もし少しでも漏れたりしたら……、終わりだ。

 完璧な機密性を保てるのか? ソレをこのクーデターの混乱の中作れるのか、衝撃を受け止め瞬時にこの体制を受け入れるのか? ……望み薄だ。ほぼ不可能だろう。

 

「秘密は抱える人間が多ければ多いほど、漏れる可能性が高くなる。幹部だからといって秘密を守り通せるとは限らない、守らせるためには暗殺する覚悟も持たないといけない。もし正体が皆にバレたら……、一気に瓦解する。その隙をブリタニアが突かないわけがない、他の国が利用することも考えられる。そうなれば日本は、世界中から餌食にされる。エリア11だった時よりも苛烈な支配が待っているだろう」

 

 最悪な予言を告げると、口を閉じた。

 おこりうるであろう未来、可能性は非常に高い。今の私たちにコレを一笑に伏せる余裕は、ない。ゼロあってのクーデターでブリタニア帝国との戦争だから、他の誰もその戦いに勝利するビジョンを持っていないはずだから、彼に付き従っているだけだ。

 ゼロは必要不可欠だ、私たちが生き残るためには。でも、だからと言って―――。

 

「……ゼロは凄腕の戦略家でしょ? あんたみたいな脳筋の単細胞じゃ無理よ。真似しきれなくてすぐにボロを出すに、決まってるわ」

「だから、君の助けがいるんだ、カレン」

「私が協力したって無理よ! ……ゼロの思考なんて、私にも理解できない」

「ゼロはルルーシュだ、カレン。アイツを理解しているだけでいい。

 俺には、アイツが何を考えているのか、何に注目してどう行動しどういった判断を下すのか―――わかる」

 

 静かに力強く、言い切った。必ずやれる/やり通せると。

 真剣そのものな眼差しに、反論が出てこれなくなっていた。確証はないはずなのに、期待以上の確かなものがそこにあった。

 

「君がこの嘘を守って、今までどおりゼロへ忠誠を尽くしてくれるのなら、可能だ。俺はゼロになれる。……君が忠誠を向けている相手が、ゼロでないわけがないだろ?」

 

 ……ここまでだ。これ以上、嘘は突き通せない。流されてはダメだ、ルルーシュの二の舞になってはダメだ。このままでは、この差し伸べられた手を掴めない/掴んじゃならない。

 瞑目して弱気をぬぐい取る。顔を上げると、決心した。

 

「あんたは……ソレでいいの? ゼロになることがどういうことか、わかってるの?」

「ああ」

 

 短く簡単な答えに、頭の中が一気に沸騰させられた。

 

「アンタは何もしてないのに、何万人もの殺害の罪を引き受けるってことなのよ。これから日本中で、世界中で巻き起こる混乱の元凶になるのよ。アンタが求めた理想とは、真逆のことを要求されるのよ! 今まで頑張ってきたことが、全て否定されるのよ!? ……そこのところ、わかってんの?」

 

 叱りつけた私にスザクは、目を丸くしていた。叩きつけた言葉よりも、ソレを私が吐き出したことに驚いている……そんな顔だ。

 答えることなく無言で見つめ合った。私は睨みつけ、スザクは目をパチクリしているだけの一方通行。やり過ぎた恥ずかしさとこんなことを言わせるスザクへの怒りが入り混じり、頭の中は混乱していた。さっさと何か言ってよ、これじゃ私がバカみたいじゃない可笑しいじゃない、アンタなんかを叱ってやるなんてさ―――。奥歯を噛み締め、今にも飛び出そうとするソレを堪えていた。

 私の限界を見計らったのか、単に答えをまとめ終えたのか。破裂しそうになった寸前にスザクは、告白してきた。

 

「……俺は、ゼロになる以外で生きれる道がない。どこに逃げても殺される、誰も助けてはくれないだろう―――」

 

 感慨を込めず事実だけを告げるようにして、でてきた言葉。私の中にあった癇癪の熱は、一気に冷え込んだ。

 スザクの現状は最悪だ、未来には絶望しかない。どう足掻いても助からない、誰も手助けしない/してもくれない。虐殺の真相を話しても誰も彼の言葉など信じないだろう、信じてもらう前に嬲り殺されて終わる。ゼロを/ルルーシュをその手で捕まえて、全ての事件を引き起こした主犯として処刑台に送るのが、唯一の生き残る方法だった。ソレは私が、妨げた/妨げてしまった。だから彼にはもう、何もない。『枢木スザク』は、ゼロを逃がしてしまったあの瞬間に死んだ。……私が殺した。

 

「万が一にも生き延びれたとしても、ただの無力な負け犬に成り下がるだけだ。日本が焼け野原になって、日本人が根絶やしにされるのを見ているしかなくなる。あの虐殺以上の事が起きるのを、止めることができない。……そんなことになるぐらいなら、いっそここで―――、終わらせたい」

 

 二者択一。スザクに残されている道は、どちらかしかない。生き残るなら、己の名を捨ててゼロになるしかない/ゼロを偽るしかない。真実と名誉を守るならば、命を捨てるしかない/自殺するしかない……人々の怨嗟の中で/こんな寂しげな場所で。どちらか一方しか選べない。……私の優柔不断が、ソレをスザクに要求した/してしまった。

 私は、彼を助けたわけではなかった。ただ、空っぽにさせられた己を見せつけただけだった。

 

「でも……、できるなら俺は、助けたいんだ。助けさせて欲しいんだよ、日本を」

 

 それでも、スザクの瞳は死んでいなかった。濁ることなく真っ直ぐと、私に懇願していた。戦わせて欲しい、まだ自分には力が残っている、獲得した勝利は全て捧げる何も欲しはしない―――と。

 

 覚悟が足りなかったのは、私の方だったか……。

 

 

 

「―――あんたには無理よ」

 

 

 

 冷たく言い放つと、絶句していた。

 

「あんたは、ゼロにはなれない。どうあがいたって、足掻けば足掻くほどゼロじゃなくなる。私が協力しても無理。遅かれ早かれいずれ、皆にバレるわ―――」

 

 かまわず続けた指摘に口を出そうとするも、やめた。私を見て何かに感づいたかのようで、静かに相対している。

 その顔と正面から向かい合うと、吐き出した。

 

「ゼロはあんたみたいに、命懸けで日本を救おうなんて、考えて……なかったから」

 

 言い切ってしまうと、胸の中に痛みが走り抜けた。今まで溜め込んできたゼロへの想い、苦く苦しく掻きむしっていき……、消えた。元から何もなかったかのように/コベリついてどうにも剥せなかったなのにどんなワケかポロリと自然に取れたしまったかのように、スッと臓腑の底へと流れ落ちた。跡には、身を切り落としたような空虚感は少ない。肩から重荷を外したかのような開放感/閉め切った部屋で一気に窓を開けた時に起こる清涼感が訪れていた。

 裏切りにも近い感覚、およそ今までの私だったら許せなかった。だけど、後悔は重くない。むしろ次への弾みに、押さえ込み続けていた想いを解き放っていた。

 

「どんなに惨めになったって、構わないじゃないッ! 負け犬でも故郷を失っても生きてさえッ、生きてさえいればそれでッ! アンタがアンタのままでいられるのなら、日本を、私たちのことを捨てたって―――ッ!!」

 

 最後の叫びは、にじみ出てきた涙に遮られた。

 目頭が熱く胸が詰まっていた。潤んで今にもこぼれ落ちそうなその顔を見られたくなくて、荒っぽく腕で拭った。

 

「……アンタはもう、充分頑張ったよ。日本人皆のためにできる限りの、それ以上のことだってやり遂げてみせた。結果は無残に終わったけど、アンタがやろうとしてたことこそ、皆が望んでいたことだった。……私も、あんな未来だったら良かったと、思ってる。

 だからもう、ここで……終わりよ。あんたの戦いは終わった。後は自分のためだけに……、生きていい」

 

 殴り殺したいほど、恥知らずな言葉だ。私にはソレを言える権利なんてないだろう。けど、誰かが言ってやらないといけない。今は私以外に言ってやれないことだった。

 もう休んでいいのだ。他人のために尽くしすぎたのだから、今後は自分のためだけに生きたっていい。誰も文句なんて言わないだろうし、言わせない。お天道様も文句はないはずだ。

 スザクが今まで守り抜いたモノこそ、私が/黒の騎士団たち皆が守らなければならなかったものだった。かつてのまだ小さなレジスタンス活動でしかなかった時/兄が主導していたチームであった時にはあったはずのモノ、黒の騎士団となってからいつの間にか無くしてしまったモノ。ソレを捨てることで私は/レジスタンスの皆も力を得た。だけど同時に、目的を見失ってしまった。仲間を犠牲にして戦い、守ると誓っていたはずの同胞を生贄に捧げた。終わりのない戦争に身を投じることになっただけだった。……もう、取り戻すことはできない。やり直しは効かない。

 スザクの人生は綱渡りだった。一歩踏み外せば奈落の底、ゴールは霧の彼方で見えない。横風が容赦なく吹きすさぶ中、それでも途中で諦めるわけにはいかなかった。誰も彼を助けてはくれなかったから、ただ愚か者だと笑い利用しただけだったから。ブリタニア帝国の真っ只中に単身、己の魂を示すために戦った。今まで生きてこれたのは、偶然と奇跡に寄るところがたぶんにあっただろう。敵はソレを捨てて力を得た私たちですらようやく牙が届く相手、持ち続けた彼が敵う相手ではない。吹っかけられた無理難題の中では、いつ殺されてもおかしくはなかったはず。それでも生き残った/生き残ってみせた。そして、『経済特区日本』なんていう譲歩をひきだしてみせた。ソレには私たちの戦いも大きく関わっていただろう、でも主導したのは彼だ。彼がいなければ成り立たなかった奇跡だった。

 ソレを私たちは/私は、壊してしまった。

 

 改めてスザクを見た。突っ伏して泣いて侘びを請いたいほど恥ずかしかったが、真っすぐに見据えた。

 彼はあまりにも尊いモノだった。ソレを穢して殺そうとしたことには、今になってゾッと背筋が凍りついてきた。取り返しのつかない罪を犯すところだった……。ただそれでも、私の行動と選択が間違っていたとしても、命懸けで戦ってきたことには変わらない。仲間を/日本人を守りたいって想いとゼロへ向けていた忠誠には、一片の曇はない。私にだって矜持は残っている、誰にも憚る必要はない。この眼は受け止められる。

 私が自分を鼓舞していると、スザクはソッと顔を伏せた。そして上げると、別の表情を見せてきた。

 

 

 

「―――僕は、日本と日本人のためにだけ、戦ってきたわけじゃない」

 

 

 

 小さな呟きとともに現れたソレは、恥じ入りすぎて/己を否定しすぎて暗く穿たれた虚だった。天井から朝日がこぼれて降り注いでいるはずなのに、夜になってしまったかのようにドンヨリと空気が重くなっていた。先までの、豪雪の中でも消えない埋め火とは、真逆だ。

 

「父さんが、生きていたならやったであろうことを、代わりにやったに過ぎない。結果的に日本のためになっただけさ。……その結果も、伴っていないけどね」

 

 苦笑することなく、皮肉を付け加えた。

 目を伏せると、己の手を見下ろした。

 

「僕は、ユフィを……殺した。この手で確かに……。

 あの虐殺を止める為じゃなかった。ただ、見ていられなくて。彼女のあんな姿を、あれ以上、見ていられなかったから……。だから―――」

 

 何かを握りつぶすように、拳を固めた。ゆっくりとした動作だったが、ギチギチと軋んでいるかのような音が聞こえてくる。

 再び、静かに手を開くと、顔を上げた。暗い虚であることは変わらないが、先にみせた消えない熱に似た灯火が灯っている。ほんの一筋、星の光に似た小さな灯火が。

 

「僕にはまだ、責任がある。彼女の命の、彼女が奪ってしまった日本人たちの命の責任が。僕が背負わなければならないんだ。もし、ここで逃げたら……。僕は僕ですらなくなるんだ

 僕がゼロになれば、ソレが果たせる。……やらせて欲しい。絶対に、後悔はさせない」

 

 真っ直ぐとブレることなく、告げた。

 ソレは宣言だった。私に向かってではなく、己も含めた全てに対しての。言ってる内容は懇願なのに、向けてきた表情は警告だった。もし制止したとしても、私の意見など聞かずにただ己の道を邁進するだけ。ソレを先に警告しただけだった。邪魔したとしても俺は行く、と……。

 

「……本当、ルルーシュの言ったとおり。頑固な男ね」

 

 つぶやきを漏らすと、苦笑していた。

 なんたるワガママ。人の気も知らないで平然と先に行こうとする。謙虚に見えてその実、あまりにも強引だ。およそ腹しか立たないような振る舞いなのに……、どういうわけか怒りは沸いてこなかった。臨界を超えてしまったのだろう、逆に呆れて笑いがこみ上げてくる。沈鬱で塞がっていた胸の中が、スゥッと晴れ渡っていった。

 先までの、追い立ててくるようなモノとは違う。腹の奥底から自然と湧いてきたエネルギーが、胸の中を満たしていた。相手が誰であろう/どんな苦境であろうが笑い飛ばせる、そんな力強さに満たされている。

 

 顔を引き締め直すと、その力の導きのまま雄叫びをあげた。

 

「舐めんなッ!! 死にかけの人間に頼らなくちゃならないほど、私たちは弱くなんてないんだよ! あんたがいなくたって、生き延びて見せるわ。―――」

 

 啖呵を切ると、グワリと一気に立ち上がった。

 そしてピシリッと、指さしながら続けた。

 

「アンタは傷が癒えるまでここにいなさい。絶対に動くな! もしついてきたりしたら……、ぶっ殺す!」

 

 恫喝し終えると、踵を返した。ここにはもう用はない、私は私の戦場に行く/行かなければならない。

 ゼロに頼るなんてことは甘えだったのだ。日本は私たちの/私の祖国だ。その独立は、自分たちの手だけで成し遂げなければならない。どれだけかかろうがどんな犠牲を強いられようが、それ以上に大切なモノはない。無いはずだから。その真情があれば戦える/戦い抜ける。いつか必ず、成し遂げられる―――。

 身を翻すと、立ち去ろうとした。

 

「―――待てカレン!」

 

 後ろからスザクに呼び止められた。振り返らずに顔だけ向ける。

 

「止めたって無駄よ! ……それとも命乞い? だったらお生憎様」

「そうじゃないよ―――」

 

 私の皮肉を流すと、片手を上げた。

 するとソレに呼応するように、今まで静止していたランスロットが動いた。機械の駆動音が空気を震し、遺跡全体を微震させる。胸部に埋め込まれている二つのファクトスフィアから、仄かに赤い光を煌めかせていた。

 

「租界に戻るなら、コイツを連れて行ってくれ。……ゼロが持ち場を離れて得た、戦果だ」

 

 耳の端でソレを聞きながらも、ゴクリと唾を飲み込んだ。ランスロットに神経を集中させていた/身構えて警戒していた。……それでどうにかできるとは思えないが、体が反応していた。

 

 目の前にそびえ立っているナイトメアのコックピットには、誰も乗っていないはず。搭乗者は後ろでへたりこんでいる。それなのに、自発的に動いた。スザクが送った合図を読み取って、静止から駆動状態へと移行した。……いつでもこの遺跡を瓦礫の山に変えられる。

 遠隔操縦、という言葉が真っ先に浮かんだ。ナイトメアであろうとも、単純な動作ならコックピットに乗らずとも命じられる。その技術はすでに一般的にも確立されていた。だけど、ナイトメアの有用性を活用できるほどの複雑な命令の伝達は、まだ確立されていない。格納庫での整頓ぐらいにしか使い道がなかった。ナイトメアはまだ、人がコックピットに直接乗り込んで操縦する必要がある機械だった。……そうだったはず。搭乗者の動きを読み取って自立稼働するなど、まして命の危険が迫ったことを察知して急いで馳せ参じるなどありえない。ただの遠隔操縦システム以上のものが、搭載されているとしか思えない。

 同じ第七世代ナイトメアに属している紅蓮弐式でも、ここまで精巧なシステムはない。もしブリタニア軍が開発に成功していたのなら、無人ナイトメアが作られていないのはおかしい。ソレがあったのなら、ブリタニアとの戦いはもっと苛烈で凄惨なものになっていたはず。今後すぐに作られて実装されるとは思えない。目の前のランスロットは、現状の技術レベルを大きく上回っていた。……何かが/魔法じみた力が働いていない限り、私は幻覚を二度もたて続けに見たことになる。

 

「負傷して身動きが取れなくなっているが、何とか仕留めた。ナイトメアの修理が終わり次第そちらに向かう。助けは必要ない、ブリタニアの援軍との戦いに集中すべし。味方に動揺が走るからこの情報は一部の者だけに、胸の内に秘めておいて欲しい。……藤堂さんには、そう言伝るといい」

 

 警戒心が鎮まると、告げられた助言に眉をひそめた。

 

「……言ったわよね? あんたの助けなんて必要ない、て」

「ゼロは必要だろ? それで次の戦いまでは、何とか士気を保てるはずだ」

「ランスロットなしで、どうやってアンタはこの島から出るのよ?」

「出てよかったのか、ここから? ついてきたら殺すんじゃなかったっけ?」

 

 皮肉な揚げ足取りに、片目がピクリとつり上がった。笑えない冗談だ、今の状況を冗談にさせられるのも腹立たしい。

 私の怒気に叩かれたからか/自分の空気の読めなさを省みたのか、一つ肩をすくめると言った。

 

「どうにかするさ。ここにはナイトメアの残骸がいくつからあるからな、そいつを繋ぎ合わせれば……船ぐらいにはなるはず」

 

 大したことはないと言わんばかりにあっさりと、無茶苦茶なことなはずなのに……。でも、スザクの口から言われてみると、本当に大したことじゃない気がしてくるから不思議だ。できそうな気がしてしまう。

 顔を振って常識を取り戻す。誤魔化されちゃダメだ、コイツは一人で加えて重傷を負ってるんだ、使える武器は少しでも手元に置いた方がいいはず。もう一度叱りつけようと口を開くが……、やめた。

 そこまでの義理はない、言っても平行線になるだけだろう。それに、残念ながら言う通りでもあるからだ。ランスロットを持ち帰れば、ほんの数日程度ではあるがゼロの不在をごまかせる/日本人をまとめられる。対応策を練るだけの時間を稼ぐことが出来る。……今の私たちには、必要不可欠な時間だ。

 気づかれないように溜息をついた。

 

「たしか……ラクシャータ、だったかな? 騎士団の女ナイトメア技師。

 あんまり手荒に扱わないように、見ててやって欲しい。君がいれば何とか、暴れるのを堪えてくれるとは思うから」

 

 まるで忠実な飼い犬か、手塩にかけて育てた家畜を見送るかのように、心配をにじませながら付け加えてきた。ナイトメアに向けるには少しばかり情が偏りすぎている気がするが……、気に留め置かず背を向けた。

 もう、言うべきことはない。後はスザクしだい/運次第だ。私がやるべきことはない。……お別れだ。

 

「それじゃ、さよならスザク」

「ああ。

 くれぐれも、無理はするなよ。命あっての物種だからな」

「……アンタに言われても、説得力ないわよ」

 

 思わず苦笑を漏らしてしまった。後腐れなく颯爽と立ち去るつもりだったのに、そんなバカなこと言うから……。

 

 もう一度溜息を吐き出すと、振り返った。

 

 

 

「―――生き延びなさいよ、絶対に。どんなことになっても」

 

 

 

 力強くそう言い切ると、背を向けた。

 

 返事を聞かずにそのまま、出口へと駆け出していった。未練を振り切るように、前だけを見据えて。真っ直ぐと先へ、出口へと―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。