雲一つない晴れ渡った空は、胸がムカつくほどの透き通った青で見下ろしている。
荒涼とした大地は、狂気と硝煙が巻き起こす鮮血で赤く染まっていく。
矛盾しながらも、ひとつの螺旋を描くその光景は、オレを捉えてやまない煉獄の風景だった。
8年前に迷い込んでしまった、あの死者たちの平原に、舞い戻ってきたかのようだった―――。
僕の腕の中で、彼女は死んでいた。
そして僕の中にも、すっぽりと何かが抜け落ちてしまったように、ゾッとするような底の見えない空洞が開いていた。
彼女の死因は、もちろん、僕の握っていた儀礼用の長剣だ。それが、彼女の心臓を貫いて抉った。そして、背中と胸から鮮血が噴水のように勢いよく吹き出すが、しばらくするとそれも止まった。ショック死ではなく出血多量によって、彼女は事切れた。彼女の死に顔が、今にも起きだしそうな穏やかな寝顔になっていたのが、その証拠だ。そして、僕の衣服が上下とも血まみれなのは、そのせいだ。
だけど、僕にはその実感がまるでない。先まではランスロットに乗っていたはずなのに、気づいたらここにいた。座り心地の良いコックピットに座っていたはずなのに、砂利が挽き詰められた硬い地面に膝をつけている。そして、腕の中には彼女と、長剣が握り締められている。そのあいだに何が起こったのかだけが、すっぽりと記憶から抜け落ちてしまっていた。まるで、その間だけ自分が、ゾンビか機械になったようなものだ。
現状証拠は、完膚なきまで僕が犯人だと告げていた。誰が見ても、たぶん僕が僕を見れたとしても、この枢木スザクがユーフェミア・リ・ブリタニアを殺した犯人だと告げることだろう。僕は、間違いなくユーフェミア様を殺したはずだった。
だけど、繰り返すことになるが、僕にはその実感がない。なにより、動機が欠片もない。
なぜなら僕は、そのユーフェミア様を助けるために、ランスロットに乗ってここまで来たからだ。
『行政特区日本』の式典会場で起こった惨劇。
信じがたいがそれは、ユーフェミア様が引き起こしたものだった。彼女が隠し持っていた銃が、期待に胸をふくらませていた日本人の一人を撃ち殺したことで始まった。
僕はその時、悔やまれて仕方がないが、気を失って倒れていた。意識を失う前に、ゼロとともに会場に来た女性が、気分を悪くしたのか、急にその場にうずくまってしまったのは覚えている。彼女を助けようと近づいたところで、記憶は途切れている。
そして目覚めたら、集まった日本人をナイトメアに乗ったブリタニアの軍人たちが殺し回っている惨劇が、出来上がっていた。
その一人をなんとか倒したあと、事の真相を問いただしてみると、このすべてがユーフェミア様主導の命令だとわかった。
それがまるでわからない。なぜ彼女が、よりにもよって彼女が、日本人を虐殺する命令を出したのか。自ら率先して、日本人を殺し回っているのか。
そこで、長年培った思考方法が役に立った。
悩むよりも行動すること。混乱した状況においては、不確かな情報に惑わされすに、自分と命令以外は何も信じるな。そして、僕が与えられている命令は、ユーフェミア様の身の安全だった。
ただちに、制圧した『グロースター』の通信機を使って、空中戦艦『アヴァロン』で待機しているはずのロイドさんとセシルさんに連絡をつけた。そして、危険ではあるがすでにそこにあるのは死体と重傷を負った日本人だけだった、空からユーフェミア様を探すためにランスロットを会場に降ろしてもらった。
空から眺めると、より惨劇の実態が明らかになった。
ブリタニア軍のナイトメアに追われて逃げ惑う日本人たち。その圧倒的な戦力差は、殺戮というよりも駆除という言葉が似合ってしまう。空から俯瞰していると、嫌が応でもそれが見えてしまう。
その光景に胸糞が悪くなりすぎて同じことを奴らにやってやろうかと引き金に指をかける前に、僕は、ナイトメアに騎乗している友軍だったはずの「騎士」たちに、ユーフェミア様の居場所を聞いていた。
残念ながら、彼らの返答は簡単明瞭だった。
通信を聞いて初めて上空を見上げた彼らは、間髪いれずに銃口をこちらに向けた。そして、マズルフラッシュがパチパチとスクリーンに瞬いた。
はるか上空を高速で飛んでいる鳥に、銃弾を当てるのは難しい。そして、彼らの行動も初めてではなく既に心構えをしていたため、銃口がこちらにロックされる前に先送りにしていた行動を取っていた。
つまり、撃たれる前にその四肢を切断した。
名誉ブリタニア人である自分がブリタニア軍人に攻撃することは、明確な軍規違反になる。見つかって訴えられれば、即刻この首は落とされることになるだろう。
だけどその時は、そんなさきのことまで考えられなかった。もし、戦闘力が激減したその状態でも抵抗し続けるようならば、僕は、間違いなく彼らの息の根を止めていた。彼らの銃口が、逃げ続ける日本人に向いていたとしても、同じ行動をとったに違いなかったからだ。
制圧した彼らに居場所を聞こうとしたが、そこは軍人、いわゆる「死んでも喋らない」の一点張りだった。
彼らが受けた命令は、日本人をひとり残らず殺せ、というものである以上、その対象には僕も含まれている。だからその僕に、ユーフェミア様の居場所を教えるなど、彼らにとっては自殺行為であった。
こみ上げてくる感情は棚に上げて、冷静に彼らの言い分を聞いてみたところ、どうやらこれ以上彼らに期待するのは無理な相談なのだと分かった。そして、あたりに散らばっているナイトメアに手当たり次第ぶつかる以外には、道はないこともわかった。
これ以上そこで時間を潰すわけにはいかず、その場から離れて、もう一度上空から探すことにした。
ナイトメアを失った彼らが、その後どうなったのかはわからない。会場からかなり離れた郊外に位置した場所であったため、また混戦状態になっていたこともあって、友軍との連絡は骨が折れたことだろう。虐殺を知った『黒の騎士団』が、彼らの暴挙を止めるためにナイトメアを展開させているところも空から見えたため、彼らと鉢合わせすることにもなるかもしれないが、……どうでもいいことだ。
僕は、再び上空をさまよった。
そして、索敵センサーが再び、グロースターの機影を捉えた。
そこで滑走していたナイトメアは、そのグロースター一体だけだった。
それは珍しいことでもあって、ほんの少しだけいぶかしんだのを覚えている。
このような混戦状態の殲滅戦であっても、ナイトメア単独での活動が行われることはあるにはあるが、基本的にナイトメアは単独では動かさない。ランスロットのような高機動型の機体ならばその範疇に収まらないのだが、人型を模したナイトメアは、陸上ではかなう者がいない鋼鉄の巨人にみえて、その実、隙だらけの案山子であった。人が当然行うことができる「振り向く」や「起き上がる」などという動作にも、多大な労力を有してしまう。背後からの攻撃やころばしてしまえれば、前面に集中している火器の大部分が使い物にならなくなる。それを防ぐためにも、スリーマンセルやフォーマンセルといった小隊を組んで、互いの背後を守って攻撃力を有効に使う。先の「騎士」たちがそうだ。そして、会場にいたグロースターを倒すことができたのは、たった一体しかいなかったためだった。
一方的な虐殺といえども訓練された「騎士」ならば、広々とした市街地において、ナイトメアを単独で運用する危険性を熟知しているはずだった。しかし、センサーに映ったナイトメアには、その危険を考慮しているとは思えなかった。また、細かい地面の凸凹を避けようとせずに、ただまっすぐとだけ進んでいるその様子からは、操作自慢の自信家のようにも見えなかった。
無秩序に日本人を追い立てている様子から、突発的な作戦と思われるこの虐殺には、明確な指揮系統など存在していない。ここには、暴力と狂気がうずましているだけだった。
そのグロースターも、他の物どうように、その巨体と機関銃で日本人を追い立てていた。
その時も、怒りに駆られる前に行動に移った。
自分が直情的で考えるよりも先に拳が出てしまう人間だということは、10歳の時に嫌というほど思い知らされたからだ。
父、枢木ゲンブをこの手で殺したあと、僕は、自分の家の地下室に監禁された。
事の不始末を負うための罰と言われたが、あとになってわかったことなのだが、桐原が描いた嘘を成立させるために首謀者である自分が邪魔だっただけなのである。その嘘をまかり通すために、いらぬ真実を皆の前で言わせないためにも僕を監禁した。その時の僕は、自分のしでかした罪の大きさを測りかねて、呆然と人に言われるがままに行動していた。当時を思い出そうにも、何の感情も記憶も思い浮かんでこない。ただそれと引き換えに、やらなくてはならないことだけは、目の前に重積されていた。
その一つには、当時、ブリタニア帝国の「和平の証」として送られてきた幼い(僕と同じぐらいの年齢)皇子と皇女の兄妹を守らなくてはならない、ということがあった。
彼らは、いわゆる「人質」として枢木の家に送られてきたのだが、当時の日本とブリタニアとの国力の差を鑑みれば、帝国が日本を対等に扱っているかのようなそんな表現は適切とは言えない。彼らの役割は、「生餌」だった。ブリタニアとの戦争を回避して、対等な友好関係を結べるという甘い毒。それを鼻先でちらつかせることで、帝国の真の狙いである侵略を見えなくさせていた。日本がそれに食いついているあいだに、帝国は、着々と侵略の手札を揃えていったのである。日本のリーダーたる枢木の家に、もっと言えば枢木ゲンブの元に彼らが送りつけられてきたのは、侵略のための搦手の一つであった。
そのゲンブが死んだと分かれば、帝国にとって彼らの価値はなくなる。新しいリーダーの下で国民が「反ブリタニア」で一致団結でもしてしまえば、帝国の勝利は揺るぎないとしても、その損失は計り知れないものになってしまう。次の標的である『中華連邦』を落とすのが、数年は遅れざるおえない損失である。ゆえに、リーダー不在の今を狙って、猛攻してくることは目に見えていた。日本にとっても、彼らの価値は、小石程度のものに下落していた。
彼らを助けなくてはならない。父を殺したことによってどのような波及が起こるのかを、当時の僕は、そのすべてを解っていたわけでも教えられたわけでもなかった。だけど父なき今、彼らがここにいる意味は、皆無と言ってよかったのは分かっていた。周囲の人々が、目に見えてブリタニア人を険悪の対象とし始めたことも気づきの一因かもしれない。一刻も早く彼らを、この枢木の家から遠ざけなければならなかった。それは、自らの手で父を殺した自分の責務のひとつだったから。
思い立つと、監禁場所から逃げ出して、彼らの元に来ていた。
幸いなことに、その時には彼らの逃げる準備は整っていた。目の見えない妹の方はわからないが、兄の方は、このことをずっと予期していたかのようでもあった。僕が踏み込んだ時には、歩けない妹を背負って与えられた寝室から出ていこうと監視の目を伺っていた。ただ、線の細い(僕から言わせれば虚弱な)体つきであったために、妹を背負うとほとんど身動きが取れなかった。心構えでも、できていないよりかは数倍もマシではあった。
彼らとともに枢木の家を密かに出た僕だったが、あてなどなかった。連れ出したはずの彼らに行き先を尋ねるほど、直感的な行動だった。彼らの目的地のために、誰も通らないような獣道を、先導していった。
追っ手の目をくらますために何日か山の中をさ迷いながら進むと、どうにか平地にたどり着いた。僕は子供の時であっても、そういったサバイバルを苦にすることはなかったのだが、兄妹たちは違っていた。不平こそ漏らさなかったが、目に見えて疲労しているのはわかった。彼らは、日本の子供達と違って、山野で遊んだ経験も少なかったのかもしれない。引っかかるはずのない罠を作っては失敗して、僕が捕らえた小動物を解体する様を見ては青ざめて吐きそうになっているのを見ると、たぶん、「宮廷」というところから出たことがなかったのだろう。一人ならどうということはなかったのだが、彼らが重荷になって僕までも疲労していた。身体的のみならず、後ろと横に目を配らなくてはならない精神的な疲労が、早く人里に戻りたいという思いに僕を突き動かした。
そして、たどり着いた平野には、僕の犯した過ちの大きさを突きつけてくるような風景が広がっていた。
視界いっぱいに、地面に挽き詰められたかのような死体の数々。すべて、日本人のものだった。
そこで何が起こったのかは、ブリタニア軍に入隊した後でもわからなかった。
まだ余力を残していた日本が死にきれていないことがあって、租界の外は、ブリタニア帝国にとって未開発で混沌とした荒野であった。また、支配者と奴隷ともいえてしまう関係でもあったために、同じブリタニア人ならば裁判沙汰にまでなることが日本人では問題にすらならない、という差別・優越意識があるためでもあった。それら二つが絡み合って、その場所で起こった惨劇は、歴史の闇に葬られた。時と共に、風化していった。
だけどその爪あとは、僕の中に今でも刻まれている。この手で殺した父とともに、そこで死んでいった彼らは、鮮明な存在感を放ちながら僕の夢の中に現れて、日毎に何事かを告げる。そして、一瞬でも、自分たちのことを僕に忘れさせないために、夢の中で彼らは死に続けた。僕が知り得ないような様々な死に方で。そして僕自身が、父同様に、彼らを殺し続けていた。夢であるはずなのに、その生々しい血の感触が、僕の手の中に残っている。
彼ら兄妹とは、そこで別れた。彼らの目的地までの道のりが見えてきたこともあったが、ここには、彼らを害するであろう日本人が、ひとりもいなかったからだ。そしてそこから逃げないことが、進む彼らと違って立ち止まり続けることが、僕がやるべき事の一つにも思えたからだ。
兄妹と別れると僕は、そこで横たわっている彼らを埋めた。ひとりひとり、地面に掘った穴の中に埋めた。埋葬と言えるほどのものではなかった。ただ、野ざらしにしておくのがあまりにも不憫だった。地面に掘った穴の中に体を横たえたあとその上に土をかぶせて、中に人がいることを示すために両手で抱えるような石をその上に置いただけだった。弔いなんてものではなく、死者に施さなくてはならない当然のことをしたまでのことだった。今も彼らの存在を生々しく感じられるのだが、彼らが死者なのだということは受け入れられていた。
来る日も来る日も、彼らを埋め続けた。始めの頃は、ひとり埋めるのにもやっとの思いだったのだが、日が経つにつれて、効率的に埋めることができるようにはなった。だけど彼らは、あまりにも大量だった。終が全く見えなかった。だから、そこで何日間いたのかは、3日目あたりから数えるのはやめた。ただ、一ヶ月はいなかったとは思う。なにしろ、まともに食事をした覚えはなかったから。
最後の一人を埋め尽くして、墓石の平原を作り終えたあとでも、達成感や開放感を得るということはなかった。ただ、言葉にならない虚しさが胸の中に広がっていて、倒れるようにその場で眠った。ひもじくて喉が渇いて、手で地面をほったりしたために爪がところどころ欠けたり剥がれたりしてしまっていた。疲れたのだ。眠ること以外考えられなくなるぐらい、疲れていた。最後の一人に土をかぶせ終えたあと、ようやく苦役から解き放たれて目を閉じた。
僕は、彼らの一人になってそこに野ざらしのままになるのだろうと、心地よい眠りの闇の中で静かに受け入れていた。
しかしそこで、僕は、あるブリタニア人に命を拾われた。左目を何かで縫い止めて無理やり閉じている、背の高い男の軍人だった。ブリタニアの軍服を着てはいなかったのだが、その堂々とした立ち振る舞いやキビキビとした無駄のない動き方から、尊敬していた日本軍人の一人を思わせたからだ。
「お前が、私の死か……」
軍人は僕を、見えないはずの左目で観ると、そうつぶやいた。
そして、死体のように眠っていた僕を、その場所から持ち出した。
そののちの6年間と半年、彼が僕の下から消えて僕がブリタニア軍に入隊するまでの間、彼との共同生活が始まった。
その人は、衰弱しきった日本人である僕を介抱すると、僕に戦うための訓練を施した。家の道場で武術の基本は齧っていたのだが、彼のそれは実践的で容赦がなかった。今までやってきたことがスポーツだと思えてしまうほど、自分の体を効率的に活かし相手の体を徹底的に破壊する方法だ。いわゆる、「殺人術」と言ってもいいかもしれない。自分の身元や名前すらも教えてはくれなかったのだが、彼の容姿はブリタニア人のそれだった。それなのに、僕が習ってきたような古武術を使いこなして見せた時には、驚きをかくせなかった。倍ほど体格の違う大人との組手であっても投げ飛ばせる僕であったが、彼には手も足も出なかった。まるで、動きが先読みされているかのように、僕のあらゆる行動の機先を制されてしまうのである。気配を殺して寝首をかこうとしても、すぐさま地面に叩き付けられてしまったのは、よく覚えている。
なぜ彼が、日本人である僕を助けてくれたのか。くわえて、「殺人術」を教えたのはなぜか。自分の身元同様に、彼はそれらについて何も語らなかった。一緒に暮らしてても、訓練の時以外にはほとんど喋った覚えもなかった。だから僕も、彼にそれを尋ねなかった……というのは嘘だ。僕は彼にそれを尋ねるために、何度も彼に立ち向かっていったからだ。彼の下から逃げ出そうとするとその場に叩き伏せられて、彼にそれを尋ねると「私を地面に叩き伏せてみせたら教えてやる」とだけ言って何も語ってはくれなかった。
僕は、6年間と半年の間、逃げ出すことができず彼を地面に叩き伏せることもできなかった。
彼が消えた後僕は、しばらくの間、彼がそこに帰ってくるのではないかと待っていたのだが、帰っては来なかった。
彼に捨てられたことを悲しむよりも、勝ち逃げされたことに怒りを覚えて、彼を探すためにもそこから自分の足で出ていった。そして、各地をさまよい日本の現状をその目で見て歩くと、ブリタニア軍に入隊して名誉ブリタニア人になった。
その時には、死者の悪夢に取り込まれることも怯えることもなくなっていたのだが、レジスタンスやテロリストとして現状を打破する方法は、どうしても取れなかった。自分の素性を彼らに利用されることも嫌だったのだが、父を殺した裏切り者でもある僕は、彼らと同じ道を歩むことができなかった。なにより、ルール破りは懲り懲りだった。一旦ルールを破れば、その先に何が起こるか全く分からない。それなのに、責任だけは重積されていくのだ。自分の中に正しさを見失っていた僕は、その重荷に耐えることができそうになかった。だから、皆の信じる正しさ、良い悪いは抜きにして、それぞれに与えられた役割を信じることにした。
僕は、「枢木スザク」を殺すことに決めた。
入隊したあとは、上官の命令に、たとえそれがどんなものであったとしても、従うように心がけてきた。彼らの命じる様々なコードを、この体に刻みつけていった。反射的に、考えたり感じたりする間もなく、命令に従うことができるように訓練した。要求される完璧な軍人になるために、僕は僕を殺し続けていった。
8年経った今でもそのように矯正されたとは言い難いが、その甲斐あってか、直情的に拳を出してしまうことはなんとか避けるすべを見出した。
“迷っている暇があった行動に移せ、自分と命令に従え”
心の中に標語のように掲げた軍隊思考、そして彼が僕の体に叩き込んだ言葉は、僕の中にあった恐れを克服する道を示してくれた。
父を殺した時のように、言い表すことができない何かに従って行動してしまうことは、もはや遠い過去のものだと、思っていた。
だからその時、感情よりも優先される命令に従って、そこにいる「騎士」に彼女の居場所を訪ねた。
返答など期待していなかった。銃口を向けられるのがオチだろうと、身構えてもいた。だけど、捜索範囲が広い上に混戦状態があまりにもひどい。ECMを張っているのか、目視できるほどに近づかなければ通信すらできない。ランスロットは、ゼロからの要求もあって、式典会場の警備から外されてアヴァロンに格納されることになっていた。そのため、現在展開しているブリタニア軍のナイトメアたちとの通信回線が開けないでいたのだ。センサーは、全体の青写真を作ってくれるのだが、肝心の軍人たちとのコンタクトが取れなかった。
でも、それ以外に彼女を探す方法なんて思いつかなかった。
案の定そのナイトメアも、通信を聞くとすぐに、追い立てていた日本人からこちらに銃口を向けた。
撃たれる前に倒す。その「騎士」がナイトメア越しに見せた殺気ともいえるものを瞬時に感じ取ると、ロックされる前に操縦桿を動かしていた。
だから、その声を聞いた時の衝撃は、僕が思っていた以上に大きかった。
「―――スザク。そこにいるのは、スザクですね」
懐かしい声。だけど、ここにあるはずのない声。それが、そこから聞こえてきた。
その衝撃は、撃たれる前に相手のナイトメアの四肢を切断しようとする気勢を、瞬く間に解いてしまった。そしてそれは、この瞬間においては、最もしてはいけない致命的な行動を僕に取らせてしまった。
銃口を前にして、その射程距離内で滞空してしまうという、最も愚かしい行動をとってしまった。
そのつけは、すぐさま払わされることになった。
それに気づいたのは、グロースターの銃口からパッと何かが瞬いたのが見えた時。亜音速で飛び出すそれが、こちらに向かって発射されたあとだった。
もはや、回避ができない距離になってようやく操縦桿を握り直すと、両腕に装着されているブレイズ・ルミナスを作動させて電磁シールドを発生させた。
銃弾は、そのシールドに阻まれてランスロットを打ち抜くことができなかった。だけど、殺しきれなかったエネルギーでシールド表面を滑って、背後に取り付けられたフロートシステムの右翼上部を掠めていった。
両腕の電磁シールドは、ランスロット本体を守るようには展開されるが、フロートシステムの左右の翼まではカバーしきれない。もともとこのフロートシステムとランスロットは、別々のものとして作られて装着されたものであったために、各種の装備や機構との連動が一体化といえるレベルにまで達していなかった。先の「九州戦役」をなんとか無事に終えた後その不具合を指摘したのだが、整備士たちの関心は、黒の騎士団の新兵器「ゲフィオンディスターバー」によるナイトメア強制停止の対策にあった。
その結果、システムの滞空維持に支障をきたしたのか、空中でのコントロールを失い落下することになった。
幸いなことにランスロットは、猫並の姿勢維持とサクラダイトをふんだんに使った脚部の強度と柔軟さによって、落下エネルギーを破壊的なレベルから耐えられるものへと散らすことができた。
無事、急降下の垂直ランディングを終えたランスロットだが、その場から動くことができないでいた。なんとか着地することができたといっても、経てきた高低差はランスロットに想定されている許容量を超えてしまうものだったのだろう。各種のバランサーが、モニター上で悲鳴を上げていた。
だから、総合的な性能差では頭一つ分は飛び出ているはずのランスロットが、グロースターの接近を許してしまった。、
再び、銃口がこちらに向けられた。今度は、シールドの展開も間に合わないだろう。
僕はその時、死を覚悟した。
“―――ろ”
その時、どこかから声が聞こえた。
どこか遠くから聞こえてくるのに、頭の奥底から響いてくるように思えてしまう声。
“――きろ”
その声は聞き覚えがあるのに、思い出すことができない。何かが、思い出すことを邪魔する。
前にもこのようなことが起こったことだけは、思い出せていた。
そして、急に―――
“生きろ!”
ノイズ混じりのその声が、鮮明になって命じた。
有無も言わさぬ絶対命令に、僕の意識が限りなく細く鋭く研ぎ澄まされていくのを感じた。僕の無意識下で無秩序に活動していた全身の細胞が、その声を傾聴するかのように押し黙ると、示し合わせたかのように一致団結して活性化した。それが、限りないほどの幸福感を僕の中に満たして、まるで津波のようにそこから僕を押し流し塗りつぶしていった。
そして、僕が僕でいられるような臨界点にまで達すると、プツリと音を立てたかのように意識が途切れた。僕の思考や感情や、本能でさえも、多幸感とともにもたらされた衝撃を前にして、消え去った。
“オレは、生きる”
体から切り離された意識が完全に消え去る前に、聴いたその声は、僕のものだったはず。なのに、それは、僕のものではなかった。
なぜなら僕は、彼女の手によってしか、死ぬことができなかった。父殺しの罪は、忠誠を捧げた彼女によってしか、贖われることはなかったのだから。
そこから先のことを、思い出すことができない。重要な、忘れてはならないような何かがその時起こったはずなのだが、僕はそれを知らない。
残ったのは、ユーフェミア様をこの手で殺してしまったという、どうすることもできない事実だけだった。そしてそれを、僕は何一つ実感できなかった。
……ただひとつ解っていることは、彼女はとても穏やかに逝ったのだということだけ。
だって彼女のその顔は、僕が一度も見たことが無い、安らかなものだったから。
長々と、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字の指摘、お待ちしております。