不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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 4話で完結する予定でしたが、もうちょっと連載してみようと続けてみました。

 あらすじに書かれている注意書きと違って、いろいろと原作のキャラを出しました。二つのIFが巻き起こす波及を、妄想を爆発させて描いた物語であるのはかわりないのですが、3人と一つ以外にも出してしまいました。……あらすじを見られてここまで読んでくれた方々、申し訳ありません。


崩壊のステージ
覚醒 の 白い悪魔


 ユフィが死んだ。僕の手で殺した。

 理由もなければ実感すらない。僕と彼女のあいだにいた誰かが、手を下しどこかに消え去った。

 奴隷のような日々を過ごしてきた日本人たち。多くの貧窮と侮辱に耐え続けてきた彼ら。この日のために頑張ってきたのに、その報いが虐殺なんて、あんまりじゃないか。だから彼女は、死ななくてはならない。裏切りの代償を、払わなくてはならなかった。

 たとえ彼女を、僕がどのように想っていても、正しさが要求することは、ただ一つ―――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中要塞『アヴァロン』。特派の誇る最新鋭の移動母艦。

 世界初とも言える『フロートシステム』を搭載したこの要塞は、今、戦乱渦巻く『東京租界』から離れた東京湾上空を飛んでいた。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「あなたの処遇は、追って知らせます。……それまでは、ここにいてね」

 

 セシル=クルーミーが言った。いつもと同じように、きっぱりとしているがそれでいて優しい調子で、諭すように言った。

 そして言い終わると、ここ、医務室から静かに出ていった。彼女がそばに近づくと、自動扉が開き、閉じた。

 その開閉音を境に、再び沈黙が流れた。

 

 日本人虐殺の現場から『彼女』をここまで連れてきた僕は、今、彼女とともに、アヴァロンの中に備えられている医務室の中に閉じ込められていた。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ランスロットを駆使して、浮遊戦艦であるここまで彼女を運んできたのだが、その時にはすでに、彼女は事切れていた。僕は、地上でそれをしっかりと確認した上で、ここまできた。

 僕がその時考えていたことは、どうやって彼女を埋葬するかということだった。その場で野ざらしにしておくことは、あまりにも忍びなかったし、彼女にはふさわしくないとも思えたからだ。ただ、その場所がどこかまではわかるわけがなく、どうすればいいのか知っている人たちに聞くためにも、ここまで来たはずだった。

 しかし、僕の腕の中で大量の血に濡れた彼女を見たクルーたちは、すぐさま、それこそ僕にことの経緯を聞くのも煩わしいと言わんばかりに、彼女をタンカーに乗せると医務室へと運んでいった。そして、何も聞かれないのをいいことに、彼らの後を僕も黙ってついて行った。

 

 どれだけ医術が発達しようが、どれだけ医療器具が揃っていようが、古今東西どんな医者でも死んだ人間を蘇らせたことはない。そんなことができるのは、神か悪魔か、それに類するような人外の存在だけだ。つまり、そんなことはできるわけがなかった。

 そして、ここアヴァロンの設備や医者たちは、充実しているとはいえもともと移動戦艦として作られているためか、戦闘継続のための一時しのぎの処置はできても、瀕死の人間を蘇らせることはできない。まして、死者をこの世に戻すことなどは、到底無理な話だった。彼らの懸命な治療にもかかわらず、彼女の生命活動を記載するモニターは、彼女が死んでいることを告げ続けていた。

 

 その治療は、6時間もなかったことだけは確かだった。

 

 彼らもわかっていたのだ。彼女はもう、助からないということを。それでも、一縷の希望にすがっていたのは、彼女はブリタニア帝国の「皇女」だったということと、彼女のあまりの変わり様に医者として手を出さずにはいられなかったから、かもしれない。その「希望」を潰すのにかかった時間が、およそ6時間。

 どうしてそんなことが分かるのかというと、慌てふためく彼らの中で僕は、反比例するように冷めていったからだ。

 

 持て得るあらゆる手を尽くしても、彼女を死の淵からすくい上げることはできなかった。誰もが口を開けずに黙り込んでいた。ピィー、という心停止のアラームが鳴り響いていたが、僕がそれを止めた。

 それが、最後の希望だった。その音を最後に、ここは絶望に染まった。

 

 そして、ひとつの死者が迎えられた。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「……僕が、殺したんです」

 

 意気消沈してふさぎこんでいた彼らに、僕は、事の真相を端的に言った。

 

 その言葉に、彼ら全員の目が一斉に、僕に向けられた。ボソッとつぶやくやくような小声でしかなかったために、それほどの注目を集めるとは思えなかったので、言った僕の方が驚いてしまった。鬱屈とした暗い沈黙の中だったからだろうか、無音の空間の中に突如として表れた僕の言葉は、彼らの何かを揺さぶってしまったらしい。

 

「僕が、ユーフェミア様を、殺しました」

 

 だから、もう一度はっきりと言った。呆然としてこちらを見ている彼らの顔には一様に、「こいつ何言ってるんだ?」といった疑問符が浮かんでいたからだ。

 

 それをきっかけに、彼らの中ではじめて動揺が生まれた。場が、生き生きと蠢きだした。

 

 言い終えた僕は、義務は果たしたと言わんばかりに、また黙ることにした。彼女の前では、静かにしていたかったからだ。

 だが案に相違して、案の定といってもいいかもしれないが、返事が返ってきてしまった。

 

「それは……どういうこと?」

 

 動揺するだけの彼らを代表してセシルさんが、言った。その声には、いつものような落ち着き払った、おっとりとしていると言ってもいいほどの、大人の女性然とした優しげな様子はなかった。彼女ですら、この状況を受け入れるのに必死になっていたのだ。

 

 そんな彼女に、僕は、何か言わなければならないと口を開く。だが、言葉は出てこなかった。何を言えばいいのかわからなかった。

 

 なぜなら僕は、ユーフェミア様を殺した実感など、微塵もなかったからだ。あるのは証拠だけ。僕が彼女を殺したのだという紛れもない証拠が手に握られていて、今はそれを腰に佩いていたからだ。だけど、彼女を殺す動機など、僕の中には微塵もなかった。

 彼女が死んだのは事故だった。というのが、僕にとっての真実であった。

 だが、誰がどう見ても、僕が僕も見れたとしても、僕以外に犯行を行える者はいなかった。逃げ惑っていた日本人は彼女の手で殺されて、ブリタニアの騎士たちや黒の騎士団でさえも、なぜか見渡せる周囲にはいなかった。そしてその時、動機などは、掃いて捨てるほど見つけることができたからだ。

 

 だけど、それを説明しても、セシルさんたちは納得することはないだろう。僕自身も、その答えに納得できないから。

 

 沈黙し続ける僕にセシルさんも、何を言っていいか判断がつかない様子だった。かという僕も、なんと返事をすればいいのか分からず、互いに腹の読み合いという形にもつれ込んでしまった。

 

 そんな状況を打破するように、あるいは一息つけるかのようにして、それまで黙ってことの成り行きを見定めていたロイドさんが、セシルさんの肩をぽんっと軽く叩いた。

 いきなり後ろから肩を叩かれたことに驚いたのか、一瞬、ロイドさん以上に動揺を見せなかった彼女が、ロイドさんに眉をひそめたような気がした。だけど、そこにあるはずの、いつもの飄々とした態度が剥がれ落ちていた彼の姿を見て、喉まででかかっていた何かを飲み込んで見せた。

 

 そして、振り返った時には、いつもの調子を取り戻したかのような口調で、再度続けた。

 

「スザク君。私には、あなたたちに何が起きたかはわからない。あなたがそれを答えたくないというのなら、無理強いはしない。今は、そっとしておきたい気持ちもある。

 でも、ひとつだけわかっていて欲しいことがあるの。短いあいだだったけど、あなたと共に過ごしてきた時間をかけて言うわ―――」

 

 一息にそう言うと、そこで区切った。

 

 そして、苦い、胃酸のような不快なものを吐き出すかのように、続けた。

 

「私たちに、……ブリタニアに、絶望しないで欲しい」

 

 言い終えると、その苦味が顔全体に広がったのを隠すかのように、うつむいていた。

 

 その言葉が、周りの人達にも伝染するかのように広がると、僕とセシルさんに向けていたその視線を、思い思いの方向に反らしていった。そのことに驚いたかのように、それに今更ながら気づいたかのように、彼女の治療に専念していた彼らは、皮肉にも、僕のことに初めて目を向けていた。

 

 皆の意識が僕に集まってきたことを感じたのだが、僕は、彼女たちに振り返ることはなく『彼女』の亡骸を見つめ続けていた。

 

 彼らが6時間かけて必死に飲み込んだ事実(今もそれを飲み込めたかどうかわからないが)を僕は、ここに来る以前から受け入れていた。そこにあるそれには、もう、彼女はいないのだと、胸の深い部分で理解してしまっていた。それが、この妙な冷静さをもたらしていた。それでも、ここから離れられないでいたのは、彼女の顔が、今にも起きだしそうなほどの寝顔にも見えてしまったからだ。……僕もまだ、彼女の命を諦めきれてはいないのかもしれない。

 だから、セシルさんの言葉は、僕の中に彼女が思ったようには響かなかった。僕は今、絶望するほどに、虐殺を断行したブリタニア人のことや怒り狂った日本人のこと、もはや二つの国には共存などという考えはありえないということすらも、考えてはいなかったからだ。セシルさんも必死なんだなぁ、と客観的に見てしまえるほどその時の僕は、無気力極まりなかった。

 

「……しばらくの間でいいですから、二人きりに、させてくれませんか?」

 

 微笑すら浮かべながら、彼女たちに言った。

 それがこの場において、僕が求めたことだった。僕の中に残っている願いに、彼女たちはいらなかった。

 

 僕の言葉に、セシルさんたちがどんな表情を浮かべたのか、分からない。興味もなかった。

 言い訳になるかもしれないが、それは、怒りからの言動ではなかった。そうならないように、優しくやんわりと当たり障りのない拒絶したからだ。それを受け取った彼女たちが、何をどう思おうが、僕の知ったことではないだろう。

 

 言い終わると、ロイドさんが率先して、皆をこの医療室から出して二人きりにしてくれた。ありがたい限りだ。

 僕が彼女とともにアヴァロンに着いてから今まで、終始無言だった彼は、何を思っていたのだろうか。いつもおちゃらけた調子で皆を煙に巻いているのに、大切だと思える時には静かに寄り添っていてくれる。自分のことを壊れていると言い、人のことをパーツ呼ばわりしているけど、彼の本心はどこにあるのだろうか。

 

 

 

 最後に、部屋を出ようとしたセシルさんが僕に忠告をしてくれた。それを頭の片隅でぼんやりと聴き終わると、僕は、「彼女」とともにこの部屋の中に閉じ込められた。

 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「―――悪いけど、一人きりにして欲しいんだ」

 

 僕は、誰もいないはずのこの部屋で、どこかにいる何かに言った。

 セシルさんを最後に、この部屋には僕以外の人間はいなくなったはずだが、背後に濃密な「何か」の気配を感じて声をかけた。

 

「出て行かないつもりなら人を呼ぶけど、いいかな?」

 

 「何か」に対して、再度言った。今度は、警告を込めてみた。

 そこにずっといたのかそれとも突然現れたのかはわからないが、その「何か」は、僕以外の人間がここからいなくなってから自身を顕にした。他人に見られるのは「何か」にとって、あまり好ましい状況ではないだろうと、推測しての警告だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

“驚かすつもりだったのに、当てが外れちゃったな”

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何か」の声が部屋中に木霊した。どこから聞こえるのかわからないほど、壁全体が同時に震えているように聞こえた。

 

「……用があるなら手短に頼むよ。今は、本当に一人になりたいんだ」

「二人きり、じゃないんだね」

 

 突然、背後から返事が帰ってきた。

 先程とは違って、人の声だった。もっと言えば、子供の声だった。

 

 その声に驚いて振り向くと、そこには、見慣れぬ男の子が佇んでいた。

 

 10歳になるかならないかの子供で、足元に垂れ落ちるほど長い褪せた金髪を、まるでマントのように羽織っている。天使といってもいい程の整い過ぎた顔立ちと、ブリタニアの高位の貴族たちしか着れないような仕立てのいい礼服から、その子がブリタニア貴族なのだとは簡単に推測がついた。

 だがなぜ、この戦艦でもあるアヴァロンにいるのかは分からない。そもそも、どうやってここに来たのかすらわからない。一度見ただけでも忘れられそうにないほど、強烈な印象を撒き散らするのに、なぜ誰も彼に気がつかなかったのか。どうやって、乗組員たちと僕の目から隠れていたのか―――。

 疑問は尽きることはないが、とりあえず僕を驚かせたのは、「何か」の正体が年端もいかない子供だったという点だ。背後に感じていた濃密な気配は、今まで感じてきたことがないほどの圧力を持っていた。想像上では、2mは背丈があるほどの老人の姿を思い浮かべていた。

 

 その正体を見て唖然としている僕を差し置いて、彼は、続ける。

 

「君にとってユーフェミアは、もう、そこにはいないんだね」

 

 男の子は、僕に確認するように言った。

 だが僕は、彼の正体に驚かされたことからも、一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。そして、惚けたように頭の中でその言葉を響かせていると、ようやく彼と向き合うことができた。

 僕は、沈黙をもってそれに応えた。

 

 

 

 そして、見つめ合うこと数秒。その深い虚のような瞳が、僕を飲み込もうとした。

 

 

 

 彼の視線は、僕の中にある何かを容赦なくえぐり取ろうとするかのように、突き刺さった。年端もいかないはずの少年であるはずなのに、その瞳だけは、想像通りの深いシワを刻んだ老人のものだった。それ以上の、人とは違う、闇を押し固めて作った怪物といっても良かった。それほどまでそれは、あまりにも異質だった。

 その「死線」ともいえる視線の前では、たちまち薄っぺらな嘘など見抜かれてしまうほど圧倒的な力あった。彼を見ているはずの者は皆、一方的にえぐりだされるだけだった。あるいは、飲み込まれるだけだった。

 そんな怪物の視線を浴びれば、すぐさま体全体が臨戦状態に身構えてしまうことだろう。それが罠だと分かりながらも反射的に、その「死線」に竦んでしまう。逃げなければならないのに、腰を抜かしてその場にヘタリこむ。そして、喰われるだけの獲物として、捕食者の牙や爪が掛かるまで金縛りにかかってしまう。今までの僕だったら、そうなっていたことだろう。

 

 だが、幸いなことに、彼がえぐりだそうとする嘘に包まった「本心」は、僕の中にはなかった。今の僕は、彼の「死線」と同質のものになっていたからだ。

 

 

 

 彼か視線を外すと急に、圧力が消えた。

 

 

 

 目眩を起こしたかのようにクラクラと視界が揺れるのを感じると、現実感が戻ってきた。

 背中に流れる冷や汗と全身の鼓動による熱が、心臓が早鐘を鳴らし続けていたことに、今更ながら気づかせた。

 

「うーん。また当てが外れたかなぁ」

 

 そんな僕とは違って彼は、落ち着きながらも、腕を組んで考え込むようにうなっていた。

 

「……まぁ、彼の参戦は、僕にとって有益であることは間違いないか」

 

 独り言のように何かをつぶやくと合点がいったのか、再度彼は、僕に向き直った。

 

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったね

 はじめまして、枢木スザク。僕の名前は、V・V」

 

 

 

 少年は、V・Vは、それまでとは打って変わって、見た目通りの純粋な子供の声で言った。見た目ととても合っている声なのだが、不自然なほど明るい声。

 僕は、自分の名前を知られていたよりも、それまでとの格差に戸惑いを隠せなかった。

 

「君は、ユーフェミアがなぜ、人が変わったように、日本人を虐殺して回ったのか。

 ルールを遵守していたはずの君が式根島で、なぜそれを破るような行為をとったのか、知りたくないかい」

 

 V・Vは、僕に提案するように言った。だがそれは、まるで答えがひとつだと言わんばかりの、答えありきの問いかけだった。

 

 その想定は全く正しかった。

 なぜ、よりにもよって彼女が、あのような惨劇を起こしたのか、実際にこの目で見ても信じられなかった。ゼロと二人きりの時、僕が気を失っていた時、彼女は彼に何かをされたのだと推測はつくが、現状はもはやそんな些細な原因など必要としていなかった。ゼロに疑惑があるというだけで、根拠などは何もない。そして、そんなことなど誰も、ブリタニア人でさえも気にしてはいなかった。

 さらに式根島のこと。あの時なにが起きたのか、全く記憶にない。なのに記録には、まるで自分の命欲しさに命令を無視するような行為をとっていた姿が、映っていた。それを見せられても、結果として持ち場を離れてしまってさえも、実感だけはすっぽりと抜け落ちてしまっていた。記録上の自分は、まるで別人だった。

 

 僕は、それが知りたかった。僕は、それを知らなくてはならなかった。もはや誰も、「真実」など気にも止めていなくても、知らずには納得することなどできなかった。

 だがそれ以上に、今もこの手に残る血の感触と腕に残るあまりにも軽すぎる重み、そして今、背後に横たわっているものに浮かんでいる安らぎが、僕を「真実」以上の重みで閉ざしていた。

 

 それに何も答えないでいると、V・Vは、それを是ととったのだろう。続けて言った。

 

「ゼロは、ギアスという超常の力を持っている。人を意のままに操り記憶を失わせる力だ。人は、誰もそれに逆らうことができない」

 

 ギアス? 聞きなれない名前だ。

 ……しかし、どこかで聞き覚えがあるような気もする。

 

 奇妙な既視感が僕の脳裏に差し込まれるが、それがなんなのかわからない。理解できないが、V・Vの言葉は不思議と、あいたピースを埋めるてくれるような確信をもたらしてくれた。

 式根島、ユーフェミア様。二つの特異点を結んだ先にあったのがそれなのだと言うことは、わかった。だから、普段では信じられないような途方もない話を、受け入れることができた。

 

 しかし、V・Vの言葉には、その一つ一つから「臭み」が漂っていた。

 

 それは、戦場において敵が何かを企んでいる時、行動に現れてしまう迷いのなさとでもいうものだ。本来なら感覚が先にあるためどうしても微妙なブレが生じてしまうところを、想定をなぞるように動かすそれにはブレがほとんどない。

 本来ならそのブレは、周囲の空気を震わせながら霧散する。だが、想定をなぞることで押し込められたブレは、行為者の内側で反響し続けてしまう。それが、その者の身体環境を乱して、何らかの痕跡を周囲に残してしまう。子供のいたずら程度のブレならば、それを柔軟に消化してくれる許容量が、体にはある。だが、いたずらを超えて犯罪行為や計画ともなると、もはやどんなに訓練しても隠し通すことは難しい。

 それを僕は、色や音として識別するよりも、快か不快かの二者択一で嗅ぎ分けていた。その「嗅覚」は、論理や思考よりも、思いつきや直感に働きかけてくる。それゆえにそれは、ナイトメアでの戦闘において多大な貢献をしてくれた。頭で考える判断よりもその嗅覚が告げる決定が、僕を今まで生かしてきた。

 しかし、日常的な場面や人との会話においてあまり役に立った覚えはなかった。だが今は、胸いっぱいの空虚感ゆえなのか、自分の「臭み」に惑わされことがなく的確に、対象の「臭い」だけを嗅ぎ分けることができた。

 

 その「嗅覚」が告げていた。V・Vは、何かを企んでいるぞ。

 

「信じられないのは、無理もない。だけど、そう考えれば……いや、そうでも考えなければ、つじつまが合わないだろう」

 

 喋ればしゃべるほど、「臭み」は増していく。

 話の内容は彼が言うように、自分が今まで体験してきた記憶と考えてきた空白を見事につなげてくれるものだった。しかし、もはや「臭み」は耐え難いほどにまで吹き出していた。その奥に隠されている狙いを、聞かずにはいられなくなった。

 

 

 

 

 だからオレは、目の前の「敵」に言葉の剣を突き立てた。

 

 

 

 

「それで? オレに何をさせたい」

 

 話の腰を折るように告げた言葉に、それまでなめらかに話を続けていたV・Vが、一瞬、息を飲んだように戸惑った、ように見えた。

 

「……そういうのは、二重人格とでも言うのかな。それとも、『呪い』を克服した者は皆、こうなるものなのか―――」

 

 オレは、V・Vが少しでも敵対行動を匂わせたのなら、迷わずその細首をねじ切ってやる意志を視線に込めていた。それほどまでに「臭み」は耐え難く、怒りを掻き立てるほどに不愉快だった。

 だがV・Vは、オレのそんな殺気を気にする様子もなく平然としていた。

 

「まぁ、話が早く済んで何よりだがな」

 

 V・Vは、オレに話を中断させられたというのに一向に気にする様子もなく、また自分の中だけで何かを解決した。

 

 

 

 そして、化けの皮が剥がれたとでもいうのだろうか、美少年然とした雰囲気が掻き消えて、たちまちの内に部屋中を埋め尽くすような瘴気を、全身から立ち上らせていた。

 

 

 

「僕はこれから、アッシュフォード学園に行ってナナリーの身柄を保護する。ゼロの傍にいては、彼女は危険だからね。

 それを簡単にできる方法はあるんだが、近くに邪魔者がいてそれが使えない状況なんだ。そして、今のような状況が続けば、ナナリーを手に入れることは難しくなってしまうだろう―――」

 

 そこで初めて、V・Vがその場から移動した。コツコツと床を叩く足音が響くと、自動扉の前に来ていた。

 幽霊か幻覚だと思っていた彼が、実体を持っていることにも驚いたが、その彼がトビラの前に来ると自然と何事もないかのように開いた。自動扉なのだから当然といえば当然だが、てっきり逃げ出さないために、この部屋に監禁されているとばかり思っていた。そのため、簡単に扉が空いてしまったことには、拍子ぬけしてしまった。

 

 だが、その扉の端から、外の通路に倒れている人を見た時、考えが180度変わった。

 

「君にナナリーを保護してもらいたい。ランスロットでアッシュフォード学園まで行って、彼女をこのアヴァロンに避難させて欲しい。

 それが難しいのなら、場を混乱させてくれるだけでいい。君とランスロットが戦場に姿を表せば、それはたやすいだろう。そしてゼロは、安心して学園の警備から離れる。そうなれば、邪魔者も一緒にいなくなるから、僕自身の手で彼女を避難させられる」

 

 言い終わると、倒れている人からインカムを取り上げた。

 そして、「ランスロットを至急、カタパルトに移動させろ」と、よく聞き知った人の声音を使って、偽りの命令を下していた。

 

「お前とナナリーに、何の関係がある」

「彼女は、僕の姪だよ」

 

 V・Vはこともなげにそう言った。

 見た目では、彼の方がナナリーの弟といってもいいほどである。しかし、彼が纏わせている瘴気は、それが嘘でないことを物語っていた。

 

 いぶかしんで見ているオレに、V・Vは、付け足すように言った。

 

「だが誤解しないで欲しい。僕が、ナナリーの身柄を保護したいんじゃない。僕はあくまで、弟の代理なんだ。彼女は可愛い姪っ子の一人だが、助けてやるほどの義務も義理もない。……なにより、マリアンヌの子供だからね

 僕が大事だと思えるのは、弟だけだ。昔は怖がりで泣き虫でいつでも僕の後ろに隠れているような人見知りで、何をするにしても僕を頼ってくれた。だけど、今では一人でなんでもできちゃう皇帝だ。兄として寂しい限りさ。……その弟の頼みなんだよ、これは」

「代理。誰の?」

 

 V・Vは、そこでニンマリと笑みを浮かべた。見た目からは想像できないような笑い方だ。酷薄とも言える残虐性をおびたそれは、美少年の整った顔立ちで作られると、悪魔めいた魅力まで醸し出していた。

 その笑顔がつげていた。それ以上、何も言うつもりはない。

 

 そして、オレの質問に答えることなく、続ける。

 

「君が今選べる選択肢は、限られている。僕の提案に乗ってナナリーを保護するか、それとも、このままブリタニアまでその死骸ともに護送されるかだ。

 後者の場合、君は処刑されることになる。裁判なしでね。皇族を殺したナンバーズなど、生かしておく理由はどこにもない。前者の場合でも、それは変わらない。ただし、人としての死に方を選ばせてやる自由はある。慎重に選ぶことだ。

 ……あぁ、そうだ。時間も限られているな。太平洋に出てしまえば、いくらランスロットでも戦場にたどり着けるかわからない。エナジー切れで驚異度も下がってしまう。第3の選択肢だが、これはあまり褒められたものではない。できれば、今すぐに返事を聞きたい」

 

 冷徹で傲慢とも言える内容だったが、V・Vは、何事でもないかのように言った。その態度が、板についてもいた。

 

 それは、残念ながら、真実だった。これからオレの身に起こるであろう未来でもあった。それが分かってここまで来た。逃げるつもりは毛頭なかった。

 だが、なぜだろうか。それを赤の他人に言われると、フツフツと何かが胸の奥底から沸き起こってくる。目の前の人外の存在に言われるのは、ひどく癇に触る。

 

 だからかもしれない。その沸き起こる感情を、言葉にしていた。

 

「―――まだ、選択肢は残っているだろう、V・V」

 

 壁に背をもたせれさせながら至極ゆったりと判決を下すV・Vに向かって、オレは、言い放ってやった。

 そして、気づかれぬようV・Vに視線を向けながら、重心を落として全身の力を貯めて、腰に佩いている儀礼剣に意識を集中させた。

 

 

 

 そう。もはや話すことがないのは、こちらも同じだった。

 

 

 

「ほぉ、どんなせんた―――――――………… 」

 

 選択、と言い終わる前に、彼の口から次の言葉が出ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜならオレが、渾身の居合で、やつの首を断ち切ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣が首筋に当たった瞬間にホンの少し体がくの字になったのだろうか、跳ね落とされたそれは、噴出する血流にも押し上げられて胴体から分離した。そして、空中で弧を描きながら緩やかに重力に従うと、ユフィが眠っている医療ポッドの透明な蓋に激突した。それまでの優美とも言える空中旋回がひと時の幻であるかのように消え去って、蓋に激突した瞬間には、衝撃で片眼が潰れてその生々しい肉片と血糊が撒き散らされた。

 相手の不意をついてのことだったが、サーベルで居合をやるなんて無理な負荷がたたったのだろう。残心も考えてはいなかった。全身の力を刃に込めてなんとか断ち切り終えると、勢い余って扉のヘリに剣先が食い込んでしまった。

 それが止めだった。パキィンと、心地よい金属音を鳴り響かせながら、柄元から入った亀裂に沿って、儀礼剣はたち折れてしまった。

 

 

 

 そして、首なしの胴体がその場にできた。

 未だ何が起きたのかわからないとでも言うように、残った胴体は、切断面から血を噴出させながらも、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

「ナナリーを助けて、オレも生きる。だけど、お前は死ぬっていう選択だ」

 

 もはや言葉を発することができない胴体に向かって、言った。

 

 そして、使い物にならなくなった折れた剣をその場に捨てた。

 それがきっかけになったのだろうか。カランと、剣が床を叩く音が部屋中に鳴り響くと、同時に、残った胴体も崩れるようにその場に倒れた。

 

 

 

 先程までひとつの命を助けようと奮闘していた場所が、一瞬にして、生々しい死体が興じる惨劇に仕立て上げられてしまった。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 僕は、V・Vの死骸を踏み越えて医務室から出ようとした。だが、ふと、もう一度静かに横たわている彼女に目を向けた。

 

 彼女を覆う透明な柩は、血糊と肉片で汚されてしまっていたが、中の彼女は何事もなかったかのように安らかに眠り続けていた。本当に、眠っているだけかのように、穏やかな表情を浮かべていた。

 そんな彼女を見ていると、その顔に触れたいという猛烈な感情がとめどなく溢れてくる。静かに閉じられた目蓋の中で、その表情の奥底で、何を見ているのかどんな想いを抱いているのか知りたかった。それに、ほんの少しでもいいから、触れたくてたまらなくなっていた。

 だが、そこに伸ばした自分の手のひらを見て、やめざるを得なかった。

 強ばって固くなっているのみならず、ところどころ傷跡や火傷が刻まれて、それが醜く歪ませていた。命令に違反してブリタニアを、父の代わりに背負ったはずの日本人たちを、裏切った奴の手だった。そしてなにより、その命を守ると固く誓った彼女を、殺した手だった。

 そしてなによりそこには、もはや、ユフィはいない。

 

 

 

 それが、彼女と僕の間にある距離。透明なガラスしか隔てるものがないのに、僕は彼女を見ることすらできない。

 

 

 

 だから代わりに、彼女の胸元に当たるであろう柩の蓋の場所に、そっと置いた。今まで形見として持っていた、父が使っていた懐中時計。僕の命を救ったことで時を刻めなくなった壊れた懐中時計を、そこに置いた。それを直すことは容易かったが、僕はそれを壊れたままにしていた。代わりに、本来の持ち主が止まった時間を永遠に刻むようにしていた、僕の罪の象徴。

 

 だけど、それはもう必要ない。

 

「……行ってくるよ、ユフィ」

 

 そうつぶやくと、医務室から外へ出ていった。振り返ることはせず、確かな足取りで。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 彼女が目指した「誰もが幸せになる未来」は、もう遠く離れてしまった。それを皆とともに夢見ることは、できなくなっていた。

 だが、この胸には確かにそれはある。まだ、ここに残っていた。

 ならばまだ、戦える。戦い続けることが、できるはず。

 

 彼女と交わした騎士の誓い。そのエンブレムを握りしめて、向かうべき戦場に、その場所から助けなくてはならない友人たちの元へ、踏み出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう会うことはないけど、僕は君のことをしつこく思い出すことだろう。父と同じように、決して消えない罪として。

 だけどいつか、君と同じように、僕に罰を与えてくれる者が現れたその時、もう一度君に会いに行くよ。今度は僕から、君に言いたいことがあるんだ。言わなくちゃならないことがあるんだ。

 だからそれまでは、さようなら。いつか再開する、その日まで。

 

 

 




 長々とありがとうございました。

 次は、ロイドさんを出す予定です。

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