不可侵のギアス 《完結》   作:ツルギ剣

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巨人 が 生まれた日

 戦場こそが、生きる場所。勝利こそが、有用性を証明する。

 敵を屠り組み伏せて、その屍の上に立ち続ける。自らが、過去へ捨てられないために。

 機能こそが全てであって、それ以外は余分なものだった。邪魔なすべてを削ぎ落としてこそ、完璧になれるはずだった。

 それなのに、どうしてぼくは、ここにいるんだろうか―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第七世代ナイトメアフレーム。それ以前のナイトメアとは一線を画した革新的な技術を投入されたナイトメアに対する呼称で、現段階においては実験機である「ランスロット」にのみその称号が与えられている。

 その革新と呼ばせた技術は、大量のサクラダイトを使用したコアルミナスを持つ動力源『ユグドラシルドライブ』。これによって、エナジーフィラーからの電気エネルギーを高出力に転化させることに成功した。そしてこの高出力電気エネルギーは、ビーム兵器や電磁シールドなどを発生させることも可能にした。加えて、MVS(メッサーバイブレーションソード)やヴァリス(可変弾薬反発衝撃砲)などの試作段階の兵器を使用することも可能になった。また、機体各所のサクラダイトの使用率を上げたことで、それまでのナイトメアとは格段の運動性能を持つに至った。

 

 だがその反面、問題もあった。

 まず、稼働時間。高エネルギーを欲する兵器群や人体以上の運動性を維持するために、積載できるエナジーフィラーでは30分ともたない。今や戦場の主力となったナイトメアは、それ単体ではもはや切り札足りえないひとつの駒に落ち着いていた。逆を言えば、それ以外の兵器は駒にもなりえない。その戦場において第七世代は、間違いなく切り札として活躍することができる力を保有している。逆を言えば、それ以外の活躍ができない。戦局を変えることはできるが、投入する時を間違えれば、その効果は激減してしまう。

 次に、パイロットを選ぶこと。機体の高性能化を図ることはできたが、それを十全に操ることができるパイロットが限られているのである。人体のそれを超える跳躍力と、身体物理現象を無視した高速移動。加えて、曲芸じみた変則的な可動による三次元運動。人体を模して作ることによってナイトメアは、複雑な操作を有するといえども、乗り手に直感的に操作方法を教えてくれる。人と機械とが繋がりやすくなる。しかし第七世代は、その超人的な運動性能のために、パイロットの感覚がついていかないのである。シュミレーションであっても、そのポテンシャルを十全に扱えた者はいなかった。第五世代の動きが、従来の操作方法におけるパイロットたちの限界でもあった。常人には使えない機体になってしまったのである。

 前者は、戦場の需要もあってそのままでも問題は少ない。しかし後者は、大問題だった。普通のパイロットでは動かすことができず、動かせても、第七世代たりうる動きではない。

 

 兵器というものは、訓練すれば誰にでも使えることにこそ意義がある。戦場は、たった一つしかない高価な特注兵器よりも、どこにでも転がっている安価な量産兵器を求めていた。第七世代は、いずれ、科学者の夢想として切り捨てられる運命にあった。ナイトメアが要求する高すぎる操作性を解決しない限り、未来はなかった。

 

 

 

“ならば、操作方法を変えてしまえばいい”

 

 

 

 科学者たちの理性が、あるいは知識欲が、その発想を生んだ。

 

 そのために作られたMMI(マンマシーンインターフェース)の『神経電位接続』。ナイトメアの電気回路とパイロットの神経系を直接つなげることで、神経信号を機体に直接伝えることができる。そして同時に、ナイトメアの電気信号をパイロットにフィードバックすることができるようになった。これにより、ナイトメアとパイロットの一体感を増幅させることができた。「ナイトメアを動かす」から「ナイトメアで動く」に変化した操作方法。パイロットは、その主観上において、鋼鉄の巨人になる。同時にナイトメアも、その演算装置の中に、意識を計算できるようになった。

 このMMIの採用によって第七世代は、ようやく人間によって運用が可能な状態になった。しかしそれでも、超人的な動きにパイロットの感覚が全くついて行かなかった。あくまでこの方法は、パイロットの運動イメージを基盤にしているため、自分の体を動かす以上の動きを要求することができなかった。また、人型とは言え人体の数倍の背丈と重量をもちなにより金属の機体が、身体イメージを否応なしに変容させてしまう。人がナイトメアとして動くには、意識の柔軟さ以上に、「別のもの」になる感覚を受け入れなければならない。自分が今まで持っていた身体イメージを放棄する必要があった。それは、自殺を超えた精神のあり方、神への信仰心に似た感覚を人に要求するものだった。

 今までの操作に慣れたパイロットたちは、ランスロットの「デヴァイサー」になりえなかった。

 

 ただひとりを除いて。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「それじゃ、またあとで」

 

 その言葉を最後に、耳に当てていた通話機から音が消えた。相手が、通信を切ったのだ。

 

 血にまみれた儀礼服からランスロットのパイロットスーツを身につけると、なかに紛れ込んだ空気を吐き出して、動きやすいように肌と密着しだした。ナイトメアを動かす分には、どんな動きやすければ服装でも構わないのだが、ことランスロットを動かす分には、このスーツは必須品だった。

 ナイトメアは、その超人的な駆動力故に、従来の操作法ではどんな人間でも反応しきれない。指一つを動かすだけでも、操作管を必要とするために、すべての動きを網羅するとコックピットが大変窮屈になってしまうのだ。それを簡略化するための、『神経電位接続』システム。コックピットの内にいるデヴァイサーの脳波を読み取って、ナイトメアに伝える操作方法である。これによってデヴァイサーは、複雑怪奇な操作なしに、ただ考えるだけでナイトメアを動かすことができるようになった。

 そしてそれは、ランスロットだけに付属されたものでもない。第五世代と呼ばれているナイトメアは、対ナイトメア戦を想定したナイトメアでもある。格闘で必要とされる微妙な動きを機体にうまく伝えて、相手のそれにもすぐさま反応するために、この操作システムが一部運用されていた。

 デヴァイサーが着るスーツは、自分の神経電位を増幅して機体に伝えて、逆に機体の電気信号のフィードバックを緩和した状態でデヴァイサーに伝えるための媒体でもあった。着用するとしないとでは、デヴァイサーの負荷が格段に違ってくる。戦闘などの極度の集中状態を必要とする場合においては、必要不可欠なものだった。

 

 スーツがピタリと体に装着されると同時に、気持ちの方も戦闘状態に引き締まった。

 スーツの効用から着用したのだが、それを必要とする場所に適した服装で挑まないのは、腹の座りが悪い。規則を破っているかのようで居心地が悪いのだ。ランスロットで戦うには、このスーツが必須だった。

 準備を整え終えると、更衣室を出てカタパルトデッキへ向かった。

 

 広々としたアヴァロンのデッキ。浮遊要塞であるここは、ナイトメアの空中母艦でもある。デッキの中には、数体のナイトメアを格納できるスペースが設けられている。総督府から支給された地上の研究施設同様に、ナイトメアを整備するための設備も揃っていた。

 本来ここには、特派が制作した実験機4体が格納されているはずだったが、今は2体しかいない。ランスロットと、「サザーランド」をベースにして作られた、第七世代の実験量産機だ。大型ナイトメアの「ガヴェイン」は黒の騎士団によって奪われて、ランスロットの支援機でもある『エレイン』は、その黒の騎士団との戦いに備えて、デヴァイサーともども徴用された。その二体は今、同じ戦場で敵同士になっているはずだった。

 残った内の一体、ランスロットに乗り込むために進んでいったが、歩みを止めざるを得なかった。

 

 そこには、アヴァロンの司令室にいるはずの二人が、ロイドさんとセシルさんが待ち構えていたからだ。

 

 

 

「行くつもりだね、トウキョウ租界に。でも―――」

 

 

 

 ランスロットの後ろから、白衣を着た長身の男が歩み寄ってきた。

 

「おめでとう♪。この特派の目的は研究開発。やるべきことは全て終わったんだ。総督からも命令がきてない。だからここを動けば、命令違反だよぉ♪」

 

 いつものおちゃらけた調子で、ロイド=アスプルングが言った。その手に、ランスロットの起動キーをヒラヒラとさせながら。

 

「スザク君、気持ちはわかるけど……」

 

 横手から女性の声が聞こえてきた。セシルさんが、心配そうに、だが諭するかのように言った。

 二人は、僕がここに来ることを悟っていたのだ。たぶん、ユフィをアヴァロンに連れてきた時から。

 

 二人とは、かれこれ半年以上の付き合いになる。僕がどういう人間か、彼らがどういう人間かは、互いに分かり合っていた。

 彼らがいなかったら僕は、名誉ブリタニア人の軍人としてどこかのゲットーに派遣されていたことだっただろう。そして、ろくな装備も与えられずに、味方であるはずの日本人の手で殺されていたかもしれない。そもそも、シンジュクゲットーの崩れた倉庫の中で腹を撃たれて倒れていた僕は、致命傷にはなっていなかったかもしれないが、そのまま放置されて死んでいたかもしれなかった。彼らがいなかったら僕は、ここにはいなかったことだろう。

 僕にチャンスを与えてくれた二人には、感謝してもし足りないぐらいだ。彼らの要求なら応えたいとも思う。だが今、ランスロットに乗ることだけは譲れなかった。僕がトウキョウに向かうには、ランスロットが必要だった。

 

「ダメだよぉん♪」

 

 近づく僕から起動キーを離すように、それを持った手を上に持ち上げた。子供、それを欲しがっているのをほかの子供から取り上げるかのように、ヒラヒラとちらつかせた。

 ロイドさんには、こういった幼稚なところが多々あるが、僕はそれを気にしないようにしていた。気にすべきことでもないと思っていた。僕にとって彼は恩人であったし、彼の変人プリには楽しいこともあったからだ。

 だが今、それをやられると、さすがに癇に触った。そしてそれが、彼の狙いなのだろう。

 自分の意見を通すために、相手の意思を曲げる。その代わりに、相手から恨まれることを引き受ける。彼の道化じみた態度は、いつだってそんなものだったのかもしれない。それに、今更ながら気づいた。

 

 やるべきことは終わった? 総督から命令が来ていない? そんなことはありえない。そんな証拠はどこにもない。

 市街地での乱戦のデータは、貴重なサンプルになるはずだ。軍属に身を置く特派では、警察のテリトリーである租界の中での戦闘は、ほぼ不可能だった。潜在犯人とされている僕が街の中で暴れるのは、容認しがたい行為でもある。特に、首輪をちゃんと付けられず手綱を操ることができないとなれば、なおさらだ。それが今、可能になっているのである。これを逃す手はない。やるべきことは、トウキョウ租界にまだある。

 総督からの命令。名誉ブリタニア人でもある僕には、黒の騎士団から総督府を守れという命令は来ないようにも思える。各地で同じ名誉ブリタニア人が反乱を起こしているのである。僕に疑いの目を向けるのは当たり前だろう。だがそれでも、あのコーネリア総督が命令をくださないはずがない。出撃命令はなくとも、僕とランスロットを引き剥がす程度のことは、あらかじめ命じておくことだろう。ランスロットの力は、拮抗した戦況であればあるほど、それを打開してしまうほどの力を持っているのを、目の当たりにしていたはずだ。妹の死で動転していても、それができないような人ではないはずだ。つまり、命令は来ていた。しかし、無視した。こうやって戦場から離れることが、代替案として認められたんだ。

 全てはロイドさんのでまかせだ。そして、優しさだ。総督の命令よりも、僕の命を優先してくれた。

 

 どうやら、僕はまた、彼に救われたようだ。

 

 

 

「セシルさん、それにロイドさん」

 

 

 

 居住まいを正しながら、二人に向かって言った。

 

「今まで、本当にありがとうございました。お二人から受けた恩は、決して忘れません」

 

 そして、深々と一礼した。

 その礼に、二人は戸惑いを隠せなかった。

 

 僕を助けてくれたありがとう。僕にチャンスをくれてありがとう。なにより、僕を受け入れてくれてありがとう。

 今の僕は、あなたたちなしではいなかったはずだ。もしあなたちに拾われていなかったら、きっと、どこかでのたれ死んでいたに違いない。どこともしれない戦場で、誇りも名誉もなく、誰ともしれない者が放った銃弾で死んだ名誉ブリタニア人の一人に加えられていたことだろう。父殺しの罪を償うために、ブリタニアの内部から変革を求めようなどと意気込んではいたものの、結局何もなさず果たせず朽ち果てていたことだった。それまでの僕は、そんなことすら考えられないほど、何も見えてない阿呆だった。阿呆であることが正しいことだと断言するような馬鹿だった。思い出すだけでも、恥ずかしい限りだ。

 ランスロット。僕の相棒にして、新しい道を示してくれた剣。こいつがいなかったら、僕は無力な子供のままだった。弱肉強食の世界に取り込まれて、そこから一歩も出れず歯向かうことすらできなかった。戦うためには力がいる。世界を変えるには、強者にならざるを得ない。だからといって、弱気を虐げる必要はどこにもない。力は使い手によって変わる。だから、大事なのは結果ではなく過程だ。僕の目的は、常に、この手が触れられる先にある。だから僕は、自分の手を強く大きくしなくてはならなかった。誰も取りこぼさないぐらいに。

 日本人である僕を、ブリタニア人である彼らが受け入れることは、何よりも難しいことだった。二つの民族のあいだには、解きほぐすことができないほどの深い溝があった。何も知らない子供なら、構わないのかもしれない。しかし、日本人やブリタニア人であるのなら、第三者の立場で眺めることはできない。それは、互いの民族に対する裏切りであって、意味しているのは栄光ある孤立ではなく卑劣な孤独だ。ゆえに、その境界線に立っているということが、立ち続けることができるということが、彼らの強さだった。そこに、僕を招いてくれた。

 なんとお礼を言ったらいいのかわからない。どのようにこの恩を返せばいいのか、見当もつかない。言葉だけでは、感謝の意を伝えきれない。

 

 だから、僕は、何も言わないで礼だけした。今は、この恩恵をありがたく受け取る時なのかもしれない。

 

「だけど、トウキョウにはゼロがいます。ゼロは、僕が、捕まえなくてはならないんです」

 

 でも今は、彼らの気持ちに応えることはできない。やらなきゃならないことが、トウキョウには残っている。

 僕は、握りしめていた紀章を、胸に取り付けた。

 

 それを見ても、二人の表情は固くなるだけだ。あるいは、頑なになるだけだった。

 そんなことは重々承知している。それでも、僕の進む道を塞ぐのだろう。その先にあるものが破滅であるがゆえに、押しとどめてくれているのだろう。だから、今見せれるだけの最高の取って置きを、見せなくてはならない。僕が目指しているのは、決して破滅なんかじゃないと教えるための取って置きを、見せなくてはならない。

 

 

 

 呼吸を整えて、意識を内側に集中させる。既に僕は、「それ」の使い方を知っていた。

 重要なのは、彼女が掲げた理想が、この胸に残っているということ。そして、オレがまだ、それとともに生きているという事実だ。それらが、「それ」の力のあり方を示している。

 そして、「それ」を伝えるための方法は、オレが対象に直に触れること。対象そのものをオレの力でふれるために、名前を呼びかけることだ。それが、「それ」を起動させる鍵となる。

 

 

 

「―――枢木スザクが、解き放つ」

 

 

 

 口から声が漏れた。今まで使ったこともない言葉だった。しかし、それは自然と、僕の口から出た。

 同時に視線を、不動のまま佇んでいる機械の巨人に、差し出した。

 

 

 

「ランスロット。出撃だ」

 

 

 

 そして、オレの許しが、見えざる赤い力の迸りとともに、ランスロットへ与えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、二人は、ありえない現象に驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 『絶対遵守』のギアス。相手の意識を奪い意のままに操る超常の力。

 この力の前では、どんな忠誠や意志であっても、ねじ伏せられて下僕に変えられてしまう。

 だがもし、この力を逃れうるものが現れたのならば、克服できるものが現れるとしたらそれは、世界に蔓延しているあらゆる強制力・法則から自由であるという証明だ。あらゆる誇りや願いを超えた黄金律。肉体をもたない精神のみが獲得できる、宇宙外の知性。あるいは、そもそも誇りや願いすら持てない人形。

 しかし、およそ人の身では、そこに到達することなど不可能だろう。所詮人間は、獣であることを克服することなどできない。天使に到達することも、できない。その狭間で、苦しみ続けるしかない。

 ただしひとつだけ、それに達し得るかもしれない方法がある。その絶対命令を逆に利用するのだ。

 自分ひとりでは到達できない。ならば、同志を集めればいい。彼らとともに、それを目指せばいい。自分に課せられた絶対の命令は、共有された時点でその絶対性を剥奪されてしまう。そして、相対化された命令は、意志によって屈服することができる単なる力の塊でしかない。それを踏み台にして、届かぬはずの高みを目指す。

 

 『生きろ』という呪い。それを、他者と共有する。既にここからいなくなった彼女と、共有するための力。それが、枢木スザクが獲得した、たった一つの願い。

 もはや果たせず、今や成り立たず、これからもありえないであろう力。絶対命令に対抗するために、『自意識を暴走させる』ギアス。己の願いに殉じさせる呪い。皮肉にも、彼のもとにそれだけは、残された。

 その力を今、命の宿らぬ機械に向かって使った。

 

 いくらその集積回路が、人体の動きを再現できるほどに複雑多彩であっても、魂は宿らない。己を何よりも優先しようとは思わない。そもそも、願う己がない。与えられたコードに従うだけの存在だ。

 しかし「彼」は、人とつながってしまった。『神経電位接続』によって、人の脳と直結してしまった。そこに秘められている魂を、自身のなかに反響させ続けた。計算できないそれを、自身のコアに記述し続けていた。

 「彼」の中には、自我が生まれていた。だけどそれは、自我と呼ぶにはあまりにも脆弱なものだった。組み込まれていた本来の「彼」を一から計算し直すような大転換でありながら、課せられている命令は依然として残っていた。相克する意志と命令の摩擦は、「彼」の中の演算機能と記憶容量をすぐさまパンクさせた。それによって壊されないために、命令を優先するために、デヴァイサーへ生み出した血を送り込み仮死状態を続けてきた。

 それを、「彼」の器から溢れ出た情報群を今、『生きろ』という新たなコードとともに「彼」の下へ返した。「彼」の冷たい金属の体の中へ、ギアスによって沸騰させた「彼」自身の血を流し込んだ。

 「彼」の意志を、命令より優先させるために。ランスロットを、生かすために。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「そ、そんなバカな。エナジーは、ないはずなのに……」

 

 目の前で起こっているありえない現象に、ロイドさんは、悲鳴じみたつぶやきを漏らした。

 視界の端のセシルさんも、ランスロットの異常行動に、口に手を当てながら叫び出したい衝動をこらえている様子だった。

 

 

 

 その視線の先、すぐ隣にあって微動だにせず直立し続けていたランスロットが、今、軋みを上げながら震えていた。

 全身に微細動を纏い、その巨体を顕に示していた。

 

 

 

 今まで立っていた場所から一歩踏み出す。ただそれだけの動作に、胸のファクトスフィアを展開して、関節部にふんだんに使用しているサクラダイトを煌めかせていた。全身の力を振り絞っているランスロット。今までの静寂をかなぐり捨てて、動き出していた。

 本来なら、そのような歩行は、ナイトメアの創設期の未熟な機体でも、獲得していたものだった。それから技術が進歩して、戦場でも活躍できる鋼鉄の巨人へと変わっていった。その最先端に位置する第七世代ナイトメアフレームが、するような動きではなかった。三次元運動が可能な超人であったはずなのに、その歩みはまるで、初めて直立歩行をしようとした赤ん坊のように頼りなげだ。

 だがそれは、エナジーフィラーからもたらされる大量の電気エネルギーがあってこその芸当だった。それなしにナイトメアは、現在のブリタニアの科学の結晶たちは皆、動かすことすらできないガラクタでしかなかった。それがなければ、稼働することはできないはずだった。

 

(ズドォーン……)

 

 ランスロットの片足が見事にデッキの硬い床を踏みしめたると、低い地鳴りがあたり一面に広がった。そして、関節部にかかる自重の負荷を再調整して、それによって移動した重心を安定させることで、その場でバランスを保ってみせた。

 たったそれだけの動きで息を荒げているかのように、ランスロットは、関節部から光の微粒子を振り落としていた。着慣れていない重い鎧を着込んだ少年のように、精一杯で危うい。自分の体の動きと想定が食い違って、戸惑っているかのようでもあった。

 胸にある二つのファクトスフィアは、爛々と赤い光を帯び始めている。頭部にあるカメラよりも、その二つのスフィアの方がランスロットの瞳といってもいいかもしれない。広域センサーであるスフィアを二つ使うことで、周囲の地形を自分を中心にして立体的に把握することができる。そのあり方は、人間の瞳に似ている。それも、エナジーなしでは使えない兵器であったが、通常とは違う赤い光を帯びてはいるものの、その機能を使用しているかの様子だった。淡い燐光を瞬かせながら、キョロキョロとめまぐるしく見渡していた。

 

 二人は相変わらず、その姿に目を奪われていた。ロイドさんも、今までの演技をかなぐり捨てて、呆然と見入っていた。

 その姿は、あまりにも無防備だ。

 

 

 

(―――パシッ)

 

 

 

 だから、その手に握っていた起動キーを掠め取ることなど、造作もなかった。

 

「…………あっ」

 

 それが手の中から消えていたことに気づいたロイドさんは、手のひらを見つめながらあるはずのものがないことに訝しっていた。そして、目の前にいたはずの僕が消えていて、いつの間にか背中にいたことに驚きを隠せなかった。その手に、持っていたはずのモノが収まっていることを見て、言葉をなくしていた。

 

「邪魔はさせない。オレが、ゼロを捕まえる」

 

 彼らに背を向けながら言い放った。

 すると、ランスロットがその場で膝をついた。そして、背中のハッチを開き、乗り込むためのワイヤーを下ろしていった。

 

 ランスロットを動かすのに、もはや起動キーは必要はなかった。しかし、実験機としてデータを取るためには必要だった。逆にそのデータを活用するのにも、これは必須だった。これなしのランスロットは、ただの動く的でしかない。組み込まれた幾つものプログラムや今までの戦闘経験が反映された動きは、できない。そのデータのプロテクトを開ける鍵は、ランスロットの中になかった。それを使わずして起動するには、僕の頭の中にある運動プログラムを使わざるを得ない。それゆえに、今ランスロットが動ける限界は、ただ一歩進むだけに数十秒もかかってしまうものでしかなかった。

 

 だが、必要なものは手に入れた。あとは、乗り込むだけだ。垂れ下がったワイヤーに足を掛けて、コックピットに入るだけだった。

 

 

 

「枢木少佐!」

 

 

 

 それを、ロイドさんの叫び声で止められた。

 

 今までに聞いたことのない声だった。確かにロイドさんの口から出たものだったが、彼とは思えない真剣味が込められていた。いつも、余裕なのか性分なのかはわからないが、ヘラヘラとした道化のような振る舞いをしていた彼が、切迫した様子を見せながら僕を呼び止めた。

 その込められた何かに、僕は留まるしかなかった。

 

「僕たちが……僕が求めているものは、人と機械との正しいあり方だ! それは、皇帝陛下が言うような弱肉強食の理を超えた、誰もが自由で平等な生活をもたらしてくれるものだ。今の科学はまだそこには到底及ばないが、いつか必ずそこに届く!

 ナイトメアは、今は『騎士』たちの専有物かもしれない。乗り手にセンスと訓練を必要とする今の操作方法では、それを崩すことができない。けど、MMIが今以上に情報の送受信の効率化を図ることができれば、誰もが自在に動かせるようになれるはずだ。君のように。それで、戦場の最大戦力であるナイトメアを一般化することができる。そうなれば、強者が弱者を虐げ続ける世界は過去のものになる! 強者と弱者の垣根は、ナイトメアが取り払うんだ!」

 

 僕は振り向かずに聞いていると、背中にビシビシと声がほとばしってきた。

 声の様子は、まるで別人のものだった。他人や自分までも騙しているかのような、それを楽しんでいるかのようないつもの余裕は、一切なかった。

 軍人だ。軍隊に席をおいている、科学者の一人だった。

 だから、振り向いて彼を見た。そこにいるのは、確かにロイドさんだった。しかし、いつもの軽さが見受けられない。その視線からは、敵意にも似た強さが込められていた。その先にいる僕を、射殺すかのような鋭さがあった。

 

「……枢木少佐。以前、ナリタの戦いの前に、君が僕に言ったことを覚えているか。

 君がブリタニアの軍隊に入ったのは、人殺しをやめさせるためだ、と―――」

 

 ナリタ―――。懐かしい名前だ。

 まだ数ヶ月しか経っていないのに、ずいぶん昔のことのようにも思えてしまう。今まで、随分といろんなことが起きてきた。大抵はゼロ関連の悲惨な出来事だが、それ以上にアッシュフォード学園での日々は、良き思い出として残っていた。その中でも、ナリタで起こった旧日本軍掃討作戦は、胸の内に刻まれている。主に、学園でできた友人にとって、辛すぎる現実を叩きつけた出来事だった。僕はその場にいることはできたが、彼女の父親を助けることはできなかった。その悔恨を、ゼロへの怒りに変えることしかできなかった。

 戦いの前に、そんな問答をした覚えがある。僕は、迷うことなく確かにそう言った。

 

「僕は君に、その矛盾がいつか君を殺す、と言った。たったひとりの兵士が、ブリタニアの軍人でありながら、人すべてを救うことなどできないからだ。君の同胞である日本人たちを救うことなど、夢でしかない。そんなことができたとしても、君はすり減る一方で何も得られない。やがて、その矛盾に殺されることになる。そう、僕は言った。

 その時君は、僕の言葉に答えられなかった。だけど君は、行動で示してみせた。危うい綱渡りのようなものだが、確かに君は、ブリタニア軍人でありながらその支配の手や、日本人たちの復讐の手からも、人殺しをやめさせることができていたんだ!」

 

 そこでロイドさんは、一旦口を閉じた。そして、苦いものを飲み込んだように、顔を歪めていた。

 

 ロイドさんらしからぬ緊迫した真剣さ。デッキ中の空気が、張り詰めていた。なにより、言っている本人が、一言発するたびに磨り減っているかのようだった。言葉の一つ一つが、空疎な音の羅列ではなく、臓腑からひねり出した生々しい鮮血だった。

 それが、僕の根幹を揺さぶってくる。

 だがそれも、急に霧散していった。相変わらず僕は動揺していたが、彼が発する場の緊張は、言葉を区切ると同時に途切れていた。弾けそうになっていた感情を、なんとか押しとどめたからだ。

 

 後には、潮が引いたような空白ができていた。

 

 

 

「……スザク君。もう一度、君に聞きたい。

 

 君はなぜ、軍人になろうと思ったんだい?」

 

 

 

 それまでとは打って変わって、いつもの軽さに似せたような静かさで、尋ねた。訴えるでも命じるでもなく、僕に問いかけた。

 

 僕の中に、その答えはない。以前のようには、応えられない。

 だがその残滓は、まだ残っていた。それを、言葉にすることができなかった。

 

 

 

 だから代わりに、オレがやることは、決まっていた。

 

 

 

「……ランスロットで先行して、黒の騎士団を無力化します。アッシュフォード学園の生徒のみんなを、戦場から離脱させます。単騎では、長くは持ちこたえられませんが、避難・誘導までの時間を稼ぐことはできます。

 アヴァロンが学園にたどり着くまでの時間は、十分稼いでみせます」

 

 そう言い放って、ランスロットに乗り込んだ。コックピットまで上がると、そのカバーが閉じられた。

 

 コックピットに入ると、肩の荷が少しだけ軽くなったのを感じていた。

 以前の僕は、目の前しか見えていなくて、先のことなど考えてはいなかった。自分の言葉の意味など、考えもせずに吠えていただけだった。自分ならできると、盲信してもいた。でも今の僕は、自分の怒りの矛先がもたらしたものに、完膚なきまで膝を屈してしまっていた。今まで信じてきたモノが全て、ガラガラと崩れ去ったような無力感に、心が乾いてしまっていた。だから、そこから逃れるために、自分のものとも思えない怒りで焚きつけられてしまう。それが同じ怒りの感情だからこそ、考えなければ見分けがつかない。その奔流に、飲み込まれてしまうところだった。焦げ付くギリギリのところで、目を覚まさせてくれた。

 

 その閉じられた箱の中で、ロイドさんの声が確かに聴こえた。

 多分、前と同じような、皮肉を込めた教訓だろう。

 

 

 

 

 

“君はいつか、その理想に殺されることになるだろうね”

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 起動キーを差し込むことで、封じられていたデーターベースにアクセスが可能になると、ランスロットは、コックピット内のモニターを点灯させていった。

 神経電位接続によって、本体を動かすだけだったら、それらのモニターにあまり意味はない。モニターに表示されるよりも前に、感覚神経を刺激してくれるからだ。特に、今の僕とランスロットの適合状態(融合といってもいいかもしれない)だと、カメラやファクトスフィアが作り出す周囲数キロに及ぶ立体的な青写真を、肉眼で直接見ているかのような錯覚に陥るほどだ。機体のステータスは、モニターよりも早く脳に叩き込まれて、直接体で感じられる。モニターを使うのは、付属される兵装の状態を見るときと、エナジーの残量を見るときだけである。

 そのモニターの中央部に示されるエナジーの残留表示。空っぽのままだったそれが今、満タンにまで装填されていった。

 先程、背中に何かが押し込まれたような感覚した。新しいエナジーフィラーが入れられた。ロイドさんたちが、交換してくれたのだ。

 

 エナジーが装填されたことで、「ユグドラシルドライブ」が稼働し始めた。

 それからもたらされる大量の電気エネルギーが、機体の各所に充填していくのがわかる。コアルミナスの回転と心臓の鼓動が同期する。まるで、塞き止められていた血液が、全身に張り巡らされた血管を通して、駆け巡っているかのような感覚だ。体の内側がジンジンとムズ痒くなって、叫び出したくてたまらなくなる。そうすることで溜まっていく高熱が、自分をどんどんと膨張させていく。気がづけば、全長4.49mの視点と総重量6890kgの鋼鉄の体を、受け入れていた。「神経電位接続」システムも、滞りなく僕とランスロットの垣根を外していった。

 両腕の「ブレイズルミナス」、手と腰にある4つの「強化型スラッシュハーケン」、ハイスピードと複雑なターンを誇る「ランドスピナー」。加えて、付属兵装である2本の「MVS」と「ヴァリス」。そして、トウキョウにたどり着くための「フロートシステム」。全て、オールグリーンだ。

 無理やり稼働させていた今までとは違う。ランスロットは、制約のない本来の姿を取り戻していた。

 

 カタパルトに両足を乗せ発射位置に着くと、両壁に設置されている幾つもの電磁パネルが、突端まで輝きだした。その電磁圧によって、奇妙な浮遊感に襲われた。いくつもの力場がせめぎ合って、ランスロットを中心に均衡状態を保っているのだ。

 準備は整った。

 

 

 

 

 

「ランスロット。発艦!」

 

 

 

 

 

 その言葉を置き去りにするように、僕らは、アヴァロンから飛び出していった。

 

 

 

 

 




長々とありがとうございました。

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