仲間殺し。それが私の名前。血の勲章。そして、呪い。
他民族を奴隷化することで、自国民を選ばれた人種として団結するブリタニア帝国。だからといって、国民であることが幸せであることとは限らない。弱肉強食を国是とする冷たい国。
だけど、私はそこで生まれた。思い出がいっぱい詰まった場所。もはや、家族はそこからいなくなったけど、彼らを忘れることなんかできない。
誇り。それさえあれば、私はここで生きていける。―――……
銃のスコープ越し、モニターに映る映像を見つめていると、心が安らかになる。たとえ、致死性の銃弾が飛び交う戦場の只中であっても、私の心は漣すら立っていない凪の海に早変わりする。呼吸も、自然と落ち着いてくる。
『なんだ、何が起きたんだっ!』
『足場が崩れ―――ウッ、うわぁァァァっ!』
『そ、総員退避。退避しろォっ!』
『馬鹿やろォッ! お前がこっちに来たら―――うあああぁァァッ!』
どうしてこんなにも落ち着いていられるのか、正直なところ自分でもわからない。さっきまで響いていて、そして今も響いているであろう崩落と爆発の悲劇は、第七世代試作ナイトメア『エレイン』に騎乗して大型狙撃銃『ヴァリアント』を構えていると、たちまちのうちに消えた。聞こえてはいるのだが、単なる音の情報としてそれらを捉えていた。その発生源たるものに、心がかき乱されることはなかった。
『ダメだ、ハーケンが届かないッ!』
『ちくしょォっ、引き上げられねぇぞッ!』
『―――そ、そんな。待て、待ってくれぇッ!』
だからこそ、自分の足場が崩れ落ちる前に、安全圏まで退避することができた。味方を無視して、自分だけ助かることを何よりも優先したために、出来た芸当だった。戦場の一駒でしかないのに俯瞰者でいられるここは、私だけしかいない。
ここに居ると私は、安心できる。外に出れば、細かいことに心がかき乱される挙句に、大事なものを落っことしてしまう。どうでもいいことは完璧にこなせるのに、いざという時はまるで役たたず。集中力の貯蔵が、大事な時までもたないのだ。瑣末なことなど構わなければいいというは、最もな言い分だ。だが、私の性分なのだろう。些細なことが気になって気になって仕方がない。完璧な偽装を纏って心を隠さなければ、すぐにでも壊されてしまう。ここは、私が獲得した私だけの場所だった。
しかし、いつからだろうか? 心休まるはずのここが、心かき乱す疑問の坩堝に変わってしまったのは。
“アリス。僕はまっすぐ進む。敵はすべて、僕が引き付ける―――”
そういった男は今、どこにいるのだろうか? 私の視界の中心にいたその男は、今はどこにも見えない。
愛称で呼ばれるのが嫌だと警告したのに、そいつはいきなり爆弾を踏んだ。いつもなら、その報いを受けてもらうことにしているのだが、言われた状況が悪かった。私がそれに気がついた時には、死地とも言える場所に飛び込んでいったからだ。
それが、私とエレインの初陣。ナリタ連山に潜む旧日本軍の残党を狩り出す殲滅戦が、突如起こった大規模な山崩と黒の騎士団の介入によって五分の勝負にまで引き落とされた混戦に、私の所属している「特別派遣嚮同技術部」(略して特派)の戦力が投入された。孤立したコーネリア総督を救出するための出撃だった。ほかに使える予備戦力がない状況とはいえ、所属的にはシュナイゼル殿下の旗下に属する特派は、総督子飼いの兵士たちには目の上のたんこぶといったものだっただろう。自分たちの縄張りを侵犯されないか、警戒すべき味方だった。それをごり押ししたのだ。副総督の英断に応えるのは、ブリタニア軍人の端くれとしてもやぶさかではない。それに、言え飼いならされた犬は、あまり好みじゃない。
しかし、記念すべきその瞬間の中心にいたのは、私たちではなく「彼ら」だった。狙撃手である私が主役を気取るのはバカバカしい限りだが、晴れの舞台に端役をあてがわれるのは、あまり気分は宜しくない。そんな不満はおくびにも出さずに、出されたオーダーをきっちりこなすプロフェッショナルを気取る。私のいつものスタイル。
“私は絶対に敵を外さない、枢木准尉。もし、お前に当たるようならそれは、お前がヘマしたか裏切った時だけだ―――”
枢木スザクとランスロット。名誉ブリタニア人と第七世代のナイトメアフレーム。彼らの名前。
彼らは、見事に総督を窮地から救ってみせた。それのみならず、奇襲をかけた黒の騎士団を窮地に立たせまでした。ゼロを仕留めるまではいかなかったが、その時の戦いで一番の功労者は彼だろう。
それは、十分な成果だった。だたし、特派にとっては。勝てる戦いに勝てずあわや負け戦になったかもしれないそれは、それまで快進撃を続けてきたコーネリア軍を、つまづかせた。劣等民族と侮っていた「日本人」に、彼らのプライドは大いに傷つけられた。
そして、私はといえば、結局その戦いで誰も仕留められずに終わってしまった。敵を撃ち殺すことを仕事としている私が、誰の命も奪えずに戦いの場から退いたのだ。ランスロットを援護しつつ、黒の騎士団の新型である赤いナイトメアを撃ち殺すチャンスはいくらでもあった。エレインの銃弾は、どんな混戦下であっても正確に敵だけを撃ち抜く狙撃システムで打ち出されている。フォルムと色は気に入っているが、引き金をためらうほどではない。それでも撃ち損じたのは、さらなる敵方の援軍のあまりにも奇妙な動きに翻弄されたからである。ランスロットを、紅と蒼の二体のナイトメアから守るのに必死だった。そんなことは私の狙撃人生で初めて、屈辱よりも敵を賞賛したい気分になっていた。私がその戦いで得たのは、顔を知らない好敵手だ。
結局その時私がやったことは、振り返らない彼が前に進み続けるために、引き寄せられた敵を銃弾で引き剥がすというものだった。詰まるところそれは、露払いと同じだった。そして、彼の命を救ったことでもあった。
“ありがとう、アリス。君のおかげで、総督を救うことができた。本当に、ありがとう”
“……調子に乗るなよ、スザク”
―――ありえない。
確実に勝利できたその戦いに、結果として旧日本軍の大部分を逃してしまったことに対してではない。私が、突然組まされた味方を結果として信頼していたことに、驚いていた。彼は、私のポイントマンとしての機能を、十二分にこなしていたからだ。そして私も、彼の援護を自然と果たしていた。私には、決してめぐり合うことはないだろうと思っていた、相棒。それがいつの間にか、手に入ってしまっていた。
……ありえない。
私はそいつを、枢木スザクを、殺すように命じられていたのに……。
ブリタニア人とイレブン(日本人)のハーフである私が、戦場で戦い続けられる理由。
『仲間殺し』
イレブンもブリタニア人にも、戦場の論理に従って、等しくその脳天に風穴を開けてきたことで得た汚名。私にとっては、栄誉であって生きる場所。
その名にふさわしい汚れ仕事。だけど私は、それを請け負ったことを、生まれて初めて後悔した。
その報いなのかもしれない。
今の私には、何を撃つべきなのか、まったく判らない。
◆ ◆ ◆
まだ日本とブリタニアが友好関係を結んでいたとき、数十人の集団が日本からブリタニアの西海岸へと移住していった。
その団体は年々数を増やし、ひとつの小さな町ができるほどの大きさにまで膨れ上がった。彼らは、日本人の美徳(昔だけかもしれないが)である実直さと勤勉さで、貧しいながらも異郷の地で同胞たちの足場を作り上げていった。ちょうど彼らが移住した土地=ブリタニア西海岸の周辺でサクラダイトの鉱脈が発見されたことも、発展の要因の一つだ。国の富と人口の大部分が、東海岸にある帝都に集中しているブリタニアは、危険で不衛生でもある採掘作業を嫌って、ならず者や移民たちにその仕事を任せていた。岩と砂だらけの乾燥した土地は、農業や牧畜にも適さない荒野だ。いまでこそ、その何もなさを利用して、人々の夢と欲望に寄生する歓楽街へと発展している。その荒野から、幾人もの犠牲者を出しながらもその土地に根付こうと奮闘した移民たちは、賞賛に値する。しかし同時に、ブリタニアの風土と習慣に交わろうとしない彼らは、不気味な存在として忌み嫌われていった。
私は、その日本人移民たちの第二世だった。ほかの移民たちと少し違うのは、母がブリタニア人であるというところだ。つまり、日本人とブリタニア人のハーフだ。
母は、サクラダイトの鉱脈発掘によって財をなした家の生まれで、その富をもってブリタニアの貴族の地位を買った商人の娘だった。初めて聞いたときは、成金の嫌なイメージを思い浮かべていたのだが、ほかの成金ブリタニア人たちが移民の鉱夫に対するぞんざいな扱い=鉱脈の周辺を守るようにできる有毒ガスへの防護対策などまるでせずに、病気や怪我を負ったら使いすてていく劣悪な労働環境(サクラダイト自体も、人体に有害であるのみならず極めて発火性の高い爆発物。取り扱いには十分に注意が必要)が当時の基準であったのと比べると、奇跡と思えるほど高等な精神の持ち主だったことは確かだろう。使い捨てることによる短期的な利益よりも、労働環境だけではなく生活環境までも整えることによる長期的な利益を優先した結果とも言えるが、そこに人名尊重の精神があったことは間違いない。娘が日本人と結婚することを許したのも、その器の大きさに由来するのかもしれない。あるいは、今のブリタニア人からは失われ始めていた開拓精神を、保持し続けていたからかもしれない。私は、そんな祖父を尊敬している。隣人の子供たちからのイジメや軍隊での侮辱に耐えられたのは、そんな祖父の力強い支えがあったからだからと、今でも思っている。
父について、私が知り得るところは少ない。留学生を装った日本の秘密の外交武官であることは、軍人になった後祖父から知らされた。だが、それ以上の経歴はわからない。戦争が始まり国内でも移民の日本人に対する弾圧が始まったため、証拠が残っているであろう日本の大使館は、焼き討ちになって今も打ち捨てられたままになっている。ブリタニアの領土とかした日本も、ブリタニア軍によって制圧される前に、あらゆる機密書類を破棄してしまった。その中の一つに、ブリタニアに送り込んだスパイの情報もあったはずである。そして、父自身も、戦争が始まった時にはブリタニアから日本へと帰っていって、軍人として北方の戦線に派遣されてそこで消息を絶った。たぶん、死んだのだろう。物心つく前に私の元からいなくなっていた父である。彼はもはや、他人といっても良かった。その報を母と共に聞いても、彼女ほど悲しくはなかった。涙も、出なかった。
そして、兄がいた。私と同じくハーフの兄である。6歳ほど年が離れていて、私にとっての父親替わりの存在だ。高等部まで進められた私と違って義務教育過程の限界である中等部までしか教育を受けられなかったが、大学まで通えた連中なんかよりかは、倫理や道徳という言葉を知っていた。融通のきかない石頭なところはあるが、天邪鬼な私にとっては兄が可愛らしいと思えてしまう貴重な瞬間だ。今では、愛おしいとさえ思える。日本との戦争の気運が高まりはじめると、ブリタニア全国で徴兵が始まった。まともな学歴がない上に日本人とのハーフである兄には、ブリタニアに居場所はなかった。自然と、父の国である日本との戦いに赴いていた。その心中がどうであったのかは、わからない。その時の私はまだ幼くて、兄が傍からいなくなってしまう寂しさでいっぱいだった。出兵の時には、兄が乗るであろう船に密航しようと貨物室へこっそり隠れ潜んだが、それで安心したのか不覚にもその場で寝入ってしまった。そんな間抜けなところを、船員に見つけられてしまった。母はそれを大いに叱り、祖父は静かに笑いながら家に迎えてくれた。そして兄は、そんな不肖の妹に困ったかのようで黙っていた。結局私は、兄の日本への出兵を見送るしかなかった。そして兄は、それからブリタニアの土を踏むことはなかった。帰ってきたのは、名前の刻まれたタグと「簪」と呼ばれる髪飾り一つだけだった。
そんな兄の存在があったからかもしれない。あるいは、その不在を埋めるためだったのかもしれない。義務過程を卒業すると進学を蹴ってブリタニア帝国軍に入隊した。
軍隊の訓練で私は、あらゆる科目でトップクラスを維持していた。特に狙撃については、常にトップに君臨し続けていた。人並みの努力とそれなりの幸運に恵まれていたからかもしれない。ただ、残念ながら主席というわけではない。ゲリラ的に単独で行動することは得意でも、大軍を指揮する司令官は不向きだった。他人とはわだかまりしか作ったことがなく、それでいいとも思っていた。周りとは馴染めず、いつも黒髪と黒の瞳が私を浮かせていた。それらが、私を狙撃手にすることを押し薦めていったかのようでもある。
そこで優秀な卒業生は、帝国が拡張しようとしている「EU連邦」の戦線に送られることになっていた。
新大陸に渡ったブリタニア帝国だが、それゆえに祖先たちの地を失ってしまった。新大陸にうつつを抜かしてしまった報いといえば、返す言葉はない。そこは、今の帝国の巨大さに比べれば取るに足らない島国でしかない。豊富なサクラダイトの鉱脈が眠っているわけでもない。痩せた寒々しい土地である。それでもそこは、ブリタニア人の故郷だった。今では、ブリタニア人の誰もがここで生まれ育って土になっていったはずなのに、郷愁は無くならない。それを取り戻さんがための戦いである。ブリタニア人ならば、否が応でも士気が高まるというもの。戦場に向かうのならば、本当の異郷の地ではなくて、人種的に似通っている者たちが住んでいる場所に行きたいというのも、大きな理由だった。私も、そこに行き、見事に華々しい戦果を上げて、母が眠っている故郷に凱旋するはずだった。
しかし私は、ミスを犯した。それを悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。それによって私の人生は、下降線に入ってしまった。
私は、ブリタニア人を撃ち殺してしまったのだ。
私は今でも、そいつを「同胞」だとは考えていない。若干強がりが含まれていることは認めるが、皇帝陛下に弓引くような輩を殺したことに、良心の呵責は少ない。
私が殺した相手は、「主義者」というブリタニア内部に巣食うテロリストだった。帝国の国是である「弱肉強食」を否定して、「自由と平等」を標榜する輩だ。そのために彼らは、ブリタニアの帝政を否定して、人民主体の政権を作ろうと画策している。それこそがより良い競争社会を育てる政府の在り方で、血筋にこだわる帝政はその社会を阻む障害になっていると説いている。自分たちは今のブリタニアを否定する立場にあるのではなく、そのどちらでもなくどちらでもある止揚された未来のブリタニアに位置している。だからこそ、我らの行為は叛逆ではなく啓蒙。今はあの王宮に住まう者たちが豪勢を極めているが、時と人々の意志は、我らに味方している。……どこまでこの考えが普及されているかわからないが、これが主義者たちの「主義者」たる所以。
その中でも、武力に訴えてでも政権の転覆を図る「過激派」に属する者たち。その一人を、私が撃ち殺した。
彼女は、私と同期の訓練生だった。優れた司令官で、皆から尊敬と嫉妬を浴びていた、まさにブリタニア軍人の鏡だった。
彼女は、理想家だった。それによくありがちな言葉遊びの夢想家たちとは違って、努力を怠らなかった。自律心は、誰よりも強かった。
彼女は、私を差別せずにいてくれた。自分自身は、ブリタニア貴族のそれも伯爵の地位に位置する家柄の出だったが、それを笠に着ることをせず、彼女が信じる正しさに生きていた。その姿は、どんな騎士たちよりも凛々しく見えた。
だが私は、そんな夢の世界よりも現実に生きていた。自分の信条を世間の中に押し通しながら生きれるほど、私は強くも凛々しくもなかった。そんな光にすがるほど、自分のことを惨めだとは思っていないだけだった。
抵抗。それが、彼女と私を決別された私の信条。彼女の心臓へ撃ち込んだ銃弾に込めたもの。
たったひと粒の銃弾が、あんなにも輝いていた命を終わらせた。その圧倒的な暴力に、私は震えた。
それは私の中で、様々な感情を励起させ渦巻き焦がした。その中には、彼女を殺してしまった罪悪感が確かにあった。私はそれに、震え怖れ逃げ出そうとタバコを吸い始めた。染み渡るニコチンの毒と吹かした紫煙は、特効薬にはならなかったが緩和剤にはなった。毎日、どうして彼女を殺した私は生きているのか、考えては欝になる。だから、考えなくするためにタバコを吸う。健康を害している。一本吸い終わる度に、白馬の王子様は私のところにはきっと来ないだろうという確信を高めていく。午前0時には、部屋の天井にぶら下がっている電灯のコードが、大きく0を作っているように見え始めていた。
だがそれ以上に、私は今生きているという事実が、死への誘惑を塗りつぶして力に変えていった。神と呼べるような裁定者の見えぬ手が、彼女ではなく私に向けられたのだとも、その時は考えられた。その魔的な力が、私にもう一度笑顔に似た、それ以上に生き生きとさせる別の表情をもたらした。
獲物。そう、彼女は獲物だった。私に刈り取られたか弱い獲物に過ぎなかった。ほかの獲物よりも少々手間と時間をかけただけで、そこに大差はない。今はまだそれを仕留めた興奮に浮き足立っているだけで、いずれそれも冷める。彼女の命は私の中で消化されて、私を未来に連れて行く力に変わっていく。そして、いつものように、スコープ越しに獲物を狙うあの場所にたつことだろう。新たな糧を得るために、眼差しは外に向けられる。
私はそうやって、彼女を殺した罪悪感を飲み尽くし、彼女の死を乗り越えた。
周りからみたらどっちつかずの異物でしかなかった私が、ブリタニア人を殺してしまった。たとえ彼女が、帝国に弓引くようなテロリストの一員であったとしても、ブリタニア人たちが悲しむのは彼女の死に対してで私の未来に対してではない。犯罪に走った彼女を不憫だと思う気持ちが強ければ強いほど、私をやはり裏切り者だったのかという根拠のない憎悪を向けてくる。そしてそれは、未だ抵抗の激しいエリア11の現状によって、さらに助長されていくことになる。
だがそれでも、被害が出ないうちに犯人を捉えた功績を認めるのも、ブリタニア軍の美点の一つだ。私にその報奨を与えつつ、裏切り者ではないことを証明するための方法として、エリア11への派遣が決定された。憲兵隊の一指揮官として、父の国に派遣された。
私の積むべきキャリアにとってそれは、あまり喜ばしいことではなかったが、果たすべき目的にとっては、逆にチャンスだと考えた。
日本人と結婚してその子供を産んだ母親は、そしてそれを許した祖父は、ブリタニア国内において窮地に陥っていた。新興貴族となることで、東海岸にいる商人たちから西海岸に住む者たちの権益を守っていたのだが、それが重荷となってしまったのだ。サクラダイトの鉱脈の発掘によって潤っていた西海岸だが、世界一豊富で質の良いサクラダイトの鉱脈を保有している日本を統治下に置くことで、その価値が低くなった。貧しさから抜け出すために日本を征服しようとしたのに、その達成が止めとなってしまった。それを見越した資本家たちは、日本へ新たな投資先を求めて西海岸から離れていった。戦争によって労働力を失い戦後には金も離れていった。
善人とは言え幾度の修羅場をくぐってきた祖父は、それしきの経済の潮流を読めない人ではなかった。日本との戦後には、すぐさまサクラダイトの発掘から貿易にシフトして、街の発展に尽くした。また、それまで培ってきたサクラダイトの発掘技術と優秀な鉱夫たちをもって、日本での発掘も請け負ったのである。だが、街の発展は祖父の理想とは違って、異国での一攫千金を夢見ている野心家たちの巣窟へと変わってしまった。その彼らから金を巻き上げるために、ブリタニアでは違法となっている賭博場や娼館がいくつも立ち並ぶ歓楽街へと変貌してしまった。いつもなら持ち前のガッツとタフさを十分に活用して、並み居る若造どもを束ねて彼らのボスになってしまうこともできたのだが、誰よりも愛していた母の(彼にとっては娘の)悲報を間近で聞いた祖父は、今までの若々しいまでの精力が霧散して、年相応のもしくはそれ以上にまで一気に老け込んでしまった。街に巣食う野心家どもを従えるだけの力は、全く残ってはいなかった。街は祖父の手を離れて、人々の欲と悪意を食ってひとりでに成長していった。そして、それがもたらす責めは、追い討ちをかけるように祖父の身をさらに蝕んでいった。気がつけば、それまで培ってきた資産や人脈なにより他人に施した善意のすべてが、ブリタニア内部に病巣を作った張本人という根も葉もない悪評によって塗りつぶされてしまった。
その汚名を払拭させる。私がエリア11で戦果を上げれば、ブリタニアは私の忠誠を確かなものと認めざるを得ないだろう。そしてそれは同時に、祖父や母についた汚れをも、洗い流してくれることだろう。ついでに、私たちからすべてを奪ったあの盗人に、落とし前をつけてくれるかもしれない。困難なことではあるが、逃げ出したいとは思えない。むしろ、「敵」の巨大さをみて力が湧いてきた。面倒なことはいらない、敵は、撃ち殺すだけだ。……これは、祖父から受け継いだものだろうか。
エリア11に派遣された私。体のいい追放処分を受けた私。そこで私は、エリア11の湿気った環境と胸糞悪い憲兵隊の仕事にようやく折り合いが取れないとわかったとき、特別派遣嚮同部への転属が決まった。
ゼロによってクロヴィス皇子が暗殺されて、純潔派がその権威を失ったあと、コーネリア皇女が総督に就任するなどの忙しない時期、下の者たちもテロリストの襲撃や粛清または腐敗を一掃するための人事異動で混沌としていた。派遣されて1年も経たずに部署を転属するなどは、珍しいことではなかった。しかし、基本的にはコーネリア総督の指揮下にはないシュナイゼル宰相の旗下に属する特派への急な転属は、訝しむものだった。
その理由を聞かされれば、なるほど、私以外の適任者はいないだろうと理解した。ただ、面と向かってそれをはっきりと言われると、愛想笑いは出せなくなる。……出したことなんて一度もないけど。それを言ったのが、ダールトン将軍でなければ、皮肉の一つは垂れていたのかもしれない。彼からの直接の命令ということは、それ相応の報酬を見込めるということである。コーネリア総督の耳にも届くということで、私の目的に叶う任務であった。
そう、であるはずだった。私の目的は、家の再興であるはずだった。それ以外の動機が、その時の私には何もなかった。
◆ ◆ ◆
ナリタでの戦いに挑む前、カワグチ湖畔のホテルで黒の騎士団が鮮烈なデピューを飾った後日、政庁がいつも以上に慌ただしく対策におわれている最中、ダールトン将軍からの直々の伝令に少なからず高揚したことを覚えている。
『マルヴィン少尉。コーネリア総督から貴公に、直々の命が下された―――』
憲兵隊も警察隊と協力して彼らの足取りを探るということで、まずは互の縄張り意識をとっぱらって情報公開し合おうと提案するために、憂鬱な顔合わせをしてゼロに等しかった親睦を深めている中、私を名指しで指名してきた。その時私は、男同士だとギスギスするだけだが女性がいれば場が少しは和むという甘い読みのためか、剣呑な会議に連れてこられていた。その中で、救いの手のように現れた将軍直々の伝令には、一も二もなく食いついた。相手方の目がチラチラ私に向くのを、特に顔より下に向かっていく視線を無視するのが、限界に近かったからでもある。
本国から遠く離れて、しかもいまだ未統治の部分を広く残しているエリアに長期で派遣されるとなると、法やら道徳を守るのが難しくなる。監視の目も行き届かず甘くなりがちになる。時には、それらを積極的に破る必要すらある。その現状が、こういった男たちを蔓延らせる苗床になってしまう。普段は、致し方ないことだと妥協しているが、自分がその見世物になるとなれば、話は別だ。おもちゃにされるようなら代わりにゴミにしてやる気持ちは、胸いっぱいに詰まってる。憲兵隊に入って良かったことは、普段はそういう輩とできるだけお近づきにならないことだった。
『お前に、特派への転属を命じる』
『新型ナイトメアのテストパイロットになれ、ということでしょうか?』
上官からの不意の命令には、慣れている。軍人でありながら軍人を取り締まる憲兵隊は、軍隊の中でも特に嫌われ者の集団だ。それゆえに、隊員には常に潔癖さが求められる。上官からの命令は絶対、というほかの部署とは違って、ある程度は疑問を呈する自由が認められている。犯人を捕まえる段階になって迷われるよりは、ミーティングの段階でそれを吐き出したほうがマシだからだ。逆に、疑問を持たなすぎる者は、人間性を疑われる。
下の者の不満を聞きつつ出された命令を遂行させるという上司の苦しい立場は、どこでも同じだ。だが、軍という特殊な職場ではその限りではない。特に、将軍という地位と経験を積んだ者には、それが顕著なはずだ。顔に名誉の負傷が付いているのなら、間違いない。私は、それを目の前の男に口にしてしまってから、胸の内で舌打ちをした。
『あそこは我らの管轄外となるため、うかつには動かせない。だが、先のカワグチ湖畔の事件で、その有用性は実証された。都市内部で暗躍するテロリストとの戦いは、戦場で戦ってきた軍人たる我らには不得手だ。あの機動力と制圧力は、いずれ必要になる。
私は、合理主義者だ。血筋や家柄といったものに拘るつもりはない。無能な者は部下であろうとも切り捨てていくだけだ。お前の実力は、ブリタニアの訓練所やこちらでの仕事ぶりを見れば、問題ない。ナイトメアの操作技術については、申し分ない。狙撃手としての腕前は、一流といってもいい。新型の操作方法は、従来のものとは幾分か違うものと聞いているが、お前ならできるだろう』
気にしている様子もなく、内心でホッと胸をなでおろした。
本当に、自他共に認める合理主義者で助かった。
『……それでは、特派との仲立をしろ、ということでよろしいですか?』
言ってみるが、どうにも釈然としない理由だ。そこまで弱腰になる理由が、特派にはありそうにない。なによりそのような仕事ならば、私のような一匹狼よりも、もっと適任者がいるだろう。
『それもある。だが、重要な任務は、別にある―――』
やっぱり。
……でも、そうすると、嫌な予感しかしない。
『特派には、お前の他にテストパイロットがもう一人いる。その者の行動の監視と、万が一裏切ったと判断したらすぐさま抹殺することだ』
『あの名誉ブリタニア人、枢木スザクの監視と抹殺……』
仲間殺し。その名にふさわしい汚れ仕事というわけか。
この二つ名は、私に一生ついてまわるものなのだろうか。侮蔑を込めないところだけは、ありがたかった。
『そうだ。同胞を狩る憲兵隊の仕事よりは、幾分か気も休まるだろう。
―――マルヴィン中尉。貴公の働きに、期待しているぞ』
そう言うと、将軍は去っていった。私が断るなど微塵も思っていない様子で、一度も振り返りもせず、さっさと自分の持ち場に戻っていった。
私はといえば、将軍の期待に応えて、略式ながら敬礼を持ってその背を見送っていた。彼の読み通り、断るいわれなどどこにもなかった。
こうして私、アリステル・マルヴィンは、コーネリア・リ・ブリタニアの名のもとに、枢木スザクを撃ち殺す命令を授かってしまった。
それを後悔するなんて、その時は、思いもよらなかった。
長々とご視聴、ありがとうございました。
『アリステル・マルヴィン』 ♀ 17歳。
ルルーシュにとってのカレンの立ち位置と同じ場所に、スザクにとっての相方として作りました。自分の命すら顧みず理想に殉じようとしている彼に、現実の感覚を叩きつけて引き止めるキャラを目指しています。カレンとは、戦い方からしてまるで正反対ですが、同族嫌悪する予定です。
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